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地域社会の構築とソーシャルワーカーの役割 -NPOに雇用されているソーシャルワーカーがその可能性を切りひらく-

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地域社会の構築とソーシャルワーカーの役割 −

NPOに雇用されているソーシャルワーカーがその可

能性を切りひらく−

著者

中島 康晴

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第18987号

URL

http://hdl.handle.net/10097/00128188

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1 博士論文

地域社会の構築とソーシャルワーカーの役割

―NPO に雇用されているソーシャルワーカーがその可能性を切りひらく―

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2 目次 序 問題の背景-社会福祉政策をめぐる動向と人間の尊厳保障- ... 7 第 1 節 人間の尊厳保障を阻害している問題の背景 ... 7 1.「格差」と「分断」を進捗させる新自由主義 ... 7 2.これまでの社会福祉政策の動向 ... 8 3.「地域包括ケア」から「地域共生社会」までの道程 ... 10 4.人間の権利擁護に資する真の「地域包括ケア」と「地域共生社会」に 向けて ... 15 5.新自由主義に対する現実的抵抗としてのソーシャルワーク考 ... 19 第 1 章 課題の設定と分析視座-ソーシャルワークの実践課題- ... 21 第 1 節 ソーシャルワークの原点 ... 21 1.本論文における「ソーシャルワーカー」を規定する ... 21 2.社会環境への着目 ... 22 3.ソーシャルワーカーは専門職か ... 23 第 2 節 現代の国際定義からみるソーシャルワーク-中核にある「社会変 革」- ... 25 1.「ソーシャルワーク(専門職)のグローバル定義」の特徴 ... 25 2.国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)による定義の共通項 ... 30 第 3 節 現代における日本のソーシャルワークの実相-捨象された「社会 変革」- ... 33 1.組織に雇用されるソーシャルワーカー-組織変革の実践と理論の欠落 - ... 34 2.ソーシャルワークの価値の捨象 ... 37 3.「社会変革」における「社会」の実体の不明瞭さ ... 39 第 4 節 「社会変革」の停滞を打破する方途の検討 ... 42 1.人びとの身近で継続的な社会環境としての地域 ... 42 2.関係構造が個人のアイデンティティに与える影響 ... 44 第 5 節 あるべきソーシャルワーカーの姿を求めて ... 46 1.これからのソーシャルワークのあるべき姿 ... 46 2.本論文で明示するべき 2 つの視座 ... 49 第6節 多様な他者との関係構造の変容を促進する方途 ... 50 1.「出逢い直し」のすすめ ... 50 2.「出会い」と「出逢い」の相違 ... 51

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3 3.「出逢いの不在」と「出逢いの失敗」 ... 53 第7節 本章のまとめ ... 55 第 2 章 先行研究のレビューと研究の方法 ... 58 第 1 節 先行研究の概括 ... 58 1.先行研究 4 つの潮流 ... 58 2.ソーシャルワーカーが所属する組織の整理 ... 59 第 2 節 先行研究の検討 ... 61 1.ソーシャルワークの「社会変革理論」 ... 61 2.「人びと」の身近な環境における「社会変革」の研究 ... 71 3.教育学の理論を探る「参加としての学習」の援用 ... 76 4.ソーシャルワークを促進する組織運営の理論 ... 80 第 3 節 本研究の課題と方法... 83 1.研究の対象 ... 85 2.本研究の方法 ... 86 第 4 節 本論文の構成 ... 90 第 3 章 事例研究① NPO 法人地域の絆の概要 ... 92 第 1 節 「地域の絆」の概要... 92 1.経営理念・沿革・組織構造・役員及び職員体制 ... 92 2.事業内容 ... 95 3.収支状況 ... 95 第 2 節 法人の基盤となる実践 ... 97 1.目的を共有する-組織理念の共通理解をはかる- ... 97 2.一定の解釈の幅と実践の方向性を規定する組織理念 ... 101 3.移譲的・創造的な方法を重視する ... 103 4.実践の理論化と政策提言へ連ねる ... 105 5.個別支援と地域支援の連関 ... 106 6.「個別支援」と「地域支援」が分断しているわけ ... 108 7.集団・階層間の「出逢い直し」を促進する ... 110 8.「有事」のための「平時」の連携 ... 112 9.様々な実践を展開しつつ、相互に連動させていく ... 114 第 3 節「状況に埋め込まれた学習」を意図した実践 ... 115 1.「実践共同体」への参加を通じたアイデンティティの変容 ―地域包摂 に貢献し得る「状況的学習」- ... 115

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4 2.ソーシャルワークの目的と価値に依拠して「出逢い」を方向づけ調整 する ... 120 3.価値を捨象する状況的学習論 ... 121 4.社会変革に焦点を定めていない状況的学習論 ... 122 5.「排除する側」が「排除される側」の視点を内含する ... 124 6.活動参加への動機づけそのものを構築する実践 ... 127 7.状況的学習から端緒をつかんだソーシャルワークの「社会変革」 . 130 8.「実践共同体」のあり方が学習を規定する ... 131 第 4 節 本章のまとめ ... 133 第 4 章 事例研究②NPO の事例研究 -地域を変える「地域の絆」の取り組み - ... 135 第 1 節 地域包摂・「地域変革」へ向けた「出逢い直し」の実践事例 .. 135 1.事例 1 「人びと」に対する「無関心」から「支援」への関係変容の促 進 ... 135 2.事例 2 逢いたい人に再会する権利を保障する ... 138 3.事例 3 家族のストレングスを起点にした「出逢い直し」 ... 143 4.事例 4 「人びと」のストレングスを地域に「ひらく」ことで生まれた 多様な「出逢い直し」 ... 146 5.「出逢いの不在」と「出逢いの失敗」を乗り越える「出逢い直し」を伸 張させる ... 152 第 2 節 「出逢い直し」の基盤となる方途-「出逢いの不在」と「出逢いの 失敗」を乗り越える- ... 155 1.①「人びと」のストレングスによる活動・役割を通じた「出逢い直し」 ... 156 2.②「人びと」の不安と不満の低減に向けた支援-直接ケア(基幹業務) における高い質の担保- ... 160 3.③「排除する側」との信頼関係を構築する-「正論」を押し付けるの ではなく、聴いてもらえる関係をつくる- ... 161 4.④「人びと」の支援を中心に「関係者(家族・地域住民)」のストレン グスを生かす ... 164 5.⑤「余所者」の強みを生かす ... 165 6.⑥分野を「越境」した実践と連携の展開 ... 168 7.「出逢い直し」のすすめ ... 169

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5 第 3 節 本章のまとめ ... 172 第 5 章 事例研究③社会変革を促進する組織運営論 ... 175 第1節「実践共同体」の目的および共通理解 ... 175 1.組織理念の実体 ... 175 2.理念を解釈する範囲 ... 176 3.採用時に「共通理解」を示す ―同じ方角に向かう“バス”に乗れる人材 の採用― ... 177 4.「伝達」と「対話」による共通理解 ... 179 5.仕事の場面における共通理解 ... 181 6.「代表者と管理者」「管理者と職員」の関係 ... 181 7.職員との対話や実践から学んだ上で方針を示す ... 182 8.職員の実践を教授・指導することの必要性 ... 183 第 2 節 社会的企業としての運営方針―「社会性」と「事業性」の均衡を はかる― ... 185 1.「地域の絆」における社会的企業の定義 ... 185 2.「社会性と事業性」「専門性と組織性」それぞれの平衡を保つ ... 187 3.「管理機能が強く」そして「親密度が高い」組織を志向して ... 191 第 3 節 状況的学習論における「アクセス」「透明性」と「分業」の問題 ... 194 1.仕事の全体性理解の促進―「単能工」ではなく「多能工」で― .... 194 2.次善の策として組織に 3 つの役割を設定 ... 196 第 4 節 社会変革を促進する組織運営の課題―代表者の苦悩とジレンマ― ... 197 1.三角形型組織が抱える問題 ... 197 2.三角形型組織の陥穽から脱却するために ... 198 3.代表者の省察が社会変革を敷衍させる ... 199 第 5 節 本章のまとめ ... 200 第 6 章 本研究の意義と残された課題 ... 202 第 1 節 本研究の結果と整理... 202 1.ソーシャルワークの課題整理 ... 202 2.「人びと」の身近な社会環境を変革する方法 ... 204 3.ソーシャルワークを進展させる組織運営の留意点 ... 206 第 2 節 本研究の意義-ソーシャルワークの「社会変革」を進展させる-

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6 ... 208 1.「社会変革」の停滞要因を提示する ... 208 2.地域を基盤に社会変革を促進する方途の検証 ... 211 3.社会を変えていく「事業型 NPO」及び社会的企業の躍進を鼓舞する ... 213 第 3 節 残された課題 ... 215 1.ソーシャルワーク実践研究の留意点 ... 215 2.職員からみた「組織運営論」の不在 ... 219 3.「地域変革」から「社会変革」への道程の未整理 -「地域変革」はどの ようにして「社会変革」に繋がるのか ... 220 4.多岐化するソーシャルワーカーの所属先 ... 222 第 4 節 これからの「社会変革」の展望 ... 224 1.「 身 近 な 場 所 」 か ら 始 め る 社 会 変 革 「 身 近 」 か ら マ ク ロ の 変 革 へ ... 224 2.「人びと」から社会を捉えて変える-「人びと」とともにある「社会変 革」- ... 228 3.「持続可能な社会」とソーシャルワーク-広範にそして長期に社会を 変えていく- ... 229 4.これからのあるべき「社会変革」のかたち-社会変革を語らない「社 会変革」- ... 231 別表 3-1 ... 237 参考文献... 241 注記 ... 247

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序 問題の背景-社会福祉政策をめぐる動向と人間の尊厳保障-

本論文では、1982 年の国際定義から描かれてきたソーシャルワークの「社 会変革」の方途を追究してく1。しかし、その議論を始める前に、いまなぜ、 ソーシャルワーカーに「社会変革」が必要なのか、この点を明らかにする必 要がある。まず、ここでは、その理由ともなる政策的動向を踏まえた社会的 背景について論じておく。 第 1 節 人間の尊厳保障を阻害している問題の背景 1.「格差」と「分断」を進捗させる新自由主義 現代における私たちの社会は、「産業化社会」から「成熟化社会」への過渡 期にあると言われて久しい(広井;1999)。一方で、私たちの現実的な暮らし をかえりみれば、この「過渡期」が一体いつまで続き、その後どのような「成 熟化」した社会が訪れるのかその道筋が見えているとはいい難い。 1970 年代後半より(日本で顕著に現れたのは 1990 年代後半から)世界で 台頭してきた新自由主義の蔓延によって、私たちの社会では、再び 所得格差 の増大が世界的に起こり、格差社会が生まれ、社会的不平等の拡大が顕著で ある(ハーヴェイ;2007;PP.28-32)。「一部の人びと」に富と権力が集中す る一方で、人びとの暮らしに不可欠な社会保障を中心とした制度・政策の機 能は減退の一途を辿っている。 新自由主義に関する議論では、この「一部の人びと」とは 1%の人間を指 すのだが、これは新自由主義批判にかかる運動のあり方として有効であるば かりか、現在の実態を如実に示した数字であると言える (ジョージ;2014; PP.150-151)。付言すれば、人間の懸隔のみならず、企業による格差はさらに 著しい。東京証券取引所の第一部上場企業は約 1900 社であり、この数は、日 本全体の企業約 400 万社の 0.05%に満たないと言われている。つまり、巷間 でもてはやされている「アベノミクス」による成果たるや、この 0.05%企業 の利益とその株価が上昇したに過ぎないのである(植草;2016;P.12)。 特に、社会保障等は2、人びとの「生きること」を支える根源であるにもか かわらず、日本においても、「国民負担率」という言葉にあるように、経済成 長のまさに“足かせ”としての認識が根強い。従って、現下の社会において は、「地域包括ケア」や「地域共生社会」などは給付抑制を前提とした議論と なっている。

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8 しかし、広井良典のいうように、社会保障には、経済成長の原動力となる ことや相乗効果をもつ側面が認められている(広井;1999;PP.24-29)。また、 金子勝も、「社会保障や社会福祉は、公共事業よりも雇用創出効果が大きい」 ため、「社会保障費の削 減で財政再建をしようとする現行の政策の方向転換 を図るべき」とする(金子;2015;PP.30-31)。更に権丈善一も、社会保障に は、「経済安定化機能」があり、景気変動の緩和と経済成長を支えていく機能 があるとしている(権丈;2016;P.99)。 上記の主張をみて明らかなように、私たちの社会では、「負担増」という社 会保障の一側面だけを過度に強調した議論が蔓延しているが、これに対する 方向転換を求める意見も強くなっている 。 加えて、新自由主義は、自然環境破壊と技術革新、労働力を中心とした「あ らゆるものの商品化」を進捗させ、自己責任論を強調し、人びとの共同性や 連帯意識をも毀損してきた。新自由主義は「短期的契約を賞賛する」傾向が あるのだから、これは当然の帰結であると言える(ハーヴェイ;2007;P.231)。 他方で、社会保障等の分野では、人びとの長期的繋がりや関係の中にこそ その成果を見いだすことができる点に特徴がある。新自由主義は、これら社 会保障等の分野において、サービスの「短期的契約」や「商品化」を効率性 と生産性の名のもとに推し進めることで、そのサービスの質の向上を阻害し てきたのである。 そして、このような社会的連帯の希釈に対応するべく、「秩序」と「道徳」 の回復としての新保守主義が浮上してくる。この新自由主義と新保守主義が 相互補完を果たした帰結として、階級権力の回復や軍事化、ナショナリズム が勃興している。 2.これまでの社会福祉政策の動向 如上の社会の潮流を踏まえつつ、日本の社会福祉の動向を押さえていく。 1990 年代後半から 2000 年にかけて社会福祉関連法の変更が一気になされ た社会福祉基礎構造改革から 20 年の歳月が流れようとしている。政府の役 割を後退させ、民間への移転を促進した上で、市場原理のもと経済の効率性 と生産性の向上をはかろうとするこの新自由主義に依拠した潮流は、20 年の 歳月を前にして色褪せるどころか、確然としながらも、まるで無色透明のご とく蔓延し、あたかも、この社会のあり方を議論する際の前提条件であるか のように私たちの暮らしを浸食し続けている。 政府と自治体が、社会福祉サービスの内実と質に対して責任を有していた

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9 仕組みから、サービス提供事業者と「人びと」による「利用契約」が前面に 押し出されることによって3、その役割の後退が顕著となった。「措置制度」 や「行政処分」といった人びとが耳障りに感じる言葉を流布し、その逆に、 「個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度の確立」(自己選択)や「利 用者の立場に立った社会福祉制度の構築」(利用者本位)を促進するのだと嘯 かれながら社会福祉基礎構造改革は遂行されてきた4 当然、「自己選択」や「利用者本位」を否定する人間はいないだろう。ただ し、自らの暮らしにおいて他者の支援を必要とする「人びと」に対し、政府 と自治体の役割を減退させて「自由」を保障すれば、それが一体どのような 結末を招くのか、想像を巡らせておく必要があったのではなかったか。この ような議論の浅薄さが、現在の社会福祉に大きな禍根を残しているように思 えてならない。 結局のところ、社会福祉基礎構造改革が、暮らしに困難を抱えている「人 びと」に、「自由」を与えて突き放す社会を目指していたことに疑念の余地は ない。「自己選択」や「自由」を担保すると言えば、聞こえが良いが、その実 相は、「自己責任」を進展させ、「人びと」を見放すことへと結実する。まさ に、そのことが困難である「人びと」に向けて、「自活」と「自助」を促すと いう惨忍な制度の進捗として捉えることができるだろう。 その先にあるのは、自由でも自己選択でもない。家族や地域住民、そして、 専門職によって強要・誘導される似非「自己選択」の道しか残されていない のである。北欧の社会福祉国家にみるように、真の自由とは、政府と自治体 の責任ある関与によって担保されるべきものなのだ5 もちろん、社会福祉基礎構造改革は比較的昨今を象徴する出来事に過ぎず、 遡れば、1960 年代の臨調・行革路線から生まれた「福祉見直し」「日本型福 祉社会」論がある。 相澤譲治によれば、これらは、政府の責任回避を目的とした政策であり、 「個人と家族による自助努力」と「地域の相互扶助」「企業内福利厚生」を基 盤としつつ、日本人の貯蓄率の高さを利用する一種の社会福祉論であったと している。また、これらによって、「自助と民活によるところの公的責任の縮 少及びシルバーサービス産業の振興が図られて」来たのだった (相澤譲治; 1991;PP.67-71)。そして、このシルバーサービス産業の勃興を一つの契機と して、介護福祉士に加え、私たちソーシャルワーカーの国家資格としての社 会福祉士を定めた法律が構成されていくことになる。 よって、私たちは、このような経緯を踏まえたうえで、現在のソーシャル

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10 ワークのあり方を含め、「地域包括ケア」や「地域共生社会」を捉えていく必 要があるだろう。つまり、この社会福祉における公的責任を減退させる潮流 は、そこに、容易に抗うことのできない、強固な構造があるということだ。 3.「地域包括ケア」から「地域共生社会」までの道程 3-1.人間の尊厳保障に資する側面 次に、昨今の特徴的な政策動向として、「地域包括ケア」から「地域共生社 会」までの経緯について振り返ってみたい。 2006 年の介護保険制度改定によって、地域包括支援センターに加え、地域 密着型サービスが創設された。このことは、「平成の市町村大合併」によって、 介護保険の保険者としての市町村の範囲は劇的な広がりを見せた一方で、社 会福祉サービスの提供範囲をより狭小に押さえていこうとする流れとして捉 えることができる。つまり、「人びと」のより身近で継続的な社会環境として の比較的狭い範囲における地域で、「人びと」へのサービス提供が「完結」す る仕組みを志向したものであるといえるだろう。 また、この頃から政府は「地域包括ケア」を打ち出し始め、そ の後、大々 的にこれを拡張させたのは、介護保険法に「理念規定」として初めて明示し た 2012 年の介護保険制度改定以降である。この「地域包括ケア」は、「地域 住民が住み慣れた地域で安心して尊厳あるその人らしい生活を継続すること」 を目的に置いていることからも、その支援のあり方としては、「本人の暮らし たい場所で、本人の希望する暮らしを支援する」ことが想定される。もちろ ん、ここでいう「本人」にはすべての人びとが該当することは言うまでもな い。 その後同じく政府によって打ち出されたのが「地域共生社会」である 。こ の「地域共生社会」とは、「住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をとも に創っていく社会」を志向したものであり、そのために必要とされる以下の 4 つの役割が掲げられている 。 ①制度・分野ごとの「縦割り」を越境すること。 ②「支え手」「受け手」という関係を再創造すること。 ③地域住民や地域の多様な主体が「我が事」をもって参画すること。

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11 ④あらゆる社会資源が世代や分野を超えて「丸ごと」つながること。 ここに描かれていること自体には、普遍主義や権利擁護、社会的包摂の観 点から異論を差し挟むべきものは何もない。加えて、かかる議論の中で、個 人の尊厳の尊重が繰り返し述べられていることや、そのための社会資源の開 発を押さえている点などから、ソーシャルワークの理論と方法を重視する姿 勢を垣間見ることもできる。 以上の観点から捉えれば、「地域包括ケア」や「地域共生社会」は、「すべ ての人間の暮らしたい場所で、本人の希望する暮らしを保障する」ことを志 向していることになり、これは人間の権利擁護というソーシャルワークの目 的と符合するものであるといえるだろう。 3-2.「地域包括ケア」と「地域共生社会」の背景にあるもの このことをもう少し大きな視座で捉えてみる。まず、2011 年 5 月に発足し た有識者らによる政策発信組織「日本創成会議」(座長・増田寛也前岩手県知 事〈元総務相〉)が「消滅可能性都市」論を発表し、それ以前からあるコンパ クトシティ論と共鳴することでその影響が社会に敷衍していった。 その後、2014 年 9 月 3 日に、安倍晋三・内閣総理大臣を本部長とする「ま ち・ひと・しごと創生本部」の発足が閣議決定される。 これら政府の示す「地方創生」によって、経済の効率性を優先させた上で 、 無情にも、人間を個人としてではなく人口分布として捉えた政策が打ち出さ れていく。その最たるものが、東京都の高齢化問題を地方に押し付けるばか りか、「人びと」の「強制移動」を含意する「日本版 CCRC 構想」(Continuing

Care Retirement Community:CCRC)である。

2016 年 6 月 2 日には、「ニッポン一億総活躍プラン」の閣議決定がなされ、 「アベノミクスの新三本の矢」を基調とした計画が示される。その「基本的 考え方」の内、着目すべきは以下の 3 点であろう。 ①「日本経済に更なる好循環を形成するため、(中略)広い意味で の経済政策として、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それ が 経 済 を 強 く す る と い う 新 た な 経 済 社 会 シ ス テ ム 創 り に 挑 戦 す る」こと。

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12 ②「これは単なる社会政策ではなく、究極の成長戦略」であると し、「全ての人が包摂される社会が実現できれば、安心感が醸成さ れ、将来の見通しが確かになり、消費の底上げ、投資の拡大にもつ なが」り、「多様な個人の能力の発揮による労働参加率向上やイノ ベーションの創出が図られることを通じて、経済成長が加速する ことが期待される」こと。 ③「強い経済、『成長』の果実なくして、『分配』を続けることはで きない」と断じた上で、「成長か分配か、どちらを重視するのかと いう長年の論争に終止符を打ち、『成長と分配の好循環』を創り上 げる」こと。 これらを読めばわかる通り、「一億総活躍社会」の目的は、経済成長であっ て、「子育て支援や社会保障」、社会包摂による安心、「多様な個人の能力の発 揮」はその手段でしかない。更に言えば、この目的の成果がでなければ「分 配」は継続できないとさえ言い切っている。 ソーシャルワークにとっては、翻って、「経済成長」は、人間の権利擁護の 手段でしかないわけだから、この発想は、私たちと対極の位置で形成されて いると言わざるを得ない。更には、人権や人間の社会的権利の実現は、「経済 成長」の有無によって左右されるようなものではなく、まさに人間の普遍的 権利として最優先されるべきものであるはずだ。そして、この「究極の成長 戦略」の中に組み込まれた「『介護離職ゼロ』に向けた取組」において登場す るのが「地域共生社会の実現」である。 一方、厚生労働省においても、2015 年 9 月 17 日「誰もが支え合う地域の 構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョ ン-」(以下「新福祉ビジョン」)が策定され、2016 年 7 月 15 日「『我が事・ 丸ごと』地域共生社会実現本部」(本部長・塩崎厚生労働大臣)(以下「我が 事・丸ごと」)が設置される。まさに、如上の経済成長を志向した本流から波 及する形で、社会福祉の領域においても、地域住民に「我が事」を促し、専 門職が「人びと」に「丸ごと」対応することで財政の効率化をはかろうとす る支流が生まれ、その下流に「地域共生社会」は流れているということにな る。 如上の事柄を総括すれば、「人間の権利擁護」、それが純然たる政府の狙い ではないことは明らかである。

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13 3-3.選別主義・「劣等処遇の原則」としての「地域包括ケア」 このような給付抑制の視点は、「地域共生社会」より以前から打ち出されて きた「地域包括ケア」の本質からもみてとれる。御多分に洩れず、この「地 域包括ケア」においても、経済の効率性と選別主義・「劣等処遇の原則」が基 盤に据えられているからだ。 これを如実に示しているのが、「自助」「互助」「共助」「公助」の順に固定 された序列化にある。地域包括ケア研究会による報告書の以下のくだりをみ れば、政府のこの4助に対する考え方がよくわかるだろう。 『公助』は公の負担、すなわち税による負担、『共助』は介護保険や 医療保険にみられるように、リスクを共有する仲間(被保険者)の 負担、『自助』は、文字通り『自らの負担』と整理することができる。 『自助』の中には、『自分のことを自分でする』という以外に、自費 で一般的な市場サービスを購入するという方法も含まれる。たとえ ば、お弁当を購入するのも、調理しているのは自分ではないが、そ の対価を自ら負担しているという意味において、これも『自助』と 考えるべきである。(中略)これに対して、『互助』は、相互に支え 合っているという意味で『共助』と共通点があるが、費用負担が制 度 的 に 裏 付 け ら れ て い な い 自 発 的 な も の で あ り 地 域 の 住 民 や ボ ラ ン テ ィ ア と い う 形 で 支 援 の 提 供 者 の 物 心 両 面 の 支 援 に よ っ て 支 え られていることが多い。また、寄附金などの形で不特定多数の支援 を受けている場合もあるだろう6 「公助」は税を財源とした公的支援を、「共助」は社会保険に基づいた 支援、 「互助」は地域住民による非制度的な支え合い、「自助」は自らを支援するこ とに加え、自費でサービスを購入することをも内含しているとする。恐らく、 家族による支援は、「互助」ではなく、「自助」のなかに含まれるのだろう。 拙著『地域包括ケアから社会変革への道程【理論編】』(批評社)でも示し てきたように、これよりさらに前の政府の報告書では、「共助」が地域住民の 支え合いに位置づけられていたことなどの変遷がみられるし、私自身は、「共 助」を社会保険に位置づけることに反対の立場をとっている。 つまり、社会保険の財源にも税金が投入されているばかりか、保険者とし ての自治体の責任が求められているからだ。これは明白な「公助」であり、

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14 それを「共助」と言い換えるのは、その根底に公的支援(「公助」)を減退さ せようする目論見があるとみられても仕方があるまい。 さらに言えば、この 4 助をわざわざ定義づけ峻別する意図は、「自助」・「互 助」を強調するためであり、「公助」、さらには「共助」を減退させるためで あるといえるだろう。そうでなければ、政府から見た際に、そもそも、これ らの定義自体の必要性はどこにも見当たらない。 3-4.4 助の序列・優先順位化 そして、「地域包括ケア」が給付抑制論や選別主義を基盤としている決定的 な理由は、この 4 助の優先順位化にある。まず、「地域包括ケア」が謳われて いる社会保障制度改革推進法(2012 年 8 月施行)を根拠に内閣に設置された 「社会保障制度改革国民会議」が提出した「社会保障制度改革国民会議報告 書」をみてみたい。 国民の生活は、自らが働いて自らの生活を支え、自らの健康は自 ら維持するという『自助』を基本としながら、高齢や疾病・介護を 始めとする生活上のリスクに対しては、社会連帯の精神に基づき、 共同してリスクに備える仕組みである『共助』が自助を支え、自助 や共助では対応できない困窮などの状況については、受給要件を 定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などの『公 助』が補完する仕組みとするものである7 ここでは、「自助」を基本とすることの強調と、「自助」と「共助」で対応 できない状況に陥った際、そのうえで、「受給要件」を満たすことを条件に初 めて「公助」にたどり着くことができるといっている。この思想は、まさに 「自助努力」を強要してきた日本型社会福祉の 1 つの残滓として捉えること ができるだろう。 加えて、地域包括ケア研究会の報告書では、以下のような叙述がなされて いる。 介護保険制度は、『自助』や『互助』だけでは介護負担を受け止めら れなくなった社会状況に対応して誕生した。ただし、その目的は、 『自助』や『互助』を介護保険(共助)で置き換えるものではない。 あくまで『自助』や『互助』では対応しきれない部分や、所得等の

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15 経 済 力 に よ っ て 逆 選 別 と な り が ち だ っ た 公 助 で は 対 応 し に く か っ たニーズに対して、『共助』がこれに対応するとの認識のもとに、介 護保険制度は設計され、発展してきた8 介護保険(「共助」)は、「自助」・「互助」の安易な代替を担うものではなく、 飽く迄も、そこを補填するものであるとの見解が示されている。つまり、介 護の問題を本人や家族に押し付けてきたという反省に立ち、介護の社会化を 志向してきたはずの介護保険の虚偽性を明らかにしているわけだ。 また、ここでは「公助」が、「所得等の経済力によって逆選別」となること の指摘がなされているが、これは「公助」に特有の問題ではなく、むしろ、 選別主義的な手続き(予算執行の方法)による瑕疵であり、「所得等の経済力」 如何によらずすべての対象者にサービスを提供する普遍主義的な運用を行え ば払拭ができる制度設計上の問題である。つまり、選別主義の欠点を、「公助」 へと移転するという論理のすり替えがなされているのだ。 以上みてきたように、「地域包括ケア」は、介護保険を「共助」に位置づけ たうえ、「自助」「互助」の重要性を誇張する。そして、これらが不可能な人 びとだけを、さらには、「受給要件」で選別のうえ、「共助」を経て「公助」 の対象にするとしている。その根底には、「安上がりの福祉」としての費用抑 制論と連動して、選別主義や「劣等処遇の原則」の思想があることに疑いの 余地はない。 仔細な点を挙げればきりがないが、概ね以上で取り上げた点は踏まえてお く必要がある。つまり、経済の効率性を重視し、費用抑制をはかるために、 「地域包括ケア」や「地域共生社会」の重要性を意図的に高めている側面が あることは、ソーシャルワーカーが押さえておくべき事実であるといえる。 ここを認識しておかなければ、「自己責任」を地域に蔓延させることや地域住 民を「サービス提供者」として位置づけること、付加的な財政的担保がなさ れない一方で、社会福祉専門職の労力が増大し、彼らの多くが「バーンアウ ト」してしまうことなどに、ソーシャルワーカー自らが加担してしまいかね ないからだ。 4.人間の権利擁護に資する真の「地域包括ケア」と「地域共生社会」に 向けて では、この「いわくつき」の「地域包括ケア」や「地域共生社会」は、い っそのこと度外視してしまって、私たちは独自にソーシャルワークの進展を

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16 図ればよいのだろうか。 実は、世界的にみても、ソーシャルワーカーの多くは法律・制度的に位置 づけられた仕事に従事している(バンクス;2016)。そして、私自身は、制度 の運用面における柔軟性及び人びとの権利性の担保、公的機関の組織体質の 改良(特に組織内におけるソーシャルワーク機能の維持・向上)などの観点 からそれを一方的に悪いことだとは捉えていない。 このことから、ソーシャルワーカーは、これら政府の施策について、上記 の懸念を受け止めながら、それに乗らざるを得ないというのが現実的な対応 となるように思う。 さらに踏み込んで論及するならば、新自由主義の影響によるサービス提供 者の多元主義化によってこそ、NPO の社会福祉事業への参入が認められてき たことも事実である。本研究において、俎上に載せる NPO 法人も、この新自 由主義の産物であったという側面を度外視するわけにはいかない。 であるならば、ソーシャルワークは何を見据えて地域社会と対峙すればよ いのだろうか。それは費用抑制に貢献するために、地域住民を「サービス提 供者」へと誘導することや、サービスの利用を制限するために、「自助」と「互 助」を振りかざすことではない。ソーシャルワークが目指すべきは、先程来 述べているすべての人間の尊厳保障であり、「本人の暮らしたい場所で、本人 の希望する暮らし」を支援することにある。 しかし、残念なことに、私たちの現場では、人びとの尊厳の毀損がしばし ば見受けられる。その要因として、私は、以下の 2 つの要素があると捉えて いる。 Ⅰ人びとの社会的権利を保障する社会保障を中心とした(雇用・ 労働・教育・住宅・文化・芸術・自然環境保全・防災などを含む) 制度・政策の減退。 Ⅱ人びとの互酬性と多様性、信頼の関係の稀釈。 2013 年以降の生活保護基準の引き下げや 2005 年 10 月以後の介護保険にお ける利用者負担の増加などの実態をみれば、Ⅰが人間の尊厳棄損に連なるこ とは理解に難しくはないだろう。 他方で、Ⅱがその要因となっているという認識は、多くの人びとに広がっ

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17 ていない恐れがある。そのため、ここでは、このⅡを克服していく必要性に ついて若干触れておきたい。 長谷中崇志と髙瀨慎二らの研究では、ソーシャル・キャピタルの1要素で ある他者に対する「信頼」と「幸福度」「主観的健康感」「精神的疲労・スト レスの程度」との関連について検討した結果、「一般的な信頼が高い『信頼あ り』と回答したものは、『信頼なし』と回答したものよりも幸福度も高く」、 「主観的に健康であり」、「精神的疲労・ストレスも少ない」ことが明らかに されている(長谷中・髙瀨;2014;PP.102-103)。 また 2018 年 3 月 14 日に発表された「世界幸福度報告書 2018」(「World Happiness Report 2018」)(「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク (Sustainable Development Solutions Network:SDSN)」国連・コロンビア 大学)で、日本の順位は 54 位に位置づけられているが、この幸福度の序列 は 、 一 人 当 た り の 国 内 総 生 産 ( GDP per capita ) と 社 会 的 支 援 ( social support)、健康寿命(healthy life expectancy)、社会的自由(freedom to make life choices)、寛容さ(generosity)、汚職の無さ・頻度(perceptions of corruption ) な ど を 分 析 の う え 定 め ら れ て い る ( Helliwell, Layard, Sachs;2018)。 もちろん、この 6 つの項目にある質問自体が回答者の主観を問うているた め、その生活歴や体験、置かれてきた環境によって尺度が異なる「相対的剥 奪」などの問題が内包されていることや、この回答の背景には無論Ⅰの制度・ 政策による影響があることにも留意しておくべきではある。 それを前提にみても、今回の調査では、移民の幸福度にも焦点を当ててい るが、幸福度上位 10 か国は、移民の幸福度の順位においても 11 位以内に入 っていることなどから、「移民の幸福度は、地元で生まれた人の幸福度と驚く ほど一致する」ことも報じられてもいる9「幸福度上位の国」は、「異質なも の」を受け入れる包摂力が高いことが示されているのだ。 更にここでは、国連とコロンビア大学が、国内総生産や健康寿命以外に、 社会的支援・社会的自由・寛容さなどの日常的な他者との関係に依存する項 目を多く選択していることに注目しておきたい。 このように他者との繋がりの実相は、人間の幸福に多大な影響を与えるの だから、その端緒の一部にⅠの制度・政策にかかる要素が内含されていると はいえ、やはりⅡは、人間の尊厳保障にかかる重要な要素になりうるといえ るだろう。 以上のことを踏まえつつ、この 2 つの要素と「地域包括ケア」と「地域共

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18 生社会」の関係をみていきたい。 まず、「地域共生社会」や「地域包括ケア」は、Ⅰの進捗を促す可能性があ るという点において、人間の尊厳の毀損に加勢する役割が備えられているこ とは前述の通りである。 しかし、Ⅱについてはどうだろう。実は、その展開のあり方如何によって は、Ⅱの問題を克服する可能性を秘めているのが「地域共生社会」であり、 「地域包括ケア」であるといえるだろう。 そして、Ⅰの問題を克服する唯一の方法は、財源の確保であり、端的に言 えば増税の促進である。政府と他者に対する信頼の低下している日本におい て、であるがゆえに、痛税感の蔓延が顕著である(井手;2013)。この事態を 打開するためには、日本の政治と財政の仕組みを変更するしかないだろう。 しかし、これはソーシャルワークの主たる仕事であるとはいいがた い。も ちろん、ソーシャルワークは、マクロ領域の「社会変革」にも従事する専門 職である以上、財政論に対して積極的な働きかけを仕掛けていかなければな らない。しかし、これまで議論してきたように、多くのソーシャルワーカー がそれを担っていくことには現実的な困難が伴う。約 98%のソーシャルワー カーは、社会福祉関連法における事業を運営する組織に従事しているからで ある。 「社会変革」を伸展させていくためには、「組織の価値」と「ソーシャルワ ークの価値」の間で生じるジレンマへの挑戦は避けられない。別の見方をす れば、ソーシャルワーカーを雇用する組織の運営の方途が、その実践である 「社会変革」に多大な影響を及ぼす実態を捉えておく必要がある。 「地域共生社会」や「地域包括ケア」は、Ⅰの問題を深刻化させかねない 一方で、Ⅱの克服に資する素地を有している。地域の課題に地域住民が主体 的に向き合う契機となることや、児童・障害・高齢・貧困などの枠組みを乗 り越えて、あらゆる暮らしの課題を共通理解すること、そして、これらの活 動を通して、多様な立場にある地域住民間の信頼性・互酬性・多様性を高め ることに連なる可能性をも秘めているのだ。 「人びと」の暮らしに多大な影響を及ぼす地域社会におけるこのような関 係構造の変化は、「人びと」の尊厳保障に大きく貢献するであろう。であるが ゆえに、政府のこれら政策を、単に給付抑制や実践の効率性を補強するもの としてのみ捉えるのではなく、実践領域においては、そこへの加担を拒否し つつも、地域包摂に依拠したまちづくりや「人びと」の権利擁護の観点から 捉え直すことで、人間の尊厳保障に資する取り組みへと昇華させることは可

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19 能であると私は考えている。 このようにみてくると、「地域共生社会」や「地域包括ケア」は、人間の尊 厳の侵害に連なる危険性があることがわかる一方で、地域住民のエンパワメ ントや多様性の尊重への取り組みへと連なり、新自由主義社会のもとで失わ れてきた人びとの社会的連帯の復興に貢献し得ることが認識できるだろう。 本稿では、一貫して、「地域包括ケア」や「地域共生社会」における新たな 流れを、費用抑制という政府の目論みに与することなく、翻って、人びとの 権利擁護へと帰結させるべくその理論と方法を追究していく。 5.新自由主義に対する現実的抵抗としてのソーシャルワーク考 以上みてきたように、社会正義と人権擁護を標榜し、人びとのエンパワー メントと解放を展開するソーシャルワーカーが存在する社会的背景には、本 来のソーシャルワークの実践を阻害する絶望的ともいえる状況がある。殆ど のソーシャルワーカーは、新自由主義の思想に裏打ちされた制度・政策の下 で、この制度によって規定されているサービスの担い手となっている。 他方で、そこに一縷の光芒を見出すことができることも指摘しておいた。 その 1 つは、地域における多様性・互酬性・信頼性の構築である。このよう な実践は、組織に雇われているソーシャルワーカーでも展開が可能であるは ずだ。 また、制度・政策下の事業を運営する組織に ソーシャルワーカーが雇用さ れているからこそなし得ることがある。そこには、制度や政策、組織にソー シャルワークを敷衍していくことや、であるがゆえに、画一的・硬直化した サービスではなく、「人びと」に柔軟できめ細やかなサービスを提供できるこ と、さらには、すべての人間の尊厳が担保された地域 構築を促進していくこ となどが挙げられるだろう。 しかし、ソーシャルワーカーが、このような地道な変革 に注意を払わなか ったり、このような実践を諦めているとするならば、その絶望的な状況はよ り一層深刻なものになるだろう。 もし、ソーシャルワーカーが、このような制度やサービスに馴化し、ただ 付き従うだけの実践を行えば、そのような人たちのことを、ソーシャルワー カーと認めるわけにはいかない。次章から確認していくように、ソーシャル ワーカーに求められる実践とは、人びとの権利擁護に向けた実践を通じて、 その実現のために社会環境の変革を促進していくことにこそあるからだ。 残念なことではあるが、次章から明らかにされていくソーシャルワーカー

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20 の実態からは、制度枠組みのなかで、このことを前提視しつつ、実践を展開 するソーシャルワーカーの姿が明るみに出てしまっている。つまり、現在の 制度のなかで、ソーシャルワーカーは、社会を変えることとは逆のことに貢 献している。まさに、多くのソーシャルワーカーは、 与えられた制度的サー ビスを円滑に効率よく提供していく、技術者モデル・管理運営モデルの遂行 者に終始している。 このような状況下において、もう一度、本来のソーシャルワーカーの実践 を取り戻すにはどうすればよいのかを検討する必要がある。 それは、与えられた制度・サービス等の条件下における最適化を 志向する 機能主義的実践に傾倒するソーシャルワーカー に、その前提条件そのものを も突き崩していく構造主義的展開を付加していくための取り組みでもある。 さらに直言するならば、「社会変革」を諦観させられている多くのソーシャル ワーカーに、その呪縛からの解放を促す実践であると表現することもできる だろう。 現下の社会構造には、ソーシャルワーカーから「社会変革」を遠ざけてし まう素地が強く備わっている。このような構造のもとで、ソーシャルワーカ ーが、どのようにして「社会変革」を推し進めていくのか、 その具体的な方 法を明らかにする必要がある。またこの方法は、多くのソーシャルワーカー が実行可能なものであることも要求されるだろう。 しかし、このような展開は容易に実現するとは言い難い。如上でみてきた ように、これは、大きな社会構造上の問題であって、ソーシャルワーカー個 人にのみその責任があるとは思えない。それでも、ここに着手しなければ、 ソーシャルワークは、本来とは逆の機能を担い、人間の尊厳保障とは、反す る結果を社会に生み出しかねない。この作業は、本来のソーシャルワークを 保持し、強化するためには避けては通れないものとなる。ここに、本研究の 真骨頂がある。 組織に雇用されたソーシャルワーカーが展開可能な「社会変革」の方法を 明示することによって、「社会変革」を遠大過ぎて実践不可能なものと思い込 まされている多くのソーシャルワーカーに、「社会変革」の重要性を再認識し てもらい、その実践を後押し、そこでの成功体験の堆積を経由して、「社会変 革」を自らの実践に確固として位置づけていくことまでをも実現していかな ければならないのだ。

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第 1 章 課題の設定と分析視座-ソーシャルワークの実践課題-

ソーシャルワークの「社会変革」を検討する前に、 そもそもソーシャルワ ーカーとは何かを確認する必要がある。 若干形式的になるかもしれないが、 ソーシャルワーカーの原初的定義及び国際的定義の確認をしていこう。 そののちに、ソーシャルワークの実態を確認していき、求められているソ ーシャルワーカー像と現実場面におけるソーシャルワークの懸隔を 押さえて おきたい。 更には、今なぜこの「社会変革」が重要であるのか、どのような「社会変 革」が求められているのかに至るまで論及していくことにする。 第 1 節 ソーシャルワークの原点 1.本論文における「ソーシャルワーカー」を規定する ソーシャルワークの理論と実態を確認する前に、ここで、本論文における 「ソーシャルワーカー」を規定しておきたい。 ソーシャルワーカーとは誰のことを指すのか。実は、この質問に対する明 確な答えがあるわけではない。しかし、本論文を書き進めていくにあたっ て、これを規定することは避けては通れないだろう。 一般的には、社会福祉士・精神保健福祉士の有資格者がソーシャルワーカ ーであるとすることがある。重複する有資格者もいることから、その数は、 この両者を合わせて約 30 万人となる見込みだ。 しかしながら、国際定義におけるソーシャル ワーカーとこれら 2 つの国家 資格の間には、法による位置づけと養成カリキュラムの実態において乖離が 生じている部分がある。それが「社会変革」だ。双方の国家資格にかかる法 と養成カリキュラムには、「ソーシャルアクション」が捨象されているな ど、明確な「社会変革」が含意されていないのである。 しかしながら、これら国家資格ができるまでの経緯を鑑みれば、両国家資 格は、ソーシャルワーカーを想定して創設されたことは明らかであるし、そ れぞれの国家資格者で構成されている日本社会福祉士会と日本医療社会福祉 協会、日本精神保健福祉士協会は、会員の遵守事項として、共通する倫理綱 領(「ソーシャルワーカーの倫理綱領」)を有しているが、そこには、国際定 義とそれに基づく事項が内含されている。

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22 日本におけるソーシャルワーカーの専門職団体は、この 3 つの団体に加え て、日本ソーシャルワーカー協会がある(これら 4 つの団体は、日本ソーシ ャルワーカー連盟という任意団体を設立している)。本協会は、国家資格を 入会要件とはしていないが、他の 3 つの団体と同様に、「ソーシャルワーカ ーの倫理綱領」の遵守をその要件としている。 従って、本論文では、両国家資格の有資格者に加えて、「ソーシャルワー カーの倫理綱領」を遵守して実践する者をソーシャルワーカーとして捉えて いくことにする。 2.社会環境への着目 ここからは、ソーシャルワークの原初的定義を確認して いく。「ケースワー クの母」と呼ばれて久しいメアリー=E=リッチモンドによる主張から、ソー シャルワークの原点を捉えておきたい。 まずリッチモンドは、ソーシャルワークを以下のように定義している。 ソーシャル・ケース・ワークは人間と社会環境との間を個別に、意 識的に調整することを通してパーソナリティを発達させる諸過程 からなり立っている(リッチモンド;1991;P.57)。 リッチモンドの主張から私が注目しているのは以下の 5 点である。 1 つは、人間の「パーソナリティの発達」をソーシャルワークの目的に据 えていること、2 つ目に、この「パーソナリティの発達」に多大な影響を及 ぼす社会環境に着目しつつ、その変容の重要性を指摘している点があり、3 つ 目に、パーソナリティの個別性と差異を、そして、4 つ目として、個々人の 意思と目的、主体性を尊重すること、最後に、専門性の強調が挙げられる。 なお、ここでいう「パーソナリティ」は、身体・精神的機能や遺伝等の人 間の内部にある要素のみならず、社会的伝統・教育・宗教・政府・社会関係 などを含んだ社会環境といった外部の状況とこれら双方の相互作用によって 形成させる旨捉えられていることからも、アイデンティティや自我と同様の ものと捉えて差し支えないだろう。 この「パーソナリティの発達」(アイデンティティの変容)には、その次に 挙げておいた 3 つの観点が重要となる。それは、「各々の人間が有している独 自の特性について高度の敏感さ」を含意しつつも、「各個人の中に独特な卓越 した部分を発見し解放すること」、また支援の過程において、人びとがその 「能力を出しきって」「積極的な役割を演じる」ことを通じて、社会環境の変

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化を促進していくことである(リッチモンド;1991;P.96・P.104)。 このことを現代の言葉で言い表すと、以下でも示していく国際ソーシャル ワーカー連盟(International Federation of Social Workers: IFSW)によ る 2000 年の国際定義から直近の 2014 年の定義に至るまで提示され続けてい る「人々のエンパワメントと解放」という表現が当てはまる。 このエンパワメントは、サラ=バンクスの表現を借りれば、「利用者がより いっそう社会参加できるように、利用者の技能や自信を高めること」となる が、そもそも、社会から排除されている人びとの「技能や自信を高める」た めには、彼らの居場所や活動の場、役割を社会に創出することが不可欠とな る(バンクス;2016;P.71)。つまり、そのための社会の仕組みや条件、周囲 の人びとの価値規範などの社会環境に対する改良が求められるのだ。 このようにソーシャルワークは、その原点から「社会変革」を含意してい たことになる。 しかし、その直後から現在に至るまで、この「社会変革」路線をひた走っ てきたわけでは決してない。リッチモンド以降は、「人びと」の内部の問題に 収斂していく「診断派」と組織機能に焦点化する「機能派」による論争が起 こってきたように、「社会環境」への着目は、長期に渡り、本来の姿と対比す れば、皆無か限定的なものに留まっていた。 もちろん、このような状況に対しての異論もみられた。社会科学との連帯 を意識して P=マイルズが 1954 年に「リッチモンドに帰れ」と主張したり、 個人支援に傾倒したソーシャルワークを前に H=パールマンが 1967 年に「ケ ースワークは死んだ」というエッセーを発表するなどの展開があったことも 事実である(渡部;2017;PP.25-39)。それでも、この両者の主張自体も、「社 会変革」を積極的に捉えたものであるとは言い難い。このような低迷期や紆 余曲折を経ながら、ソーシャルワークは「社会変革」のあり方を模索してき たと言ってよいだろう。 3.ソーシャルワーカーは専門職か リッチモンドの指摘の内、私が注目した最後の点である「専門性の強調」 は、現在のソーシャルワークに対する重大な指摘とも受け止められる。 昨今の政府の報告書、例えば、政府の「地域共生社会」の報告書によれば、 「ソーシャルワークの機能を果たす者」や「地域にとっての『触媒』として のソーシャルワークの機能」といった表記がとられているが、これらの担い 手としてソーシャルワーカーの明示が避けられているように思われる1 0

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24 この背景には、政府の志向する「地域包括ケア」やこの「地域共生社会」 が、経済成長とそれに伴う費用抑制を目的に しており、であるがゆえに、「自 助」「互助」の強調や地域住民のサービス提供者化という目論見があるのだろ う。つまり、費用のかからない「非専門職」の活用を意図しているものと察 しがつく。 しかし、リッチモンドは、ソーシャルワークにおける複数の機能や役割を 統合する人がソーシャルワーカーであり、「訓練を受けたことのない者では 知的能力があろうと達成されない」としている(リッチモンド;1991;P.59)。 この主張を補うものとして、現代におけるサラ=バンクスの以下のくだりも 挙げておこう。 [ここで]カウンセリングや地域でサービスや資源を得る人びとを 援助するような介入行為を形成する活動の一部は、ソーシャルワ ーカーではない人びと、すなわち、ボランティアや家族、別の福祉 専門職によって行われるかもしれない、ということに注目するこ とは重要である。しかし、ソーシャルワーカーによって担われる 介入行為を、理論的範疇や特化された専門用語の中に位置づける ということは、実践とは、このような方法で構成でき得るときに のみ、ソーシャルワークとして認識されるのだということを暗示 している(バンクス;2016;P.4)。 後に述べていくように、人間の権利擁護を通して社会変革を促進していく ためには、専門職としての価値と高い倫理観の確立が求められる。そして、 この土台の上に、知識と技術の創造的・開発的な活用が求められるだろう。 以上のことが最低限担保されていなければ、人びとのエンパワメントと解放 に向けた実践には到底及ばないばかりか、翻って、人びとの権利棄損へと帰 結する展開に加担してしまいかねない。 もちろん、私たちは専門職性の弊害についても留意しておく必要がある。 すべてのソーシャルワーカーは、専門性が権威主義や保護主義に陥ることや、 専門職の社会的地位向上に目がくらみ、本来の役割が果たせなくなることな どに対する自戒の念を絶えず持ち続けておく必要があるだろう。

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25 第 2 節 現代の国際定義からみるソーシャルワーク-中核にある「社会変 革」- 前節では、ソーシャルワークの原点としてメアリー=リッチモンドの主張 に焦点を当ててきた。そこでは、「社会変革」に対する着目が確然として認 められた。その後の国際的な動向を知るための一つの手掛かりとしては、国 際定義の変遷を確認していく手段がある。そこで本節では、国際ソーシャル ワーカー連盟(IFSW)によって 1982 年から共通理解が図られてきた国際定 義の内実を整理しておきたい。 1.「ソーシャルワーク(専門職)のグローバル定義」の特徴 ソーシャルワークは、19 世紀にイギリスを中心とするヨーロッパを起源 として、アメリカに普及し、アメリカとヨーロッパ双方において、理論と実 践を進展させてきた(宮本節子;2013;P.164)。専門職としての台頭が明確 になったのは、先のリッチモンドが活躍した 20 世紀初めであり、現在で は、ソーシャルワーカーは、「人をケアする専門職として、人々のコンピテ ンスと機能の増進、社会的支援や資源の利用、人間的で配慮に富んだソーシ ャルサービスの創出、そして社会構造の拡大による全住民への機会の提供の 実現のために、人々と協働する」者とされている。 また端的に言えば次のようにも表現されている。 プラクティスを通じて、社会構造を脅かす問題に対処し、人と社 会のウェルビーイングに否定的影響を与える社会状況を是正する (デュボワ・マイリー;2017;P.3・P.4)。 日本におけるソーシャルワーク専門職の 4 つの団体(日本医療社会福祉協 会・日本社会福祉士会・日本精神保健福祉士協会・日本ソーシャルワーカー 協会)で構成されている日本ソーシャルワーカー連盟は、約 120 か国の団体 で形成された国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)に加盟しており、また本 連盟(IFSW)におけるソーシャルワークの定義を採択している。 因みに、この国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)によるソーシャルワー クの定義は、経時的に変化を遂げており、1982 年のブライトンにおける初 定義まで遡れば以下のような変遷がみられる。

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26 ソーシャルワークは、社会一般とその社会に生きる個々人の発達 を促す、社会変革をもたらすことを目的とする専門職である (1982 年)(三島;2017;P.13)。 ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェルビーング)の増 進を目指して、社会の変革を進め人間関係における問題解決を図 り、人びとのエンパワーメントと解放を促していく。ソーシャル ワークは、人間の行動と社会のシステムに関する理論を利用し て、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。人権 と社会正義の原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤であ る(2000 年 7 月 27 日モントリオール総会にて採択)。 ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および 人々のエンパワメントと解放を促進する、実践に基づい た専門職 であり学問である。社会正義、人権、集団的責任、および多様性 尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。ソーシャルワ ークの理論、社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基 盤として、ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビー イングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。この 定義は、各国および世界の各地域で展開してもよい(2014 年7月 メルボルンにおける国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)総会及 び国際ソーシャルワーク学校連盟(International Association of Schools of Social Work:IASSW)総会において定義を採 択)。 まず、直近の「ソーシャルワーク(専門職)のグローバル定義」の特徴か らみていきたい。価値・原理において、「集団的責任」と「多様性尊重」が 追記されている。「多様性尊重」については、「人権の尊重」が貫徹されれ ば、これに連なる価値であるといえるだろう。つまり、個人の自己決定に依 拠した幸福追求が保障されるならば、それは必然的に「多様性尊重」へと帰 着するからだ。 しかし、もしこの「多様性尊重」が、本定義の注釈「中核となる任務」の 項目で挙げられている「人種・階級・言語・宗教・ジェンダー・障害・文 化・性的指向などに基づく抑圧や、特権の構造的原因の探求を通して批判的

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27 意識を養うこと」だけを指しているとすれば、むしろ、不十分であり、「抑 圧される側」、例えば、在日韓国・朝鮮人、被差別部落出身者、障害者、 LGBTQ というそれぞれの枠組みの内部においても、多様性が認められること までが含意されていなければならない。当然のことではあるが、障害者の中 にも、障害に対する多様な受け止め方があってよいということだ。 この点について、リッチモンドも次のように指摘している。 階層・立場等による「分類は出発点として必要であるが、分類す ることを目的にしてしまってはならない」。「同じような環境にい る人々が一見するほど同じでないということは事実である。それ にもかかわらず、数年前までの誤った一般化が、これから後も形 はいろいろ変わるとしても何度も繰り返されるであろう。このよ うなことから、この問題は強調されなければならない」(リッチ モンド;1991;PP.94-95)。 次に「集団的責任」についてであるが、これについては、現時点における 明確な統一的見解があるとはいえない。拙著で も、次のような見解を述べた 経緯がある。 (『集団的責任』について)、その意味が非常に理解しづらい。も し、排除されている人びとに対してその『集団的責任』を押し付 けることに用いられては本末転倒である。よって、私は、この 『集団的責任』を『社会の構成員としての責任』を指すものと解 釈することにしたい。更に言えば、この『集団的責任』は、『集 合的責任』と訳すべきであり、そうすることで、『集合』するこ とで生じる責任及び『集合』するかどうかを選択する責任と捉え ることが可能となり、私の解釈とより近くなるであろう (中島; 2017;P.23)。 「collective responsibility」は、やはり、「集団的責任」ではなく「集 合的責任」と訳されることが、一般的多くにみられるし、その意味からも 「集合的責任」と訳す方が適切ではないかと思われる。 他方で、本質的には、個人の暮らしの困難に対するその「社会の構成員と しての責任」という捉え方を据えておくべきだろう。つまり、貧困・障害・

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28 疾病・差別などにおける自己責任論のアンチテーゼとして、そして現在進行 している自己責任化に抵抗する概念として「集団的責任」位置づけるべきと 考える。要するに、個人の暮らしの困難に対する責任を、その個人に押し付 ける自己責任論を排し、社会全体でその責任を負うことを志向した価値とし て認識しておく必要があるのだ。 この点について、サラ=バンクスが掲げる「社会正義を志向するソーシャ ルワーク倫理のための価値試論」の「抵抗への集団的責任」にも以下のくだ りが認められる。 ソーシャルワーカーが、関係性としての、すなわち抑圧し束 縛す る構造や、制度の文脈における自律性を探究するときに、彼女 は、ソーシャルワーカー、サービス利用者、貧困状態の人びとの 『責任化』に抵抗することが重要である。このことは、ソーシャ ルワーカーが、サービス利用者や他の仲間とともに、社会問題の 原因や解決の責任を、個人、家族、共同体に転化することに積極 的に抵抗すべきことを意味する。この責任は、すべての市民と共 有すべきであり、行動に対する責任も、個人にあるのと同様に集 団にもある(バンクス;2016;P.106)。 さらに、この「ソーシャルワーク(専門職)のグローバル定義」では、 「地域・民族固有の知」を実践の基盤とすることが謳われている。 2000 年 の定義では、「解説」の「理論」の項目の中で、「地方の土着の知識を含む、 調査研究と実践評価から導かれた実証に基づく知識体系に、その方法論の基 礎を置く」という程度に位置づけられていた「地方の土着の知識」が、「ソ ーシャルワーク(専門職)のグローバル定義」においては、本体の定義に 「地域・民族固有の知」として大々的に盛り込まれることになった。 三島亜紀子は、2000 年の定義から「ソーシャルワーク(専門職)のグロ ーバル定義」までの主要な変更点の 1 つとして、「調査研究と実践評価から 導かれた実証に基づく知識」(「エビデンスに基づく知」(evidence-based knowledge)が削除され、「地域・民族固有の知」が強調されている点を指摘 している(三島亜紀子;2017;P.12)。この三島の見解を踏まえて、「ソーシ ャルワーク(専門職)のグローバル定義」をみれば、「注釈」の「知」の箇 所において、この変化の背景と意義についての説明ともとれるくだりが認め られる。

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29 ソーシャルワークの研究と理論の独自性は、その応用性と解放志 向性にある。多くのソーシャルワーク研究と理論は、サービス利 用者との双方向性のある対話的過程を通して共同で作り上げられ てきたものであり、それゆえに特定の実践環境に特徴づけられ る。(中略)ソーシャルワークは、世界中の先住民たちの声に耳 を傾け学ぶことによって、西洋の歴史的な科学的植民地主義と覇 権を是正しようとする。こうして、ソーシャルワークの知は、先 住民の人々と共同で作り出され、ローカルにも国際的にも、より 適切に実践されることになるだろう。 以上のことを鑑みても、「調査研究と実践評価 から導かれた実証に基づく 知識」から「地域・民族固有の知」への転換を志向しているといって過言で はあるまい。 実は、「証明可能な実証的根拠を基盤としたソーシャルワーク実践」に対 するソーシャルワークからの批判は、遅くとも 2000 年当初から世界的にみ られるようになっている。 イアン=ファーガスンは、「証明可能な実証的根拠」自体が、政策立案者 にとって心地のよいものであるように誘導されている実態や、「科学の適 応」によってリスクを除去するというソーシャルワーカーの姿勢の蔓延が、 ソーシャルワーク実践の核心ともいえる不確実性と偶然性を蔑ろにするこ と、さらには、「ソーシャルワークをやっかいで問題の多い専門職にしてし まうような側面、取り分けその価値基盤を除去しておく」ために用いられて いると批判している(ファーガスン;2012;PP.91-97)。このようなファー ガスンの主張を額面通り採用したわけではないにせよ、このような世界のソ ーシャルワークの潮流がこの変更に影響を与えたことは間違いないだろう。 このことを教育学的知見から捉え直した場合、高橋満と槇石多希子がここ 30 年間のパラダイムシフトとしている「獲得としての学習」(知識を獲得す ることによる学習)から「参加としての学習」(活動への参加による学習) への遷移と符合するものとして受け止めることができるだろう (高橋・槇 石;2015;P.14)。つまり、知識を「獲得」「所有」の対象とすることから、 学習者個人の諸関係によって生成され、継続的に再構成される可塑的・流動 的なものとして捉えることへの転換である。

参照

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