VME Controller CAEN V2718
8.1 エネルギー分解能の構成要素
73
第 8 章
議論
今回のビームテスト実験について、以上の解析から得られたエネルギー分解能を表8.1に まとめる。ここで有効数字は小数点以下1桁とした。まず、105 MeV/cデータに対するGSO のエネルギー分解能は、COMET実験用電磁カロリメータの目標値である5%以下である。
したがって、GSOを電磁カロリメータに適用できる可能性が確認できたと言える。ただし、
今回の解析方法を考慮すると、GSOを用いた電磁カロリメータが最終的に5%を達成すると 結論することはできない。以下では、今回の解析で得られたエネルギー分解能の意味と、問 題点に焦点を当てて議論を行う。最後には、今後開発を進展させる上での課題についても述 べる。
表8.1: 実験結果
電子ビーム運動量 エネルギー分解能 85 MeV/c 5.4+0.3
−0.2(stat)+0.8
−1.2(syst) % 105 MeV/c 3.4+0.3−0.2(stat)+0.8−1.2(syst) %
第8. 議論 8.1. エネルギー分解能の構成要素
今回の解析方法では、MCと実験データのエネルギースペクトルの差異をエネルギー分解 能として定義している。この差異を生む原因には次が考えられる。
• GSOによる出力光子数の統計的分散がもたらす、GSO固有のエネルギー分解能(a)。
• APD及びプリアンプや、その後段を含む読み出しチェーン上の電気的ノイズ。またそ れに由来する波形フィッティングの不定性(c)。
前者は統計項に対応する。測定対象であり、GSOの固有のエネルギー分解能である。これは GSOから発生する光子の統計的ふらつきや、その光子の伝播効率に依存する。MCには、こ の光子発生及び伝播の機構が組み込まれておらず、電磁シャワーが落としたエネルギーを一 切の誤差無く測定することができる。これはa = 0を意味しているため、有限のaによる差 異が実際のデータには現れる。後者はノイズ項に対応し、測定チェーン上の電気的なノイズ による測定のゆらぎ、またそれに起因して波形フィッティングの精度が悪化する効果が含ま れる。この効果をMC上に実現する事は容易ではないため、この効果による差異も結果の分 解能には含まれる。
一方、MCが既に含有し、今回得られたエネルギー分解能には陽に含まれない要素には次 のようなものがある。
• デッドチャンネルによる測定漏れ
• ビームのサイズ
• ビームの運動量幅
• 電磁シャワーの、結晶アレイからの漏れによる影響(b)
はじめの3項目はビームテスト実験時固有の問題であり、結晶のエネルギー分解能を正確に 測定するためには良く理解されている必要があった。しかし、前述の通りビームに関する一 切のパラメータは、ほとんどが不明確なものであり、今回の実験結果において、系統誤差が 大きくなる原因となった。将来的に製作する電磁カロリメータ実機を見据えた際に、特に注 意すべきは最後の項目である。一般的に電磁カロリメータは電磁シャワーの漏れによる分解 能の悪化を受ける。実験と同じジオメトリをMCに実現する限り、この効果は必然的に含ま れる。今回の解析手法では、MCには含まれない効果を、データとMCの差異を生む分解能 として評価している。よって、既にMCに入っている定数項の成分は、別の方法で見積もる 必要がある。
8.1.1 分解能の各要素の理解
図8.1は、次の非対称ガウス関数[33]を用いて、実験で得られた105 MeV/cのスペクトル
(図7.11)をフィットしたものである。ここで、σ0 = (2/ξ) sinh−1(ηξ/2) (ξ= 2√
ln 4= 2.36) である。Nは規格化定数、xp はピーク位置、σE が通常のガウス関数の持つ幅σと同義で、η
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第8. 議論 8.1. エネルギー分解能の構成要素
hEtot_105
Entries 198611
Mean 49.35
RMS 40.94
/ ndf
χ2 155.6 / 18
const. 7423 ± 35.5 asym. 0.3018 ± 0.0097 mean 93.65 ± 0.06 sigma 8.844 ± 0.072
(MeV)
total
E
0 20 40 60 80 100 120 140
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000
hEtot_105
Entries 198611
Mean 49.35
RMS 40.94
/ ndf
χ2 155.6 / 18
const. 7423 ± 35.5 asym. 0.3018 ± 0.0097 mean 93.65 ± 0.06 sigma 8.844 ± 0.072
Total Energy (MayBT 105 MeV/c)
図8.1: 図7.11のピーク幅
は非対称度である。
F(x)= Nexp
− 1 2σ20 ln2
(
1− x− xp σE
η )
− σ20 2
(8.2)
簡単のため、このフィットから得られる純粋なピークの幅σを分解能とした時、その値は5%
を超過している。この超過は、デッドチャンネルやビーム径といった、GSO自身とは関係の ない要因から生じているものであり、GSO自身が5%を達成できないことを示すものではな い。ピークの幅は、デッドチャンネルを無くし、ビームの質を改善することで細くなる。ま た、シャワーの漏れを補正する解析アルゴリズムを用意する事で、さらなる改善も見込める。
シンチレータが生成する光量の統計性から来る不定性は、原理的に改善できるものではなく、
電磁カロリメータが持つエネルギー分解能の限界値を決める。以上の点から、今回の実験で 生じる分解能を項目ごとに理解し、特に結晶自身が固有に持つaを実験結果から見積もる必 要がある。
8.1.2 統計項
GSOは、表4.1及びNaI結晶の光量を参考にすると、L= 9000 MeV−1 程度の光子数が期 待できる。この光子が全て測定されるならば、その全光子数はN = 105 MeV×L=94500と なり、それによる統計項はa/√
E = 1/√
N = 0.1%と極めて小さくなる。実際は結晶中での 光子の減衰消滅、APDの有感面積からくるアクセプタンスなどの効果により、最終的な測定 に寄与するNdetはNに比べ大きく減少するため、この項は無視できない。
実際に105 MeVにおける統計項を見積もりたい。実験における電子ビームは105 MeV/c
であるが、ここは簡単のためエネルギー105 MeVを考える。まず E = 105 MeVの電子の作 るシャワーが一切の漏れなく測定されるとする。そのとき発生する光子は、結晶中で減衰し
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第8. 議論 8.1. エネルギー分解能の構成要素
消滅したり、20×20 mm2 の結晶断面積に対して5×5 mm2 という小さいAPD有感面積によ るアクセプタンスの影響により、APDに入射するまでに大幅に減少する。共同研究者による 光子伝播効率の見積もりから、発生した全光子はϵ = 0.7%の割合でAPDに到達すると報告 されている。光子がAPD内で電子正孔対を作る確率はAPDの量子効率に支配される。浜松 ホトニクス発行のデータシート[24]によると量子効率は QE =0.7である。APD内での電子 のアバランシェ増幅には、その過程自体に統計的ふらつきが存在する。その指数となるもの が過剰雑音係数(Excess noise factor)Fであり、同じくデータシートからF = 2程度であるこ とが分かっている。以上の項目を考慮すると、105 MeVにおける統計項は次のように見積も られる。
√a E
=
√ F
E×L×ϵ×QE ≈ 2.1% (8.3)
8.1.3 定数項
電磁カロリメータからの電磁シャワーの漏れは、その構造上避けられない要因であり、
COMET実験においても例外ではない。今回の実験に用いた中央の 9個の結晶の長さは15
cmであり、実験で用いる実機の長さと同じであるが、これはGSOの放射長X0 で規格化する
と10.9X0 程度である。これは従来、20X0 以上が望ましいとされる基準に満たない*1。よっ
てカロリメータの側面、前面に比べて後方への漏れが支配的になる。結晶アレイの中心に電 子が入射した場合、側面への漏れは統計的に殆どない。これはGSOのモリエール半径RM が
2.23 cmと小さいためである*2。ビーム半径がゼロで、運動量幅もゼロの理想的なビームを結
晶アレイ中央に入射した場合のスペクトルを図8.2に示す。フィット結果から、今回の実験 において、電磁シャワーの漏れによる分解能の悪化は
b= 2.996 MeV
105 MeV ≈ 2.8% (8.4)
程度であることが分かる。
8.1.4 ノイズ項
読み出しチェーンを経て伝送される電気信号には、ノイズが必ず含まれている。このノイ ズは今回の波形フィッティングによる積分値計算の不定性を生む。その不定性を見積もる には、テストパルス信号への応答波形に波形フィッティングを行い、その積分値を得る。第
5.5.2章で得られた1チャンネルのデータについて、フィッティング結果を図8.3に示す。テ
ストパルスは信頼のできる固定入力であり、その統計的ふらつきが十分小さいと仮定できる。
よって得られる積分値のふらつきは、電気的なノイズや波形フィッティングの不定性による
*1これ以上長い単結晶GSO及びLYSOの製造は、現在技術的に困難である。
*2電磁シャワーは、入射方向に対し垂直に半径RMの空間に、そのエネルギーの90%が集中する。
第8. 議論 8.1. エネルギー分解能の構成要素
Entries 499999
Mean 97.52
RMS 7.069
const. 8.619e+04 ± 2.947e+02 asym. 0.8532 ± 0.0028 mean 102.2 ± 0.0 sigma 2.996 ± 0.008
(MeV)
total
0 20 40 60 80 E100
0 10000 20000 30000 40000 50000 60000
Entries 499999
Mean 97.52
RMS 7.069
const. 8.619e+04 ± 2.947e+02 asym. 0.8532 ± 0.0028 mean 102.2 ± 0.0 sigma 2.996 ± 0.008
Effect from Shower Leaks
図8.2: シャワーの漏れに起因するエネルギースペクトルの幅(105 MeV/c)
htemp
Entries 39969
Mean 4.068e+04
RMS 2435
/ ndf
χ2 5834 / 3
Constant 1.836e+04 ± 1.113e+02 Mean 4.049e+04 ± 1.467e+01 Sigma 2046 ± 5.6
(ADC ch) Cfit
30000 35000 40000 45000 50000
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000
htemp
Entries 39969
Mean 4.068e+04
RMS 2435
/ ndf
χ2 5834 / 3
Constant 1.836e+04 ± 1.113e+02 Mean 4.049e+04 ± 1.467e+01 Sigma 2046 ± 5.6
Fit result of testpulse
図8.3: テストパルスデータへの波形フィッティングから得られるADC分布
ものが主要になる。図からガウス関数による幅を採用することは不適当に思われるため、数 値的な分散で評価すると、各チャンネルは平均的に2400程度のADC chを持つ事が分かる。
各チャンネルごとのエネルギー較正因子(7.7)が異なるため、これらノイズの、エネルギーと しての寄与はチャンネルごとに異なる。全チャンネルによる最終的な寄与 Enoise は、次で計 算できる。
Enoise =
√
∑
i
(2400×ci)2 = 3.3 MeV (8.5)
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第8. 議論 8.2. 今後の課題
以上から、ノイズ項の概算として以下が見積もられる。ただし、デッドチャンネルは総和か ら除く。
c
E = Enoise
E = 3.3
105 ≈ 3.1% (8.6)
8.1.5 まとめ
前述の通り、今回の解析結果には統計項とノイズ項が含まれていると考えられる。よって 以上の2つについて足し合わせると、
2.1%⊕3.1%= 3.8% (8.7)
となり、今回の105 MeV/cのデータに対する結果と誤差の範囲でほぼ同等の値が得られる。
85 MeV/cのデータに対しても同等の計算を行うと、4.5%の見積もり結果が得られ、1%程度
と比較的大きい開きはあるが、こちらも誤差の範囲で一致している。見積もりの不定性が大 きいこと、ビーム運動量幅が105 MeV/cと85 MeV/cの時に異なっていた可能性なども考慮 すると、これ以上精度の高い議論はできない。
最終的には、GSOの統計項、カロリメータの構造による電磁シャワーの漏れ、読み出し チェーン上の電気ノイズや解析が生む不定性など、COMET実験においても必然的に起きう る項目を全て考慮した上で、要求性能を満たす必要がある。今回の解析結果には電磁シャ ワーの漏れの効果が入っていないが、以上で求めた 2.8% の漏れの影響が直接加わるとす る*3なら、105 MeV/cデータの場合、
3.4%⊕2.8%= 4.4% (8.8)
となり、依然目標の 5% 以下である。これはつまり、COMET 実験用電磁カロリメータに GSOを用いても、要求性能を達成しうる可能性を示している。