第 2 章 事例分析
2.7 エリトリア
2.7.1 基礎情報
表2.7.1 エリトリア基礎情報表
エリトリア国除隊兵士の社会復帰のための基礎訓練プロジェクト2005年6月〜2007年6月
紛争の 背景・
特徴
紛争の期間 ・ 1960年のエリトリア解放戦線(ELF)結成から1991年のエチオピア政 府降伏を経て、1993年の独立宣言までの約30年間。
紛 争の ステ ー タス (事 業開始時)
ž 1993年の和平・独立から12年後、及び1998〜2000年の国境紛争から5 年後。(ただし、プロジェクト実施期間もエチオピアとの国境地域では 国境画定を巡って対立中)。
紛争の形態 ž エチオピアからの独立戦争
紛争の要因 ž 1890 年にエジプトからイタリアが植民地化。第二次大戦後、英国保護 領を経てエチオピアと連邦を形成。1955 年憲法によるエチオピア化政 策により公民権剥奪等、エリトリア人の権利が制限され、1960 年代か ら解放勢力が活動。これに対抗するため、エチオピア政府は住民虐殺等 の恐怖統治を実施。
ž エチオピアの政治的混乱(特に60〜70年代の帝政弱体化)。
紛争当事者 ž エリトリア人民解放戦線(EPLF)、ティグレ人民解放戦線(TPLF)等 の独立勢力vsエチオピア国軍。
案 件開 始・
実 施時 の不 安定要因
ž エチオピアのほかジブチ、イエメンとも国境問題が存在。
ž 国内経済の不振による雇用の受け皿の不足。
ž 大量の元戦闘員に対する職業教育と雇用創出に課題。
ž 言論・政治的自由等が著しく制限され、国民不満が存在。
ž 影響力は弱いが、反政府勢力としてエリトリア解放戦線(ELF)やエリ トリア国民同盟(ENA)などが存在。
案 件開 始・
実 施時 の安 定要因
ž 国境紛争地域を除けばガバナンスと治安が安定。
ž 行政職員のモチベーションや業務遂行能力が高い。
ž 国を挙げた元戦闘員の社会復帰支援が本格化。
政治・
行政
政 治 動 向
(2005 年当 時)
ž 独立運動の最大派閥・エリトリア人民解放戦線 (EPLF)を前身とする 民主正義人民戦線 (PFDJ)率いる暫定政府が、事実上の一党独裁。
行政動向 n 地方の行政システム
ž 独立後に地方公務員制度改革。地方公務員は分権化の名目で行政区の役 所に再配置され 30%削減されたが、プロジェクト実施時、地方行政の 組織・ガバナンスは安定。
n 雇用・生計向上に係る行政組織の状況
ž 国家除隊・社会復帰プログラム委員会(NCDRP)、教育省技術職業訓練 局(TVET)等が元戦闘員の職業訓練を推進。
ž 教育省傘下に技術学校(木工・金属・配管・建設等)や営繕局(木工・
金属)が存在する他、通商産業省(機織や製陶等)、水産省(漁業関連)
等にも訓練施設が存在。
ž 公立技術学校では施設の老朽化、教員不足等が課題となっており、資機 材の更新に伴い受講費用が上昇するケースもある。
ž 国家開発省が世銀資金により1996年からマイクロクレジット・プログ ラムを実施。帰国避難民、戦災被害者、元戦闘員を主要ターゲットとし ている。
復興計画
ž 94 年マクロ政策文書で、①輸出向け民間企業振興、②保健衛生・教育 向上、③地方の貧困削減の3本柱を目標としたが、実態的に機能せず。
経済・
産業
マ クロ 経済 動向
n 主要経済指標
年 2005 2006 2007
1人あたりGDP(USD) 249.6 258.1 271.7 1人あたりGDP(ERN) 3,835.3 3,968.7 4,177.5 インフレ率(%) 12.5 15.1 9.3 失業率(%) NA NA NA
※IMF World Economic Outlook Databaseより。GDPは名目値
n 特色
ž 潜在的成長市場である建設分野では、2006年から建設公社や政党系企 業が建設事業を独占。民間建設事業者の他、周辺産業(配管・建築資機 材等)にも打撃。
ž 2005〜8年の間の実質GDP成長率は平均1.2%程度。
産 業・ 労働 構造
n 産業構造
ž 土地利用の75%が農地だが、農業の総付加価値(GDP比)は17%に留 まる。最も付加価値が大きいのはサービス業の56%(2008年、世銀デ ータ)。
ž 復興途上でインフラ及び建築物の建設需要が未だ大きい。
ž 金、銀、銅、亜鉛等の豊富な鉱床が存在。外資受入れによる鉱山開発に 着手。
n 労働人口比率
ž 労働人口の8割以上が農業に吸収されている。
n 産業振興政策
ž インフラ復興が政策の中心。教育・技能訓練の整備に遅れ。
ž 国民皆兵の徴兵制で、兵士達は「ナショナルサービス」と呼ばれる勤労 奉仕活動への従事が義務付けられている。事実上、この「ナショナルサ ービス」が失業・インフラ復興対策として活用されている。
ž 高等技術教育(科学技術大等)を受けた者への職業割り当てが統制的に 行われており、彼らの就職率は100%に近い。
経 済・ 雇用 面 での 紛争 の影響
ž 難民・避難民の大量発生、港湾への空爆、重い軍用車両による道路の損 傷等、経済に深刻な影響。
ž 独立後に独自通貨を発行したが、エチオピアに依存していたそれまでの 経済状況にそぐわず、結果的に不況を後押し。
社会
コ ミュ ニテ ィの特性
n 人口的特性
・ 総人口449万人(2005年)。ティグリニャ人(全人口の半数)、ティグ レ人、エチオピア系のアファル人など9民族が混成しているが、民族的 対立は顕在化していない。
n 地理的特性
ž 政治・経済は首都アスマラに一局集中。民間技術学校(美容・配管・建 設・PC等)も大半がアスマラに集中。公立訓練施設は地方にも存在す るが数が少なく、地方での技能訓練に課題。
n 組織的特性
ž コプト教とイスラム教の信者が多いが、カトリック、プロテスタント、ア ンナ教等の信者も共存。
ž 農地の分割相続が伝統的だったが、1970 年代に社会主義化したエチオ ピア政府の土地国有化・農業集団化により混乱。独立気運が高まる一因 となる。
IDP・ 帰 還 者 ・元 戦闘 員等の動向
n 国内避難民
・ 一部IDPキャンプにはエチオピア側からの避難民も流入した。
・ 最多時110万人発生したIDPは2005年時点で推計45,000人まで減少。
2008年までに政府が帰還・住民移転を完了。
n 海外移住者
ž 1998〜2000 年の国境紛争武力衝突時は多くの難民がスーダンに避難。
その後、4年間で20万人以上が帰還。
n 元戦闘員
・ 2001年から政府の緊急動員解除・社会復帰プロジェクト(EDRP)によ り、30万人の兵士のうち20万人の除隊と社会復帰を計画。2005年まで に約10万4000人の除隊が完了し、うち非技能者は2万人だが、ドナー 支援も含め訓練を受けた総数は推定2000人程度(2006年末時点)に留 まる。
・ 女性も徴兵対象であるため、元戦闘員には女性も含まれる。
エリトリアは歴史的にエチオピアとは文化・民族が異なっている。15〜19世紀はオスマン・ト ルコの支配下にあり、その後短期的に支配していたエジプトが弱体化する1880年代にイタリアが 進出、植民地となった。第二次大戦後、イギリス軍政期を経てエチオピアとの連邦に組み込まれ たが、エチオピア側の強硬な併合政策に対する反発により、独立運動が展開。60年代からは武装 闘争が本格化して、30 年に渡る独立紛争の末、91年に戦争が終結、93年に正式に独立した。し かし、その後も国境画定を巡って90年代後半に武力衝突が起こり、国際連合エチオピア・エリト リア派遣団(UNMEE)が平和維持活動を展開した(UNMEE提案の国境線への不満は、国際社会 に対する政府の閉鎖的態度の一因となった)。
紛争の背景・特徴
独立以来、民主正義人民戦線(PFDJ)が事実上の一党独裁体制を継続。憲法(1997年に議会承 認)は未施行で、選挙も無期延期中である。独立後のマクロ政策文書(94年)では、①輸出向け 民間企業の競争的環境創出による持続的経済成長、②教育、栄養、健康管理、上水/下水システム への投資による国民の技術と福祉の向上、③インフラ、農業・牧畜・漁業振興への投資による地 方での貧困削減、といった目標が掲げられたが、実態として成功しなかった。このような現状を 受けた開発戦略として、政府は2004年に暫定貧困削減戦略文書(I-PRSP)を作成。マクロ経済の 安定に基づく経済成長、貧困層の収入向上、人的資源の向上を謳っている。
政治・行政
土地利用と労働人口の 8 割を占める農業が主産業だが、生産性が低く付加価値総額は GDP の 17%に留まっており、食糧自給が問題となっている。独立後15年を経ても経済復興・開発が遅れ ており、最大の潜在的市場はインフラ開発・建設関連業である。が、2008年に民間建設事業が突 如禁止され、周辺産業(配管等の建物設備、扉や門などの建設資材製作など)にも多大な影響を 与えた(これらは元戦闘員の技能訓練に関係の深い業種でもあった)。また、通貨量コントロール にも課題があり、高インフレ体質が改善されておらず、市中金利も高い(例、2008年時点で小規 模事業者向け銀行ローンの利率は20%、国家開発省のマイクロクレジットも利率は年16%)。殆 ど魚を食しない国民であるため漁獲高が小さく水産資源が豊富であるほか、近年は鉱業資源が外 資の注目を集めているが、マクロ経済運営という点では課題が多い。
経済・産業
独立戦争終結後も、国境紛争のほか干ばつによりIDPや難民が発生している。が、政府の帰還・
移転促進により総数的には独立戦争期より大きく減少傾向にある。元戦闘員に関しては、総数に 比べて訓練施設のキャパシティが圧倒的に小さいことが課題となっている。
社会