2.3 コ モディティ化の要因整理 .…
3.1.1 状 況要因の定義 .…
状 況 要 因 (situation factor)の定 義 は 様 々 な もの が 存 在 す る
(e.g.Bonner,1983;
QueSter and Smart,1998)。 しか し、 基 本 的 に
Belk(1974)の
定 義 を端 緒 と して 議 論 が 進 め られ て き て い る (e.g.Leigh,1981;Bonner,1983)。 定 義 の 議 論 は 大 別 して 、 状 況 要 因 の外 的 側 面 を 強 調 した 客 観 的 状 況 要 因 に 力 点 を置 いた もの と、 状 況 要 因 の 主 観 的 な 意 味 づ け とそ の 結 果 を含 め た 主 観 的 状 況 要 因 に 力 点 を置 い た もの に分 か れ る。特 に後 者 は 感 情 研 究 との 関 連 性 が 強 い。 本 稿 に お いて は 、 客 観 的 状 況 要 因 を状 況 要 因 と して 扱 う こ と とす る。 以 下 、 これ に至 る経 緯 を述 べ る。
状 況 要 因 の 定 義 と して 最 も頻 繁 に 引用 され て い る の はBelk(1974)の 定 義 で あ る。同
)と
刺 激 (選択 肢
)の
特 性 に 付 随 せ ず 、 現 在 の 行 動 に対 して 実 証 で き る シス テ マ テ ィ ック な 効 果 を持 つ 要 因」 (p。157)で
あ る。 つ ま り、 これ に従 うな らば 、 あ る要 因 を状 況 要 因 で あ る とす る に は 三 つ の 条 件 が 求 め られ る こ と とな る。 一つ 目は個 人 要 因 と製 品 要 因 (刺激)以
外 の 要 因 で あ る こ とで あ る 。 二 つ 目は 消 費 者 行 動 に シ ス テ マ テ ィ ッ ク に影 響 を与 え る もの で あ る こ とで あ る。 三 つ 目は測 定 した 時 間 と場 所 の み にお いて 存 在 す る もの で あ る と い う点 で あ る。仮 にBelk(1974)の 定 義 を採 用 す る な らば これ らの 三 つ の 条 件 が 全 て 満 た され て 初 め て 、 そ の 要 因 が 状 況 要 因 で あ る と い う こ とが 出 来 る の で あ る。 以 下 、 そ れ ぞ れ の 条 件 につ いて 考 察 を行 う。Belk(1974)の 一 つ 目の 条 件 はそ の 要 因 が 個 人 要 因 で は 無 く、 か つ 、 製 品 要 因 で は 無 い要 因 で あ っ た 。 この 条 件 は基 本 的 に ど こ まで を個 人要 因 とす る の か と い う観 点 で 議 論 が な され て き て い る。 具 体 的 に言 う と、 こ こで の 議 論 は 状 況 要 因 の 知 覚79ゃそ こか ら派 生 す る感 情 を状 況 要 因 の 範 囲 に含 め る か ど うか に よ る議 論 で あ る。 言 い換 え るな らば 、 これ らの 議 論 は 状 況 要 因 を客 観 的 な 立 場 で 定 義 す る の か 、 そ れ と も消 費 者 の 知 覚 や そ こか ら生 起 す る感 情 と い う主 観 性 を持 つ 変 数 を 範 囲 に含 め る と い う意 味 に お い て 、 主 観 的 な 立 場 で 定 義 す る の か と い う議 論 とな って い る。
最 も客 観 的 な 定 義 を 行 っ て い る の は Leigh(1981)や Belk(1975a)で あ る(Bonner,
1983)。
Leigh(1981)は
状 況 要 因 につ いて 、「個 人 に よ る知 覚 能 力 は 必 要 条 件 で は な く、ま た 即 時 の 反 応 も必 要 と しな い」 と して お り、「個 人 の 内 的 な 反 応 と解 釈 は実 際 に 存 在 して い る刺 激 の 心 理 的 表 象 (psychological representation)であ る と考 え られ る」(p.19)と
言 及 して い る80。 っ ま り こ こで は 、 状 況 要 因 は 消 費 者 の 知 覚 や 解 釈 と い っ た 主 観 性 を含 む 変 数 と は 独 立 して 存 在 す る もの と して い る。 実 際 の 反 応 や 消 費 者 行 動 へ の影 響 につ いて は 、 知 覚 を通 じて 心 理 的 表 象 が 形 成 され る こ と に よ り行 わ れ る と し て い るが 、これ らは 状 況 要 因 とは別 の概 念 で あ り、峻 別 す べ き で あ る と主 張 して い る。つ ま り状 況 要 因 を定 義 す る に 当た り、 消 費 者 の 主 観 は必 要 とせ ず 、 状 況 要 因 は客 観 的 に存 在 す る と主 張 して い る の で あ る。
また 、Belk(1975a)では 主 観 的 な 状 況 要 因 は 消 費 者 の個 人 要 因 (内的 な 状 態
)に
より影 響 を受 け る た め 、 状 況 は客 観 的 な 要 素 で 描 写 され るべ き で あ る と主 張 して い る。
主 観 性 を持 つ 状 況 要 因 は解 釈 を通 じる た め 、 当然 個 人 要 因 か らの 影 響 を受 け るた め で あ る。
79田 中
(2008)に
よ る と知 覚 とは 「外 部 か らの 情 報 を受 け取 り、 そ れ を カ テ ゴ リー 化 し、 更 にそ の 意 味 を解 釈 す る と い う消 費 行 動 」(p.117)で
あ る と し、 知 覚 は 、 外 部 刺 激 が 感 覚 器 官 を通 じて 受 け取 られ 、体 系 化 を通 じて 解 釈 が な され る プ ロセ ス で あ る と 説 明 して い る。80こ の 言 及 は 刺 激 の在 り方 につ いて も範 囲 に含 まれ て い る。状 況 要 因 と刺 激 の 区 分 に つ いて は後 述 す る よ う に、 複 数 の外 部 刺 激 が 相 互 作 用 を持 ち存 在 す る こ と に よ り状 況 要 因 は規 定 され る と考 え られ る。
一 方 、Lutz and Kakkar(1975)の 定 義 は個 人 の 反 応 や 解 釈 を含 め た 定 義 とな っ て い る 。 同研 究 で は 状 況 要 因 を 「観 測 す る 時 間 と場 所 に特 定 的 で 、 安 定 的 な 個 人 内 特 性
(intra̲individual characteristics) も し く は つ好女超自勺/hり果t竜牛寺1生
(environmental
characteristics)で もな く、個 人 の心 理 的 な プ ロセ ス も し くは個 人 の顕 在 的 な (overt) 行 動 に対 す る実 証 可 能 で体 系 的 な 効 果 を持 つ 、全 て の 要 素 に対 す る個 人 の 内 的 な 反 応 」(p。
441)と
定 義 づ け て い る 。 こ こで は 、Belk(1974)の 定 義 を 基 礎 に お い て い る が 、 知 覚 や 内 的 反 応 と い っ た 心 理 的 な 状 況 (psyChological situation)を 強 調 した 定 義 と な って い る。 つ ま り、 状 況 に よ り駆 動 され た 内 的 反 応 や 解 釈 こそ が 状 況 要 因 で あ る と 述 べ て い る の で あ る 。 従 っ て 前 述 の Leigh(1981)と は対 照 的 に 、 消 費 者 の 主観 に状 況 要 因 が 存 在 す る と指 摘 して い る81。 従 っ て 、 よ り主 観 的 に状 況 要 因 を 定 義 づ け て い ると特 徴 づ け る こ とが で き るで あ ろ う。
更 に 、Lutz and Kakkar(1975)は
Mehrabian and Russell(1974)の
状 況 要 因 の 類 型 が 最 も妥 当 で あ る と結 論 付 けて い る。Mehrabian and Russell(1974)は 、 状 況 要 因 は 喜 び (pleasure)、 覚 醒 (arOusal)、 支 配(dominance)か
ら構 成 され 、状 況 と行 動 反 応 の 繋 が りを調 整 す る もの で あ る と捉 え て い る。 喜 び 、 覚 醒 、 支 配 は感 情 の 成 分 で あ り (Holbrook and Batra,1990)、 Lutz and Kakkar(1975)の 主 張 は 、 状 況 要 因 は 感 情 で沢1定す べ き で あ る と読 み か え る こ と も可 能 で あ る82。以 上 の よ う に 、Belk(1974)の 状 況 要 因 の 定 義 条 件 に関 わ る議 論 は 、 消 費 者 外 に あ る 状 況 か ら受 け る客 観 的 な 状 況 を状 況 要 因 とす る の か 、 そ れ と も客 観 的 な 状 況 の 知 覚 に よ り消 費 者 個 人 内 に 抱 か れ る主 観 的 な 状 況 を状 況 要 因 とす る の か に よ る もの で あ る。
この 議 論 に つ いて は 今 日まで 決 着 が つ いて いな い。近 年 の 多 くの研 究 で は Belk(1974) の 定 義 を 用 い 、 客 観 的 な 状 況 要 因 を採 用 して い る もの が 多 く (e.go Celsi and Olson 1990)、 主 観 的 状 況 要 因研 究 は感 情 研 究 へ と 引 き 継 が れ て い る よ うで あ る。
確 か に 、 主 観 的 定 義 につ いて は 同 意 し う る も の で あ る。 状 況 要 因 は 知 覚 を通 じて 消 費 者 行 動 に影 響 を与 え る こ と は 近 年 の 情 報 処 理 パ ラ ダ イ ム にお い て は 当 然 の 事 実 で あ る。 従 っ て 、 状 況 要 因 の 主 観 的 定 義 は 、 消 費 者 行 動 に影 響 を 与 え る と い う状 況 要 因 の 定 義 条 件 を満 た す 点 にお いて 、 妥 当 な 定 義 と考 え られ る。 しか しな が ら、 仮 に 消 費 者 に よ る 主 観 的 な 解 釈 に状 況 要 因 を見 出そ う とす る と、 今 度 は状 況 要 因 の 範 囲 が 不 明 瞭 81 Lutz and Kakkar(1975)は 、 心 理 的 な 状 況 は 「対 象 の現 実 性 (reality)を心 理 的 な 言 葉 へ の 返 還 と して み な され る。 これ は 、 個 人 に対 す る 内 的 刺 激 とみ な され 、 意 思 決 定 過 程 と行 動 に対 す る状 況 の影 響 を調 整 す る情 動 的 な 反 応 を導 く」
(p.374)と
主 張 し て い る。82 Lutz and Kakkar(1975)は 感 情 で 沢1定す べ き で あ る と は 明 言 して い な い。 しか し、
Holbr00k and Batra(1990)は過 去 の研 究 で 指 摘 され て い る 各 種 の 感 情 を抽 出 し、 広 告 反 応 を 用 いて 感 情 反 応 の類 型 化 を試 み て お り、そ の 主 成 分 分 析 の結 果 、喜 び(pleasure)、
覚 醒 (arOusal)、 支 配
(dominance)が
感 情 の 成 分 と して 導 出 され て い る。 これ はとな る と い う問 題 を持 つ 。 な ぜ な らば 知 覚 や そ れ に伴 う解 釈 は 、 長 期 記 憶 に貯 蔵 され る知 識 に よ り、 短 期 記 憶 で 知 覚 符 号 化 が 行 わ れ る こ と に よ りな され 、 消 費 者 の個 人 要 因 に影 響 相 当 す る も の で あ るた め で あ る。 情 報 処 理 モ デ ル にお い て は 長 期 記 憶 や 短 期 記 憶 は 消 費 者 の 内 に存 在 す る もの と して 消 費 者 内 要 因 と して 位 置 づ け られ 、 外 部 要 因 とは 峻 別 して 捉 え られ て い る (e.g.新倉 2005)。 従 っ て 、 状 況 要 因 を 消 費 者 個 人 内 の 反 応 や 解 釈 に求 め る こ と は 、 状 況 要 因 が 状 況 要 因 た る個 人 特 性 (と製 品 特 性
)以
外 の 要 因 と して 捉 え る こ と を不 明 瞭 にす る と い う問 題 を創 出 す る。 状 況 要 因 を個 人 特 性 と 製 品 特 性 以 外 の 要 因 と して 捉 え る な らば 、 状 況 要 因 は客 観 的 な 側 面 に焦 点 を 当 て 、 定 義 が な され るべ き で あ ろ う。 知 覚 は別 の概 念 で あ り、 消 費 者 内 プ ロセ ス で あ る と捉 え るべ き で あ る。 例 え ば 「恋 人 と食 事 に行 く」 と い う状 況 要 因 は誰 の 目か ら見 て も明 ら か にそ れ と分 か り、 客 観 的 に存 在 す る だ ろ う。従 っ て 、 本 稿 で は状 況 要 因 は 消 費 者 要 因 で は な く、 消 費 者 外 に存 在 す る と い う意 味 にお いて 、 状 況 要 因 は客 観 的 状 況 要 因 で あ る と した い。 よ って 、Belk(1974)の 定 義 に 従 い 、 状 況 要 因 とは 「個 人 要 因 と製 品 要 因 に付 随 しな い客 観 的 な 外 部 要 因」 とな る。
も ち ろ ん 、 この客 観 的 な 状 況 要 因 は 知 覚 に よ っ て 主 観 的 な 状 況 要 因 とな り、 顕 在 的 な 消 費 者 行 動 へ 直 接 影 響 を 与 え る の は 主 観 的 な 状 況 要 因 で あ る。これ はBelk(1974)の 二 つ 目の 定 義 条 件 で あ る 消 費 者 行 動 へ の影 響 を与 え る と い う条 件 に 関 す る議 論 と関連 す る。
二 つ 目の状 況 要 因 の 条 件 で あ る現 在 の行 動 に影 響 を与 え る と い う条 件 に つ いて も議 論 が 分 か れ て い る。 影 響 を 与 え る こ とが 必 要 で あ る とす る もの と、影 響 を与 え な く と
も良 い とす る もの が あ る。
影 響 を与 え る こ と を条 件 とす る もの と して 、
Lutz and Kakkar(1975)は
心 理 的 な 状況 に 客 観 的 な 状 況 か ら 軸 足 を 移 す 必 要 性 が あ る と 主 張 し て い る 。
Lutz and
Kakkar(1975)は「我 々 は個 人 と集 団 は彼 ら 自身 の状 況 の定 義 付 け に対 して 反 応 して い る と確 信 して い る」(p.259)と い う言 及 に見 て 取 れ る。つ ま り、状 況 要 因 の行 動 (反応)へ の影 響 は 消 費 者 内 の 主 観 的 な 解 釈 を経 て の み 作 用 す る と捉 えて お り、従 って 反 応 と い う消 費 者 行 動 に影 響 を与 え る と い う条 件 を満 た す に は 、 必 然 的 に状 況 要 因 の定 義 を 主 観 的 な 解 釈 や 内 的 反 応 に軸 足 を移 す 必 要 性 が あ った の で あ る と思 わ れ´る。
Belk(1975b)は こ の 議 論 に 関 連 し て 、 状 況 の 測 定 方 法 に つ い て 心 理 的 尺 度
(psychological measurements)を
用 い る ア プ ロ ー チ と 客 観 的 尺 度 (objectivemeasurements)を
用 い る ア プ ロー チ の 二 つ が あ る こ と を指 摘 して い る。 心 理 的 尺 度 を用 い る ア プ ロー チ で は必 然 的 に 消 費 者 の 知 覚 を状 況 要 因 に含 め る こ と とな り、一 方 、 客 観 的 尺 度 は 消 費 者 の 知 覚 を含 め な い客 観 的 状 況 を測 定 す る こ と にな る。 客 観 的 定 義を用 い る こ とは 、 知 覚 の 多 様 性 や 特 異 性 を 回避 す る こ とが 可 能 で あ り、 また 、 無 意 識 Mehrabian and Russell(1974)の 状 況 に よ る 内 的 反 応 の 類 型 と一 致 して い る。
的 な か す か な 影 響 を見 過 ごす こ とが 無 い と指 摘 して い る。
一 方 で 影 響 しな く と も よ い とす る 立 場 と して は Bonner(1983a)等 が 挙 げ られ る 。 Bonner(1983a)は この行 動 へ の影 響 を定 義 に含 め る点 につ いて 、 状 況 要 因 の 範 囲 を定 め る と い う観 点 よ り も、 測 定 の 習 慣 に沿 っ た も の で あ る と批 判 して お り、 状 況 要 因 は 消 費 者 行 動 に影 響 を 与 え な く と も良 い と主 張 して い る。 確 か に 、 日常 の 状 況 を考 え る と、 状 況 の 全 て が 行 動 に影 響 を与 え て い る と は考 え に く い。 しか し、 状 況 と状 況 要 因 は 区別 す べ き で あ る と筆 者 は考 え る。 影 響 を 与 え る状 況 もあれ ば 、影 響 を与 え な い状 況 も存 在 す る の で あ る。 影 響 を 与 え る部 分 につ い て は状 況 要 因 で あ り、 影 響 を与 え な い部 分 につ いて はそ もそ も要 因 で は 無 い の で あ る。 同 時 に状 況 要 因 に行 動 に影 響 を与 え る と い う条 件 を加 え る こ とは 、 無 限 に広 が る状 況 を 切 り取 る 役 割 を持 つ 。 しか し こ れ は 、 消 費 者 行 動 へ の影 響 と い う境 界 線 を設 け る こ と に よ り、 状 況 と状 況 要 因 との 峻 別 が 可 能 とな る の で あ る。
そ して 、 この 議 論 で 今 一 つ 考 え な けれ ば な らな い の は影 響 の 対 象 は 何 で あ る の か で あ る。 影 響 の 対 象 は 実 際 の顕 在 的 な 行 動 (具体 的 な 探 索 ・ 購 買行 動
)で
あ る の か 、 そ れ と も 内 的 な プ ロセ ス と い う意 味 で の 行 動 へ の 影 響 で あ る か と い う点 で あ る 。Lutz and Kakkar(1975)で は 、効 果 の 対 象 を 「個 人 の 心 理 的 な プ ロセ ス も し くは個 人の 顕 在 的 な (overt)行動 に対 す る実 証 可 能 で 体 系 的 な 効 果 」(p。441)と
して お り、 内 的 プ ロ セ ス ヘ の影 響 が 存 在 す れ ば 、 情 報 探 索 や 購 買 等 の 具 体 的 な 行 動 に対 して 影 響 が 無 く と も良 い と して い る 。Belk(1974a)で は 「現 在 の 行 動 」 と して お り、 内 的 な プ ロ セ ス と 顕 在 的 な 行 動 に つ い て 言 及 は して い な い83。 こ こ に議 論 の 発 端 が あ る と考 え られ る 。 つ ま り、Bonner(1983a)の 行 動 へ の 影 響 が 無 く と も状 況 要 因 の 範 囲 に 含 め る べ き で あ る と い う指 摘 は 、 内 的 な プ ロセ ス ヘ の影 響 が あれ ば 、 顕 在 的 な 行 動 を伴 わ な く と も良 い と い う指 摘 と して も解 釈 し う る。 従 って 本 稿 で は 、 状 況 要 因 の 消 費 者 へ の影 響 は顕 在 的 な 行 動 に 与 え る か ど うか は 不 間 と し、 情 報 処 理 プ ロセ ス な どの 内 的 な プ ロセ スや 消 費 者 の 内 的 変 数 へ の影 響 を与 え る もの と定 義 す る。 つ ま り、 実 際 の 購 買 行 動 へ の影 響 が 無 く と も、 関 与 や 意 図や 態 度 等 の 内 的 変 数 に影 響 を 与 え.る状 況 を状 況 要 因 と した ぃ84。そ して 、
Belk(1974a)の
定 義 の 三 つ 目 の 条 件 は 、 測 定 す る 時 間 と 場 所 に 特 定 的 で 83 Belk(1975b)の 行 動へ の影響 とは、 目に見 え る行動、つ ま り顕在 的な行動へ の影響 で あ る と思 わ れ る。 同論 文 にお いて刺激一 生体 ― 反応 モデ ルの刺 激 を状況 と対 象 に分 割 した モデ ル の刺 激 に状 況 要 因 を組 み込 んだ 消 費者行 動 モデル と して提 示 して いるか らで あ る (p.158)。 つ ま り昨今 の情 報処 理 モデル が想定 す る処 理 過 程や 意 思 決定 にお け る内 的な プ ロセ ス ヘ の影 響 につ いて は想 定 して いな い と思 われ る。84もち ろん 、知 覚 を要 しな い無意 識 的な