章第 二節 にお いて
︑孤 立し てい る日 本文 明を 論ず る︒ S・ ハン チン トン
﹃文 明の 衝突
﹄に おけ る﹁ 日本 の独 特な 文化 を共 有す る国 はな く⁝
⁝日 本文 化は 高度 に排 他的 で︑ 広く 支持 され る可 能性 のあ る宗 教︵ キリ スト 教 やイ スラ ム教
︶や イデ オロ ギー
︵自 由主 義や 共産 主義
︶を とも なわ ない とい う事 実か ら⁝
⁝他 の社 会に それ を伝 え て︑ その 社会 の人 びと と文 化的 な関 係を 築く こと がで きな い﹂ とい う文 言が 起爆 剤と なっ て孤 立化 を深 めた と説 き︑ 文化 の輸 入史 を論 ずる
︒
①美 術や 言語 のモ ノ文 化の 輸入 は人 の媒 介を 必要 とせ ず︵ パフ ォー マン ス文 化は 人の 媒介 によ る︶
︑自 由な 方法 で 行う こと がで きる
︒し かも
︑モ ノ媒 体に よる 外国 美術 の理 解に つい ては
︑自 由な 解釈 が可 能で あり
︑コ ピー もで き
る︒ そし て︑ 前者 の自 由解 釈の 場合 は︑ こち ら側 の興 味・ 関心 によ って 作品 の意 味は 簡単 に置 きか えら れる から
︑ 和様 化は 容易 とな る︒ そし て︑ 後者 のコ ピー では 解体
・組 立て が可 能で ある から
︑日 本の 保存 修理 技術 を高 める の に役 立つ こと にな ると いう
︒た だし モノ の理 解よ り始 まる ので
︑即 物的 な技 術理 解に 偏重 し︑ その 思想 的・ 社会 的 背景 にま では 及ば ない から
︑結 局︑ 単な るコ ピー 文化 に終 わる 可能 性が 高い
︒
②こ の二 点に 関す る傾 向性 は︑ 日本 の近 現代 化の 性格 を考 える 上で 重い 意味 をも って いる と︑ 著者 は注 目し てい る︵ けだ し至 言‼
︒︶ しか も︑ こう した 外国 文化 の理 解が 他国 への 移植 にむ けら れな いの は︑ 日本 人の 内向 意識 であ った とい う点 は︑ 賢明 な読 者な ら容 易に 推測 が可 能で あろ う︒ この 内向 意識 が現 代の IT 社会 にお いて
︑一 層そ の 傾向 を強 め︑ 生活 上の 連帯 感を 急速 に失 いつ つあ るこ とは 確か であ る︒ パソ コン の前 での
個 人化 が 社会 的連 帯 性を 失わ せ︑ 身体 性を 欠い た 国際 性 だけ を生 んで いる とい えよ う︵ 九四 頁︶ と︒ 確か に︑ デジ タル 空間 での コミ ュニ ケー ショ
ンが 情報 の連 携を 新し く生 んで はい るが︑身 体性 を欠 く理 解に 止ま って いる とい う落 とし 穴が あり
︑
国際 化 も人 媒体 を欠 いた まま で︑ モノ 媒体 の理 解ま でも が希 薄と なっ てい る︒ ここ で求 めら れて いる のは﹁と くに 人を 介在 させ た人
・モ ノ・ 情報 の関 係の 再構 築と いう こと にな るの だろ う﹂
︵同 頁︶ と︒
⑶
﹁日 本の 日本 文化 理解
﹂︵ 第二 章第 四節
︶に 移ろ う︒
①日 本が 日本 文化 を評 する とき によ く使 われ るの が︑ 和様
・和 風・ 国風 であ る︒ 和様
・和 風が 日本 的と 同義 であ るこ とは 間違 いな く︑ 和風 建築
・和 風住 宅な どと 使わ れる
︒が
︑和 風政 治と か和 風経 済と は言 わな い︒ また 和式 と か和 製と いう 言葉 があ って
︑和 式ト イレ なら 判る が︑ 和風 トイ レと なる と若 干の 疑義 が生 ずる
︒つ まり
︑和 風は 日 本的 と同 義で ある と同 時に
︑伝 統概 念に 近い 関係 にあ り︑ 洋風 住宅 の語 が生 まれ たこ とに 関連 して
︑和 風住 宅の 語 が︑ それ との 区別 のた めに つく られ たと いう こと では ない かと いう
︒
さら に︑
﹁和
﹂と
﹁倭
﹂の 関係 があ る︒ 読者 も御 存知 のよ うに
︑倭 は中 国に おけ る日 本の 呼称 で︑ 和よ りも 時期 が早 い︒
﹁倭
﹂が 日本 に入 って
﹁大 倭﹂ とな り﹁ 大和
﹂と なっ た︒ 何れ も訓 読み では
﹁や まと
﹂で あり
︑山 跡
=
山 国の 意味 らし いと いう︒
﹁日 本﹂ は﹁ ひの もと
﹂に 発す る外 交上 の呼 称で
︑﹁ 和﹂ は国 内呼 称と いう 使い わけ が生 まれ
︑﹁ 日本
﹂は 外交 上︑
﹁和
﹂は 国内 的に 使わ れた
︒つ まり
︑﹁ 和﹂
︵和 風・ 和式
・和 製︶ が外 国向 けに 使わ れる こと はな い︒ つい での 話だ が︑
﹁中 国﹂ は自 称︑ 日本 では
﹁か ら﹂
﹁も ろこ し﹂
﹁漢 土﹂
﹁唐 土﹂ と呼 び︑ 近代 に入 って
﹁支 那﹂ が使 われ
︑戦 後 に﹁ 中国
﹂と なっ た︒ だか ら﹁ 和漢
﹂と いう 相対 構図 は中 国・ 日本 の日 本国 内に おけ る自 己認 識に よる もの であ っ た︒
②と ころ で︑ 近代 以降 の﹁ 西洋 画﹂
﹁日 本画
﹂の 相対 構図 も同 様で
︑﹁ 日本 画﹂ は西 洋で は通 じな い︒
﹁日 本絵 画﹂ とい う必 要が ある
︒ま た︑
﹁国 画﹂ の語 は一 人称 的自 称で
内 向き の 用語 であ る︵ 日本 史・ 日本 文学 に対 する 国 史・ 国文 学と 同じ︒︶ さら に︑
﹁邦 画﹂ とい う言 い方 もあ る︒
﹁邦 画﹂
﹁洋 画﹂ だと 映画 のこ とで ある が︑ この
﹁邦
﹂ と﹁ 国﹂ は同 じ音 のク ニで ある
︒そ の違 いは
﹁大 なる を邦 とい ひ︑ 小な るを 国と いふ
﹂︵ 周礼
︶と
﹃字 統﹄ にあ る︒ しか し︑ 両字 は一 般に 類義 的に 使わ れて いる
︵国 語・ 国文
︑邦 人︑ 邦楽 のご とし
︒︶
﹁日 本﹂ は明 治以 後に 総称 や公 的制 度に 多く 使わ れ︑
﹁和
﹂は 衣食 住な ど私 的生 活用 語と して 使わ れる よう にな っ た︒ 衣の
﹁和 服﹂
﹁洋 服﹂
︑﹁ 和装
﹂﹁ 洋装
﹂︑
﹁和 裁﹂
﹁洋 裁﹂
︑食 の﹁ 和食
﹂﹁ 洋食
﹂︑
﹁和 菓子
﹂﹁ 洋菓 子﹂
︑住 の﹁ 和 室﹂
﹁洋 室﹂
﹁和 風住 宅﹂
﹁洋 風住 宅﹂ など など
︒ しか し﹁ 日本 画﹂ につ いて は︑ それ が成 立し た百 十余 年前 と今 とで は内 実が 大き く変 化し
︑実 態は
﹁現 代美 術﹂ に対 して いる と思 う︒ ちょ うど
﹁山 水﹂ の語 が﹁ 風景
﹂に 変わ った のと 同じ よう に︑
﹁日 本画
﹂の 語も 実状 に合 う よう に新 たな 概念 用語 をつ くる ほか はな いの では ない か︵ やは り‼
︶と
︒
とこ ろで
︑こ うし た相 対構 図の 使い 分け で一 考す べき は
公私 の 使い 方で ある︒つ まり
︑﹁ 公﹂ の仕 事の 世界 では
﹁日 本﹂ の語 が冠 され て対 外・ 制度
・公 務に
︑﹁ 和﹂ は国 内・ 生活 に使 われ
︑衣 食住 関連 のも のに 多い こと に なる
︒こ うし た使 い分 けは
︑制 度の
公 と 生活 の 私 とを ふり 分け なが ら両 者を 長い 間つ なぎ とめ︑歴 史と 現 在を 並立 共存 させ てき たの であ る︒