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瑜伽行派における五根・五力

Vol.68 , No.2(2020)072北山 祐誓「瑜伽行派における五根・五力についての一考察――『中辺分別論』第IV章を中心として――」

Vol.68 , No.2(2020)072北山 祐誓「瑜伽行派における五根・五力についての一考察――『中辺分別論』第IV章を中心として――」

... ― 瑜伽における五根についての一考察(北 山) において,[より]勝れた証得によって勤(精進)が増長するから,[四]正勤が[強力と なる].頂[位]において,退失することのない善根によって[次の忍位への]趣入がある から[四]神足が[強力となる].忍[位]において,再び退失することがなく増上となる ...

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インド学チベット学研究 No. 5/6 (2001/2002) 001神子上惠生「インド瑜伽行唯識学派における諸仏とのコミュニケーション」

インド学チベット学研究 No. 5/6 (2001/2002) 001神子上惠生「インド瑜伽行唯識学派における諸仏とのコミュニケーション」

... 訳と注解」において、四尋思の記述についての次の玄奘訳に注釈を加えている (22) 。 於此悟入唯識性中、悟入何所、如何悟入。入唯識性、相見二性、及種種性。若名 若義、自性差別假、自性差別義、如是六種、義皆無故、。。(玄奘訳) (23) 四尋思は四種であるのに、ここで、六種とするのはチベット訳と諸漢訳ともに一致 しているが、なぜ六種にするのか難解であると長尾氏は注記(下巻頁38−39)の ...

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佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 43号(20150301) L019近藤伸介「有部から瑜伽行派に至る異熟(vipaka)の変遷」

佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 43号(20150301) L019近藤伸介「有部から瑜伽行派に至る異熟(vipaka)の変遷」

... ここではアーラヤ識と転識=現行識との二者の間にのみ因果関係が認められるとされ、それ 以外のすべての因果関係は否定されている。よって、アーラヤ識と現行識の間を媒介するのが 異熟であるとすると、真の因果関係と呼べるのは経量部と同様、異熟因-異熟果の関係だけと 言えるであろう。そしてここにおける異熟とは、アーラヤ識の種子、すなわち潜勢力が顕現し て現行識を生じること(種子生現行)であり、あるいは現行識がアーラヤ識に種子を 習する ...

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Vol.22 , No.2(1974)081早島 理「瑜伽行唯識学派における入無相方便相の思想」

Vol.22 , No.2(1974)081早島 理「瑜伽行唯識学派における入無相方便相の思想」

... arthakhyanasya jalpac ca namni sthanac ca cetasah// cittasya namni sthanat bhavanamayena tallabho veditavya. -1013-.[r] ...

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HOKUGA: 世界は学び舎,人間は学徒 : スイス派『想像力の影響と使用について』における「想像力」

HOKUGA: 世界は学び舎,人間は学徒 : スイス派『想像力の影響と使用について』における「想像力」

... ⚒.想像について スイスは想像をいかに定義しているのだろうか。想像は,五感に集約される身体的な感 覚と密接に関連しているという。五感による外界の受容は,スイスの文学理論の基本である。 最高の創造主は,世界というはるかな建屋を,幾千もの生き物で満たした。そして最後に 人間をその中に配した。創造主は,人間を用いてすべての被造物を詳しく調べ,人間を通し ...

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佛教学研究 第70号 017早烏, 慧「要旨 : 瑜伽行唯識学派における二諦説解釈の変遷」

佛教学研究 第70号 017早烏, 慧「要旨 : 瑜伽行唯識学派における二諦説解釈の変遷」

... しかしながら,瑞伽行唯識学派独t'- J の二締説解釈として別の解釈が指摘で きる.三性説成立以降の瑞伽行唯識学派の文献においては,三性説に基づき 二諦説を解釈する用例が確認される.特に1I'r:t辺分別論』第三章「真実品」 は,根本真実たる三性説に基づき二諦説を説明し世俗・勝義をそれぞれ三 種に分類する.このうち,勝義はjJJ 成実性のみによって示され,真.如, ~旦[r] ...

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佛教学研究 第68号 006那須, 円照「『瑜伽師地論』「菩薩地」における如来の十力の研究(2) : 和訳と註解」

佛教学研究 第68号 006那須, 円照「『瑜伽師地論』「菩薩地」における如来の十力の研究(2) : 和訳と註解」

... (BBh Vy: Peking [R.. 1 ) 側 サーガラメーガは註釈する。その趣へ行く因は,極劣であるから,悪趣と言 われる。それ故に言われる。非法行と,云々。法に相応しない側商であるから, 法でないという意味である。その同じものが,自と他を害することに入るから, 不平等行である。それは,それ(地獄)に行く道であるから悪趣と言われる。. (BBhVy: Pek[r] ...

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佛教学研究 第66号 009那須, 円照「『瑜伽師地論』「菩薩地」における如来の十力の研究(1) : 和訳と註解」

佛教学研究 第66号 009那須, 円照「『瑜伽師地論』「菩薩地」における如来の十力の研究(1) : 和訳と註解」

... 種種なる種姓の建立(確立),つまり,声聞・独覚・加来の種姓において, 貧等の行の区別の道理によって,乃至,有情の八万(=八十千)の行があり, 種種界と言われる。 陸 ( 1 ) サーガラメーガは註釈する。[これまで, ]色身によって包摂された諸法が説 かれたので,今[この第六章では]名身によって包摂された諸法が説示しよう と望まれて説かれる。四つのすべての種類の清浄,と[r] ...

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龍谷大学学位請求論文2014.09.18 早島, 慧「中観・瑜伽行両派における二諦説解釈の研究 : 『大乗荘厳経論』第VI章「真実品」を中心として」

龍谷大学学位請求論文2014.09.18 早島, 慧「中観・瑜伽行両派における二諦説解釈の研究 : 『大乗荘厳経論』第VI章「真実品」を中心として」

... まず, k.10a における「牟尼が説いた,安立したよき教えについて」であ るが,テキスト上の問題があり, Lévi ed.では"-sudharma-suvyavastho matim" であるが,この箇所は 写本ごとの混乱が見ら れ,Ns 写本,B 写本は "-vihi[ta]sudharme suvyavasthe matim" , A 写 本 は ...

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Vol.68 , No.3(2020)014中山 慧輝「『瑜伽師地論』「声聞地」における世間道と涅槃――第四瑜伽処を中心に――」

Vol.68 , No.3(2020)014中山 慧輝「『瑜伽師地論』「声聞地」における世間道と涅槃――第四瑜伽処を中心に――」

... Mizuo Jakuhō 水尾寂芳 . 1983. Yugagyō gakuha ni okeru kūshō setsu no tenkai 瑜伽行学における 空性説の展開 . Machikaneyama Ronsō 待兼山論叢 17: 21–37. Mōri Toshihide 毛利俊英 . 1987. Shōmonji no shugyōdō 『声聞地』の修行道 . Ryūkoku ...

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第五章東南アジアにおけるイスラムの宗派 第五章東南アジアにおけるイスラムの宗派 151

第五章東南アジアにおけるイスラムの宗派 第五章東南アジアにおけるイスラムの宗派 151

... それ故、人間はアッラーの光の照射でもある。アッラーの光はアッラー自身であるか ら人間はアッラーであるということである。実存神学は照射の教えすなわちアッラーの 光に関する教えと呼ばれている。実存神学はバグダッドで火あぶりの刑に処せられ たスーフィーの Al-Hallaj によって発展されたものである。その教えの根本は ana al-haqq 私は神であるという文章に定義される。アチェのサルタン国では修行イスラム 僧と Hamzah ...

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日本佛教學會年報 第65号 023藤田 光寛「瑜伽戒における不善の肯定」

日本佛教學會年報 第65号 023藤田 光寛「瑜伽戒における不善の肯定」

... 注 ⑴ 拙稿 チベットにおける菩 戒の受容の一断面 ( 印度学仏教学研究 36 -2,1988年)p.875及び p.871 1);在日のニンマの活仏ニチャン・リ ンポチエによれば,チベット仏教における大乗の菩 戒にはこの二系統(弥 ,Asanga, Candragomin と伝統した 伽の系統(広大流 rgya chen spyod pahi ...

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Vol.64 , No.3(2016)204岡田 英作「瑜伽行派における五種姓説の展開 : 経典註釈書をもとに」

Vol.64 , No.3(2016)204岡田 英作「瑜伽行派における五種姓説の展開 : 経典註釈書をもとに」

... (176)The Development ofthe Five-GotTu Theory in the Yogficara School (OKADA). in this section I briefly explain how this theory was established.i) The Buddhanusmrti-[r] ...

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日本佛教學會年報 第67号 029早島 理「瑜伽行派における信仰について ―『顕揚聖教論』「成瑜伽品第九」を中心に―」

日本佛教學會年報 第67号 029早島 理「瑜伽行派における信仰について ―『顕揚聖教論』「成瑜伽品第九」を中心に―」

... 中に証楽欲を起す。為方便修欲とは,謂く,無間方便の中・殷重方便の 中・修聖道の中に於て希求を生じ楽欲を作証す。 3.正勤> 正勤とは,謂く,四種の正勤なり。一に聞法の為の故に,二に思惟の為 の故に,三に修習の為の故に,四に障浄の為の故に。聞法の為の故にとは, 謂く,未だ聞かざる所を聞き及び已に聞ける者の明浄ならんが為の故に, 心を策励し,方便して未だ委処せざる所を修習す。思惟の為の故にとは, ...

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Vol.64 , No.3(2016)205高務 祐輝「初期瑜伽行派と説一切有部における「識」の継起」

Vol.64 , No.3(2016)205高務 祐輝「初期瑜伽行派と説一切有部における「識」の継起」

... possibility of the sequential arising of sensory perceptions. the MVi permits that any kind ofvijnNana can arise immediately after another vijnnyana, regardless of type. Further,. there [r] ...

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龍谷大学佛教学研究室年報 第11号(2001) 004櫻井 良彦「瑜伽行派における衆同分」

龍谷大学佛教学研究室年報 第11号(2001) 004櫻井 良彦「瑜伽行派における衆同分」

... a 1 7 ・ a 2 5 ) かの種類(衆同分)は、六種類である。即ち、①界の種類(界の衆 同分)、②趣の種類(趣の衆同分)、③生の種類(生の衆同分)、④処 所の種類(処所の衆同分)、⑤自身の種類(多様な性質としての衆同 分)、⑥性の種類(種姓の衆同分)である。 ①界の種類(三界の衆同分)とは、〔例えば〕欲界の衆生にある、欲 界の衆生の種類(衆同分)である。色・無色界[r] ...

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インド哲学仏教学研究 25(201703) 004岡田 繁穂「初期瑜伽行派3文献におけるsamgraha(摂, bsdus pa) : 『瑜伽師地論』『顕揚聖教論』『阿毘達磨集論』 」

インド哲学仏教学研究 25(201703) 004岡田 繁穂「初期瑜伽行派3文献におけるsamgraha(摂, bsdus pa) : 『瑜伽師地論』『顕揚聖教論』『阿毘達磨集論』 」

... 1 de dag thams cad gcig tu bsdus na/ phung po rnams kyi bsdus pa bcu drug yod de/ phung po rnams la ji lta ba bzhin du dbang po rnams kyi bar la yang de bzhin no/ 2 gzhan yang chos gsum [r] ...

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龍谷大学佛教学研究室年報 第3号 007藤田 祥道「瑜伽行派における『雑阿含』703経の解釈をめぐって」

龍谷大学佛教学研究室年報 第3号 007藤田 祥道「瑜伽行派における『雑阿含』703経の解釈をめぐって」

... 輸伽行派では、しかし、このような「無所縁識存在証明」ないし「三世実有説批判」という 『成実論』や『倶舎論』とも共通する文脈から離れた、独自の観点からの解釈・評価がこの経典 になされる。まず、 『雑阿合経』に対する注釈書的性格をもっ『輸伽論摂事分』がどの様に経を 解釈しているかをみてみることにしよう。 『摂事分』は、上述したような内容をもっ雑阿合経を内容的に1.説正法教、[r] ...

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龍谷大学佛教学研究室年報 第18号(2014) 005Vo Thi Van Anh「瑜伽行派における波羅蜜多受容について : 十波羅蜜多の定数を中心に」

龍谷大学佛教学研究室年報 第18号(2014) 005Vo Thi Van Anh「瑜伽行派における波羅蜜多受容について : 十波羅蜜多の定数を中心に」

... 《中略》 また,すべての階位においてすべての波羅蜜多が〔同時に〕修習せられないわけでは ない.それは〔十階位を説く〕この法門は,波羅蜜多の蔵に属するからである:li 引用した前半部と後半部との対応関係から見れば,前半部には,それぞれの地に 別々の波羅蜜多が修習せられるという.後半部の「すべての階位にすべての波羅蜜 多が修習せられる J という.後者の所説は『解深密経』か[r] ...

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龍谷大学学位請求論文2017.09.19 VAN ANH, Vo Thi「瑜伽行派における菩薩道の確立と展開 : 『中辺分別論』第V 章「無上乗品」を発端として」

龍谷大学学位請求論文2017.09.19 VAN ANH, Vo Thi「瑜伽行派における菩薩道の確立と展開 : 『中辺分別論』第V 章「無上乗品」を発端として」

... 「 品 」 と の 関 係 を 指 摘 し て お き た い . t a s y a c i t t o t p ā d a i r d a ś ā n ā ṃ b o d h i s a t t v a p ā r a m i t ā n ā ṃ s a m u d ā g a m a p a r i p ū r i ḥ s a m u d ā g a c c h a t i / t a t k a s m ā d ...

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