音楽 の将 来性 につ いて
︑﹁ 型か らの 解放
﹂を めざ すと いう 遠大 な構 想を のべ た︑ 小泉 文夫 の
音楽 観 は何 か︒ 民族 音楽 学者 とし ての 小泉 の見 解﹃ 音楽 の根 元に ある もの﹄︵ 一九 九四 年編 に︶ きい てみ よう
︒﹁ 音楽 と人 間の 生 活と の根 源的 な関 係﹂ をさ ぐろ うと いう ので ある
︵﹁ まえ がき
﹂よ り︶
︒そ こで
︑こ の論 文集 のな かか ら筆 者の 視点 に基 づい て拾 い書 きし てみ たい
︒
①﹁
Ⅰ 風土 とリ ズム
﹂か ら︒
﹁音 楽・ 舞踏 のよ うに 直接 的な 身体 表現 に結 びつ くリ ズム 感は その 特定 の人 びと の生 活基 盤で ある 労働 の形 式と
⁝⁝ 密接 な関 係を もっ てい る﹂
︒﹁ 水田 農耕 の地 帯で は︑ 舞踊 の身 体的 重心 は常 に安 定し た腰 にお かれ
︑ど のよ うな 動き にお いて もそ の瞬 間に 動き を止 める こと がで きる よう な﹃ 静﹄ の要 素が 見ら れ る﹂
︒﹁ 腰巻 や着 物に 対す るズ ボン
︑下 駄や 草履 に対 する 靴と いっ た衣 服の 上で の相 違に よっ て︑ ます ます リズ ム的 表現 を制 約す る環 境を 作り 上げ
﹂る
︒そ して 郷土 的社 会に おい て︑ 老若 男女 が一 様に 踊る 盆踊 りの 形式 が共 同体 の 表現 とし て親 しま れる よう にな る︒ これ に対 し︑ 遊牧
・牧 蓄の 社会 では
︑生 活の アク セン トと して コン トラ スト が 重視 され
︑男 組・ 女組 の区 別が なさ れ︑ 男ら しく
・女 らし く表 現さ れる
︒ また 日本 の芸 能で は季 節感 が強 調さ れ︑ 雅楽 にお いて は︑ 春は 双そう
調ちよう
︑冬 は盤ばん 渉しき の観 念が あり
︑能 の舞 台で は季 節に ふさ わし い演 目が 選ば れ︑ 箏曲 の春 の曲
・秋 の曲 の区 別︑ 歌舞 伎に おけ る雪 の場 面・ 花の 場面 にみ る下 座音 楽 の表 現が あり
︑と くに 民謡 では 農耕 作業 の変 化に 影響 する 季節 がテ ーマ とし て歌 われ る傾 向が 強い
︒ また
︑雅 楽で 区別 され る﹁ 序破 急﹂ のテ ンポ は︑ 世阿 弥に よっ て掘 り下 げら れ︑ 中世 以降 の日 本の 諸芸 能に 適用
され てい る︒ 華道 しか り︑ 茶道 しか り︑ 書道 まで もで ある
︒し かし その 適用 の広 がり は︑ かえ って 概念 の曖 昧さ を もた らし てい るの で︑ この 観点 から いえ ば︑ その 捉え 直し が必 要で ある
︒即 ち︑
﹁序
﹂は 準備 の段 階
=
期待 の部 分 とし て本 質的 な構 成要 因を なし てい るか ら︑ 序破 急的 リズ ム感 を一 方向 的流 れと して 捉え ず︑ 季節 同様︑回 帰性 を 目指 す流 動性 的視 野か ら考 え直 した 方が いい
︵三 七頁 と︶
︒
②﹁
Ⅱ 民族 と歌
﹂か ら︒
日 本音 楽に おけ る民 族性 と いう 課題 を考 えて みる と︑ 現代 のわ れわ れの 音楽 は︑ 奈良・平 安時 代と ほと んど 関係 がな いし
︑鎌 倉と 江戸 時代 では 全く 異な って いる
︒つ まり
︑音 楽の 表現 形式 につ い て民 族的 特性 を選 びだ すこ とは 至っ て困 難で ある
︒し かし
︑現 代の 洋楽 一辺 倒の なか にも
︑日 本独 自の 様式 に対 す る要 求が 依然 強い とい う事 実が あり
︑そ れを 考え ると
︑音 楽の 分野 でも 民族
︵俗
︶学 的方 法と もい うべ き
音楽 社 会学 が 成立 しう ると 思う︵一
〇六 頁︶
︒ とこ ろが
︑現 在︑ その 音楽 社会 学が 行わ れて いな いた め︑ 分化 した 日本 の伝 統音 楽を 並列 的に みる だけ に終 わっ てし まい
︑民 族性 の問 題を とら えら れな くな って しま って いる ので ある
︵一
〇七
︱一
〇八 頁︶
︒ しか しな がら
︑音 楽社 会学 的研 究と いえ ば︑ 各民 族に おけ る音 現象 の内 部的 掘下 げが 基礎 とな るこ とは 間違 いな い︒ そし て︑ その 最も 強い 基礎 とな って いる のは 民謡 研究 であ る︵ 一〇 九頁
︒︶ 何故 なら
︑民 謡は 民衆 の素 直な 音 楽的 感情 によ って 長く 唄わ れて きた もの で︑ 節の 長さ に時 代に よる 変化 はあ って も︑ 五音 階の 流れ はほ とん ど変 わ らな い︒ 拍や リズ ムに つい ての 理屈 はな く︵ 筆者 から みて も︑ 江差 追分
・磯 節・ 越中 おわ ら節
・山 中節 を言 葉で 教え る こと は不 可能 であ る︶
︑そ の伴 奏は 三味 線や 尺八 の伝 統楽 器で ある から
︑時 代を 越え て民 族の 音楽 的感 性を 探る こと がで きる ので ある
︵一
〇八 頁以 下︶
︒ また
︑著 者は
﹁わ らべ うた
﹂を
﹁民 謡﹂ に加 えて 民族 性の 例と して あげ る︒ 学校 唱歌
︑流 行歌
︑コ マー シャ ル・ ソン グの 何れ を考 えて も︑ 音階
・リ ズム の構 造は
﹁わ らべ うた
﹂の それ を基 準に
︑そ れに 近い もの を採 り入 れて い
るか らで ある
︵一 一二 頁以 下︶ と︒
・日 本文 化の 重層 性も しく は複 合性 とい うこ とを 考え れば
︑日 本の 伝統 音楽 に理 論が ない とい うこ とは 容易 に推 測で き る︒ だと すれ ば︑ 音楽 社会 学は それ をど う分 析し よう とい うの か︵
?︶
︒
ઈ
﹁音 楽社 会学
﹂と いえ ば︑ M・ ウェ ーバ ーの
﹃音 楽の 合理 的・ 社会 学的 基礎
﹄︵ 一九 二一 年︶ が思 いあ たる
︒ 三度 間隔 の譜 線の うえ に音 の高 さと 長さ を表 す記 号を 配列 する 合理 的記 譜法 と︑ オク ター ブを 一二 等分 して 音程 を 定め る一 二平 均律 によ って 合理 的な 和声 音楽 が発 展し た西 欧に おい て︑ それ が修 道院 を舞 台と して 発達 した とい う 事実 の発 見が
︑ウ ェー バー を興 奮さ せた ので ある
︵浜 日出 夫・ 厚東 洋輔
︶︒ 前述 した よう に︑ 情動 的体 験の 上に 成立 した 原始 的音 楽の 場合
︑人 間と いう 共通 の立 場に たっ た﹁ 共有 の意 味﹂ があ った が︑ 言語 の構 文法 が異 なる 国に おい て︑ それ が次 第に 失わ れ︑ また 宗教 によ って 規制 され る場 合に なれ ば︑ その 芸術 的形 態も 互い に変 化し て複 雑と なり 共通 する もの がな くな るの は当 然︒ 東洋 と西 洋で は音 律・ 音階
・ 旋律 が異 なる ので
︑そ の対 比が 語ら れる のが 音楽 界の 現状 であ り︑ 音楽 社会 学上 の普 遍的 理解 など 思い もよ らぬ こ とに なる
︒
⑴
しか し︑ 人間 の実 存的 構造 は普 遍的 とい うこ とに 執着 すれ ば︑ 音楽 につ いて 普遍 的な﹁共 有の 意味
﹂へ の展 望は きり ひら ける とい う立 場︵﹁ 音楽 哲学
﹂と もい うべ きか
?︶ から
︑北 沢方 邦﹃ 音楽 の意 味の 発見
﹄︵ 一九 六七 年︶ が書 かれ た︒ もっ とも
︑重 層文 化国 の日 本で きか れる 音楽 は︑ いわ ゆる 伝統 音楽 のほ か︑ 西洋 のク ラシ ック
︑ポ ッ プス
︑ジ ャズ
︑ロ ック
︑シ ャン ソン
︑タ ンゴ と種 類は 文字 通り グロ ーバ ルで あり
︑本 書の 趣意 も形 無し とい う有 様 で︑ そこ をど う切 り抜 ける のか
︒ひ とま ず︑ 北沢 の見 解に 耳を 傾け よう
︒
①西 欧の 近代 音楽 は
外に あら われ た 言語 のな かに︑
内に かく され た意 味 が含 まれ てい るの で︑ そこ に目 をつ けて 普遍 的体 験が ある こと を引 き出 せれ ば︑ それ が音 楽の もつ﹁共 有の 意味
﹂で ある から
︑そ れを 再発 見し た
いと いう
︵﹁ はじ め﹂ から
︒︶ 本文 は﹁ 音楽 は万 国共 通の こと ば﹂ かと いう 自己 設問 から 始ま る︒ 原始 の民 族的 音感 につ いて
︑農 耕民 族は
﹁自 由で 静止 的な リズ ムや 装飾 的で 息の なが い旋 律か らな りた って いる
﹂が
︑狩 猟民 族は
﹁拍 節的 で運 動的 なリ ズム や みじ かい 規則 的な 旋律 から なり たっ てい る﹂ とい う分 類は でき るが
︑民 族性 や人 種に よる 民族 的音 感の 分類 はた て られ ない
︵二 一頁
︶︒ しか し︑ われ われ の例 でい えば
︑雅 楽や 能は
共 有の 情動 的体 験で は語 られ ない 何 らか の説 明が 必要 とな る︒ つま り︑ 雅楽 は儒 教的 な礼 楽思 想に 他な らず︑能 は中 世仏 教の エー トス であ る︒ この よう に︑ 歴史 社会 に入 った 高度 な芸 術音 楽に つい ては
﹁民 族﹂ の冠 をつ けた くな る特 殊性 がめ だち
︑そ れは 宗教 との 関連 に基 づい てい る︑ とい う︒ 他方
︑古 代ギ リシ ャで は︑ 他の 諸芸 術と 同様
︑﹁ 音楽 は感 覚的 に快 く︑ 美し いも ので ある と同 時に
︑徳 にと って 善い もの であ り︑ 形に おい て正 しい もの でな くて はな らな い﹂
︒こ の倫 理的
・論 理的 な美 の要 請は
﹁︿ ハル モニ ア﹀
︵調 和= 一致
=音 階法
︶と いう 概念 とな って 結晶 して いる
﹂︵ 二九 頁︶
︒そ して
︑こ の美 のロ ゴス 的傾 向が 西欧 の音 楽 様式 の発 生に 大き な影 響を 及ぼ した
︑と 論ず る︒
②こ うし て︑ 情動 的体 験の うえ に成 立し てい た音 楽の
﹁共 有の 意味
﹂は 特殊 性を もち はじ める
︒そ れは
︑音 楽が 人間 の実 存性 によ って 伝達 され てい るか らで ある が︑ しか し︑ 西欧 音楽 の歴 史は
︑そ の多 種多 様な 人種
・文 化を 通 じな がら 特殊 化の 方向 では なく 普遍 化の 確立 にむ けて 成果 をあ げて いる とい うほ かは ない
︒だ とす れば
︑人 類的 規 模で の﹁ 共有 の意 味﹂ を確 立す るこ とに 悲観 的に なる 必要 はな いこ とに なる
︵三 九頁
︶︒ もっ とも
︑西 欧の
﹁共 有の 意味
﹂へ の歩 みに は﹁ 合理 性﹂ への 歩み とい う特 徴が あっ たか らで あり
︑そ れは 西洋 近代 音楽 に限 られ たと いう 事実 を忘 れて はい けな い︒ とい うこ とで
︑西 洋音 楽史 を中 心に して
﹁共 有﹂ への 道が 提
供さ れる
︒つ まり は︑ キリ スト 教音 楽史 が始 まる とい った 方が てっ とり 早い
︒ 話は
︑﹃ ヨハ ネ伝 福音 書﹄ の﹁ はじ めに ロゴ スあ りき
﹂と いう 言葉
︵定 理︶ から 始ま り︑ キリ スト を通 して ロゴ スが 伝え られ たと する 厳ヽ 格ヽ なヽ 二ヽ 元ヽ 論ヽ
︵傍 点筆 者︶ はラ ディ カル な合 理主 義を 生み
︑音 楽は この
﹁ロ ゴス
﹂の 表現 で あっ た︑ と︒
⑵
この よう にし て︑ 話は キリ スト 教の 音楽 から 始ま るこ とに なる︒近 代音 楽ま では 長い とヽ きヽ があ り記 述も 多く なる が︑ 一般 には 知ら れて いな いと 思う ので
︑な るべ く丁 寧に 説い てゆ きた い︒
①ま ず︑ 初期 キリ スト 教聖 歌は ユダ ヤ教 様式 の模 倣か ら出 発し たた め︑ 土俗 的文 化と 融合 して 民謡 化し た︵ 東ロ ーマ 帝国 には ヘレ ニズ ムの 遺産 が継 承さ れて いる
︶が
︑徹 底し た合 理化 が行 われ たの は西 欧に おい てで あっ た︒ ここ で︑ ガリ ア聖 歌・ モザ ラベ 聖歌
︵ケ ルト
・ゲ ルマ ン= 的旋 律︶ の形 態を こえ て︑
﹁共 有の 意味
﹂の 確立 をめ ざす 禁欲 的理 想主 義の
﹁グ レゴ リオ 聖歌
﹂が 成立 する
︵四 七頁
︶︒ 現在 残る ケル ト文 化︑ 即ち アイ ルラ ンド
︑ス コッ トラ ンド
︑ウ ェー ルズ
︑ブ ルタ ーニ ュな どは
︑今 でも 伝説 と民 謡の 宝庫 であ る︒
﹁ア ーサ ー王 伝説
﹂︑
﹁聖 杯の 騎士
﹂︑
﹁ト リス タン とイ ズー
﹂な どの 伝説 が歌 われ
︑ク ルー ト︵ ハ ープ の古 型︶ やハ ープ によ る和 声︵ 現代 的︶ の断 片が 残さ れて いて
︑西 欧音 楽の 確立 に影 響を 与え てい るこ とを 予 測さ せる
︒ 他方
︑ゲ ルマ ン音 楽に つい てい えば
︑そ の使 用さ れた 楽器