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⑵ 続 巻

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 84-94)

調・ 稀薄 なの に上 演時 間が 長い

︵変 化に 富ん だ小 唄・ クド キに よる 振り の趣 向が 数多 く異 なっ ても

︑︶ リア ルで ない 話 の筋 が理 解さ れ難 い︵ 悲劇 的ム ード と喜 劇的 ムー ドの 混在

︑時 代設 定の 不統 一な ど︶ とい う問 題が ある にも 拘ら ず︑ 感 動し たの は﹁ 人間 の本 性的 な情 感の 純化 され た表 出﹂

︵九 九頁

︶が 外国 人の 胸を 打っ たの では ない か︑ ただ し︑ お 涙頂 戴の 安易 低俗 なセ ンチ メン タリ ズム と批 判さ れる もの もあ る︵ 一二 三頁 と︶

︑著 者は 推測 する

︒そ こが 能と は 異な る︒ しか し︑ 能も

﹁普 遍的 な人 間の 情念 を感 覚的 に表 象し たも のだ けに

︑幽 玄の ムー ドを 好み さえ する なら

︑そ れは 容易 に受 けい れら れる 一般 性を 持つ

﹂︵ 一二 二頁

︶と も︒ その とき 外国 人は

︑能 のほ うが 理解 でき ると いう

︵九 頁︶

︒ 第三 期は 演劇 史が 専門 化さ れる 時代 で︑ 田辺 尚雄 の音 楽︑ 野上 豊一 郎の 能︑ 新関 良三 のギ リシ ャ・ ドイ ツ演 劇と の比 較⁝

⁝︒ 第四 期は 木下 順二

︑内 村直 也︑ 武智 鉄二

︑福 田恆 存が 採り あげ られ

︑歌 舞伎

・能

・狂 言と 新劇 との 交 流︑ ミュ ージ カル の流 行︑ 日本 演劇 の海 外公 演な どが 比較 研究 の機 運を 促し た︒ その 対象

・方 法は

︑普 遍性 と特 殊性 の解 明︑ 彼我 の特 質の 弁別

・不 整合 にあ り︑ 著者 は︑ 独白 につ いて の本 質的 違い をと くに 指摘 する

︒つ まり

︑日 本で は独 白は 語り 物の 系譜

︵客 体描 写的 説明 的︶ にあ るの に対 し︑ 西洋 のそ れ は内 的自 己表 白的 であ るか らだ

︵一 九頁

︶と

﹁伝 統芸 能に 関す る影 響﹂

︵二

〇頁 以下

︶の なか で︑ 初期 のお 国歌 舞伎 にキ リシ タン 宗教 劇の 影響 があ る︒

﹁翁

﹂の 黒い 尉面 をつ けた 三番

は ギリ シャ 劇に 原型 があ るな どが 言及 され てい る︒ 対比 研究 で重 要な のは

︑モ ティ ーフ は共 通で あり なが ら現 れ方 の違 いを 比較 する 方法 であ る︵ 二五 頁︶

②﹁ 第二 部 比較 学的 にみ た日 本伝 統演 劇﹂ 著者 の曽 祖父 黙阿 弥が 亡く なっ たの は明 治二 六︵ 一八 九三

︶年 で︑ 歌舞 伎の 創作 発展 はそ こで 一応 の終 止符 を打 った とい うこ とに なる

︒実 は︑ それ まで に歌 舞伎 の世 界で も西 洋演 劇の 上演 は行 われ てい たが

︑様 式の 上か らリ ア リズ ムで ない とさ れ︑ いわ ゆる 新劇 運動

︵逍 遙の

﹁文 芸協 会﹂

︑小 山内 薫・ 市川 左団 次の

﹁自 由劇 場﹂

︶が 始ま る︵ 明治 四二 年︶

︒ 他方

︑西 洋演 劇側 も日 常生 活的 リア リズ ム劇 では あき たり ない とし て歌 舞伎 に新 しさ を見 出し てい た︒ つま り は︑ 日本 の伝 統芸 能と 西洋 演劇 は歴 史の 流れ のな かで 交差 して いた とい うの であ るか ら︑ とり あえ ず外 国人 の伝 統 芸能 に対 する 反応 を垣 間見 てお く︒ 例

︑﹃ 娘道 成寺

﹄で は観 客の 注意 が五 分ぐ らい で散 慢と なる

︒﹃ 白鳥 の湖

﹄の 活発 きわ まり ない 舞踊 と比 べれ

ば︑ こま かい ニュ アン スの 鑑賞 など はで きる わけ がな いと いう のが

︑著 者の 感想 であ る︒ 西洋 劇で はロ ジカ ルに 筋 が発 展す るの に対 し︑ 日本 の伝 統芸 能に はそ れが ない とい うわ けで ある

︒ 例

︑﹃ 壺坂 霊験 記﹄ では 自分 たち の生 活に 同じ よう なパ ター ンが ある から 面白 いと いう

︒ま た﹁ 身替 座禅

﹂は 筋が 単純 で起 伏が あり 愛情 のか らみ が面 白い とい う︒ しか も︑ 封建 的で 異質 な﹁ 忠臣 蔵﹂ も︑ その 義理

・人 情に は 普遍 性が あっ てセ キひ とつ 聞こ えな かっ たと いう

︵七

〇︱ 七六 頁︶

︒能 につ いて も︑

﹁舟 弁慶

﹂は 筋が はっ きり して おり

︑後 半で はテ ンポ が早 くな って 動き が活 発に なる から 大き な反 響が あっ たと

︒ そこ で伝 統芸 能の 特殊 性の 諸相 を考 えた いと いう わけ

③第 一の 特徴 は

肉体 的な 伝承

に よっ て今 日ま でき たと いう 理由 で︑ 日本 の演 劇論 には 芸に 関す るも のが 多い

︵八 一頁

︒︶ また 西洋 では 劇文 学の 伝統

︵古 い例 は二 五〇

〇年 前の ギリ シャ 劇︶ がみ られ るが

︑日 本で 文字 に定 着し た ドラ マは

︑六

〇〇 年前 の謡 曲だ けで ある

︒四

〇〇 年の 歌舞 伎で は初 期の 台本 はな く︑ 筋書 きだ けの

口 立て

に よ る即 興劇 であ った

︒だ から こそ

︑科 白

有名 なも のは 素人 観客 の脳 中に も残 る︵ 筆者

・三 人吉 三﹁ こい つは 春か ら縁 起が いい わえ

﹂︑ 白浪 五人 男﹁ 知ら ざあ 言っ て聞 かせ やし ょう

﹂﹁ 問わ れて 名乗 るも おこ がま しい が﹂

︑楼 門五 三桐

﹁絶 景か な︑ 絶景 かな

﹂︑ 鈴ケ 森﹁ 雉子 も鳴 かず ばう たれ まい

﹂な ど︶

︒ 第二 の特 徴は

様 式美 の継 承

であ る︒ 近代 合理 主義 の影 響で 伝統 芸能 の様 式が 変わ って いる ので はな いか とい う問 題で ある

︒い いか えれ ば︑ 伝統 演劇 は独 立し た劇 文学 とし て静 止的 にあ るの では なく

︑伝 承が 生き た伝 統と な って 生き 続け てい ると いえ るの では ない かと

︒閉 鎖社 会的 性格 だと 批判 され ても

伝統

と 冠づ けさ れる 特色 は そこ にあ る︒

﹁家

︑家 にあ らず

︑続 くを もて 家と す﹂

︵世 阿弥

︶︒ 歌舞 伎十 八番

︑荒 事の 市川 家が その 見本 か︒ さて 歌舞 につ いて

︑日 本で は古 代か ら伝 統芸 能の 世界 にお いて は︑ 歌・ 舞・ 劇文 学が 分化 しな いで 発達 して きた が︑ 西洋 では ルネ ッサ ンス 以後 の歌 舞に つい て︑ 歌の 方向 にい った のが オペ ラ︑ 踊り の方 向に 分化 発達 した のは バ

レエ

・洋 舞で

︑ド ラマ の方 向に 進め たの が劇 文学 とい うふ うに 分化 して きた

︒そ れを 分化 のし すぎ と考 えた のが

︑ ワグ ナー

︒文 学・ 音楽

・舞 踊の 融和 を意 図し て﹁ 楽劇

﹂と 称し た︒ 現在

︑ミ ュー ジカ ルズ

︵と くに アメ リカ と︶ い って いる のは

︑ワ グナ ーの この 総合 芸術 論の 一形 態で ある

︒ 日本 でも この 状況 を受 けて

︑新 劇と 伝統 芸能 の歩 みよ りが みえ

︑伝 統芸 能で は芸 の継 承に つい て考 え始 めて い る︒ が︑ それ に対 して 著者 は︑ 日本 の特 殊な 伝統 様式 と美 をも つ伝 統芸 術は それ を継 承す べき だと 断じ

︑近 代合 理 性で は取 り扱 いえ ない 特色

・本 質︵ バロ ック 的︶ を現 代的 に生 かす 道を 考え よと いう

︵九 三頁

︒︶

④﹁ 伝統 演劇 の普 遍性 と特 殊性

﹂︵ 第二 部第 二章

︶と いう

︑本 稿に とっ て主 要な 論点 につ いて の著 者の 考察 論か ら︒ まず

表 現

にお ける 普遍 と特 殊に つい て︑

﹁見 得﹂

・﹁ だん まり

筆者

・︶

﹁花 道﹂

・﹁ 拍子 木﹂

・﹁ 純様 式美 によ る 筋﹂

・﹁ 純舞 踊に おけ るパ ター ン﹂ が︑ 外国 人に は理 解さ れず

︑ダ イナ ミッ クな 動き とか リア ルな 筋の もの は受 けた とい うの が︑ 外国 上演 にお ける 印象 であ った とま とめ たう えで

︑ド ラマ チッ クな 表現 様式 をも つ特 殊性 なら

︑日 本 独特 の味 わい とし て外 国人 の関 心を 引い てい ると

︑こ の問 題を 結ぶ

︒ 次に

︑ド ラマ にお ける 普遍 と特 殊で ある

︒﹃ 道成 寺﹄ のう けな い理 由が

︑踊 りの パタ ーン の細 かい 味わ いが 全く 理解 され ない とい う点 にあ るこ とを 考え ると

︑繊 細な 感覚 によ る味 わい 分け が不 可能 だと いう こと にな る︒ しか し︑ ドラ マと して 一般 的な 人間 悲劇 を描 いた もの は受 け入 れら れた 例︵

﹃俊 寛﹄

︶を 考え ると

︑即 物的

・写 実的 なも のは ドラ マと して の筋 が理 解で きる

︒ しか し︑ 飛躍 した 話に なる が︑ ドラ マの 理念 から みた とき に西 洋に も日 本に も古 典主 義・ 反古 典主 義が 存在 する とい う点 で共 通し てい る︵ 一三 二頁 と︶

︒ 次い で論 題は

﹁歌 舞伎 のバ ロッ ク的 性格

﹂の 問題 に移 る︒ もち ろん

︑歌 舞伎 を世 界演 劇の 一つ とし てど う評 価す

るか とい う視 点か らの 新し い発 想に 基づ いて であ る︒ 歌舞 伎を バロ ック だと いっ た人 は︑ これ まで 青江 舜二 郎︑ 永野 藤夫

︑新 関良 三な どが いた

︒そ れを 徹底 的に 論じ よう とい うの が︑ 著者 の姿 勢で ある

︒ 演劇 につ いて

︑こ れま で二 大系 脈に 分け る考 え方 があ った とい う話 から 始ま る︵ 一三 七頁

︒︶

古 典主 義的 演劇

バロ ック 的演 劇

であ る︒ 端正 さ・ 秩序 性・ 構成 的性 格の 古典 主義 に対 する

︑自 由奔 放・ 流動 性・ 悲構 成的 性 格の バロ ック であ る︵ ここ で世 界演 劇の 系譜 が懇 切に 辿ら れて いる が省 略す る︶

︒ 日本 演劇 の内 部に も古 典主 義的 主知 性と バロ ック 的主 情性 の双 極性 があ り︑ 近松 の心 中物

・世 話浄 瑠璃 は前 者で あり

︑と くに

﹁能

﹂は あら ゆる 点で 求心 的・ 収斂 的・ 凝集 的な るが 故に 古典 主義 的で ある とし て︑ ここ で︑ 能の

﹁敦 盛﹂ と浄 瑠璃

・歌 舞伎 の﹁ 一谷

﹂と の比 較論 がで てく る︒ 双方 は︑ あら ゆる 方向 性が 全く 反対 であ ると いい

︑ 単一 な主 題に 集中 緊縮 して ゆく 能の 発想 に対 し︑ 歌舞 伎は 筋立 てが 変転 きわ まり なく 不自 然で 非現 実的 であ る︑ と︒ その バロ ック 的特 徴は とい えば

偶然 性

異 性へ の変 装

で気 づか れず 平気 でい る不 自然 さ︑ それ を意 に介 さ ない フィ クシ

ン の発 想な どの 非現 実的 要素

︑ま た神 仏・ 精霊

・悪 魔・ 亡霊 など 超自 然的 なも のの 活躍 が劇 的要 素 とし て用 いら れて いる こと

︒バ ロッ ク劇 は現 実の 模倣 的再 現で は決 して ない ので ある

︒ 従っ て︑ その 作劇 法は 時・ 所の 不一 致に 脈絡 のな い筋

・ス トー リー

︵﹁ 千本 桜﹂

︶と いっ た﹁ 非単 一性

﹂に ある

︒ また

︑悲 劇的 局面

・喜 劇的 局面 の混 交と 円満 解決 の終 局と いう のも ある

︵﹁ 忠臣 蔵﹂

︒︶ そし て独 白・ 傍白 の頻 用で ある

︒つ まり

︑凡 ゆる 局面 の視 聴覚 的顕 在化 とい うこ とか

︵一 七七 頁︶

・筆 者は

︑﹁ だか らカ ブキ

︵傾 奇︶ とい うの だ﹂ と気 にな って いた

︒著 者も よう やく

︑こ こで か ぶき の語 源 の説 明に 入る

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 84-94)

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