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第 2 章 パタ作製儀則 (2) ̶ 作画規定を中心として ̶

sarvavighnaghātakī 2 devī uttamā bhayanāśinī /

6 受持呪者  パタの下方  香炉を持ち蹲踞  情景  パタの下方に池があり,上記の三尊の両側に山の峰が描かれる

2.6.   各章のパタ作製儀則の関係について

本経の第

7

章として編纂されていることを考慮すれば,第四パタ作製儀則の制作者が,前 三章の儀則を保持していたグループと近い関係にいたことは想像に難くない.このように 考えれば,第四パタの儀則で説かれる六字真言に,三種のパタの密教儀礼にも適応可能だ とする旨を挿入することが可能になり,さらに,三種のパタと六字文殊成就法を関連づけ ることが可能になる.したがって,第四パタが,最勝パタを特徴付ける同根多枝蓮華のモ チーフを取り入れながら,六字文殊成就法のパタと類似する構図を有することも,同様に 無理なく理解できるだろう.

  ただし,疑問が残るのは,開華王如来が第四パタに描かれない点である.少なからず,

前三章と結びつける意図があったならば,開華王如来を描く規定を取り入れるべきであろ う.その理由の一つとして想定されるのは,開華王如来の地位の衰退である.胎蔵マンダ ラの系譜に限定すれば,開華王如来は主要な尊格であるが,後代の密教文献にその足跡を 見ることができないのは周知のとおりである.したがって,第四パタ作製儀則が前三章の パタ作製儀則と比して後代に制作されたものであるならば,制作当時では,開華王如来を パタに描くことは徐々に省略されてしまい,文殊を主尊とした三尊形式のみが,第四パタ 作製儀則に継承されていったのではないだろうか. 

  以上,推測の域を出ない論に至ってしまったが,上記に述べた一連の儀則の関係を図示 すれば以下のようになるだろう.

上記の関係図のように,本経の儀則と関連文献を見てみると,文殊の成就法に用いるパタ が多種多様に展開していった様相を見て取ることができる.おそらく,現存する類本の量 から考えて,制作するにも携帯するにも簡便な,小位パタ,第四パタのような比較的小規 模のパタが,最も要請されたのではないだろうか.そして,いくつかの密教行者のグルー プが,自身の目的や彼らのスポンサーの意向を反映するような悉地や功徳を経典に読み込

第 4 章最勝パタ作製儀則 第5章中位パタ作製儀則

第7章最勝パタ作製儀則 第6章小位パタ作製儀則

『文殊師利根本儀軌経』

『文殊師利法寶蔵陀羅尼経』

( 八字文殊成就法関連文献 )

六字文殊成就法関連文献

んだ結果,類本の中での差異が生じたと思われる.こうした状況下,前三章に比べて成立 の遅れる第7章の第四パタ作製儀則は,前三章との関連を意識しつつ,六字文殊成就法の 要素も兼ね具えた「第四番目の」儀則として制作されたのだろう.   

1 本研究で扱う

MMK

の関連文献以外にも,

Lalou[1936]

が,チベット訳のみに現存する

Tārāmūlakalpa と本経の密接な関係を明らかにしており,Tārāmūlakalpa に見られる

MMK

所説の一連のパタ作製儀則とのパラレルを提示している

(Lalou[1936, pp.332–337])

.なお,

不空訳『仏説大方廣曼殊室利経』

(no.1101, vol.20, pp.450a–454a)

という漢訳経典が現存して いるが,その内容を概観してみると,経題とは矛盾するように,観自在およびターラーが 主な尊格として登場している.当該経典にはマンダラやパタが説かれているが,そのパタ の一種は,釈迦牟尼・文殊・観自在の三尊形式を基調とするものであり,本研究で扱うパ タと類似の構図を有している.

Lalou[1936]

による指摘を絡めてこうした状況を鑑みると,

推測の域を出ないが,膨大な量をほこる観自在,文殊の両尊に関連する文献の中には,あ る主要な文献の記述を部分的に改変して取り入れることによって制作された文献

(

偽経も 含めて

)

も少なからず存在していたと思われる.そして,そのような手法によって制作され た経典は,結果的にベースとなった文献との見た目上の区別がつきにくい事態に陥ってし まい,後代の編纂者や翻訳者たちの混同を招くような事態もあったのではないだろうか.

このような問題は,梵蔵漢の広い視野で観自在,文殊の両尊に関連する文献研究が進展す るにつれて明らかにされていくだろう.

2 最勝パタの図像学的な考察は,田中

[2010b]

においてなされており,現存する最勝パタの 作例として,ハンビッツ文化財団所蔵の「トンワトゥンデン図」が比定されている.なお,

田中

[2010b]

は,このような一連の調査に基づき,チベット仏教美術のタンカ作製に関する

伝承をめぐる問題にも言及している.

3 以下,筆者の訳出による尊格名と天息災の訳出する尊格名が異なる場合には,その漢訳 名を

( )

内に併記した.

4 チベット語訳はsGrib pa rnam par sel baとあり,

Nīvaraṇaviṣkambhin

という梵語名が想定 される.天息災訳も「能除一切蓋菩薩」となっていることから,おそらく「除」の意味に

相当する

viṣkambhin

の語が欠落してしまったのであろう.

5 天息災による「無價」という訳語からは,

anargha

の原語であった可能性も考えられるが,

チベット語訳はsdig medとあり,梵本の

anagha

の読みを支持している.

6

Cf.

頼富

[1983][1990a, pp.607–632]

,田中

[2000, pp.20–38]

7 以下,八大菩薩の原語は宮坂

[1981]

に依拠した.

8 標準型八大菩薩に言及する文献には,『師子荘厳王菩薩請問経』

(

大正

no.486)

,『八大菩薩 曼荼羅経』

(

大正

no.1167)

がある.

Cf.

頼富

[1990a, pp.607–632].

9 Sarvatathāgatatattvasaṃgraha(§5)の眷属成就段,Adhyardhaśatikā Prajñāpāramitā(§2)で菩薩 の上首として示される八大菩薩の中には,Ākāśagarbhaおよび

Gaganagañja

の両尊が登場す る.この両方の経典の漢訳に携わった不空は,前者を「虚空蔵」,後者を「虚空庫」と訳出 している.したがって,筆者もそれに倣って表記したが,両尊格の違いは不明瞭である.

なお,「虚空蔵」「虚空庫」の両菩薩の訳語をめぐる問題は,田中

[2010a, pp.21–22]

において 言及されている.

10 頼富

[1990a, pp.609–612.][1990b]

,田中

[2010a, pp.119–122.]

11

Cf.

田中

[2007] [2010a, pp.96–102; pp.131–142] [2012]

12 Divyāvadāna, pp.55–66. なお,宝頂如来が登場するのは,

p.62

からである.

13 Suvarṇabhāsa, p.174.

14 Cf. 飯塚[2002a][2002b]・田中[2010, pp.51–54, pp.96–102]

15 Gaṇ : p.1, l.17–p.2, l.9 ; Vai : p.1, l.17–p.2, l.17. なお当該箇所は飯塚[2002b, pp.70–73]にお いて取り上げられ,部分訳も提示されている.ただし文殊の仏国土については一様ではな く,経典によって異なる記述が確認される(Cf. 光川

[1990, pp.22-27])

16 Vimalakīrtinirdeśa, 75(p.44, 2–8.)

17

Cf.

資料篇<試作テクスト>

ch.8, 2-5.

18 トンワトゥンデン図においても,ヤマーンタカとターラーは,パタ下方の左右に一山ず つ広がる岩山に対称的に描かれている

(Cf.

資料篇<参考資料>

)