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⑵ 第 二

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 162-165)

章第 二節 にお いて

︑孤 立し てい る日 本文 明を 論ず る︒ S・ ハン チン トン

﹃文 明の 衝突

﹄に おけ る﹁ 日本 の独 特な 文化 を共 有す る国 はな く⁝

⁝日 本文 化は 高度 に排 他的 で︑ 広く 支持 され る可 能性 のあ る宗 教︵ キリ スト 教 やイ スラ ム教

︶や イデ オロ ギー

︵自 由主 義や 共産 主義

︶を とも なわ ない とい う事 実か ら⁝

⁝他 の社 会に それ を伝 え て︑ その 社会 の人 びと と文 化的 な関 係を 築く こと がで きな い﹂ とい う文 言が 起爆 剤と なっ て孤 立化 を深 めた と説 き︑ 文化 の輸 入史 を論 ずる

①美 術や 言語 のモ ノ文 化の 輸入 は人 の媒 介を 必要 とせ ず︵ パフ ォー マン ス文 化は 人の 媒介 によ る︶

︑自 由な 方法 で 行う こと がで きる

︒し かも

︑モ ノ媒 体に よる 外国 美術 の理 解に つい ては

︑自 由な 解釈 が可 能で あり

︑コ ピー もで き

る︒ そし て︑ 前者 の自 由解 釈の 場合 は︑ こち ら側 の興 味・ 関心 によ って 作品 の意 味は 簡単 に置 きか えら れる から

︑ 和様 化は 容易 とな る︒ そし て︑ 後者 のコ ピー では 解体

・組 立て が可 能で ある から

︑日 本の 保存 修理 技術 を高 める の に役 立つ こと にな ると いう

︒た だし モノ の理 解よ り始 まる ので

︑即 物的 な技 術理 解に 偏重 し︑ その 思想 的・ 社会 的 背景 にま では 及ば ない から

︑結 局︑ 単な るコ ピー 文化 に終 わる 可能 性が 高い

②こ の二 点に 関す る傾 向性 は︑ 日本 の近 現代 化の 性格 を考 える 上で 重い 意味 をも って いる と︑ 著者 は注 目し てい る︵ けだ し至 言‼

︒︶ しか も︑ こう した 外国 文化 の理 解が 他国 への 移植 にむ けら れな いの は︑ 日本 人の 内向 意識 であ った とい う点 は︑ 賢明 な読 者な ら容 易に 推測 が可 能で あろ う︒ この 内向 意識 が現 代の IT 社会 にお いて

︑一 層そ の 傾向 を強 め︑ 生活 上の 連帯 感を 急速 に失 いつ つあ るこ とは 確か であ る︒ パソ コン の前 での

個 人化

が 社会 的連 帯 性を 失わ せ︑ 身体 性を 欠い た

国際 性

だけ を生 んで いる とい えよ う︵ 九四 頁︶ と︒ 確か に︑ デジ タル 空間 での コミ ュニ ケー シ

ンが 情報 の連 携を 新し く生 んで はい るが

︑身 体性 を欠 く理 解に 止ま って いる とい う落 とし 穴が あり

国際 化

も人 媒体 を欠 いた まま で︑ モノ 媒体 の理 解ま でも が希 薄と なっ てい る︒ ここ で求 めら れて いる のは

﹁と くに 人を 介在 させ た人

・モ ノ・ 情報 の関 係の 再構 築と いう こと にな るの だろ う﹂

︵同 頁︶ と︒

﹁日 本の 日本 文化 理解

第二 章第 四節

︶に 移ろ う︒

①日 本が 日本 文化 を評 する とき によ く使 われ るの が︑ 和様

・和 風・ 国風 であ る︒ 和様

・和 風が 日本 的と 同義 であ るこ とは 間違 いな く︑ 和風 建築

・和 風住 宅な どと 使わ れる

︒が

︑和 風政 治と か和 風経 済と は言 わな い︒ また 和式 と か和 製と いう 言葉 があ って

︑和 式ト イレ なら 判る が︑ 和風 トイ レと なる と若 干の 疑義 が生 ずる

︒つ まり

︑和 風は 日 本的 と同 義で ある と同 時に

︑伝 統概 念に 近い 関係 にあ り︑ 洋風 住宅 の語 が生 まれ たこ とに 関連 して

︑和 風住 宅の 語 が︑ それ との 区別 のた めに つく られ たと いう こと では ない かと いう

さら に︑

﹁和

﹂と

﹁倭

﹂の 関係 があ る︒ 読者 も御 存知 のよ うに

︑倭 は中 国に おけ る日 本の 呼称 で︑ 和よ りも 時期 が早 い︒

﹁倭

﹂が 日本 に入 って

﹁大 倭﹂ とな り﹁ 大和

﹂と なっ た︒ 何れ も訓 読み では

﹁や まと

﹂で あり

︑山 跡

=

山 国の 意味 らし いと いう

﹁日 本﹂ は﹁ ひの もと

﹂に 発す る外 交上 の呼 称で

︑﹁ 和﹂ は国 内呼 称と いう 使い わけ が生 まれ

︑﹁ 日本

﹂は 外交 上︑

﹁和

﹂は 国内 的に 使わ れた

︒つ まり

︑﹁ 和﹂

︵和 風・ 和式

・和 製︶ が外 国向 けに 使わ れる こと はな い︒ つい での 話だ が︑

﹁中 国﹂ は自 称︑ 日本 では

﹁か ら﹂

﹁も ろこ し﹂

﹁漢 土﹂

﹁唐 土﹂ と呼 び︑ 近代 に入 って

﹁支 那﹂ が使 われ

︑戦 後 に﹁ 中国

﹂と なっ た︒ だか ら﹁ 和漢

﹂と いう 相対 構図 は中 国・ 日本 の日 本国 内に おけ る自 己認 識に よる もの であ っ た︒

②と ころ で︑ 近代 以降 の﹁ 西洋 画﹂

﹁日 本画

﹂の 相対 構図 も同 様で

︑﹁ 日本 画﹂ は西 洋で は通 じな い︒

﹁日 本絵 画﹂ とい う必 要が ある

︒ま た︑

﹁国 画﹂ の語 は一 人称 的自 称で

内 向き

の 用語 であ る︵ 日本 史・ 日本 文学 に対 する 国 史・ 国文 学と 同じ

︒︶ さら に︑

﹁邦 画﹂ とい う言 い方 もあ る︒

﹁邦 画﹂

﹁洋 画﹂ だと 映画 のこ とで ある が︑ この

﹁邦

﹂ と﹁ 国﹂ は同 じ音 のク ニで ある

︒そ の違 いは

﹁大 なる を邦 とい ひ︑ 小な るを 国と いふ

﹂︵ 周礼

︶と

﹃字 統﹄ にあ る︒ しか し︑ 両字 は一 般に 類義 的に 使わ れて いる

︵国 語・ 国文

︑邦 人︑ 邦楽 のご とし

︒︶

﹁日 本﹂ は明 治以 後に 総称 や公 的制 度に 多く 使わ れ︑

﹁和

﹂は 衣食 住な ど私 的生 活用 語と して 使わ れる よう にな っ た︒ 衣の

﹁和 服﹂

﹁洋 服﹂

︑﹁ 和装

﹂﹁ 洋装

﹂︑

﹁和 裁﹂

﹁洋 裁﹂

︑食 の﹁ 和食

﹂﹁ 洋食

﹂︑

﹁和 菓子

﹂﹁ 洋菓 子﹂

︑住 の﹁ 和 室﹂

﹁洋 室﹂

﹁和 風住 宅﹂

﹁洋 風住 宅﹂ など など

︒ しか し﹁ 日本 画﹂ につ いて は︑ それ が成 立し た百 十余 年前 と今 とで は内 実が 大き く変 化し

︑実 態は

﹁現 代美 術﹂ に対 して いる と思 う︒ ちょ うど

﹁山 水﹂ の語 が﹁ 風景

﹂に 変わ った のと 同じ よう に︑

﹁日 本画

﹂の 語も 実状 に合 う よう に新 たな 概念 用語 をつ くる ほか はな いの では ない か︵ やは り‼

︶と

とこ ろで

︑こ うし た相 対構 図の 使い 分け で一 考す べき は

公私

の 使い 方で ある

︒つ まり

︑﹁ 公﹂ の仕 事の 世界 では

﹁日 本﹂ の語 が冠 され て対 外・ 制度

・公 務に

︑﹁ 和﹂ は国 内・ 生活 に使 われ

︑衣 食住 関連 のも のに 多い こと に なる

︒こ うし た使 い分 けは

︑制 度の

と 生活 の

とを ふり 分け なが ら両 者を 長い 間つ なぎ とめ

︑歴 史と 現 在を 並立 共存 させ てき たの であ る︒

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 六 ︶ (ページ 162-165)

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