氏 名 岩下いわした ちひろ 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 乙第 815号
学 位 授 与 年 月 日 令和 3年 12月 16日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第3項該当
学 位 論 文 名 食道の内視鏡的粘膜下層剥離術でのヒアルロン酸ナトリウムの安全性と 有効性の研究
論 文 審 査 委 員 (委員長) 教授 細 谷 好 則
(委 員) 教授 宮 谷 博 幸 教授 福 嶋 敬 宜 教授 矢 作 直 久
論文内容の要旨
1 背景
全世界で食道がんの罹患数は8位、死亡数は6番目に多いがんである。食道がんのうち80%は 扁平上皮癌であり、本邦でも90%程度は扁平上皮癌である。治療として外科手術を行う場合、患 者への負担は非常に大きくなる。
近 年 、 胃 や 大 腸 の 粘 膜 内 癌 に 対 し て 内 視 鏡 的 粘 膜 下 層 剥 離 術 (endoscopic submucosal dissection:ESD)を施行するようになり、その有効性や安全性について検討が進んできた。早 期食道癌についても同様にESDを施行するようになり、有効性や安全性が様々な研究で検討され てきた。ESD を行うにあたり、粘膜下層への局注剤の選択は、ESD 中の術野を確保するうえで 非常に重要なことである。胃や大腸のESDにおいて、ヒアルロン酸ナトリウムの粘膜下層への局 注が有効であることは報告されている。食道ESDでもヒアルロン酸ナトリウムの有効性について 報告されてきているが、一方で、ヒアルロン酸ナトリウムの安全性について注目した報告は少な い。また、食道ESDはその技術的な困難さから熟練医が施行している報告がほとんどであり、非 熟練医が施行した食道ESDのまとまった報告はこれまでない。
2 目的
食道ESDにおけるヒアルロン酸ナトリウムの粘膜下層への局注の安全性を明らかにするこ とと、非熟練医による食道ESDにおけるヒアルロン酸ナトリウムの有効性・安全性を明らかに することとした。
3 研究成果
2007年9月から2013年4月の間に、当科で食道扁平上皮性腫瘍に対して食道ESDを施行し た86人111病変を対象とした。111病変のうち4病変は2病変一括切除となったため、ESDの 件数は107件であった。全例で0.4%ヒアルロン酸ナトリウムを原液で使用し、ESD中のヒアル ロン酸ナトリウムの使用量、腫瘍部位別の使用量、単位面積当たりのヒアルロン酸ナトリウムの
使用量について検討した。有効性については病理学的な評価が十分に行える検体を提出できるこ ととし、一括切除率・R0切除率について検討した。安全性については偶発症の有無、特に穿孔と 後出血について検討した。熟練医と非熟練医の施行したESDで有効性・安全性に違いがあるか についても検討した。切除標本径、剥離速度、術者が熟練医かどうか、腫瘍の深達度はヒアルロ ン酸ナトリウムの使用量に関与してくると思われたため、これらを含めて重回帰分析による多変 量解析を行った。統計学的解析にはEZRを使用した。
4 成績
一括切除率は99%(106/107件)であり、断端陰性切除率は93%(99/107件)だった。一括 切除できた106件のうち、4件では水平断端が陽性となり、2件では水平断端が評価不能だった。
1件は水平断端と垂直断端ともに評価不能だった。水平断端が評価不能となったうちの1件では、
7 年後に局所再発を来し、再度ESDを施行し治癒切除となった。偶発症については、ESD後出 血が 2件(2%)、術中穿孔が 4件(4%)あったが、外科的な介入を必要とした偶発症はなかっ た。内視鏡的拡張を必要とするESD後狭窄は5件(5%)だった。107件のESDのうち33件(31%)
は非熟練医が施行し、残りは全て熟練医が施行した。非熟練医によって施行されたESDは全て熟 練医による厳しい監督のもと施行された。非熟練医が施行した ESDは一括切除率 100%であり、
R0 切除率も 100%を得られていた。熟練医の方が有意に剥離速度は速く、切除時間は短かった。
また、非熟練医の方がヒアルロン酸ナトリウムの使用量は多い傾向にあった。一括切除率、R0切 除率、穿孔率、後出血率については、熟練医と非熟練医の間で有意差は認めなかった。しかし、
熟練医が施行した症例では穿孔率3%(2/74件)、非熟練医が施行した症例では穿孔率6%(2/33 件)であり、非熟練医の方が穿孔の合併が多い傾向にあった。
切除標本の単位面積当たりのヒアルロン酸ナトリウム使用量(ml/mm2)を、ヒアルロン酸ナ トリウム使用量÷(標本長径/2×標本短径/2×3.14)として算出した。熟練医の単位面積当たりの 平均ヒアルロン酸ナトリウム使用量は0.054 ml/mm2で、非熟練医では0.071 ml/mm2であり、
熟練医の方が少ない傾向にあった(p値=0.063)。
ヒアルロン酸ナトリウムの使用量に関与する因子を検討するために切除標本径、剥離速度、術 者が熟練医かどうか、腫瘍の深達度を含めて多変量解析を行ったところ、術者、切除標本径、剥 離速度がヒアルロン酸ナトリウム量に対する独立した因子だった。
熟練医によるESDで穿孔を来した2件では、単位面積当たりのヒアルロン酸ナトリウムの使用 量はそれぞれ0.038 ml/mm2、0.032 ml/mm2だった。非熟練医が施行して穿孔を来した2件で は、単位面積当たりのヒアルロン酸ナトリウムの使用量はどちらも0.063 ml/mm2だった。
後出血を来した2件のうち1件nは熟練医が施行したもので、ヒアルロン酸ナトリウムの使用
量は0.025 ml/mm2だった。剥離速度は熟練医の平均より遅かった。もう1件は非熟練医が施行
しており、ヒアルロン酸ナトリウムの使用量は0.024 ml/mm2で、剥離速度は非熟練医の平均よ り早かった。
5 考察
ヒアルロン酸ナトリウムを使用した食道ESDは、一括切除率・R0切除率ともに生理食塩水を用 いたESDより高いことは報告されており、本研究でも同様の結果が示された。
本研究では多数の非熟練医が術者として参加していたが、非熟練医が施行した場合でも、高い 一括切除率・R0切除率を示した。また、偶発症の発生率に関しては、熟練医による生理食塩水に よる食道 ESDの報告とほぼ同じだった。ヒアルロン酸ナトリウムを用いることで、熟練医の厳重 な監督が必須ではあるが、非熟練医でも生理食塩水を用いた熟練医による食道 ESDと同程度の有 効性と安全性を得られると考えられた。
本研究で熟練医によるESDで穿孔をきたした2件はどちらも亜全周切除となった症例だった。
また、穿孔例では、熟練医・非熟練医ともにヒアルロン酸ナトリウムの使用量が平均より少なか ったと考えられた。後出血を来した 2件ともヒアルロン酸ナトリウムの使用量は平均より少なか った。十分量のヒアルロン酸ナトリウムを用いていれば、偶発症の合併を避けられた可能性が示 唆された。
6 結論
0.4%ヒアルロン酸ナトリウムを用いた食道 ESD は穿孔率・後出血率が低く、かつ、高い一括
切除率を示す。また、熟練医の厳重な監督が必要ではあるが、非熟練医による食道ESDを質が高 く安全なものにすると考える。
論文審査の結果の要旨
本学位論文は、食道癌の内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)でのヒアルロン酸ナトリウムの安全 性と有効性の研究である。治療成績を後ろ向きに研究した結果である。本学消化器内科で開発さ れたヒアルロン酸ナトリウムであり、本学での一括切除率が高いこと、穿孔や出血のリスクが諸 家と比べて同等であることから、報告の意義はある。しかし、初稿の段階では、新規性や独創性 が高いとは判断できなかった。またヒアルロン酸ナトリウムの優位性についての客観的な検討が 不足していた。
宮谷教授、福嶋教授、矢作教授(外部審査員)、細谷の指示に従い
・食道ESDの局注剤と施行医に関するレビュー
・本研究のヒアルロン酸ナトリウム量に対する各因子の検討
・本研究の術者の経験件数の詳細
・本研究の熟練医と非熟練医のESDの成績比較
・穿孔例の詳細な検討
・後出血の詳細な検討
・生理食塩水の食道ESDのレビューと本研究との比較
・非熟練医による食道ESDのレビューと本研究との比較 が加わった。
計3回の審議と訂正を行った。
新規性、独自性、学術論文としての客観性が得られるようになった。
食道ESDにおけるヒアルロン酸ナトリウムの有効性と安全性に関する検討が十分になされ、優 位性についても論じることができるようになった。よって、学術論文として適切であると判断す る。
試問の結果の要旨
申請者からはヒアルロン酸ナトリウムを用いた食道ESDの自治医大での成績を発表した。一括 切除率が高いこと、穿孔や出血症例が少ないこと、非熟練医でなくとも指導医のもとであれば安 全に施行できていることで、有効性と安全性が示せると発表した。
質疑応答では、今回の発表のみでは、客観的な評価が不十分であること、新規性・独自性が明 確でないこと、審査委員からの質疑は指導的内容がほとんどであった。
宮谷先生から以下の指導があった。
・安全性や有効性の基準の記載
・過去の文献検索についての必要性
・生食やグリセオールなどでの比較が必要
・ヒアルロン酸の考察不足、ヒアルロン酸ナトリウムの手技についての考察不足
・何らかの新規性の強調、考察にデータの追加が必要 等、
福嶋先生から以下の指導があった。
・有効性と安全性を明らかにする検討がなされていないことが問題
・主観的表現が多い
・なるべく多くの追加検討を行い、新規性を示すこと
・生食やグリセリンとの比較が必要
・既報の報告とのメタアナリシスなどの追加検討が必要
・既報での施行者人数など具体的データを示して、優位性を論じること
・ヒアルロン酸ナトリウムの注入量の算出
・ヒアルロン酸ナトリウムの注入量と穿孔、出血例との関連 等、
矢作先生から以下の指導があった。
・ヒアルロン酸ナトリウム以外の食道ESDとの比較が必要
・他施設とのデータと比較して優位性を論じること
・経験が少ない術者を含くむが、安定した成績が得られている点がユニークな点であると指 摘。
・過去に発表された術者レベルを具体的に提示して、ヒアルロン酸の優位性を論じること
・ヒアルロン酸の癌細胞増殖リスクについて考察で論じること、また臨床で用いて問題ない
根拠を示すこと 等
細谷からも、新規性・独自性が乏しいことを指摘した。
申請者はこれらの指導に対して、追加検討することで試問を終了することとした。
適正な訂正・追加検討を行えば合格とする方向とした。