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我が愛しの北京、什刹海 蔭山達弥

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Academic year: 2021

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研究者と図書館

 「夏の北京、什刹海(シーシャハイ)は賑や かな場所だ。ただ決して良い行き先ではない。

このことはまだ心ある人々の関心を引いたこと はないが。什刹海は知らないうちに人を驚かせ る魔力を持っている。もしも北京市民の一人を ひき止め、北京でどこが面白いかと尋ねれば、

その答えはきっと什刹海であり、決して中央公 園ではない、それは歴史的なものである。明や 清代の教養人はうちわで扇ぎながら、茶をすす り煎った種を食べ、什刹海で長い夏の暇をつぶ すのだ。それゆえ什刹海はあたかも名勝のよう になったのだ。しかし臭い水、両岸のシダレヤ ナギは本当に言うほどの値打ちはない。」

 これは今から八十三年前、『漫画漫話』創刊 号に掲載された作家、师陀(₁₉₁₀ ~ ₁₉₈₈)の

『什刹海与小市民』(姜德明編『梦回北京』三 聯書店₂₀₀₉年₃月所収)冒頭部分の拙訳である。

筆者の妻の持ち家は、この什刹海の東側、鼓楼 西大街にある。昨夏、筆者が愛妻と北京に滞在 中、周辺住民が強い関心を持っていたのは什刹 海の整理整頓であった。什刹海沿いにあるバー 二階の違法建築の取り壊し、音量を小さくした 後、店の入口に置かれていたソファーも片づけ られた。「かつての静かな一面の水辺から、現 在の騒々しい夜まで十年余り、什刹海は水辺の 住宅地域から、観光旅行、バーの集中地域に変 わってしまった。夏の午後、ひきもきらない観 光客が銀錠橋を歩き、行き来する胡同(フート ン)観光の三輪車が通ってから、携帯で自撮り をする。しかし背景に映る銀錠観山のほとんど が高い建物で遮られてしまうのだ。」(『北京晩 報』₂₀₁₇年₈月₁₅日₁₈頁)

 それでも什刹海は今も昔も人を引きつける。

我が院生時代の恩師、風陵道人・澤田瑞穂先生 はかつて昭和十五年(₁₉₄₀)二月に在日本北京 大使館嘱託として中国北京に渡られた。先生は

「一日の公務が終わると、書攤を一巡し、茶館 で茶を喫しながら買ったばかりの本を繙くのが 日課であった。」(堀誠『「澤田先生」史談』、ち くま学芸文庫『中国史談集』所収)澤田先生が 満六十歳を迎えられた時、編まれた『憶燕集』

の一文『湖畔』に、先生は「羊の肉は冬のもの である。…四辺の風景からいって、羊肉で最も 風情のあるのは什刹海の烤肉季であった。場所 は什刹后海と前海との接するところ、銀錠橋と いう石橋のすぐ東にある古びた小さな肉屋であ る。…わたしは什刹海の西岸に住んでいたせい もあって、羊肉といえば、やはり烤肉季を憶う。

ただし、それは肉の味のことではなく、什刹海 の風景の一角としてである。欄の下から展がっ ていた湖上のながめは、わたしにとって今も味 覚よりも鮮明である。」と記されている。筆者 も妻を同伴して、知人夫妻や妻の両親、親戚と 烤肉季で食事をしたことがあるが、二階の窓辺 から見える什刹海の夕暮れは絶景である。

 「私が什刹海に遊びに誘われたのは今年の夏、

決して初めてではない。昔何度も来たが、ぶら ぶらすればそれで終わりだ。だから水のにおい、

汗のにおいの他にさして深い印象はない。途中、

夕方の太陽に照りつけられても少しも興味は湧 かない。たとえ什刹海の道を歩いても、口に出 すのは申し訳ないが、北京人の静かでのんびり した心は本当にない。その時思ったのは、聡明 な人でも多くのことを考えていれば、一回くら いの誤りはあるようだ。ふだん憎んでいるもの でも、時が経つうちに、たまに頬ずりをしたく なる時があることに気付くかもしれない。」(师 陀『什刹海与小市民』)

 什刹海は天然の湖だ。真冬になると氷が張っ た湖面に凝固剤が投入され、スケート場になる。

春になり氷が溶けると、観光船や貸しボートが 行きかう。夫婦で湖岸のベンチに腰を下ろし、

湖面からの涼風に身を任せていると、つい時の 経つのもわすれてしまう。我が愛しの北京、什 刹海!

 かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)

中国のほんの話(₈₀)

我が愛しの北京、什刹海

蔭山達弥

中国のほんの話  8 0

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