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陸游「柳暗花明」について : 先行用例をめぐって

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Academic year: 2021

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(1)Title. 陸游「柳暗花明」について : 先行用例をめぐって. Author(s). 後藤, 秋正. Citation. 札幌国語研究, 11: 39-45. Issue Date. 2006. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2444. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 陸港﹁柳暗花明﹂について −先行用例をめぐつて−. 後. の作であるが、陸瀞のこの詩によって﹁柳暗花明﹂という. いくつもの山、いくつもの川を橙て、ふくろこうじになっ. 言兼がにわかに有名になった。. たかと思ったとき、ぼっかりと柳が茂り、花が咲きほこる. 鈴木修次氏¶人生有情﹄ ︵東書選書二、東京需籍、一九七七︶ の ﹁柳暗花明﹂ の章には、陸訪︵一一l一五∼一二〇九︶ の七律. かなたに、またひとつの部落があったというのがこの詩の. 莫笑農家臓酒樽. 豊年 客を留むるに雑豚足る. 笑う莫かれ 農家 臓洒の滞れるを. ものではなかった。. まほうふつさせる。しかし実はこの句、陸瀞の創作になる. そろ初夏も近づこうとする江南の風景を、いかにもそのま. り一丁つあんか めい. る状況をみごとにえがいた﹁柳暗花明﹂は、晩春からそろ. 豊年留客足雛豚. 山重水複 路無きかと疑えば. T⊥. ﹁遊山西村﹂ ︵銭仲聯﹃剣南詩稿校注﹄巻一︶ について興味深. 心である。柳の葉が重たく茂り、春の花が咲きくずれてい. 山重水複疑無銘. 柳暗花明 又た一柑. この一文に続けて鈴木氏は、小川環樹﹃陸瀞﹄ ︵筑摩書房、. 句の解釈についてはこれ以上つけ加えることはないだろう。. にご. い指摘がある。まず詩全体を引いておこう。. 柳暗花明又一村. 衣冠 簡朴にして古風存す. 策鼓 追随して春社近く. さんち一う†いふく. 衣冠簡朴古風存. 筋鼓追随春社近. 一九七四︶が、鈴木虎雄r陛放翁詩解﹄の説を引用しながら、﹁柳. もかん. 今より若し閑に月に乗ずるを許さば. 暗花明﹂の句の先行例として、晩唐の李商隠︵八一二∼八五八︶. つ. 従今若許閃乗月. 杖を往きて時無く 夜 門を叩かん. 唐詩﹄巻五四〇︶ に見える﹁花明柳暗擁天愁﹂ ︵花明らかに柳. の﹁夕陽楼﹂︵﹃李義山詩集﹄巻中、﹃万首唐人絶句﹄巻四一、﹃全. 柱杖無時夜叩門. この詩の碩聯について、鈴木氏は以下のように述べている。 陸肪四三枝、彼の故郷である紹興、今の新江省紹興市で. 39.

(3) 暗く 天を繰りて愁う︶の句を示していることを紹介している。 夕陽楼は原注によって、祭陽 ︵河南省都州市︶ にあったことが. むか. 対欽悲歌涙澗襟 対いて飲み悲歌して 涙 襟に満つ. ⋮⋮こうした例は、もっと丹念にさがし出すならば、さ. の旬も先行例として示している。そして以下のように言う。. るというしごとは、まことにむずかしい。中唐以後、柳に. らに他の例も出てくるかもしれない。ことばの源をきわめ. 知られる。また、鈴木氏も、この句以外にも用例を付加して、 まず武元衡︵七五八∼八一五︶ の七絶﹁送李侍御之鳳翔﹂ ︵﹃万. ﹁柳暗花明﹂といういいかたを、そもそもだれがいい出し. 対する関心が、急激に詩人の流行になるようである。⋮⋮. 首唐人絶句﹄巻三二︶ の起・承句に、. 柳暗花明池上山 柳暗花明 池上の山. たものか、こんにちではもはやわからないが、たぶんは中. 高楼歌酒換離鹿 高楼歌酒 牡顔に換う という表現があることを指摘している。この詩の詩題を F全唐. 唐ごろのある詩人がくふうしたのであろう。. の結句には、﹁何処黄雲是随関﹂ ︵何処の黄雲か是れ観閲︶と言. 似した発想をもつ例のあることが知られていて、たとえば ﹃宋. 的な句になるのであるが、詩全体及び領聯全体についても、類. もちろん第四句は第三句と対句を構成することによって魅力. 詩﹄巻lニ百十七は﹁摩討池送李侍御之鳳翔﹂に作っている。摩. うから、李侍御は成都から旅立ち、随関︵甘粛省清水県の東北︶. に限っても、王維﹁藍田山石門精舎﹂、柳宗元﹁衰家渇記﹂、慮. 詩選注3﹄ ︵東洋文庫七三三、平凡社、二〇〇四︶ は唐代の詩. 詞池は一名を汗池とも言い、成都城内にあった。また、この詩. を通って鳳翔 ︵陳酉省風潮県︶ へと向かうのであろう。従って. わぐ. 13原隈美禄柳 原隕には緑柳を勇み. 次のように詠じられる。. ﹁従瀞京口北国応詔﹂ ︵全二二句。F文選﹄巻二二︶ があって、. と花を二句で詠ずる例としては、謝霊運 ︵三八五∼四三三︶ の. 唐代以前には﹁柳暗花明﹂ に類似する表現は見られない。柳. 二. 花明﹂の旬に限って、いくつかの用例を補ってみたい。. そこで本稿ではあえて陸涼の詩の第三句には触れず、﹁柳暗. 編﹁送書中字帰蘇州﹂、秋草﹁仙山行﹂を挙げている。. 起句は成都の春景に囲まれて送別の宴を開くことを詠じてい る。ちなみに武元衡の七絶﹁春輿﹂︵¶万首唐人絶句﹄巻三二、﹃全. 唐詩﹄巻三一七︶ は、どこで詠じられたものかはっきりしない が、その軽・承句には、 楊柳陰陰細雨晴 楊柳は陰陰として細雨晴れ あらわ. 残花落尽見流鴬 残花は落ち尽くして流駕見る と言う。この二句も春の風景を写して﹁柳暗花明﹂の描写と似 七人二?︶ の ﹁長安落第﹂ ︵﹃全唐詩﹄巻二三九︶ に見える、長. るところがある。鈴木氏はこの詩に加えて、銭起 ︵七一〇?∼ 安の春景を写した、. 花繁柳暗九門探 花繁く 柳暗く九門探し. 40.

(4) 14墟園散紅桃 墟圃には紅桃を散らす. 唐代に入るとどのような旬が見られるであろうか。. 三. 玄宗・季隆基 ︵六人五∼七六二︶ の﹁同二相巳下群官楽遊園. この旬は、謝霊通が宋の文帝・劉義隆の行幸に従って北国山 に行き、そこからの眺望を詠じたものである。北国山は、鎮江. 宴﹂ ︵全一二句。F唐詩品彙﹄巻七三、¶全唐詩﹄巻三︶ には、. 市の北方にあって長江中に突き出した山であり、頂上付近には 甘露寺があった。. 6城分北斗除. 5地入南山近. 原野 雄花疎なり. 池靖 垂柳暗く. 城は北斗の鎗を分かつ. 地は南山の近きに入り. 柳と花、暗と疎を対にした、次のような句がある。. 7池塘垂柳暗. また、染の元帝・粛緯︵五〇八∼五五四︶ の﹁望春詩﹂ ︵﹃初. 乗濾知柳密 葉濃やかにして柳の密なるを知り. 8原野雑花疎. 学記﹄巻三、¶古詩妃﹄巻七この前半二句には次のように言う。 花尽覚梅疎 花尽きて梅の疎なるを覚ゆ 帯締の句には咲き誇る花こそ登場しないが、唐代以前におい. 宋環を謂う。︶とあるが、高木重俊¶初唐文学論﹄ ︵研文出版、. 唐詩﹄の題下注には、﹁二相、謂張説・宋環。﹂︵二相は、張説・. ﹁楽遊原﹂は長安の大雁塔の東北に広がる高原。この詩の﹃全. るであろう。なお﹁花明﹂だけについて言えば、張正見﹁征虜. 二〇〇五︶ は、二相は張説と源乾曜のことであり、唱和詩を制. 牌幽細網合 版は幽にして細綱合し. 舘風報春. 柳は長津に暗し. 花は上巳に明らかに. 朝風 春を報ず. 若夫正月登晦 夫の正月に登晦するが若きは. 41. ては、これらの旬が繰の柳と花を対句に構成した早い例と言え 亭送新安土応令詩﹂ ︵F芸文類衆﹄巻二九、F陳詩﹄巻三。F文苑. 作した顔ぶれから見て、開元十二年︵七t一四︶ 二月の作である. 階静箔花明 階は静かにして落花明らかなり. 柳暗長津. 花明上巳. には次のような句が見えている。. 張環の﹁新渾賦﹂︵﹃文苑英華﹄巻三五、﹃全唐文﹄巻三五二︶. と推定している。. る。. 巻三八、r陳詩﹄. 英華﹄巻一七九は、徐陵の詩とする︶ には、次のような句があ 焼田雲色暗 焼田 雲色暗く. 古樹雪花明 古樹 雪花明らかなり また、陽憤﹁従駕祀麓山廟﹂ ︵¶芸文類策﹄. と言っている。﹁麓山﹂は、長沙の西にある岳麓山。これらの. 巻六、¶文苑英華﹄巻三二〇は﹁楊憤﹂に作る︶ には、. 句は、﹁柳暗花明﹂の総ての要素を含むものではない。. へ,.

(5) 胱の題になっている﹁新渾﹂とは、﹃資治通鑑﹄巻二百十五、. 賢院修撰として同僚であったのであろ、でまた、¶太平広記﹄. ︵張環の兄弟七人は並びに進士に挙げらる。︶と言い、﹃全唐文﹄. 巻百八十に﹃談実録﹄を出典として、﹁張環兄弟七人並挙進士。﹂. の張環の作者小伝に、﹁開元中進士、官借倒史。﹂︵開元中の進士、. 天宝二年 ︵七四三︶ 三月の条に次のように見えている、長安・ 万年県の東にあった望春宮 ︵望春楼︶ に濾水を引き入れて造ら. 春探五風域 春は探し五鳳城. 柳暗百花明 柳は暗︿して百花明らかに. の︵其の二︶とする︶はどうであろうか。起聯を引いておこう。. 一、﹃全唐詩﹄巻一二六。﹃文苑英華﹄巻一九〇︶は﹁早朝二首﹂. 王維 ︵七〇一?∼七六一︶ の五律﹁早朝﹂ ︵F唐詩品彙﹄巻六. かろう。この賦は﹁花明﹂と﹁柳暗﹂を対にして用いている。. 環は間元年間 ︵七一三∼七四一︶ に活動した人物と見なしてよ. 官は侍御史。︶ と言うが根拠は不明である。いずれにしても張. れた新渾のことではなかろうか。 江・准南租庸等倍韓堅引櫨水抵苑東望春楼下為揮、⋮⋮。 二年而成。丙寅、上幸望春楼観新渾。. 上 望春楼に幸し新渾を観る。. 江・港南の租庸等 葦堅をして礎水を引きて苑の東 望 いた 春楼下に抵らしめ渾と為す、⋮⋮。二年にして成る。丙寅、 作者である張環の伝記については不明な点が多い。彼の作品 としてはこのほかに、﹁秋河賦﹂ ︵﹃文苑英華﹄巻t O、¶歴代賦 彙﹄巻六︶と﹁以玉抵鶴賦﹂︵﹃文苑英華﹄巻一一六、﹃歴代賦彙﹄. ただ、﹃全唐詩﹄巻百十八に載せる孫逝の詩に﹁送張環摂御史. うちに用いられている例としては最も早いものであって、すで. されている。しかし、この例こそ﹁柳暗﹂と﹁花明﹂が一句の. 五言詩であるために百の字が﹁柳噌﹂と﹁花明﹂の間に挿入. 監南選﹂があって、張環が御史を兼ねていたことがわかる。孫. に指摘されている李商隠の ﹁夕陽楼﹂、武元衡の﹁送李侍御之. 巻九六︶ が知られる。﹃全唐詩﹄ には彼の作品は見られない。. 迦は¶唐詩紀事﹄巻一、およびF旧唐音﹄巻百九十と﹃新唐書﹄. 鳳翔﹂、及び銭起の﹁長安落第﹂よりも先行するものであろう。. ﹁五風域﹂とは皇城のこと。ここでは洛陽を指す。. 巻二百二の本伝によれば、楽安︵前江省仙居県︶ の人。開元二 年 ︵七一四︶ には哲人杏士科に、開元十年には文藻宏屁科に登. 王舎人﹂ ︵全一四旬。﹃唐詩品彙﹄巻七七、F全唐詩﹄巻二三八︶. 銭起には、すでに指摘されている﹁長安落第﹂のほかにも、﹁過 の冒頭にも次の句がある。. 第し、左拾遺、集賢院修撰などから累進して中書舎人を経、上 関連して¶玉梅﹄巻五十四、﹁唐文府﹂の粂には、開元十九年︵七. 入門花柳暗 門に入れば花柳暗し. 元中 ︵七大〇∼七六二︶ に太子倍事となってしている。これと. 知是近臣居 知る是れ近臣の居なるを. 詩題に言う﹁王舎人﹂とは、中書舎人であった王維のことで. 三こ に学士知院事となった帝萬が、F文選﹄を修続させるた の名が見えているから、汎心らくは開元十九年ころにはt一人は集. めに奏上した人物の中に、皇甫彬、徐安貞と並んで孫逝と張環. 42.

(6) かな期間であるから、この詩もその年に作られたものである。 王経と銭起には親しい交遊関係があっ鶴。﹁柳暗百花明﹂と﹁入. ある。王維が中書舎人であったのは乾元元年︵七五八︶ のわず. 詩﹄巻四二二︶はどうであろうか。全篇を引こう。第三句には、. して美しい。. く起聯も河陽 ︵河南省孟県︶ 郊外の農村ののどかな春景を描写. 春来頻到宋家兼 寿来り頻りに到る宋家の東. れている。. ﹁柳閣﹂ の語があって、﹁謄花摘樹紅﹂ の句と対比的に詠じら. では元穣︵七七九∼八三一︶﹁古艶詩二首﹂ ︵其のこ ︵﹃全唐. 門花柳暗﹂ の旬は二人の交遊の中で工夫され、生み出されたも のではなかったろうか。 二二五︶ にも、﹁柳暗﹂と﹁花﹂ の見える例がある。ただし、. 杜甫︵七〓一∼七七〇︶ の七律﹁題鄭県亭子﹂ ︵﹃全唐詩﹄巻. これは陸涼の詩の源流とは言えないだろう。. 6花底山蜂遠超人 花底には山蜂 遠く人を超う. 七律﹁駕幸普済寺応別﹂ ︵﹃文苑英華虹巻一七八は普塀寺を普枚. 紅楼院に住み、韓愈、白屠易、劉鶉錫らと交際があった広宣の. 萄の僧で、元和・長慶年間には内供奉となって長安の安国寺. 花探小院開 花深くして小院開く. 柳閤長廊合 柳聞くして長廊合い. 四人︶ の冒涜にも、﹁柳闇﹂と﹁花﹂が見えている。. 自居易の﹁柘枝詞﹂ ︵﹃自氏長慶集﹄巻二五、∃全唐詩﹄巻四. 惟有徳花満樹紅 惟だ据花の満樹紅なること有るのみ. 垂袖開懐待好風 袖を垂れ懐を開きて好風を待つ 一刀く 鴬蔵柳閤無人語 鴬は蔵れ柳は聞くして人の語る無し. 3雲断岳蓮臨大路 雲断えて岳蓮 大路に臨み 4天晴宮柳暗長春 天晴れて宮柳 長春に略し あなど お. 5巣辺野雀群欺稗 巣辺には野雀 群がりて燕を欺り r杜詩評注一巻六は、第四句の典拠として、梁の簡文帝の楽 府﹁艶歌筒十人韻﹂︵﹃王台新詠﹄巻七︶の次の句を挙げている。. 霧暗裔前柳 霧は暗し電前の柳 乗疎井上桐 寒は疎なり井上の桐. と﹁花明﹂を対にしている。. 寺に、曙を暖に作る。﹃全唐詩﹄巻八二二︶の頸聯では、﹁柳暗﹂. 次に苓参︵七一五?∼七七〇︶の玉梓﹁春尋河陽陶処士別業﹂ ﹁花明﹂と﹁柳暗﹂ の語が見えている。. ︵﹃全唐詩﹄巻二〇〇︶の起聯と領聯を引いておこう。領聯には、. 複道花明上苑春 複造 花は明らかなり上苑の春. 重城柳暗東風曙 重城 柳は曙し東風の曙. にあったものであろゝつ。. の詩の末句には、﹁曲池 池上 青森動く﹂と言うから、長安. ﹁普済寺﹂は各地に同名の寺があってはっきりしないが、こ. 風煩目敏微 風煩くして日敬敬たり 花明庸子県 花は明らかなり播子の県. 貴殿飛近村 黄朗 近村に飛ぶ 柳暗陶公門 柳は暗し陶公の門 ﹁播子Lは河陽の県令であった播岳を指す。領聯だけではな. 43.

(7) ︵﹃呂谷集h巻一、﹃全唐詩﹄巻二八二二九〇︶ の冒頭には次の. 李賀︵七九〇?∼八一六?︶の﹁河南府試十l一月楽詞 三月﹂. 独梵危檻思憤然 独り危檻に究りて思い憤然たり. 柳暗花香愁不眠 柳暗く花香り愁いて眠られず. 春の夜の情景を詠じたものであり、﹁柳暗﹂に対して花を配. ていると言えよう。この後にも類似の例が見られち。例えば、. するのに、その色彩ではなく香りを用いたところに新鮮さが出. ように言う。 東方鳳来摘眼春 東方より風来って満眼春なり. この詩は秋と春の違いこそあれ、陸訪﹁遊山西村﹂の描く農. 8乗発光如渥 葉菜 光いて湿うが如し. かがヤうるお. 7菊花明欲迷 菊花 明らかにして迷わんと欲し. 6蒲流水禽立 清流れて水禽立つ. 5柳閉山犬吠 柳聞くして山犬吠え. のに柳と菊の花を配した次のような句がある。. 集﹄巻三、r全唐詩﹄巻五七七︶ には、秋の郊外の風景を描く. 温庭筍︵八〇一?∼八六﹂ハ︶ の﹁秋日﹂ ︵全二六句。F温飛卿詩. 花城柳暗愁殺人 花城 柳暗くして人を愁殺す 河南︵洛陽︶ の府試が実施されたのは元和四年︵八〇九︶ か 元和十年 ︵八一五︶ の進士で、李賀と親交があった沈亜之も. 五年のことである。﹁花城﹂は、花が咲き誇る晩春の長安のこと。. ﹁春色満皇城﹂ ︵全一二句。¶文苑英華﹄巻一八一、﹃全唐詩﹄ 巻四九三︶ で、﹁花明﹂と﹁柳暗﹂を対にしている。. 3花明夫城造 花は明らかなり爽城の道 ■▲とn・. 4柳暗曲江頭 柳は暗し曲江の頭. この旬は、あるいは李賀の作品から発想を得たものではなか. なった礪延巳の詞﹁三台令﹂ ︵¶全唐詩﹄巻八九八︶ には、﹁日. 村風景に通ずるものがある。さらに南唐に仕えて宰相にまで. が指摘されている中唐の武元衡らよりもさらに早く、盛唐期に. さて、このように見てくると、﹁柳暗花明﹂ の語は、鈴木氏. 四. 愁のかげが漂っていることが注意される。. 花の語を用いても単に春ののどかさを詠ずるだけではなく、憂. 中唐から晩唐にかけては、奉賀の作品を先糀として、柳暗と. ている。. 斜柳暗花婿﹂ ︵日斜めに柳は暗く花は嬉なり︶ という旬も見え. ろうか。奉賀の作品は花に愁の字を配したところに特色があっ. ︵﹃全唐詩﹄巻五二二︶ の頸聯は、﹁柳暗﹂と﹁花愁﹂を対にし. たが、杜牧︵八〇三!八五二︶の五律﹁代呉興妓春初寄蒔軍事L ている。 柳暗.罪微雨 柳は暗し罪微たる雨 花愁粍淡天 花は愁う黒淡たる天 この句も、李賀の﹁花城柳暗愁殺人﹂ の句から着想を得たも 李群玉 ︵八一〇?∼八大二︶ の七律﹁湖寺清明夜道傾L ︵¶李. のかも知れない。. みよう。. 群玉詩集﹄後集巻三、﹃全唐詩﹄ 巻五六九︶ の冒頭部分を見て. 44.

(8) はすでに用いられていたことがわかる。従って、鈴木氏が﹁中 があろう。対句として用いられる例は張環の朕に見出されたし、. 唐ごろのある詩人がくふうした﹂と述べるのは、修正する必要 一旬のうちに用いられる例としては王維の詩にもあったからで ある。しかし、これらの例のほとんどは中原、あるいは華北の 風景を言うのに用いられているのであって、陸辞のように江南. 咲くその先に、又一つ村が見えてきた。. となった年を開元二一年としている。. ︵2︶ただし、﹃旧暦書﹄では、彼が﹁考功員外郎・集賢修撰﹂. 涯と芸術﹄︵小林太市郎著作集四、淡交社、一九七四︶参照。. ︵3︶ 二人の交遊については、例えば、小林太市郎﹃王維の生. ︵4︶貰休︵八三二∼九一二︶ の七絶﹁馬上作﹂ の起句と承句. を ﹃万首唐人絶句﹄巻六四は、. 風情襟袖轡規瀧 風は襟袖に清くして轡は璃瀧たり. 柳暗花堤夕照紅 柳は花堤に暗くして夕照は紅に. の情景を写すものではない。江南の風景と密接に結びついて柳 暗花明の語が用いられるようになるのには、やはり陸茄の詩が. 五は、いずれも起句を﹁柳岸花堤夕照紅﹂に作っている。. に作っているが、﹃祥月集﹄巻一九及び ¶全唐詩﹄巻八三. 大きく影響したであろう。 結局のところ陸瀞がどの先行例を脳裏に描いて作詩したかは 定かではないが、﹁柳暗花明﹂ のような人口に胎泉する句が生 まれて定着するまでには、先行する詩人たちの多彩な創造の試 みが存在したことは確かである。 往 よった。陸幕の詩を分担執筆したのは三野豊浩氏。前半部. ︵1︶書き下しは、矢田博士氏から贈られた ﹃宋詩選注3﹄ に の訳詞を次に引いておこう。 農家が年末に仕込んだ酒が濁っているといって、どう. ︽山の西側の村をふらりと尋ねる︶. か笑わないでいただきたい。豊作のおかげで、来客を引 き留めもてなすのに、鶏も豚も十分たくさんある。山が 重なり合い、川が幾重にも折れ曲がって、この先もう道 がないのかと思うと、ヤナギが小暗く茂り、花が明るく. 45.

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