釈論大江千里集(七)
著者 半沢 幹一, 小池 博明
雑誌名 共立女子大学文芸学部紀要
巻 67
ページ 1‑24
発行年 2021‑02
URL http://id.nii.ac.jp/1087/00003394/
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釈論大江千里集(七) 一 〔前説〕 本 稿 は、 「 釈 論 大 江 千 里 集( 一 )( 二 )( 四 )( 六 )」 (『 長 野 工 業 高 等 専 門 学 校 紀 要 』 五 一 号、 二 〇 一 七 年 六 月、 同 五 二 号、 二 〇 一 八 年 六月、同五三号、二〇一九年六月、同五四号、二〇二〇年六月。いずれも電子版のみ)および「同(三) (五) 」( 『共立女子大学文芸学 部紀要』第六五集、 二〇一九年三月、 同第六六集、 二〇二〇年三月)の続稿であり、 今回は二四番歌から二八番歌の五首を取り上げる。
本釈論全体の目的と意義の詳細、凡例や参考文献などについては、 「釈論大江千里集(一) 」を参照されたい。
蟬不待秋鳴(蟬は秋を待たずして鳴く)
二四 うつせみの身としなりぬる物ならばあきをまたでぞなきぬべらなる
【通釈】 釈論大江千里集(七)
半
はん沢
ざわ幹
かん一
いち小
こ池
いけ博
ひろ明
あき二
蟬のような(はかない)身となってしまうものなら、秋を待つこともなく泣いてしまいそうであるよ。 【語釈】 う つ せ み の
身 と し な り ぬ る は現し身の意。 人 も む な し く な ら ば 琴 の ね も う つ せ み の み や い ま は し ら べ ん 」( 宇 津 保 物 語・ 忠 こ そ・ 忠 こ そ・ 一 ○ 六 ) が あ る も、 こ の「 う つ せ み 」 平安時代以降、挙例の古今集七三番歌のように、 「世」にかかることが圧倒的に多く、当歌のように「身」にかかる用例は稀で、 「ひく く……」 (万葉集・三・四六六・大伴家持)のように、比喩的な枕詞として使用されている。ただし、枕詞としての「うつせみの」は、 歌 も 同 様 で あ る が、 「 う つ せ み の 」 は「 身 」 に か か る こ と か ら、 「 …… う つ せ み の ( 打 蟬 乃 ) 借 れ る 身 な れ ば 露 霜 の 消 ぬ る が ご と く か ら に 物 ぞ 思 ふ 我 も 空 し き 世 に し す ま へ ば 」( 後 撰 集・ 四・ 夏・ 一 九 五 ) の よ う に、 は か な さ、 む な し さ を 喚 起 す る 用 例 が 多 い。 当 後撰集歌の他にも、 「 空蟬 の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり」 (古今集・二・春下・七三) 、「 うつせみの こゑき ことが多い( 『対釈新撰万葉集』三四番歌の 【語釈】 該項を参照) 。また、 「空」 「虚」の字義から仏教的無常観に結び付けられ、挙例の 四 四 八 )、 「 う ち は へ て ね を な き く ら す 空 蟬 の む な し き こ ひ も 我 は す る か な 」( 後 撰 集・ 四・ 夏・ 一 九 二 ) の よ う に、 蟬 そ の も の を 表 す 重ね合わせていたらしい。平安時代以降は、 「 空蟬 のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき」 (古今集・十・物名・ まりこの世の人、この世が原義。ただし、枕詞を含めた全四○例中一七例が、 「空蟬」 「虚蟬」の字を当てており、蟬の抜け殻の映像を に か が よ ふ う つ せ み ( 虚 蟬 ) の 妹 が 笑 ま ひ し 面 影 に 見 ゆ 」( 万 葉 集・ 十 一・ 二 六 四 二 ) と 詠 ま れ る よ う に、 「 う つ( 現 ) し み( 身 )」 つ
ゑ「 う つ せ み 」 は、 万 葉 集 で、 「 う つ せ み ( 空 蟬 ) し 神 に 堪 へ ね ば 離 れ 居 て ……」 ( 万 葉 集・ 二・ 一 五 ○ )、 「 燈 火 の か げ
あ(一九番歌 【語釈】 該項参照) 。「し」は強意の副助詞。 にあることを詠む。本集に「身」を含む歌は一五首(一二・○%)もあり、古今集の八四例(七・六%)より割合が多く、注目される 身 からにて思ふ歎は」 (山家集・一三三七)など、 「わが」や「この」を伴う歌がある。いずれも恋の嘆きの原因が「わが身」 「この身」 「ねにたかくなきぞしぬべき うつせみのわが身 からなるうきよと思へば」 (元良集・六三) 、「むなしくてやみぬべきかな うつせみのこの に蟬という意味の実質性の関与を認めるならば、 自らの肉体の意がふさわしい。蟬の意の 「うつせみ」 で 「身」 にかかる用例としては、 「 み( 身 )」 は 肉 体 の 意 か ら 自 ら の 肉 体、 さ ら に は 自 分 自 身 の 意 も 表 す。 当 歌 で は、 「 身 」 を 修 飾 す る「 う つ せ み の 」
釈論大江千里集(七) 三 物 な ら ば あきをまたでぞ 汲み取ることができよう。接続助詞「ば」は、上句を順接仮定条件句として統括し、下句に接続する。 歌の「もの」は単なる抽象概念ではなく、仏教的無常観をふまえて、自分の力で変える事の出来ない運命、宿命といったニュアンスを 認 識 と『 も の 』 認 識 ― 古 代 文 学 に お け る、 そ の 史 的 展 開 ― 」『 日 本 語 論 の 構 築 』 清 文 堂 二 ○ 一 七 年 ) と す る 考 え 方 に よ れ ば、 当 こ と 」( 大 野 晋『 古 典 基 礎 語 辞 典 』 角 川 学 芸 出 版 二 ○ 一 一 年 )、 「 人 生 の 奥 深 い 真 理 」、 「『 普 遍 的 理 法 的 な 』 も の 」( 糸 井 通 浩「 『 こ と 』 ( 三 九・ 六 ○・ 一 ○ 三 )、 一 例 が「 も の お も ふ 」( 四 二 ) で あ る。 た だ し、 「 も の 」 の 基 本 的 意 味 を、 「 変 え る こ と が で き な い、 不 可 変 の も入れて四例が、連体修飾句を受けて、その内容を概念化する形式名詞(二四・三六・六二・一○四) 、三例が「ものを(ぞ)おもふ」 「 物 」 は、 初・ 二 句 を 受 け て、 蟬 の よ う な( は か な い ) 身 と な っ て し ま う 事 態 を 表 す。 本 集 に「 も の 」 は 八 例 あ る が、 当 歌
「あき(秋)
」の語は、本集に一八例詠まれ、 「春」の二七例についで多い(一四番歌の 【語釈】 該項参照) 。夏部にも 当 歌 の 他 に「 あ き( 空 白 ) は ち す ひ ら く る 水 の う へ は く れ な ゐ ふ か き 色 に ぞ あ り け る 」( 二 八 ) も あ り、 春 に つ ぐ 本 集 の 秋 へ の 関 心 の 高 さ が う か が え る( 蔵 中 さ や か「 歌 風 の 分 析 」『 題 詠 に 関 す る 本 文 の 研 究 』 お う ふ う、 二 ○ ○ ○ 年、 お よ び 本 集 一 四 番 歌 【 語 釈 】 該 項 参照) 。「……をまたで」 は、 「春をだにまたでなきぬる鶯はふるすばかりの心なりけり」 (後撰集・十一・恋三・七三八・本院兵衛) 、「な つ の よ の あ り あ け の 月 を み る ほ ど に 秋 を も ま た で 風 ぞ す ず し き 」( 後 拾 遺 集・ 三・ 夏・ 二 三 ○・ 藤 原 師 通 ) の よ う に、 そ の 季 節 に ふ さ わしいものが、それより前に現れることを言う。 「またで」という形でヲ格に季節を取る場合、その季節は「春」か「秋」に限られる。 な き ぬ べ ら な る
な き つ る な へ に 日 は く れ ぬ と 思 ふ は 山 の か げ に ぞ あ り け る 」( 古 今 集・ 四・ 秋 上・ 二 ○ 四 )、 「 ひ ぐ ら し の な く 山 里 の ゆ ふ ぐ れ は 風 よ り ぬ声かも」 (万葉集・十・秋の雑歌・二一五七)のように、夏にも秋に鳴くものとして詠まれる。それが、古今集以降は、 「ひぐらしの ひぐらし(日晩) 」(万葉集・八・夏の雑歌・一四七九・大伴家持) 、「夕影に来鳴くひぐらし(日晩之)ここだくも日ごとに聞けど飽か 定されていないが、その一種であるヒグラシだけは、その名称で、万葉集から「隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴く ……」 ( 古 今 集・ 十 九・ 雑 躰・ 短 歌・ 一 ○ ○ 三・ 壬 生 忠 岑 ) の よ う に、 夏 に 鳴 く も の と し て 詠 ま れ た。 こ れ ら に お い て、 蟬 の 種 類 は 特 け た て ば 蟬 の を り は へ な き く ら し よ る は ほ た る の も え こ そ わ た れ 」( 古 今 集・ 十 一・ 恋 一・ 五 四 三 )、 「 …… 夏 は う つ せ み な き く ら し その主体は言うまでもなく詠み手であるが、 初句 「うつせみ」 から蟬が 「鳴く」 の意も重ねられている。平安時代中頃までは、 蟬は、 「あ 「 な く 」 は 泣 く の 意 も 鳴 く の 意 も 表 し、 和 歌 で は 両 者 を 重 ね る こ と が 多 い。 当 歌 に お い て も、 「 泣 く 」 の 意 と し て は、
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四
ほかにとふ人もなし」 (古今集・四・秋上・二○五)と、秋に鳴くものとして詠まれることが多くなるが、平安時代後期になると、 「か ぜ ふ け ば は す の う き 葉 に た ま こ え て す ず し く な り ぬ ひ ぐ ら し の こ ゑ 」( 金 葉 集・ 二・ 夏・ 一 四 五・ 源 俊 頼 )、 「 山 か げ や い は も る し 水 お とさえて夏のほかなる ひぐらし のこゑ」 (千載集・三・夏・二一○・慈円)と、夏に鳴くものとしても詠まれるようになる。もっとも、 こ の 場 合 も 秋 の 涼 感 の 先 取 り と し て 詠 ま れ る。 一 方、 夏 に 鳴 く も の で あ っ た 蟬 は、 平 安 時 代 後 期 以 降 に な る と、 「 し た も み ぢ ひ と 葉 づ つ ち る こ の し た に あ き と お ぼ ゆ る せ み の こ ゑ か な 」( 詞 花 集・ 二・ 夏・ 八 ○・ 相 模 )、 「 な く せ み の こ ゑ も す ず し き 夕 暮 に 秋 を か け た る も り の 下 露 」( 新 古 今 集・ 三・ 夏・ 二 七 一・ 二 条 院 讃 岐 ) な ど の よ う に、 ヒ グ ラ シ 同 様 に 秋 の 涼 感 を 感 じ さ せ る も の と し て 詠 ま れ る 歌 が目立つようになる。これは、平安後期以降は歌語「蟬」がおもにヒグラシを想定して詠まれるようになったことを意味しよう。新古 今集の配列で、二六八、二六九番歌が「ひぐらし」を詠み、それに後続する二七○、二七一番歌が「せみ」を詠むのは、これをよく示 すものである。こうした背景には、 「嫋嫋兮秋風 山蟬鳴兮宮樹紅」 (和漢朗詠集・夏・蟬・一九二・白居易) 、「鳥下緑蕪秦苑寂 蟬鳴 黄葉漢宮秋」 (和漢朗詠集・夏・蟬・一九四・許渾、千載佳句・四季部・早秋・一五七)のように、分類上は夏であっても漢詩自体は、 蟬を多く秋に鳴くとする影響もあると考えられる。したがって、 古今集以前でも、 和歌と漢詩を並べる新撰万葉集には「秋の蟬」 (秋・ 五五。漢詩には「 寒
かんしょう螿 」、すなわちヒグラシ)という表現が見え、漢詩句を題とする本集でも、 「(うつ)蟬」全三例のうち、二例が秋 部 (四四・五五) にあり、 当歌も夏部に配列されながらも、 蟬が秋鳴くことを前提とする。 「なき」 に下接する助動詞 「ぬ」 は強意の意、 「 べ ら な り 」 は、 確 定 の 事 実 を 対 象 と す る 推 量 の 助 動 詞( 塚 原 鉄 雄「 推 量 の 助 動 詞 ― そ の 国 語 史 的 考 察 」。 『 国 語 国 文 』 二 六 巻 七 号、 一九五七年) 。「べらなり」は、 助動詞「べし」の語幹「べ」に、 状態化し体言化する接尾語「ら」がつき、 さらに断定の助動詞「なり」 が 付 い た も の で、 こ の「 な り 」 の 表 す 断 定 は、 「 べ し 」 の 主 観 的 判 断 が 現 実 と 一 致 す る こ と、 つ ま り 主 観 的 判 断 を そ の ま ま 客 観 的 実 在 のようにみなすことである (小松光三 「中古の助動詞」 『国語助動詞意味論』 笠間書院 一九八○年、 竹岡正夫 『古今和歌集全評釈 上』 二三番歌注 右文書院 一九八一年、 中野方子 「『古今集』 における 『べらなり 』 ― 喩に承接される助動詞」 『国文』 八六 一九九七年、 小 池 博 明「 『 べ ら な り 』 歌 の 場 と 表 現 ― 観 念 の 事 実 化 ― 」『 二 松 學 舍 大 学 人 文 論 叢 』 八 八 輯 二 ○ 一 二 年 な ど 参 照 )。 そ の た め、 接 続助詞「ば」を下接する条件句は、確定条件になるのが普通で、当歌のように仮定条件になる用例はごく少ない。当歌においては、本 来泣くのにふさわしい季節としての秋ではなく、夏に泣くという主観的判断(観念)が、実際に夏に泣いてしまうという客観的事実と
釈論大江千里集(七) 五 し て 判 断 さ れ た こ と を 表 す( 【 補 注 】【 比 較 対 照 】 参 照 )。 な お、 「 べ ら な り 」 は、 十 世 紀 前 半 の 古 今 集、 後 撰 集 な ど の 和 歌 だ け で な く、 和歌とはまったく位相の異なる平安初期の漢文訓読文にも使用されたが、その後急速に減少し古語化した。本集には四例、見られる。 【補注】 【語釈】 で触れたように、 「あきをまたでぞなく」は、なくのにふさわしい季節が秋であることを前提とする。その前提は、人間と蟬 の両方に関わる。 秋を悲哀の季節とする歌は、万葉集には見られないが、平安時代になると、古今集の「おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき 物と思ひしりぬれ」 (古今集・四・秋上・一八五。本集三六番歌としても) 、本集の「おほかたのあきをかなしとみることにあだなる人 はしらずぞありける」 (四○) 、「すぎてゆく秋のかなしくみえつるはおひなむことのをしきなりけり」 (四三)など、秋の悲愁が明確に 詠まれるようになる。これはそもそも日本古来のものではなく、漢詩の悲秋の観念が持ち込まれたことによるとされる。その観念に基 づくならば、人が悲しくてな(泣)くのは秋なのである。本集に「なく」は二五例あり、そのうち秋部が最も多く九例、三分の一以上 を 占 め て い る。 い っ ぽ う、 蟬 に つ い て は、 【 語 釈 】 に 挙 げ た 例 く ら い し か 和 歌 に 詠 ま れ る こ と が な く、 し か も、 真 夏 と い う よ り は 晩 夏 か初秋のイメージが強い。 以上の前提があっての「あきをまたでぞなく」なのであり、それは我が身のみならず「うつせみ」 =蟬についても同様に当てはまる。 と は い え、 当 歌 で メ イ ン と な っ て い る の は、 あ く ま で も 我 が 身 の ほ う で あ る。 詠 み 手 が 泣 く 理 由 は、 「 う つ せ み の 身 と し な り ぬ る 物 な らば」という仮定である。この仮定にとくに反実性つまり実際はそうではないという否定は認められないので、文字どおりの仮定・想 像にすぎない。そういう仮定・想像をしただけで泣きそうになる、ということもありえなくはないが、いささか感傷に過ぎる感がない だろうか。 注 目 し た い の は、 「 う つ せ み の 身 と な る 」 と い う 表 現 で あ る。 仏 教 的 無 常 観 に 基 づ く な ら、 人 間 も ま た も と も と は か な い 存 在 な の で あって、ある時、急にはかなくなるわけではない。とすれば、そういう存在であることを否応なく痛切に思い知らされる状態になるこ とが想定される。たとえば病気であり、老衰である。体が不如意になって初めて思い知らされるのであり、気の弱りが死を強く意識さ
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