第 6 章 ストア派とプロティノスの賢者
第 3 節 プロティノスのストア派批判と永遠の意味
プロティノスの永遠観は、すでに本稿第2章第2節でみた「永遠と時間について」(Ⅲ7 [45])に最もよく示されている。彼はここでプラトンの『ティマイオス』(37d)で語られる
「時間は永遠の動く似姿」という解釈を受け入れ、永遠を時間の原型()に位 置付けている。永遠の定義づけはいくつか行われているが、第5章ではつぎのように述べ られている。
永遠はすでに全体であることによって無限の生命であり、過ぎ去ってしまってもおらず、
来ることになるのでもなく、そのいかなる部分も消耗しない。というのもそうでなけれ ば、すでにそれは全体ではないだろうから。(Ⅲ7. 5. 25-28)
44 Ⅲ8. 5. 10-11.
45 ストア派においても、後世のピロンやエピクテトスの著作から観照の意義を見出すこと もできるが、プロティノスの観照と同等に見ることはできない。Hadot, 1995, 84-86, 97.
第6章 ストア派とプロティノスの賢者 113 プロティノスの永遠は、このように過去や未来といった時間の流れとは無縁で、その全 体がいかなる場合でも消滅することのない無限の生命である。
ここで語られている「すでに()」という副詞は、時間という世界に対して「すでに」
という意味であり、時間の生まれる前に「全体」が「すでに」存在していたことを示して いる。時間の生まれる前だから、「すでに」という語は時間的な意味で言われているのでは なく、存在論的に先行するという意味である。すなわち永遠は、時間に存在論的に先行し、
時間の範型として位置付けられているのである。
賢者の魂は推理思考をしてしまっているということを前節で見たが、このことは、賢者 の観照が時間的な展開を必要とする推理思考の段階を終えて、時間の領域を超え、永遠の 領域に到達しているということを示している。
一方ストア派が考える永遠は先にみたように、宇宙の周期的な生成と燃焼の繰り返しに よって説明される永遠である。これは単なる時間の永久的な継続とは異なる独自の特徴を 持ち、円環的な時間の無限回帰とも言われうる永遠だが46、依然として時間を超えることの できない永遠である。このようにして、プロティノスの賢者の魂は、時間の内に生成流転 する世界ではなく、これを超越する永遠の世界に住んでいるのに対して、ストア派の賢者 の魂は、万有の魂とともに時間の内の世界に住んでいるのである。
プロティノスの体系における、一者、知性、魂という根本原理は、そもそも生成流転す る世界、いわば物体的な世界を成り立たせている原理で、この原理によって成り立つ世界 は、物体主義によってはどうしても説明しきれないものである。したがって、ストア派の 賢者の魂に、個別性を超越する観点が見られるとしても、プロティノスとは超越の意味内 容が全く異なっているのである。
プロティノスは「魂の不死について」(Ⅳ7[2])第3章で、もしすべてが物体であれば、
すべては滅び、万有さえも崩壊するだろうとストア派の理論を批判しているが47。確かに彼 らは、あらゆる存在(物体)に対する能動的原理としてのロゴスを認めながら、その原理 自体も物体に帰してしまうことによって、ロゴスの永遠性の根拠を説明することには成功 していないと思われる。
実際彼らは、物体とは拡がり()をもったものだと主張している。拡がりをも ったものが、たとえそれがロゴスであれ神であれ、なぜ受動性を免れ、変化することがな いのか何ら納得のいく説明は与えられていない。だからこそ断片集が示しているように、
古来より多くの思想家から非難を受けることになったのだろう。
46 ストア派の円環的時間については以下を参照。小浜、2000、91-100。
47 Ⅳ7. 3. 18-35.
48 SVF Ⅱ. 357.
第6章 ストア派とプロティノスの賢者 114 ストア派が賢者に託して志すところは、プロティノスに近いものがあったかもしれない が、プロティノスがストア派に対して「とどまることを望んでいる者達をここにほうって おかなければならない」49と述べているように、物体的感覚的なものだけが実在であると信 じてそれを乗り越えることのできない思想の限界がプロティノスによって指摘されている のである。プロティノスがストア派に対して問題としたのは、物体主義によって帰結する 彼らの理論と、賢者に対する広遠な理想との乖離であったのかもしれない。
以上の考察から、ストア派とプロティノスの賢者の魂は、苦痛のうちにいる主体と幸福 な主体としての賢者が別のものという点では一致しながらも、その「別のもの」という意 味が、プロティノスの場合は永遠の世界と時間の世界という、全く次元の異なる区別であ るのに対して、ストア派の場合は、同じ時間のうちの世界の、それも同じ物体のうちの区 別にすぎないということが明らかになったと思われる。プロティノスのストア派批判は、
存在様式における根本的な相違を指摘しているのである。
ただ彼は、ストア派の賢者の生き方に大いに共感を持っていたということも確かだと思 われる。プロティノスの賢者がストア派の賢者と類似する点を多くもつ理由は、プロティ ノスがストア派の魂の非受動性やその非受動性を基礎付ける上位の原理との一体化といっ た説明方式に関して、自己の形而上学に基づく倫理的議論に適合させる形で活用し発展さ せたことによるのではないかと考えられる。
このことから、プロティノスの倫理的立場は、Dillon が述べるような、ストア派に超越 的観点が加えられたものに過ぎないというよりも、超越的観点がプロティノスにとっては より先行し、より本質的であるということが理解できるのである。したがって、プロティ ノスにおいては、たとえ倫理的内容の議論であっても、「倫理的」分野という枠組みに限定 して議論することは適当ではない。倫理的な言説だけでみるならば、Dillon のように、ス トア派に類しているという見方へと導かれてしまうことになるのである。
こうしてわれわれは、プロティノスとストア派の賢者の比較をすることによって、プロ ティノスの幸福論を正しく理解するためには、なぜ形而上学的視野からみていかなければ ならないかということを確認することができた。
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第Ⅱ部では、第Ⅰ部で概観したプロティノスの幸福についての議論と形而上学に基づく世 界観が、いかなる哲学的伝統のもとに形成されてきたのかを、幸福論の内容に関連の深い
49 Ⅰ4. 2. 53-54.
第6章 ストア派とプロティノスの賢者 115 ものを中心にみてきた。プロティノスは、プラトンの思想を最も基本に置きながらも、そ の他の諸思想も様々な形で取り入れ、自己の思想形成に用いているということが認められ た。
ここで明らかとなったことを、プロティノスの幸福論と関連させながらみていくと、以下 のように述べることができる。すなわち、プロティノスは「幸福について」で、「思惟する ものの現実活動」が感覚より先にあると語るところで、パルメニデスを引用している(Ⅰ
4. 10. 6)。パルメニデスのあるものとは、成るものに対する不動の実在であり、プラトンも
『ティマイオス』において、生成する世界の原型に、パルメニデスのあるものと共通する 本性を与えている。だがプラトンは、パルメニデスがあるものについて永遠性を明らかに はしていなかったのに対して、原型の本性が永遠であることを明確化し、時間は永遠の動 く似姿であると語る。原型はイデアとしてみなすことができるので、イデアの本性も無時 間的永遠として考えることができる。
プロティノスも「幸福は時間によって増大するか」で、幸福な生は永遠に基づかなければ ならないと語り、プラトンの『ティマイオス』の永遠に関する一節を述べている(Ⅰ5. 7. 15)。 プロティノスが、幸福の議論に関して、パルメニデスのあるものに由来すると思われる、
プラトンのイデアの永遠性に着目していたことは確かだと考えられる。したがって「思惟 するものの現実活動」とは永遠的な活動を意味し、永遠的な実在とその活動が感覚的なも のよりも先にあるとプロティノスは語ろうとしていたことが推量される。
そしてプラトンの『饗宴』では、人は美のイデアの観照によって不死となり幸福になるこ とができるということが述べられていた。『ティマイオス』におけるイデア界と生成する世 界の対比からみるならば、美のイデアの観照とは永遠的なものに触れることであり、その とき獲得される不死性はイデアの永遠性を示唆している。またそのことが可能な魂の部分 は、『ティマイオス』における、制作者から与えられた神的で不死的な部分とみなすことが できる。プロティノスも「幸福について」で、完全な生は「知性的な本性のうちにある」(Ⅰ
4. 3. 34)と述べて、幸福を知性的な部分に関連づけている。この点でもプロティノスは、
プラトンの言説を引き継いでいるということが理解できる。
次にアリストテレスをみると、アリストテレスは、プラトンよりも明瞭な形で観照を幸福 と結び付けている。彼は、幸福は知性の現実活動であり観照的な活動であると主張してい る。プロティノスも幸福を観照あるいは現実活動と結びつける点で、アリストテレスの幸 福論を引き継いでいると考えられる。そしてプロティノスの幸福論に関する先行研究でみ たときと同じく、アリストテレスの観照優位の幸福論は、実践を重視する立場から知性主 義に傾きすぎると非難を受けていた。だがアリストテレスの知性は、思慮、知識、知恵の 基礎となる諸原理にかかわるもの(1141a7-8)で、あらゆる知性的な営みの根本にある知