生活の観点からみる法定後見

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(1)

社学研論集 Vol. 29 2017年3月

はじめに

本稿は,生活の観点から法定後見を考察する ことで,生活支援をめぐる議論に貢献すること を目指すものである。

生活の観点をもちだす理由については,「生 活」が,保健,医療,福祉などの様々な領域に おけるキー概念となってきているからである。

このことの具体的議論は本稿の第1章に譲る が,我々は「生活の質」などといった表現をも とに,何らかの困難に陥った人への支援を模索 するようになってきている(1)

2000年に始まった,民法上の後見制度におい ても,「生活」はキー概念であるといえるのだ が,そのことを述べるべく,まず必要な範囲で 制度概要を示したい。1999年,従来の禁治産・

準禁治産制度を改正した形で,成年後見関連4 法が第145回通常国会に提出され,同年12月に 第146回国会において成立し,2000年4月に施 行された。これが後見制度の誕生であった。こ の制度化にあたり,後見形態については図序-

1の枠組みが示され,後見主体については図 序-2の枠組みが示された。これらの枠組みは 現在まで存続している。

2000年に始まった後見制度においても,「生 活」がキー概念であることを述べるべく,次に 概念定義を行う。2000年前後より,「成年後見」

という表現を見聞きすることが多くなった。し かし,この概念は字面から想像される領域以外 も含めて使用されるなど,あいまいな概念であ る(このことは筆者のみが指摘するものではな い[我妻ほか

2010

:

65])。具体的には,たとえ ば「成年後見」と表現した際に「未成年後見」

も含むことがある。また,「成年後見」とのみ 表現される際,それは「法定後見」を指してい ることも多いのだが[法務省民事局参事官室 1998

:

ⅶ][我妻ほか

2010

:

65],そのように理 解すると「成年後見」(法定後見)のなかに「成 年後見」(「保佐」「補助」と並置されるときの

「成年後見」)が存在するというまぎらわしいこ とになる。このように,「成年後見」という概 念は混乱を招きやすいものとなっている。

そこで,本稿では,議論を明確にするため,

我妻ほか(2010)での言及[我妻ほか

2010

:

65

-

66]を参考にしつつ,以下の定義づけを行 う。本稿では,後見形態の種別を問わずその全 体を指すとき「後見形態の全体」とする。次に,

「未成年後見」と対比される意味での「成年後

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程1年(指導教員 久塚純一)

論 文

生活の観点からみる法定後見

西 脇 啓 太

(2)

見」を「広義の成年後見」とする。続いて,「広 義の成年後見」のなかには,制度上「任意後見」

と「法定後見」とが存在するが,後者の「法定 後見」を「狭義の成年後見」とする。最後に,

「法定後見」つまり「狭義の成年後見」には,

法文上「成年後見」「保佐」「補助」が存在して いるが,そのうちの「成年後見」を「最狭義の 成年後見」とする。以上述べた概念の位置関係 は図序-1内に示されている。同時に諸概念に

は記号も付すこととした。

広義の成年後見(図序-1における

B

)が,

それを受ける者の「生活」に配慮することは,

法律に明記されている。改正民法第858条(成 年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)は,

「成年後見人は,成年被後見人の生活,療養看 護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっ ては,成年被後見人の意思を尊重し,かつ,そ の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければ 図序-1:後見形態

図序-2:後見主体

(3)

ならない」と規定する。この「生活の状況に配 慮」という規定は,保佐,補助については民法 第876条の5第1項,民法第876条の10第1項 に,また任意後見については任意後見契約に関 する法律第6条に設けられている。

広義の成年後見(図序-1における

B

)が,

それを受ける者の「生活」に配慮することは,

研究者たちの議論では,たとえば次のように表 現される。新井は,後見制度の成立に伴い,広 義の成年後見(図序-1における

B

)の構成要 素として新たに設けられた「身上配慮義務」に ついて,「身上配慮義務の新設は,従来の民法 学における後見法の理解には希薄であった,本 人の生活の質を高めることを目的とした生活支 援措置としての後見制度という視点をもたらし たのであり,民法学にも大きなインパクトを与 えた」と理解している[新井

2002

:

42

-

44]。ま た,上山は,法定後見(狭義の成年後見,図 序-1における

B

-②)の「支援の目的」とは,

「利用者の生活全般を,その生活の質(Q

OL

クオリティ・オブ・ライフ)の維持と向上をめ ざ」すことであると認識している[上山

2015

:

1,9

-

10]。

それでは,後見におけるキー概念である「生 活」とは何か。これについては,立法担当官や 法律によって明らかにされているわけでもな い。では,後見の研究において,生活はどのよ うなものとして考えられているのだろうか。

後見に関しては,後見制度の成立以降,多く の研究が蓄積されてきており,それを議論する 切り口には様々なものが存在するなか,「生活」

という切り口からの議論については,多くはな されていないものの,以下の傾向をもって行わ

れている。

まず,「生活」という視点を持ち込みつつも,

生活そのものの議論には立ち入らない研究群を 指摘することができる。この点,「生活」とい う概念が検討不要の概念であるならば,生活そ のものの議論に立ち入らないことに異論を差し 挟む余地はないともいえる。では,「生活」と いう概念は吟味を要しないであろうか。筆者は そうではないと考える。「生活の質の充足」な どといった表現をもって,生活が重要な立場に 立てば立つほど,それに比例して,その意味を 咀嚼する意義も高まるといえるのではないか。

次に,生活に客観性を求めていると考えられ るものもある。たとえば上山(2015)は,後見 支援内容の1つである身上監護について,「身 上監護とは,客観的な視点からみた利用者の生 活の質(クオリティ・オブ・ライフ:Q

OL

)の 維持・向上を目的とした活動であると位置づけ られる」と述べる[上山

2015

:

75]。ここには,

生活をある種の指標的なものとして捉えたいと いう欲求があらわれているとも解しうるが,こ のような欲求は後見支援に限らず様々な分野 に存在している。たとえばQ

OL

の尺度化を目 指す研究群は,このような欲求をあらわす一 例といえよう。たしかに,生活に客観性を求め ることにも意義はあると思われる。たとえば,

Q

OL

が指標化されていれば,支援の充足程度 も客観視することができ,支援結果のあいまい さを排除できるといった利点が生まれるかもし れない。しかし,もし仮に,生活に客観的な領 域のみを求めてしまうことがあるとすれば,そ れは生活の理解やその支援の議論にとって不十 分なのではないかと筆者は考える。生活が,客 観化,指標化されるような領域のみから成り立

(4)

つものではないということは,第1章における 生活の複雑性に関する議論を通して示したい。

以上,後見におけるキー概念である「生活」

について,先行研究では議論が不十分であると 筆者が考える点について述べた。そこで本稿で は,「生活」という概念を再度吟味し,そこか ら法定後見(狭義の成年後見,図序-1におけ る

B

-②)を照射することで,生活支援をめぐ る議論に貢献することを目指す。

この作業に当たり,叙述は以下の順で行われ る。第1章では,生活の複雑な側面,およびそ こに支援を投入することの志向の高まりを論じ る。第2章では,複雑な側面をもつ生活に対す る支援として,ソーシャルワーク(以下

SW

する)が浮上することを論じる。第3章では,

以上の議論を伏線にした上で,法定後見(狭義 の成年後見,図序-1における

B

-②)が,理 念的にどのように位置付けられるかについて論 じる。第4章では,法定後見(狭義の成年後見,

図序-1における

B

-②)が,実態としてどの ような動きをみせているか,およびそこから考 えられる論点について言及する。

第1章 生活の複雑な側面とその充実へ の志向

生活がどのようなものであるのかについて は,民俗学が学問的接近を図ってきたといえ る。民俗学におけるアプローチは,暮らしの ディテールな側面を豊かに記述することでその 様相を描写しようとするものであり,抽象化を 捨てている。そのことを,日本における民族学 を主導してきたとえいる柳田國男による議論

[柳田

1993]からみてみたい。柳田はここでの

議論で,食物,家,風光,交通,酒,恋愛,生 産,貧,病など様々な視点から,生活の様相を 描写している。それらが複雑な形で互いに影響 を与え合いながら,人の暮らしが成り立つ様子 を描いている。ここでは,生活の理論化を目指 さない方向性がうかがえるが,これは,生活が あまりに複雑であるため,それを丸ごと捉える という戦略から離れた結果であると解せよう。

また,柳田の描写は,生活はその複雑性ゆえに 指標的に理解されることを欲っさない領域をも つ,ということを示しているように思われる。

しかし,そのような生活における複雑な側面 に対し,いつでも政策的に介入が行われたり,

支援が構想されたりしてきたわけではなかっ た。むしろ生活については,従来は,社会政策 や社会保障が想定してきたといえる経済生活に 目が配られがちだったといえよう。従来は生活 における部分的側面に偏った目配りをしてき た,と理解できるかもしれない。

近年における,生活に関する議論の高まりを みてみたい。日本では高度成長後の1970年代に 生活研究が本格化していく。たとえば,生活学 の提唱,生活構造論の再編,Q

OL

(生活の質 などと訳される)論の登場は,この時期の出来 事であった。1980年代後半から1990年代にかけ ては,「生活優先社会(

life priority society

)」と いう社会像が注目されるようになる。この社会 は,「『ものの豊かさ』から『こころの豊かさ』

という脱物質志向のもと,『生活の質』を重視 し,『質』の高い生活を志向する社会であり,

経済人,産業人に対比される『生活者』が注目 され」る社会であり,「生活主導,生活志向に より社会システムの再編成を意図」する社会で あるなどと説明される[秋元ほか

2003

:

274]。

(5)

今日の日本においては,生活が有する様々な 側面に目が配られつつあり,その質の充足や,

その困難の解消や軽減に向けて支援が構築され ようとしている。たとえば,リハビリテーショ ンなど障害にかかわる支援の文脈においても,

「生活」は議論の俎上に載せられてきた。この ことは,たとえば国際障害分類(

ICIDH

(1980 年)から国際生活機能分類(

ICF

)(2001年)

への転換を日本に導入したことにも読み取るこ とができる。この転換についての解説は,上田

(2005)や上田(2013)などに詳しいが,ここ で指摘しておきたいこととして以下のことがあ る。それは,

ICIDH

では,障害に影響する因

子を「

disease

」(日本語訳では「疾患・変調」)

のみとしていたが,

ICF

では,

functioning

」(日 本語訳では「生活機能」)と「

disability

」(日本 語訳では「生活機能低下」「障害」)に影響を与 える因子を「

health condition

」(日本語訳では

「健康状態」),「

environmental factors

」(日本語 訳では「環境因子」),「

personal factors

」(日本 語訳では「個人因子」)の3つで理解するよう になった,という点である[上田

2013

:

301]。

また,

ICIDH

に比べて,

ICF

では概念間の因

果関係の矢印が入り組んでいることも指摘し ておきたい(図1-2)。上田の言葉を用いれ ば,「…

ICF

では両方向の矢印となり,『(ママ)

すべての要素が他のすべての要素と関係しあう

『相互作用モデル』となった」のである[上田

2013

:

302]。

ICF

は,生活が複雑な因果関係の もとに成り立つものであると認識するよう我々 に求めている。我々は,個人の生活を,

ICF

因果観の中でより複線的な様相をもつものとし て理解し,その上で支援を投入することを目指 すようになってきているのである。

以上,我々の生活には複雑な様相があること や,その様相への関心の高まりについてみてき た。たしかに,生活には,複雑であるとは必ず しもいえない領域もあるかもしれない。たとえ ば最低限の衣食住などはその範疇に属している とも考えられる。このような領域は,「集団」

における共通の要件をみて充足できる,客観化 あるいは指標化が可能な領域ともいえ,「個人」

の生活の複雑性を考えなくても支援を投入でき る領域かもしれない。しかし,他方で生活は本 章でみたように,客観的に捉えられることを求 めないような,個別的で複雑な様相も同時にも つものである。今日では,その複雑性を含めて 生活支援を考えるようになっている,というこ とがいえるのではないだろうか(2)

第2章 生活の支援としての SW

生活が複雑な側面をもつことを認めたとき,

我々はいかにして生活支援を可能にできるであ ろうか。その点については,従来,

SW

やケア 図1-1:国際障害分類(ICIDH)(1980)のモデル

図1-2:国際生活機能分類(ICF)(2001)のモデル

(6)

の領域で議論されてきたといえる。ここでは,

紙面の関係もあるので,

SW

に焦点を当てたい。

SW

は元来,個人の生活が複雑であること を前提にしている。そのことをバイステック

(1957)の議論からみてみたい。この議論から みる根拠は,

SW

には様々な流派が存在するが,

それらに共通する土台として,この書で提示さ れる原則が認識されているからである(3)

この書には,多様な生活状況を示すべく多く の事例が紹介されている。個人の生活に複雑な 様相があることが随所に示されており,その問 題に支援を向けるのが

SW

であるということが 示されている。

バイステックによると,ソーシャルワーカー とクライエントの間に,異なる道徳基準や規 範が存在する場合,「やっかいな問題」が生じ るといい,その問題にソーシャルワーカーは 直面しなければならないという[

Biestek

1957

:

116]。その「やっかいな問題」は,たとえば,

クライエントが信仰上の理由により,一般的な 衛生面の価値観,一般的な治療方針,一般的な 金銭の使い方から離れた選択肢を欲していると き等においてあらわれてくる。このことは,個 人の生活の複雑さをあらわす一例といえる。ま た,このような生活の側面は,その充足手段が 明確的でない領域ともいえる。

SW

は,このよ うな領域に目を向けるのである。

SW

が選択する次のあり方も,生活の複雑さ を認めていることから生じるものである。バイ ステックによると,ソーシャルワーカーは,ク ライエントの生活上の変化に接していくことに なるので,その援助目標は柔軟にならざるをえ ないという[

Biestek

1957

:

32]。時間的なかか わりの中で,そのつど支援を生成していくこと

が目指されるのである。そのために,

SW

はク ライエントに対する補助的役割を選択する(4)

SW

が補助的役割を選択することは,①不適切 な

SW

として,問題解決にあたり主たる責任を ソーシャルワーカーが取り,従属的役割をクラ イエントがとることが挙げられること[

Biestek

1957

:

106],②クライエントも「援助の主た る参加者」であると理解されること[

Biestek

1957

:

78]等によっても裏付けられるといえる。

クライエントの生活上の変化を前提として,援 助に柔軟性を持たせ,補助的役割を担うといっ た支援のあり方は,生活が単純であるとの前提 からはあらわれにくいといえよう。

また,

SW

が,個人の生活の複雑な領域,言 い換えると,充足手段が明確的でない生活領域 をまなざす支援であるということは,次のよう な支援形態と比べることでも理解できるかもし れない。たとえば,世帯人数や等級地に応じた 生活保護費の分配や,骨折を治療するような外 科的手法など,充足手段が比較的に明確である といえる生活領域に向けた支援である。

本章の冒頭で,生活が複雑な側面をもつこと を認めたとき,我々はいかにして生活支援を可 能にできるであろうか,という問いを立てた。

それについて,本章では,

SW

のあり方が浮上 してくることを議論した。以上を念頭に,他の 支援形態との位置関係を理解すべく,諸支援の 志向性を踏まえ図示すると,図2-1のような 理解も可能になろう(ここでいう志向性とは,

その支援形態の理念的な傾向性といった意味で あり,その生活領域しか支援を向けないといっ た頑健性を意味するものではない)。

(7)

第3章 法定後見(狭義の成年後見,図 序-1における B -②)の位置づけ 複雑な側面を有する生活の充足を目指すに は,

SW

のあり方が浮上するという議論を展開 した。以上の議論を伏線にみた上で後見支援は どのように理解できるであろうか。本稿では,

「未成年後見」(図序-1における

A

)と「広 義の成年後見」(図序-1における

B

)のうち,

後者に焦点をあてる。また,「広義の成年後見」

(図序-1における

B

)のうち,「任意後見」(図 序-1における

B

-①)ではなく,「法定後見」

(狭義の成年後見,図序-1における

B

-②)

に焦点をあてる。

この法定後見(狭義の成年後見,図序-1に おける

B

-②)は,結論を先取りすると,充足 手段が明確的でない領域(

SW

がまなざす領域)

に,理念的には目を配るものといえる。言い 方を変えると,民法を母体とする後見支援が,

SW

がまなざす生活領域に目を配ることを求め られているといえる。

まず,このことを身上監護の導入から考えて

みたい(広義の成年後見(図序-1における

B

は身上監護を導入していると理解することがで きる[小賀野

2007

:

71

-

72])。

身上監護の法的根拠をみてみたい。最狭義 の成年後見(図序-1における

B

-②-1)に は,身上監護に関連する規定が2つ設けられて いる。それは民法第858条(成年被後見人の意 思の尊重及び身上の配慮)と,民法第859条の 3(成年被後見人の居住用不動産の処分につい ての許可)とである。このうち,前者の民法第 858条が身上監護の一般規定であり,これまで,

この規定をどう解釈するかが議論されてきた。

民法第858条の全文は「成年後見人は,成年被 後見人の生活,療養看護及び財産の管理に関す る事務を行うに当たっては,成年被後見人の意 思を尊重し,かつ,その心身の状態及び生活の 状況に配慮しなければならない」との文言であ る。これは,「生活,療養看護」事務(「身上監 護」と呼ばれる)と「財産の管理」事務(「財 産管理」と呼ばれる)を,意思尊重配慮と身上 配慮により行うことを,「成年後見人」(最狭義 の成年後見人,図序-1における

B

-②-1)

に求めるものであると理解される(5)。条文の文 言は包括的な表現となっており,身上監護の具 体的内容が示されているわけではない。身上監 護をめぐる議論においても,その意味内容につ いての共通認識を得ることはできなかったと される[成年後見問題研究会

1997

:

47]。また,

その状況は今日においても変わらないと理解さ れている(6)

身上監護の意味が明確化されていないこと は,広義の成年後見(図序-1における

B

)全 体にいえることであり,本章の議論対象である 法定後見(狭義の成年後見,図序-1における 図2-1:個人の生活に対する諸支援の志向性

(8)

B

-②)にもいえることである。法定後見(狭 義の成年後見,図序-1における

B

-②)もそ れを行う身上監護の意味が明確化されていない ということは,法定後見が,充足手段が明確的 でない領域(

SW

がまなざす領域)を視野に入 れることを求められている,という理解の可能 性を生む。

次に,法定後見(狭義の成年後見,図序-1 における

B

-②)は,充足手段が明確的でない 領域(

SW

がまなざす領域)を視野に入れるこ とを求められている,との理解が,身上監護の 解釈によって進むことを示す。

上山は,身上監護について以下の解釈可能性 を示す(なお上山は,「法定後見」(狭義の成年 後見,図序-1における

B

-②)における身上 監護を念頭に置いている[上山

2015

:

1])。それ は,「…身上監護事務は,まさにこの自己実現の 具体的な内容そのものとして現れる領域だと考 えられる」というものである[上山

2015

:

90]。

自己実現に関しては,社会福祉士後見人を養 成する際に使用されるテキストにも記載がある。

毎年,日本社会福祉士会は,「成年後見人養成 研修(委託集合研修)」を企画し,社会福祉士 後見人を養成している。委託集合研修とは,日 本社会福祉士会が都道府県の社会福祉士会に委 託した研修である。2016年度の委託集合研修に ついては,25都道府県の社会福祉士会で開催さ れている(7)。日本社会福祉士会は,これら研修 におけるガイドラインや標準カリキュラムを設 けている。標準カリキュラムに記載されている

「使用テキスト」であるが,たとえば2016年度 のそれは,「①『権利擁護と成年後見実践』(メ インテキスト) ②『後見六法』

『専門職後見

人と身上監護』 ④『成年後見実務マニュアル』」

と記されている[日本社会福祉士会発行年不記 載

:

ページ不記載]。そのうち,たとえば④『成 年後見実務マニュアル』には次の文言がある。

「成年後見人等の基本的態度として,成年被後 見人等の意思を尊重し自己実現を支援するため に,成年後見人等としての自らの役割と立場を 常に認識して行動することが求められます」[日 本社会福祉士会編

2011

:

8]。これは,社会福祉 士が行う,法定後見(狭義の成年後見,図序-

1における

B

-②)も含めた「後見形態の全体」

が,被後見人の自己実現をまなざすことを求め られていることを意味する。

ここで,自己実現とは何かという問題が生じ る。しかし,前記の上山(2015)の議論などに おいて自己実現の意味は明らかにされていると はいえない。自己実現といえば,マズローの ニーズ論やメイヤロフのケア論において中核的 概念となっているが[

Maslow

1943][

Mayeroff

1971](8),彼らも,何をもって自己実現を達成 できるのか,について明らかにしているとはい えない。にもかかわらず,自己実現は,ニーズ やケアを考える際の重要な要素として位置づけ られ,我々もそれを承認している。つまり,自 己実現は,その内容を明確化できないほどに抽 象的であるものの,生活支援を考える様々な議 論において,その充足が目指されるものとして 理解されているといえる。

身上監護の解釈は,法定後見(狭義の成年後 見,図序-1における

B

-②)が自己実現支援 を担う,との認識を生む。このことは,民法に おける支援である法定後見(狭義の成年後見,

図序-1における

B

-②)が,充足手段が明確 的でない領域(

SW

がまなざす領域)に目を向

(9)

けることを求められている,との理解を進める といえる。

ここまでで,身上監護の解釈などを考える と,法定後見(狭義の成年後見,図序-1にお ける

B

-②)は,充足手段が明確的でない領域

SW

がまなざす領域)に目を配ることを求め られているといえる,ということを述べた。つ まり,法定後見(狭義の成年後見,図序-1に おける

B

-②)は,充足手段が明確的でない領 域(

SW

がまなざす領域)に,理念的には目を 配っていると理解できる。そのことを踏まえた 上で,「身上監護」と「財産管理」との関係を 考えてみたい。もちろん,実際の支援を想像す れば,このように「身上監護」と「財産管理」

とが明確に分離しているわけではない。「財産 管理」は「身上監護」を目的に行われるとの解 釈[法務省民事局

1998

:

39]は,両者の一体的 関係性を示しているともいえる。しかし,先に もみた民法第858条には,後見支援内容として

「生活,療養看護」事務と「財産の管理」事務 とが示され,それらは「身上監護」と「財産管

理」と並列的に呼ばれ,そのような位置づけの 上で多くの議論が展開されてきた。よって,こ こでは両者を並置的に考えることとする。その 上で図示を試みると図3-1のように理解する こともできるのではないだろうか。

第4章 法定後見(狭義の成年後見,図 序-1における B -②)の実態 2000年に始まった後見制度は,先にも言及し たように,図序-1や図序-2の枠組みをもつ こととなり,この枠組みは現在に至るまで存続 している。そのうち,法定後見(狭義の成年後 見,図序-1における

B

-②)は,充足手段が 明確的でない生活領域(

SW

がまなざす生活領 域)に,理念的には目を配っている,というこ とを第3章で述べた。では,法定後見(狭義の 成年後見,図序-1における

B

-②)は実際に その領域にアクセスしてきたのであろうか。こ こでは,生活の観点から法定後見(狭義の成年 後見,図序-1における

B

-②)をみる,とい う本稿の趣旨に照らして妥当な議論を提出しう る後見主体に集中して検討に入ることとする。

「成年後見関係事件の概況」をみてみたい。

これによると,「後見開始,保佐開始及び補助 開始事件のうち認容で終局した事件を対象と し た 」 と き の 件 数 の 総 数 は,2008年:24

,

964 件,2010年:28

,

606件,2015年:34

,

920件であっ(9)

後見主体には様々なものが存在しているが,

まず大きくは親族と第三者に分けることがで きる(図序-2)。前記総数における,その構 成割合の推移をみてみると,近年は,親族後見

(4親等内)が減少してきており(2005年度:

約77%,2008年: 約68

.

5%,2010年: 約58

.

6%,

図3-1:個人の生活に対する法定後見の志向性

(10)

2015年:約29

.

9%),第三者後見が増加してき ている(2005年度:約23%,2008年:約31

.

5%,

2010年: 約41

.

4%,2015年: 約70

.

1%) こ と が わかる(「成年後見関係事件の概況」各年版よ り)。

次に,第三者後見の担い手の1つである専 門職後見について,数字の推移をみていきた い(「成年後見関係事件の概況」各年版より)。

2005年度における専門職後見のうち,数が最 も多いのが司法書士の1

,

428件(前記総数にお ける割合:約8

.

2%),2番目に多いのが弁護士 の1

,

345件(前記総数における割合:約7

.

7%),

3番目に多いのが社会福祉士の580件(前記総 数における割合:約3

.

3%)であった(10)。2008 年における専門職後見のうち,数が最も多い のが司法書士の2

,

837件(前記総数における割 合:約11

.

3%)(第三者後見における割合:約 36

.

0%),2番目に多いのが弁護士の2

,

265件

(前記総数における割合:約9

.

0%)(第三者後 見における割合:約28

.

8%),3番目に多いの が社会福祉士の1

,

639件(前記総数における割 合:約6

.

5%)(第三者後見における割合:約 20

.

8%)であった。2010年における専門職後 見のうち,数が最も多いのが司法書士の4

,

460 件(前記総数における割合:約15

.

5%)(第三 者後見における割合:約37

.

6%),2番目に多 いのが弁護士の2

,

918件(前記総数における割 合:約10

.

2%)(第三者後見における割合:約 24

.

6%),3番目に多いのが社会福祉士の2

,

553 件(前記総数における割合:約8

.

9%)(第三者 後見における割合:約21

.

5%)であった。2015 年における専門職後見のうち,数が最も多い のが司法書士の9

,

442件(前記総数における割 合:約27

.

0%)(第三者後見における割合:約

38

.

5%),2番目に多いのが弁護士の8

,

000件

(前記総数における割合:約22

.

9%)(第三者後 見における割合:約32

.

6%),3番目に多いの が社会福祉士の3

,

725件(前記総数における割 合:約10

.

6%)(第三者後見における割合:約 15

.

2%)であった。

以上の動向からみえることに次のことがあ る。年々増加する前記総数において,第三者後 見数の割合が増加してきている。また,その第 三者後見の担い手の1つである専門職後見とし て,たとえば社会福祉士後見も年々その数を増 やしてきている。

このことと,社会福祉士後見が,専門職後見 のなかで最も,充足手段が明確的でない領域

SW

がまなざす領域)に目を配ると思われる こととによって,本章は,後見主体については,

社会福祉士に焦点をあてることとする。すなわ ち,本章では社会福祉士による法定後見(狭義 の成年後見,図序-1における

B

-②)に焦点 があてられる。

4-1.実態動向その1

社会福祉士による法定後見(狭義の成年後 見,図序-1における

B

-②)ではどのような ことが起きているのであろうか。第1に指摘し たいのは,充足手段が明確的でない生活領域へ のアクセスが弱まっているのではないかと思わ れる動きがあることである。それを以下にみて いきたい。

まずは,日本の法定後見(狭義の成年後見,

図序-1における

B

-②)が,成年後見(最 狭義の成年後見,図序-1における

B

-②-

1)類型に偏ってきたという動向である。池田 は,「日本では本人から一律に権限を取り上げ

(11)

る『後見』類型の利用が中心となっており,制 度設計上も『身上監護』の位置づけが弱く,諸 外国に比べ,本人のための意思決定・生活支援 制度としての認識が薄い制度となっています」

という[池田

2013

:

41]。後見制度開始の2000 年当初は,法定後見(狭義の成年後見,図序-

1における

B

-②)の3類型,すなわち「成年 後見」(最狭義の成年後見,図序-1における

B

-②-1),「保佐」(図序-1における

B

②-2),「補助」(図序-1における

B

-②-

3)のうち,「補助」の利用件数が多くなるこ とが予想された(11)。しかし,実際は,3類型 のうち,「成年後見」が,その多くを占めてき たという事実がある。3類型の申立件数の推移 を,「成年後見関係事件の概況」による2000年 度,2005年度,2010年,2015年のデータからみ てみたい(12)。それによると,補助開始の審判 の申立件数は,621件(2000年度),945件(2005 年度),1

,

197件(2010年),1

,

360件(2015年)と 推移しており,保佐開始の審判の申立件数は,

884件(2000年度),1

,

968件(2005年度),3

,

375 件(2010年),5

,

085件(2015年)と推移しており,

後見開始の審判の申立件数は,7

,

451件(2000年 度),17

,

910件(2005年度),24

,

905件(2010年),

27

,

521件(2015年)と推移している(13)。この動 向は,日本の法定後見(狭義の成年後見,図 序-1における

B

-②)が,成年後見(最狭義 の成年後見,図序-1における

B

-②-1)類 型に偏ってきたことを示しており,言い方を変 えると,代行支援に偏ってきた状況と捉えるこ ともできる。このような偏りが,様々な場で見 聞きする,日本の後見支援における代行決定へ の偏りおよび本人意思の軽視に対する批判や,

前記の池田(2013)の見解を生み出す背景の1

つになっていると考えられる。代行決定への偏 りがあるとすれば,それは,充足手段が明確的 でない生活領域に向けた支援から離れる動向で あるといえる。

次に,社会福祉士による法定後見(狭義の成 年後見,図序-1における

B

-②)において,

充足手段が明確的でない生活領域へのアクセス が弱まっているのではないか,という点に関し ては,以下に述べる,社会福祉士後見が

SW

は異なるという枠組みで理解される可能性か らも推察される,ということを述べる。『社会 福祉士がつくる 身上監護ハンドブック2013』

[小賀野ほか編

2013]をみてみたい。この書に は,「本書は,ぱあとなあ東京に所属する社会 福祉士が中心となり,全国各地域で成年後見人 等として活動する社会福祉士が協力して,身上 監護における課題に取り組んで作り上げた成果 です。換言すれば,本書は,成年後見制度が導 入されて以来,12年余の成年後見実務の成果を 整理したものです」との記述がある[小賀野ほ か編

2013

:

10]。つまり本書の内容は,社会福 祉士が行う法定後見(狭義の成年後見,図序-

1における

B

-②)の実態も描くといえる。こ の書には「地域社会において身上監護の支援を 実効的に進めるためには,身上監護の支援がど こまで及ぶべきか,成年後見による支援と社会 福祉による援助とはどこに境界線があるか,な どを明確にすることが必要です」との記述があ る[小賀野ほか編

2013

:

10]。「境界線」に関し ては,本稿を進める中で,都道府県社会福祉士 会での「委託集合研修」を受けた方から,次の 話をうかがうことができた。その研修において は,「再三,後見支援と

SW

が違うということ が言われた」とのことであった。もちろん,こ

(12)

の研修内容はある都道府県社会福祉士会のもの であり,社会福祉士後見人養成における一般的 認識であるとはいえない。しかし,前記のテキ スト内容と併せて考えてみると,社会福祉士後 見支援が社会福祉や

SW

とは異なる文脈で理解 される,ということが進んでいる可能性が示唆 される。

充足手段が明確的でない生活領域へのアクセ スが弱まるとすると,次の論点が生まれる。す なわち,この問題は,日本では

SW

の発達を抑 える動力が働くとされること(14)と同質の現象 であるのではないか,という論点である。

また,そのような現象であれば,次の問題に 接続するのではないか。それは,日本において は,個人の生活の多くの領域について,家族が その支援を担うべきとされてきたのではない か,という問題である。見方を変えると,困難 な状況にある者を社会で守るという構図が弱い のではないか,という問題である。今回の研究 を進めるに際して参加したある研究会におい て,障害児医療にかかわる実践家から次のよう な話を聞くことができた。それは,「日本では,

今でも,障害児はお母さんがみるものという規 範が強く,お母さんが抱え込む」といった内容 であった。日本においては,家族からの支援が 大きく想定された上で支援が組まれるという構 図があるというのである。この構図に符合する ような状況は,筆者の研究においてもみられた

[西脇

2016]。この研究は,1990年代以降とい う視点のもと,日本の知的障害者の通所支援や 労働分野における支援を切り口にしたものであ るが,その支援において家族が担うべきとされ る領域が,欧米などに比べて広いことをうかが

わせる状況が散見されたのである。

もし,家族による支援を引きずりながら社会 的介入を組むという構図の強さが,後見領域に おいても背景として存在しているのであれば,

充足手段が明確的でない生活領域にアクセスす る力が弱まるという現象は,後見特有の問題で はないという可能性が浮上してくる。つまり,

後見支援を切り口にしてみえたこの現象は,日 本の諸支援と連なる,いわば同一線上の現象で ある可能性があり,より大きな背景(普遍的背 景)をもつ現象である可能性がある。「個人の 困難については,家族がみるべき」といった規 範が背景に働く様々な諸現象と地続きにある一 現象ではないのか,という見方が可能になるか もしれない。さらにいうと,この現象は,日本 の社会福祉学等のアカデミズムがこの構図を変 える手立てを構築してくることができなかった ことを示す現象であるかもしれないのである。

4-2.実態動向その2

社会福祉士による法定後見(狭義の成年後 見,図序-1における

B

-②)において起きて いることの第2に,充足手段が明確的である領 域へのまなざしを強めるように思われる動きが あるということである。というのも,支援内容 を明確化,固有化したいという欲求が随所にみ られるからである。このことを以下にみていき たい。

社会福祉士後見人養成に使用されるテキスト 群には,支援内容を明確化,固有化したいとい う欲求が随所にみられる。第3章でも触れた が,日本社会福祉士会は,社会福祉士後見人を 養成すべく,「成年後見人養成研修(委託集合 研修)」を主催しており,標準カリキュラムを

(13)

とを主張するものである。それは,生活に明確 固有役割からの支援で担えない領域が依然とし てあるとすれば,それは誰が支援するのか(生 活困難はその解決や軽減の方法をいつでも支援 の役割明確固有性に求めるのか),といった論 点である。たしかに,そのように役割を立てる ことで充足される生活領域もあろう。しかし,

第1章でみたように,生活には,複雑な領域,

言い換えると充足手段が明確的でない領域があ り,現在の我々はそこに向けて支援を構築しよ うとしつつある。そのようなとき,支援役割の 明確化,固有化というプロジェクトだけに合理 性を求めることはできないであろう。というの も,生活の複雑な領域,言い換えると充足手段 が明確的でない領域は,その複雑性ゆえに,そ の充足に,支援役割の明確化,固有化を欲して いない場合もあるかもしれないからである。

また,充足手段が明確的でない生活領域に向 けた支援を志向するのであれば,支援役割の明 確化,固有化というプロジェクトだけに合理性 を求めることはできないということは,次の指 摘を生む。それは,明確固有の役割を探したい という欲求には,明確固有支援のピースを埋め ていくこと(分業ともいえる)で生活充実達成 に近づくという前提が働いているようにもみえ るが,そうだとすればその前提は相対化される 必要があるということである(15)

おわりに

本稿は,生活の観点から法定後見(狭義の成 年後見,図序-1における

B

-②)を考察する ことで,生活支援をめぐる議論に貢献すること を目的とした。そのために,第1章では,生活 の複雑な側面,およびそこに支援を投入するこ 定め,使用テキスト群を挙げている。2016年度

のテキスト群については,「①『権利擁護と成 年後見実践』(メインテキスト) ②『後見六法』

③『専門職後見人と身上監護』 ④『成年後見 実務マニュアル』」と表記されている[日本社 会福祉士会

発行年不記載

:

ページ不記載]。そ れらをみていきたい。メインテキストである

『権利擁護と成年後見実践』は,「成年後見人等 でなければできないことが何か,成年後見人等 固有の役割が何か」という議論を展開している

[日本社会福祉士会編

2013

:

368]。また,『専門 職後見人と身上監護』には,「『社会化』を安定 した形でさらに進展させていくためには,専門 職後見人が安心して職務を遂行できるような環 境を整備していくことが絶対条件です。そして このためには,早くも施行から15年を迎える現 行制度の運用によってあぶり出された新たな課 題点を踏まえたうえで,専門職後見人と身上監 護の関係を整理し,あらためて身上監護に関す る成年後見人の権限・義務の範囲を明確に確立 することが重要な課題であるといえます」と の記述がある[上山

2015

:

9]。第3章でもみた が,『成年後見実務マニュアル』には,「成年後 見人等の基本的態度として,成年被後見人等の 意思を尊重し自己実現を支援するために,成年 後見人等としての自らの役割と立場を常に認識 して行動することが求められます」との見解が 示されている[日本社会福祉士会編

2011

:

8]。

このように,社会福祉士後見人養成に使用され るテキスト群には,後見支援内容を明確化,固 有化したいという欲求が随所にみられる。

本稿は,役割の明確化,固有化を否定するの ではなく,この現象は次の論点を生むというこ

(14)

援や

SW

的支援とも解しうるが,このような支 援形態を可能にする諸条件を揃えるという難易 度の高いことを実現しようとしている,という のも現状認識になろう。

これら意思決定支援の議論については,紙面 の関係上,言及できなかったが,生活の複雑さ を前提に後見支援を考えるのであれば,これら の議論もあわせた総合的な検討が必要となる。

そのような検討に関わるべく本稿は位置付けら れている。本稿での考察が,複雑な側面をもつ 生活を前提にしたときの後見支援を理解する素 材となり,生活支援をめぐる議論に貢献するこ とができれば幸いである。

〔投稿受理日2016. 12. 10/掲載決定日2016. 12. 22〕

⑴ 本稿議論の射程外ではあるが,そもそもなぜ生 活が志向されるようになってきたのか,という大 きなかつ重要な問いが背後に存在している。

⑵ 猪飼は,「生活問題をより複雑な現象として認識 すること」を「生活モデル」とした上で,1970年 代以降,「…歴史的時間の中で,日本を含む先進諸 国において,医学モデルおよび社会保障モデルか ら生活モデルに向かって,重点の移動が進行して いる」と述べている[猪飼 2016: 48]。

⑶ 実際,日本におけるソーシャルワーカー養成校 などでは,SWの価値観を養う上で,この書を媒 体にすることも少なくないときく。

⑷ このようなあり方は,奥田ほか(2014)がいう ところの「伴走型支援」と同型のものであろう。

⑸  「財産管理」は,民法第858条に,最狭義の成年 後見(図序-1におけるB-②-1)における支 援内容の1つとして示されているが,法解釈上,

保佐(図序-1におけるB-②-2)人と補助(図 序-1におけるB-②-3)人も,付与された権 限の範囲内でそれを有するとされている[法務 省民事局参事官室 1998: ⅸ][小林ほか 2000: 54, 77]。

⑹ このことの指摘は[上山 2015: 65]など。

⑺ 委託集合研修という形態ではなく,都道府県社 との志向の高まりを,第2章では,複雑な側面

をもつ生活の支援として

SW

が浮上することを 論じた。第3章では,

SW

がまなざしを向ける 生活の複雑な側面(充足手段が明確的でない領 域)に対し,法定後見(狭義の成年後見,図 序-1における

B

-②)も理念的には目を配る ようになったことを論じた。第4章では,法定 後見(狭義の成年後見,図序-1における

B

②)の実態として,社会福祉士後見を切り口に,

①充足手段が明確的でない生活領域へのアクセ スが弱まっているのではないかと思われる動き があること,②充足手段が明確的である生活領 域へのまなざしを強めるように思われる動きが あることを指摘し,あわせてそれらの動向から 考えられる論点を提出した。

もちろん実際の動向は,本稿が論考したこと 以外にもあろう。たとえば意思決定支援をめぐ る動向などである。今日,意思決定支援をめぐ る議論が活況を呈している。近時の政策的動向 としては,法定後見(狭義の成年後見,図序-

1における

B

-②)が代行決定に偏っていたと 理解される等のこれまでの経緯から,意思決定 支援を強化する方向に向かおうとしている。し かし,意思決定支援をめぐっては,議論が非常 に錯綜している。そもそも意思とは何かについ ての議論,意思決定の自明視や絶対視を問い直 す議論,海外のそれを参考に意思決定支援を枠 組みづけようとする議論など多様な議論が存在 する。つまり,何をもって意思決定支援となる のかが明らかになっているとはいえない状況で ある。法定後見(狭義の成年後見,図序-1に おける

B

-②)人も行うことが期待される意思 決定支援という明確な回答がない支援は,充足 手段が明確的でない領域にまなざしを向けた支

(15)

質である『全人間を見る』こと,そして人の生活 と人生に貢献できるものとしての技術の生かし方 を学んでください。PT・OTの技術を磨きさえす れば,PT・OTとしてはそれでよい,という狭い

『技術主義』に陥らないでください」という[上田 2004: 49]。これらの主張には,「リハビリテーショ ン=PT+OT+ST…」といった専門分業的,技 術主義的な見方はかえって生活支援から離れると の危惧が示されている。生活の支援を考えたとき の分業化の妥当性を相対化する議論が含まれてお り,その限りにおいては本稿にとって示唆がある。

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(2013)『社会福祉士がつくる 身上監護ハンド ブック2013』民事法研究会。

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上山泰(2015)『専門職後見人と身上監護 第3版』

民事法研究会。

小林昭彦・大門匡編著(2000)『新成年後見制度の解 会福祉士会が主催する研修もあり,2016年度は,

埼玉県,兵庫県,福岡県,佐賀県,宮崎県の5ヶ 所で実施されている。

⑻ Maslow(1943) は“self-realization” と 表 現 し,

Mayeroff(1971)は“self-actualization”と表現する。

⑼ この総数自体が「成年後見関係事件の概況」に 記載されるのは2008年からである(総数における 親族後見や第三者後見の割合に関しては,2008年 より前の「成年後見関係事件の概況」にも記載さ れている)。

⑽ 2005年度については,「成年後見関係事件の概 況」に,前記総数自体は明記されていないため,

第三者後見におけるそれぞれの専門職の割合につ いては算出できなかった。

⑾ たとえば,[小賀野ほか編 2013: 91]などで,そ の言及がある。

⑿ 利用者数については,その数が示されるのが 2010年からである(「成年後見関係事件の概況 平 成24年1月~12月」[最高裁判所事務総局家庭局 発行年不記載: 11]に,「成年後見制度の利用者数 は,平成22年から調査を開始した」との記載があ る)ため,ここでは申立件数をみた。ちなみに,

2010年の利用者数は「成年後見関係事件の概況 平成24年1月~12月」[最高裁判所事務総局家庭局 発行年不記載: 11]によると,140,309人である。

⒀ 実際の利用者数については,例として2015年12 月末日時点でのものを図序-1に示した。

⒁ たとえば,全国社会福祉協議会社会福祉研究情 報センター編は「日本では欧米に比較してソー シャルワークの機能が十分に発達しなかった」と 指摘する[全国社会福祉協議会社会福祉研究情報 センター編 1992: 4]。

⒂ 生活支援の分業化をめぐる議論は,たとえばリ ハビリテーション領域でも,次のような形であら われているといえる。上田は,「『人びとの「生」

が専門家に占有される』状態からいかに脱却し,

『生』をいかに当事者(患者・障害者・利用者)の 手に取り戻すかは,医学・医療のあらゆる場にお ける課題である」と述べる[上田 2014: 281]。ま た上田は,理学療法士や作業療法士を目指す学生 に向けて,「リハビリテーションとはPT+OT+ ST+…ではない」といい[上田 2004: 48],「皆 さんはこれからPTなりOTなりの技術を学んで いくわけですが,どうかリハビリテーションの本

(16)

説』金融財政事情研究会。

最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概 況」各年。

障害者福祉研究会編(2002)『ICF 国際生活機能分 類 国際障害分類改定版』中央法規。

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References

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