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批判的に読むことを目指す小学校国語科説明的文章の

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(1)

批判的に読むことを目指す小学校国語科説明的文章の

         授業実践とその評価

一既有知識の活性化と筆者の意図の推論を手立てとして一

   兵庫教育大学大学院 学校教育研究科

教育実践高度化専攻 授業実践リーダーコー・・一・・ス

       P11021D 加藤 春雄

       平成25年2月6日

        修学指導教員 佐藤 真

       伊藤 博之

      指導教員 吉田 和志

(2)

序章

 第1節  第2節  第3節

研究の背景……… …・………・………1

研究の目的…・・…・……・…・………・…・・…… …3

研究の計画・・…・…・………・ ● ● ●● ●●● ●3

第1章 批判的に読むことを目指す説明的文章の授業の構想      一小学校中学年の学習者を想定して一

 第1節 批判的な読みとは…・……… ………・・……・・… 4   第1項批判とは…・…・…………・・…………・……・・…・…4   第2項 批判的な読みとは・……・…………・………・…・……・5

 第2節 批判的な読みを促す手立てとは・・…・・…・・…・…… ………・8

  第1項批判的な読みの過程の分析…・・…・…・・………・……・…8   第2項 問題意識を持たせるための手立てとは……・…………・・…9   第3項 対象の適切な吟味・検討を促す手立てとは…………・・……12

 第3節 小学校中学年の学習者において想定される課題と課題克服への手立て・… 15   第1項 小学校中学年の学習者において想定される課題一教材文の絶対視一…・15

    1.中学年の学習指導の特徴から…・・…・・………・・…・・……15

    2.説明的文章の種類から…・……… …・・……・…・16

  第2項 教材文の絶対視を防ぐ手立てとは……・………・・… ……・16

 第4節 授業仮説および授業の構想・……・・…・・……・…・…・・… …19

  第1項 授業仮説・・……・…・…・…・…・…………・・… ……・ 19

  第2項 批判的な読みを目指す授業の構想…………・…・…・・……19

(3)

  第1項対象と実施時期・・………・・……・………22

  第2項 教材分析・…・………・…… ……・・……… …・……・・22   第3項 教材分析に基づく単元の構想・………・……・…… ……・・25

  第4項 批判的な読みの課題心ある段落の必要性の有無について考える一・…25

  第5項 授業仮説に基づく具体的な手立て…… ……… ……・26   第6項 単元構想・………・・……… …… …・…… …・・…・・…26   第7項 単元計画…・………・・……… ……・…・・…・・…28  第2節 検証計画…………・・……・・……・…………・………・29   第1項 教材文を読んだ感想(第4時ワークシート)・………・…29   第2項 批判的な読みの自らの考え(第7時ワークシート)・……・……29  第3節 授業の実際………・・……… …・……・・………30   第1項 教材文に対する問題意識を持つ・・…・…・…・・…… ………30   第2項 筆者の述べ方を批判的に読む・………・・…・…・…32  第4節 結果と考察…………・……・……・・…・・…・…・………33   第1項 教材文を読んだ感想(第4時ワークシート)・………・………33   第2項 批判的な読みの自らの考え(第7時ワークシート)…………・・35

  第3項 仮説の検証… ……・・…・…… …・………・…… ●e■●● 39

 第5節 実践1のまとめと実践皿への視点……・…………・・………40   第1項実践1の成果…・………・…・………・40   第2項 実践1の課題・………・………・…・……・…・・40   第3項 実践llへの視点・・………・………・…・…………42

第3章 批判的な読みを目指す実践授業皿

 第1節授業計画・………・…・………・・………・・43   第1項対象と実施時期…・・・……・……・………・・…・…43

 第2項  第3項  第4項  第5項  第6項 第2節  第1項  第2項

教材分析………・・…… ………・…・・…43

教材分析に基づく単元の構想・…・…・……・…・・……・…・44

実践1の課題克服のための手立て・… ……・…… …・・……46

単元構想………・・…・・…・……・…・…・… ……47

単元計画…・…・……・…・… ……… …・…50

検証計画・………・…・………・・……… ● ●● 51

 教材文を読んだ感想(第1時および第6時ワークシート)……51

 批判的な読みの自らの考え(第5時および第8時ワークシート)…52

(4)

 第5項 筆者の意図の推論と自らの考えの関係……・… …・・…… …54 第3節授業の実際・…・・…・……・……・・……・・…・・・・・………55  第1項 学習の見通しを持つ・…… …・・……・・…・……・………55  第2項 対比を用いた述べ方を批判的に読む… …… …… …・・……56

 第3項 文章構成を批判的に読む・…・……・…・・…・・・・・… …・・…58 第4節 結果と考察・・…・…・・……… …・・……・……・・・… ……61

 第1項教材文を読んだ感想(第1時および第6時ワークシート)……61  第2項批判的な読みの自らの考え(第5時および第8時ワークシート)…62

 第3項 質問紙調査…・…・・………・・・… ……… …・・・… ……69

 第4項 振り返りカード…・・……・…・……・…・… …・…・……72

 第5項 筆者の意図の推論と自らの考えの関係・・・… …・・………・…76

 第6項 仮説の検証・………・・・……・・… …・…・・……84    1 授業仮説1の検証… …………・・…・………・… ・… ●●84    2 授業仮説Hの検証… …・・…………・……… 85 第5節 授業構想の改善案………・・・・… …・… ……・・……・……87  第1項 改善の視点・………・…・……・……・……・…87  第2項 改善の視点を組み込んだ授業の構想・……・・…・……・… …88 第6節 実践llのまとめ・…・……・・……・・…・………・・…… …・89

 第1項 実践llの成果・…・・・・・… …・・…・……・…・… ……・…・89

 第2項 実践Hの課題・………・・……・… …… …・・… …・… …89 第7節 実践IIを通しての読みの変化・・……・・……・…・……・……91  第1項 批判的な読みのチェックテストの概要・・…・…・・………・…91  第2項批判的な読みのチェックテストの結果と考察…・…・……・…92

終章

 第1節  第2節

研究の成果・・……… ………・…・………・・……・・94

今後の課題・・・・・・・・… ………・・…・… …・…・…・・……・・96

引用参考文献 謝辞

巻末資料

(5)

序章

 第1節研究の背景

 説明的文章の学習指導において,批判的な読みの指導を求める声が盛んになったの は近年である。そのことに大きく関わるのがPISA調査(生徒の学習到達度調査)であ る。PISA調査は,経済協力開発機構(OECD)が実施している調査で,知識基盤社会の 時代を担う子どもたちに必要な能力を,「主要能力(キー・コンビチンシー)」として 定義付け,国際的に比較する調査である。義務教育修了段階の15歳児が,その持って いる知識や技能を,実生活の様々な場面で直面する課題においてどの程度活用できる かを評価することを目的としている1。そしてそのキー・コンビチンシーは学習指導要 領がねらいとしている「生きる加「確かな学力」と同じ方向にあるとされる2。

 2003年のPISA調査の結果を受け,2005年に「読解力向上に関する指導資料」が文 部科学省から出された。同資料では,指導の改善の方向の1つとして「① テキスト を理解・評価しながら読む力を高めること」を掲げ,「今後は,このような批判的な読 み(クリティカル・リーディング)も重視する必要がある」と批判的な読みの充実を 求めている。これは,我が国の国語教育において,批判的に読むことの学習指導が不 十分であることの指摘である。

 様々な情報が溢れるこれからの社会において,情報を鵜呑みにせずに吟味・検討を し,取捨選択しながら情報を受容し活用していく力は必須である。また国際化が進む 中で,PISA調査が求める学力3の一部である,批判的な読みのカを育成していくこと は喫緊の課題である。とりわけ,日常生活にあふれる情報の受容と活用に大きく関わ る説明的文章の学習指導において,批判的な読みの学習指導は重要な位置を占めてい る。また,寺井(2006)は,PISA型読解力の考え方45やPISA調査のテキストの多様さ

1経済開発協力機構編著『PISA2009年調査評価の枠組み』明石書店 2010

2文部科学省『読解力向上に関する指導資料一PISA調査(読解力)の結果分析と改善の方向 一S 2005

3鶴田清司『対話・批評・活用のカを育てる国語の授業』明治図書 2010,p73において

「OECDという一つの国際機関で提唱している『PISA型読解力』を絶対化することはよ くないが,そこに見られる学力観はグn一バル・スタンダードとして重要な意味を持って いる」と述べている。

4前掲書1において,「読解力とは,自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達さ せ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,利用し,熟考し,これ に取り組む能力である」と定義されている。

5寺井正憲i「説明的文章の学習指導における新しい地平」『実践国語研究』明治図書 2006 no.274において,寺井はPISA型読解力を具体的に「読解力として求められる具体的な能 力の内実は,テキストに書かれた情報を単に読み取るだけでなく,論理的に分析し,自分 の考えや経験と照らし合わせて解釈したり書かれている内容や表現の形式・方法について 評価したりする能力,そしてそれらの解釈や意見,評価を論理的にかつ簡潔に構成し記述 する能力である」と説明している。

(6)

6か日,「これまで説明的文章の学習指導で基礎基本とされてきた要点・要旨を要約す る能力,段落相互の関係を捉え文章構成を理解する能力だけではとても通用しない」

と述べている7。このように,説明的文章の学習指導の改善は重要な課題となっている。

よって,本研究では,説明的文章の学習指導,特に,批判的な読みを目指す学習指導 に焦点を当てる。

 近年の学力調査によって注目を浴びるようになった「批判的な読み」について,説 明的文章の学習指導研究では,従来からいくつかの提案がなされている。小松(1981)

の「データ吟味の読み」8,大西(1981)・阿部(1996)の「吟味読み」910,森田(1989)

の「評価読み」11などである。これらの先行研究では,批判的な読みの方法や学習指 導過程などが提案されてきた。

 しかし,実際の学校現場において,批判的な読みの学習指導が行われているかとい うと,それほど行われていないのが現状である。鶴田(2010)も,f一一般的には,まだ 文章に書いていることをそのまま受け取って読解することが中心で,こうした批評的 な読み方はまだ国語の授業に十分に浸透していないのが現状である。PISA調査をきっ かけに,今後の国語科教育の課題とすべきだろう。」12と指摘している。

 今後,説明的文章の学習指導において,従来の読解指導に加えて,批判的な読みの 学習指導が行われることが予想される。しかし,ただ単に批判的な読みの場を設定す れば事足りるのであろうか。従来からも,説明的文章の筆者の主張に対して自らの考 えを書く,という批判的な読みに類する言語活動は行われてきた。しかし,学習者が 筆者の考えに迎合してしまい,自らの考えを持つことが難しいということも課題とし て挙げられてきた13。ゆえに,ただ単に批判的な読みの場を設定すれば良い,という ことではない。批判的な読みを促す手立てを具体的に明らかにする必要があるだろう。

 また,鶴田(2010)は,批判的な読みの学習指導について「中学年の授業では,こう した学習課題は『高度すぎる』とタブー視されてきたふしもある。」と,授業者に批判

6前掲書2において,PISA調査に用いられたテキストについて,「『連続型テキスト』と 呼ばれている文章で表されたもの(物語,解説,記録など)だけではなく,『非連続型テ キスト』と呼ばれているデータを視覚的に表現したもの(図,地図,グラフなど)も含ま れている。加えて,教育的内容や職業的内容,公的な文書や私的な文書など,テキストが 作成される用途,状況にも配慮されるなど,テキストの内容だけでなく,その構造・形式 や表現方法も,評価すべき対象となっている」と説明されている。

7前掲書5に同じ

8小松善之助『楽しく力のつく説明文の指導』明治図書 1981 9大西忠治『説明的文章の読み方指導』明治図書 1981

10阿部昇『授業づくりのための「説明的文章教材」の徹底批判』明治図書 1996 11森田信義『筆者の工夫を評価する説明的文章の指導』明治図書 1989

12前掲書3に同じ,p.71

13寺井正憲「説明的文章の学習指導における新しい地平」『実践国語研究』明治図書 2006 no.276 において,寺井は,従来の「文章を正確に読み取る」指導では「自分の意見も満 足に持てないような読み手を育てる結果を生み出してきている」と指摘している。

(7)

的な読みに対する抵抗感が存在することを指摘している。鶴田が指摘する,批判的な 読みに対する授業者の抵抗感を取り除いていかなければ,今後の学校現場での実践は 活発なものにならないだろう。そのためには,実際に学習者に想定される課題を明ら かにし,その課題克服のための手立てを明らかにしていくことが求められている。

 平成20版学習指導要領において,批判的な読みに関わる指導事項が明記されたこ と14やPISA調査の影響から,学校現場で批判的な読みの実践が行われていくと考え られる。しかし,これまで述べてきたように,批判的な読みの授業実践に向けては,

なお課題が山積している状況である。

 第2節 研究の目的

 説明的文章の学習指導において,批判的な読みを促す有効な手立ての一端を明らか にすることを本研究の目的とする。特に,小学校中学年の学習者において想定される 課題とその課題克服のための手立てを明らかにする。

第3節 研究の計画

1.批判的な読みを目指す説明的文章の学習指導の先行研究をもとに,批判的な読   みを促す有効な手立てを明らかにする。

2.先行研究から,批判的な読みを目指す学習指導において,小学校中学年の学習   者に想定される課題とその課題克服のための手立てを明らかにする。

3.1,2によって得られた手立てをもとに,批判的な読みを目指す授業を構想す

  る。

4.授業構想をもとに授業実践を行い,収集したデs・・一・タをもとに,小学校中学年の   学習者が批判的な読みができるようになったかどうかを検証する。

5.学習者の批判的な読みの実態から,手立ての有効性について検証を行い,批判   的な読みの授業構想の改善の視点を提示する。

14小学校学習指導要領の国語科〔第5学年及び第6学年〕の「C 読むこと」の指導事項 に「工 登場人物の相互関係や心情,場面についての描写をとらえ,優れた叙述について 自分の考えをまとめること」が示されている。

(8)

第1章批判的に読むことを目指す説明的文章の授業の構想         一小学校中学年の学習者を想定して一

等1節批判的な読みとは

  第1項批判とは

 批判的な読みの定義を行う前提として,「批判」という言葉について正確にとらえる 必要がある。「批判」という言葉を聞くと,一般的に抱く印象は,手厳しい否定的な評 価や非難である。寺井(2006)も「批判的な読みの学習指導は,『批判的』という言葉が どうしても強く響き,他者を批判する一方の活動と考えられがちである」と現状を危 惧している15。

 しかし,このような捉え方は誤っている。批判的な読みとは,もともと「Critical Reading」を翻訳した言葉である。 fcritica1」という言葉に「批判的」という言葉が あてられている。その「critical」という言葉の正しい捉え方について井上(1998)は 次のように述べている16。

もともとcriticalという語は, criterion(尺度・基準)から来ていることばであり,ふつう「批 判」ということばから感じられる,相手をやっつけるとか揚げ足をとるということではなく,

ものごとを一定の基準から評価するということ

 批判とは,非難することではなく,一定の基準から評価することなのである。つま り,否定的な評価だけでなく,肯定的な評価も「批判」に含まれる。有元(2006)も同 様の見解を示している。そして,基準による判断ということを強調して次のように述

べている17。

   つまり「批判」は,事の良し悪しを判断するためだけのものではなく,ある基準よりも高   いt低い,ある基準よりも高い・安い,ある基準よりも右か左か,というように「ある基準   を前提に判断すると,これはどう見えるか」という評価や検証が,実はその実態であるとい   ってもよいのです。

   たとえば,大阪は東京を基準にすれば西といわれ,福岡を基準にすれば東といわれます。京   都を基準にすれば南ともいわれ,和歌山を基準にすれば北にもなるのです。立場(立ち位置)

15寺井正憲「説明的文章の学習指導における新しい地平」『実践国語研究』明治図書 2007 no.282

16井上尚美『思考力育成への方略一メタ認知・自己学習・言語論理一』明治図書 1998,

p.138

17有元秀文『ベネッ如露小学生からの「考えて書く力」』目経BP社 2006, p.195

(9)

や見る角度(視点)・切り口によって,物事の感じ方・とらえ方は違っていて当然なのです。

 このことから,「批判」とは非難ではなく,一定の基準から検証し判断・評価するこ とだとわかる。ゆえに,基準が異なれば判断・評価も異なってくるということである。

 また,批判とは,恣意的なものではなく,基準を明確にした,客観的で論理的な評 価であるべきとして,有元(2006)は次のように述べている18。

 ただ,この「批判」も「つまらない」とか「何となくわからない」では受け入れようもあり ません。だからこそ良い点であれ悪い点であれ,本来は「この観点で,これを基準にすると,

これはそれに見合っている,見合っていない」と観点・基準を明確にした,客観的で論理的な 評価を行うべきでしょう。

(中略)「批判」に基づく意見は,本来的に何かの問題を解決するための「建設的な意見」で あって,決して「非難」ではないのです。

 このように,「批判」とは,基準を明確にした,客観的で論理的な意見であり,問題 解決のための建設的な意見,ということである。

 次項では,「批判」を行う読みである「批判的な読み」について定義を行う。

  第2項 批判的な読みとは

 批判的な読みの先行研究には,小松(1981)の「データ吟味の読み」19,大西(1981)・

阿部(1996)の「吟味読み」2021,森田(1989)の「評価読み」22などが挙げられる。森 田(1989)は,従来から行われている,書かれていることを理解する読みを「確認読み」,

批判的な読みを「評価読み」と呼び,次のように説明している23。

 従来説明的文章の読みは,何が,どのように書いてあるかを,叙述に即して「確認」するこ とが中心であったと言ってよい。もっとも,書いてあること,書き表し方をありのままに理解 しようとする行為そのものは決して非難されるべきことではない。それに留まることに問題が あったのである。

 ではありのままの理解を超える読みとはどのような読みを指すのであろうか。それは,筆者 の工夫を評価することである。筆者はことがら・内容の取り上げ方に際して,これこれの工夫

18前掲書3に同じ,p.196

19前掲書8に同じ

20前掲書9に同じ 21前掲書10に同じ 22前掲書11に同じ

23前掲書11に同じ,p.41

(10)

をしているが,その工夫はなぜなされたのか,工夫は成功しているのか,問題はないのか。筆 者は説明の論理の構築に際して工夫をしているが,その工夫には矛盾はないか。その工夫のお かげで,説明の対象となっている事象が十分に解明されているのか。筆者は,ことば選びに際 して工夫をしているが,その工夫は効果があるか。総じて筆者の工夫は,説明の対象である事 象の本質の解明に成功しているのかどうかを問う読みが必要になってくる。さらに,工夫を問 う読みの過程で生じた疑問,問題を解決する読みである。このような読みを,「評価読み」と 呼び,何がどのように書かれているかを文章に即して理解し,確認する読みを「確認読み」と 呼んでおきたい。

 森田の場合は,文章全体を筆者の工夫ととらえ,その工夫を評価することを批判的 な読みと定義している。教材文における筆者の工夫の良さや効果,問題点などを考え たり,そこで生じた疑問や問題を解決したりすることだと説明している。これは前項 でとらえた「批判」を,読み取った内容について実践しているものだと言える。

 では,批判的な読みとはどのような過程なのだろうか。最終的に評価を下すまでに は,どのような過程があるのだろうか。

 文部科学省(2005)『読解力向上に関する指導資料一PISA調査(読解力)の結果分析 と改善の方向』の「読解力を高める指導例」,「ア テキストを理解・評価しながら読 む力を高めること」の「(イ)評価しながら読む能力の育成」には,批判的な読みにつ いて次のように記述されている24。

 与えられたテキストについて,主張の信頼性や客観性,科学的な知識や情報との対応,引用 や数値の正確性,論理的な思考の確かさ,目的や表現様式に応じた表現法の妥当性など,様々 な幅広い観点から評価しながら読む能力を育成することも大切である。従来は,本文を絶対視 して指導することが多く,テキストの内容や表現を吟味・検討したり,その妥当性や客観性,

信頼性などを評価したり,自分の知識や経験と結び付けて建設的に批判したりすることは少な かった。今後は,このような批判的な読み(クリティカル・リーディング)も重視する必要が

ある。

 ここでは,批判的な読みについて「〜吟味・検討したり」「〜評価したり」「〜建設 的に批判したり」という行為が示されている。「建設的に批判」と「評価」とは同義で あろう。しかし,「吟味・検討」と「評価」とは別の行為である。「吟味・検討」とは 読みの過程であり,「評価」とは吟味・検討をした結果である。批判的な読みとは,「吟 味・検討→評価」という過程が想定される。

24前掲書2に同じ

(11)

 一方,井上(2007)は,批評の一連の過程について次のように述べている25。なお,

井上は以下に示すように,批評と批判を同義として捉えている。そのため,以下の一 連の過程を批判の過程と考える。

およそ物事を批評(≒批判)するには,

a.批評の対象(書評の場合は「本」)について正確に観察(理解)する。

b.問題意識を持つ(問題点を見つける)。

c.対象を分析する(自分の先行経験や知識を想起し,関連した情報を収集し,いろいろな角  度・視点から見る)。

d.分析の結果を総合して評価を下す。

e.評価の結果を,説得的に表現する。

という作業が不可欠である。

 この過程は,そのまま批判的な読みに当てはめて考えることができる。aが従来か ら行われている,書かれていることを正確に理解する読みで,b以降が批判的な読み である。つまり,批判的な読みとは,問題意識を持ち(b),問題意識を感じた対象に ついて分析し(c),分析した結果を評価し(d),評価を説得的に表現する(e)と いう一連の過程と言える。

 なお,先の『読解力向上に関する指導資料』から,批判的な読みについて「吟味・

検討→評価」という過程を想定した。これは井上が示す批判の過程の「c.分析→d.

評価」に該当するだろう。本研究では,文部科学省で用いられている用語を用いるこ とが実践現場への伝達に効果的と考え,「c.分析」の過程に「c.吟味・検討」とい う言葉を用いることとする。よって,井上の批判の過程を参考にし,批判的な読みの 過程を以下の表2−1のように想定する。

【表1−1 批判的な読みの過程  (井上2007を参考に)】

a.文章を正確に理解する b.問題意識を持つ

。.対象を吟味・検討する

d.吟味・検討の結果を総合して評価を下す e.評価結果を説得的に表現する

読みの過程に該当するのは,a〜dである。ただし,前項で述べたように,最終的

25井上尚美「『言語論理教育』は『批評力』をどう育てるか一批評力の根本は『問題意識』

にあり一」『教育科学国語教育』明治図書 2007 no.686

(12)

に下す評価は,判断基準が明確であり理由が示された客観的なものでなければならな い。そのため,井上が示すように「e.説得的に表現する」という過程が批判的な読 みには必要になるのである。

 以上のことから,批判的な読みを次のように定義する。

 批判的な読みとは,教材文に対して問題意識を持ち,読み取ったことを一定の基準 をもとに吟味・検討し,評価をすること。また,その評価を説得的に表現すること。

第2節 批判的な読みを促す手立てとは

  第1項 批判的な読みの過程の分析

 批判的な読みを促す手立てを明らかにするために,批判的な読みの過程に着目する。

先に挙げた批判的な読みの過程を再掲する(表1−2)。

【表1−2 批判的な読みの過程  (井上2007を参考に)】

a.文章を正確に理解する b.問題意識を持つ

。,対象を吟味・検討する

d.吟味・検討の結果を総合して評価を下す e.評価結果を説得的に表現する

 aは従来から行われている,書かれていることをあるがままに理解する読み2627に 該当するだろう。b以降の読みの過程に焦点を当てると, eは読み取ったことの表現 であり,書く・話すという言語活動が想定される。

 すると,読みの過程としては,「b.問題意識を持つ」→「c.対象を吟味・検討する」

→「d.評価を下す」という3つの過程から成り立っていると言える。批判的な読みの 結果が「評価」することであるから,読みの過程として重視すべきは,「b.問題意識 を持つ」と「c.対象を吟味・検討する」の段階だと考える。問題意識を持ち,問題 点を把握し,対象の吟味・検討を適切に行うことができれば,自ずと適切な評価を下 すことができるだろう。逆に,問題意識を持っていないと吟味・検討も適切に行われ ず,基準が明確でない漠然とした評価になってしまう。また,問題意識を持っていた としても吟味・検討が適切に行われなければ,根拠が曖昧な恣意的な評価を下してし

26前掲書11において森田は,「確認読み」と呼んでいる。

27前掲書13において寺井は,従来の説明的文章の読解指導について,文章論的読解指導 であるとして,文章の論理を文法的に正確に理解するために,読者の既有知識を活用させ ないようにしていると述べている。

(13)

まう可能性があるだろう。

 以上のことから,いかに教材文に対して問題意識を持たせるか,いかに対象を適切 に吟味・検討させるか,この2点が批判的な読みの成否に関わると考える。

 そこで,本研究では,説明的文章を批判的に読むことができるようするために,「① 問題意識の持つ」と「②対象を吟味・検討する」の2点に手立てを講じることを提案

する。

 なお,「批判的な読み」には,自らの考えを論理的に表現することまで含めると定義 した。本来ならば,論理的に表現することへの指導も必要である。しかし,本研究で は,読みの過程に焦点を当てるため,論理的な表現のための手立ての研究は,今後の 課題としたい。

 ただし,有元(2008)が以下に述べていること28を参考にしたい。有元は論理的な意 見の表現について,「基本的には,教材の本文の中に根拠があり,根拠に基づいて理由 を述べ,理由に基づいて意見を書くことになります」と述べ,この3点を区別して表 現することが必要だとしている。しかし,発達段階を考慮して「根拠と理由の区別は,

小学校低・中学年には難しい場合もある」と述べている。本研究では,小学校中学年 の学習指導を研究対象とするため,有元(2008)を参考にし,根拠と理由を区別するこ

とは学習指導の範疇から除くこととする。

  第2項 問題意識を持たせるための手立てとは

 前節で批判的に読むことができるようにするために,教材文に対して問題意識を持 つことの必要性について言及した。批判的な読みにおける問題意識について,井上

(1998)は「批判的に読むための注意をひとことでいえば一一絶えず問いを発し問題意 識を持って読む一一それ以外にはないのである」と述べ,最も重要な要素と捉えてい

る29。

 では,教材文に対して問題意識を持たせるために,どのような手立てがあるのだろ うか。宇佐美(1989)は,批判的な読みにおいて,問題意識を持ちながら読むことを重 視し,次のように述べている30。

 筆者が書いていることを曲げて読むのがいけないのは当然である。例えば,明らかに書いて あることを読み落としたり,明らかに書いてあることと反対の意味にとったりするのは,誤り である。そのような誤りを避けるように読むのが「ありのままに」読むことだとするならば,

28有元秀文『教科書教材で出来るPISA型読解力の授業プラン集』明治図書 2008, p22 29前掲書16に同じ,p.78

30宇佐美寛『新版論理的思考一論説文の読み書きにおいて一』メヂカルフレンド社1989,

pp.71 72

(14)

「ありのままに」読むためには,まさに批判的に読まなければならないのである。批判が十分 に深く根拠を持つためには,批判対象である文章を精密に読まざるを得なくなる。読み落とし,

読み誤りがあれば,ただちに痛烈な反三物を食うから,それを覚悟して注意深く読まざるを得 ないのである。頭の中で疑い批判しながら読むからこそ,文章がその疑い・批判に耐えるだけ のものであったときには,筆者がまさにそう書かねばならなかった必然性がわかるのである。

疑い批判するのは,筆者と同じレベルにおいて代案を出す立場に立つことである。つまり,単 に文章を受けとる受容者の立場ではない,対等の立場である。筆者と同様に読者も主体でなけ ればならない。自分も,頭の中では書く立場に立つからこそ,読むことができるのである。

 論説文を「ありのまま」に読むという結果を目指すのは,批判的に読もうとする構えにおい ではじめて可能になる。

 これに対して,ただ「ありのまま」に読もうと構えたのでは,心が空になり,対象である文 章を吟味する意欲がわいてこない。うつろな中立性をとおして読むのでは,どうしても無関心 になり,浅い読みしかできない。それは,ちょうど立候補者の政見を読んだり聞いたりする場 合と似ている。主権者として自己の関心・問題意識をとおし,疑い,批判しながら,政見を読 み聞くから,よくわかるのである。政見を正確に知るのは,疑い批判する主権者だからこそ可 能なのである。

 宇佐美は,問題意識を持ちながら読むことを重視している。ここで注目すべきは,

批判的な読みを,「筆者と同じレベルにおいて代案を出す立場に立つこと」と述べてい る点である。「自分ならば,どう書くか」という書き手意識を持つことが教材文に対し て問題意識を持つことと書えよう。

 では,学習者に問題意識を持ちながら読ませるために,言い換えれば,筆者と同じ 書く立場に立たせるために,どのような手立てが考えられるだろうか。

 学習者を筆者と同じ書く立場に立たせるために,具体的な言語活動を提案している

論者に,森田(1984)と二二(2006)がいる。

 森田の提案する学習指導過程では,教材文を通読する前に,題名読みを設定してい る。題名読みとは,教材文の題名や冒頭の文章から書かれている内容を予想すること である。森田は,題名読みのねらいについて,次のように述べている31。

 教材文の本体部分の読みを開始する以前に,教材文が説明の対象としていることがらについ ての知識や疑問や意見や,表現の方法について,自らのものを構想するのは,教材の筆者とい う,ひとりの認識主体に対して,それとは別個の,読み手という認識主体が存在することを明 確にするためである。教材中にくい込み,それを精密に,いわば「内側から」理解するととも

3i森田信義『認識主体を育てる説明的文章の指導』渓水社 1984, p.i20

(15)

に,教材を対象化し,いわば,「外側から」も評価できる読み手になるために,題名をめぐる 学習を展開していきたい。

 題名読みのねらいは,学習者に「読み手という認識主体が存在すること」を意識付 けて,筆者と対等の立場に立たせることだとわかる。教材文通読前だからこそ,様々 な予想ができ,筆者とは異なる「読み手という認識主体が存在すること」を意識する

ことができるのだろう。そして,教材文を通読する際に「筆者が私たちに提示した話 題(問題)について,読者である私はこう考える,筆者はどのように考えているだろ

うか,これから先は想像がつかない,筆者はどのように切り込み,どのようなことを 取り上げて,どのように説明を展開しているだろうか,どこに解答を書いているだろ

うかなどの反応」32が生まれることをねらっている。このような意識で文章を読むこ とが,問題意識を持ちながら読むことだと言える。

 河野の場合は,教材の題材について,調べ学習,あるいはディスカッションを行わ せる。その次に教材文と同じ題材について学習者自らに説明文を書かせる。そして教 材文の通読へ,というように学習指導過程を展開している33。

 森田や河野の提案している言語活動から得られる視点は何か。その視点が学習者を 筆者と対等の立場に立たせるために必要な視点だと言える。

 それは,教材文の通読以前に学習者の訟訴知識を活性化させるということであろう。

 森田の場合は,題名から書かれている事柄を予想させることによって,題材や表現 形式に関わる既有知識を活性化させている。河野の場合は,調べ学習やディスカッシ ョンを行わせることによって,予備知識を豊かにしたり既有知識を掘り起こしたりし て,それらを説明文に表現させている。このように,通読以前に学習者の既有の知識 を活性化させておくことで,学習者は自らの既有知識と教材文とを比較しながら読む ようになる。そして,教材文を通読した際に疑問や共感,さらには教材文に対する意 見など多様な反応が生まれるというのである。教材文通読の前にこのような活動を行 わせることによって,筆者とは異なる学習者の認識を明確にし,筆者を絶対視するこ

とを防ぎ,筆者と対等の立場に立たせているのである。

 一方,三三知識の活性化が,教材文に対する問題意識を喚起し批判的な読みを促す ことを裏付けるものとして,複数教材の活用がある。

 寺井(2007)は,複数教材活用を行うことによって,批判的な読みが促されるとして 次のように述べている34。

32前掲書31に同じ,p。61

33河野順子『〈対話〉による説明的文章の学習指導』風間書房 2006

34寺井正憲「説明的文章の学習指導における薪しい地平」『実践国語研究』明治図書 2007 no.283

(16)

必要なのは,文章を相対化させるということである。相対化するというのは,単純にいえば,

そこに書かれているものは,たくさんある話題や材料,表現や論理のうちの一つが選択された ものだと見ることである。そういう状態ができれば,選択されたものが妥当かどうかを判断す る吟味の作業はずっと楽になる。

 相対化させる単純な方法は,もう一つ教材を持ってきて二つの教材を比べることである。

PISA調査の公開「落書きに関する問題」も,ヘルガとソフィアの二つの文章を比べるので,

主張,根拠とする材料,論理,表現などの特徴が一目理解される。意見を持つということは結 局は選択するということで,材料がいろいろあれば,二つのうちどちらがいいかを判断するこ

とも,いずれか一方に限ってそれがいいかどうかもずっと判断しやすくなる。

 複数教材を用いることによって,対象とそれ以外のものとを比較することができ,

どれがいいか,どちらがいいかが判断・評価しやすくなるというのである。比較対象 が存在することによって,対象を分析しやすくなり,批判的な読みが促されるのだろ

う。この比較対象を作る役割を果たすのが,題名読みのような教材文通読前の既有知 識の活性化である。既有知識を活性化させることで,学習者の構想が作られ,その構 想と教材文を比較することで批判的な読みが促されると考える。

 以上の先行研究の知見から,教材文に対する問題意識を喚起するために,教材文通 読前における既記知識の活性化という手立てを提案する。

 第2項 対象の適切な吟味・検討を促す手立てとは 先に挙げた井上(2007)の批判の過程を再掲する35。

a.批評の対象(書評の場合は「本」)について正確に観察(理解)する。

b,問題意識を持つ(問題点を見つける)。

c.対象を分析する(自分の先行経験や知識を想起し,関連した情報を収集し,いろいろな角  度・視点から見る)。

d.分析の結果を総合して評価を下す。

e.評価の結果を,説得的に表現する.

 吟味・検討の過程(c)について,井上は「自分の先行経験や知識を想起し,関連 した情報を収集し,いろいろな角度・視点から見る」と説明している。問題の対象に ついて,いろいろな角度・視点から検証することが,批判には必要ということである。

そのために,学習者の先行経験や知識を想起することや関連する情報を収集すること などが,手立てとして考えられるのであろう。

35前掲書25に同じ

(17)

 説明的文章の場合,筆者の考え方や述べ方が批判的に読む対象となる。その場合,

「いろいろな角度・視点から見る」段階に欠かすことができない活動として,筆者の 意図をとらえる,ということがある。読み手学習者が教材文に表現されている考え方 や述べ方に問題意識を抱いたとしても,その考え方や述べ方には筆者なりの意図が存 在するはずである。筆者の意図を汲み取らずに,読み手学習者が一方的に評価してし まえば,恣意的な評価を招く恐れがある。逆に,筆者の意図を推論しておけば「筆者 は○○という意図で,○○のように述べているが,○○という述べ方の方がより内容 が伝わりやすいのではないだろうか」という建設的な意見が可能になると考える。

 上記のことを「対話」という観点から考える。鶴田(2010)はテキストとの対話につ いて次のように述べている36。

 PISA型読解力のように,様々のテキストを読んで,それを利用する,解釈する,熟考する,

評価することは,要するに,そのテキストの書き手(送り手)と対話することである。このテ キストは自分の目的や課題にどれだけ利用できるか,このテキストは何を意味しているのか,

自分はそれに対してどう考えるかといった問題をめぐって,テキストに問いかけて答えを探っ ていく。逆にテキストから問いかけられることもあるだろう。いずれにしても,そこでは「問 い」と「答え」の往復運動が行われるのである。まさに,テキストとの対話である。

 PISA型読解力の読解プロセスの「熟考・評価」は,批判的な読みである37。その批 判的な読みとは,読み手からテキストへの関わりであり,テキストとの対話であると 鶴田は述べている。そうすると,従来の説明的文章の学習指導のように,書かれてい

ることをあるがままに理解するというのは,テキストとの対話というよりも,テキス トの受容38ととらえるほうが正確だろう。

 よって,批判的に読むことをテキストとの対話ととらえる。その場合,批判的な読 みにおける吟味・検討の過程とは,テキストとの対話の過程と考えられるだろう。で は,テキストとの対話が適切に行われる状態とは,どのようなことだろうか。

 ここで,「対話」に注目する。「話すこと・聞くこと」領域における対話についての 研究成果を参考にする。村松(2001)は,対話を成立させる,必要にして十分な条件に ついて「対称性,話線の交流性,目的性,対峙性,新たな共同性の構築」の5点を挙 げている39。その中の「対峙性」と「新たな共同性の構築」に注目する。

36前掲書3に同じ,pp,37・38 37前掲書28,p.10

38寺井正憲「説明的文章の学習指導における新しい地平」『実践国語研究』明治図書 2006 no.278 において,寺井は従来の読解指導について「読者が疑問や意見を出しながら読む 対話性の欠落」「受容や受容の仕方を専らとして指導されてきた」と指摘している。

39村松賢一『対話能力を育む話すこと・聞くことの学習一理論と実践一』明治図書 2001

(18)

 まず「対峙性」についてである。村松は「対峙性」の説明において「対話は他者と 向かい合う関係の中で成り立つものであり,隣り合った仲間との共話とは質的に異な る」40と述べている。対話が成立するには,向かい合わせの関係でなければならない ということである。では,批判的な読みにおける「対峙性」,つまり,向かい合わせの 関係とは誰と誰が向かい合わせの関係になるのか。それは一方が読み手学習者であり,

もう一方が筆者である。

 このことは,前項で述べた内容を補足していると言えよう。教材文の通読前に学習 者が二二知識を喚起することによって,学習者は筆者と同じ書く立場に立つ。自らの 既記知識と教材文とを比較しながら読もうとするのは,まさに学習者と筆者が向かい 合わせの関係になっていると言える。対話の対峙性という観点から見ても,批判的な 読みには学習者の既記知識の活性化が必要であることがわかる。

 次に,対話の必要にして十分な5つの条件のうちの「新たな共同性の構築」につい て考える。村松は「新たな共同性の構築」について次のように述べている41。

 対話とは,そうした対向的な関係にある者同士が共通の理解を築いていく試みである。

 対話において,参加者はそれぞれの文脈を担って発言するわけだが,話し合いを通じて,個々 の文脈がより大きな文脈に統合されていくことが重要である。大文脈はときには合意形成とい う形をとるだろうが,たとえ,結論がまとまらなくても,お互いが高次の認識を共有したり,

問題の解決策で一致が見られなくても解決に向けて同じスタート台に立てれば,それだけでも 十分意義があるといえる。新たな共同性の構築とはそのような意味である。

 先に,学習者と対峙する対話者として筆者を想定することが必要であると述べた。

その筆者と学習者が,共通の理解を築いていく試みを「対話」というのである。しか し,実際に筆者は学習者の目の前には存在しないので,共通の理解を築いていくこと はできない。そこで,筆者(テキスト)との対話において,新たな共同性を構築する ために,学習者による筆者の意図の推論が必要になる。筆者の立場に立って考え,次 に,その筆者の立場を考慮しながら読み手側から考えるという活動によって,「新たな 共同性の構築」が可能になると考える。

 以上,批判的な読みにおける吟味・検討の過程を,テキストとの対話の過程として 考えてきた。この対話の考え方を批判的な読みに当てはめると,具体的には次のよう になるだろう。まず,教材文中の批判的に検討する事柄について,筆者の立場に立ち,

筆者の意図を推論する。次に,筆者の意図を考慮しながら読み手の立場から検討する。

そうすることによって,学習者からの一方的な評価に終始するのではなく,筆者の意

40前掲書39に同じ,p.43 41前掲書39に同じ,p.44

(19)

図を考慮した,より建設的な評価が成立すると考える。

 以上の先行研究の知見から,批判的な読みにおける対象の適切な吟味・検討を促す ために,筆者の意図の推論という手立てを提案する。

第3節 小学校中学年の学習者において想定される課題と課題克服への手立て

  第1項 小学校中学年の学習者において想定される課題一教材文の絶対視一     1.中学年の学習指導の特徴から

 中学年の学習者において想定される課題は,教材文を絶対視してしまうということ だと考える。

 それは,中学年の学習指導が,読解に関わる知識を獲得するという側面が強いから である。中学年では,教材文に書かれている内容や書かれている形式などの理解を通 して,接続語の種類や働き,基本的な文章構成,文末表現の種類や効果などを学んで いく。そこでは,テキストから学ぶという側面が強調される。テキストから学ぶとい

う側面は,高学年や中学生においてももちろん存在する。しかし,中学年の段階では,

読解に関わる知識も不十分であり,テキストから学ぶという側面が,高学年以上の段 階よりも強いだろう。ましてや,教科書教材を批判的に検討するということは,学習 者にとって経験もなく想定し得ないことである。

 森田(1984)は,小学生学習者において想定される問題として,次のように述べてい

る42。

 子どもは,読者として十分に確立していない。確立途上の,しかも初期の段階にあるとい っていい。このような段階の子ども(読み手)は,ややもすれば,教材を一方的に受容して,

それと意識しないのに,自らの認識を安易に否定し,教材に内蔵されている書き手の認識を 絶対的なものとして認めてしまうということになりがちである。

 森田は中学年学習者に限定して述べているわけではない。しかし,このように自ら の認識を否定し,教材文に表れている書き手の認識を絶対視して受容してしまうとい うことは中学年の学習者に大いに想定されることである。特に低学年において,説明 的文章から学ぶという姿勢で学習に取り組んでいる場合,このような教材文の絶対視 は自然と起こるだろう。また他教科の学習指導においても,基本的には教科書から学 ぶという側面が強く,そのことも少なからず教材文の絶対視につながっているだろう。

 なお,学習者に教材文の内容を正確に理解させなければならない,正確に理解させ

42前掲書31,p.123

(20)

ることができればよいという授業者の意識が強ければ強いほど,学習者の教材文の絶 対視はより一層促される。教材文の絶対視という課題には,授業者の学習指導に対す

る意識の問題が密接に関係していることも付け加えておく。

    2.説明的文章の種類から

 説明的文章の種類からも,教材文の絶対視の問題が想定される。それは,小学校低 学年から中学年にかけて掲載されることの多い文章の特性が関係する。中学年までに 掲載されることの多い文章とは,ある事柄を紹介する文章,事実を解説する文章,実 験を報告する文章などである。このような文章は,書かれている事実の説明の理解が 中心である。一方,高学年から掲載されることの多い文章とは,筆者の主張が明確に 書かれているような意見文,論説文である。これらのことは,長崎(1992)43や光野

(2003)44によって明らかにされている。

 中学年までに掲載されることの多い文章には,筆者の考えが明確に書かれていない。

そのため,筆者の存在を意識することが難しく,教材文は正しいことが書いてあるも ので正確に理解をしなければならないという意識を生みやすい。一方,高学年以降に 多く掲載される意見文や論説文は,筆者の考えが明確に記されているため,筆者の存 在を意識しやすいだろう。ゆえに,教材文の絶対視ということは想定されるものの,

筆者の考えに納得できないというような,批判的な読みにつながる反応が生まれる要 素は含んでいる。教材配列から考えると,高学年よりも中学年の方が教材文の絶対視 が助長されると考えられる。

 以上のことから,低・中学年に掲載されている説明的文章の種類という側面から考 えても,教材文の絶対視は中学年の学習者において想定される課題である。

  第2項 教材文の絶対視を防ぐ手立てとは

 教材文の絶対視とは,教材文が絶対的な価値を有した正しいものであるという思い 込みである。教材文を絶対視すると,教材文が有していると考えられる価値を受容し ようという意識が働き,批判的に読むことが難しくなる。必要なことは,教材文が絶 対的なものではないという意識を持つこと,つまり,教材文を相対化してとらえるこ

とである。

 前節において,教材文に対する問題意識を持たせるために,教材文通読前における 既有知識の活性化という手立てを明らかにした。しかし,既有知識を活性化していた

43長崎謡曲『説明的文章の読みの系統一いっ・何を・どう指導すればいいのか一』素人 社 1992

44光野公司郎『国際化情報化社会に対応する国語科教育一論証能力の育成指導を中心と して一』渓水社 2003

(21)

としても,教材文を絶対視する意識が強いと,教材文を読んだとしても,教材文の内 容や書き方が,優れているもの,正しいものという意識で読んでしまう恐れがある。

教材文が絶対的なものではないという意識を学習者に持たせるきっかけが必要なので はないだろうか。

 先に述べた「対話」の研究においても,村松(2001)は,対話の必要にして十分な条 件である「対峙性」の説明において,「対峙性」を生むきっかけの必要性について,次 のように述べている45。

 要するに,敢えて異なる視点を導入することで,同質性(隣り合わせの関係)を崩し,対峙 性(向かい合わせの関係)を作り出すことが対話を展開する原動力となるのである。

 対話を展開する原動力として対峙性が必要であり,その対峙性を作り出すために,

敢えて異なる視点を導入する必要がある,というのである。同質性(隣り合わせの関 係)が教材文を絶対視している状態であり,対峙性(向かい合わせの関係)が教材文 に対して問題意識を持っている状態と考えることができるだろう。そうすると,教材 文を絶対視する状態を崩すためには,異なる視点の導入が必要になるというのである。

 このことを参考に,説明的文章の学習指導について考える。

 寺井(2006)は批判的な読みが行われるためには,きっかけが必要だとして,次のよ うに述べている46。

これらの読み(対話的な読みや批判的な読みの二一引用者注)が,外部からの情報を既有知識 に組み込む際に,そこで生じ際立つ不調和や対立,異質性などをきっかけとして発動すると考 えられる。

 寺井は,批判的な読みのきっかけとして,不調和や対立,異質性が必要だと述べて いる。これは,村松の言う,異なる視点の導入と同じことだろう。つまり,批判的な 読みのきっかけとして,教材文の絶対視を崩すためには,七山知識と教材文との間に 不調和や対立,異質性が生じる必要があるということである。以下では,不調和や対 立,異質性のことをまとめて,差異と呼ぶこととする。

 寺井(2007)は,その差異を効果的に作り出す必要性について,次のように述べてい

る47。

45前掲書39に同じ,p.43

46前掲書15に同じ

47前掲書34に同じ

(22)

既有知識を文章の情報や論理と照らし合わせながら読むことで,そこに生じる認識上の落差や くい違いが自らの認識の見直しや調整を促したり文章を批判的に検討させたりする。(後略)

 読み方に関して言えば,要は,認識上の落差やくい違いをどう効果的に作り出すかであろう。

一つの教材文ではなかなかこれを生み出すのが一苦労で,一つであるがゆえに絶対的な存在と なってしまい,子供たちに分かるように文章を解きほぐすのが難しく,発問攻めにするか,能 力の高い子供に頼りきった無謀な話し合いにするか,あるいは結局読み取らせるだけで済ませ るかになってしまいがちである。必要なのは,文章を相対化させるということである。相対化 するというのは,単純にいえば,そこに書かれているものは,たくさんある話題や材料,表現 や論理のうちの一つが選択されたものだと見ることである。そういう状態ができれば,選択さ れたものが妥当かどうかを判断する吟味の作業はずっと楽になる。

 学習者の既記知識と教材文との間に差異を生じさせる。その差異を効果的に作り出 すことができれば,学習者は文章を相対化してとらえることができる,教材文の絶対 視を防ぐことができるというのである。もしその差異が小さければ,森田(1984)が危 惧している通り48,学習者は自らの認識を否定し,教材文に表れている筆者の認識を 受容することになってしまうのだろう。

 このことから,教材文の絶対視を防ぐためには,教材文と三二知識との間に差異を 効果的に作り出すことが必要だと言える。

 そして,批判的に検討すべき:事柄に関する二二知識が備わっていなければならない。

森田(2011)も批判的な読みにおける既有知識の必要性について,次のように述べてい

る49。

 主体的な読み,働きかける読みが成立するためには,読み手が,読みの対象についての何ら かの知識や体験を持っていることが前提である。全くの未知の対象については,受容の読みを せざるを得ない。

 学習者にどのような二二知識があり,どのような方法によって教材文と三三知識と の問に差異を生じさせることができるかを授業者が見極める必要がある。

 以上のことから,教材文の絶対視を防ぐためには,学習者の既有知識と教材文との 間に差異を効果的に生じさせることが必要だと言える。そのため,批判的に検討する 内容は,学習者に既有知識が蓄えられている内容でなければならないだろう。

 第2節の第1項と第2項で得られた視点に,さらに本項で得られた視点を加え,授

業仮説及び授業モデルを次節にて提案する。

48注42において指摘している内容に同じ

49森田信義『「評価読み」による説明的文章の教育』渓水社 2011,p.15

(23)

第4節 授業仮説および授業の構想

  第1項 授業仮説

 前節までに明らかになった,批判的な読みを促す手立てをもとに,以下の授業仮説 を設定する。

 【授業仮説1】(第2節第1項,および第3節第2項より)

教材文の通読前に,既有知識を活性化させ,二二知識と教材文との間に差異を生じさ せることによって,学習者は教材文を問題意識を持って読もうとするだろう。

【授業仮説II】(第2節第2項より)

批判的な読みの過程の吟味・検討の段階において,筆者の意図を推論させることによ って,学習者は筆者の意図を考慮した建設的な評価を行うことができるだろう。

 第2項 批判的な読みを目指す授業の構想

批判的な読みの過程は以下の表1−3に示す通りである。

【表1−3 批判的な読みの過程  (井上2007を参考に)】

a,文章を正確に理解する b.問題意識を持つ

。.対象を吟味・検討する

d.吟味・検討の結果を総合して評価を下す e.評価結果を説得的に表現する

 この批判的な読みの過程を学習指導過程に当てはめて考える。aの過程は従来から 行われている,書かれていることを正確に理解する読解活動である。b以降の過程が 批判的な読みの読解活動である。つまり,「書かれていることを正確に理解する読み→

批判的な読み」という学習指導過程が想定される。

 しかし,第2節第1項で述べたように,教材文に対する問題意識を持たせるために は,教材文通読前に学習者の既有知識を活性化しておくことが必要である。そして既 有知識と教材文との差異を効果的に生じさせることが,教材文の絶対視を防ぐことに つながると考える。ということは,学習指導過程を構想する場合は,批判的な読みの 過程の「b。問題意識を持つ」と「a.文章を正確に理解する」を入れ替えて考える 必要があるだろう。つまり次のようになる。

(24)

批判的な読みの過程

a.文章を正確に理解する b.悶題意識を持つ

。.対象を吟味・検討する

d.吟味・検討の結果を総合して評価を下す e.評価の結果を,説得的に表現する

本研究における学習指導過程

b,問題意識を持つ a.文章を正確に理解する

。.対象を吟味・検討する

d.吟味・検討の結果を総合して評価を下す。

e.評価の結果を,説得的に表現する。

 ただし,批判的な読みの過程を否定しているわけではない。もちろん,正確に理解 しようと読みを進める際に吟味・検討する課題が明らかになることもあるだろう。例 えば,学習者の既有知識を活性化した状態で教材文の通読をした際にはAという事柄 に問題意識を感じていたものの,教材文の正確な理解が進むうちにBという事柄に問 題意識を持つ可能性もある。つまり,学習指導過程としては,「問題意識を持つ」段階 を先に設定しながらも,「文章を正確に理解する」段階で生じた問題や疑問も,吟味・

検討の対象とするということである。

 以上のことをもとに,次頁の図1−1に示すように,批判的な読みを目指す授業を

構想した。

 また,次章以降は,この授業構想をもとに授業実践を行い,手立ての有効性につい て検証を行う。

(25)

【授業の構想】

〈通読〉

〈既有知識を活性化するための活動〉

・題名読み

・題材に関わる調蛮活動,ディスカッションなど

 }  nt  一  一  nt  m  一  一  一亀

  既有知識と教材文との間の   //

  効果的な差異       2)

   →教材丈の繕が裾を防ぐ

 一一一1 mm 一 一 一一一一一 一   一 一一一

 一     一     一      一     一     一     一      一      一

〈疑問・共感・意見などの反応〉

<授業仮説1>

教材文に対して 問題意識を持つ

〈精読〉

・書かれていることを正確に理解

〈批判的に読む対象について吟味・検討〉

・通読後の疑問や意見などの反応,精読段階で見出 された課題について吟味・検討する。

・学習者の既有の経験や知識を想起し,関連した情 報を収集するなどして,吟味・検討する。

〈筆者の意図の推論〉

 したのかを考える

<授業仮説U>

適切に吟味・検討する

・筆者がなぜそのような考え方・述べ方を

〈自らの考えの表現〉

・検討した課題についての自らの考え(評価)

 の表現

。=)

 学習活動

 授業仮説

    批判的な読みの学習指導の視点(本研究における手立て)

      (( 22

     中学年の学習指導において必要な要素

【図1−1 批判的な読みを目指す授業の構想】

参照

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