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大 釈 同 異 論 再 考

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     大釈同異論再考

     

抄録  本稿は、日本密教において「教主」を論ずる上で問題となる、「大日如来と釈迦との関係性は如何なるものなのか」という「大釈同異論」について論じたものである。大釈同異論とは、大日如来と釈迦を同体と見るのか、別体と見るのかという議論である。従来、台密は大釈同体、東密は大釈別体を主張するとされてきた。

  しかし、東密諸学匠の記述を改めて精査してみると、従来言われていていた、「東密は大釈別体」とは異なる見解が多くみられた。すなわち、東密内で大釈別体を支持する学匠はごく一部であり、多くの学匠が大釈同体を主張しているのである。

  したがって本稿は、従来言われていた「東密は大釈別体を支持する」という見解を否定するものである。

      一、はじめに

日本密教において「教主」を論ずる上で、大日如来と釈迦とをどう捉えるのか、大日如来と釈迦との関係性は如何なるものなのかという問題がある。これは「大釈同異」・「大釈別体」などと称されるもので、大日如来と釈迦を同体と見るのか、別体と見るのかという議論である。『密教辞典』の「大釈別体」の項目には、以下のような記述がある。大は大日如来。釈は釈尊。古来、東台両密において大釈同異の論争、即ち大日法身と生身釈尊とはその体、同一か、別体かの論である。台密は大釈同体説、東密は大釈別体説を主張する。……(中略)……インド・中国の密教も

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この大釈同体説により、教理の浅深により顕密対弁しているが、空海は法身説法の建前より、顕密対弁門においてあくまでも大釈別体説を主張した。密々対弁門においては、釈迦は大日法身の応化身であり、二而不二の立場よりすれば、大釈同体と見るべきが妥当と思われる

  すなわち、台密は大釈同体、東密は大釈別体の立場であると説かれている。また、東密の支持するこの大釈別体の立場は空海が表明したものであるとしている。これは後述するように、『弁顕密二教論』巻下の『大日経』の引用に付される割註を指している。しかし、この『密教辞典』の記述の後半部分には、「二而不二の立場よりすれば、大釈同体と見るべきが妥当と思われる」ともあり、この項目の記述者は、東密は別体の立場であるとしながらも、その立場のみであることに納得していないような態度を示しているのである。また、金岡秀友氏も『密教の哲学』において、大釈同異の問題を以下のように論じている。大釈同体説は、インド・中国の密教家、日本においては、主として台密家の説くところであった。大釈別体説は、大日は普門の法身であり、釈迦は一門の生身であると見、東密諸師はこれを発展させた。金・胎のマンダラで共に、大日と釈迦が別個に描かれているのはその証拠であると説く。……(中略)……大釈別体は浅略釈あるいは歴史的判断であり、大釈同体説は立場を変えて宗教哲学的に成り立つ実感といいうるのではなかろうか 。金岡氏は、東密は大釈別体の立場であり、それが浅略釈であるとしている。さらに、この大釈別体の立場を東密諸師が発展させたと説いている。しかし、本当に東密は大釈別体を宗義としているのであろうか。『密教辞典』に「二而不二の立場よりすれば、大釈同体と見るべきが妥当と思われる」と記されているのも、大釈別体を東密の宗義とすることに疑問があるためなのではないだろうか

  そこで本稿では、大日と釈迦との関係性について、東密諸学匠の記述を中心に改めて精査してみたい。

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      二、東密諸師の見解       (一)大釈別体説

  まず、大釈別体説を主張する東密学匠の記述を確認していきたい。大釈別体説を主張する学匠が、その根拠として用いるのが『弁顕密二教論』巻下の以下の文である。又云、尓時毘盧遮那世尊、告執金剛秘密主、若入大覚世尊大智灌頂地、自見於三三昧耶句。秘密主、入薄伽梵大智灌頂、即以陀羅尼形現仏事。尓時大覚世尊、随住一切諸衆生前作仏事、演説三三昧耶句。仏言、秘密主、観我語輪境界、広長遍至無量世界清浄門。如其本性示随類法界門。令一切衆生皆得歓喜、亦如今者釈迦牟尼世尊、流遍無尽虚空界、於諸刹土作仏事文、仏事、亦如釈迦三身

身・各不同。応当知一レここでは、『大日経』巻六「百字果相応品」を引いたうえで、そこに「釈迦の三身と大日の三身はそれぞれ不同である」と割註を付している。この文を、大釈別体を主張する学匠は根拠として用いるのである。また、大釈同体説を支持する学匠の著作の「問者」の見解、すなわち、同体説を否定する側の見解としても引用されている。先述の『密教辞典』等に「東密は大釈別体説を主張する」と解説されるのは、この空海の割註に基づいたものであろう。次に、鎌倉期の了賢(一二七九~一三四七)の『他師破決集』を挙げてみたい 。『他師破決集』巻一所収の「釈迦外有大日別体否事」の項目には、以下のような記述がみられる。智証疑問略鈔云、浄住寺海雲記云、金剛三蔵和尚云、毘盧遮那、即釈迦牟尼。従法性身。……(中略)……当知。法身遍一切処、応身満法界。豈異釈迦別求遮那。就体為遮那、約用為釈迦。体・用広大如法界、究竟如虚空

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問。真言教意、釈迦外存大日別体云耶。  答。尓 。ここでは、まず円珍(八一四~八九一)が『些些疑文 』において大釈同体の立場を取ることを踏まえたうえで、「東密では釈迦の他に大日の別体を存するのか」という質問を出だし、これに対して答者が、「釈迦とは別体の大日が存する」という立場を取っている。すなわち、大日と釈迦が別体であると主張している。ただしこの質問は、「釈迦の他に大日がいるのか」であるため、釈迦が大日を包括しているのか否かを問うたものである。つまり、教主の主体が大日ではなく釈迦である立場(顕教)からの質問である。したがって、顕教と密教の教主の相違を問題としたもの、言い換えれば、顕密対弁門の立場より主張したものである。次に、杲宝(一三〇六~一三六二)の『金剛頂宗綱概』の「能説教主為釈迦歟事」の項目では、「問。今所云当経能説教主者、指釈尊歟。如何 。」と、『金剛頂大教王経』の教主は釈尊を指すのかという質問に対し、以下のように回答している。若依東寺伝、釈迦・大日二仏各別故、此経是大日説、非釈迦説。二教論云、釈迦三身・大日三身各各不同

この文では、東寺の伝によれば大釈別体であると主張し、『金剛頂経』の教主は釈迦ではなく大日であると説かれている。そして、この根拠として、『弁顕密二教論』巻下の割註が引用されている。しかし、これも了賢の『他師破決集』と同様に、「釈迦を教主とするのか」という質問に対する回答であり、顕教と密教の教主の相違について言及したものといえるであろう。また杲宝は、『亜胤鈔』巻一所収の「両部大経与一代顕教説時前後事」という項目においても、以下のように説いている。尋云、大日所説両部大経、為釈迦出世後将如何。答。此有二義。一義云、釈迦出世後也。……(中略)……一義云、釈迦出世前也。……(中略)……私案、已上二義中、初義顕密二教同似釈迦一仏所説。是非大師相承正伝歟。仍後義宜歟

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  この算題は、大日如来が両部大経を釈迦出世の前に説いたのか、後に説いたのかを問題としたものである。杲宝は、まず両説(初義:釈迦出世の後、後義:釈迦出世の前)が存することを指摘したうえで、自身は後義を支持すると説いている。また、初義を支持しない理由を、「顕密二教を共に釈迦所説とすることに類似したものであり、空海の伝に相違するため」と説いている。この空海の伝とは、前述の『弁顕密二教論』巻下の割註の文であろう。したがって杲宝は、空海が『弁顕密二教論』において、「釈迦三身・大日三身各各不同」と説いたことを最も強力な根拠として、大釈別体を主張しているのである。すなわち、杲宝も了賢と同様に、この大釈同異の問題を、顕密を対弁する視点から論じているのである。

      (二)大釈同体説

次に、大釈同体説を主張する学匠の記述を確認してみたい。まず大釈同体説を主張する学匠が、その根拠として用いるのが『秘蔵記』の以下の文である。問。経云、釈迦即毘盧遮那。其心如何。答。譬如数穴闇屋燃灯之時、諸穴倶時放光。心王毘盧遮那成仏時、無数心主同時成仏。是無数心主各各名別、各各垂迹樹下八相成道。然則釈迦是心王所心主釈迦之迹。乃至世間出現一切仏菩薩、皆是各各心主之迹耳。雖本皆毘盧遮那、拠三昧門、各各三昧之化。是故各各名別。是一三昧所具餘三昧。如帝網之義11ここでは、『観普賢菩薩行法経』の「釈迦牟尼名毘盧遮那遍一切処

ている面もある。すなわち、「一門」・「普門」のいずれの立場に立つのかによって、この文の解釈が異なるのである。 ことを主張している。しかし、棒線部をみると、「一門的に見るとそれぞれは別である」とあるように、別体的に論じ いている暗室に光を灯す喩えを用いて、大日(暗室の中の光の本体)と他の諸尊(数穴より放たれる光)が同体である 12という文の要を問い、これに対して穴の開

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事実、先に引いた了賢の『他師破決集』では、この文を別体説の根拠の一つとして用いている

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  次に覚鑁(一〇九五~一一四三)の主張を確認してみたい。まず覚鑁は、『打聞集』において以下のように論じている。釈迦三身・大日三身各別者、謂総云、大日法身、釈迦生身。生身者、父母所生身故、非生身。有種種義。或所生身故云生身。謂大日所生也。或仏眼仏母所生也。或金剛薩埵所生也。或従脇生、或従光生、又従背臍手足口種種所生。故云生身14この記述で覚鑁は、「大日を法身」、「釈迦を生身」として区別している。これだけ見れば大釈別体的に論じているように感じられるが、覚鑁は、生身を「○○から生じた身」と解釈している。したがって、法身・生身の不同はあるが、釈迦を「大日から生じた身」という観点よりみれば、大釈が同体であるという立場を支持していると考えられる。

  また、『乾脂界曼荼羅略釈』では、大日と釈迦が同体であることを、以下のように論じている。

   一切諸尊、乃至従閻王門出一切、大日同体而出故。十方界自性身・受用身・変化身・等流身・一切諸仏菩薩・二乗・世天、皆是大日一体、普現色身

このように覚鑁は、釈迦のみならず、あらゆる諸尊が大日と同体であると説いているのである 。 15

普門の立場から大日と釈迦を論じたものといえる。 。この覚鑁の主張は、 16

  次に、信証(?~一一四二

日三身差別 )の記述を検討してみたい。信証は、『大日経住心鈔』巻二において、「問。云何釈迦・大 17 談法身三身。故釈迦三身随類応現影像三身、大日三身密厳海本有三身也 答。大日是法身、釈迦是化身。然一切顕教以釈迦為教主、論化身中三身。真言密教以大日為教主、 。」と、先述した『弁顕密二教論』巻下の割註に関する問答を展開している。この質問に対し、 18

と答え、大日と釈迦とを以下のように整理している。 。 19

●大   日:法身、真言密教の教主

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●釈   迦:化身、顕教の教主●大日三身:密厳海本有(果海に本来的に存している)三身●釈迦三身:随類応現影像(機根に応じた姿を現す)三身 これによれば、信証は大日と釈迦とを区別しているため、大釈別体を支持しているように感じられる。しかし、『大日経住心鈔』巻二には、以下のような記述も見られる。問。於法界宮四身、真言機見秘密、顕機見浅略。彼真言随他之中有四身、顕機所見也。中有三身。何以此経所説三身云大日三身、餘経三身云釈迦三身乎。答。二機同於法界宮四身之影像、真言機見内証辺。故約本地大日見三身。顕機約外用釈迦

三身故云然。 20この文では、二機(真言機・顕機)は同じ法界宮の四身の影像を見ているが、真言機はその内証の辺(大日)を見るのに対し、顕機は外用(釈迦)を見ていると説いている。すなわち、信証は、「真言機と顕機の二機は見ているものは同じであるが、機根によって見え方が相違するのであり、見ているものの本質は同じである」と説いているのである。つまり、この文は大釈が同体であるという見解を示している文といえよう。

  次に、静遍(一一六五~一二二三)口道範(一一七九~一二五二)記の『弁顕密二教論手鏡鈔』巻上の記述を確認してみたい

生身、生身為顕教教主。樹下身是也。密機是見法身、法身為密教主。然此法身有二義。一、約其実体、 密機、於大日謂有三身。其応化者釈迦也。但密機前、彼釈迦三十二相而不滅。仍云変化法身。而顕機見 答。不尓。但随機情、或云三身、或云六身、或云九身。顕機、於釈迦謂有三身。然其法身者大日也。 を引いたうえで、この二仏は別体の仏なのかとの質問を設けている。この問いに対して、以下のように答えている。 。ここでは、まず「問。釈迦・大日各有三身者、実是別体仏歟。」と、『弁顕密二教論』の註の文(取意) 21

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四種共有。二、約応化一途機情、第三重変化法身也。而顕以遮情理法身故無色無形也。是故約機情

各各不同、約実唯是大日三身也

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  この文を見れば明らかなように、静遍は「大日と釈迦は別の仏なのか」という質問を明確に否定している。そして顕密共に大日を法身、釈迦を応化身とみるが、顕教ではこの応化身の釈迦(生身)を教主とするとしている。一方で密教は、その応化身を変化法身と捉えるため、釈迦も法身であるとする。つまり、密教では大日も釈迦も法身であると捉えると主張するのである。その上で、『弁顕密二教論』において大釈の不同をいうのは、顕密の機根の相違という観点からであって、実には釈迦も大日の三身であると説いている。これは、前述した信証の主張と類似した見解であるといえよう。

  次に、頼瑜

一切如来有三種身。謂字・印・形像。24 日三身是字・印・形。釈迦三身法・報・応。故云各別也。先師云、二仏各字・印・形三身各別也。故経云、 逗機是顕教釈迦、内証即密教大日。即一仏内証・外用故、随影云釈迦三身、随形云大日三身也。或云、大 答。或云、大日・釈迦各具三身、各各於法界対顕密機説顕密法施作仏事。是云各各不同也。或云、 は如何なるものか」という問いを出だし、それに答える形で、以下に示す「或云」等の四つの説をまず提示している。 (一二二六~一三〇四)は『二教論指光鈔』巻五において、「『弁顕密二教論』の註に説かれる三身の別と 23

  この四つの説を整理すると、以下のようになる。

①説法する機根と法が異なることを「各各不同」といっている。(大日:密機・密教の法、釈迦:顕機・顕教の法)②大日・釈迦は同一(即一)の体だが内証と外用の相違がある。影(働き)という観点より「釈迦三身」、形(本体)という観点より「大日三身」といっている。③「大日三身」は「字・印・形像」の三身で、「釈迦三身」は「法身・報身・応身」の三身のことであるから「各別」といっている。

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④大日と釈迦の「字・印・形像」の三身が異なっているから、「各各不同」といっている。

  この四つの説は、いずれも『弁顕密二教論』に「釈迦三身・大日三身各各不同」とあることに対し、これが大釈別体を論じたものではないことを主張したものである。これらの説を出だしたうえで、頼瑜は以下のように説くのである。大日三身等者、所謂宝冠・羅髪形異、法界定印・智吉祥印別、憾字・試字言分故、云各各不同

25

  この文において頼瑜は、「大日は宝冠、釈迦は螺髪であるという形像の相違、大日は法界定印、釈迦は智吉祥印を結ぶという印相の相違、大日如来は憾字、釈迦は試字という種子の相違」という、字・印・形像の三身の相違を指摘し、これが『弁顕密二教論』において「各各不同」と説かれた理由であるとする。したがって、頼瑜は前述の四つの説のうち、④の「先師」の説

記』を引いたうえで、「此意、分明両辺義趣見。付之今引証大日経文、二仏三身釈各別義。其詮要如何 次に宥快(一三四五~一四一六)の『二教論鈔』の記述を確認してみたい。『二教論鈔』巻二八では、前述の『秘蔵 このように、「釈迦・多宝は大日と一体」と説き、大日と釈迦が同体であることを明確に主張しているのである。 答。……(中略)……私云。経軌意、以二仏為本尊。此釈迦・多宝又与大日一体也。 27 問。大日・釈迦一体義依憑安在哉。 また頼瑜は、『秘抄問答』巻七「法華経」においても、以下のように説いて大釈が同体であると主張している。 を踏襲している。すなわち、頼瑜も大釈同体を支持しているのである。 26

身共説法見。故尤法身説法誠証也。依之、今為成法身説法義引証此経文也。楞伽我乗内証智文、幷法仏説 但経挙釈迦三身事、是即為例明也。非今御引証肝要。一義云、経文説相雖二仏不同、共具足三身、三 別体と見ていたのかという設問である。この質問に対して、宥快は以下のような回答を設けている。 を引用し、そこに「釈迦三身・大日三身各各不同」と註を入れた要点とは何なのか、空海は大釈を同体と見ていたのか、 問を出だす。すなわち、『秘蔵記』には同体・別体の両説が見られるが、それでは『弁顕密二教論』において『大日経』 。」との質 28

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法文、釈迦法身即秘密事明也。若依此義者、相二仏 、為 顕密仏体不同 御引証

意趣 ニハ 意也

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  ここでは、まず註の「釈迦三身」というのは、大日如来に釈迦と同様の働き(説法)があることを表明するために用いた語であり、引用した『大日経』の肝要ではないと説いている。すなわち、この『大日経』の引用は法身説法を表明するための引証であるため、そこに付された註も、法身説法を主張するための文と捉えるべきと説くのである。このように解釈するならば、「釈迦三身・大日三身各各不同」という註は、顕密の仏体が不同であることを表明することを目的としたものではないと主張するのである。すなわち、宥快も大釈別体を否定し、大釈同体であることを主張するのである。次に、論義の算題を確認してみたい。古義における論義には「大釈三身」という算題がある。『密教大辞典』には「大釈三身」について以下のように解説されている。二教論下に釈迦三身大日三身各々不同とあるにつき、此釈迦三身は大日三身の所現なるか否かを東密古義派にて論ずる算題。難方は大日の所現に非ずと説き、答方は大日の所現なりと説く。このように、「大釈三身」という算題は、『弁顕密二教論』註の「釈迦三身」が大日の三身から現出したものであるか否かを議論するものである。『密教大辞典』によれば、この算題で、問者は「大日三身の所現ではない」という立場をとるようであるが、これは釈迦が大日から現出していない尊格であること、すなわち、大日と釈迦が別体であることを主張する立場である。つまり、「大釈三身」の算題は、「大釈別体を主張する問者と大釈同体を主張する答者の論義」と言い換えることができよう。それでは、以下に古義の論義書である『続宗義決択集』と、印融(一四三五~一五一九)の『杣保隠遁鈔』を挙げ、この算題においてどのような議論がなされているのか確認してみたい。『続宗義決択集』巻六には、「大日三身釈迦三身各々不同事」という算題が収録され、これが『密教大辞典』の「大釈三身」

(11)

に相当する論義である。この論義では、冒頭に「高祖解釈中、大日三身・釈迦三身各々不同。尓大日・釈迦共秘密仏身可云乎。  答。依

一義尓。 30」との問答があり、大日と釈迦が共に秘密の仏身であること、すなわち大日と釈迦とが同体であることが示されている。そして、その理由を以下のように説いている。

   同雖秘密上仏身、釈迦・大日各具三身故、云各各差別歟。次於経文御引証意趣、顕教教主顕秘密上釈迦三身影像歟。若又為立法身説法義歟。尓不難。 31   この文では、「釈迦三身・大日三身各各不同」というのは、大日も釈迦も同一の秘密上の仏身(横平等・普門的な観点)だが、それぞれは三身を具足している(竪差別・一門的な観点)ため、諸尊を区別するという観点より論じたものであると主張する。また、『弁顕密二教論』で『大日経』の「令一切衆生皆得歓喜、亦如今者釈迦牟尼世尊、流遍無尽虚空界、於諸刹土作仏事」という文を引いたのは、顕教の教主である釈迦が、実には法身大日如来に包摂された存在であり、その働きとして顕教の法を説くことを明らかにするためであるとする。さらに法身が釈迦と同様に説法するということを明らかにする目的で引用されているのだと主張するのである。次に、『杣保隠遁鈔』巻三に収録される「大釈三身事」では、冒頭に「問。高祖解釈中、大日三身・釈迦三身。今此釈迦三身、大日三身所現也可云乎。  答。可尓也

凡自宗之意、顕密仏身悉以大日一仏所現談候。既鬼・畜・人・天等迄、皆大日所現候。況顕密一切仏身、離大日 ものであると主張している。さらに印融は、大日と釈迦が同体であることを以下のように説明している。 。」との問答を設け、釈迦の三身が大日如来の三身より現出した 32 一仏不之候。其上一処御釈意、以一室数穴灯光譬、被此義候時、室内灯体自性身譬候。室内数穴光、受用以下仏身類、室外数穴光、釈迦三身被譬類候間、大日三身・釈迦三身可印現事指掌所候。 33   この文では、東密は顕密の仏すべてを大日如来一仏より現出したものと捉えると説かれている。そのため、鬼・畜・

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人・天なども大日如来より現出したものであるから、顕密のすべての仏身が大日如来を離れて一仏として存在することはないと主張する。この主張の根拠として、前述の『秘蔵記』を挙げ、この文が、「室内の灯の本体を自性身、室内の穴の光を受用身以下の仏身、室外に放たれる数穴の光を釈迦の三身」を表したものとする。すなわち、室外に放たれた光(釈迦三身)と、室内の灯の本体(法身大日如来)は同一であると主張するのである。

  そして、最後に印融は、「尓疏家、大日・釈迦能現・所現不同一体義釈、大師約機情門別体有御釈

この「疏家」とは、『弁顕密二教論』巻下所引の『大日経』の文を註釈した、『大日経疏』巻一八の記述「即此釈迦、従 。」と説く。 34 毘盧遮那字輪而出

している点である。すなわち、空海説の会通に力点を置き、大釈同体説を主張しているのである。 の「釈迦三身・大日三身各各不同」の文が、大日と釈迦とが別体であることを表明したものではないということを力説 これらの論義書の見解は、前述した学匠達によってすでに示されたものであるが、ここで重要なのは、『弁顕密二教論』 各不同」と別体的な立場で註釈することの会通を試みるのである。 観点より別体と解釈したと主張している。すなわち、同じ『大日経』の文を、『大日経疏』は同体の立場、空海は「各 ある」という義を取り、それに対して『弁顕密二教論』の「釈迦三身・大日三身各各不同」の文は、機根の相違という 」を指している。ここで印融は、『大日経疏』は「大日と釈迦は能現・所現の不同であって一体で 35

      (三)その他

  最後に「その他」として、二つの著作を確認してみたい。はじめに挙げる『杲宝私鈔』は、先述した杲宝の著作である。『杲宝私鈔』巻二に収録される「釈迦・大日二仏同異事」には、以下のように説かれている。自・他門各雖両義、自門意於法性体・相・用三徳。有三徳故、仏身分斉又不之。是両部曼荼羅釈迦・大日種三尊、幷在位大別也。仍二仏体別。 36ここで杲宝は、まず自門(東密)・他門(台密)それぞれに、大釈別体・同体の両説が存すると前置きしたうえで、

(13)

釈迦と大日の種三尊(字・印・形像)や曼荼羅の在位が異なるため、東密は大釈別体であると主張する。しかし、これに続いて以下のようにも記しているのである。

   而又二仏各周遍法界故、釈迦具大日徳、大日具釈迦徳。是則体各別為本、約互具門、判二仏無二義

のみで、どちらを支持するかについて、頼宝は言及していない。 仏同体条条」、「二仏別体文証」、「二仏同体文証」とあるように、別体・同体の両方の主張と、それぞれの文証を出だす  迦・大日二仏其体全一可云耶。答。。」という問答が設けられている。しかし、これ以降は「二仏異体条条」、「二38 ~?、一説、一三三〇没)の『真言本母集』においても扱われている。『真言本母集』巻九では、その冒頭に「問。釈 この『杲宝私鈔』に収録された「釈迦大日二仏同異事」と類似した「大日・釈迦同異分別事」という項目が、頼宝(一二七九 しているわけではないのである。 ば二仏は無二であるため、大釈同体であるとも説いているのである。つまり、別体説を本義とはするが、同体説を否定 すなわち、大日・釈迦の二仏はそれぞれ法界に遍満していて、互いが互いの徳を具足しているという観点より見れ 。 37

      三、まとめ

以上、東密諸学匠の著作より大釈別体・同体の記述を抽出して整理してみたが、今回扱ったほとんどの学匠は、大釈が同体であることを主張していることが明らかになった。また、大釈の同異を問題とする際に、主に「顕密対弁門・自宗細論門」、「一門・普門」、「横平等・竪差別」の視点から検討されていることも明らかとなった。すなわち、顕密対弁することを目的とした場合には、顕と密の教主の相違を強調するために大釈別体を取り、東密の中で論じる場合には、釈迦を大日如来という本質の影像として、大釈同体を取っているのである。また、釈迦を含め

(14)

たあらゆる尊格が、大日より流出したという視点に立った場合(普門、横平等)には、大釈同体を取り、各尊の三昧門は相違する(一門、竪差別)という視点に立った場合は、大釈別体を取っているのである。図示すれば以下のようになる。

顕密対弁門・・・一門・・・竪差別・・・大釈別体自宗細論門・・・普門・・・横平等・・・大釈同体

了賢・杲宝が大釈別体を主張しているのも、「釈迦を教主とするのか」という、顕教の立場からの質問に対して、「教主は大日である」という真言密教の立場を表明したためであり、顕密対弁の視点より論じたものといえる。『弁顕密二教論』において空海は「釈迦三身・大日三身各各不同」と説いているが、これも『弁顕密二教論』が「顕教と密教を弁別する」ことを目的として著された著作だからであろう。すなわち、大釈別体説は、顕密対弁する視点に立った時のみに用いられる、あくまでも限定的なものだと考えられるのである。そもそも東密は、杲宝が『杲宝私鈔』において「東密も台密も大釈別体・大釈同体の両義を存している」と言っているように、論ずる目的や視点によって、大釈同体・別体両方の見解を存しているのである。したがって、大釈別体のみを宗義とすること自体が誤りなのではないかと思われる。空海が「釈迦三身・大日三身各各不同」と別体的に論じたことは、東密にとって「宗家の御定判」であり、当然尊重されるものである。しかし、多くの学匠は、この空海説を会通することに注力してきたのである。東密という語は、空海説のみを指すのではなく、その後の諸学匠による議論の変遷をも含んでいる。したがって空海説のみによって東密の宗義を論じるべきではないであろう。なお、大釈別体説を主張していた了賢・杲宝は、共に東寺学派に属する人物である。したがって、杲宝が『金剛頂宗綱概』において、「若し東寺の伝に依らば、釈迦・大日の二仏は各別」と説いたように、東寺では大釈別体説が主張されてい

(15)

たとも考えられる。この東寺学派の見解については、より詳細な検討が必要である。また、各学匠がなぜそれぞれの立場を取るのかという、視点や目的によって決択が相違する問題についても今後の課題とし、稿を改めて論じてみたい。

註(1)  佐和隆研編『密教辞典』四六四頁(法蔵館・一九七五)。なお、『密教大辞典』に「大釈別体」・「大釈同体」・「大釈同異」といった項目はない。(2)

  『密教の哲学』

(一八三~一八四頁、平楽寺書店・一九六九)(3)  その他、近現代において大釈同異の問題を扱ったものとして、林田光禅『真言宗綱要』(藤井佐兵衛・一九一七)、森田龍僊『真言密教の本質』(藤井佐兵衛・一九二七、『森田龍僊著作集』2(うしお書店・一九九八)に再録)、高神覚昇『密教概論』(第一書房・一九三七、改訂新版は大法輪閣・一九八九)がある。以下、簡単にこの三著の主張を整理しておく。・林田:大釈別体の根拠として『弁顕密二教論』を、同体説の根拠として『秘蔵記』・『秘密曼荼羅教付法伝』(弘全一・二頁)・『金剛頂瑜伽三十七尊出生義』(大正一八・二九七頁下)を挙げたうえで、「大釈同体といふが如きは、自宗の尅実門に約せるものなれば、対弁門に約せば別体となるべし。」(一一七頁)と説いている。ここでは、東密に大釈同体(自宗尅実門)・別体(顕密対弁門)両方の見方があることを提示し、殊更に大釈別体が東密の宗義であるとは論じていない。・森田:「吾宗の意は、顕密の教主はもとより各別なりとし、顕教は報応二身の所説であり、又かの報応二身は即ち釈尊、法身は即ち大日なりと定むる。」(六〇頁)、「二教の教主を別立する東密一家」(六七頁)と説き、東密が大釈別体を支持していると論じている。・高神:まず、この問題に大釈同体・別体の両方の立場があることを示したうえで、「いまこれらの両説を批判するに」(一三〇頁)と、この両説の片方にのみに拠ることの無理を論じている。そして最後に、「顕密対弁の麁論門においては、あくまで大釈別体説をとるべきであるが、密々対弁の細論門においては、大釈同体説をとるべきで、それはやがて不二に立脚して而二を説くか、

(16)

而二に立脚して不二を説くかの問題に還元されるのである。」(一三三頁)と説く。すなわち、林田氏と同様に、東密が大釈別体説を支持するとは論じていない。(4)

  『弁顕密二教論』巻下(弘全一

・五〇三頁)(5)  了賢における大釈同異論の問題については、拙稿「了賢撰『他師破決集』訳注(二)―巻第一ノ二―」(『川崎大師教学研究所紀要』四・二〇一九)を参照されたい。(6)

  『他師破決集』巻一(真全二一

・二三一頁上下)(7)

  『些些疑文』巻上(仏全二七

・一〇四一頁下~一〇四二頁上)(8)

  『金剛頂宗綱概』

(大正七七・七六七頁下)(9)

  『金剛頂宗綱概』

(大正七七・七六七頁下)(

( 10) 『亜胤鈔』巻一(真全二一・一五頁下~一六頁上)

( 11) 『秘蔵記』(弘全二・四三頁)

( 12) 『観普賢菩薩行法経』(大正九・三九二頁下)

( 13) 『他師破決集』巻一(真全二一・二三五頁上下)

( 14) 『打聞集』(興全上・五七四~五七五頁)

( 15) 『乾脂界曼荼羅略釈』(興全上・三一一頁)

( について(一)」(『興教大師覚鑁研究』所収、春秋社・一九九二)において詳細に論じられている。 16) 「大釈同異」の問題を直接扱ったものではないが、これらの覚鑁の記述については、苫米地誠一「興教大師覚鑁の教主観

( 17) 信証の生没年については、拙稿「信証の教主義」(『川崎大師教学研究所紀要』創刊号・二〇一六)を参照されたい。

( 18) 『大日経住心鈔』巻二(仏全四三・一八一頁上)

19) 『大日経住心鈔』巻二(仏全四三・一八一頁上下)

(17)

( 20) 『大日経住心鈔』巻二(仏全四三・二〇五頁上)

( されている。 21) この静遍の主張については、中村正文「静遍の教学に関する一考察」(『印仏研』三九‐一、一九九〇)において既に言及

( 22) 『弁顕密二教論手鏡鈔』巻上(続真全一八・二七五頁下~二七六頁上)

( 大蔵出版・二〇〇二)で既に言及されている。 23) この頼瑜の主張については、加藤精一「釈迦の三身と大日の三身‐瑜公の見解を参考に‐」(『新義真言教学の研究』所収、

( 24) 『二教論指光鈔』巻五(真全一二・一三九頁下)

( 25) 『二教論指光鈔』巻五(真全一二・一四〇頁下)

( 26) この「先師」については不明である。

( 27) 『秘抄問答』巻七(大正七九・四〇一頁下)

( 28) 『二教論鈔』巻二八(真全一二・三八一頁下)

( 29) 『二教論鈔』巻二八(真全一二・三八一頁下~三八二頁上)

( 30) 『続宗義決択集』巻六(川崎大師教学研究所所蔵本)

( 31) 『続宗義決択集』巻六(川崎大師教学研究所所蔵本)

( 32) 『杣保隠遁鈔』巻三(真全二〇・二三二頁上)

( 33) 『杣保隠遁鈔』巻三(真全二〇・二三二頁下~二三三頁上)

( 34) 『杣保隠遁鈔』巻三(真全二〇・二三三頁下)

( 35) 『大日経疏』巻一八(大正三九・七六八頁上)

( 36) 『杲宝私鈔』巻二(真全二〇・二三頁下)

37) 『杲宝私鈔』巻二(真全二〇・二三頁下)

(18)

38) 『真言本母集』巻九(続真全二一・二〇五頁上~二一八頁下)

〈キーワード〉大釈同異、大釈同体、大釈別体、東密

参照

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