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化学と生物 Vol. 53, No. 4, 2015
バクテリア滑走運動の新しいメカニズム
戦車のような仕組みで動くバクテリア
生物は,バクテリアからヒトに至るまで,自発的に運 動する仕組みを細胞・組織レベルで備えており,周りの 環境などに応じて驚くほど多様なメカニズムを発達させ てきた.たとえば,最もシンプルな生物であるバクテリ アに注目すると,その運動様式は,べん毛の回転,線毛 の収縮,あしの結合・解離など実に多様であり(以下の サイト参照http://bunshi5.bio.nagoya-u.ac.jp/~mycmobile/
video/),それぞれの力発生にかかわるタンパク質を比 べてみても相同性は見られない(1).その中でも,べん毛 はバクテリアの生体運動において最も研究が進展してい る仕組みと言える.しかし一方,その他の生体運動の研 究は,べん毛には遠く及ばない.多様な作動原理をくま なく追及することは,生体運動研究に新たな展開を与え るだけでなく,医学・工学分野への応用研究にもつなが る可能性がある.
バクテロイデス門に属する細菌は,土壌,海洋,腸内 など,あらゆる環境に生息している(2).これらの多く は,ガラスなどの固形物表面上で,前進・後進・反転・
回転などの活発な運動を示し,まるで踊っているかのよ うに見える(図
1
A).この運動は何十年も前に報告され ていたが,詳細なメカニズムは全くわかっていなかっ た.最近私たちは,複雑に見える上記の運動様式を説明 する新しいモデルを提案した(3).実験には,このタイプの運動を示すものの中では最も
研究が進んでいる土壌細菌
を用いた.これまでに十数種類にも及ぶ運動関連タンパ ク質群が同定されているが,ほとんどが機能未知である ため,形や動きに関する情報は乏しく十分な理解は得ら れていなかった(2).
本研究では,外膜表面で接着因子として機能する 700 kDaのタンパク質SprBに注目し,その機能ダイナ ミクスを明らかにした.まず,抗体と蛍光色素を用いて SprBタンパク質を標識すると,たくさんのドット状の 局在を観察することができた(図1B).驚いたことに,
このタンパク質は,まるで,ベルトコンベアのように常 にバクテリアの膜表面を流れるように動き回っていたの である(図1C).キモグラフを見ると,その動きには規 則性があり,細胞の長軸方向に沿って,極から極へと何 度も往復する様子が見て取れる.注目すべきは,タンパ ク質の見かけの速さである.運動をしていない細胞の場 合,見 か け の 速 さ は−2
μ
m/sと2μ
m/sと い う2つ の ピークを示した.ところが,細胞が直進運動するとき,見かけの速さは進行方向に対して,0
μ
m/sと4μ
m/sと なり,細胞の運動速度である2μ
m/sだけピーク位置が シフトしていた(図1D).これは,戦車などの駆動装置 であるキャタピラをイメージすると理解しやすい.キャ タピラ自身は,内部のモーターによって,常に一定の速 さで両方向へ流れている.ところが戦車が前進する際に図1■(A)バクテロイデス門細菌の運動の模式図.ガラス表面上での速さは約2 μm/s. (B)接着タンパク質(SprB)の免疫蛍光 像.(C)直進運動する細胞において,接着タンパク質が膜表面を動く様子.上:2秒間のビデオを青から赤へ異なる色をつけ,1枚 の画像に統合した.中:SprBの静止画像の上に,バクテリアの形状を点線で重ねている.下:SprBの動きのキモグラフ.細胞の長 軸方向に沿って,規則的に輝点が動いている.細胞の極の位置を点線で示している.(D)バクテリアの運動時と停止時における接着 因子の見かけの速さの違い.(E)バクテリア細胞に存在する左巻きらせんの模式図.赤と青のらせんに沿って接着タンパク質が動 く.細胞が前進するときには,オレンジ色の矢印で示すように左に回転しながら推進するというモデル(3, 7)
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は,下側のキャタピラは地面をしっかりとつかむが,上 側のキャタピラは地面とは離れているため,見かけの速 さに違いがでる.あくまで仮説であるが,バクテリアの 体の中にキャタピラのような機構が存在しており,膜表 面タンパク質と固体表面との接着力を変えているとすれ ば,上記の観察結果との辻褄が合う.
このような 戦車 の運動モデルが正しいとすると,
図1Aで示したような複雑な運動様式はどのようにして 達成されているのだろうか.先ほどのタンパク質の振る 舞いをさらに詳細に解析するために,全反射顕微鏡を用 いて細胞下半分を可視化した.すると,膜表面の流れに は規則性があり,進行方向から反時計回りに約20度の ピッチ角をもつことが明らかとなった.これは,バクテ リアの体の中に,左巻きのらせんの レール が存在す ることを意味している(図1E).もし,タンパク質が接 着力を変えながら,左巻きらせんに沿って動くとする と,生じた逆方向の流れによって,細胞は極や中心など でくるっと回転しそうである.このような簡単な仕組み で,一見,複雑な運動の仕組みを綺麗に説明することが できるかもしれない.
既存の生体運動の力発生のエネルギー源に注目する と,真核生物はATP加水分解による並進運動,バクテ リアべん毛はプロトン駆動力(PMF)による回転運動 である.興味深いことに,本研究で注目したタンパク質 は,PMF阻害剤の添加により,すぐに運動が停止した.
モータータンパク質は未同定であるため,仮説の域を出 ないが,もし,プロトン駆動力により並進運動が生じて いるのだとすれば,これまでの生体運動研究では説明の できない,新しい作動原理が潜んでいるのかもしれな い.
この滑走運動にかかわるタンパク質群は,バクテロイ デス門に属する細菌が引き起こすさまざまな感染症と深 く結びついている(2).たとえば,歯周病原細菌やアユ冷 水病原細菌などの病原細菌にも滑走運動関連遺伝子のオ ルソログが保存されている.興味深いことに,それらは 運動性のみならず病原性プロテアーゼの分泌にも必須の 遺伝子であることから(4),バクテリアの新しいタンパク 質分泌システム(IX型分泌装置)としても注目されて いる(5).本研究で注目している運動マシナリーの全容解
明により,ユニークな生体運動の作用機序がわかるだけ
でなく(6, 7),これらのバクテリアが独自に発達させたタ
ンパク質輸送システムや,この分泌システムが環境下で 果たす役割についても明らかにすることができるかもし れない.
1) K. F. Jarrell & M. J. McBride: , 6, 466 (2008).
2) M. J. McBride & Y. Zhu: , 195, 270 (2013).
3) D. Nakane, K. Sato, H. Wada, M. J. McBride & K. Na-
kayama: , 110, 11145 (2013).
4) K. Sato, M. Naito, H. Yukitake, H. Hirakawa, M. Shoji, M.
J. McBride, R. G. Rhodes & K. Nakayama:
, 107, 276 (2010).
5) C. Chagnot, M. A. Zorgani, T. Astruc & M. Desvaux:
, 4, 303 (2013).
6) B. Nan, M. J. McBride, J. Chen, D. R. Zusman & G. Oster:
, 24, R169 (2014).
7) H. Wada, D. Nakane & H. Y. Chen: , 111, 248102 (2013).
(中根大介
*
1,中山浩次*
2,西坂崇之*
1,*
1 学習院大学 理学部,*
2 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)プロフィル
中根 大介(Daisuke NAKANE)
<略歴>2010年大阪市立大学博士課程修 了/同年日本学術振興会特別研究員/2013 年学習院大学理学部助教<研究テーマと抱 負>バクテリアがもつユニークな生体運動 の仕組み<趣味>散歩,緩やかな滑走運動
中山 浩次(Koji NAKAYAMA)
<略歴>1981年九州大学歯学部博士課程 修了/2000年長崎大学教授<研究テーマ と抱負>歯周病原細菌の分子遺伝学的研究
西坂 崇之(Takayuki NISHIZAKA)
<略 歴>1996年 早 稲 田 大 学 博 士 課 程 修 了/2003年 学 習 院 大 学 理 学 部 助 教 授/
2008年同大学教授<研究テーマと抱負>
独自に開発した光学顕微鏡によって生体分 子モーターの作動原理を明らかにしようと している<趣味>水草<所属研究室ホーム ページ>http://www.gakushuin.ac.jp/univ/
sci/phys/nishizaka/lab/index.html Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会