植 物 は 生 活 環 の ほ と ん ど で 移 動 す る こ と は な い が,「運 動」
する.さまざまな植物の運動の中でも「屈性」という成長運 動は,進化論で有名なDarwinなど多くの研究者の興味をひ 引いてきた,植物生理学の課題である.屈性の特徴は,植物 が光,重力,水分,接触などの刺激の方向を認識したうえで 成 長 方 向 を 変 化 さ せ る,と い う 点 に あ る.屈 性 は,刺 激 受 容,細胞内シグナル伝達,細胞間シグナル伝達,器官屈曲の 順に反応が進むと考えられる.後に紹介するが,細胞間シグ ナル伝達や器官屈曲とオーキシンとの関連性は,近年分子・
細 胞 レ ベ ル の 研 究 が 進 ん で い る.本 稿 で は 重 力 屈 性 を 中 心 に,最新の知見を概説する.また最後に,植物の側方器官が 重力を指標に一定の角度を保って成長をする傾斜重力屈性と 呼ばれる現象についての解説も加える.
重力感受
一般的に,植物の根は重力の方向に,地上部は重力と 反対の方向に成長する,正常重力屈性を示す.重力屈性 は植物が重力方向に対する体の傾きを認識して行う姿勢
制御運動であると言える.20世紀初め,重力応答を行 う器官において,重力方向に沈降するデンプンを高密度 に蓄積したアミロプラストと呼ばれる色素体が観察さ れ,重力屈性の重力認識機構としてデンプン平衡石説が 提唱された.その後さまざまな研究から,デンプン平衡 石説は高等植物の重力屈性における主要な重力認識機構 として現在も受け入れられている(1, 2)
.水棲植物や水棲
器官の少数例では平衡石によらない重力屈性が見られ,原形質全体の質量が重力方向にある細胞壁にもたらす圧 を認識するとするprotoplast pressure仮説が提唱され ている(3)
.陸上植物がこのような感受機構を有するかは
明らかではないが,重力屈性には複数の重力感受機構が 存在する可能性が示唆されている.沈降性アミロプラストを含む重力感受細胞は,根では 根冠のコルメラ細胞,地上部では植物種によって異なる が,シロイヌナズナでは内皮細胞であることが示されて いる(図
1
).内皮細胞のアミロプラストは,コルメラ
細胞のそれとは異なり,デンプン粒とともに色素やチラ コイド膜をもつため,正確にはデンプンを高度に蓄積し た葉緑体であるが,ここでは便宜上アミロプラストと呼 ぶ.生細胞イメージングにより,アミロプラスト動態が日本農芸化学会
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【解説】
Molecular Mechanism of Plant Gravitropism: How Roots Grow Downward and Stems Grow Upward
Masahiko FURUTANI, Takeshi NISHIMURA, Miyo Terao MORITA, *1 名古屋大学大学院生命農学研究科,*2 JST, CREST
植物の重力屈性の分子メカニズム
根が地中に潜り茎が空へ向かうしくみ
古谷将彦 * 1 ,西村岳志 * 1 ,森田(寺尾)美代 * 1 , 2
コルメラ細胞と内皮細胞とでは大きく異なることが示さ れた.コルメラ細胞では平衡石のイメージどおりに,重 力方向変化後アミロプラストは新たな重力方向に移動
し,その後ほとんど移動しない.一方,花茎内皮細胞の 場合は重力方向変化後,大部分のアミロプラストが沈降 し始めるがその動きは複雑かつ不均一で,動き回りなが 図1■シロイヌナズナの花茎および根の重 力感受細胞
上段中央:花茎の重力感受細胞は内皮細胞
(赤)である.内皮は1層の細胞からなる円 柱状の組織で,表皮および皮層の内側に位置 する.上段右:内皮細胞は沈降性のアミロプ ラストを含む.液胞が発達しており内皮細胞 の体積のほとんどを占める.アミロプラスト は液胞膜に周囲を取り囲まれて移動する.下 段中央:根の重力感受細胞は根冠のコルメラ 細胞(赤)である.中央コルメラの2層目の 細胞が特に重力受容への貢献度が高い.下段 右:コルメラ細胞も沈降性のアミロプラスト を含むが,液胞は小さい.核は基部側に位置 し,細胞周縁部に小胞体が存在する.
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私たちは感覚器と神経系の機能によって多くの情報 を得ている.たとえば,三半規管という平衡覚を司る特 殊な器官の働きにより,視覚に頼らずとも重力方向の認 識ができる.植物は,このような感覚器や神経系をもた ない.にもかかわらず重力の方向を認識して茎はより多 くの光を受けるために空に向かって成長し,根はしっか り体を固定するため,あるいはより効率良く水を汲み上 げるために地に向かって伸びる.植物はコルメラ細胞な どの特殊な細胞の中でデンプンを含むアミロプラストが 重力方向に動くのを感じ取ることで重力方向を認識しな がら,成長方向を調節することができるのである.この ような重力屈性は高校生物の教科書などでもよく採り上 げられ,茎は上に,根は下に成長すると説明されてい る.幼植物ではそのとおりだが,実際に外を見渡せばど うだろう? 枝葉は横や斜め上方向に展開し,根も放射 状に広がりながら成長していることに気づくはずだ.こ のような重力方向を認識しつつ,それに対して平行では なく一定の角度を保って成長する性質は,傾斜屈性と 呼ばれる.たしかに枝葉や根がすべて重力に対して平 行に成長すればそれらが束になり,植物が地上や地下 で光,水,栄養などの資源を効率良く得ることが難しく なるだろう.傾斜屈性において,各器官がアミロプラス トの指し示す重力方向の情報をどのように補正して伸長 角度を決定するのかはまだよくわかっていない.
植物は効率良い資源の獲得のためには重力以外に も光,水や栄養素などの環境要因も認識しながら成
長方向を決定 する必要があ るだろう.光 屈性は植物に 横から光を照 射すると傾く ように成長す る反応として よく知られて いるが,見方 を変えれば重 力屈性に逆ら う反応である とも考えられ る.近年は水 に対しても光 や重力と同様 に屈性反応を
示すことが明らかになった.根の先端で空気中の水分 の勾配や水ストレスを認識してより水分が多い方向へ 屈曲することができる.このように植物は,重力,
水,光などの方向の情報をバランス良く統合して器官 の成長方向を決定しており,最も効率良く成長できる 形 を構築すると言える.植物がどのように合理的 に成長方向を決定するのかに関しては不明な点が多い が,植物生理学の最先端では特に重力認識や応答のメ カニズムが急速に解かれつつあり,少しずつこの疑問 にも答えることができるようになるだろう.
コ ラ ム
らも重力方向へ偏って分布する.アミロプラスト動態に このような差が生じるのは,それぞれの細胞内環境の違 いに起因すると考えられる.内皮細胞の体積のほとんど は液胞に占められ,アミロプラストは液胞膜と細胞膜の 間の非常に狭い原形質領域や原形質糸を移動する.分子 遺伝学的解析から,内皮細胞のアミロプラスト動態はご く近傍に存在する液胞やアクチン細胞骨格に強く影響を 受けることが示された(4)
.コルメラ細胞には,発達した
液胞や顕著なアクチン細胞骨格は見らない.脊椎動物の平衡石は細胞外に形成され,その比重を利 用して重力方向と移動により生じる加速度を,有毛細胞 と感覚神経で感知する.一方,植物の平衡石は細胞内に 存在し,重力方向の変化は平衡石の細胞内での位置を変 化させる.重力感受細胞は,アミロプラスト沈降をどの ように感受しているのだろうか? 細胞膜上の機械刺激 受容チャネルに連結したアクチン繊維もしくは細胞膜を アミロプラストが押すことで,チャネルを活性化し Ca2+濃度変化にシグナル変換するというモデルが考え られている(5)
.しかし残念ながら,重力感受細胞に機械
刺激受容チャネルが存在するかどうか示されておらず,感受細胞内で重力変化に応答するCa2+シグナルは検出 されていない(6)
.さまざまな植物の地上部の重力屈性を
詳細に解析した最近の報告では,重力屈性においても上 述の動物の平衡覚のように,重力方向と加速度(力)を 感受するとされた従来の仮説に対し,力ではなく器官の 傾き(方向)のみを感受しており,おそらくアミロプラ ストの細胞内での偏在がもたらす細胞内因子との相互作 用や細胞内輸送への影響が,シグナル変換の実態となる 可能性を提示している(7).この仮説にはより多くの実験
的支持が今後必要になるが,内皮細胞内での複雑なアミ ロプラスト動態を考慮すると,合理的な部分もあり魅力 的な仮説である.器官屈曲
根では,重力感受細胞であるコルメラ細胞から離れて 存在する伸長領域での偏差成長によって屈曲が起こる.
横たえられた根端の下側の伸長成長が阻害されるのか,
上側の成長が促進されるのか議論が交わされてきたが,
詳細な成長速度の計測からその両者が複合的に組み合わ さった結果であることがわかった.根の屈曲反応は3つ の連続した過程,屈曲形成期・屈曲維持期・屈曲停止期 に分かれる.始めは,下側の成長が阻害され上側の成長 が促進され屈曲が開始する.そして,両側の成長速度は 等しくなり根は屈曲し続ける.そして,根が垂直方向に
近づくと,上側の成長速度がゼロになり下側の成長が促 進され,屈曲が停止する(8)
.ここで留意しておきたいこ
とは,屈曲が停止するには最初に形成された器官内の非 対称な成長が逆転しなければならないということである.非対称な成長から対称な成長に移行するだけでは,屈曲 は停止することなく器官はくるくると巻いてしまう.
地上部の屈曲は,イネ科の場合は葉枕と呼ばれる節,
シロイヌナズナを含むほかの多くの植物の場合は胚軸や 茎の非対称な成長により引き起こされる.そのなかで も,維管束に隣接する感受細胞から外側に数細胞離れた 場所に位置する組織の偏差成長が屈曲の原動力となる.
根の場合とは逆に,下側の成長が促進され上側の成長が 阻害される.このように,いずれの器官においても重力 の感受部位と屈曲部位は物理的に離れており,感受細胞 で生じたシグナルを屈曲部位へと伝達し偏差成長を始動 させる仕組みが必要である.そのシグナル伝達には,移 動性の植物ホルモンであるオーキシンが関与することが 明らかとなってきた.
オーキシン偏差分布
器官の偏差的な成長は器官内に形成されたオーキシン 偏差分布によって引き起こされるとする仮説はコロド ニー・ウェント説と呼ばれ,今でも広く支持されてい る.重力刺激によって下側にオーキシンが蓄積し,地上 部ではオーキシン蓄積部位の成長を促進し,オーキシン 応答性が高い根では成長を阻害すると考えられてきた.
内生オーキシンの定量実験から,重力刺激後30分以内 に器官の上下でオーキシンの偏差的分布が検出され た(9)
.また,オーキシン応答性マーカーの発現解析や重
力初期応答遺伝子の網羅的発現解析からも,重力刺激を 受けた器官の下側でオーキシン応答が上昇することが示された(10〜12)
.これらのことから,重力方向の変化の感
受後速やかに器官内にオーキシンの偏差分布が形成され ることが実証された.
オーキシンの偏差分布に依存して細胞伸長が制御さ れ,器官屈曲が引き起こされると考えられている.オー キシンによる植物の伸長成長制御に関しては,オーキシ ンが細胞壁を含む細胞間環境を酸性化し,細胞壁を軟化 させることにより細胞伸長を引き起こすとされる「酸成 長説」が古くから提唱されている(13)
.近年のシロイヌ
ナズナを用いた分子遺伝学的研究から,酸成長説を裏づ ける分子機構が明らかになりつつある.オーキシンは,細胞膜型H+-ATPaseのリン酸化を促進し活性化するこ とでH+を細胞外へ放出し細胞外の酸性化を引き起こ
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し,引き続いて起こるK+流入とそれに伴う水の流入に より細胞が伸長成長する.細胞伸長が盛んな領域におい て発現誘導されるオーキシン早期誘導性遺伝子
( )がコードするタンパク質 は,細胞膜型H+-ATPaseを脱リン酸化するプロテイン ホスファターゼ2C-Dと相互作用してその活性を阻害す ることで,オーキシンによる細胞膜型H+-ATPaseの活 性制御に寄与することが示された(14)(図
2
).地上部の
下側で重力刺激に応じた 遺伝子の発現誘導や細 胞間領域の酸性化が報告されている(12, 15).今後,重力
などによる器官屈曲時の細胞膜型H+-ATPaseの調節機 構の詳細が明らかになっていくであろう.オーキシン極性輸送
重力刺激に応じたオーキシンの偏差分布はどのように 確立されるのだろうか? 1950年頃から放射性同位体 による標識オーキシンを投与するトレーサー実験によ り,器官内のオーキシンの動きについて多くの知見が得 られるようになった(16)
.重力刺激を与えた器官では,
標識オーキシンが下側に多く検出されることが示され,
オーキシンの偏りは組織内のオーキシンが重力側に輸送 されることにより形成されることが明らかとなった.こ のようなオーキシンの細胞間輸送システムは,「オーキ シン極性輸送」と呼ばれる.オーキシン極性輸送は,重 力屈性に限らず,光屈性,胚発生や葉脈のパターン形 成,葉・花・根などの器官の発生,頂芽優勢など,多岐 にわたる植物の形作りにおいて重要な役割を果たす(17)
.
オーキシン極性輸送のメカニズムについては長年謎で あったが,シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究に よってオーキシン輸送体が同定された.Okadaら(18)に よって花茎のオーキシン極性輸送に異常を示す突然変異 体 ( )が単離され,その後Palme, Zazi- malovaとFrimlら の グ ル ー プ(19〜21)に よ っ てPIN1がオーキシン排出輸送体であり,細胞膜上で偏って局在す ることが報告された.このオーキシン排出輸送体の細胞 内局在の偏りがオーキシン極性輸送には重要で,その偏 りが細胞間でそろうことによってオーキシンの方向性を もった移動が可能になると考えられている(図
3
A).つ
まり,オーキシン排出輸送体の細胞内局在の偏りを調べ れば,オーキシンの輸送方向を推定できるのである.そ こで,重力屈性時のオーキシン極性輸送を調べるため に,重力屈性の場である根の先端および地上部の茎およ び胚軸において,PIN1とそれに類似したPIN2および PIN3の細胞内局在が詳細に調べられた.オーキシンは維管束を通って茎の先端から根の先端に 向かって流れるが,PIN1はその維管束において主に機能 する.PIN1は維管束細胞の基部側の細胞膜上に局在し,
オーキシンを頂端から基部方向へと輸送する(19)
.重力方
向が変化してもPIN1の局在は変化することなく,維管束 におけるオーキシンの輸送方向は変わらない.一方で,PIN3は地上部の重力感受細胞である内皮細胞において 強く発現し,重力に応答して細胞内分布が変化する(22)
.
真直ぐ上方に成長している胚軸の内皮細胞では,PIN3は 細胞膜全面に存在する.植物体が重力方向に対して90度 傾くと,上側に位置する内皮細胞においてPIN3は維管 束側の細胞膜上にのみ局在するようになる(23)(図3B).
内皮細胞が維管束に隣接することから,PIN3は維管束を 流れるオーキシンを重力に依存して側方に輸送すること が考えられる.その後屈曲が進行するにつれて,今度は 下側に位置していた内皮細胞においても,PIN3が維管束 側の細胞膜に局在するようになる(24)(図3B′).それに
伴って,胚軸における非対称なオーキシン応答が解消さ れ,胚軸の屈曲が停止すると考えられている.次に,地 下部に目を移してみよう.PIN3は根の重力感受細胞・コ ルメラ細胞においても強く発現している(22).重力方向に
成長している根のコルメラ細胞ではPIN3は細胞膜全面 に局在し,維管束を通って頂端方向から輸送されてきた図2■オーキシンによる伸長成長モデル オーキシンによって発現誘導されたSAURは PP2C-Dの働きを抑制することで細胞膜上の H+-ATPaseを活性化する.オーキシンの偏差 分布はH+-ATPaseの活性化による細胞伸長を 介して器官の偏差的な伸長成長を引き起こす.
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オーキシンを周囲に拡散させる.根が横たえられた状態 になると,PIN3は重力方向側の細胞膜上に再配置され,
オーキシンを根冠の下側に輸送する(図3C)
.前述した
ように,根の屈曲は伸長領域のオーキシン依存的な偏差 成長により引き起こされる.コルメラ細胞と伸長領域は 物理的に離れており,その間をPIN2によるオーキシン極 性輸送がつなぐ.PIN2は側方根冠および表皮細胞におい て頂端側の細胞膜上に偏って局在し,コルメラ細胞から 運ばれてきたオーキシンを伸長領域へと輸送する(25).
PIN2についても,重力に応答した細胞内局在の変化が報 告されている(26).根が横たえられると,上側の表層で一
過的にPIN2の存在量が低下する一方で,下側の表層で はPIN2の存在量が一過的に上昇する(図3C).こうした
重力に応答したPIN2およびPIN3の細胞内局在の変化か ら,維管束を通って根端に集められたオーキシンがコル メラ細胞において重力方向に再分配され,側方根冠およ び表層を通って伸長領域の下側により多く輸送されると 考えられている.オーキシン極性輸送の制御
では,重力方向の変化に応答してPINの局在を変化 させる分子機構は一体いかなるものなのか? この問題 についても,近年のシロイヌナズナを用いた分子生物学 的研究が解明の端緒を開きつつある.横たわった根の上 側ではPIN2はユビキチン化され液胞へと運ばれ分解さ れる一方で,下側ではPIN2のエンドサイトーシスと液 胞への輸送が調節されることで細胞膜上の存在量が調節 されている(27)
.そして,これらのPIN2の量的制御が
オーキシンにより調節されることから,コルメラ細胞に よるオーキシンの再分配に端を発するフィードバック制 御であることが示唆されている.コルメラ細胞でのPIN3の再配置制御については,分子シャペロンとして 機能することが予想されるJドメインをもつALTERED RESPONSE TO GRAVITY1(ARG1)とその類似タン パク質ARG1-LIKE2(ARL2)の関与が報告されてい る(27)
.ARG1とARL2はコルメラ細胞で細胞膜近傍に局
在し,PIN3の再配置を制御する重力シグナル伝達因子 と考えられているが,詳細な分子機能はいまだ明らかに されていない.また最近,オーキシン極性輸送の制御が 上述のようなPINの細胞内局在制御だけではなく,リン 酸化を介したPINのオーキシン輸送能の制御にもよる ことがわかってきた(28).PINとの関連性はまだ不明であ
るが,植物に特有の機能未知タンパク質LAZY1ファミ リーがオーキシン極性輸送制御にかかわる可能性が示唆 されている.イネ・トウモロコシ・シロイヌナズナ・ウ マゴヤシ(マメ科の1属)において ファミリー は重力屈性に関与することが示されており(29〜32),特に
イネおよびシロイヌナズナでは重力感受細胞を含む組織 で発現し,重力屈性時のオーキシンの器官内偏差分布の 形成に機能する因子として報告されている.ファミリー遺伝子群の機能の部分的な欠失は重力屈性能 の低下を招く一方で,完全に機能が失われると屈曲方向 が逆転する(33)
.重力とは反対方向に根が成長する変異
体のコルメラ細胞においてアミロプラストが野生型と同 じように沈降することから(34),
ファミリーはア ミロプラストの沈降方向にオーキシンを再分配する機能 を有していることが示唆される.さらに,機能欠損変異 体が示す逆転した重力屈性は,植物が本来もつ重力屈性 の負の制御機構が顕在化した可能性が考えられ,非常に 興味深い.正常重力屈性は ファミリーなどの正 の制御因子が未知の負の制御因子に対して優性に働くこ とによって成し遂げられるのかもしれない.残念ながら 現時点では,LAZY1ファミリータンパク質としての分図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送 A:PINによるオーキシン極性輸送.緑は細 胞膜上のPIN局在を,赤矢印はオーキシンの 輸送方向を表す.B:横倒しになった胚軸に おけるPIN3の局在.上側に位置する内皮細 胞においてPIN3の局在が変化し,オーキシ ンが胚軸下側の表層に蓄積する.B′:十分に 屈曲した胚軸におけるPIN3の局在.下側に 位置していた内皮細胞においてPIN3の局在 が変化し,表層の偏差的なオーキシン蓄積が 解消される.C:根の先端におけるPIN2お よびPIN3の局在.上側に位置する表層細胞 ではPIN2は分解される.コルメラ細胞の PIN3は下側の細胞膜へと局在を変化させる.
根端表層の下側にオーキシンが蓄積する.
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子機能についてはほとんど理解が進んでおらず,負の制 御因子も未同定である.しかし,今後の ファミ リーの機能解析が,重力屈性を理解するうえで重要な洞 察を与えてくれることは間違いないであろう.
傾斜重力屈性
これまでは主にシロイヌナズナの最初の根(主根)お よび最初の茎(主茎)の正常重力屈性について解説して きたが,この章では主根および主茎から枝分かれして生 じる側根および側枝の成長方向の制御について紹介す る.主根および主茎は前述のとおりそれぞれ重力に正お よび負の方向に成長する一方で,側根および側枝は一定 の角度を保って傾斜して成長する(図
4
).これも重力
応答により制御されており,傾斜重力屈性と呼ばれる.傾斜重力屈性を制御する機構については長年謎であった が,最近の研究から解明の糸口が見つかっている.
主根の正常重力屈性と同様の機構が側根の傾斜重力屈 性においても重要な役割を果たす.側根のコルメラ細胞 において非対称な局在を示すPIN3が,側根先端に非対 称なオーキシン応答そして側根の偏差成長を引き起こ し,傾 斜 成 長 角 度 に 影 響 を 与 え て い る(33)
.
ま た,ファミリーは主根および主茎の正常重力屈性だ けではなく,側根および側枝の傾斜重力屈性も制御す
る(31, 35)
.
ファミリーの機能欠損変異体では側枝が垂れ側根が横方向に成長するという表現型が観察され た(図4)
.
ファミリーは傾斜重力屈性においても重力屈性を正に制御することで角度を調節し,またこ れら変異体の表現型は,主根や主茎の場合と同様に重力 屈性の負の制御が顕在化したものと考えることができ る.傾斜屈性を説明する仮説として,重力屈性を相殺す るような要素(抗重力屈性)の存在を想定し,傾斜重力 屈性は重力屈性と抗重力屈性のバランスの結果であると するものが提示されているが(36)
,
ファミリーは この仮説を裏づける鍵となるかもしれない(図4).推
定上の抗重力屈性についても,興味深い研究結果が報告 されている.イネ・トウモロコシ・モモ・シロイヌナズ ナを用いた分子遺伝学的研究によって,傾斜重力屈性を制御する鍵因子 ( )が同
定された(37〜39)
.
の機能を失うと側枝がより上向きに成長し,過剰に機能させると側枝が横向きに成長す ることから, は傾斜重力屈性における抗重力屈性 に関与すると考えることができる.さらに興味深いこと に,TAC1はLAZY1に類似したタンパク質であるが,
LAZY1ファミリーのメンバー間で高度に保存されてい る機能発揮に重要なC末端配列を欠く(39)
.このことは
TAC1がLAZY1ファミリーの仲介する重力応答シグナ ル伝達を阻害する可能性を示唆しており,側枝の傾斜重 力屈性はLAZY1ファミリーとTAC1の機能バランスに よって制御されているのかもしれない.こうして見てみると,正常重力屈性においても傾斜重 力屈性においても共通してLAZY1ファミリーとその逆 の機能をもった負の制御因子が拮抗して働くという重力 応答機構が浮かび上がってくる.ここで思い出して欲し いのは,重力屈性過程には屈曲停止期が存在し,屈曲が 停止するには最初に形成された器官内の偏差成長が逆転 する必要があるということである.LAZY1ファミリー が屈曲形成期の偏差成長を制御し,負の制御因子が屈曲 停止期の逆転した偏差成長を制御すると考えることはで きないだろうか? そして,側根や側枝の傾斜重力屈性 では,負の制御因子が働き始めるタイミングが主根や主 茎に比べて早く,傾斜屈曲中に停止してしまうと考える こともできる.何がこのタイミングを制御しているのか 気になるところではあるが,傾斜重力屈性において重力 感受細胞におけるオーキシンシグナル伝達が抗重力屈性 を制御するという報告がある(40)
.主根と側根,および
主茎と側枝間でオーキシンの量もしくは応答に差があ り,オーキシンシグナル伝達が負の制御因子の作動タイ ミングを制御するというのは十分ありうる仮説である.図4■傾斜重力屈性
左:側枝は斜め上方,側根は斜め下方に成長する.側根の根端で はオーキシンが下側に一過的に蓄積する.右: 多重変異体の 側枝は垂れ,根は横もしくは上方を向いて成長する.側根の根端 におけるオーキシンの蓄積パターンは逆転する(34).
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プロフィール
古谷 将彦(Masahiko FURUTANI)
<略歴>2000年東京大学理学部生物学科 卒業/2005年奈良先端科学技術大学大学 院大学バイオサイエンス研究科博士課程修 了/同年同博士研究員/2006年同助手/
2007年同助教/2014年同准教授/2016年 名古屋大学生命農学研究科特任助教,現在 に至る<研究テーマと抱負>オーキシン極 性 輸 送,胚 発 生,器 官 形 成<趣 味>ス キューバダイビング,ランニング 西村 岳志(Takeshi NISHIMURA)
<略歴>2007年日本学術振興会特別研究 員(DC1)/2010年首都大学東京博士後期 課程修了(理学)/同年同大学客員研究 員/2012年農業生物資源研究所研究員/
2015年名古屋大学生命農学研究科特任助 教,現在に至る<研究テーマと抱負>植物 ホルモンオーキシンの生合成や輸送にかか わる研究に携わってきた.現在は重力感受 から屈性の間をつなぐ新たな分子機構の発 見と解明を目指して研究を行っている.低 分子化合物を扱った実験が得意
森田(寺尾) 美代(Miyo Terao MORITA)
<略歴>1995年京都大学大学院理学研究 科植物学専攻博士課程修了,博士(理学)
取得,(株)HSP研究所研究員/奈良先端 科学技術大学院大学助手,助教授,准教授 を経て,2013年から名古屋大学教授<研 究テーマと抱負>植物の環境応答について 受容分子から個体応答までつなげて理解し たい<趣味>子育てや家事など仕事以外で やらないといけないことを楽しむことにし ている
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.624
日本農芸化学会