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化学と生物 Vol. 55, No. 2, 2017
“おいしさ”創りのための受容体活用
味メカニズムに基づく新味覚化合物の発見が , “おいしさ”創りを変革する
おいしさ を向上させる技術がどう人類に貢献する だろう? 地味な技術にみえるが,とても幅広く貢献す ると思っている.すなわち,1)食しにくい栄養を摂り やすくする.また,ナトリウム・糖・脂肪などの過剰栄 養摂取を制御できる.したがって,栄養・健康の向上に つながる.2)簡単に おいしく を進めることができ,
調理時間の軽減や食品製造の簡素化になる.したがっ て,働き方改善につながる.3)いっしょにおいしいも のを食するとコミュニケーションがはずみ,相互信頼が 開花する.大きく言うと社会平和につながる.では,農 芸化学はどう おいしさ 向上に関係しているだろう.
おいしさ 向上化合物を食品から単離・同定すること や,それら化合物の生成機序を解明し効率的に生産でき る技術を研究開発することは農芸化学にほかならない.
ただ,化合物スクリーニング時の測定が農芸化学的とい うよりヒトの官能評価主体だったと思う.筆者自身,長 きにわたり官能評価を頼りに有効な化合物をスクリーニ ングし調味技術へつなげてきた.しかし,2000年以降 のさまざまな味覚受容体発見により,スキームが変容し ようとしている.スクリーニング時測定法への農芸化学 的アプローチの始まりである.ここでは筆者がかかわる 味覚関連研究からその一端を示したい.
外部刺激(触覚,聴覚,視覚,嗅覚,味覚など)を受 容するために生物の細胞は表面にさまざまな受容体を発 現させている.舌部に存在する味細胞においても,2000 年に,タンパク質T2Rsを,「苦味」味覚受容体(1)とし て認めたという報告がされ,それを皮切りに多数の味覚 受容体・チャネルが見いだされた.味覚は,これら味覚 受容体が化合物を受容し,味細胞が神経伝達物質を放 出,それによる神経シグナルが脳へ伝達され,発現する と捉えられている. おいしさ は,その味覚情報に加 え,嗅覚・触覚・温度感覚・視覚など情報が大脳皮質連 合野に集結し,内臓感覚の情報とともに扁桃体(へんと うたい)へ伝わり,食体験情報などと照合され,好まし いと判断された場合の高揚・安堵した状態と捉えられて いる.したがって,味覚受容体の活性化は, おいしさ への重要な起点の一つと考えられる.
味覚受容体の おいしさ 向上への活用だが,2つ考
えられる.一つは味センサーであろう.もう一つは有望 な味覚化合物のスクリーニングであろう.前者について は,ヒトの舌部のコピーとなるような味覚受容体を発現 させた細胞群を作成し,安定的に味サンプルの情報を取 得できるセンサー群とし,そのセンサーに人が おいし い と認知するパターンを十分に記憶させれば,気持 ち・疲れ・環境などによって感度が振れるヒトの官能評 価に比べ,正確に おいしさ 向上条件を捜せるだろ う.ただ,現実には味覚受容体すべてを把握できている わけではないし,さまざまな受容体を理にかなったコス トで有効に稼働させることも至難の業と思われる.
後者については,単独の味覚受容体から始めるので,
受容体の選択がポイントだが,前者ほどの困難なく お いしさ 創りに活用できるだろう.また受容体を発現さ せた培養細胞を利用するので,サンプルに関し,ヒトの 官能評価に比べごく微量で済ますことができる.筆者ら は後者を検討中である.具体的には, グルタチオン の味覚受容体を用い, 基本味 とは異なる 味覚修飾 化合物のスクリーニングを進めている. 味覚修飾 と は,たとえば「酸味を強めているが,刺激的な酢カドは 抑えられている」というように,味の増強ではなく特徴 を変化させることと理解される.一方, 味覚増強 の 例としては, グルタミン酸 の うま味 に 核酸 を合わせことで発現する 相乗効果 があるだろう.
グルタチオン の味覚受容体としては,いくつかのペ プチドを受容し,舌部にも存在するCaSR(Ca感知受容 体)が絞り込まれた.CaSRアゴニストのスクリーニン グからは,熟成チーズなどに存在し グルタチオン の 10分の1の濃度でも高い 味覚修飾 を発揮するトリペ プチド “
γ
-Glu-Val-Gly” が発見された(2).本化合物につ いては,低脂肪ピーナッツバターの味質が改善されたと の報告(3)があり,さまざまな食品への利用が期待でき る.本手法の現状だが,絞り込み中の化合物が複数の味 作用を発現する場合があり,「化合物が実際に有効か」判断するために,訓練をつんだヒトによる官能評価を複 数回実施する必要がある.
ここまで読まれた読者が, 味覚増強 や 味覚修飾 のメカニズムについて興味をもたれているのではと思
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い,関係するいくつかの報告を次に示す. グルタミン 酸 と 核酸 による うま味の相乗効果 について は, グルタミン酸 の受容体T1R1・T1R3への受容と ともに, 核酸 の同受容体にある別サイトへの受容が 観察されている(4). グルタチオン ,“
γ
-Glu-Val-Gly” の 作用に関しては,マウス神経において, うま味物質 溶液のシグナルが, グルタチオン の付加によって増 幅されることを観察した報告(5)がある.また,CaSRと うま味・甘味受容体を発現する味細胞が異なることを確 認した報告(6)があり,CaSR発現味細胞から別味細胞へ の作用が考えられる.したがって,嗅覚において,脳だ けではない嗅覚受容体・嗅細胞・嗅球など神経末端周辺 での情報変化が知られるが,味覚においても,嗅覚とは 様式が異なるだろうが,末端周辺での情報変化が多々あ ると考えられる(図1).以降,結びとなる. おいしさ を向上させる技術創 りは,農芸化学的アプローチにおける受容体を含む神経 末端から脳までの神経生理学的な研究が進むことで,新 たな価値が生まれるフロンティア領域だと思う.官能評 価技術が神経生理学知見を吸収し発展すれば,さらに加 速するだろう. おいしさ を向上させる技術創りは,
平和的に世界に貢献する,まさに日本的な科学技術分野 だと考える.
1) J. Chandrashekar, K. L. Mueller, M. A. Hoon, E. Adler, L.
Feng, W. Guo, C. S. Zuker & N. J. Ryba: , 100, 703 (2000).
2) T. Ohsu, Y. Amino, H. Nagasaki, T. Yamanaka, S.
Takeshita, T. Hatanaka, Y. Maruyama, N. Miyamura &
Y. Eto: , 285, 1016 (2010).
3) N. Miyamura, S. Jo, M. Kuroda & T. Kouda: , 4, 16 (2015).
4) F. Zhang, B. Klebansky, R. M. Fine, H. Xu, A. Pronin, H.
Liu, C. Tachdjan & X. Li: ,
106, 20930 (2008).
5) T. Yamamoto, U. Watanabe, M. Fujimoto & N. Sako:
, 34, 809 (2009).
6) 宮 村 直 宏,丸 山 豊:日 本 味 と 匂 い 学 会 誌,19, 205 (2012).
(宮村直宏,味の素株式会社食品事業本部食品研究所)
プロフィール
宮村 直宏(Naohiro MIYAMURA)
<略歴>1981年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/1983年同大学大学院農学研究 科修了/同年味の素株式会社入社/2013 年味の素株式会社理事食品研究所<研究 テーマと抱負>味覚化合物の機能評価,実 用化および作用機序研究<趣味>サイクリ ングとそのあとの食事&温泉
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.81
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図1■ おいしさ に至る情報伝達・変化の イメージ図(味覚の一例)