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研究者と図書館
謹賀新年。新しい年の幕開けは、北京出身で、
いきいきとした北京語で庶民の生活を描いた老 舎 Lao She (₁₈₉₉ ~ ₁₉66)が好んで話した笑 い話をご紹介しましょう。
老舎は世界的に有名なユーモア作家であり、
中国の喜劇文学の重要な開拓者、礎を築いた人 の一人と呼んでも恥ずかしくない。老舎がイギ リスで『老张的哲学』(張さんの哲学)を創作 した時、初稿を友人に見せると、その友人はな んと思わず笑い出し、舞い上がって何もかも忘 れてしまい、塩を砂糖と思い、コーヒーカップ の中に入れてしまった。
老舎の家族や友人の話によると、老舎が語っ た笑い話は数多く、大半が素晴らしくて、俗っ ぽくなく、深みがある。その中でよく言った話 が二つある。
老人には三人の娘がいて、三人とも嫁に行っ た。ある時、三人の娘婿が同時に妻の父親の誕 生日を祝うことになった。各自が一言めでたい 話をしよう、「喜」としか言えず、「死」と言っ てはならないと取り決めた。老人の誕生日の 日がやってきた。長女の夫が言った。「終南山 のように長生きしますように。」老人はとても 喜んだ。次女の夫が言った。「青松のように長 生きしますように。」老人もうなずいて喜んだ。
三女の夫に順番が回ってきた。彼は新作を出し た。「三番目のお嬢さんの足のように長生きし ますように。(そのこころは)永遠に洗わない(死 なない)。」ʻ洗’はʻ死’と字音が近似している。老 人と姉妹たちはとても怒った。しかし笑い話を 聞いた人は、一人として愉快に笑わない者はい ない。分かりきったことだが、この三女の夫は 大まじめで、どうして老人の面前で妻の不衛生 を暴き出すことができようか。その上、この例 えも実に愚かで、皆の怒りを買ったのだ。
もう一つの笑い話。ある田舎者が北京の街に やってきた。喉が乾いて、一杯の水が飲みたく なった。一軒の風呂屋に「清水池堂」の看板が 架かっていた。彼は水の字だけ知っていて、水 売りだと思い、硬貨を手探りで取り出し、カウ ンターに投げ出して言った。「一杯くれ。」店主 は彼が礼を欠いているのを嫌って、本当に給 仕に一杯の風呂の水を彼にやるように言いつけ
た。田舎者は飲み終わると立ち去った。途中、
煙草入れをカウンターに忘れたのに気づいて、
急いで取りに帰った。店主は当然彼の安物の煙 草入れを見下げていて、馬鹿にして言った。「気 をつけなよ。失くしちゃだめだよ。」田舎者は 思った。皆、街の者は田舎者を馬鹿にすると言っ ているが、おいらに対してはまだましだ。俺も 人様に対して顔向けができるようにしないと。
そこで言った。「旦那、あんたはわしに良くし てくれた。わしも大事な話をあんたに言ってお く。あんたの所の水は早く売らないと、ちょっ とすえた臭いがする。」この笑い話の原点は田 舎ものを嘲笑したものだが、老舎の語り口を経 ると、私たちはかえって店主の人をからかう品 のない行いに憤り、田舎者のうそ偽りのない品 格に大いに感服させられるのだ。老舎は意識的 にこの笑い話を現実主義(リアリズム)の創作 と世界観の矛盾の一つの例として人々に提供 し、考えさせたのだ。出典:『名人轶事 老舍爱 说的笑话』(『北京晩報』₁₉₉2.₁₁.20.)
老舎は『什么是幽默?』(何がユーモアか?)
の中で次のように言っている。「作家であるか 否かに関わらず、ユーモアの感情を持って良い。
いわゆるユーモアの感情というのは、事物の可 笑しなところを見出し、可笑しい話でそれを説 明する、ユーモアの方法で問題を解決する。例 えば、子どもが大きな鼻をした見知らぬ人を見 かけると、子どもは遠慮せずに、すぐにʻでかい 鼻’と言うだろう。もし、この人にユーモアの 感情がなければ、不機嫌になるかもしれないし、
子どもの両親も申し訳ない気持ちになるかもし れない。もしユーモアの感情があれば、彼は笑っ て、ʻ鼻のおじさん’と呼んでおくれと言うだろ う。これで皆は笑って問題を解決できたのでは ないか。」
かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)
中国のほんの話(₇₉)
老舎が好んで話した笑い話
蔭山達弥