5 | 世界初クオーツ腕時計の開発と多機能化 1)2)
5.1 国内初商業用クオーツ時計 2)3)4)
図 5.1 に示すのが、国内初の商業用クオーツ時計で ある。トランジスタは開発されてはいたが、低い電 圧において分周段階の周波数が崩れて誤作動が生じ るなど疑問が多く、素性の分かっている真空管を採 用した。水晶振動子の加工にも慎重を期し、熟練加 工技能者により数か月かけて制作した。結果、精度 は日差換算で 0.08 秒以内という高精度なクオーツ時 計を完成させた。サイズは、真空管、恒温槽等の採 用で高さ 2m、幅 1m、奥行き 0.5m と箪笥ほどの大き さであった。納入後、時間精度が設計値に収まらな いことが判明し、測定されていたデータの記録を解 析した結果、水晶には時間の経過とともに振動数が 変化する「経時変化」が生じることが分かった。水 晶の特性が完全に解明されていないことから発生し た課題であった。以後、水晶振動子の生産工程には
「エージング」(水晶振動子に電気を通電し、水晶を 枯らすことによって、振動数を安定させる作業)工 程を組み入れた。この後、1960 年に日差± 0.8 秒の 可搬型のクオーツ時計を開発、翌年市販した。真空 管を使用し、サイズは高さ 20cm、幅 25cm、奥行き 50cm、重さ 16kg で、研究所、鉄道、船舶などの標 準時計として使われた。
図 5.1 国内初商業用クオーツ時計
(出典:セイコークロック)
5.2
家庭用クオーツ掛時計「スパイラル水 晶時計 SPX-961」5)1968 年セイコーから世界で初めての家庭用クオー ツ掛時計「スパイラル水晶時計 SPX-961」(以降 SPX-961 と呼ぶ)が販売される。時間精度は、日差
± 1 秒以下、単一乾電池 2 個で 1 年以上の持続時間、
38,000 円の価格であった。図 5.2 に表裏外観を示して あるが、ムーブメントの構成は振動子、機械体、電子 回路等機能毎に配置固定されているところに特徴があ る。掛時計の平面スペースを上手く利用し、水晶時計 としてはリーズナブルな価格で一般家庭用に作り上げ たことも評価したい。開発製造は商業用のクオーツ時 計を開発した精工舎で、この製品の技術的な大きな特 徴は、現在のクオーツ腕時計用振動子の形状と全く異 なる水晶振動子を使用したことにある。
図 5.2 スパイラル水晶時計 SPX-9615)
図 5.3 に SPX-961 に使用されたスパイラル水晶振動 板(上)と水晶振動子の外観(下)、図 5.4 にスパイ ラル振動子の断面図を示してある。スパイラル水晶振 動板は、外径 20mm、厚み 0.245mm の円板の中を渦 巻き状に打ち抜き、振動片を長くし、その先端に小さ な永久磁石を取り付け、コイルによる電磁駆動方式に よって 156Hz で振動する。外部からの影響を遮断す るため、吊ばねで保持し全体を真空に封じてある。こ の振動モードは、ねじり振動であるため、広い温度範 囲(-20℃~+ 60℃)で十分な温度特性が得られる。
SPK-961 の分周回路は、水晶振動子の 156Hz の信 号を、同期モーター(毎秒 6.5 回転)を駆動するため に、19.5Hz すなわち 1/8 にする分周機能を有する。
クオーツ腕時計の開発の動きはどうであったのか。
ブローバ社の音叉腕時計「アキュトロン」が販売され た時は世界的に大きな反響があり、今後の電池時計は 音叉時計になるともいわれた。国内でクオーツ腕時計 の開発が進んだのは、ブローバ社が音叉腕時計の特許 を公開しなかったことも要因の一つである。
海外メーカーの電池腕時計の販売、特許申請の情報
が入る中、セイコーの腕時計製造を担当する諏訪精工 舎(現セイコーエプソン株式会社)は、1959 年電池 腕時計開発の新しいプロジェクトを発足させた。その 名称を「59A プロジェクト」とし、1959 年の重要プ ロジェクトと位置付けスタートする。しかし、プロ ジェクトメンバーは機械技術者が多く、電気に関する 知識が必要な電池時計ともなると何から手を付けて良 いか分からなかった。大学教授から電子工学の講義を 聞いたり、てんぷ式電池時計、電子デバイス等の勉強 から始める。プロジェクトを電子時計の商品化を研究 するグループとスイス・ニューシャテル天文台のクロ ノメーターコンクール用の時計を作るグループに分け た体制で進めた。コンクール用プロジェクトは、ク オーツ腕時計などの先を睨んだ研究とし、高精度のマ リンクロノメーターの開発を目指した。当時、高精度 を保証できる時間標準は、音叉振動子があり腕時計と して実用段階にあった。しかし、音叉式時計には、静 止状態で日差± 2 秒でも外乱で爪が飛び時間がずれる 欠点があり、この現象の改善は難しく、腕時計の主流
図 5.3 SPX-961 の水晶振動子5)
図 5.4 スパイラル水晶振動子断面図5)
にはなり得ないと判断した。一方、クオーツ時計も多 くの乗り越えなければならない課題を持っており、な かなか開発の方向が定まらなかった。
同時期に、1964 年に開催されるオリンピック東京 大会の計時をセイコーが担当することに決まる。公式 計時はスイスのオメガが独占し、スポーツ界から絶大 な信頼があり、セイコーが担当することによる失敗は 許されない状況であった。セイコーグループの製造会 社三社、精工舎、第二精工舎(現セイコーインスツル 株式会社)、諏訪精工舎は、開発分担を次のように決 定した。
・精工舎:観客用大時計
・第二精工舎:ストップウオッチ、水泳用電子計時 装置
・諏訪精工舎:クリスタルクロノメーター、デジタル ストップクロック
クリスタルクロノメーターの担当決定に伴い、プロ ジェクトはオリンピック計時で必要となる高精度を出 せるクオーツ式の開発へと舵を切る。今までのクオー ツ時計の大型で、消費電力が大きいという欠点を克服 しなければならなかった。目標を乾電池で動き、持ち 運び可能な大きさのクオーツ時計とし、クリスタルマ リンクロノメーターをターゲットとした。
競技用時計としては、読取りの誤りがなく、見やす い時計であることが求められる。しかも、可搬可能に するため電池駆動が前提となる。水晶振動子には大き な欠点があり、振動子に強い衝撃が加わったり、温度 が変化すると振動数が変動し、正確な振動を得られな くなる。多くの難題を解決し開発されたのが、「クリ スタルクロノメーターQC-951」である。(図 5.5 参照)
図 5.5 クリスタルクロノメーター6)
このクリスタルクロノメーターを携えて、1963 年 度のスイス・ニューシャテル天文台クロノメーターコ ンクールに参加した。結果は、マリンクロノメーター 部門で 10、11、12 位に入賞した。スイス勢以外で初 めての参加にしては、上々の成績であった。第 1 位か ら 9 位まではスイス勢の水晶時計が占め、時代の流れ はクオーツ時計に向かっていることを示した。この成 績を自信に、改良した QC-951 をもってオリンピック 東京大会に臨み、大きな成功を収めたことは周知の事 実である。
5.3
可搬型セイコー「クリスタルクロノ メーター QC-951」1)7)8)9)可搬型クリスタルクロノメーターQC-951 は、平 均日差± 0.2 秒、単一乾電池 2 個直列で持続時間 1 年、外径寸法長さ 20cm、幅 16cm、高さ 7cm、体積 1,400cc、総重量 3kg と片手で持ち運びできるまで作 り込んだ。課題であった水晶振動子の耐衝撃性は、図 5.6 に示すように棒状水晶振動子(振動数 6,300Hz)
を、外径 20 × 100mm の真空カプセルの中に吊るし た状態で封入し解決した。温度変化に対しては、恒温 槽に代わるサーモバリコン(温度補正装置)で対応し た。サーモバリコンはバイメタルを使って容量を変化 させ、温度が変わっても水晶振動子の周波数が一定に なる装置を開発した。図 5.7 にサーモバリコンの構造 図を示す。渦巻き形バイメタルの先端の温度による変 位を空気バリコンのローターの回転に変え、ローター とステーターの極板で構成するコンデンサの容量を変 化させる。これによって、20℃の温度変化で 1 日に 2 秒の狂いが生じる恐れがあったクオーツ時計の問題点 を解決し、小型化への道が拓けた。
図 5.6 QC-951 の水晶発振器
(出典:セイコーエプソン)
図 5.7 サーモバリコンの原理9)
図 5.8 に QC-951 の内部構造(左)、特殊水晶発振器
(中)、小型低電力同期モーター(右)を示す。特殊 水晶発振器の左側に位置するのがサーモバリコンで ある。
その後もスイスニューシャテル天文台クロノメー ターコンクールにおいて、スイスメーカーとの小型 化、精度競争は熾烈を極め、しだいにクオーツ腕時計 サイズへと近づいて行く。諏訪精工舎がコンクール用 に開発した経過は次の通りである。
(1)1964 年度のコンクールには、ボード部門に「ボー ド型水晶時計 952 型」を出品する。(図 5.9 参照)
サイズは、縦 59mm、横 63mm、奥行き 50mm で体積 200cc、水晶振動子は輪郭滑り 128kHz の 振動数であった。QC-951 の同期モーターをアンク ル・がんぎ歯車脱進機の 1 秒ステップ運針に変更し て消費電力を抑えた。
(2)1965 年度のコンクールに、体積 180cc のクロノ
メーター(953 型)を出品する。(図 5.10 参照)、
(3)1966 年度、初めて懐中型クオーツ時計を出品す る。水晶振動子は音叉型振動子 4,096Hz を採用し、
体積が 18cc と大幅に小型化された。(図 5.11 参照)
(4)1967 年度、最も注目を集めたのが、諏訪精工舎 と ス イ ス の CEH(Centre Electronique Horloger S.A(スイス電子時計センター:各時計メーカーか らの時計技術の開発依頼による時計研究所))が同 時に出品したクオーツ腕時計のプロトタイプであ る。諏訪精工舎のプロトタイプは、サイズ 30mm
× 23.5mm の角型ムーブメントで厚み 5.3mm、体 積 3.7cc、自社開発した長さ 20mm の音叉型超小型 水晶振動子(サーミスタ式温度補正付 8,192Hz)を 採用、アンクル・がんぎ歯車脱進機の変換機を使用 した。ローター、ステーター、ステーター周りの形 状、寸法およびコイルへの印加電圧波形など、あら ゆる点で消費電力を削減した。
コンクールの結果は、11 位と 13~15 位に終わり、
精度で CEH との差を認めざるを得なかった。しかし、
スイス勢が依然棒状の水晶振動子に頼っていることに 自信を持つ。何故なら、棒状振動子と音叉型振動子に は大きな違いがあった。図 5.12 の上が棒状水晶振動 子、下が音叉型水晶振動子の実装例を示す。棒状水晶 振動子は、水晶の加工が容易という反面、図のように 二つのノード(振動の静止点)を 4 本の支持線で吊る ため、Q 値が高くかつ耐衝撃性の良いものを安定生産 できない。一方、音叉型は音叉そのものの加工は面倒 であるが、所定の寸法精度に加工されると、水晶の振 動時に変位しないノード相当部分が広く、振動部に悪 影響を与えず強固な固定が可能である。そのため、腕 時計にとって重要な耐衝撃性の対策を取りやすい。
図 5.8 QC-951 の内部と構成部品7)