5 政策対応の概要・実績
5.4 金融リテラシーと一般投資教育
5.4.6 カナダにおける金融教育
カナダは、2009年、産業界、金融教育組織、コミュニティ組織、学界からの13人の専 門家による「金融リテラシーに関するタスクフォース」を招集、金融リテラシー向上に向 けた議論をスタートさせ、2011年に、金融リテラシー教育に関する生涯学習、良い金融 行動に対するカナダ人の自覚向上等を内容とする「カナダ人とそのお金」との勧告を発表 した。これを踏まえ、カナダ政府は、2014年に「金融リテラシー国家戦略」を策定した。
①金と負債の賢い管理、②将来に向けた計画・蓄財、③詐欺や金融虐待の回避・阻止に より、カナダ人とその家族の金融面でのより良い生活を強化することを3つのビジョンと している(図表5.4.8)。
図表5.4.8 金融リテラシー国家戦略の3つのビジョン
お金と負債を賢く管理 Manage money and debt wisely
カナダ人の家計を支援し、資金計画を立て、その管理を行うため に無料で客観的な資源を提供します。
カナダ人に提供されるプログラムやサービスに、効果的な資金管 理に関する資源とトレーニングを取り入れます。
将来に向けて計画・蓄財 Plan and save for the future
カナダ人がより良い計画・貯蓄を行うことができるよう、金融商 品・サービスに関する無料かつ客観的な情報を提供します。
貯蓄方法や将来の資金計画方法に関しカナダ人に周知・浸透させ るための方法を開発します。
人々が政府給付金の受給資格があるか、またそれに該当する場合 に、計画・貯蓄のためにそれらの給付金にアクセスする方法をわ かりやすく提供します。
詐欺や金融虐待を回避・阻止 Prevent and protect against fraud and financial abuse
詐欺や金融虐待のリスクやそれを最小化する方法について学習で きるような、さまざまなカナダ人グループのためのツールや資源 を共有します。
金融虐待に関する脆弱性の領域を特定し、積極的に既存のツール と資源を共有します。カナダ人がこれらの材料によりアクセスし やすい方法を模索します。
詐欺の犠牲者であると感じた場合、カナダ人が助けを求めること を勧めます。FCACは詐欺や被害時の対処方法についてウェブサ イトで情報を提供しています。詐欺防止月間と世界で高齢者虐待 を考える日によってカナダ人がこれらのリスクから身を守る方法 の啓発を強化するとともに、年間を通してカナダ人の認識を高め るよう取り組みます。
(資料) Financial Consumer Agency of Canada, "National Strategy for Financial Literacy ‒ Count me in, Canada"
によりEY総合研究所作成。
http://www.fcac-acfc.gc.ca/Eng/financialLiteracy/financialLiteracyCanada/strategy/Pages /home-accueil.aspx
「金融リテラシー国家戦略」に基づき、FCAC(Financial Consumer Agency of Canada、 カナダ金融消費者庁)長官により、Financial Literacy Leaderが任命されている。Financial
Literacy Leaderの権限は、カナダ人の金融リテラシーを強化するイニシアチブを支援・貢
献するために、企業、行政、非営利法人によるステークホルダー(学会、教育機関を含む)
とともに活動の協働・コーディネートを行うことである。
このFinancial Literacy Leaderのイニシアチブのもとで、「金融リテラシー月間」
(Financial Literacy Month)は2011年から毎年11月に開催されている(2012年には、
カナダ議会が毎年11月を「金融リテラシー月間」とすることを決定した)。
2011年、最初の金融リテラシー月間が、カナダ人の金融リテラシーの重要性について の認識を高めるために、金融リテラシー行動グループ(Financial Literacy Action Group,
FLAG)によってスタートした。最初の金融リテラシー月間は、75の組織が参加し、金融
リテラシー強化のためのカナダ横断で200のイベントを開催した。
2016年11月の金融リテラシー月間では、Financial Literacy Leaderのリーダーシップ のもと、FCAC(Financial Consumer Agency of Canada、カナダ金融消費者庁)が、企業、
行政、非営利法人がカナダ人各層への金融リテラシーを促進するための取組みのコーディ ネートと協働を促進した(図表5.4.9)。こうした取組みを通じて、カナダ人の金融面で のより良い生活を強化することが、国家金融リテラシー戦略のビジョンである。
図表5.4.9 金融リテラシー月間の実施体制
組織 件数
リーダー Financial Literacy Leader(金融リテラシーリーダー)
コーディネート Financial Consumer Agency of Canada(カナダ金融消費者庁)
コミュニティグルー プ
130 Consolidated Credit Counseling Services of Canada、
Credit Counselling Society、ABC Life Literacy Canadaほか 教育機関 6 Bow Valley College、Carleton University、NorQuest College
金融機関 186 RBC Royal Bank
民間セクター 20 BDO Canada Limited(会計法人)、Desire Financial Solutions Inc.
(金融教育)、BuyHerself(女性向け住宅購入教育)、Ignov8(金 融教育ゲーム)、Finances d'OR(ファイナンシャルアドバイス)
業界団体 3 カナダ信用金庫協会、カナダ生命保険協会、カナダ会計士団体 行政 2 オタワ公立図書館、オンタリオ金融サービス委員会
(資料)Financial Consumer Agency of Canada, "Canadian Financial Literacy Database"によりEY総合研究所作成。
2016年11月には、多様な層に対して、多様なテーマで、多様な形態により、415件の プログラムが実施されている(図表5.4.10)。
図表5.4.10 金融リテラシー月間における訴求対象等
(資料)Financial Consumer Agency of Canada, "Canadian Financial Literacy Database"によりEY総合研究所作成。
なお、金融リテラシーに関するタスクフォースによる2011年勧告「カナダ人とそのお 金」には、「金融面での決断力を発揮させるための情報や教育でさえ、さまざまな、心理 学的、社会的、制度上の影響によって、合理的な意思決定を妨げる可能性がある。「行動 の経済学」に捧げられたかなりの研究は、近年多くの有益な洞察を産出した。それゆえ、
タスクフォースは、環境や選択の仕組み(アーキテクチャー)、特に、自動加入や職域退 職年金の拠出額自動増額などのデフォルトメカニズムの重要性を過小評価すべきではな い。国家戦略の一部として、注意を引くための「ナッジ(nudge)」(注)介入について は、政策作成者によって、カナダ人への金融面での意思決定プロセスを狙いとする伝統的 な金融リテラシーツールや政策への補完措置として、注意深く考慮すべきである」とされ ている。
金融リテラシー教育だけでなく、行動経済学を活用した制度整備の必要性についても記 載されており、今後の展開が注目される。
(注)ナッジ(nudge)とは、英語で「(注意を引くため肘で)そっとつつくこと」を意味するが、行動経済学者の
ThalerとSunsteinによれば、軽い一押しによって相手に注意、リマインドやマイルドな警告を行うことを指す。
【参考】欧米諸国における販売制度改革等の取組み
欧米諸国において、金融機関向けの販売制度改革等の取組みが行われており、こうした 取組みは家計における資産形成を促すものと考えられる。今回は、各種の取組みを網羅的 に調査したものではないが、ここでは、英米の取組みのうち特に販売制度改革に関するも のを整理した。
イギリスの動向
イギリスにおいては、2012年12月に、金融商品のリテール改革としてRDR(Retail Distribution Review、販売制度改革)が実施された。この議論は、2006年、FSA(Financial
Services Authority、金融サービス庁)によってスタートしたものである。RDRは、消費
者からの信頼を獲得できるリテール投資市場の構築を目的として、以下の点を含む議論が 進められた。
①消費者の自覚を引き出し、信頼を築くプロフェッショナリズムの標準
②商品・サービスに関するより高い透明性の提供
③消費者利益のために競争が作用する報酬のアレンジ(投資運用会社からIFA等へのコ ミッション支払禁止)(参考図表1)
参考図表1 RDR後の流通チャネル
(資料)EY総合研究所作成。
(注)プラットフォームとは、インターネット上で複数の投資運用会社の投資信託を扱うサービス。
2014年12月、FSAの後継機関である金融行為規制庁(Financial Conduct Agency、FCA)
は、RDRの実施後のレビューとして、Europa Economicへの委託により"Retail Distribution Review - Post Implementation Review"と題した第1弾のレポートをとりまとめた。
これによれば、この時点におけるRDRの評価は以下のとおりである。
①RDRは、アドバイザー間のプロフェッショナリズムの向上に向けた動きを生み出し たが、こうした動きが消費者の利益や観察可能な改善につながるにはより多くの時間 が必要である。
②第三者によるコミッションの禁止により、RDR以前には高い手数料の商品に偏って いた販売がRDR後には減少し、ゼロまたは低額の手数料の商品の販売が増加するな ど、商品バイアスが減少した。
③リテール投資商品の手数料はRDR後に減少した。いくつかの商品価格が、プラット フォームやアドバイザーの競争圧力や低コスト商品群へのシフトのため下がってい る一方で、アドバイスコストが増加しているとの証拠もある。
④RDR順守コストは予想どおりか予想以下の水準となった。
なお、2012年12月のRDR実施以降、IFA経由の販売額は増加しているが、プラット フォーム経由の販売が伸びている状況にある(参考図表2)。
参考図表2 チャネル別リテール販売額
(資料)Investment Association資料によりEY総合研究所作成。
http://www.theinvestmentassociation.org/media-centre/press-releases/2016 /press-release-statistics0216.html
また、イギリス大蔵省(HM Treasury)及びFCAの "Financial Advice Market Review Final report" March 2016によれば、「多くの報告は、一定の投資/年金口座保有額を有 する顧客への取組みに注力していると述べている。これは、最低10万ポンド超の残高を 求める企業の割合が2013年の13%から2015年には32%へと上昇したとのアドバイス会 社に関する調査でも証明されている。FCAの最近の調査は、企業の45%が3万ポンド未 満の小口顧客へのアドバイスはほぼまれであることを示している。」と述べており、こう した「アドバイスギャップ」(Advice Gap)への対処も課題の一つとなっている。
0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800
2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年
(億ポンド)
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