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概要書

アメーバ経営導入にみる管理会計システムの多様性

―事業特性差異に基づく探索的事例研究―

庵谷治男

本研究の目的は、アメーバ経営が京セラとは異なる事業特性を有する組織に導入された 場合、どのような管理会計システムの多様性が生じるのか、またそれはなぜかを明らかにす ることである。具体的には、アメーバ経営に関する先行研究を網羅的にレビューし、京セラ と導入事例であるホテル 2 社との比較考察を行い、相違とその理由を析出している。結論 として、以下に掲げる管理会計システム(「時間当り採算」および「社内売買システム」)の 設計・運用に多様性を生じさせる要件を提示している。

「時間当り採算」の設計・運用に多様性を生じさせる要件

① 時間の測定可能性が低い。

② 「当月要した労働時間」が「当月の付加価値」と一致しない。

③ 正規の従業員の割合が小さい。

④ 時間最短によって逆機能(付加価値の減少)が生じる可能性が高い。

⑤ 比較可能なアメーバが存在せず、業績の比較可能性が低い。

⑥ 時間当り活動の同質性が小さく、業績の比較可能性が低い。

「社内売買システム」の設計・運用に多様性を生じさせる要件

① 職能別を前提に利益責任を付与することが困難である。

② 職能別を前提に利益責任を細分化することが困難である。

③ 職能間の関係が連続的な業務プロセスとなっていない。

④ 市場原理に基づく社内売買価格の決定が困難である。

⑤ 社内売買価格の交渉で根拠のある原価見積りが困難である。

本稿の構成は第Ⅰ部「アメーバ経営研究」(第1章~第4章)、第Ⅱ部「アメーバ経営の導 入事例研究」(第5 章~第8章)、第Ⅲ部「アメーバ経営導入にみる管理会計システムの多 様性」(第9章・10章)、参考文献である。以下、順に概要を説明する。

第 1 章では本研究の目的と意義を示している。近年、管理会計システムの多様性に研究

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関心が集まっているものの、事業特性差異が管理会計システムの多様性にいかなる影響を 与えるのかについて未解明な点が多い。また、実務では製造業から非製造業へ管理会計シス テムが導入されるといったケースが増加している。以上のことから、導入組織で管理会計シ ステムがどのように変化しているのかをその理由とともに解明することは、学術的にも実 務的にも意義が高いといえる。本研究では異なる事業特性への導入事例が増加傾向にある という事実を踏まえ、アメーバ経営導入を対象としている。

第 2 章ではプロトタイプ(原型)としてのアメーバ経営の基本体系と構成要素を示して いる。アメーバ経営をパッケージ(基本体系)と捉え、「組織構造」「管理会計システム」「フ ィロソフィ」に区分している。「管理会計システム」はさらに「時間当り採算および採算表」

「予実(実)管理システム」「社内売買システム」に細分化している。各基本体系の中身を 整理し、構成要素を提示することによって、本研究におけるプロトタイプとしてのアメーバ 経営を示している(図表 2-9)。この基本体系と構成要素は事例の考察における比較基準と して第9章で用いている。

第 3 章ではアメーバ経営に関する先行研究の網羅的なレビューを行っている。レビュー の結果、先行研究を8つの項目に分類している(複数の項目に分類される研究もある)。具 体的には①「MPC研究」、②「MCS 研究」、③「PCM 研究」、④「フィロソフィ具現化研 究」、⑤「利益配分研究」、⑥「システム・理論比較研究」、⑦「その他の研究」、⑧「導入研 究」である。先行研究の系譜を論点ごとに整理したことで体系的な理解が可能となっている

(図表3-1)。また、研究アプローチ(「組織コンテクスト」と「システムの時間的変化」)に 基づいて先行研究を分類すると、①「京セラシステム研究」、②「導入組織システム研究」、

③「導入システム比較研究」、④「京セラプロセス研究」、⑤「導入組織プロセス研究」とな る。アメーバ経営導入に関する研究は②、③、⑤が該当し、事例の属性および導入背景に基 づき整理している。

第 4 章ではアメーバ経営導入研究のなかで明らかにされてきたアメーバ経営の多様性を 基本体系ごとに整理し、本研究の課題を提示している。「組織構造」「管理会計システム」「フ ィロソフィ」それぞれにおいて多様な形態があることが確認できる。先行研究の議論を踏ま え、本研究では③「導入システム比較研究」に焦点を当て、本研究の分析視座を示している

(図表4-6)。具体的には、第一段階として「アメーバ経営の基本体系」を対象に京セラと導 入組織とのシステム間比較を行い、第二段階として「管理会計システム」を対象に比較考察 を行うという手続きをとっている。とくに、第二段階では管理会計システムの多様性をプロ トタイプとの「一致」および「相違」という2つの軸から事例を考察することが特徴となっ ている。リサーチ・サイトは、京セラとは異なる事業特性を有する組織を候補とし、非製造 業のなかでもサービス提供組織の代表例であるホテルを選定している。具体的には、大手メ ーカーX 社(アメーバ経営を実践)が創業した「ホテルA 社」および企業再生支援を行っ た「ホテルB社」である。

第5章および第6章では、ホテルA社の事例を記述している。A社は事業部制に近い組

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織構造であり、採算単位は「宿泊部門」、各レストラン(課)、「宴会部門」となっている。

A社固有の特徴には、KPIとして「時間当り採算」ではなく「償却前利益」を採用している こと、レストランでは「キッチン係」と「ホール係」ごとに採算表を作成していること、宴 会では婚礼と一般宴会別に利益責任を区分していることが主にあげられる。

第7章および第8章では、ホテルB社の事例を記述している。B社もA社と同様に事業 部制に近い組織構造であり、採算単位も「宿泊部門」、各レストラン(課)、「宴会部門」と なっている。B社固有の特徴には、KPIとして「時間当り採算」ではなく「税引前利益」を 採用していること、外部委託業務を積極的に内部で行うこと(脱外注化)によって採算向上 と顧客評価の向上を同時的に実現していること、トップが率先垂範して行動していること が主にあげられる。

第9章では京セラと事例2社との比較考察を行い、基本体系ごとに構成要素別の詳細な

「一致」と「相違」を析出し、「何がどのように異なるのか」という点を明らかにしている

(図表 9-1)。くわえて、管理会計システムの基本体系別の比較考察を行い、プロトタイプ

(京セラアメーバ経営)の管理会計システムと「一致」する要件を下記のように導出してい る。

管理会計システムの一致要件

基本体系 設計・運用要件 具体的な視点

時間当り採算 および採算表

①時間の測定可能性 作業時間や手待ち時間の識別と測定が可能か

②時間の対象期間 当月要した労働時間は当月の付加価値として結実するか

③正規の従業員の割合 労働力の源泉に占める正規の従業員の割合が高いか

④時間最短の有用性 時間最短による逆機能(付加価値の減少)の可能性は小さいか

⑤業績の比較可能性 業績の比較が可能なアメーバが存在するか(比較可能なアメーバは 業務の類似性や時間当り活動の同質性を考慮する)

⑥採算表の構成 採算表が社内売買の形態を如実に表し理解容易な構成となってい るか

予実(実)管理 システム

①中長期・短期利益計画 中長期・短期利益計画を導入可能か

②月次の採算管理の可能性 月次レベルで「予定」で掲げた目標値の進捗管理が可能か

③週日次管理の可能性 週次もしくは日次レベルで「予定」で掲げた目標値の進捗管理が可 能か

④実績早期化の可能性 月次の採算実績を早期に算定することが可能か

⑤予実差異の分析 月次の「予定」と実績の比較分析およびフィードバックを行ってい るか

⑥会議体の開催 計画・実績の報告(説明)および議論の場が公式的に存在するか 社内売買 ①利益責任の付与 職能別を前提に利益責任を付与することが可能か(例、営業と製造)

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システム ②利益責任の細分化 職能別を前提に利益責任の細分化が可能か(例、製造内の工程間)

③業務プロセスの連続性 職能間の関係が連続的な業務プロセスとなっているか(例、工程①

⇒工程②)

④社内売買価格の市場性 社内売買価格の決定は市場原理に基づいているか

⑤社内売買価格の妥当性 社内売買価格の交渉で根拠のある原価の見積もりが可能か

これらの要件に基づき、ホテル 2 社との「相違」を改めて考察し、管理会計システムが

「なぜ異なるのか」という点を解明している。その結果、本研究におけるホテル2社の事例 からは、「時間当り採算」および「社内売買システム」の設計・運用に相違があることが明 らかとなった。

第10章では本研究の結論として、冒頭でも示した管理会計システム(「時間当り採算」お よび「社内売買システム」)の設計・運用に多様性を生じさせる要件を提示している。本要 件は先行研究では十分に明らかにされてこなかった「事業特性が異なるとなぜ管理会計シ ステムが異なるのか」について、アメーバ経営導入という状況下から新たな知見を提示して いる。補足として、「採算表」の形式は「社内売買システム」の形態に依存するため、「社内 売買システム」の設計・運用が京セラと異なればそれに応じて「採算表」の形式も異なると いえる。

なお、「予実(実)管理システム」の設計・運用は京セラとホテル2社との間に概ね相違 は見当たらなかった。換言すれば、事業特性に関わらず導入組織では「予実(実)管理シス テム」を設計・運用できる可能性が高いことを示唆している。その一方で「予実(実)管理 システム」には「週日次管理」のような高度な採算管理技法も含まれており、本事例研究を 通して組織構成員の運用能力が問われることが新たに浮き彫りとなった。この点は本研究 の研究課題を設定した当初は想定しておらず、本研究を通じて発見された課題でもある。事 業特性差異以外の要素が管理会計システムの多様性にいかなる影響を与えているのかとい う観点からの研究が今後求められる。

本研究の特徴はアメーバ経営導入に焦点を当て、管理会計システムの多様性を解釈しよ うと試みていることにある。特筆すべき点は、京セラと導入組織双方の事業特性に着目し、

「一致」と「相違」を見出すことで「多様性」を解釈していることである。ある組織で生成・

発展された管理会計システムの設計・運用について、歴史研究といった有効なアプローチが 存在するものの、当該組織単独の事例からそのメカニズムを詳解することには限界がある。

なぜならば、京セラでは「自明視」されていても、導入組織では必ずしも「自明視されてい ない」要素が存在し、単独の事例研究ではその点に「気づきにくい」からである。あえて導 入組織の事業特性に基づいてアメーバ経営の管理会計システムを考察することで、京セラ で「自明視」され埋もれていた要素が顕在化されるともいえるのである。本研究のホテル2 社ではまさに「自明視されていない」要素が「相違」として多数発見された。これによって、

「どのような要件が一致と相違を生むのか」という解釈が可能となったのである。

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本研究のインプリケーションは大きく 4 点示すことができる。第一に、アメーバ経営研 究の網羅的なレビューに基づき主要な論点を整理し、初めてアメーバ経営研究の系譜を提 示したことである(図表 2-9)。本系譜は本研究の位置づけを明確化するだけでなく、今後 のアメーバ経営研究の「マップ」ともなりうる。また、研究アプローチに基づく分類によっ て、「組織コンテクスト」および「システムの時間的変化」という点からアメーバ経営研究 の進展をみることを可能としている。

第二に、本研究は管理会計システムの多様性に関する研究で問題となる「多様性の解釈」

について新たな分析視座を提示している(図表 4-6)。管理会計システムの多様性を解釈す るために本研究で採用した方法、すなわちプロトタイプとの「一致」および「相違」による 比較考察がひとつの有力な手段であることを示している。本研究では、はじめにプロトタイ プとしてのアメーバ経営について基本体系および構成要素を整理している。つづいて、プロ トタイプに基づき 2 社の事例結果を踏まえた比較考察という手続きを踏んでいる。このよ うなシステマティックな分析に基づくことで、「多様性の解釈」に対して恣意性が入る余地 を極力排除する措置を講じている。

第三に、異なる事業特性を有する組織へ管理会計システムが導入された場合、管理会計シ ステムの設計・運用にいかなる影響があるのかを明らかにした点である。本研究は京セラと いう製造業で生成された管理会計システムをサービス組織というホテルへ導入したケース である。「時間当り採算および採算表」では異なるシステムが採用されていたが、ホテルの 事業特性に適合させる形で独自の設計・運用が行われている。「予実(実)管理システム」

はプロトタイプと概ね同様の方法が採用されている。それに対して、「社内売買システム」

はホテルでその存在が確認されたものの、京セラとは異なる仕組みを有している。ただし、

ホテルの事業特性に適合した仕組みが設計・運用されているとは必ずしもいえず、宿泊部門 に限定してではあるが社内売買システムのあり方について理論的検討を行っている。その 結果、「協力対価システム」に基づきながらホテルの宿泊部門における社内売買システムの あり方を新たに提示している。

第四に、実務へのインプリケーションである。本研究の結論は京セラアメーバ経営の導入 を計画している組織もしくは既に導入している組織に対して、管理会計システムの設計・運 用への有益な示唆をもたらす。すなわち、管理会計システム(「時間当り採算」および「社 内売買システム」)の設計・運用に多様性を生じさせる要件に基づいて、導入組織に適合し た管理会計システムの設計・運用とは何かを検討するための物差しとなりうる。ただし、本 研究の結論が管理会計システムの設計・運用の「最適解」を示しているわけではない。管理 会計システム(「時間当り採算」および「社内売買システム」)の設計・運用に多様性を生じ させる要件に該当する要素が確認されれば、それは京セラアメーバ経営における管理会計 システムと同一の設計・運用が困難であり、異なる管理会計システムの検討が必要となるこ とを暗示しているのである。さらに付言すれば、導入した管理会計システムから得られる効 果が京セラアメーバ経営とは異なるといった注意喚起ともなりうる。

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最後に、本研究には課題も少なくない。本研究の結論はホテル 2 社の事例のみに基づい ており、仮説の域を出ない。管理会計システム(「時間当り採算」および「社内売買システ ム」)の設計・運用に多様性を生じさせる要件の理論化に向けて今後さらなる事例研究およ び実証研究の蓄積が求められる。本研究の事例はホテルに限定されていることから、その他 の事業特性を有する組織がアメーバ経営を導入している場合、本研究で示した要件が同様 の説明力を有するかどうか検証する必要がある。

また、本研究で提示したアメーバ経営のプロトタイプは完全形とはいえない。「組織構造」

「管理会計システム」「フィロソフィ」というパッケージのもと、各基本体系および構成要 素を現行の京セラアメーバ経営に基づいて整理したに過ぎない。したがって、京セラアメー バ経営の基本体系および構成要素の妥当性についてさらなる理論的・実証的研究が求めら れる。

さらに、本研究で示した「管理会計システムの一致要件」について、本設計・運用要件を 全て満たせばプロトタイプである京セラアメーバ経営の管理会計システムと完全に一致す ると述べているわけではない。ホテル2社の事例研究から「一致」に必要とされる要件を理 論的に導出したに過ぎない。したがって「管理会計システムの一致要件」の一般化を図るた めには、異なる事業特性を有する組織への導入事例との比較考察や京セラアメーバ経営に 対する考察が今後さらに求められる。以上の課題については今後の研究で取り組んでいき たい。

参照

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