10. ヒトの健康リスクおよび環境への影響の評価
10.1 ヒトの健康リスクの評価
10.1.1 暴露
一般集団は、クレオソートそのものあるいは含クレオソート製品の取扱い、クレオソー ト汚染された空気、水、土壌、あるいは食物との接触によって暴露される。暴露経路には、
吸入、水・食物の摂取、および皮膚接触がある。
国によっては、クレオソート、およびクレオソート処理木材の使用規制、クレオソート の組成を変更させる法律制定(EUによる最近のフェノール類およびBaP低減)、さらに消費 者自身によるクレオソート塗布や消費者へのクレオソート処理木材販売の規制法(EC, 2001)などによって、これらクレオソート成分への暴露は減少しているものと考えられる。
暴露のリスクがとくに高いと考えられる集団は、家庭でクレオソート塗布などを行う、
クレオソート処理木材(機材や庭園家具)に頻繁に接触する、公園の処理木材で作られた遊具 で遊ぶ、クレオソート製造あるいは処理施設近傍に住む、さらにクレオソート汚染された 食物(クレオソート処理された囲い内の魚および鳥獣肉)を摂取する等の人々や子どもであ る。さらなる暴露源にはゴミ捨て場や焼却場などもあげられる。
クレオソート暴露のおよその推定値(BaPに基づく)が算定されている。たとえば、児童公 園のクレオソート処理された遊具で遊ぶ子どもの暴露はBaP約2 ng/kg体重/日、クレオソ ート関連工場の近傍で収穫された野菜や果物を摂取する大人では、BaP 1.4~71.4 µg/kg体
148 重/日と推定されている。
作業員、とくに木材への含浸施設などの作業員は、クレオソート成分への職業暴露が著 しいことが報告されている。おもな暴露経路は皮膚であり、空気モニタリングだけではリ スク推定に不十分である。排泄された代謝産物(空気や皮膚モニタリングデータも加えた) に基づいた暴露算定によれば、ナフタレンについては作業員(組立工あるいは含浸作業員)1 人あたりの総取込み量が15あるいは16 mg/日と提示されている。ピレンの推定値は作業員 1人あたり5 mg/日を超えていない。
10.1.2 危険有害性の特定
クレオソート1~2 g(子ども)および7 g(成人)の摂取によって急性中毒の症状を示した死 亡例の報告がある。いくつかの研究所の試験で、経口あるいは経皮暴露によって低度から 中等度の急性毒性が生じることが示されている。
クレオソートはヒトおよび実験動物の皮膚を刺激する。クレオソート暴露の作業員に光 感作性が生じる可能性が報告されている。限られた短期試験では、クレオソートの毒性の 特異的標的器官は確認されていない。そのため無有害作用量(NOAEL)あるいは最小毒性量 (LOAEL)は導出されていない。
クレオソート製剤は
in vitro
およびin vivo
試験で変異原性が認められている。スウェーデンとノルウェーの木材含浸作業員およびフィンランドの丸太材取扱い作業員 のコホート研究で、口唇および皮膚がんリスクの上昇が観察された。太陽光線への暴露と の相互作用の可能性についての取り組みは十分ではない。
マウスによる複数の試験で、クレオソートへの局所暴露による皮膚がんの発生頻度の上 昇が示されている。唯一の頻回投与試験で、用量反応関係の明らかな証拠が報告されてい る。
10.1.3 用量反応分析
クレオソートは遺伝毒性を有する発がん物質であると考えられているが、閾値は未確認 である。
入手できるヒトのがんに関する研究では用量反応分析はできない。
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Buschmanら(1997)は、BaP含有量が異なる2種のコールタールクレオソートの試料お よびBaPのみを用いて、マウスの皮膚への発がん性を調べた。一方のクレオソート試料で は適用部位に乳頭腫および扁平上皮がんの有意な増加が観察された。結果の評価から、腫 瘍発生率と皮膚に適用したクレオソート溶液中のBaP量に線形の相関関係が示された。他 の臓器の検査は行われなかった。
以下の要領で用量反応関係の分析が行われた:
―腫瘍形成への潰瘍の影響の可能性をさけるため、分析は皮膚潰瘍がない動物のみとする
―結果が高用量群に集中することによる誤りをさけるため、動物あたりの腫瘍を反応測定 基準として使う
―高用量群において生存期間や投与期間が短縮されたことに対しデータを調整する
BaP 用量率で表されるクレオソート用量と腫瘍率の関係について、以下の指数関数を導 いた:
TR = 1.31 (95% CI = 1.08–1.59) × DR0.96 (95% CI = 0.88–1.05)
・TR =腫瘍率/日
・DR =用量(µg/日)
指数が1に近いことは関係が線形であることを示す。スロープファクター1.31は総用量 1 µgのBaPによるマウス1匹あたりの腫瘍数4.9 × 10–3 に等しい。これは、クレオソー トへの経皮暴露(BaP 1 ng/kg体重/日)による生涯累積リスク10–4 に相当する。
動物実験が、通常の生涯期間ではなく78週で終了したということは、クレオソートの真 の発がん作用を、係数2前後で過小評価することにつながる。
この試験では、BaP 1 mgあたりのクレオソートは、BaPのみの溶液に比べ発がん性が5 倍であった。クレオソートはがんのイニシエーターであり、プロモーターでもある。その ため、クレオソートは経皮暴露でヒトに対する発がん作用を有している可能性がある。
このタイプの暴露に関するヒトでのモニタリングデータは限られている。そのため、リ スクの評価例はここに記載しない。しかし、特別なリスク群(クレオソート処理の遊具で遊 ぶ子どもやクレオソート工場近傍の住民:table 21および22参照、EC, 1999)のクレオソ ート中のBaPへの皮膚暴露を推定する努力はなされており、これらのデータは他の機関に
150 よるリスク評価に用いられている2。
10.1.4 リスク評価における不確実性
クレオソートの組成は、その原産地と製造過程のパラメータに依存し、クレオソートの 成分は種類や濃度で一致することはめったにない。このことが毒性学的評価を困難にして いる。
2種の動物の雌雄による標準的アプローチに対し、重要試験は雄マウスのみで行われてお り、病理学的分析が行われたのは皮膚についてのみである。BaP のみでクレオソートの総 発がん性の20%を占める。クレオソートはその発がん性を左右すると考えられる他の成分 も含有している。それゆえ異なる組成成分では発がん可能性の程度も異なることが考えら れる。
クレオソートの毒性についてのすべてのデータベースに関して、経皮暴露以外の経路に ついての情報が欠如しており、全般的な全身毒性に関する情報はほとんど入手できず、生 殖毒性、免疫毒性、臓器毒性などのエンドポイントについてはまったく情報がない。リス クの総合判定は暴露データおよび有効な暴露指標の欠如によって妨げられている。