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第3章 カンボジアの基本情報と手洗いの現状

3.1 カンボジアの基本情報

(1)地理と風土

カンボジアは東南アジア地域に含まれる農業大国であり、西部と北西部はタイ、東部と南 東部はベトナム、北部はラオスに接しており、南部はシャム湾に開けインドシナ半島の中央 部に位置している(カンボジア統計局,2011)。この国の国土面積は北海道の土地面積の約 2倍に相当する約 18 万 ㎢であり、中央部にはカンボジア平原とよばれる平坦な低地が広 がっている(須藤ら,1996)。この平野部は地形の特色によって、台地および西部地域の扇 状地、メコン川氾濫原、トンレサップ川沿い氾濫原、バサック川沿い氾濫原、高位沖積面に 区分され、地域別の特徴的な洪水の影響や水利用がみられる(久保,2006)。

カンボジアは年平均気温 27 度で熱帯モンスーン気候に属しており、季節は雨季(5月か ら 11 月)と乾季(12 月から4月)に大別される。年降水量は首都プノンペン特別市で約 1,400 mm、山岳部の最高で約 5,000 mm 以上と多く、雨季は乾季に比べ降水量が大幅に増加 する。そのため、東南アジアで最大の国際河川でありカンボジア国内を流れるメコン川の下 流域、カンボジア中央部に位置するトンレサップ湖周辺地域、およびトンレサップ湖から流 れるバサック川周辺地域では、毎年大規模な洪水が発生している(写真 3-1)。この洪水は、

住宅の損壊だけでなく稲や野菜等の農作物に対し甚大な被害を引き起こし、カンボジア国 民の約8割が農業従事者であるため、人々の生活を脅かす要因となっている。また、農村部 の住民が主な生活用水として使用する地下水や表流水が洪水により汚染されることで水系 感染症が蔓延し、健康被害が生じることも報告されている(風間,2007)。

(2)人口の分布と変遷

カンボジアにおける各州都の面積、人口、および人口密度を表 3-1 に示す。カンボジアは 23 州と1つの特別市である首都プノンペンで構成され、2013 年現在で州内は 159 郡に分け られており、これら郡内には全体で 1,429 のコミューンと 14,119 村が存在する(MRD,2013)。

カンボジア国土を平野部、トンレサップ湖周辺、沿岸部、山岳部の地域区分別でみると(表 3-1 参照)、平野部は全体の約 14 %を占めており、カンボジア全人口の約 50 %の人々が居 住している。平野部に位置する州都の内、特に首都プノンペン特別市の人口密度は他の州に 比べ圧倒的に高く、一極集中型を形成していると考えられる。トンレサップ湖周辺と山岳部 が占める面積はいずれも約 38 %と同様の数値を示しており平野部に比べ広いことがわかる が、人口に関してはトンレサップ湖周辺の方が山岳部に比べて約3倍と高い。

カンボジアにおける近年までの人口の変遷については、入手可能であった 1960 年から 2015 年にかけての人口のデータを図 3-1 に示している。1962 年、カンボジアの人口は現在 の約半分の約 570 万人であったが、1970 年までの8年間で 19 %増加した。ところが、1970 年代にポル・ポト政権下で国民が大量に虐殺されたため、1981 年時点で約 670 万人まで減 少した。しかし、この独裁国家が崩壊した後に、急激な経済成長に伴い 1998 年から 2008 年 までの 10 年間にかけて人口が約2 %増加し、2017 年現在の全人口は約 1,600 万人に達し た。そのうち、全体の約 80 %に相当する約 1,200 万人の人々が農村部に在住しており、約 20 %は都市部に在住している(カンボジア統計局,2011)。

カンボジアの年代別人口割合と実質 GDP 成長率の推移をみると(図 3-2)、1994 年付近で は 15 才未満と 15 才から 65 才未満の人口割合がほぼ同等であるが、1994 年以降は実質 GDP 成長率の上昇に伴い、徐々に 15 才から 65 才未満の人口割合が増加している。一方で、15 才未満の人口割合は減少傾向にある。

写真 3-1 カンボジアメコン川下流域の洪水の様子

表 3-1 カンボジアの州都面積と人口

地域区分 州名および市名 面積

(㎢)

面積割合

(%)

人口 (万人)

人口割合 (%)

人口密度

(人/

㎢)

平野部 コンポンチャム 9,799 5.5 168 12.5 171

カンダール 3,568 2.0 127 9.5 356

プノンペン特別市 290 0.2 133 9.9 4586

プレイヴェン 4,883 2.7 95 7.1 195

スヴァイリエン 2,966 1.7 48 3.6 162

タケオ 3,563 2.0 84 6.3 236

トンレサップ湖 周辺

バンテェイミエンチャイ 6,679 3.8 68 5.1 102

バッタンバン 11,702 6.6 103 7.7 88

コンポンチュナン 5,521 3.1 47 3.5 85

コンポントム 13,814 7.8 63 4.7 46

プーサット 12,692 7.1 40 3.0 32

シェムリアップ 10,299 5.8 90 6.7 87

オッドミンチェイ 6,158 3.5 19 1.4 31

パイリン 803 0.5 7 0.5 87

沿岸部 カンポット 4,873 2.7 59 4.4 121

コッコン 11,160 6.3 14 1.0 13

シアヌークビル 868 0.5 20 1.5 230

ケップ 336 0.2 4 0.3 119

山岳部 コンポンスプー 7,017 3.9 72 5.4 103

クラティエ 11,094 6.2 31 2.3 28

モンドルキリ 14,288 8.0 6 0.4 4

プレアビヒア 13,788 7.7 17 1.3 12

ラタナキリ 10,782 6.1 15 1.1 14

ストゥントレン 11,092 6.2 11 0.8 10

*面積のデータはカンボジア人口センサス 2008,カンボジア計画省

**人口のデータは Statistical Yearbook of Cambodia 2010

(出典:総務省統計局およびカンボジア統計局,2011 にもとづき筆者作成)

図 3-1 カンボジアにおける 1960 年~2015 年までの人口の遷移

(出典:WB,2016)

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600

人口(万人)

都市部 農村部 全人口

*年代別の人口割合は 1960 年~2015 年までの入手可能なデータ

**実質 GDP 成長率は 1994 年~2015 年までの入手可能なデータ

図 3-2 カンボジアにおける年代別の人口割合と実質 GDP 成長率の推移

(出典:WB,2016 のデータにもとづき筆者作成)

(3)宗教、教育および識字状況

Phin(2013)によると、フランス植民地以前のカンボジアでは仏教や王権思想の下で教育 が行われてきたが、ベトナムのような社会主義革命を恐れたフランス植民地政府は権力を 維持するために、意図的に人々に対して適切な教育を与えなかったといわれている。その後、

ポル・ポト政権下でそれまでの教育制度が崩壊され、1979 年以降にフォーマル教育が再開 されたものの、未だ教育システムは脆弱なままである(廣畑ら,2016)。また、以前は教育 の場であった仏教はポル・ポト政権時には僧侶の大量虐殺や強制還俗により壊滅状態に陥 ることとなったが、現在では約 90 %の人々が上座仏教を信仰している(ムコパディヤーヤ,

2009)。

1991 年のパリ協定成立後、民主体制へ移行した新しい国家体制の中で教育が社会開発の 重要な柱として位置づけられ、多数の国際援助機関の参入により学校建設や教師の再教育 等の援助が行われてきた。また、2005 年には教育制度が6・3・3制に整えられ、道徳、ク

0 3 6 9 12 15

0 10 20 30 40 50 60 70

1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 実質GDP成長率(%)**

年代別の人口割合(%)*

GDP成長率 65才以上 15才以上65才未満 15才未満

られることになった(羽谷,2011)。なお、2013 年現在で、筆者が訪問した公立小学校で は、高学年を対象に生活科の授業が行われており、その教科書内に写真 3-2 に示すような手 洗いに関する内容が記載されていた。

政治に左右されてきたカンボジアの教育状況は時代の流れとともに変化してきたことに 加え、これまで様々な援助により教育の質を向上する取り組みがなされてきた。しかしなが ら、教育を受けるために必要な識字については、今もなお大きな課題となっている。1998 年 から 2008 年の統計書によると、カンボジア全州の7歳以上の識字率は 2004 年現在で 79.9 % に及んでいるものの、都市部住民に比べ農村部住民の識字率は低く、特に女性の識字率は男 性に比べて低いことが報告されている(カンボジア計画省,2008)。

写真 3-2 カンボジアの公立小学校で使用される生活科の教科書に掲載されている手洗いイメージ

(筆者撮影)

(4)経済格差と貧困削減への取り組み

カンボジアの主要産業は農業や漁業のような第一次産業が中心であるが、近年では観光 業や縫製業が発達したことで 1999 年から 2001 年の間は平均7 %の経済成長率を維持し、

現在もなお経済成長を続けている(WB,2016)。このような急速な経済発展に伴い貧困が低 減されていく一方で、都市部と農村部間の経済格差は拡大し続けているといわれている。

重田(2015)は、カンボジアの貧困と経済格差の原因には①農業と環境の危機、②人間の 基本的権利の危機、③経済のグローバル化による危機の3つの危機が絡み合い、「新しい貧 困の罠」が存在していると考えている。①農業と環境の危機については、地球温暖化や洪水

のような自然環境の変化により農業生産が低下することで農村部住民は自宅での副業や工 場労働者のような副業や出稼ぎを余儀なくされていると示している。②人間の基本的権利 の危機については、「医療、教育など農民の基本的な権利が侵されている人間の安全保障の 危機のこと」と示されており、農村では医療費の負担が大きいことが借金や土地の喪失に繋 がり一家離散に発展することや農作業の人手確保のために子供の教育機会が奪られること が述べられている。③経済のグローバル化による危機については、経済発展に伴うグローバ ル化により海外からの資本が流入することで都市住民や有力者が豊かになり、農村住民と の経済格差が一層広がるというものである。また、土地の権利を持たない農村住民は、土地 開発のために土地を手放さなければならないという現状にあることも述べられている(重 田,2015)。

2000 年に MDGs が採択されて以降、カンボジアにおいても次の①から⑨に示すような独自 の開発目標が掲げられた(カンボジア計画省,2013b)。

① 極度の貧困および飢餓の撲滅

② 普遍的基礎教育の達成

③ 男女平等および女性の地位強化の推進

④ 幼児死亡率の削減

⑤ 妊産婦の健康の改善

⑥ HIV(エイズ)やマラリア、その他の疾病の蔓延防止

⑦ 環境の持続可能性の確保

⑧ 開発のためのグローバル・パートナーシップの構築

⑨ 地雷除去、不発弾の処理、および犠牲者支援

この中でカンボジア政府は貧困問題の解決を最重要課題に位置付けており、多岐にわた る貧困削減の取り組みを行ってきた。農村の貧困問題に対しては、①農業開発、②農産加工 産業の振興、③マイクロクレジットの普及、④労働集約的工業、⑤道路整備、⑥保健医療サ ービスの質と量の向上というような政策を掲げている(矢倉,2008)。また、カンボジア政 府は 2015 年までに全体の 19.5%まで貧困率を低減することを目標に掲げ、世帯の消費デー タを基に貧困者比率の推定を行い、対策を行ってきた(JICA,2010)。その結果、1990 年代 に比べカンボジアの貧困削減は達成されることとなった。しかしながら、未だ都市部と農村