第一章ですでにルターやカルヴァンそしてクウェーカーと、本章で採り上げるクザーヌ スよりも時代的にはあとに続く人たちの平和思想を先に概観したが、敢えてクザーヌスを、
章を改めてこれらの人たちよりもあとから採り上げるのは、クザーヌスの平和思想が以下 に検証するようにこの時代のものとしては優れて体系的であり、しかも純粋でかつ現代性 があって、今後の平和を考察するに際して社会形而上学的に示唆に富むものを多く包含し ているからである。それはカトリックにもプロテスタントにも偏しない客観性を有しても いる。
ニコラウス・クザーヌスは中世と近代とを結ぶ思想家として、ルネッサンス時代の始め に活躍した。本名をニコラウス・クレプスと言い、モーゼル河畔の町クースCues(現在の
Bernkastel-Cues)で生まれたためクースの人(クザーヌスKusanus)と呼ばれた。それまで
ヨーロッパ宗教思想の主流を成していたスコラ哲学の祖トマス・アクィナスの主知主義に 対して、神との直接的な合意を求める立場で、原理的には救いを仲介する組織としての教 会を必要としないと主張するキリスト教的神秘主義の思想をとるものであった。
第一節 時代背景と歴史的位置づけ
クザーヌスの活躍したルネッサンス期(中世末期)にはカトリック教会を中心にそれま で長期間キリスト教ヨーロッパは一致を保ってきていた〔小田垣雅也、1995;114-118他〕
1。このようなヨーロッパで平和が乱れたのは、キリスト教内部においては教会が分裂し宗 教上の戦いの危険に晒され始めたこと、対外的にはキリスト教の聖地エルサレムが度々イ スラム教徒によって奪われ、これを奪回しようとしたキリスト教徒との間にしばしば争奪 戦が演じられたことであった。すなわちこの時期ローマ教会はすでにローマ教会のシオス(
大分裂、大離教1054年)やフランス王フィリップ4世(Philipe Ⅳ 1268-1314)によ る教皇の「アヴィニオン補囚」(1309~1377)に遭遇して教皇権は名実ともに地に 墜ちていた。さらにペストの流行が混乱を増幅した。こうして東ローマ帝国はオスマント ルコにより息の根を止められ(1453年)、教皇権は衰退、教会は退廃し、トマス・アク ィナスによるスコラ神学は地盤を失いつつあった。このことはヨーロッパの思想的一体性 が次第に崩壊しつつあることを意味していた。クザーヌスはこの迫りつつあるヨーロッパ の危機を克服するには平和の理念・和合の精神による人間教育以外には根本的手段が無い と判断、教会と国家における内的和合による平和を説いた。上記のシオスによりギリシア の東方教会とラテン西方教会とは東西に分裂したが、これはギリシア世界とローマ世界と
いう地理的・文化的に異なった二つの世界の対立に根差していた。前者が哲学的・思弁的 なものへの傾向を持っていたのに対して、後者は法律や社会秩序などへの傾向を有してい た。クザーヌスはこの大離教を修復しひとつの教会に再生させるために命を受けて、14 37年に東方教会のコンスタンティノープルに赴き回復に着手した。しかしクザーヌスの この間の努力は当時では報われずに終熄したが、20世紀に至り第二バチカン公会議(19 63~65)で現実のものとなった。
クザーヌスのもう一つの活躍はエキュメニズムである。第二バチカン公会議においてカ トリック教会はキリスト教でない諸宗派との関係を大切にしたがこれはクザーヌスの思想 においてすでに明らかとなっていた。
クザーヌスによればヨーロッパにおける平和の危機の原因は、そもそもヘブライズムが ヘレニズムと直接の接触をした紀元前3~2世紀にその萌芽がある。すなわちその時期に イスラム教が異境の地ギリシアと交わり、ギリシア哲学とりわけプラトン、アリストテレ スの影響を受け、やがて時代が下るにしたがってその効果がキリスト教神学の中に強まっ たとする。そしてアリストテレスの原理は力と支配の二元論であるとした。初期キリスト 教の純キリスト教的思想が後退し、中世キリスト教はギリシア・ローマ思想、特にプラト ン・アリストテレス思想に支配されていった時代である。その結果、このようなキリスト 教神学を基礎としていたスコラ哲学が当時の思想界を支配していたため、キリスト教社会 はそれまでの伝統的な敬虔と信心とを失い、権力者は利己主義による政治活動に堕し、多 くの対立と抗争が生じた。欧州統合思想としてのはしりとも称されるピエール・デュボア の統合思想(前述)はこのような時代的背景を背負って登場した。
すなわちキリストが説いた「平和」の原理(原始キリスト教の原理)は既に後退して、
トマス・アクィナスによって完成したといわれるこのようなスコラ哲学の思想〔野尻武敏;
1981〕2が支配し聖戦の思想となっていた。初期キリスト教徒の無抵抗の行動原理は、
この時点では十字軍の征服の行動原理へと変化を遂げていった。こうしてクザーヌスはヨ ーロッパの平和のために政治的に活動する3 とともに、新しいヨーロッパ社会の平和のた めの倫理を発見しようとした。
エルサレム聖地の奪回を旗印にヨーロッパキリスト教国圏は1096年から1270年 までに都合8回の遠征軍を派遣している。十字軍派遣の表面上の理由は聖地奪回であった が、実態は当時のヨーロッパで盛んな東方の聖遺物収集熱に乗じた商売が目的であった。
このため聖地は一時キリスト教徒の手により回復したものの、結局イスラム教徒により奪
回されて、エルサレムはついに第一次世界大戦時までイスラム教徒の領土となった。この 後シオニズム運動によってイスラエル領が建国されたのは、第二次大戦後の1948年で あった。クザーヌスによる十字軍派遣反対の最大の理由は、バーゼル公会議(1432年)
にて戦争の危機がヨーロッパ全体に迫っていることを感じとっていたからであった。武力 によって殺害され迫害された人間が多く存在することを知ったばかりでなく、クザーヌス 自身も囚われ幽閉されてしまったからであった。最後は教皇の無謀な十字軍派遣に反対し たにもかかわらず教皇は十字軍の派遣を強行した。もっとも十字軍遠征によって、ヨーロ ッパは初めて先進サラセン文化すなわち「中洋世界」に触れることが出来たことは極めて 重要なことではあった。このように近代ヨーロッパの成立には、あらゆる面でアラブ世界 が構造的に拘わってくる。その接触を媒介したのが十字軍であってみれば、キリスト教的 平和観の観点に立って聖戦反対論を唱えたクザーヌスは、その後のヨーロッパ文明の発達 を考え合わせると歴史的には微妙な立場にある。
第二節 人間的考察
クザーヌスが人間に付する名称には「小宇宙(microcosmos)」、「第二の神」、「神の似 姿」、の三つある〔坂本 堯、1986A;8-21〕。まず「小宇宙」については、人間性が感 覚的・精神的世界の双方を包含しその感覚・理性・知性を通じて大宇宙の総てを認識し理 解することにより、宇宙のすべてのものをその中に受け入れ統一した世界像を形成するか らである。「第二の神」については、人間が神の創造した世界の規準であるとの考えから 来る。すなわちクザーヌスにとって、神は自己の富と完全性を示すように、被造物の世界 を創造するので、この創造における究極的な目的は神自身であるが、この目的が実現され るには被造物の完全性を認識できる精神的被造物が必要であり、それが被造界の可視的世 界とその創造者を認め愛する人間であるとする。
またクザーヌスは、人間は「神の似姿である」、というキリスト教の根本的人間観を強 調する。これはアウグスティヌスにより強調されたキリスト教的人間観の基礎的真理であ る。この人間尊厳の主張は同時に人間の原像である神の無限の尊厳性を明らかにし、キリ スト教的ヒューマニズムの基礎を成す。つねに正しい良心に従って生活する倫理的人間像 の形成には宗教が必要であり、最高の善と正義である神との恩恵による一致が倫理的人間 完成のための原動力となる。その唯一の仲介人は神人キリストであるとする。
ヤスパースはクザーヌス思想の真髄をなす人間の課題を下記のとおり掲げている〔カー ル・ヤスパース1964;227-242〕。クザーヌスの平和観の基礎を成していると思われるので
以下に代表的なもののみを記す。
①.自己に成ること;クザーヌスは神にこう語り掛けている。「あなたは私に向かって 私の心胸のうちへ語り給う。『汝は汝自身のものであれ、そうすれば私が汝自身の ものであるだろう!』と」。ヤスパースはこれこそクザーヌスの根本経験であると している。私は私自身であるべきである。私が私自身となるときにのみ、私は私の 現実性を経験することが出来るとしている。
②.個体性と自己であること;個体であることはいまだ自己であることではない。世界 内にあるものはすべて現実としては個体性である。その人の内部において写像的精 神が自己の写像性を意識しながら絶えざる飛翔を成就する、といった人間にして始 めて自己自身となる。人間は彼の写像であるばかりでなく、自分がそれであるのを 知ることによって一切の存在するもののうちに抜きんでている。
③.飛躍;世界の範囲内で有限的に思惟する人間は、彼が自らの境地を忘却して自己を 喪失するのでない限り、有限なものから無限なるものに向かっての、また有限なる ものの脆弱さから無限なるものの内での確固さへ向かっての、除き難い衝動を持っ ている。われわれは有限なるものの一般を越えて彼方へと飛翔するのである。
④.写像性のうちにありつつ完成に向かって努力する;人間の偉大さは彼の課題の内に あり、その遂行を通じてはじめて自己を獲得しなければならない。この課題とは原 像へ眼差しを向けながら、不断に、より良き写像となることである。原像そのもの になることではない。
⑤.人間は神を求め、神は認識されることを欲し給う;人間は神を求めるべく、そして そのことによってのみ平安を見い出すべく創造されている。
⑥.キリストに成ること;人間は自分で自分に助けを与えることはできず、神へと差し 向けられている。自分を助けるのはただ自分が疑心なき信仰においてキリストの約 束に結びつくことだけである、と。
第三節 思想の本質―神秘主義
トマス・アクィナスの主知主義はアリストテレス哲学を基本的に取り入れたもので、人 間の理性は「神の存在」と「神が唯一でいますこと」を認識することが可能であるとして いる〔トマス・アクィナス;300-314〕。ただしその神が誰であるかということ、三位一体 の神を理性によって認識することは不可能で、それは神の啓示によって知らされる以外に ないという。トマスの場合理性と信仰の領域は分かれているが、啓示が理性を破壊したり