6. 住宅政策の提案
6.1 住宅政策の枠組み
6.1.1 住宅政策の前提条件
タイは、東南アジアにおける製造業の生産拠点として成長し、現在では、中進国に仲間入りする までに成長した。
1980
年代以降の急速な経済成長は、タイ社会に急速な社会経済状況の変化を起 こした。たとえば、急激な都市化、中間所得者層の増加、核家族化などである。このような社会 経済の変化は住宅需要に大きく影響を与える。結果として、住宅のサイズは、核家族世帯の増加 に応じて小さくなりつつあり、住宅立地も幹線道路沿い、都市鉄道駅周辺など多様化してきてい る。一方、タイの経済成長のもと所得水準が上昇し、世帯の住宅への支払い能力も拡大しつつあ る。このような社会経済状況は、今後とも続いていくものと予見されることから、これからも住 宅や居住環境への要望/
ニーズを変化させていくものと考えられる。とりわけ、以下の6
点の経済 社会の変化は、今後の住宅政策を立案する上で重要な示唆を与えている。 人口増加率の低下、高齢化人口の増加、世帯人口の減尐などによって住宅に対するニー ズが多様化しつつある。
住宅を取得しうる中間所得者層の増加とそれによる住宅市場が拡大している。
バンコク首都圏では、都市鉄道の整備によって通勤通学圏が拡大することとなり、住宅 の開発ポテンシャル地域が拡大する。
バンコク首都圏では、中古住宅市場が拡大するとともに賃貸住宅が増加しており、これ は「ハウジングラダー」の萌芽と考えられる。
住宅セクターにおいて、住宅市場で新たなビジネスチャンスを開拓したり新たなサービ スを提供したりできるような民間ビジネスが成長している。
経済成長の成果として、都市、近隣、住宅レベルでの居住環境への関心が高まっている。
6.1.2 住宅政策の役割
将来の住宅セクターには上述のように様々な課題がある。それに対応する住宅政策の立案にあた っては、以下の
4
点の議論の整理が必要と考えられる。 対象
範囲
公的セクターの役割
中央政府と地方政府の役割り分担
(1)
対象最初に、住宅政策の受益者を考える必要がある。本章の
3.4
で議論したように、タイ政府は過去において、住宅施策の対象として低所得者層に焦点をあて施策を展開してきたように、住宅政策 の目的と範囲はその対象如何に大きく規定される。別の言葉で言えば、どの所得階層を住宅政策 の対象グループとするか?である。その選択肢は、大別して以下の二つが考えられる。
低所得者層を対象とした住宅政策か?より広範囲な所得層を対象とした住宅政策か?
より具体的には、住宅政策を福祉政策の一つとして低所得者層を対象とするのか、タイ社会の大 多数を対象とするべく中間所得者層まで対象を拡大するかという選択である。
低所得者層を対象とした住宅政策では、対象が限られ社会の大多数が含まれないものの社会的な 弱者へのセーフティネットという重要な役割がある。したがって、この場合の政策の使命は住宅 セクターでのセーフティネットの提供ということになり、公共政策として強固な論理的根拠をも つことになる。
一方、より広範囲な所得層を対象とした住宅政策では、政策として社会の大多数をカバーし、セ ーフティネットの観点だけではなく、前節で述べたような様々な住宅に関する課題に対応するこ とができる。したがって、政策の使命は、タイ社会の経済成長や社会経済の変化に対応した住宅 や住環境の向上に主眼がおかれることなろう。
第
5
章でみたように、欧米の国々の住宅政策は低所得者層への公的住宅の供給に主眼を置いてい るのに対し、アジアの日本やシンガポールの住宅政策は、より広範囲な所得層を対象として施策 が展開されている。欧米諸国は社会の成熟期にあり、人口や住宅需要がすでに安定している。住 宅の躯体は一般的に石や鉄、コンクリートで建設されるため寿命が長く、既存住宅ストックの補 修、リノベーションで住宅需要の太宗を満たすことができる。そのため、住宅供給に関する政府 の関与はほとんど実施されておらず、消費者保護や市場や不動産取引の公明性の確保といった役 割がほとんどとなっている。一方、日本やシンガポールでは、住宅政策として低所得者向け住宅 の供給のほか、中所得者層向け住宅の供給サイド、需要サイドへの支援施策など政府の関与が大 きい。これは、第2
次世界大戦後、急激な人口増加、人口移動、都市化の中で短期間に住宅を供 給することが求められたことが背景にある。タイの状況をみると、
1980
年代以降の急激な経済成長によって、バンコクへの人口移動が起きス ラムの問題が顕著になった。その後の経済成長によって中間所得者層が増加、今後ますますこの 中間所得者層が社会の太宗を占めることが予見されている(第4
章)。今後とも、この層が住宅 需要の大宗またはマーケットのボリュームゾーンであろう。これに対応する住宅需要の拡大にと もない、住宅市場、業界の拡大(新規参入者の増加)が起こる(すでに起こりつつある)が、そ れらが適正に機能していくことが中間所得者層の住宅取得にとっては重要となる。一方、これま での低所得者層対象とした公共住宅の提供のような政策は、社会のセーフティネット的な役割と 位置付けられることとなろう。このような状況を鑑み、今後の住宅政策では、以下の3
つの理由 から、対象を幅広い所得層に拡大することを提案する。 タイ社会においては、経済成長の成果として、中進国にふさわしい住環境の整備のため の施策を充実する適切な時期と考えられる。
また、経済成長に伴う、大多数の世帯が中間所得者層に属することになり、住宅政策は それらの層にも便益をもたらすべきである。
一方で、公共住宅の提供など社会のセーフィティネットも同時に充実させていくべきで ある。
(2)
スコープより広い所得者層を対象とした住宅政策は、結局のところ経済成長や社会経済の変化に対応した 住環境の質の向上を目的としている。それは、以下の
5
点によって達成することができる。すな わち、 住宅の質と性能の向上
住環境の向上
市場のメカニズムを通じた多様なニーズに対応した住宅の供給
低中所得者層の住宅取得の支援
住宅セクターのセーフティネットの充実
(3)
住宅セクターにおける公的セクターの役割住宅供給の
95%
は、民間セクターが担っている。民間セクターは、住宅セクターにおいても近年、十分な資金やビジネスのノウハウを身に着けていることから、できる限り主要なプレイヤーとし てその役割を拡大していく方向が重要と考える。この観点から、政府(公的機関)の役割は、原 則としては、住宅市場の監視役(レギュレーター)としての役割とセーフティネットの実施者(オ ペレーター)としての役割とすべきであろう。
他国の例をみると、この住宅市場の信頼性、透明性、公明性の確保のため、市場参加者の資格・
登録制度、取引の標準化などの施策が実施されている。その上で、ほとんどの国で公共による住 宅購入資金の貸出制度や住宅取得優遇税制によって需要サポート
/
喚起施策を行っている。住宅の 取得を目的にした貯蓄制度も日本とシンガポールで実施されている。一方、中央政府による住宅 の直接供給は減尐傾向にあり、調査した7か国ではマレーシアとシンガポールでのみ行われてい る。また、欧米では持家住宅の供給はおこなっておらず、賃貸住宅に対する補助が行なわれてい るようである。これらの例からも、政府の役割は、公的住宅の提供のほか、市場の安定・信頼性や住宅需給に対 する支援が中心になるものと考えられる、具体的には、タイ政府は住宅市場においては、レギュ レーターとして以下の役割を果たすべきと考える。
住宅市場の公平性、透明性を維持し、住宅市場の信頼性を確保する役割。
住宅産業を振興する役割。
民間企業が低所得者層への住宅サービスをビジネスとして開拓できるよう支援する役割。
住宅の質の向上のための指導
一方、政府はオペレーターとして以下のような実務を担うべきであろう。
社会的弱者へのセーフティネットの充実
公共性が高い(利益の尐ない)事業の実施
住宅市場の外部不経済への対策(たとえば、交通渋滞、無秩序な開発など)
(4)
中央政府と地方政府の役割分担欧米諸国においては地方分権の進展もあいまって、福祉政策の実施主役は地方政府となっている。
公共住宅の提供や低所得者の賃貸住宅に対する補助は地方政府が実施している。この背景にある のは、地方政府の能力と行政サービスに対する考え方である。すなわち、日本も含めた欧米諸国