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堀田善衛『上海日記』・『歯車』 蔭山 達弥

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Academic year: 2021

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研究者と図書館

 堀田善衛は、終戦前後いっしょに上海にいた 友人武田泰淳との対話の中で、中国との出会い についてこう述べている。

 「上海に仕事があるという話で、ぼくは上海 へ行ったんだけれども、これは完全に偶然なん です。完全な偶然であって、中国へ行ってみよ うということは考えていましたけれども、ぼく がじっさいに行ったのは、つまり1945年の3月 ですから、もうそりゃ、敗戦まぎわといってい いころなんです。」(『対話 私はもう中国を語 らない』朝日新聞社1973)

 堀田善衛は1945年3月末から、1年9 ヶ月にわ たって上海に滞在し、日本の敗戦を上海で迎え た。彼は中国国民政府の中共宣伝部対日文化工 作委員会に留用され、その後1年ほどを上海で 過ごした。

 「1945年3月24日から、1946年12月28日まで、

1年9 ヶ月ほどの上海での生活は、私の、特に 戦後の生き方そのものに決定的なものをもたら してしまった。もとより文学の仕事を一生の仕 事に、とはそれ以前から思い定めていた。けれ どもそこへ、中国と日本という、まったく思い もかけないものが入ってきた。私は、戸惑った。

いまだに戸惑いから脱しきれたとは言えない。」

(堀田善衛『上海にて』はじめに)

 堀田が初めて踏んだ異郷の地・上海は亡命ロ シア人やユダヤ人、インドや東南アジア、南米 からの流入者、さらに南京・重慶・延安のそれ ぞれ異なる中国の政治権力が放った地下工作員 や特務機関、テロリスト、そしてかれらと判別 つきがたい膨大な市民、企業人、労働者、人夫、

やくざなどが混在していた。…しかも、国際文 化振興会の上海資料室に籍をおいたものの、堀 田の仕事はなかった。海軍の関係を頼って弘報 部に出入りして食事にありつき、文化工作の名 目で講演活動を行いながら、中国人学生や知識 人と交流するのがやっとだった。(紅野謙介『堀 田善衛上海日記』解題)

 2007年夏、故堀田善衛宅で、遺族により二冊 の自筆ノートが発見された。堀田善衛の原稿、

資料、蔵書の大半は堀田が1998年に亡くなった 後、神奈川近代文学館に寄贈された。2008年秋 開催の堀田善衛展が企画され、その準備のさな か、文学館職員によって、さらにもう一冊ノー

トが発見された。この3冊のノートは、紅野謙 介(こうの・けんすけ)氏によって『堀田善衛 上海日記 滬上天下一九四五』というタイトル で同年11月集英社より刊行された。

 堀田善衛が1951年5月、『文学51』創刊号に発 表した小説『歯車』は、『祖国喪失』、『歴史』、

『時間』などと共にこの日記を材料にしたもの と思われる。『歯車』の主人公・伊能という男 は終戦のあくる年、上海で中国のある機関に徴 用される。作者堀田自身がモデルのようである。

主任委員の青白い、やせた男・何大金、いつも 何につきそう張愛玲という女性、伊能の上司の 陳秋瑾という女性など、機関に出入りする人々 が登場し、物語は幕を開ける。登場人物の張愛 玲、陳秋瑾という名前を見て、中国近代史や中 国現代文学に詳しい方なら「おや」と思われる に違いない。張愛玲は、当時日本占領下の上海 文壇に彗星のごとく登場した女性作家の名、秋 瑾は「秋風秋雨人を愁殺す」という台詞で有名 な、処刑された女性テロリストの名である。

 ある夜、伊能は上海の港の大倉庫群のあいだ にある「血の雨横丁」と呼ばれた一角にある酒 屋で陳秋瑾とばったり出会う。それから秋瑾は 伊能が間借した家を度々訪れる。ある時秋瑾は 伊能に「まったくこの政治というものは、頭も 尻尾もなくて、敵だ味方だといってみたところ で、結局は敵味方が相対的に歯車のようにがっ ちり食いあったうえで、政治にとってただ一つ 絶対に必要なもの、血と肉をもった人間をがり がり食って生きているのですから、どこをどう といって切りようもありませんが」と身の上話 を語る。『歯車』は、戦後の上海で不安と恐怖 に覆われた一年半を過ごした作者の体験に基づ く作品といえよう。

かげやま たつや(教授・中国文学)

中国のほんの話(52)

堀田善衛『上海日記』・『歯車』

蔭山 達弥

中国のほんの話 52

参照

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