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地域と地区間の関係

第7章 黒龍江地区における新石器時代の墓

第4節 地域と地区間の関係

本部分には地域と地区間の関係を検討し、地域は黒龍江地区を嫩江流域・三江平原・フルンボ イル盟という三地域に分けられ、地区は本文に扱う黒龍江地区以外に、隣の白城・通遼地区とい う二つの地区である。三つの地域と二つの地区間の関係を順番に論じる。

(1)一段階

一段階では嫩江流域とフルンボイル盟の石鏃は似正三角形

CcⅠから CcⅡへ変化する。特に二

克浅と団結学校墓地の石鏃は主

CcⅡであり、嫩江流域とフル

ンボイル盟の交流が見られる。同

時期の三江平原の新開流墓地で は主に有柄

BbⅡがみられ、嫩江

流域の斉斉哈爾(黒龍江省博物館

1974)と大慶(唐国文 1990)地

域でも有柄

BbⅡが発見されてい

る。従って、三江平原と嫩江流域 間の交流も考えられる。副葬品か ら見ると、嫩江流域と三江平原で は漁猟具が、フルンボイル盟では 狩猟具だけが副葬され、地域間の 生業形態差も見出される。以上の ように、石鏃の分布と副葬品の種 類から見ると、一段階には嫩江流 域を中心として東西方向の交流 があったと考えられる。(図

7-16)

図7-16 一段階地域・地区間関係図

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(2)二段階

二段階では嫩江流域とフルンボイル盟で細長形

DⅠが出現し、二つの地域の交流は続いている。

二段階の黒龍江地区でも哈民忙哈文化晩期と同じ幾何形玉器が副葬品として出現する。同時にフ ルンボイル盟で出現した似正三角形

CcⅢがウランチャブ盟の章毛勿素遺跡 M1

で副葬されてい ることは、似正三角形

CcⅢが大興安嶺西麓に沿って陰山山脈の東部に達したことを示す。一方で、

フルンボイル盟と嫩江流域で共有された細長形

DⅠは白城・通遼地区では出現しない。前述した

ように、滕家崗墓 地の紅土葬という 埋葬習俗は東北地 方では発見されて ないが、シベリア では新石器時代中 期に出現する(小 畑

2001)

、そして、

シベリアから嫩江 流域へ伝播したと 考えられる。石鏃 から見ると、嫩江 流域はフルンボイ ル盟との関係が三 江平原より緊密で あるが、三つの地 域の玉器は類似し ている(図

7-17)

。 図7-17二段階地域・地区間関係

(3)三段階

三段階では嫩江流域の遺跡はまた発見されてない。滕家崗墓地(二段階)に見られた紅土葬は、

三江平原とフルンボイル盟で出現する。フルンボイル盟では細長形

DⅡが出現し、三江平原の有

BbⅡも長形化し BbⅢとなる。二つの石鏃は異なるが、長・幅の比率では類似する。玉器では、

小南山(三江平原)・烏朱爾(フルンボイル盟)のものはいずれも規則的な円形器である。二段階 に比べて玉器、石鏃が類似する以外に、紅土葬も全地区で出現するので、三段階に黒龍江地区の 統一性が高くなったと考えられる(図

7-18)

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(4)黒龍江と白城・通遼地区 の関係

一段階では靶山墓地と後套木 嗄遺跡はともにトウル河流域に 位置している。後套木嗄遺跡の石 鏃形態は不明だが、後套木嗄遺跡 の墓と昂昂渓・靶山・二克浅墓地 で玉器が副葬されていないとい う埋葬習俗から見ると、これらの 遺跡は大体同時期と考えられる、

靶山墓地から二克浅墓地までト ウル河流域から嫩江中流域へ移 動し、あるいは北方へ下がること を見出した。石鏃

CcⅡは黒龍江

地区から白城・通遼地区を通り、

遼西地区の北部(大沁他拉遺跡)

まで分布し、南北方向の交流があ ったと思われる(図

7-16)

図7-18 三段階地域・地区間関係図

二段階の哈民忙哈遺跡と李・滕家崗墓地はそれぞれ通遼と斉斉哈爾に位置し、前段階より遺跡 間の距離が遠くなっている。同時に、二段階の細長形

DⅠは嫩江流域まで分布するが、哈民忙哈

文化では前段階の似正三角形

CcⅡが使用され、石鏃については二地区間で断絶がある。また、副

葬品としての玉器は、黒龍江地区と白城・通遼地区いずれにおいても出現している。ただし、玉 器の器種には差があり、黒龍江地区では主に幾何形、白城・通遼地区では幾何形以外に、遼西地 区にみられる有歯獣面器のような抽象形器

1

点が発見された。なお、遼西地区では積石塚で大量 の幾何形・動物形・抽象形の玉器が見つかっている(第五章第

1

節)。従って、遼西地区から白城・

通遼地区を経て黒龍江地区に至るにつれて、玉器の種類が徐々に少なくなる他、伝播距離により 器種差が出現している(図

7-17)

。遼西地区で最初に出現した双連璧と三連璧は、白城・通遼地区 で出現し、黒龍江地区の墓では発見されてない。しかしながら、三江平原南部に位置する亜布力 遺跡の住居址で出土しており(黒龍江省文物考古研究所

1988)

、興味深い。遼西、白城・通遼、

三江平原南部という三地域には、共通の玉璧以外に、住居址および、農耕と関係する磨盤・磨棒・

石鏟も共に存在しており、いわゆる定住農耕がこの段階で出現したと考えられる(宮本

2017)

。 なお、亜布力出土の土器は、ロシア沿海州のボイスマン文化のものとも似ている。以上の変化か らすると、第二段階は大変動の時期と言えよう。

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三段階の白城・通遼地区では、黒龍江地区と同じ幾何形玉器が出現した。一方で在地的な玉鉞・

牙壁も持っている。白城・通遼地区の埋葬習俗と社会形態は遼西地区と類似しており(第

6

章)、 黒龍江地区との交流は少なくなったと言えよう(図

7-18)

(5)小結

BP6000

の温暖化に伴って、黒龍江地区で一定の規模の社会集団が出現した。ここでは、血縁

関係と労働能力に基づき、有効な社会組織方式が生み出された。同時に白城・通遼地区に哈民忙 哈文化が出現した。朱永剛氏(2016)が述べたように、哈民忙哈文化は玉器と一部の土器(壺・

盆・盤・三足器)は紅山文化と似ているが、筒形罐の紋様(麻点・方格・菱格紋)と形態(痩高 形)が地元の特徴を持っている。さらに、これらの特徴は前段階の白城・通遼地区にも存在せず、

特に形態については第二松花江流域の左家山三期文化と似ている。そのため、白城・通遼地区の 地元文化と第二松花江と遼西地区の考古学文化という三つの文化の交流によって哈民忙哈文化が 出現したと考えられる。当該文化は、その早期には、嫩江流域の考古学文化と衝突し、晩期には 北方と南方へ広がりをみせる。BP5500 頃、遼西地区の祭祀伝統が哈民忙哈文化を通って黒龍江 地区へ伝播し、新しい社会組織方式を出現させた。同時に黒龍江地区内部の地域間の交流も盛ん になった。新石器時代晩期(BP5000-4000年)に黒龍江地区の社会の複雑度は高度になった(小 南山)と考えられる。

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表7-2 黒龍江地区墓統計表

地域 墓地 墓の 番号

墓の形

性別 年齢 埋葬方法 副葬品

団結学校 M1 地面墓 1 成年 植刃器1、石鏃79

烏朱爾 M1 不明 1 石器203、骨器52、植刃器3

M1 円形 4 成年 屈肢葬

M1-1 ♀? 骨針筒1、骨針3、石鏃2、骨飾1、細石器刃1

M1-2 ♀? 骨針筒1、骨針5、石鏃1、細石器刃1、瑪瑙石1

M1-3 ♂? 頭蓋骨の鉢1、細石器刃130余

M1-4 ♀? 骨針筒1、石鏃1、細石器刃1

M1 長方形 4 伸展葬

M1-1 小児 9 スクレーパー5、石片18、骨器3、蚌管珠3

M1-2 ♂? 30± 植刃器1、スクレーパー8、石器1、石片8、骨器3 M1-3 ♀? 20± 石器3、石片3、骨器5、歯飾5、蚌管珠7 M1-4 小児 8 植刃器1、スクレーパー6、石片3、骨器2、歯飾1 M2 長方形 1 40± 伸展葬 石器1、蚌器1

M3 長方形 1 35-40 伸展葬 石器12、骨器7、蚌器1

M4 長方形 2 ♂・不明 16±、11 伸展葬 石器89、骨器25、蚌器8、植刃器2 M5 長方形 1 50-55 伸展葬 石器9、蚌器1、植刃器1

M1 不明 1 植刃器1、土器2、石器3、骨器12

M2 不明 土器2、石器20

二克浅 M6 長方形 1 伸展葬 石鏃3、骨器4

M2 長方形 1 伸展葬

M1 長方形 4 成年3、子供1 伸展葬 石器4、骨器7、玉器6、植刃器3、

M1-1 小児 骨匕1、玉壁2

M1-2 ♂? 成年 骨匕1、植刃器1、玉壁1、イノシシ牙飾1、半球形玉1、大 型玉器1、骨笄1、イノシシ上顎

M1-3 ♂? 成年 骨匕1、植刃器1、玉壁1、イノシシ牙飾2

M1-4 ♂? 成年 骨匕1、植刃器1、玉壁1、石鏃2、石斧1

滕家岡 M1 不明 1 成年 伸展葬 玉壁2、イノシシ牙飾2、骨錐1、石鏃2

M25 長方形 1 伸展葬

M13 円形 1 二次葬

M31 長方形 1 伸展葬 石器2

M29 楕円形 3 ♂1♀2 二次葬 土器1、石器2、骨器3

M23 長方形 1 屈葬 石器3

M10 円形 1 二次葬

M3 長方形 1 50-60 伸展葬 土器1、石器8、骨牙角器19、鼈の腹骨1、蚌殻6 M5 長方形 4 ♂3♀1 2男50-60、女

40-50、男20± 二次葬 石器4

M27 長方形 1 伸展葬

M6 長方形 1 50-60 伸展葬 土器1、石器32、骨牙角器55、下顎骨2、鼈の腹骨9、飾物1

M12 円形 1 二次葬 土器1

M28 長方形 1 屈葬 土器1、石器1

M7 長方形 5 屈葬1・

二次葬4 土器2、石器25、骨器4

M30 円形 石器2、骨器3

M19 長方形 1 伸展葬 土器2、石器2

M24 長方形 1 二次葬

M16 円形 1 二次葬 土器1

M20 長方形 1 60± 屈葬 M26 円形 1 40-45 二次葬

M2 不明 1 二次葬

M4 円形 1 二次葬

M8 円形 1 二次葬

M9 円形 1 二次葬

M22 不明 不明

M11 円形 2 ♂・不明 成年、未成年 二次葬 石器1

M14 円形 1 二次葬 土器1

M15 円形 1 二次葬 土器1

M17 円形 2 二次葬

M18 不明 1 石器18

M21 不明 1

M32 円形 1 二次葬

洞口 洞窟墓 1 石骨朶1、珠類若干

中部 洞窟墓 1 石斧1、玉壁4、玉璜2、珠類7

一号 洞窟墓 1 蹲踞葬 珠類と骨片若干

二号 洞窟墓 1? 蹲踞葬 璜2、珠類、有孔骨板30余

小南山 M1 長方形 2 成年 石器56、玉器66、骨器4

フルン ボイル

嫩江流

新開流年 代不明

倭肯哈達 三江平

章毛勿素

靶山

昂昂溪

李家岡

新開流早

新開流晩 ウラン チャブ