• 検索結果がありません。

第 3 章 パタの密教儀礼について

3.2.   パタと密教儀礼

dbang pos gsungs pa yin || mthong ba tsam gyis dag ’gyur te || de bas skad cig de tsam gyis ||)

に求め ている.この田中博士の見解に依拠するならば,チベットでは,最勝パタが「見るだけで 利益のある

(mthong ba’ang don ldan)

パタ」という呼称で呼び慣わされていたわけであり,こ れまで述べてきたような「パタを見る功徳」がチベットへも伝播し,伝持されていたこと を知ることができる.

 

§2.

成就法

2.1.

前行

2.2.

パタに対する香華の供養

2.3.

護摩

2.4.

光明の出現

2.5.

悉地の獲得

8

章は非常に短編であるが,その構成は上記のように二部に分けることができる.

  まず

§1

では,世尊釈迦牟尼が文殊に対してパタ成就法を説こうと述べるが,その際には,

成就法を「功徳の大きさや違いに応じて

(guṇavistaraprabhedavibhāgaśas)

」説くという補足の 語を確認することができる12.この記述によって、パタ成就法が数種類あることが示唆さ れており、研究篇<本論>第

1

章から第

2

章で確認した最勝パタ・中位パタ・小位パタの 三種に,それぞれ対応する成就法が存在することを想定してよいだろう13.したがって,

8

章の当該箇所の記述は,第

4

章のパタ作製儀則の中で確認した「最勝の悉地を求める 場合,最勝パタ成就法をなすべきであり,中位の悉地を求める場合,中位パタ成就法をな すべきである.その他,全ての場合に,下位である低位の儀礼行為

(

小位パタ成就法

)

をな すべし」14という三種のパタの用途を規定する偈と合致すると考えられる.

  また上記の

1.3.–1.5.

において,聴聞者の金剛手に対して授記を与えるストーリー展開は,

平岡

[2001]

によって指摘されている有部系の部派に帰属できる説話文献の授記をめぐるス

トーリー展開に類似している15.そこで,

1.3.–1.5.

の内容を略述しておくと,釈迦牟尼の微 笑を契機として光明が出現し,あらゆる世界に遍満して,再び釈迦牟尼のもとに帰入する

(1.3.)

.そして,この神変を目の当たりにした聴聞者の金剛手は,釈迦牟尼に対して微笑の

因縁を問う

(1.4.)

.すると釈迦牟尼は,微笑の因縁の回答として,本経の儀則を実践する全 ての者たちが無上正等菩提に至るという授記を与える

(1.5.)

.この一連のストーリー展開は,

平岡

[2001]

が提示する「ブッダの微笑と光明」→「光明の巡回」→「光明の帰入場所と記

別の種類の説明」→「アーナンダの質問」→「ブッダの回答」という五段階の展開にほぼ 当てはめることが可能である.したがって,本経の儀則の制作者たちは,著名な有部系の 文献にまとめられていた授記をめぐるストーリー展開を援用したと考えられる.

  そして

§2.

において,最勝パタ成就法が説かれる.当該の第

8

章は,最勝パタ作製儀則を 説く第

4

章と別に章立てされていることから,第

8

章所説のパタ成就法が,最勝パタを用 いた成就法であるということを知り得るのは,コロフォンの記述

(uttamasādhanopayika- karmapaṭalavisarāt prathamaḥ samāpta iti

「広大なる最勝成就法に関する事業より第一

[

の儀則

]

, 説 き 終 わ る 」

)

と ,

2.2.

に 確 認 で き る 記 述

(tato parvatāgram abhiruhya jyeṣṭhaṃ paṭaṃ paścānmukhaṃ pratiṣṭhāpya ...

「次に

[

行者は

]

山頂に登り,最勝パタを西方に向けて安置し

...

)

のみである.パタ成就法の詳細は後述することにし,ここではその概要を述べて

おく.まず,最勝パタ成就法を実践する資格のある者の条件として、三昧耶を観察し、前 行をなし、灌頂を授かった者16であることを提示し、行者は,本経に説かれる真言のうち のいずれかの真言を唱えることによって前行をなすべきだと説かれる.続いて,成就法に 用いるパタを安置する場所が規定され、パタに対する供養法および護摩法が説示される。

ここで注意すべきなのは,これら一連の密教儀礼が,パタ成就法の所作そのものであると

いうことである.したがって,当該のパタ成就法には,後代の密教文献に説かれるような 瑜伽観法の方法は一切説かれていない.そのプロセスを代替するのが,最勝パタ成就法で は,香・華による供養,護摩,真言の読誦である.それゆえ,最勝パタ成就法の内実は,

簡素な密教儀礼の組み合わせであることがわかる.この最勝パタ成就法によって得られる 悉地の問題は,後述する

5.2.1.4.

において詳細に考察する.

 

3.2.1.2. パタ成就法を実践する資格    ̶  灌頂を受けることの必要性  ̶ 

 

  まず最勝パタ成就法の儀則では,成就法を実践するための条件として,①三昧耶を観察 し

(dṛṣṭasamayaḥ)

,②前行をなし

(kṛtapuraścaraṇaḥ)

,③灌頂を受けた者

(labdhābhiṣekaḥ)

,とい う三点があげられている.この中でも最後の「灌頂を受ける」という条件は,密教儀礼の 範疇において,パタ成就法が有していた機能を考察する際に極めて重要な条件であろう.

というのも,灌頂を受けるということは,その密教行者の集団が権威とする経軌に基づい て作られたマンダラに入り,認可を受ける入門儀礼を経ることが前提とされているからで ある.これはすなわち,パタに関わる密教儀礼に先行して,マンダラの密教儀礼が行われ ていたことを意味する.インド密教に内在する秘密主義,神秘主義の特徴を考慮すれば,

マンダラにおいて入門儀礼を行い,許可を得た者だけがパタの成就法を実践できると規定 することは,至極当然のことと思われるが,このような条件が提示されることによって,

マンダラとパタという両者の密教儀礼上の関係が浮き彫りになっていることがわかる.パ タ成就法を実践する前に,同様の条件を提示する文献として,一字仏頂系経典類本の下記 の記述をあげることができる.

(1)

『五佛頂三昧陀羅尼経』「畫像法品第三」

(vol.19, p.267a5–7.)

若有擬畫輪王像者.先曾入頂輪灌頂無勝壇.手授具足呪句印法法式.入最勝頂王等壇 已成就者.謂阿闍梨印讃許可.

(2)

『一字佛頂輪王経』「畫像法品第二」

(vol.19, p.229c29–p.230a3.)

畫斯像者.先曾入此頂輪王灌頂無勝法壇.於阿闍梨手授具足呪句印法.或復入於勝頂 王壇已成就者.爲阿闍梨印讃許可.

(3)

『菩提場所説一字頂輪王経』

(vol.19, p.198b15–20.)

我今説世尊佛頂輪王畫像法.修行者先應入曼茶羅.從師受得印契儀軌.曾入佛頂輪王 壇.或無能勝忿怒壇.或勝佛頂壇.見三三昧耶.得受灌頂.得阿闍梨印可.無上涅槃 道入修行.當依儀軌.應作先行.先行已然後畫像.

菩提流志訳の

(1)(2)

に見られる「像」は,原語は確定できないまでも,本研究で取り上げて いるところの「パタ」と考えて問題ないだろう.同様に,不空訳の

(3)

の「画像」の語も「パ タ」を指していると考えられる.頼富

[1990a, p.113]

は,

(1)→(2)→(3)

の順で増広発展がなさ れたとしているが,この説と呼応するように,当該箇所においても

(3)

の記述が最も詳細に 条件を規定している.特に二重線部の,①マンダラに入り師に従う,②三三昧耶17を見て

灌頂と阿闍梨の印可を受ける,③先行

(=

前行

)

を行う,という三点は,前述した本経の成就 法を実践するための条件とよく合致している.

  さらにこれらの文献から成立年代は下るが,Śrīparamādya「般若分」各章の儀則の構成 からも,パタ成就法の前提としてマンダラにおいて灌頂儀礼を受けることが課せられてい たことを間接的に知ることができる.Śrīparamādya「般若分」各章後半に付属する儀軌の 構成を見ると18,いずれの章もまず,各章の教理を象徴する尊格を主尊としたマンダラの 造立法が説かれる.続いて灌頂儀礼が説かれて弟子の入壇法が説かれた後,パタ成就法が 説かれる.この一連の流れは「般若分」各章に共通することから,灌頂儀礼を受けて一連 の密教儀礼を実践する許可を得た弟子に対して,パタ成就法を説くという儀軌の制作者た ちの意図を読み取ることができる.

  これら一部の密教文献の記述,あるいは間接的な根拠を以て,様々な密教文献に説かれ るパタ成就法とマンダラの灌頂儀礼の関係を一律に位置づけることは乱暴であるが,ある 一定のグループの中では,パタ成就法は,そのグループの権威

(

阿闍梨

)

によって許可され た者のみに認められた密教儀礼であることに,十分に注意が払われていたと見て問題ない だろう.

  またこうした事情は,本経の中心となるマンダラ19とそのマンダラを用いた灌頂儀礼を 説く,本経第

2

20所説の下記の真言をめぐる記述とも無関係ではないだろう21.パタの密 教儀礼の本質に関わる議論からは少し外れることになるが,以下に先行研究22において取 り上げられる問題の箇所を,パタ成就法の密教儀礼との関連の中で筆者なりに考察してみ たい23

(4)[MMK ch.2 (Gaṇ: p.33, 18–p.34, 13 ; Vai: p.23, 6–28)]

24

namaḥ samantabuddhānām apratihataśāsanānām /

tadyathā – oṃ brahma subrahma brahmavarcase śāntiṃ kuru svāhā //

eṣa mantro mahābrahmā bodhisattvena bhāṣitaḥ /

śāntiṃ prajagmur25

bhūtāni tatkṣaṇād eva śītalā //

mudrāpañcaśikhāyuktaḥ

26

kṣipraṃ svastyayanaṃ bhavet /