論文の要旨
申請者 諸橋 徹
研究論文題目
揮発性吸入麻酔薬セボフルランの静脈内投与による全身麻酔作用に関する研究
1 背景および目的
揮発性麻酔薬の静脈投与に関しては約 50 年間にわたり研究されている分 野であり、その静脈投与は心臓や肺などの臓器保護作用、麻酔薬の呼気ガス 濃度を介したリアルタイムの実測値による麻酔深度の把握など多くのメリッ トを有している。臨床応用が可能となれば新たな麻酔領域を革新できる可能 性を有している。揮発性麻酔薬を直接静脈内投与すると致死性の肺障害を引き起 こすため、脂肪乳剤(エマルション)化する必要がある。しかし、静脈投与に伴 い同時に投与される脂肪の量が許容量を超えてしまうといった問題点や、アナフ ィラキシー反応なども報告されている。また、イソフルラン脂肪乳剤のビーグル 犬への持続投与では、血液/ガス分配係数の上昇(麻酔薬の血液溶解度の上昇)が 報告されており、臨床使用には、まだ改善を要する。
本研究では、血液/ガス分配係数が低く、臨床使用頻度が多い揮発性麻酔薬セボ フルランを使用し、単独では人体に使用許可されている溶剤のみを使って脂肪乳 剤化を試みた。油相にセボフルラン溶解性の高い中鎖脂肪酸(カプリル酸トリグ リセライド)を用いることによって脂肪乳剤に含有されるセボフルラン濃度を 20%まで上昇することができた。本研究の目的は、この新たに調製した本薬剤の 特性を検討することである。まず本薬剤の安定性を評価し、Sprague-Dawley ラッ トを用いた麻酔効果の確認および安全性の評価を行った。また、より臨床使用に 即した検討を行うため、ビーグル犬に対し、セボフルラン脂肪乳剤による静脈麻 酔を行った場合とセボフルランガスによる吸入麻酔を行った場合で比較し検討を 行った。
2 方 法
(1)本薬剤の安定性を評価するため、調製後1年間の粒子径を経時的に測定し た。また、本薬剤をシリンジへ分注した後のセボフルラン濃度を経時的 に測定し、シリンジへ分注後の安定性も評価した。
(2)ラットに対し本薬剤の尾静脈投与(単回投与)を行い、正向反射の消失によ
る麻酔効果の評価、および致死量の評価を行った。体重あたりの本薬剤の投 与結果から用量反応曲線を作成し、麻酔効果発現に関する ED50値および LD50
値を算出した。
(3)ラットに対し本薬剤の持続投与を行い、アレルギー症状の有無を観察すると ともに、経時的な呼吸および循環動態の評価を行った。また、持続投与終了 後の合併症の有無も評価した。
(4)ビーグル犬に対して本薬剤の持続投与を行い、血液/ガス分配係数への影響を 評価した。
(5)ビーグル犬に対して本薬剤による静脈麻酔を行い、セボフルランによる吸入 麻酔の場合と麻酔導入、痛み刺激に対する反応、覚醒、排泄および呼気モニ タリングを比較した。
(6)統計解析は Graph Pad Prism version 6.03(Graph Pad Software, San Diego, CA, USA)を使用した。ED50値、LD50値の算出には Probit 法を用いた。血液/
ガス分配係数や呼気および血中セボフルラン分圧は線形混合モデルを用い て比較した(R-3.3.0)。セボフルランの静脈麻酔およびガス麻酔の群間比 較にはウィルコクソン符号順位検定を使用した。セボフルラン投与後の排泄 には、2-コンパートメントモデルを使用し比較した。
3 結 果
(1)セボフルラン脂肪乳剤は調製後 1 年間粒子径が増大することなく安定してい た。また、シリンジへ分注後 3 時間セボフルラン濃度は低下することなく安 定していた。
(2)ED50および LD50の評価では、用量依存性に陽性反応の上昇がみられた。治療 係数(LD50/ED50)で表される本薬剤の毒性は、他の静脈麻酔薬と大きく変わ らなかった。
(3)ラットへの脂肪乳剤持続投与では、アレルギーやアナフィラキシー反応と思 われる極度のバイタル変化は起こらなかった。実験中および実験終了後 1 週 間の観察では痙攣、浮腫、死亡などの合併症は見られなかった。
(4)ビーグル犬への本薬剤持続投与において、血液/ガス分配係数は投与量に関わ らず一定だった。
(5)セボフルランエマルションによる静脈麻酔とセボフルランガスによるガス麻 酔の比較では、麻酔導入、覚醒、排泄は静脈麻酔の方が早かった。テイルク ランプ刺激による up and down method で決定した CP50や Minimum Alveolar Concentration(MAC;最小肺胞濃度)の検討では、CP50では両群で血中濃度 に差は見られなかったが、MAC はエマルションによる静脈麻酔で有意に低か った。
4 考 察
脂肪乳剤化した揮発性ガス麻酔薬の静脈投与では、同時に投与される脂肪が 血液の溶解性を高める結果、血液/ガス分配係数が上昇すると思われる。脂肪乳 剤化した揮発性麻酔薬の臨床使用を実践していくには、脂肪乳剤の投与に伴い 同時に投与される脂肪の総量をさらに減量していく工夫が必要である。
5 結 論
今回新たに調製した 20%セボフルラン脂肪乳剤は、1 年間の観察期間におい て安定しており、麻酔効果および安全性を確認することができた。脂肪乳剤に 含まれる脂肪を減らすことで、血液/ガス分配係数の上昇を抑制することが可能 である。セボフルラン脂肪乳剤は、麻酔効果の早期発現や優れた調節性といっ た静脈麻酔薬としての利点を有し、かつリアルタイムで麻酔深度を把握できる 吸入麻酔薬の利点を併せ持つ麻酔薬であり、本薬剤の臨床応用への可能性を新 たに立証した。