氏 名 青あ お 松ま つ 昭あ き 徳の り 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 甲第620号
学 位 授 与 年 月 日 令和3年3月15日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第2項該当
学 位 論 文 名 急性腎障害を調節するマイクロRNAの解析-新規遺伝子治療法および バイオマーカーへの応用-
論 文 審 査 委 員 (委員長) 水 上 浩 明 教 授
(委 員) 秋 元 哲 教 授 嵯 峨 泰 准教授
論文内容の要旨
1 研究目的
急性腎障害(acute kidney injury: AKI)は腎機能が急激に低下する重篤な病態であり、全入院 患者の20%に発症し患者死亡の大きなリスクである。AKIは脱水、感染、外科手術による腎血流 低下、薬剤による尿細管障害、腫瘍や結石による尿路閉塞など様々な原因で発症し生命予後を悪 化させている。AKI の予後改善のためには早期診断、早期治療介入が重要である。しかし、AKI に特異的な治療法および早期診断を可能にするバイオマーカーは未だ確立されていない。近年、
特異的治療法や早期診断法がなかった分野で、マイクロRNA(miRNA)の有用性が注目されている。
miRNAは細胞に内在する、21-25塩基長のタンパク質を作らないノンコーディングスモールRNA で標的メッセンジャーRNAの発現を調節している。現在、miRNAは人を含む哺乳類で2,500種 類程度あることがわかっており、その塩基配列はだれでも自由にアクセスできる公共のデータベ ース(データベース名:miRBaseなど)に登録されている。miRNAは血液・尿にも安定して存 在し疾患早期から発現変化すること、外因性にmiRNA-mimic/inhibitorを投与し生体内発現を変 化させ得ること、ヒトとマウスなどの動物でほぼ同じ塩基配列であり動物実験の結果をヒトに応 用させやすいことから、治療ターゲットとしての有用性が報告され、すでに癌や炎症疾患分野で 臨床応用が検討されている。このことからAKIの診断バイオマーカーおよび遺伝子治療の標的と して有用なmiRNAも存在するはずであるが未だ同定されておらず、本研究ではAKI腎臓で発現 が変化する miRNA を網羅的に同定し、新規遺伝子治療法、バイオマーカー開発に応用すること を目的にした。
2 研究方法
機序の異なる2種類のAKIモデルマウス(虚血再灌流モデル:IRI-AKIモデル、敗血症モデル:
リポポリサッカライド(LPS)-AKIモデル)を作成し、腎臓で発現変化するmiRNAをマイクロア レイ法による網羅的解析で同定した。同定したmiRNAをAKI患者(30例)の血清でqRT-PCR 法で測定し健常人と比較した。さらに人工合成したmiRNA-5100のmimicをNon-viralキャリ ア : polyethylenimine nanoparticle (PEI-NPs) と N/P ratio 6 で 複 合 体
(miRNA-5100-mimic-PEI-NPs)を作成し、IRI-AKIマウスに尾静脈より単回投与で腎にデリバ
リーし、miRNA-5100を腎臓で過剰発現させ、AKIの抑制効果を検討した。
3 研究成果
両モデルマウスの腎臓で共通して発現変化しているmiRNAを36種類選出した。そのうちヒト で発現報告のある17種類のmiRNAを両モデルともにqRT-PCRを行い発現変化を確かめた。両 モ デ ル で 統 計 学 的 有 意 差 を 持 っ て 変 化 し て い た の は 、6 種 類 の miRNA(miRNA-21a-5p, miRNA-29b-1-5p, miRNA-132-3p, miRNA-212-3p, miRNA-223-3p, miRNA-5100)であった。そ の う ち 5 種 類 (miRNA-21a-5p, miRNA-29b-1-5p, miRNA-132-3p, miRNA-212-3p, miRNA-223-3pは過去のAKIでの役割がある程度報告されているため、本研究では過去に報告の ないmiRNA-5100について検証した。IRI-AKIマウスにmiR-5100-mimic-PEI-NPsをAKIを誘 導する2日前に予防薬として尾静脈投与したところmiRNA-5100は腎臓で過剰発現され、組織学 的、尿細管間質細胞障害マーカー(NGAL,KIM-1)などでAKIの抑制効果を認めた。miRNA-5100 の効果の機序を調べる目的での遺伝子マイクロアレイでIRI-AKIにおいてmiRNA-5100 を過剰 発現させると、IRI+無治療群と比較して、53種類の遺伝子が4倍以上、82種類のmRNAが4 倍以下に統計学的有意差をもって変化していた。それらの遺伝子のなかでmiRNA-5100の過剰発 現は、アポトーシスシグナル伝達経路を含む29種類のmRNAと炎症シグナル伝達経路を含む10 種類のmRNAの発現を変化させAKIでアポトーシスと炎症を複数のパスウェイから抑制するこ と で AKI 進 展 を 抑 制 し て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。 さ ら に 、 別 の 実 験 系 で miRNA-5100-mimic-PEI-NPsをAKIを誘導後1時間後に尾静脈から治療薬として投与したとこ ろ、miRNA-5100は腎臓で過剰発現され、AKIの改善効果を認めた。
またqRT-PCT法で測定したところAKI患者(30例)では、健常人(30例)においてmiRNA-5100 の血清での発現量が有意に低下(AKI 患者:0.11±0.07 vs 健常人;1.05±1.12, p<0.01)してい た。
4 考察
本実験結果から、miRNA-5100はAKIの進展調節に関与しておりAKIの新規治療薬となる可 能性は明らかになった。また血清miRNA-5100発現レベルはAKIのバイオマーカーとなる可能 性がある。いくつかの以前の研究では、in vitroおよびin vivoでAKIのmiRNAを用いた治療薬 としての可能性の報告があるが、miRNA-5100についての報告は本研究が初めてである。本研究 では2つの異なるAKIモデルを用いて共通に変化するmiRNAをスクリーニングすることで、AKI、 マウスのバックグラウンドおよび手術手技などの影響を軽減した。この研究では、in vivo で腎で の miRNA-5100 を過剰発現させるために、miRNA-5100 を投与する際の非ウイルス性キャリア として、ポリカチオンであるpolyethyleneimine-nanoparticles (PEI-NPs)を用いた。IRI-AKIマ ウスmiRNA 5100-mimic-PEI-NPs投与により、腎でmiRNA-5100は過剰発現され、腎尿細管の 組織学的損傷と腎機能障害(BUN、serum creatinine、NGAL および KIM-1)を抑制した。そ の機序としてアポトーシスおよび炎症を複数のパスウェイで抑制することが明らかになった。ま たこれまでの過去の報告ではAKIを起こす前にmicroRNA-mimic/inhibitorを投与しAKIへの効 果を検証していたが、本研究では AKI を起こす前、別実験で AKI を起こしたあとに miRNA 5100-mimic-PEI-NPs を投与し、いずれも AKI の改善効果を認めた。本結果から、miRNA
5100-mimicはAKIの予防薬および治療薬として有効であることが明らかになった。
さらにまたAKI患者では、健常人においてmiRNA-5100の血清での発現量が有意に低下して いたことから、血清miRNA-5100はAKIのバイオマーカーとなる可能性が示唆され、今後症例 数を増やして検証する必要がある。
5 結論
miRNA-5100は急性腎障害の新規遺伝子治療法およびバイオマーカーとなる可能性がある。
論文審査の結果の要旨
本論文の骨子は急性腎障害(以下AKI)に関連するマイクロRNA(以下miRNA)を発見し、
その臨床的意義付けを行ったとするものである。申請者の臨床経験に基づいた探索を出発点とし、
AKI に関連する新規のmiRNAとして miR-5100を動物実験によって同定し、病態との関連を見 出している。さらには今後治療への応用の可能性も示唆している。本論文は新規性・独創性がと もに高く、学問的な意義も顕著である。構成に不自然さはなく、結論の裏付けとなるデータも概 ね充分に揃っている。以上のことから、本学における学位論文として遜色ない内容と認める。但 し、表現を改めた方が良いと考えられる箇所が散見されるため、これらを適切に改訂することで 合格に相当するものと判定した。
最終試験の結果の要旨
本学位審査においては、最初に申請者から研究の背景及び目的について必要かつ十分な説明が あった。本研究は自らの麻酔科などにおけるAKIの臨床経験に根ざしたものであり、目的を達す るために他分野である腎臓内科の大学院に入学して研究を実施したとのことで、共感できる説明 であった。本研究の遂行に用いられた方法は妥当であり、科学的根拠のもとに良く練られた上で 実施されていた。得られた結果はAKIの早期診断のみならず、治療に役立つ可能性もあり、充分 な新規性が認められた。これらの結果に基づく考察に関しても概ね妥当な内容であった。
発表後、審査員3名から多岐にわたる質疑がなされたが、申請者はそれぞれの内容を十分に理解 した上で、全ての疑問点に対して適切かつ充分な回答がなされた。周辺領域を含めた申請者の知 識及び科学的素養が充分であることは自明であり、申請者は博士の学位に相応しいものと判断し た。
本研究は診断及び治療の両面で今後臨床応用される可能性を秘めており、その裏付けとなる知 的財産権及び企業導出の面でも既に対応がなされているとのことであった。しかしながら申請者 は浮き足立つことなく、慎重に歩みを進めている印象であり、その姿勢には好感が持てた。今後 の展開が大いに期待される。
なお、学位論文提出後の動きとして、論文は投稿後第一希望の雑誌には断られたため、別の雑 誌に再投稿を準備中とのことである。充分な内容を含んでいると考えられることから、適切な雑 誌を選択し、早期に公表されることを期待する。