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⑶ 伝 統

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 56-60)

音楽 の将 来性 につ いて

︑﹁ 型か らの 解放

﹂を めざ すと いう 遠大 な構 想を のべ た︑ 小泉 文夫 の

音楽 観

は何 か︒ 民族 音楽 学者 とし ての 小泉 の見 解﹃ 音楽 の根 元に ある もの

一九 九四 年編 に︶ きい てみ よう

︒﹁ 音楽 と人 間の 生 活と の根 源的 な関 係﹂ をさ ぐろ うと いう ので ある

︵﹁ まえ がき

﹂よ り︶

︒そ こで

︑こ の論 文集 のな かか ら筆 者の 視点 に基 づい て拾 い書 きし てみ たい

①﹁

Ⅰ 風土 とリ ズム

﹂か ら︒

﹁音 楽・ 舞踏 のよ うに 直接 的な 身体 表現 に結 びつ くリ ズム 感は その 特定 の人 びと の生 活基 盤で ある 労働 の形 式と

⁝⁝ 密接 な関 係を もっ てい る﹂

︒﹁ 水田 農耕 の地 帯で は︑ 舞踊 の身 体的 重心 は常 に安 定し た腰 にお かれ

︑ど のよ うな 動き にお いて もそ の瞬 間に 動き を止 める こと がで きる よう な﹃ 静﹄ の要 素が 見ら れ る﹂

︒﹁ 腰巻 や着 物に 対す るズ ボン

︑下 駄や 草履 に対 する 靴と いっ た衣 服の 上で の相 違に よっ て︑ ます ます リズ ム的 表現 を制 約す る環 境を 作り 上げ

﹂る

︒そ して 郷土 的社 会に おい て︑ 老若 男女 が一 様に 踊る 盆踊 りの 形式 が共 同体 の 表現 とし て親 しま れる よう にな る︒ これ に対 し︑ 遊牧

・牧 蓄の 社会 では

︑生 活の アク セン トと して コン トラ スト が 重視 され

︑男 組・ 女組 の区 別が なさ れ︑ 男ら しく

・女 らし く表 現さ れる

︒ また 日本 の芸 能で は季 節感 が強 調さ れ︑ 雅楽 にお いて は︑ 春は 双

調

︑冬 は盤 の観 念が あり

︑能 の舞 台で は季 節に ふさ わし い演 目が 選ば れ︑ 箏曲 の春 の曲

・秋 の曲 の区 別︑ 歌舞 伎に おけ る雪 の場 面・ 花の 場面 にみ る下 座音 楽 の表 現が あり

︑と くに 民謡 では 農耕 作業 の変 化に 影響 する 季節 がテ ーマ とし て歌 われ る傾 向が 強い

︒ また

︑雅 楽で 区別 され る﹁ 序破 急﹂ のテ ンポ は︑ 世阿 弥に よっ て掘 り下 げら れ︑ 中世 以降 の日 本の 諸芸 能に 適用

され てい る︒ 華道 しか り︑ 茶道 しか り︑ 書道 まで もで ある

︒し かし その 適用 の広 がり は︑ かえ って 概念 の曖 昧さ を もた らし てい るの で︑ この 観点 から いえ ば︑ その 捉え 直し が必 要で ある

︒即 ち︑

﹁序

﹂は 準備 の段 階

=

期待 の部 分 とし て本 質的 な構 成要 因を なし てい るか ら︑ 序破 急的 リズ ム感 を一 方向 的流 れと して 捉え ず︑ 季節 同様

︑回 帰性 を 目指 す流 動性 的視 野か ら考 え直 した 方が いい

︵三 七頁 と︶

②﹁

Ⅱ 民族 と歌

﹂か ら︒

日 本音 楽に おけ る民 族性

と いう 課題 を考 えて みる と︑ 現代 のわ れわ れの 音楽 は︑ 奈良

・平 安時 代と ほと んど 関係 がな いし

︑鎌 倉と 江戸 時代 では 全く 異な って いる

︒つ まり

︑音 楽の 表現 形式 につ い て民 族的 特性 を選 びだ すこ とは 至っ て困 難で ある

︒し かし

︑現 代の 洋楽 一辺 倒の なか にも

︑日 本独 自の 様式 に対 す る要 求が 依然 強い とい う事 実が あり

︑そ れを 考え ると

︑音 楽の 分野 でも 民族

︵俗

︶学 的方 法と もい うべ き

音楽 社 会学

が 成立 しう ると 思う

︵一

〇六 頁︶

︒ とこ ろが

︑現 在︑ その 音楽 社会 学が 行わ れて いな いた め︑ 分化 した 日本 の伝 統音 楽を 並列 的に みる だけ に終 わっ てし まい

︑民 族性 の問 題を とら えら れな くな って しま って いる ので ある

︵一

〇七

︱一

〇八 頁︶

︒ しか しな がら

︑音 楽社 会学 的研 究と いえ ば︑ 各民 族に おけ る音 現象 の内 部的 掘下 げが 基礎 とな るこ とは 間違 いな い︒ そし て︑ その 最も 強い 基礎 とな って いる のは 民謡 研究 であ る︵ 一〇 九頁

︒︶ 何故 なら

︑民 謡は 民衆 の素 直な 音 楽的 感情 によ って 長く 唄わ れて きた もの で︑ 節の 長さ に時 代に よる 変化 はあ って も︑ 五音 階の 流れ はほ とん ど変 わ らな い︒ 拍や リズ ムに つい ての 理屈 はな く︵ 筆者 から みて も︑ 江差 追分

・磯 節・ 越中 おわ ら節

・山 中節 を言 葉で 教え る こと は不 可能 であ る︶

︑そ の伴 奏は 三味 線や 尺八 の伝 統楽 器で ある から

︑時 代を 越え て民 族の 音楽 的感 性を 探る こと がで きる ので ある

︵一

〇八 頁以 下︶

︒ また

︑著 者は

﹁わ らべ うた

﹂を

﹁民 謡﹂ に加 えて 民族 性の 例と して あげ る︒ 学校 唱歌

︑流 行歌

︑コ マー シャ ル・ ソン グの 何れ を考 えて も︑ 音階

・リ ズム の構 造は

﹁わ らべ うた

﹂の それ を基 準に

︑そ れに 近い もの を採 り入 れて い

るか らで ある

︵一 一二 頁以 下︶ と︒

・日 本文 化の 重層 性も しく は複 合性 とい うこ とを 考え れば

︑日 本の 伝統 音楽 に理 論が ない とい うこ とは 容易 に推 測で き る︒ だと すれ ば︑ 音楽 社会 学は それ をど う分 析し よう とい うの か︵

?︶

﹁音 楽社 会学

﹂と いえ ば︑ M・ ウェ ーバ ーの

﹃音 楽の 合理 的・ 社会 学的 基礎

一九 二一 年︶ が思 いあ たる

︒ 三度 間隔 の譜 線の うえ に音 の高 さと 長さ を表 す記 号を 配列 する 合理 的記 譜法 と︑ オク ター ブを 一二 等分 して 音程 を 定め る一 二平 均律 によ って 合理 的な 和声 音楽 が発 展し た西 欧に おい て︑ それ が修 道院 を舞 台と して 発達 した とい う 事実 の発 見が

︑ウ ェー バー を興 奮さ せた ので ある

︵浜 日出 夫・ 厚東 洋輔

︶︒ 前述 した よう に︑ 情動 的体 験の 上に 成立 した 原始 的音 楽の 場合

︑人 間と いう 共通 の立 場に たっ た﹁ 共有 の意 味﹂ があ った が︑ 言語 の構 文法 が異 なる 国に おい て︑ それ が次 第に 失わ れ︑ また 宗教 によ って 規制 され る場 合に なれ ば︑ その 芸術 的形 態も 互い に変 化し て複 雑と なり 共通 する もの がな くな るの は当 然︒ 東洋 と西 洋で は音 律・ 音階

・ 旋律 が異 なる ので

︑そ の対 比が 語ら れる のが 音楽 界の 現状 であ り︑ 音楽 社会 学上 の普 遍的 理解 など 思い もよ らぬ こ とに なる

しか し︑ 人間 の実 存的 構造 は普 遍的 とい うこ とに 執着 すれ ば︑ 音楽 につ いて 普遍 的な

﹁共 有の 意味

﹂へ の展 望は きり ひら ける とい う立 場︵﹁ 音楽 哲学

﹂と もい うべ きか

?︶ から

︑北 沢方 邦﹃ 音楽 の意 味の 発見

﹄︵ 一九 六七 年︶ が書 かれ た︒ もっ とも

︑重 層文 化国 の日 本で きか れる 音楽 は︑ いわ ゆる 伝統 音楽 のほ か︑ 西洋 のク ラシ ック

︑ポ ッ プス

︑ジ ャズ

︑ロ ック

︑シ ャン ソン

︑タ ンゴ と種 類は 文字 通り グロ ーバ ルで あり

︑本 書の 趣意 も形 無し とい う有 様 で︑ そこ をど う切 り抜 ける のか

︒ひ とま ず︑ 北沢 の見 解に 耳を 傾け よう

①西 欧の 近代 音楽 は

外に あら われ た

言語 のな かに

内に かく され た意 味

が含 まれ てい るの で︑ そこ に目 をつ けて 普遍 的体 験が ある こと を引 き出 せれ ば︑ それ が音 楽の もつ

﹁共 有の 意味

﹂で ある から

︑そ れを 再発 見し た

いと いう

︵﹁ はじ め﹂ から

︒︶ 本文 は﹁ 音楽 は万 国共 通の こと ば﹂ かと いう 自己 設問 から 始ま る︒ 原始 の民 族的 音感 につ いて

︑農 耕民 族は

﹁自 由で 静止 的な リズ ムや 装飾 的で 息の なが い旋 律か らな りた って いる

﹂が

︑狩 猟民 族は

﹁拍 節的 で運 動的 なリ ズム や みじ かい 規則 的な 旋律 から なり たっ てい る﹂ とい う分 類は でき るが

︑民 族性 や人 種に よる 民族 的音 感の 分類 はた て られ ない

︵二 一頁

︶︒ しか し︑ われ われ の例 でい えば

︑雅 楽や 能は

共 有の 情動 的体 験で は語 られ ない

何 らか の説 明が 必要 とな る︒ つま り︑ 雅楽 は儒 教的 な礼 楽思 想に 他な らず

︑能 は中 世仏 教の エー トス であ る︒ この よう に︑ 歴史 社会 に入 った 高度 な芸 術音 楽に つい ては

﹁民 族﹂ の冠 をつ けた くな る特 殊性 がめ だち

︑そ れは 宗教 との 関連 に基 づい てい る︑ とい う︒ 他方

︑古 代ギ リシ ャで は︑ 他の 諸芸 術と 同様

︑﹁ 音楽 は感 覚的 に快 く︑ 美し いも ので ある と同 時に

︑徳 にと って 善い もの であ り︑ 形に おい て正 しい もの でな くて はな らな い﹂

︒こ の倫 理的

・論 理的 な美 の要 請は

﹁︿ ハル モニ ア﹀

︵調 和= 一致

=音 階法

︶と いう 概念 とな って 結晶 して いる

﹂︵ 二九 頁︶

︒そ して

︑こ の美 のロ ゴス 的傾 向が 西欧 の音 楽 様式 の発 生に 大き な影 響を 及ぼ した

︑と 論ず る︒

②こ うし て︑ 情動 的体 験の うえ に成 立し てい た音 楽の

﹁共 有の 意味

﹂は 特殊 性を もち はじ める

︒そ れは

︑音 楽が 人間 の実 存性 によ って 伝達 され てい るか らで ある が︑ しか し︑ 西欧 音楽 の歴 史は

︑そ の多 種多 様な 人種

・文 化を 通 じな がら 特殊 化の 方向 では なく 普遍 化の 確立 にむ けて 成果 をあ げて いる とい うほ かは ない

︒だ とす れば

︑人 類的 規 模で の﹁ 共有 の意 味﹂ を確 立す るこ とに 悲観 的に なる 必要 はな いこ とに なる

︵三 九頁

︶︒ もっ とも

︑西 欧の

﹁共 有の 意味

﹂へ の歩 みに は﹁ 合理 性﹂ への 歩み とい う特 徴が あっ たか らで あり

︑そ れは 西洋 近代 音楽 に限 られ たと いう 事実 を忘 れて はい けな い︒ とい うこ とで

︑西 洋音 楽史 を中 心に して

﹁共 有﹂ への 道が 提

供さ れる

︒つ まり は︑ キリ スト 教音 楽史 が始 まる とい った 方が てっ とり 早い

︒ 話は

︑﹃ ヨハ ネ伝 福音 書﹄ の﹁ はじ めに ロゴ スあ りき

﹂と いう 言葉

︵定 理︶ から 始ま り︑ キリ スト を通 して ロゴ スが 伝え られ たと する 厳

︵傍 点筆 者︶ はラ ディ カル な合 理主 義を 生み

︑音 楽は この

﹁ロ ゴス

﹂の 表現 で あっ た︑ と︒

この よう にし て︑ 話は キリ スト 教の 音楽 から 始ま るこ とに なる

︒近 代音 楽ま では 長い と があ り記 述も 多く なる が︑ 一般 には 知ら れて いな いと 思う ので

︑な るべ く丁 寧に 説い てゆ きた い︒

①ま ず︑ 初期 キリ スト 教聖 歌は ユダ ヤ教 様式 の模 倣か ら出 発し たた め︑ 土俗 的文 化と 融合 して 民謡 化し た︵ 東ロ ーマ 帝国 には ヘレ ニズ ムの 遺産 が継 承さ れて いる

︶が

︑徹 底し た合 理化 が行 われ たの は西 欧に おい てで あっ た︒ ここ で︑ ガリ ア聖 歌・ モザ ラベ 聖歌

︵ケ ルト

・ゲ ルマ ン= 的旋 律︶ の形 態を こえ て︑

﹁共 有の 意味

﹂の 確立 をめ ざす 禁欲 的理 想主 義の

﹁グ レゴ リオ 聖歌

﹂が 成立 する

︵四 七頁

︶︒ 現在 残る ケル ト文 化︑ 即ち アイ ルラ ンド

︑ス コッ トラ ンド

︑ウ ェー ルズ

︑ブ ルタ ーニ ュな どは

︑今 でも 伝説 と民 謡の 宝庫 であ る︒

﹁ア ーサ ー王 伝説

﹂︑

﹁聖 杯の 騎士

﹂︑

﹁ト リス タン とイ ズー

﹂な どの 伝説 が歌 われ

︑ク ルー ト︵ ハ ープ の古 型︶ やハ ープ によ る和 声︵ 現代 的︶ の断 片が 残さ れて いて

︑西 欧音 楽の 確立 に影 響を 与え てい るこ とを 予 測さ せる

︒ 他方

︑ゲ ルマ ン音 楽に つい てい えば

︑そ の使 用さ れた 楽器

︱ ︱

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 56-60)

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