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才気あふれる若手女性作家・笛安 蔭山達弥

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中国のほんの話(₈₈)

才気あふれる若手女性作家・笛安 

蔭山達弥

6

研究者と図書館

 夕方、母が私を迎え学校から家に帰ったとき、

家の扉が意外にも開けっぱなしになっていて、

私たちが客間に入ると、绢姨の部屋の扉も半分 開いていて、私が立つ角度からちょうど壁のあ のニューヨーク(写真)が見える。まだ父と绢 姨はいる。绢姨の顔は父の肩の上に埋まり、父 の腕はしっかりとちょっと乱暴に绢姨の腰をつ かんでいる。母は後ろから私の口を押さえた。

母の手にはまだ戸外の寒さが残っている。母は 私の耳元で言った。「ベイビー、父さんと绢姨 は外国に行ったことがあるの。これは西洋の礼 儀の一種なのよ。」母の声には一種の不思議な 清らかさがあった。母は長い間、私をベイビー と呼んだことはなかった。(以上拙訳)

 これは中国の雑誌『収穫』2003年第6期に発 表された笛安のデビュー作《姐姐的丛林》の一 節である。笛安は1983年、山西省太原の作家の 家庭に生まれた。父李锐、母蒋韵はともに作家 である。小さい頃、笛安はずっと母方の祖父母 と病院の家族住宅に住んでいた。祖父は病院設 立に功績があった人で、両親は毎晩この家に夕 食を食べに来るだけ、笛安の宿題を検査して 帰って行った。笛安は地元山西大学で歴史を専 攻、2002年にパリソルボンヌ大に留学、社会学 を専攻、記者から社会学を学んだことが自身の 創作に影響を与えたのかと問われると、「社会 学を学んで、物事を観察する角度が少し改まっ た。ただ、どう改まったかは上手く言えない。

…先生方が一種のとても貴重な考え方、つまり

“物事は証拠を重んじなければならない。一切 の事実はあなたの最初の見方に奉仕させてはな らない。”ということを提供してくれたことに とても感謝する。」と答えている。(『中華読書報』

2019年1月16日p11)

 笛安が住んでいたフランスの小さな町の学生 アパートのそばには橋があって、橋の下は自動 車道。ある夜、笛安は橋の上に立って、橋の下 を行き来する車の振動を体感しながら、遠方に マクドナルドの黄色いMの字が灯ったのを見つ け、こんな見知らぬ所に私がよく知っている マークがある。笛安にとって、その一瞬のMの 字はお月さまのよう、だから笛安はグローバル 化が良いことだとずっと思っている。

 笛安は高速道路が大好きだ。デビュー作から 時を経て15年、新作《景恒街》は、空港に向か う高速道路をドライブ中、偶然ラジオからある 歌が流れたのがきっかけ。突然、脳裏にある場 面が現れた。それは“ちょっと人生を体験した 後の気持ち、お互い何も言うことはない。” 笛 安は書きたいストーリーに気付いたのである。

 スマートフォンの地図Appを開き、ʻ景恒街ʼ と入力すると、立ち所にこの街の通りの位置、

建外SOHOと中国国際貿易センターの間、長 安街の東区間に隣接し、北京CBD(商務中心 区)、地価が特に高い所をはっきり示してくれ る。《景恒街》はインターネット、ニューメディ アの急速な発展を背景に、ファン経済(自分の 好きなタレントへの愛を示すため、惜しみなく 課金する消費者行為により生まれる経済効果)、

アプリケーション開発、愛情と人間味、成功と 失敗が複雑に入り混じり、からみ合い、引きち ぎられたストーリーだ。この北京CBD(商務 中心区)という職場のありのままの生活の姿と 関係のあるストーリーの中で、その中にある大 量の常識的な情報、スリル変化に富んだ話の筋 の組み立ては彼女の過去の作品と比べて挑戦的 である。

 笛安はʻ匠人ʼ(職人、匠)という言葉が気に 入っている。中国の小説家には文人がいて、文 章や小説を書くことは二の次である。彼女はそ うではない。小説家は第一に職人である。笛安 は言う。「小説の技術が十分足りてこそ、ある 程度の創作の自由を獲得することができるの だ。中国語にʻ鬼斧神工ʼ(建築や彫塑などの芸 術的技巧が高度で精巧であって、人力の及ばな いようなさま)という大変良い言葉があり、ま さにそのことを言っているのだ。」

 かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)

中国のほんの話  8 8

参照

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