第3章 社会問題の発生 貧困問題とトクヴィル
第1節 個人的貧困と社会的貧困
19世紀のフランスにおける貧困観について立ち入る前に、まず貧困というものの定義を考えて みたいと思う。これに関して、ハンナ・アーレントは次のように述べている。
この近代的イメージにぴったりするリアリティは、18世紀以来われわれが社会問題(social
question)と呼ぶようになっているもの、もっと端的に貧困(poverty)の存在と呼んでいるもの
である。貧困とは剥奪以上のものである。すなわち、それは絶えざる欠乏の状態であり、痛ま しくも悲惨な状態であって、それが恥ずべきなのは、人間を非人間化してしまう力をもってい るからである。貧困が卑しむべきものであるのは、それが人間を肉体の絶対的命令のもとに、
すなわち、すべての人が別に考えなくても自分のもっとも直接的な経験から知っている必然性ネ セ シ テ ィ の絶対命令のもとに、おくからである。1
アレントは貧困と社会問題を同義と理解し、そして貧困が人間の生存の危機に直接的に結び付 いており、さらにそれが人間性を毀損するものであることを指摘している。そのため、人々は自 らをその“necessity”の支配下に置く。この語には「必然性」の他に「生活必需品」、そして「貧困」
「窮乏」といった意味がある。すなわち、貧困というものが、人間の精神や肉体、感情のすべて を統御することになる。アレントは、そこにフランス革命の遠因と「政治」の危機を見出してい
1 Hannah Arendt, On Revolution (London, Penguin Books, 1973), p. 60. 〔ハンナ・アレント『革命につい て』志水速雄訳(ちくま学芸文庫、1995年)90-91頁〕。引用中の「18世紀」という個所について、参 考にした邦訳では「19世紀」となっているが、1973年のペンギン・ブックスでは「18世紀」となっ ている。
る。このようなアレントの見解を参考として本研究における貧困の第一の定義を明らかにするな らば、貧困とは生存の危機が迫った著しい欠乏の状態ということになろう。
貧困に対して政治や権力は古くから対応を試みており、中でもイギリス(イングランド)の救
貧法(Poor Laws)はその代表であり、19 世紀フランスにおける貧困問題に関する議論の主題の
ある部分はその功罪を巡るものであった。救貧法の歴史は 14 世紀まで遡及することが可能だと されているが、特筆すべきはいわゆる「エリザベス救貧法」であろう。2これは1597 年に発せら れた「貧民救済のための法律」(An Act for the Relief of the Poor)を改正・整備したものであった。
その骨子は第一に児童と貧民に仕事を用意すること、第二に無能者(高齢者と幼児)を救済する こと、第三に窮迫した児童は7歳から徒弟奉公につかせること、第四にこれらの目的のために教 区の住民と土地所有者のすべてに課税することにあった。そして貧民救済のための法律を元に制 定されたエリザベス救貧法は、第一に教会の責任を確立し、教区管財人(churchwarden)と貧民 監督官(教区の規模によって2人から4人)が救済を分担すること、第二に物乞いの抑止、第三 に有能者に対する仕事の提供、そして第四に浮浪者のためのカウンティごとの陶冶院の利用の推 進をその眼目としていた。
エリザベス救貧法をはじめとする一連の救貧法案の底流にあるのは、怠惰に対する嫌悪と侮蔑、
そしてそれへの宗教的・倫理的批判である。キリスト教には、貧困者をはじめとする弱者に対す る愛を評価し、推奨する特徴がある。その一方で、いわゆる7つの大罪にも含まれていることか らもわかるように、キリスト教では怠惰は罪として認識されていた。3これに加えて、イギリスで は勤勉を奨励するピューリタニズムやメソディズムの影響もあり、怠惰さに対する評価は一層厳 しいものとなった。4つまり、ここでは元々人間の肉体に関する事項であるはずの貧困という状態 が道徳的もしくは倫理的、見方によっては宗教的なこととして認識されており、だからこそ貧困 は個人的なものとして把握されることになった。その結果、貧困は、その人間が怠惰であったた めにもたらされた罰だとされる。そのような貧困観に立った場合、貧困者に対する救済は自ずと 限定的なものにならざるを得ない。救済は病気等のために労働に従事することが困難である者や 高齢者、子ども等に限られ、怠惰であったがゆえに貧困に陥った者を扶助することは善行どころ か犯罪的行為となり得る。ここではイギリスの救貧法を材料としたが、このような倫理観はフラ
2 矢野聡「エリザベス救貧法と教区」(『日本法学』第73巻第3号、2008年)9-12頁。
3 怠惰以外には、高慢、物欲、色欲、嫉妬、貪食、憤怒がある。
4 清水光雄は、メソディズムの祖であるジョン・ウェスレーが貧困の問題とその救済の必要性を痛感 しており、貧困者救済が信仰の完成に貢献する行為だと評価していたことを指摘している[清水光雄
『メソジストって何ですか ウェスレーが私たちに訴えること』(教文館、2007年)]。要するに、ウ ェスレーは、実際の人間の愛は脆弱であるために他者への愛は弱いものにならざるを得ず、それを補 い完成させるのが神の恩寵だ考えていた。よって、ウェスレーやメソディズムの本来の考え方は、貧 困者の救済を積極的に推奨するものだということができる。だが、メソディズムの信者たちがその教 えを理解する段階で、怠惰に対する別の解釈が生じた可能性がある。つまり、一般にメソディズムの 信者は中小企業主や商店主が多かったといわれているが、そのような日常生活を送っている彼らにと って勤勉や倹約は当然有すべき徳性であり、怠惰やその結果としての貧困に対しては悪感情を抱くよ うになった可能性があるということである。
ンスを含む他国においても通用する、ある意味で人間社会における一般的なものだといえよう。
貧困を個人の問題に帰着させる貧困観は、「個人的貧困」(pauvreté individuelle)と呼ぶことが適 切である。
さて、ここからは、当初は個人的問題に還元されていた貧困が社会的なものとして見られるよ うになった理由、いわば社会問題化した理由について考えていく。この点については、田中拓道 が近代以降のフランスの歴史における、貧困観の変化と貧困の社会問題化について次のように整 理を行っている。5古代から中世にかけて、貧困は自然的不平等のあらわれであった。田中は、ア ンドレ・ゲランに依って、カトリックにおいては貧困者は世俗的秩序の周縁部に位置して人間世 界と神を媒介する聖なる存在であり、人々に慈善という崇高な感情を抱かせ、信仰心を強化させ るために不可欠な存在であったとしている。6だが、2つの契機が原因となって、このような認識 に変化が現れる。まず、近代以降の脱宗教化の中で貧困者の宗教的意味が失われ、彼らは物乞い や浮浪者、犯罪者等と一括されて、権力による監視の対象となり、その結果労働は単なる生産活 動というだけでなく、勤勉の精神を育てて社会的秩序へと適応させるための道徳的強化の手段と 見なされるようになった。次いで、あらゆる人の「完成可能性」(perfectibilité)や「人間性」(humanité) を信頼し、貧困を人間の尊厳や進歩に反する状態だとする啓蒙主義の登場も、貧困観の変化の契 機となった。そこでは第一に人間性重視の見地から博愛の実践が公権力の義務と考えられ、第二 に農村の疲弊と都市への人口流入によって貧困が可視化されるようになった他、第三に宗教的意 味を喪失した貧困が身体的安楽としての幸福に反する状態として再定義されるようになった。こ れらの認識の変化は、フランス革命を経てさらに進展していく。まず貧困が「自然」の「権利」
に反する状態として問題化し、そして「生存の権利」と「一般的有用性」は不可分と考えられる ようになった。このうち、後者は、生存権を主張する者は社会にとって有用な存在になるために 労働の義務を負わなければならなくなったことを意味するものである。田中によれば、このよう な貧困観の変遷の結果、フランスでは貧困者に対して労働を与えて扶助することは国家の負った
「神聖な負債」と理解されるようになっていったが、その背後にあるのは公的秩序を担う新たな 主体を公権力の介入によって育成するという理念である。つまり、フランスの場合、宗教的影響 や経済的要因のみならず、市民革命の発生や啓蒙思想の影響といった要素も加わることによって、
5 田中拓道『貧困と共和国 社会的連帯の誕生』(人文書院、2006年)47-57頁。この時代の社会問題 を扱った研究の多くにおいて「社会的貧困」(paupérisme)という概念は登場しているが、中でも田中 は従来からの「個人的貧困」(pauvreté)と新たな「大衆的貧困」(paupérisme)を明確に分け、対置さ せている点が特徴的である(なお、本研究では<<paupérisme>>に「社会的貧困」という訳語を与えて いる)。
6 これに対して、ロベール・カステルは、貧困者に対するキリスト教の姿勢が限定的であったことを 指摘している。確かにキリスト教において隣人愛(charité)は美徳であったが、それはイエス・キリ ストや聖人、隠者、修道士等にならって世俗的な欲求から自ら脱することを志した人々が結果として 到達する状態であり、一種の禁欲の業であった。そのため、キリスト教においても、結果としての貧 困状況に甘んじている人々に対しては軽蔑の目が向けられていた[Robert Castel, Les metamorphoses de la question sociale, Une chronique du salariat (Paris, Gallimard, 1995), pp. 66-76. 〔ロベール・カステル『社 会問題の変容 賃金労働の年代記』前川真行訳(ナカニシヤ出版、2012年)24-30頁〕]。