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3. ロスコの作品における予言者としての芸術家像
3-1. 《テイレシアス》と《自画像》
これまで見てきたように、芸術作品における目のモチーフや視覚という主題は長い歴史 を持ち、盲目や視覚の欠損は内的視覚と結びつけられてきた。これらはシュルレアリスム 絵画においても繰り返し扱われ、ロスコによる《テイレシアス》はシュルレアリスムを通 じて目と視覚の表現と内的視覚という観念を学んだ結果として生まれた作品である。《テ イレシアス》はロスコの神話主題画の中で唯一、全身肖像画の形式で単独の人物を描いた ものであり、肖像画という形式と盲目性の表現という点で、ロスコがただ一枚描いた《自 画像》と共通している。
この《自画像》を見ると、広い額や肩が簡略に描かれ、大きな右手が画家であることを 強調する。その中で眼鏡を掛けた両目が上から塗りつぶされ、眼孔に深い影がかかる様子 は特徴的である。この目の表現はデ・キリコによる《ギヨーム・アポリネールの肖像》や
《詩人の郷愁》のサングラスを掛けた石膏像と近似している172。肖像の目の部分に深い陰 を堕とすことで盲目或いは眼の欠損を暗示する表現には多くの例があるが、とりわけ《ア ポリネールの肖像》におけるサングラスで両目を覆う表現は異彩を放っており、ロスコは このアポリネール像を自画像に応用したと推察される。
この両作品は平板な黒い円で眼を覆う点で《テイレシアス》とも共通し、更に、前述し たマグリットの《偽りの鏡》で目の中心に黒い円が描かれる表現とも類似する。また、オ ンスロウ=フォードが
1940
年に制作した《サイクロプトマニア》(図3-39
)では、海中あ るいは山並みを連想させる光景の中に楕円形のスポットライトが当てられるように明るい 部分が浮かび上がり、楕円形の右上にある小さな円から放射線状に点線が放たれている。この楕円と内部の小さな円は、ロスコの《テイレシアス》における大きな楕円形の頭部と 隻眼と類似している。《サイクロプトマニア》で一部が楕円形に照らし出される表現は、
通常見ることのできない闇に覆われた世界に光を当てることを示唆し、小さな円はキュク ロプスの目を象徴する。この目から発する放射線状の光は、ニコラス・クロード・ルドゥ ーによる版画《ブザンソン劇場の内部を反射する目》(
1804
)(図3-40
)において眼球に 映る劇場の上方から降る光が、目の外へと広がっていく様子に類似し、オンスロウ=フォ ードがここから芸術家の直観を示唆する表現を学んだ可能性を示している。ここまで言及してきた例に加えて、デ・キリコとロスコの作品は更に近似する特徴をも っている。二人はギリシア神話やニーチェの思想に強く惹かれ、神話主題の作品を描いた 点で共通している。デ・キリコにとって、キュクロプスの巨大な単眼は視覚の象徴であり、
日常の世界から隠された一面を見出すものでもある。デ・キリコの作品には、題名から詩
172 1912年にデ・キリコと知り合ったアポリネール本人が《ギヨーム・アポリネールの肖像》を所有する
ことになった。ピエール・ロイによる当作品を基にした木版画は、アポリネールの意志によって戯曲『テ イレシアスの乳房』のプログラムに用いられており、石膏像の盲目性を示す黒い眼鏡から、アポリネール がこの予言者を連想したと考えられる。
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人や芸術家、哲学者、そして予言者を主題としたと分かるものが多数認められ、《予言者》
(
1914-15
)(図3-41
)など一連の作品において、図形の描かれたカンヴァスを前に座る人形や石膏像のモチーフを採用した。《予言者》は周囲の風景との関連を示す画中画を前に する画家の姿を描いている点で甚だ暗示的である。マネキン人形の頭部には一つの目だけ があり、前に置かれたイーゼル上の絵画にはデ・キリコ流の遠近法に則った建築、アーチ、
建物の上部から突き出た石膏像が線描で示されている。外界の様相と画家の描く世界、つ まり画家の内面世界との重なりが示唆され、日常的光景に隠された別の様相を見ることが できる芸術家の能力を暗示する。製図用の定規で腹部を貫かれたかのような人形は明らか に画家或いは製図家であるにもかわらず、腕を欠いている。ここでは描く行為よりも、思 考と見る行為の優越が示唆され、ギリシア神話の予言者が神託を読み取るように、予言者 として表された画家は単眼によって、事物の奥に隠された姿を見るのである。デ・キリコ は生涯を通じて多数の自画像を制作しており、この作品も予言者としての内的視覚をもつ 画家としての自画像だと考えられる。
ここに見られる予言者と画家との連想は、内的視覚という共通項によって成立しており、
同様のことがロスコの《自画像》と《テイレシアス》にも言える。デ・キリコはアポリネ ールに盲目の詩人ホメロスを重ねるという意図のために、古代神話を連想させる石膏像と いう姿を与えた。これに対して、ロスコは画家である自分に、悲劇を避けることの出来な い盲目の予言者としての性質を与えたのである。
シュルレアリスムの画家たちは目には見えない豊かな世界を表現する際に、目や隻眼を 視覚の両義性を表すための一種のモチーフとして使用した。過去の巨匠の絵画や哲学に関 心を抱き、芸術に関しての様々な思索を経たロスコが、シュルレアリスム以前の文学、絵 画に表された視覚や盲目性に関する思想や表現方法を良く知らなかったはずはない。しか し、シュルレアリスムの先駆者であるデ・キリコや運動の中心人物であるエルンストの作 品、そしてオンスロウ=フォードの紹介したキュクロプスの目に関する思想を通して、ロ スコは日常の世界から隠された現実を見るための特殊な視覚という観念をよりよく理解す るようになったと考えられる。シュルレアリスムの受容は、彼が独自の抽象画の様式を考 案し、古代から同時代までの美術に対する広い知識に基づいて自身の芸術観を育む基盤と なったのである。
3-2. ロスコの声明に見られる芸術家についての思想
ここからはロスコの著した文章を参照し、彼が芸術家をどのような存在と捉えていたの かを考察する。抽象画を描くようになった
1950
年代以降、ロスコが絵画や芸術について公 に語ることは稀になったが、40
年代には文章を新聞や雑誌に掲載したり、またラジオ番組 に出演して批判・質問に対して答えたりすることで、彼自身の絵画を説明し、芸術観につ いての意見を表明していた。特に1940
年から1941
年に書かれたとされる手記は、造形的 側面だけでなく観念的な側面からも芸術の本質について論じており、これらを参照するこ75
とで神話と、予言者像と芸術家像との結びつきに関するロスコの思想を考察する。
1943
年ニューヨーク・タイムズ紙の批評家エドワード・オルデン・ジュエルは現代の画家・彫刻家協会の第三次展覧会を紹介する評論において、ロスコの《シリアの雄牛》(図
3-32
) やゴットリーブ《ペルセポネの略奪》(図3-42
)に対して皮肉に満ちた批判を展開した。こ の批判への回答として、両者と匿名で参加したバーネット・ニューマンが同紙へ手紙を書 き送ったことはよく知られ、抽象表現主義全体に通じる決意表明のようなものと見なされ ている。ここではロスコ自身の問題意識がより明確に現れているものとして、この抗議文 のためにロスコが単独で執筆した長短6
編の簡単な草稿の内、第一草稿とされるものに言 及したい。ここで彼は自分の原始美術に対する関心は形体的側面ではなく、そこに表され ている精神的側面に基づいていることを述べる。現代の芸術家はアルカイック芸術の形体的側面に魅了されているという言説は批判に 耐えることは出来ない。全ての真剣な芸術家は、それがアルカイックなものが持つ気高 く厳格な形体性を示すという限りにおいて形体が重要だということに賛同するだろう。
よって我々は、今日の芸術はこれらのアルカイックなものが持つ形体-心理学的側面に 密接な関連を感じると言わねばならない。
(中略)
我々の芸術は、理性がもはや現代には弁護の余地のない迷信として追放するアフリカ の呪物、エーゲ海とメソポタミアの平原のアルカイックなヴィジョン、過去の呪物から 生まれたと思わざるを得ない。よって私は、現代において、これらの無時間的な神話の 新たな側面を明らかにし続けようとする最初の画家でも最後の画家でもないのだ。(中略)
しかし日常生活の過度の物質主義に毒づくのと同様にこれに毒づくのは全く無駄なこと だ。これらは今日の精神面の様相だと受け入れなければならないのだ。
おそらく芸術家は予言者だったのであり、一見発展する理性の下にある予測不可能な衝 動性を遙か昔に発見し、今日ではあまりに我々がよく知りすぎている大虐殺の可能性を 知った。しかしなぜこの点を理解するのだろうか。芸術家は描き、それが芸術家のしな ければならないことだ173。
この中の「大虐殺」と言う言葉には、ユダヤ人排斥の動きが強まる中で、ロスコが幼少 期をロシアで過ごした体験、そして第二次世界大戦下のホロコーストへの恐れが反映され ている。
1940
年代前半の反ユダヤ主義の台頭は、国から追放され放浪するオイディプスや オレステスの物語へロスコが執着する一因となったと考えられる。神話において破壊的衝 動性は神々によって種の蒔かれたトロイア戦争によって示されるように、人間個人の力の 及ばぬところにあり、ロスコはそれを現代世界の悲惨な状況にも見て取ったのである。ロ スコによると、「理性」では知り得ない「予測不可能性」は予言者である芸術家によって了173 Mark Rothko, Writings on Art (New Haven: Yale University Press, 2006), 30-32.