808 化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015
超耐熱性 β グルコシダーゼの結晶構造解析
いかにして高品質結晶を調製するか
結晶とは原子や分子が周期性を有して規則正しく並ん だもので,X線を照射して得られる回折像を解析するこ とで分子や原子の電子密度図が得られる.得られる電子 密度の確からしさは結晶の質に依存するため結晶構造解 析には高品質の結晶が望まれる.高品質結晶を得るため の第一歩は高純度なタンパク質標品を得ることである が,それ以外にも課題が散見される.一つの方法とし て,強固な結晶パッキングを形成させるため,タンパク 質分子の強固な構造領域のみを選び出して結晶化する方
法(1, 2)がある.また,表面エントロピー減少法(3)と呼ば
れる方法では,多様なコンフォメーションを取り得るア ミノ酸側鎖を除去することで結晶のパッキングを向上さ せる.そして,もう一つの方法は人工的対称化法(4, 5)で ある.一般に多量体構造を形成するタンパク質は容易に 結晶化されることが知られており,タンパク質を人工的 に多量体化させ結晶化に成功したという事例(6)も存在す る.
本稿では,超好熱性アーキアである
由来の耐熱性酵素
β
グルコシダーゼ(BGLPf)の結 晶構造解析を取り上げる.BGLPfは高温下において安 定で種々のセロオリゴ糖を完全に単糖にまで加水分解す るため,セルロース系バイオマス糖化行程への応用が期 待されている(7).1996年本酵素が発見されて以降,その 結晶構造解析研究も長期にわたり行われてきた.本酵素 は安定な多量体構造をとるため容易に結晶化され構造解 析も容易であると予想されていたが,何事にも例外は存 在するらしい.2000年Kaperらは本酵素の結晶調製に成功したが,その質が悪く構造解析およびモデル構築に 至らなかった(8).2011年ようやく筆者らのグループ
(Kadoら)が結晶に脱水処理を施すことで結晶の改良に 成功,低分解能(2.35 Å)であるが本酵素のモデル構築 に初めて成功した(9).2013年筆者らは独自の方法で本酵 素の高品質結晶を調製し,高分解能の結晶構造解析に成 功した(10).その詳細を以下に述べる.
Kadoらが構造決定に成功したBGLPf結晶の空間群は 43212,非対称単位にサブユニットが4つ(四量体が一 つ)含まれている(9).サブユニットをそれぞれA, B, C, Dとすると,BGLPf四量体には図1aに示されるように 互いに直交する3本の非結晶学的2回対称軸が存在する.
BGLPfが良い結晶にならない理由を探るため,筆者ら はこの低品質の結晶パッキング構造を精査することにし た.本酵素の結晶構造中には,四量体の維持ではなく,
結晶を維持するための相互作用も見られる.下記に四量 体分子間において考察する.サブユニットB‒A間に 見られる結晶維持の相互作用(図1b)の接触面積は 685.1 Å2これは比較的強固であり,結晶中に見られる43
螺旋対称は,主にこの相互作用によりサブユニットBと Aが連結されることで生じる.なお,この結晶ではサブ ユニットC‒C間およびC‒D間にも結晶成長に寄与する 相互作用が見られ, 軸と直交する方向へ結晶を成長さ せるのであるが接触面積は小さく(300 Å2以下)相互作 用は脆弱である.すなわち, 軸と直交する方向への結 晶を維持する相互作用が不十分であるため結晶の質が悪 いのであろうと考えた.また,そのほかの有意な接触お
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よび相互作用は見られなかった.ところで,ここに一つ の疑問が生じる.結晶中でサブユニットB‒A間に見ら れる相互作用はサブユニットD‒C間には起こらないの だろうか.4つのサブユニットA, B, C, Dは本質的にす べて同じである.同じアミノ酸配列を有し,同じ構造を とる.それにもかかわらず,なぜ結晶中ではサブユニッ トBとAだけが広い面積で接するのだろうか.筆者らは 試しにB‒A間に見られたものと同様の相互作用がD‒C 間にも起こった場合を作図してみた(図2).サブユ ニットB‒Aが連結されることにより生じる螺旋対称軸,
D‒Cが連結されることにより生じる螺旋対称軸,そし て四量体に見られる非結晶学的な2回対称軸,ところ が,これら3本が平行でないため良好な結晶パッキング はできないのである.ここでアナログ的実験を行ってみ た.折り紙により四量体分子模型を造って図2を真似,
B‒AおよびC‒D螺旋対称軸を造ってみた.すると,四 量体分子模型を少し歪ませることでB‒AおよびC‒D螺 旋対称軸を平行にして,良好な結晶パッキングを示す模 型ができたのである(図3).実際の四量体では螺旋対 称軸と四量体に見られる2回対称軸とが平行ではないた
図2■結晶成長過程でサブユニットB‒A 間の相互作用がサブユニットD‒C間にも 起こった場合を想定する
図1■BGLPf四量体(a)およびBGLPf結晶のパッキング(b)
互いに直交する3本の2回対称を矢印と凸レンズ記号で示す(a).単位格子を長方形で,ベクトル , を赤い矢印で示す.非対称単位に含 まれる四量体を空間充填モデルで,それ以外をリボンモデルで示す(b).
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810 化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015 図3■架空の結晶模型
BGLPf四量体の結晶成長過程で,仮にサブ ユニットB‒A間に見られる相互作用がサブ ユニットD‒C間にも起こり,なおかつ,2 つの螺旋対称軸が平行であった場合.
図4■変異体BGLPf-M3の結晶構造
結晶中の非対称単位に含まれる4つのサブユニットP, Q, R, Sをそれぞれ赤,緑,青,黄で示す.この結晶は二通りの偽四量体PP′QQ′と RR′SS′から成る.結晶の空間群は 2であり, 軸はこの紙面に垂直である.野生型BGLPfに見られた43螺旋対称軸は形成されていない.
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め図3のような結晶はできない.しかし,仮に図3に示 す模型のように結晶が成長するのであれば,結晶を維持 する相互作用は,四量体を維持する相互作用を除けば たった一つで良い.その一つというのはBGLPfの結晶 のサブユニットB‒A間に見られる相互作用である.結 論を先に述べるが,筆者らはBGLPfの四量体構造にお いて静電気的に強く相互作用しているアミノ酸3残基を 見いだし,この相互作用を弱める目的で変異を導入し
(BGLPf-M3),四量体構造を部分的にほぐすことで模型 と同様の結晶を得ることに成功した(10).本変異導入に より,酵素の耐熱性は約10度低下したが,活性の低下 は 見 ら れ な か っ た.注 目 す べ き は,予 想 ど お り,
BGLPf-M3の結晶が野生型BGLPf結晶よりも高品質で あったことである.BGLPf-M3の分解能1.7 Å,空間群 は 2,非対称単位にサブユニットが4つ(二量体が2 つ)含まれていた.一見異なる結晶に思えたが,結晶の パッキングは先に紹介した模型(図3)とそっくりであ る(図4).上述したように,模型の結晶およびBGLPf- M3の結晶は,四量体の形成に寄与する相互作用を除け ば,たった一つの相互作用で維持されている.すなわ ち,結晶の多量体構造を犠牲にして,四量体構造を部分 的に破壊することで,結晶のパッキングに寄与する接触 面積を大きくすることにより結晶の高品質化および高分 解能結晶構造解析に成功した.
結晶構造解析の過程の中でも,高品質結晶の作成はボ トルネックとして知られる.一般に多量体構造をとるタ ンパク質は結晶成長に寄与する相互作用が少なくて済む ため,結晶化が容易である.しかしながらBGLPfでは 強く結合した四量体構造が高品質結晶の成長の妨げと なったことが窺える.一般に多量体構造をとる安定なタ ンパク質は容易に結晶化されるということを否定した
「逆転の発想」である.
1) D. Pantazatos, J. S. Kim, H. E. Klock, R. C. Stevens, I. A.
Wilson, S. A. Lesley & V. L. Woods, Jr.:
, 101, 751 (2004).
2) G. Spraggon, D. Pantazatos, H. E. Klock, I. A. Wilson, V.
L. Woods, Jr. & S. A. Lesley: , 13, 3187 (2004).
3) Z. S. Derewenda: , 12, 529 (2004).
4) D. R. Banatao, D. Cascio, C. S. Crowley, M. R. Fleissner, H. L. Tienson & T. O. Yeates:
, 103, 16230 (2006).
5) A. Laganowsky, M. Zhao, A. B. Soriaga, M. R. Sawaya, D.
Cascio & T. O. Yeates: , 20, 1876 (2011).
6) H. Yamada, T. Tamada, M. Kosaka, K. Miyata, S. Fujiki, M. Tano, M. Moriya, M. Yamanishi, E. Honjo, H. Tada
: , 16, 1389 (2007).
7) M. W. Bauer, E. J. Bylina, R. V. Swanson & R. M. Kelly:
, 271, 23749 (1996).
8) T. Kaper, J. H. Lebbink, J. Pouwels, J. Kopp, G. E. Schulz, J. Oost & W. M. Vos: , 39, 4963 (2000).
9) Y. Kado, T. Inoue & K. Ishikawa:
, 67, 1473 (2011).
10) M. Nakabayashi, M. Kataoka, Y. Mishima, Y. Maeno & K.
Ishikawa: , 70, 877
(2014).
(中林 誠*1,石川一彦*2,*1 岡山大学大学院自然科学 研究科,*2 産業技術総合研究所バイオマスリファイナ リー研究センター関西センター)
プロフィル
中 林 誠(Makoto NAKABAYASHI)
<略歴>2006年姫路工業大学大学院理学 研究科生命科学専攻博士後期課程修了/同 年東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研 究部特任助手/2012年産業技術総合研究 所特別研究員/2014年岡山大学大学院自 然科学研究科特任助教<研究テーマと抱 負>タンパク質の結晶構造解析,高品質結 晶の作製<趣味>テレマークスキー,山歩 き
石川 一彦(Kazuhiko ISHIKAWA)
<略 歴>1984年 京 都 大 学 大 学 院 農 学 研 究科酵素化学研究室修士課程修了/同年 通商産業省工業技術院化学技術研究所入 所(国家公務員農芸化学)/1993〜1995年 NRC(Canada)博士研究員/1997〜1998 年CNRS(France) 博 士 研 究 員/2000年 産業技術総合研究所主任研究員/2012年 同研究所バイオマスリファイナー研究セン ター酵素利用チーム長/2014年同研究所 関西センター総括主幹<研究テーマと抱 負>酵素反応解析,構造生物学,タンパク 質工学,酵素の耐熱化および産業応用<趣 味>スキー,昆虫採集,模型作製
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.808