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老舎『想北平』、北京を懐かしむ 蔭山達弥

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Academic year: 2021

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研究者と図書館

 この春、春節の里帰りを兼ねて、北京に妻と 帰省している間、ふとしたことから文豪・老舎 の旧居を訪れる機会を得た。商務印書館涵芬楼 に立ち寄った後、夕刊紙を買おうと思って、大 型観光バスが停車し団体客の乗降でごったがえ している灯市西口を西に歩いていると、通りに 面した扉の上に「老舎記念館」という文字が目 に入った。建物右側の横丁を入ったところに見 学者用の入口があったが、その日は夕方で、閉 館時刻が迫っていたので、後日、妻と二人で 訪れることにした。伝統建築様式である四合院 に入ると、中庭を挟んだ三方の展示室には写真 や説明のパネルと共に、老舎が生前使用してい た遺品や家具が展示され、晩年家族と過ごした 日々が偲ばれた。

 老舎(1899-1966)に『想北平』(北京を懐か しむ)という随筆がある。老舎は北京で生まれ た。英国ロンドン大学東方学院へ赴任するため、

二十五歳で北京を離れた。『想北平』は帰国後、

三十七歳、青島国立山東大学で教鞭をとってい た一九三六年六月十六日、雑誌『宇宙風』第 十九期に発表された。『想北平』発表の翌年七 月七日、盧溝橋事変をきっかけに日中戦争が勃 発、二十八日、日本軍は総攻撃を開始、三十日 に北京、天津を占領した。当時、北京は北平(ペ イピン)と呼ばれていた。

 「私は北平(北京)を本当に愛する。この愛 は口に出そうとしても、うまく言えない。私は 母を愛している。どのように愛しているか、私 にはうまく言えない。わざわざ、母が好きなこ とをやりたい時、私は一人微笑んでいる。母の 健康を気遣って心配している時、私は涙がこぼ れそうになる。言葉で自分の気持ちを表現しつ くせない時、ただ一人微笑んで、あるいは涙を 流して、心の内を外に明らかにするに足りるの だ。私の北京に対する愛もこれに近い。この古 都のある一点をほめることは簡単なことだ、し かし、それでは北京の見方が小さすぎる。私が

愛する北京は些細なことではない。全体と私の 心がぴったりくっついた一つの歴史、広大な場 所、多くの風景名所、雨の後、什刹海のトンボ から夢の中にある玉泉山の塔の影まで皆一つに 集まり、どの小さな出来事の中にも私がいて、

私のどの懐古にも北京がある。それはうまく言 えないだけだ。」

 「ああっ!私は詩人ではない!私は永遠に我 が愛を語れない。一種の音楽と絵画によって喚 起されたような愛を。それでは北平(北京)に 背いてしまい、自分自身にも申し訳が立たない。

なぜなら、私の最初の知識と印象は皆、北京か ら得て、それは私の血の中にあり、私の性格と 気性の多くはこの古都が与えてくれたものだか らだ。」(以上『想北平』より拙訳)

 抗日戦争が終わった一九四六年三月、老舎は 劇作家曹禺と共にアメリカ国務院の招聘でシア トルに渡った。四年近くのアメリカ滞在生活の 始まりである。老舎は一九四九年十月一日、中 華人民共和国建国後もアメリカ政府の経済的保 障を得て滞在し続けられたのに、周恩来総理の 要請を受け、サンフランシスコから海路、横浜、

マニラ、香港を経由して北京に戻った。老舎は 彼を育てた北京に対する已みがたい愛着に惹か れて帰国したのである。

 「私のような貧しい人間は、北平(北京)に 居さえすれば、ちょっとした幸福感を得られる のだ。よしっ、もうこれ以上言うのはよそう。

涙がこぼれそうになる。本当に北京を懐かしく 想う。」(『想北平』より拙訳)

 かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)

中国のほんの話(₈₁)

老舎『想北平』、北京を懐かしむ

蔭山達弥

中国のほんの話  8 1

参照

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