第 9 章 微分積分の発展 141
11.5 単位行列
行列について, 行番号と列番号が等しいような成分 を 対角成分 という。例えば式 (11.10)の行列B にお いて, 対角成分は(1,1)成分である2と, (2,2)成分で ある1 の, 2つである。行列において, 対角成分でな い成分, つまり, 行番号と列番号が違うような成分を, 非対角成分という。例えば式(11.10)の行列B におい て,非対角成分は(2,1)成分である1と, (1,2)成分であ る0の, 2つである。
全ての対角成分が1で, かつ, 全ての非対角成分が0 であるような正方行列を,単位行列 (unit matrix)とい
11.6 2次の行列式 175 う。例えば,
E2= [1 0
0 1 ]
(11.27)
E3=
1 0 0
0 1 0
0 0 1
(11.28)
等はいずれも単位行列である。このように, 単位行列は 様々な次数のものがある。n次正方行列であるような単 位行列をn次単位行列と呼ぶ。式(11.27)は2次単位行
列であり, 式(11.28)は3次単位行列である。単位行列
は,その次数をnとして,Enと表すのが慣習である。た だし,添字nを省略して,単にEと書くことも多い*2。 単位行列Eは, 同じ次数の*3任意の正方行列Aにつ いて次式を満たす:
AE=EA=A (11.29)
証明はここではしないが,極めて簡単である。式(11.29) は,普通の数(実数や複素数)において, 1という数が,任 意の数xについて
x×1 = 1×x=x (11.30)
となることによく似ている。つまり, 単位行列は, 普通 の数の演算における”1”と似たような立場の行列である。
● 問285 式(11.10)のAについて,式(11.29)を確認 せよ。
よくある質問159 n次単位行列E の定義を問われて, 「n 次正方行列AについてAE=EA=Aを満たすようなn次 正方行列E」と答えたら不正解とされました。なぜ? ... n次 正方行列Aがもし,零行列なら,Eはどんなn次正方行列で あってもAE=EA=Aは成り立ちますからね。
よくある質問160 ならば,「零行列でないようなn次正方 行列AについてAE=EA=Aを満たすようなn次正方行 列E」とすればOKですか? ... まだダメです。もしも,
A=E= [1 0
0 0
]
であれば,AE=EA=Aが成り立ちますが,このEは単位 行列ではありませんよね。
よくある質問161 ではどうすればいいのですか? ... 「全て のn次正方行列AについてAE=EA=Aを満たすような n次正方行列E」というふうに,「全ての」とか「任意の」を
*2単位行列をInとかIと表すことも多い。
*3次数が同じでなければそもそもAEとかEAという積ができ ない!
つければよいのです。あるいは,「対角要素が全て1で,非対 角要素が全て0であるようなn次正方行列」でもOKです。
このように,どうってことのない概念も,例外や曖昧さを含ま ないように,慎重に考え抜かれて定義されているのです。
よくある質問162 「対角要素が全て1で,非対角要素が全 て0であるような行列を単位行列と呼ぶ」と答えたのに不正 解にされました。なぜですか? ... 例えば
[1 0 0
0 1 0
]
は君の定義を満たすけど単位行列ではありません。
11.6 2 次の行列式
正方行列については,その成分に関する, 行列式
(de-terminant) という多項式が定義される。特に2次正方
行列: A=
[a b c d ]
(11.31) については,行列式「detA」を次式で定義する*4:
detA:=ad−bc (11.32)
よくある間違い59 行列式を「行列を含む数式」と思い込む ... それは間違い。行列式は,ひとつの正方行列の成分に関す
る,式(11.32)のような多項式のことである。ひとつの正方行
列にひとつの行列式がある。
式(11.32)が意味を持つのは2次の正方行列だけであ
る。3次以上の正方行列には,また違う定義がある。
注1: 正方行列でない行列には,行列式は定義されない。
注2: detAは, det(A)とか,|A|と書いてもよい。
注3: ただしdetAを|A|と書く場合は注意が必要。この 記号は絶対値と同じに見えるが,意味的には絶対値と無関係で ある。実際,行列式|A|の値はマイナスになることもある。紛 らわしいので,初心者はこの書き方は避ける方がよいだろう。
● 問286 式(11.10)の行列A, Bについて, detAと detBをそれぞれ求めよ。
● 問287 単位行列つまり式(11.27)の行列式を求め よ。
● 問288 行列と行列式の違いを述べよ。
*4以前は高校数学でも行列式を扱っており,そのときは行列式は
∆と書いた。しかし行列式を∆と書くのは大学では稀である。
さて,行列式の幾何学的な意味を考察しよう。実は, A=
[a b c d ]
(11.33) の行列式detAの絶対値は,
a= [a
c ]
, b= [b
d ]
(11.34) という2つの列ベクトルで張られる平行四辺形の面積S に等しい。すなわち,
S=|ad−bc|=|detA| (11.35) である(注: この式の中の| |は行列式ではなくスカラー の絶対値を表す)。その理由はP.158式(10.29)から明 らかである。しかし, 念のため, ここでは別の観点でも 確かめておこう。いま, ベクトルa, b,a+bをそれぞ れ位置ベクトルとするような2次元平面上の点をA, B, Cとしよう。四角形OACBが, ここでいう「2つのベ クトルで張られる平行四辺形」である。各点の座標は, 以下の通りとする:
O: (0,0), A: (a, c), B: (b, d), C: (a+b, c+d)
O x
y
A B
C
P Q R
S
U V
図11.1 行列式の幾何学的意味の説明図
さて, 点A, B, Cは図11.1のように位置するとしよ う。点Cからx軸,y軸にそれぞれおろした垂線の足を 点U, 点Vとし,点Aからx軸,点Bからy 軸にそれ ぞれおろした垂線の足を点P, 点Rとする。点Aから 直線CU,点Bから直線CVにそれぞれおろした垂線の 足を点Q,点Sとする。明らかに, 三角形OAPと三角 形CBSは合同であり,いずれも面積はac/2である。明 らかに, 三角形OBRと三角形CAQは合同であり, い ずれも面積はbd/2である。明らかに,長方形PAQUと 長方形SBRVは合同であり,いずれも面積はbcである。
平行四辺形OACBは,長方形OUCVからこれらの図形
を取り去ったものだから,その面積は,
S= (a+b)(c+d)−2(ac/2)−2(bd/2)−2bc
=ad−bc である。
上の結果は点A, B, Cの位置に若干の制限をつけて導 いたが,この制限を取り払うと,ad−bcの値がマイナス になることもある*5。ただしそういう場合でも,|ad−bc| がSに等しいということは変わらずに正しい*6。
● 問289 a = (21,8), b= (19,9)を2辺とする三角 形の面積を求めよ。注: これを, 高校数学でよく使う,
√|a|2|b|2−(a•b)2 という公式で解こうとすると大変 な計算になる。
よくある質問163 S=|ad−bc|を高校で教えないのはなぜ
でしょう(再)? ... 一部の高校や予備校では教えているようで
すが。
● 問290 2次正方行列Aの, 第1行と第2行を入れ 替えてできる行列をA′とする。次式を示せ*7。
detA′ =−detA (11.36)
● 問291 行列A, Bを, A=
[a b c d ]
, B= [p q
r s ]
(11.37) とする。detA, detB, det(AB)をそれぞれ計算して, 次式が成り立つことを確認せよ:
det(AB) = (detA)(detB) (11.38) このように,一般的に,行列の積の行列式は,各行列の 行列式の積に等しい(これは3次以上の行列式について も成り立つことが証明できる)。
歴史的には, 行列式は, 行列そのものよりも早く発明 (発見)された。また,行列式は英語でdeterminantとい うが, その中には行列(matrix)という語は入っていな い。そのことからもわかるように, 行列と行列式は(互 いによく関連しているものの),それぞれ独立した数学的 な対象だと考えるほうが適切かもしれない。
*5例えば点Aと点Bの位置を入れ替えてみると,同じ議論で S=bc−adになる。
*6ad−bcがマイナスになるのは,aからbに右ネジをまわすと きに,ネジの進む方向が平面から下向き(君から遠ざかる方向) の場合である。
*7同様に,列を入れ替えた行列の行列式も−detAとなる。
11.7 逆行列 177