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1章では、まず、ソーシャルワーク実践の課題として、そこに「社会変 革」の停滞があることを確認した。そして、その要因としては、大きく 4つ の問題があることを論じておいた。

その 1 つは、ソーシャルワークの中核的実践に大きくな影響を及ぼす「価 値の捨象」であり、次に、「社会変革」の「社会」を捉える議論が曖昧であ る点、3点目として、「人びと」の身近な社会環境としての「地域」を変革 していく方法が不明瞭であることと、最後に、この「地域変革」を促進する ための組織運営の方法についての検討も不十分である点を挙げてきた。

本章では、このうち、直接的には、1 つ目の観点としての「価値の捨象」

を除く3 点に対して、先行研究の検討を行い、 本論文の研究の課題、視点と 方法、調査対象について確認していきたい。

第 1節 先行研究の概括

1.先行研究 4 つの潮流

1章では、ソーシャルワークの「社会変革」、特に、多くのソーシャルワ ーカーに求められる「地域変革」と、これを促進する組織運営にかかる実践 が停滞している状況を描写しておいた。本節では、もう一歩踏み込んで、日 本のみならず、国際社会における先行研究及び先行理論の動向を確認のうえ 整理していきたい。

このソーシャルワーカーの「社会変革」とこれを後押しする組織運営にか かる先行研究には大きく4 つの流れが存在する。

1つは、日本における社会福祉にかかる政策論争である。それは、1950 年 から 60 年代にかけて、自由主義・市場主義領域の拡大に伴って、それが社 会福祉の領域を侵食していくことに対する、大きくは容認派と反対派による 論争であった。

またこの論争は、社会福祉関連法が一斉に改定された「社会福祉基礎構造 改革」(2000 年)の前後にも勃興している。1950 年代から 2000 年にかけて 日本では、ソーシャルワーク実践よりも、このような社会保障等の制度・政 策についての論争が「社会変革」の中心的課題であったと言える。

2つ目に、「コミュニティケア」に代表されるような「人びと」の身近な 地域における「社会変革」を志向した研究が挙げられる。これらは、政策論

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争よりも、ソーシャルワーク実践へ接近した観点で描かれたものが多い。現 実的な施設等の運営やそこでの個別の実践に焦点を合わせて、 そこで、どの ような「社会変革」のあり方が想定されるのかを探究したものが幾つか存在 する。

特に以下で紹介する岡村重夫の「社会関係」論や岩間伸之の「新しい出会 い」論は、人間関係の構造が、「社会変革」のとば口となっている点を示唆 しているといってよいだろう。

しかしながら、これらを逐一仔細に確認していけば、社会福祉学やソーシ ャルワーク研究において、ソーシャルワークの「社会変革」 は、政策論争に 留まるか、実践領域における「地域社会」や「関係構造」の重要性の指摘に 収まっていることがわかる。つまり、1章で論じておいた「人びと」の身近 な社会環境である「人びとの関係構造」・「個人のアイデンティティ」・「集団

(組織)」・「地域」における「社会変革」についての重要性の指摘はなされ ているが、その方法論への論及が殆ど見当たらない ことが確認できるだろ う。

そこで、第 3 に、教育学的知見の切要性が浮上してくる。特に、「人間関 係の構造変容」に関して言えば、1 章で触れた「参加としての学習」との関 連が顕著となる。従って、岡村や岩間による主張の不足を補い、彼らの理論 を強化していくためにも、「参加としての学習」にかかる先行研究の整理が 不可欠となる。

最後に、これに加えて、組織変革を含めた組織運営の研究がある。ただ し、ここで検討する組織は、あらゆる形態のそれを指すものではない。それ は、ソーシャルワーカーの所属する組織であり、専ら社会福祉法人や医療法 人、NPO 法人などの非営利組織が当てはまる。

2.ソーシャルワーカーが所属する組織の整理

ここで、この非営利組織 3 形態の現状を押さえておきたい。

まず、1998年に施行された特定非営利活動促進法によって、特定非営利活 動法人(以下 NPO という)は増加の一途を辿っている。1998 年度に 23法人 であったのが、2019 年度では 52,633法人にまでに増大している。

社会福祉法人においても、超高齢社会に対応するべく増加の傾向にある。

1995年度に 14,832法人であったものが、2015 年度には 20,303法人へと増 加がみられる。

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また医療法人についても、1995 年度 24,725法人であったのが、2018 年度

では 53,944法人にまで膨張している。

そして、ソーシャルワーカーの多くは、これらの法人に就業している こと がわかる。社会福祉士の主な就業先は、46.3%が社会福祉法人であり、

15.9%が医療法人、3.9%が NPO である(社会福祉振興・試験センター;

2015)。精神保健福祉士では、32.4%が「医療関係」とされており 45.2%が

「高齢者・障害者・児童福祉関係」と「社会福祉協議会」となっている (社 会福祉振興・試験センター;2015)。

精神保健福祉士の調査では、法人種別は明らかとなっていないが、社会福 祉士よりも医療法人に従事する者の割合が高いことが推察されるが、多くの ソーシャルワーカーが、概ね、上記の 3 法人に分布していることが推考され るだろう。

加えて、これらの法人は、いわゆる社会的企業の範疇に位置づけられる。

社会的企業は、一般的には、「社会性」と「事業性」、「革新性」によって定 義づけられている(谷本寛治;2006)。

「社会性」は、社会的課題の低減・解消に向けた展開を指す。ひと言でい えば、社会貢献活動と言っていいだろう。

「事業性」は、いわゆるマネジメントであり、効率性と生産性を高める活 動、即ち、収益性を指している。このことは「持続性」という言葉に置き換 えることもできる。

最後に、「革新性」であるが、事業展開を通じて、社会に新しい価値や仕 組みを創出していくことが求められているということだ。既存の組織が着 目・着手していない領域に対して、積極的に事業展開を図る姿勢がこれに当 たる。

このように社会的企業の特徴は、「社会性」・「事業性」・「革新性」などの 要素で構成されていることからも、社会的企業の展開には、「社会変革」の 要素が含意されていることがわかる。

ただし、これからの執筆上の混乱を避けるためにも、社会的企業と社会福 祉法人、医療法人、NPOなどの概念上の相違点については若干の整理が必要 となる。ここでは、谷本寛治の整理を参考にして、以下のように各概念を 総 括しておきたい。

谷本によれば、ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)は、社会福 祉法人、医療法人、NPOなどの範疇よりもより大きな概念であるという。そ

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のうえで、ソーシャル・エンタープライズを次の 4つの形態に分類してい る。

1つは、「事業型 NPO」であり、これがまさにこれまで述べてきた「組織」

の形態としては該当する。つまり、社会福祉法人、医療法人、NPO などが含 意されたカテゴリーとなる。「事業型 NPO」の特徴としては、政府から独立 した組織であることと、社会的課題の解決に取り組むことを 使命としている こと、収益をメンバー間で再分配しないことを挙げている。

その他の範疇としては、次に、社会的課題の解決をミッションとして設立 された「社会志向型企業」、3つ目に、「中間形態の事業体」として、まちづ くりを志向した協同組合、コミュニティ(ソーシャル)・ビジネス、ソーシ ャルファームなどを、最後に、「一般企業による社会的事業(CSR)」などが 示されている(谷本寛治;2006;PP.6-15)。

谷本の分類に従えば、本稿で検討の対象にしていく 「地域の絆」は、まさ にこの「事業型 NPO」に該当することになる。しかし、「事業型 NPO」には、

NPO以外の社会福祉法人や医療法人なども該当するため、「事業型 NPO」、即 ち、NPO という関係にはない点に留意が必要だ。

従って、本稿では、社会的企業・「事業型 NPO」・NPO の関係を以下のよう に整理して議論を進めていく。

まず、社会的企業とは、営利・非営利法人の如何によらず社会的課題の克 服に貢献するものであって、「開拓性」・「志」・「社会性」・「事業性」の要素 で構成されているものとする。次に、その社会的企業の範疇にある「事業型

NPO」は、社会福祉法人、医療法人、NPO などソーシャルワーカーの多くが

所属している法人の総称として用いる。そして、特定非営利活動法人だけを NPOと呼ぶことにする。

そのうえで、社会的企業を含め、「事業型 NPO」、NPO の組織運営に関係す る先行研究をみていきたい。

第 2節 先行研究の検討

1.ソーシャルワークの「社会変革理論」

1-1.政策論争としての「社会変革」

敗戦直後にまで遡って概観するならば、ソーシャルワークの「社会変革」

に関する研究は、主に社会政策論を中心に進められてきた。

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取り分け、社会政策における論争が顕著にみられたのが、1960 年代の臨 調・行革路線から生まれた「福祉見直し」「日本型福祉社会」論に対する正 否の判断に関するものがあった。またその後、2000年の社会福祉基礎構造 改革の際にも、この論争は再燃することになる。

相澤譲治によれば、これらの政策は、政府の責任回避を目的とした政策で あり、「個人と家族による自助努力」と「地域の相互扶助」「企業内福利厚 生」を基盤としつつ、日本人の貯蓄率の高さを利用する一種の社会福祉論で あったとしている。また、これらによって、「自助と民活によるところの 公 的責任の縮少及びシルバーサービス産業の振興が図られて」来たのだった

(相澤譲治;1991;PP.67-71)。

そして、このシルバーサービス産業の勃興を 1 つの契機として、介護福祉 士に加え、私たちソーシャルワーカーの国家資格としての社会福祉士を定め た法律が構成されていくことになる。

この論争については、社会事業学を社会政策とともに経済学の一形態と捉 えていた孝橋正一や、市場原理にもとづく社会福祉改革を最も先導した八代 尚宏、公的責任の範囲を限定し「公私役割分担の見直し」を求めた三浦文夫 などの存在があった。他方で、その反面、「資本主義制度の恒久持続性」を 前提とした「政策論」の「一面性」に対して、「運動論」の立場から批判を 展開した一番ケ瀬康子や高島進、真田是、さらには、「福祉見直し論」から 社会福祉基礎構造改革に至るまでの経済至上主義・新自由主義批判を展開し てきた河合克義らの主張がみられた(宮田;1979;PP.179-219)(宮田;

2012;PP.1-20)。

以上の理論には、社会福祉にかかる制度・政策に対する政府・自治体の責 任を減退させるのか、それとも維持、もしくは強化していくべきか に焦点が 置かれており、この点において、ソーシャルワークの「社会変革」後のある べき社会の姿を模索した研究であったと言えるだろう。

しかし、これらの研究では、マクロ領域で働くソーシャルワーカーや政治 家・官僚等の政策立案者の実践には一定の示唆を与えるものの、その他 のミ クロ・メゾ領域を主たる対象とする大多数のソーシャルワーカー が、制度・

政策に関与するための実践方法に関する議論は皆無であった。ましてや、

「人びと」の身近な社会環境の変革の方途などは度外視の状況である。

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