現代社会における「かわいい」概念の生成と変容
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(2) 現代社会における「かわいい」概念の生成と変容 目次. 1. 序章 「かわいい」の問題系.、 第1節 「かわいい」という現象...lll....... ..1,. 1. 第2節 「かわいい」とは何か...... 1. 第3節 「かわいい」に関する仮説.1......、.. 5. 第1章 「かわいい」の歴史的背景.、1. ..... 第1節 女学校の誕生1...、、...、... 8. 第2節女学生の表象の変遷.1.l1.1. 9. 第3節 少女趣味の具体的内容...1.. 11. 第2章 「かわいい」の誕生... 19. 第1節戦後少女漫画の変遷111.1、.. 19. 第2節. 25. 「かわいい」ファッションの類型..、. 第3章 「かわいい」の変容... 34. 第1節一口リ」タ・ファッションとその意味.... 34. 第2節 ファッション誌における「牟わいい」、.. 42. 第4章 「かわいい」の現在.、. 53. 第1節今なお残る「かわいい」..... 53. 第2節 「かわいい」の崩壊..、.、、.. 61. 第5章 「かわいい」の輸出... 63. 第1節 国境を越えるrかわいい」1........ 63. 第2節 中国における「かわいい」の変容、... 69. 第3節 消費社会と「かわいい」..1.. 80. 終章. rかわいい」はエステ』ティッシュな概念である1.. 83. 8.
(3) 序章 「かわいい」の間風系 第1節「かわいい」という現象 1970年代に「かわいい」という言葉は、単なる価値評価であることを越えて、一つの流 行となった。1970年代雑誌『りぼん』のふろくや「原宿系」ファッションがその代表であ った。その後も、「かわいい」という言葉は広く用いられ、1980年代のロリ」タファッショ ンなどに受け継がれていった。近年、この言葉は様々な領域で再流行している。例えば、 2005年、雑誌『an・an』の「かわいいの新定義」、『non・no』の「キレイかわいい玲奈VS. カッコかわいい美保I夏∼秋着目し3week」、『CanCam』の提案するr女の子らしいくて かわいい」など、rかわいい」に関わる特集が次々と現れた。「かわいい」の代名詞ともい. えるキャラクター「ハローキティ」の関連グッズの日本国内での売り上げは231億円に達 している。2008年に放送開始された「東京カワイイ★TV」は、「かわいい」をテーマにし、 ファッションやアクセサリーなど紹介している。. その中で、「かわいい」という概念は多様化も経験している。アニメ、マンガなどのキャ ラクターの「かわいい」、人間の容貌や性格の「かわいい」、雑誌やテレビ番組などマスメ. ディアに紹介されている「かわいい」など、同じ「かわいい」という語が様々な領域で様々 な意味合いで用いられている。さらに、地方の自治体のマスコットキャラクターの「ゆる かわいい」や、動物モチーフのケーキや、子供の絵が描かれたチョコレートなどについて の「うまかわいい」、笑い芸人の「きもかわいい」などといった「かわいい」の派生語も生 まれた。. そして、「かわいい」は日本だけではなく、世界にも広がっている。フランスで開催され た「ジャパンエキスポ」は、日本の「かわいい」を紹介する一大イベントとなっている。. 2010年に開催された際には18万人もの参加者があった。スペインの「サロン・デル・マ ンガ」には毎年7万人が参加している。タイでは、日本の女子高校生の制服がブームとな り、2009年には、制服をテーマにしたフェスクが開催された。ドイツの日本領事館附近の r日本人の街」には、ドイツ人女性がロリータ服をまとって集まってくる。このように、 日本発の「かわいい」文化は世界各国にも受容されている。. 第2節「かわいい」とは何か. 第1項 先行研究 こういった現象を背景に、「かわいい」についての研究もいつくか現れている。 四方田犬彦の『「かわいい」論』は、「かわいい」の源流を遡って、『枕草子』の中の「か わいい」ものに対する描写から「かわいい」の意味を探っている1。. 1四方田犬彦 『1かわいい」論』 P33。 1.
(4) 清少納言が現在でいう「かわいい」の例として挙げているものは、幼げな者であ り、無邪気で、純真で、大人の庇護を必要とする者であって、そのささいで遊戯的 な身振りに焦点が当てられている。そこには成熟した者の高い地点にたって、未成 熟なる者を支配し見下す眼差しは感じられず、むしろ未成熟なる者を実として肯定 しようとする姿勢が窺われる。. 四方田犬彦は、このような未成熟を強調する「かわいい」を「かわいい」の意味として 主張し、さらに「美しい」と比較して、親切盛、温かさ、現実的、わかりやすいなど、「か. わいい」どういう言葉が含む様々なイメ』ジを挙げている。このような弱い者、小さい者 への愛着を強調する「かわいい」は、欧米の成熟した女性を美しいとする美的感覚とは全 く異なっているとし、「かわいい」は21世紀の日本発の美学であると主張している。 古賀令子の『「かわいい」の帝国』は、戦前に形成され少女文化から出発し、戦後、原宿. で台頭した「かわいい」の歴史を紹介し、ファッション界の「かわいい」について分析し ている。. 古賀令子は『「かわいい」の帝国』の冒頭で、「かわいい」の様々な定義を紹介している2。. まず、脚本家の大森美香は「かわいいのイメージは、ぬいぐるみのように、まるくて柔ら かいもの。人に置きかえるならば癒しや安心を感じるのに、こころがときめいたりワクワ クしてくる人を評する時に使うフレーズだと思います」としている。また、作家の石田衣 食は「もともとは幼い者、小さい者に対する愛玩の気持ちを表す言葉だったと思うんです。. というのも、人間のDNAには、守るべき者をカワイイと感じ、音もうとするプログラムが あるはずだから。そうした“かわいい”が拡大解釈され、愛すべきもの全般に使われるよ うになったのでしょうね」と述べている。そして、社会学者の宮台真司は、「かわいい」の. カテゴリーを、①「人にやさしい」ことを追求した結果としての丸さや白さ、軽さ、皮膚 感覚に沿ったソフト化やライト化などの「人間工学的」カテゴリ』と、②「自分と世界の ロマン化」とも考えられる「ロマンチック」要素、③愛らしさや無邪気さ明るいさ活発さ、. 無垢など、個々のモノやコトについてのある種の「子ども的属性である「キュ」ト」さの 三つとしている。さらに、2000年から2006年までの「かわいい」のイメージの調査では、 「かわいい」の構成要因となる「かわいいの素」は、丸い、明るい、柔らかい、あたたか いという特徴であったが、最近は、「かわいくない」ものも、「きもかわいい」と言われる 場合があって、「かわいい」概念が複雑化していることを紹介している。. 古賀は、これらの「かわいい」の定義を挙げたうえで、「『かわいい』は一言ではとても 言い表せない程に多様な意味をもったものだ」と述べるに至っている。「かわいい」ファッ ションの台頭、定着、拡大について述べた上で、最後に「「かわいい」とは何か?」という 章で以下のようにまとめている3。. 2古賀令子 『「かわいい」の帝国』 P13−P17. 3古賀令子 『「かわいい」の帝国』 P203−P215。.
(5) rかわいい」は未成熟を嗜好する美意識である。 「かわいい」モードは装飾指向である。(中略)ジャラジャラと付けられたケータ. イ・ストラップのように」見ごちゃ混ぜ風の過剰な装飾によって他人とは違う自分 の世界を表現しようとする出張が存在する。. 「かわいい」は日本文化に横たわるミニアチュール志向をべ』スにした部分もあ る。. 「かわいい」は女子のための特別な価値観である。. rかわいい」は日本的高度消費社会文化の象徴的構築物である。rかわいい」モー ドの世界は、モノを消費することによってのみ存在しうる究極の消費文化である。 (中略)高度消費文化の社会では、自分が消費するものによって自己が構築され、. そうして構築された「個性」が重要な要素となる。その個性は、消費によって生み 出されるちょっとした表面的な違いによって決定づけられてしまうことになる。つ まり、「かわいい」アイテムによって構築されているひとりひとりの「かわいい」モ. ードは、高度資本主義経済によって操られている消費文化そのものなのではないだ ろうか。. 「かわいい」はグローバルでユニバーサルな価値観となりつつある。. rかわいい」はリスペクトのないフラットな価値観である。rかわいい」は、効率 や理性を重視するr大人社会」の規範から逸脱した価値観である。 以上の論述を参考にすれば、「かわいい」が主として四つの側面から分析されてきたこと がわかる。それを図表化すると以下のようになる。. ①「かわいい」の内容. 未成熟性、ミニアチュール、大人社会から逸脱した価値. マ ②「かわいい」の機能. 他人との差異、女子特別な価値観、消費社会文化的. ③消費社会・との関連. 高度消費社会文化における構築物、差異化. ④「かわいい」の広まり. ローカル/グローバル. 古賀令子は、日本人特有なミニアチュ」ルの感情から「かわいい」が生み出されたとい う四方田犬彦の説に対して肯定的な意見を表明する一方で、rかわいい」の多様化を肯定的 に捉えている。さらに、「かわいい」の差異化する機能や消費社会との関連にも言及してい る。. 「かわいい」と消費社会の関連性については、大塚英志の『たそがれ時に見つけたもの』. が「かわいい」がなぜ流行したのかについて詳細に分析している。彼は「かわいい」の誕 生を1970年代のファンシーグッズの登場にみている。雑誌『りぼん』のふろくのイラスト.
(6) 入り紙袋や、メモ帳などが、少女たち間で人気を呼び、大流行した。大塚英志は、ファン シーグッズを、モノとしての価値を機能ではなく、その<かわいいさ>に見出した少女向 けの生活雑貨であると定義している。日本における消費社会の成長によって、社会の繁栄 を支えるのは、モノを生産することではなく、モノを消費することとなり、大衆が求める ものもモノの使用価値から記号的価値へと変化していった。そして、『りぼん』のふろくの. 流行から始まる日本の消費社会化と少女たち作り上げた「かわいい」は密接に関連しあっ ていると主張している4。. 「少女」という存在そのものが近代に普遍化した家制度の中で、性的に成熟しな がらその身代をもっぱら家長の側の都合でr出産」という生産活動に使用すること のできない留保期間が生じ、いわばそこに若い女性たちが囲い込まれることによっ て成立した近代的産物である。明治の・半ば以後、少女たちの流行がしばしば当時の 新聞を賑わすことになるのは生産一から意図的に隔離された「少女」という領域にあ る意味で最も近代的な消費の形式が具現化していたからだともいえる。. このように「かわいい」と消費社会の間には適合性があるというのである。会澤まりえ は『情報化社会における消費文化とファッション』ののなかで、この論点をさらにその後 にまで広げている5。. 技術革新が進み、モノを作る技術差がなくなり、どのメ』カーの商品もその機能 と品質の面でさほど変わらなくなった昨今、モノを売るためには商品のイメージと しての価値を高め、その幻想の価値観に置いて他商品と何らかの差異を付けること によって消費者に買ってもらうという時代になった。. そこで会澤まりえは、消費社会化の論点でファッションについて分析し、モノの背後に ある付加価値が、人々の自己満足感と欲望に満たし、ナルシシズム的な機能をしていると 分析している。このような記号としての消費価値について、浅見克彦は『消費・戯れ・権 力』において、ミニスカートとロングスカートを例にして、わかりやすく説明している6:. なぜミニを選ぶのか、どうしてロングをとるのかという価値づけは、それぞれの 対自体の性質価値に基づくものではない。それらの消費で追求されているのは、ロ ングとはちがうスタイル、ミニとはちがうシルエットという差異にほかならない。. つまり、肝心なのは財それ自体の特徴ではなく差異なのであって、だからこそ両者 がつねに選択されうる形として共存しうることにもなるのである。 4大塚英志 『たそがれ時に見つけたもの』 P65−P66. 5会澤まりえ 『情報社会における消費文化とファッション』 P6. 6浅見克彦 『消費・戯れ・権力』 P147−P148.. 4.
(7) この二つの文献を見る限りでは、「かわいい」文化には消費社会と適合している部分があ ることが分かる。すなわち、「かわいい」は、いままでと異なった価値観や、意味を拡大さ せだからこそ、消費社会の中で流行することができたというのである。. 第2項先行研究の分析、問題点 四方田犬彦の『「かわいい」論』は、「かわいい」の源泉を探って、「かわいい」の意味を. 内容的に分析した。しかし、それは「かわいい」の一側面でしかない。また、そもそも、. 小さい者に愛着を感じるのはなぜなのか、未成熟なものに美を感じるのはなぜなのか、こ ういった疑問については触れられていないままである。. 古賀令子の『「かわいい」の帝国』は、「かわいい」の内容的側面と、機能的側面を分析 している。しかし、「かわいい」の内容がこのような日本に特殊なものであるとすれば、「か. わいい」が海外でも受容されている理由が分からなくなってしまう。日本に独自な「かわ いい」はどうしてグローバルな「かわいい」でもありえたのであろうか。また、差異化と. いうrかわいい」の機能からアプローチするのでは、そもそもなぜrかわいい」が選ばれ ねばならなかったのかという必然性が見えてこない。消費社会文化的なものは、「かわいい」. 以外にもたくさんあるはずだが、なぜ「かわいい」が優位を占めるのかにっいて、明らか にする必要がある。. また、消費社会の性質と「かわいい」の関係が先行研究の中で、指摘されていた。差異 を求める人々の欲望を満たすため、「かわいい」が選ばれた。しかし、消費社会の理論で「か. わいい」を理解すれば、rかわいい」が流行すればするほど、やがて、それはr差異化」 の機能を喪失していくことにもなる。いまや、雑誌や、テレビの媒介によって、「かわい い」は大衆化し、誰でもかわいくなれる、何でもかわいいと呼ぶという傾向が現れている。. このような「かわいい」は「差異」としての価値をもはや持ちえず、単なる消費社会の一 つのアイテムとして消費されることになる。確かにこの点からみれば、「かわいい」は消 費社会の論理と合致している。しかし、「かわいい」の現在を見れば、消費社会化された 部分以外にも、もともとの「かわいい」と同様な性質を保持している。 「かわいい」も存 在している。そうなると、 「かわいい」を単に消費社会が求めでる「差異」という観点か ら分析するだけでは、不十分ということになる。 「かわいい」の内容を規定する要因を具 体的に分析していくことが必要となる。. 第3節「かわいい」に関する仮説 以上の分析から、これまでの「かわいい」についての研究はいずれも、「かわいい」の一 部分しか反映していないことがわかる。今、様々な領域において様々な形で現れている「か. わいい」はなぜ「かわいい」と呼ばれるのか、人々はなぜそれらのものを「かわいい」と 感じるのかにっいて、未解明なままである。「かわいい」は、社会によって、時代によって、. 個人によって、異なった定義で現れている。「かわいい」の内容は簡単に定義することがで 5.
(8) きない。これに対して、本論文ではエステーティッシュという概念を導入することで、こ の課題に応えることを試みる。エステ』ティッシュとは、カントが『判断力批判』におい て、美を定義するさいに提示した概念である7。対象の性質は対象に帰せられるのに対して、. 美は対象の性質には帰せられない。かといって、美は全く主観的なものではなく、ある種 の客観性を備えてもいる。このような美を説明するために、カントは、対象の性質と主観 の構造との適合性を考えた。すなわち、対象のある性質が主観の認識構造に適合的である ときに、人は快適さを感じ、それを引き起こした対象を美と呼ぶというのである。カント. は対象の側でも主観の側でもない性質を言い表すものとしてエステーティッシュという概 念を導入したのである。このような着想を「かわいい」に応用するならば、「かわいい」と は、モノが本来持っ性質ではなく、ある状況に置かれた人々が対象との関係において抱く 感情に由来するものとして分析することが可能となる。本論文では、「かわいい」の誕生、. 社会的背景、消費社会との関係、人問との関わり方など、様々な側面から「かわいい」を 分析し、「かわいい」はエステーティッシュな概念であるという仮説に依拠しながら、なぜ 「かわいい」が選ばれたか、「かわいい」が世界に流行している要因を考察することにする。. 本論文は、全5章及び序章、終章によって構成されている。第1章では、「かわいい」と 戦前の「少女趣味」の共通点、そして、「少女趣味」の重要性を分析し、「かわいい」の歴. 史的背景を明らかにする。第1章の第1節では、少女がどのような社会的位置に置かれて いたのが、女学校はどのような目的で設立されたかについて分析する。第2節では、「少女」. が誕生するまでの歴史的背景を明らかにする。第3節では、「かわいい」の原型である「少 女趣味」の具体的内容を分析し、「かわいい」はどのような状況の中で生まれてきたのかを 明らかにし、「かわいい」の内容を規定してきた要因について分析する。第2章では、消費. 社会の中で定着していく「かわいい」について分析する。まず第1節では、70年代に出現 した新しい形の「少女趣味」である「少女漫画」について考える。「少女漫画」の変遷を通. して「かわいい」が誕生するまでの経緯を論じる。次に第2節では、ファッション領域で 姿を現すrかわいい」を分析し、rかわいい」ファッションのそれぞれの特徴と意義を明ら かにする。第3章は、「かわいい」が、消費社会の影響によって、一つのアイテムとして商 品化され、記号化されていることを論じる。第1節では、「かわいい」ファッションの中か ら、ロリータ・ファッションを取り上げて、「かわいい」はどのように変容したかについて. 考える。第2節では、いくつかの雑誌を取り上げて、それぞれが提案したファッションス タイルやライフスタイルを比較しながら、ファッション誌の中に見られる「かわいい」の 変容を明らかにする。第4章は、「かわいい」の現在を分析する。第1節では、「かわいい」. が多様化していく中で、本来の少女趣味のあり方を取り戻そうとする。「かわいい」を分析 し、第2節では、これまで分析してきた「かわいい」の変遷の中から、現在の「かわいい」. のあり方を明らかにする。第5章は、海外に輸出されている「かわいい」について考える。. 第1節では、海外で「かわいい」はどのようなものであろうか、そしてなぜ受け入れられ 7カント 『判断力批判』 岩波書店。. 6.
(9) ているのかを明らかにする。第2節では、中国における「かわいい」の受容の仕方につい て具体的にみていく。第3節では、異なった「かわいい」の受容のあり方を比較しながら、 「かわいい」と消費社会の関係を考察する。.終章では、論文全体の分析を通して、序章で 提出した仮説を検証する。. 7.
(10) 算1章 「かわいい」の歴史的育量 「かわいい」の起源を探ると、戦前の「少女趣味」に至る。その典型は例えば大正時代 初頭に出現した少女小説であり、少女特有な哀愁や、感情を描き、少女の繊細さを表現す るものであった。また少女雑誌の投稿欄には、少女たちの悩みや、将来に対する不安など 寄せられた。これらの「少女趣味」と呼ばれるものは、それまで重視されていなかった、. 少女の存在や、少女たちの感情を強調するものであって、少女というカテゴリーを新たな 価値として析出することになった。このような「少女趣味」の性質は、今の「かわいい」. の新しい価値観、異質を求めるという特徴と共通している。また、リボン、フリルに対す る愛着や、ヨーロッパの美少女に対する憧れ、ぬいぐるみ、目が大きい人形を好むなどの 点から見れば、少女趣味と現在の「かわいい」にはたくさんの共通点がある。この章では、. 当時の少女がどのような社会的位置に置かれたいたのか、女学校はどのような目的で設立 されたかにっいて分析する(第一節)。その上で、「少女」が誕生するまでの歴史的背景を 明らかにする(第二節)。最後に「かわいい」の原型である「少女趣味」の具体的内容を分 析し、rかわいい」がどのような状況の中で生まれてきたのかを明らかにし、rかわいい」 の内容を規定してきた要因について分析する(第三節)。. 第1節 女学校の誕生 日本は明治維新の後、西洋近代の技術や制度に出会い、急速な近代化が必要であると考 えた。教育により、国民の知識を向上させる事が重要となった。そのため、明治五年に、. 公的に男女別なく就学を奨励した「学制」が公布され、15歳以下の男女を入学させる幼年 学校が設立された。. それ以前の女子教育は、女子は女子としての道徳、女性に独自な教養を身に付けるべき であるという儒教的教育観に基づくものであった。これに対して、女子に対しても男子と 同様に近代的な学問を学ばせようとする「学制」の公布は大きな進歩であった。その実現 の第一歩として、東京女学校が明治五年二月に最初の女学校として開校された。. しかし、その後「学制」に基づいた学校教育の点検が行われ、全国で教育議会が開催さ れ、女子教育における道徳教育の議論が盛んになった。例えば、明治十年四月の教育議会 では、「女子ハ成員ノ後幼児ノ教養二関係スル所尤緊要ナレハ宜シク事理二通シ貞順柔和ナ ラシメンヲ要ス」、「女子ハ楠長スルニ従ヒ縫紡機械ノ科ヲモ兼ネ教へ徒二分枝二長シテ女 エラ瀬廃スルノ弊ヲ予防スルヲ要ス」8などといった議論がなされ、女子教育について道徳. 教育の面から見直しが行われた。同年九月「教育令」が布告され、これにより、中等以上 の教育課程では、男女は別々に教育を受けることになった。. このような経過により、当時の女子教育の主旨は、将来母親となる女子が子供に与える 影響を考慮した教育体制となった。「英語、代数、三角法、経済、本邦法令等ヲ省キ、修身、 8福田須美子 『高等女学校の研究一制度的沿革と設立過程』より。 8.
(11) 和漢文、習字、図画等ノ教科ヲ増シ又別二裁縫、家事経済、女礼、音楽等ヲ加へ、専ラ中 人以上ノ女子二順良敵実ノ教育ヲ授クルヲ主眼」9とするとされ、中等以上の家庭の女子は、. 噸良」を目標として実用的な知識を授けられるべきことが方針として提出された。. 明治十九年、文部省が通達した「生徒教導方要項」では、女子教育は「夫妻ノ関係、舅 姑二対スル心得、育児法、家事整理法、脾僕二対スル心得、朋友親戚等二接スル心得、及 交際動作ノ心得ヲ講究セシムル事」とされ、家族の中で女子の役割を重視する教育方針が 具体化された。女子中等教育制度は、教育の近代化を目指す改革であったが、その主旨は、 「温和貞純の婦徳」を養成するためであって、儒教の影響から完全に離脱することはでき なかった。. 近代化が進む中、男子の教育制度は整備されていった。明治十四年には「中学校教則大 網」が定められ、明治十九年には一連の学制改革に続いて中学校令が規定されることで、. 男子の中等教育は正格化された。それとは対照的に、女子の中等教育は正格化されず、東 京女学校は、明治十年、西南戦争による経費節減を理由に廃止され、女子の就学率は不振 を極めていた。. ところが、明治二十七年目清戦争を機に、国際的競争力を培うためには国民教育の充実 が必要であるとされ、女子教育が再び注目を浴びることになった。そして、明治三十二年 に「高等女学校令」が公布され、ようやく女子の高等教育は公教育制度下に置かれること になった10。女子教育の目的は「賢母良妻たらしむるの素養を為す」と規定され、「高等学 校」では良妻賢母になるための基礎教養が教えられることになった。具体的には、裁縫や、. 家事などの「家事科目」に音楽や修身といった一般教養を加えるものであった。裁縫と家 事が科目として成立することによって、家庭における女子の役割が明確に打ち出された。 特に裁縫は、家事から独立させられることによって、「一家ノ整理経済二関スル重要ナル事. 項」を分担するものとして重要な役割を期待された。女性を社会の中で登用している欧米 にならって、日本もまた漸進的であるにせよ、女子教育において開明的な方針をとること になったのである。. 第2節女学生の表象の変遷 女学生は当初、子供を養育し、家事を担当することを学ぶだけであり、実用的な存在と 見なされていた。しかし、やがて近代化の象徴と見なされるようになっていった。明治三 十年前後、袴は多くの女学校で制服として採用され、「えび茶袴」という言葉が、女学生の. 代名詞とされる時代が訪れる。さらに華族女学校がいち早く袴を採用したことにより、袴 はある種のステータスを物語る記号として流通し始める。やがて袴のもっていた貴族的な 性格や特権性は薄められ、広く一般の娘たちに手の届きそうな物として、時代を象徴する ものと見なされ、人々に好意的な印象を与えるようになっていった。「明治の女学生」は、. g 同上。. 10真有澄香 『「読本」の研究 近代目本の女子教育』 10∼11ぺ一ジのまとめ。.
(12) 勃興しつつあった都市文化を象徴し、新しい時代の先触れとして見なされたのである。. 明治三十六年十月「目比谷公園に憩う人々」と題された一枚の絵が『風俗画報』に掲載 された。この絵の前景には二人の女学生が描き添えられている。東京市民の体表として「女 学生」が選ばれたのだ。都市が担わされた「脱伝統・脱土俗」の象徴として、女学生は、 まさしく格好の対象であった。「女学生」というこの新種の娘たちが、「時代のスター」と してメディアを賑わしている姿があちらこちらから登場してくる。彼女たちはrハイカラ」. と呼ばれ、時代を体現しつつ、日本の都市文化を象徴するものと見なされたのであった11。. 第1項 少女雑誌の登場 女学生へのまなざしが変化していくことに伴い、女学生の自己認識も変遷して.いく。そ の際、メディアとして機能したのが、雑誌であった。. 学校教育の改善とともに、明治二十一年日本最初の少年雑誌『少年園』が創刊された。. 当初『少年園』は、男女両性を対象としていたが、後に学校教育の「補助教材」として台 頭し、中等教育が男子中学生を対象とするようになって以降、雑誌から女子の姿が消えて いった。「高等女学校令」の制定により、全国各地に高等女学校が成立され、女学生の数が 急激に増えた。それまでのように、r少年」のカテゴリーに女子が含まれるという曖昧な取. り扱い方が解体し、明治二十三年雑誌の投稿タイトルに初めて「少女」という性別カテゴ リーが出現し、明治三十五年、つい少女雑誌『少女界』が創刊された12。その後、『少女の 友』13や『少女画報』14、大正にはいて、『少女倶楽部』15や『令文界』16など様々な少女雑 誌が創刊された17。. 第2項 「少女」の誕生 少女雑誌の台頭によって、「少女」とう概念は明確になり、「少年」との差異点が明らか. になっていった。学問を身につけ出世を目指すのは、従来男子の役割と見なされた。近代 文明の開花によって、女子教育が重視され、女学生の数の増えと共に、学歴を目指す女子 が増えた一方、職業を通して直接社会参加する道は女学生に与えられなかった。そもそも 高等女学校の主旨はあくまでも、将来母親の役割を果たすためであって、それ以上の知識 は期待されていなかった。高等学校で身に付けた学問は、結婚して子どもを産むというこ とに直接結びつかない。社会に期待された姿(賢母良妻)と女学生は全く異なった生き方 である。したがって、「少女」としてのあり方はその時期だけで完結することになる。だが. このような「少女」時代は魅力的なものとされ、人生の中の特別な時代として意味つけら れることになった18。. 11本田和子 『少女へのまなざし』を参照した。. 12『頴才新誌』明治23年五月10号 安西きり女r少女の話」 13明治41年実業の日本社により創刊。 14明治45年 東京社により創刊。 15大正12年 大日本雄弁会議談杜により創刊。 16大正11年 宝文館により創刊。 17今田絵里香 『r少女」の社会史』 P53を参照した。 18前掲書 P54を参照した。. 1O.
(13) 大正期にはいて、社会的に考えれば、大人と子供の間に「青年期」を発生させた近代社 会が、さらに「男ではない」という意味で不要不急の部分として分離されたカテゴリーが 「少女」となった。彼女たちは「非少年」として近代工業社会の落ちこぽれになった。社. 会の中でうまく自分の位置づけできない、実用性と無縁の少女たちは、常識や権威に担わ れず、自身の好みを優先させるという、新しい感性を最もストレートに体現して振る舞う ことになった。権威や、制度的なステータスに無関心、体制に関して野心を持たず、そこ で認められ、地位を得ることは何の意味もない。そこで少女たちは、雑誌の投稿欄を媒介 にして実生活とは無縁な虚構世界での仲間集団を形成するようになった。ペンネ」ムとい う記号を拠点としてお互いの投稿文、言葉から発生した交流、彼女たち自分たちの幻の集 団を形成させた。少女たちは独自なもの、可憐な幻想に特有の意味を発見し続け、少女小 説といった「少女文化」が花開いた。そしてその中で、性別の無化、未成熟、不安定、不 確かな「少女」という虚構の存在が可能となった。. 第3節 少女趣味の具体的内容. 第1項少女小説 少女雑誌の中で、もっとも人気のあったコーナーは少女小説であった。出版社側も当時 の流行作家の連載小説を載せ、少女小説は雑誌の目玉になっていた。最も有名な少女小説 作家は吉屋信子である。彼女の『花物語』は、52の花によせた短篇連作集であり、独特の 美文体で少女の心を繊細に描き、こ一れまでの少女小説と」まったく異なったものであった。. 大正9年単行本された後も、少女たちに愛読されたベストセラーである。 『桐の花』. 「あの大塚の停留所に、柳の木が一本あるといいわねえ」多美子はある目言った。 rなぜ?」. 「だって、. あのねえ、私が朝遅い時は、あなたが待ちくたびれたら、柳の. 枝に白い毛糸をちょっと結んで置いて下されば好いんだし、私があなたを待ちくた. びれた時は紅い糸を結んでおくの一そんな約束ができるんですもの一」19 これは仲良しの二人少女の物語である。短い文章の中に、いくつか少女の特徴を読み取 ることができる。まず、柳の木に注目する独特な美意識がある。垂れている枝、細い葉、. 風に当てれば、ゆらゆらと揺れる柳を美しいと認識している。また、待っていた事を表現 するために、柳の枝に糸を結ぶ行為は、自分の気持ちを何らかの形に見えるようにして表 現したいという願望の現れである。そしてその行為は、自分たちに独特な心境と同じよう に、特別でなければならない。言葉や表情で伝えるのではなく、柳に糸を結ぶという異質 とも言える行為によってでなくてはならない。このように、既存の確固と.したものではな 19吉屋信子 『桐の花』より。. 11.
(14) く、揺らぐものに美を感じる感性は、興存の価値観の中に居場所を見たせない少女趣味の 一つの特徴となっている。. 『白菊』. 「でも、やはり私は白菊が命ですもの、あの来世には人の姿は消して地に咲く白 菊の花と生まれ代わります。」. 凛として、かたく信じるごとく、その人は言って唇を閉じた。私がその面を見つ めた時、その双の瞳の奥に言い知れぬ悲哀の悩みの色が漂うのを知った。何か秘密 の悲しさをこの人持っている一私は覚らねばならなかった。そ・して、そのあえか に優しい人の悩みを知ると、いやまして蒸しく私の友情は濃くなっていた。私は熱 した唇から情をこめて、その人の耳に囁いた。「永久に心からの友となりませう・。」. と、けれども、その人の答えは冷たく憎しみを帯びていた。. rでも一一私は世に住みかぎり、孤独でなければいけない(運命)のものでござ います. 。」. (中略). 美しきものよ、汝のまたの名は悲しみである。あはれ、次の世には白菊の花と咲 かんと誓いしひとは……。20. ある少女が何か悲しい秘密を抱一えている。文章の中では、それがどんなものであるのは、. はっきりとは書かれていない。しかし少女の言葉からは、その秘密が少女を孤独にさせた ことがわかる。主人公の「私」が同情心を待って、友達になろうとしても、少女の運命は 変わらない。結局少女は死んでしまう。ここで注目したいのは、吉屋信子が悩みの内容、 悲しみの原因は明らかにしていないことである。『白菊』だけではなく、『花物語』の第一. の『鈴蘭』も第二の『月見草』などにも似たような構想が見られる。重要なのは、悲しみ や悩みの内容ではなく、主人公の少女が言いしれぬ事柄のために今現在悲しんでいる.とい. うことである。そしてその悲しみを敏感に察知し、共感の涙を流すことがポイントなので ある。明かにされない悲しみと、文末の省略記号は読者に想像の余地を与え、読者自身が 抱えている悲しみをそこに重ね合わせることを可能にした。当時の社会状況の中ではどう しようもない事柄に直面していた少女たちは、各自の境遇に共感し合う事にかろうじて慰 めを見出したのである。. このように『花物語』は会話や物事の描写を通して、友情や運命などを主題として描い ている。読者の少女たちは、修飾の多い美文に陶酔し、心を委ね物語に入り込んで、夢を 見る。『花物語』について稲垣恭子は以下のように述べている21。. 20吉屋信子 『白菊』より。 2王稲垣恭子 『女学校と女学生』 P70。. 12.
(15) 「鈴蘭」から始まり、「野菊」「山楯の花」「フリ』シア」「紫陽花」などの花の名. 前を冠した五十二篇の物語を集めた『花物語』は、その独特の美文調や物語全体が 醸し出す雰囲気によって読者を酩酊させる、少女小説の代名詞とも言える作品であ った。. 『花物語』は少女の感覚によって創られた世界を文字で表現し、多くの女学生たちに共 感を呼んだ。例えば読者からの投稿の中には以下のような感想が見られる22。. 花物語、何だか私達少女にしっくりと合って居ります、何時もそのヒロインを胸 に描いて居ります。(1917,9). 可憐なみどりさんの決心、フリジャーのやさしさ。吉屋信子様はまだお若い方だ そうですけれど、真実に私共の心を深く動かすものばかりお書き下さいますのね。 (1・918. 3). 『花物語』以外には、『わすれなぐさ』や川端康成の『乙女の港』など、人気の小説が生. まれた。学園の生活や、少女の成長物語や、女学生の間の友情などが描かれている。これ らの作品は、当時の少女、女学生の共感を呼んだ。知識の世界は開かれるものの、女学校 を卒業した後の「現実」は自分たちの望んだ世界ではない。それに対して、本の中には、「現. 実」と異なるもう一つの世界が存在する。そしてそこでは、少女の悲しみや、悩み、独特 な「あはれ」の感情、学校での憧れの上級生、親密な友情関係などが描かれている。違う 学校に通っている女学生たちは現実の世界の中では、そのような想いを語り合う機会をも たない。しかし小説を読むことで、そこに自分の感性に共通するものを見出すことができ る。物語の主人公たちは、他者でありながら、他者ではない。現実では、社会や、家族、. 母親にも理解されない感情が残されるが、もう一つの世界では、少女たちはお互いに理解 し合うことができるのである。少女小説は現実の状況と別に、少女たちに夢や憧れを提供 し、独特な文化を作りあげ、r少女共同体」を形成したのである。. 第2項少女ネットワーク 当時の雑誌では投稿欄が重要な役割を果たしていた。『少女の友』には、作文・絵画・和歌・. 習字・詩を掲載する文芸欄と、読者の手紙を掲載する「友ちゃんクラブ」という通信欄が あった。『少女画報』や『令文界』には通信欄と別のぺ』ジに身の上相談や、美容相談など. 相談コーナーもあった。雑誌の読者は、雑誌を読むだけではなく、雑誌の構成にも参加し ていた。. 『少女の友』の「友ちゃんクラブ」では、読者からの手紙に対して、雑誌の主筆者がコメ. ントを書くコーナ」である。投稿者は自分の家庭の事や、悩んでいること、これからの決 22稲垣恭子 『女学校と女学生』 P71。. 13.
(16) 心など書いている。例えば、こんな投稿がある。. ①お投書こんなに遅くなって下ひました。茎先生、私の名前とても変だと思ひに なりませんか?でも、今度はなるたけ続けようとハリキッテます。あのね…お願ひ、. 話方か私位のお友達探してくださいませ。私、姉妹がなくって淋しいんです。大き いお姉様はあってももう遠くへお嫁に打っちゃつたので…。(東京 梨の花)23. 私の名前と言うのは、ペンネームのことである。投稿欄でわざわざニックネ』ムのこと に言及していることから、当時ペンネームが少女たちにとって大事なものだったというこ とがわかる。個性を主張して、ロマンティックなペンネームを考えることは一つの楽しみ であるだけではなく、もうひとつの人格を持つことでもあった。そしてペンネ』ムは投稿 歴を隠す為でもあった。当時雑誌へ投稿することは、女学校では不良なことであったよう である。そのため、自分の名前を隠すペンネームは自己保護の手段でもあった。ペンネ』 ムならば、普段は言えないことや理解されないことも言える。またペンネームは、現実の 自分とは異なる「少女」という存在に付けられる名前でもある。花、草、夢など、少女ら しいものをペンネームにして、その名の通り清く、美しく自分を想像することが可能にな る。ペンネ」ムは投稿欄という少女の秘密の場所に入るための鍵の役割を果たしていた。 誰でもわかる少女らしいペンネームは少女であることの証である。. ②茎先生、人の心といふものは本当に信じられないものですのね。秋の感傷では なく、此の頃つくづくそう感じます。お友達と、ふとした事で、心にもないいさか ひをした時そんなことを思びます。拙い和歌あとがたうございました。これから一 生懸命にしようと思っています。(兵庫 ふうせん草)24. ③M先生お変わりございませんか?此の頃学校で毎日お友達と議論してますの。 さうすると終には何かがなんだか解らなくなっては本当に自分を信じることさへで きないような気がして参ります。こんなことでは駄目だと思びながらも懐疑的とで も言ふのでせうか人間が何所まで真実を言っているのかと思ふと悲しくなってしま ひます。かしこ。(埼玉 幽茎)25. ②と③では、同じように人間に対する不信、そして自分に対する失望感を訴えている。こ. のように現実の中では口に出しにくい事柄についてであっても、ペンネ』ムによる投稿な らば、やりやすいであろう。このような投稿欄によって、読者たちは他の少女たちが考え ていること、感じていることを共有し合い、悩んでいたのは自分だけではなかったことに 23実業之日本社 『少女の友』創刊100年記念号 P266. 24同上 P268. 25同上 P269。. 14.
(17) 気づく。同じ悩みを抱えて、同じことに関心を持つことは、少女たちによって最も重要な ことである。共感しあうことができれば、みんなが仲間となる。実際「友ちゃんクラブ」 を通して、手紙のやりとりをして、たまに会うことに、友達になった少女も少なくない26。. 手紙と言えば、当時の女学校では、手紙のやりとりは友達付き合いに重要な位置を占め ていた。遠方にいる友達だけにではなく、毎日会っている学校の友達にも手紙を書いてい た。同級生だけでなく上級生や下級生にも頻繁に手紙を書いていた。学校の友達への手紙 は、郵便物としてポストの中に入れるのではなく、靴箱に入れられたり、授業中に手渡さ れたりした。. ノートの切れ端などに書かれていた手紙は、放課後の打合せのためであったり、プライ ベートな心情を吐露するものであったりした。. 今日の放課後ちょっとお話できない?他の人一緒でないほうがいいんだけど。ノそ んなうまく消えられるかしら。でも消えるつてをかしいわ。(中略)きっとTさんに つかまえられてにげられないわ。お話してきたら教室が一番いいのだけどまさかね。 /どうもあんたは要領がわるいね。それにきちょうめんすぎるよ。音楽室なんかどう? 27. Kちゃん 今迄のいけなかった私をゆるしてくださいませ。私は今迄のことを総 て忘れたいと思びます。今夜からの私は変わりました。どうぞ過去の私を忘れてこ れからの私とお友達になってください。N子の心からのお願ひです。今日のことど う言っていいかわかりません。どうぞお許しくださいませ。28. その外にも、予定のお知らせや、約束をしたり、喧嘩後の仲直りを願うなど、その内容 は様々であったが、その手紙には必ずしも大事なことが書かれていたわけではない。. このような短いメモのほかに、本格的な手紙もある。それは放課後ゆっくり時間をかけ て書くものである。きれいな便箋や封筒を選んで、今日学校で起こったことや自分の気持 を伝えることになる29。. K桟お家に帰ってから一人ぽつちでヤケになんかなったら駄目よ。淋しがった 26三つの投稿欄いずれも。茎先生、M先生当てに話をしている。茎先生は当時『少女の友』の編集長であ る。『少女の友』はこのように歴代の編集長が、「友ちゃんクラブ」で主筆して、少女たちの投稿にコメン トしている。この三つの投稿から見れば、少女たちと茎先生の信頼的な関係が見られる。『少女の友』で自 分の悩みを打ち明けて、茎先生は解明してくれる。少女たちにとって、茎先生は自分たちのことを共感で き、理解してくれる人である。そしてここに載せている投稿は、一ただ一人の少女のことではなく、多くの 少女たちが考えていることである。茎先生のコメントは、当時の少女たちにとって人生の方向を示してく れる大切なものである。 27稲垣恭子 前掲書 P88. 28稲垣恭子 『女学校と女学生』 P89. 29同上 P92。. 15.
(18) りしないでね。お母様が心配なさるわ。人の云う事は気にしない方がいいわ。勝手 に云はしておけばいいぢやないの。もう少し心臓を強くしてね、私の様に、フフフ. Kちゃん お手紙ありがとう。ほんとうに嬉しかったわ。今まで心から打ちとけ て相談にのって下さつた人ってKちゃんだけよ。話もほんとうに者へてくれなかっ. たのですもの、とても喜んでるの。その点Kちゃんは幸福ね、OちゃんやTちゃん いやはるのですものね。いつでもうらやましかったのよ。でももうKちゃん分かつ て下さるのですもの、うれしいわ。下級生の人でもほんとうに心から仲よしの人っ ていないわね、なかなか。. 直接、言葉を交わすことができるにもかかわらず、あえてそうしないことによって、人 に見られたくないことと、何か秘密的なことをしているという感じがかき立てられ、女学 生たちの心を惹いたのである。手紙の中で、悩みや秘密を打ち明けて相談することは、感 情を共有しているという感覚が強められ、親密さ強調されることになる。手紙は内容を伝 達するものというよりは、二人の関係を証明するものとなっていく。そのため、手紙の中 では、必ず二人の関係の親密さが言及されることになる。. 第3項 「エス」関係 当時の女学生の手紙の中から、より一歩踏み込んだ友情に対する喜び、そして相手への 思いやりと熱い気持ちを見.ることができる。それがより強まっていくとき、rエス」と呼ば れる女学生同士の親密な関係が生まれることになる。「エス」とはSiSterの頭文字Sであり、. 姉妹関係を意味するが、そこには単なる友情をこえた、同性愛的なニュアンスがこめられ ていた。. お姉様!私のお姉様!?お許し下さい。. せめて心の中でのみこうお呼びしますことを。ほんとうにこの頃のあたしはどう したのでしょう。お室に居る時は尚更、学校に行って居る時だって、ただの一分間 もお姉様が忘れららないのです。(略). 突然で驚かれるかもわかりません。静枝姉様と呼ばして下さいませ。私は二年のP. 子といふものでございます。実は静枝姉様は入学した当時から好きであったのでご ざいます。お手紙差し上げるのが恥ずかしく今日やっと思ひきって出したのでござ います。屹度之を読まれて御姉様は御叱りになる事と御推察申し上げます。そんな ことを知りながらもこんな事を書く私の我儘を御許しくださいませ。. お姉様、どうか私の無上のお肺として私を御導き下さいませ。どうぞお願ひ申し 上げます。私の唯一つの愛するお姉様に. 妹のP子より 16.
(19) 予定を伝えるだけのメモとは違って、これらの手紙には相手に対する思慕がより強く表 現されている。このように手紙は、現実の世界をロマンティックなものに作り替える役割 をはたし、「エス」関係にとって不可欠な手段となった。. 1930年代、『少女の友』における少女ネットワークが全盛期を迎える。読者同士の間で、. 強い絆が形成されることもあった。ちょうどその時期、少女小説において少女同士の「友 情小説」が流行していた。前節に紹介した吉屋信子の『花物語』、『わすれなぐさ』、川端康. 成『乙女の港』、いずれも親密な友情関係を描いた小説である。雑誌の投稿欄や手紙を通し. て自分の気持ちを伝え共感を求める少女たちは、当時の小説の中に理想的な共感関係を読 み取り、それに憧れる。そして、今度は、小説を模倣しつつ、少女たちの間でrエス」と いう関係が形成されていく。そしてさらに、その関係はまた小説によって書かれることに なる。このような相互作用の中で、「エス」関係が形成されていったのである。. しかし、そのような行きすぎた関係は現実には認められないものであった。少女同士の 心中事件が発生し、「エス」関係を防ぐため、上級生と下級生が一緒に遊ぶことを禁止する 女学校もあった。しかし、そのことによってかえって、rエス」関係は小説の世界、文字の. 世界のものとして理想化されることになる。そして、それにともなって、このような関係 はより強いあこがれの対象となり、それを理解し、実行できる自分たちは特別な存在であ るという意識をかき立てることにもなった。. 「エス」関係は、雑誌の投稿欄と女学校同士の手紙と同じように、当時少女たちが社会 の中で置かれていた位置づけによって生みだされたものである。女子は、社会から男子と 同様な仕方では求められておらず、期待されてもいない。そのような中、少女たちは、未 来に対する迷いや、自分たちの存在価値に対して不安を感じることになる。このような感 覚は社会の中では共有されえないものであった。だからこそ、大切な仲間、少女同士がお 互いに共感し合うことは重要な意味をもっていた。その中から、お互い唯一の存在であり たいという願望が生まれてくる。この感情は友情を越えて、「エス」関係と呼ばれる擬似的. な恋愛関係にまで発展していったが、その背景にはこのような社会的文脈があったのであ る。. 社会に期待されている役割や人物像に逆らって、知識を身に付けた、高学歴の女学生は、 「少女」というカテゴリーが与えられた。現実世界の実用性と無関係の少女たちは、自分. の好み、感性を優先し、理想的な虚構の世界を形成させた。虚構の世界の中で、現実社会 に対する失望感や、未来に対する不安といった少女特有な感情をうたいあげ、共感できる 仲間を探し、共同体を作り上げた。現実社会の実用性と無関係な少女たちは、現実社会に 通用しない、雑誌の投稿欄、手紙、少女小説など、少女共同体だけのものを作り出した。「か. わいい」はこのような、少女が置かれた社会的位置によって生み出されたのであり、以下 においては、このような「かわいい」を必然性のある「かわいい」と表現することにする。 「かわいい」は現実社会と切り離れた少女世界の中から生み出した幻想であっり、その背 17.
(20) 後には日本の社会の近代化、女学校の設立、「少女」の誕生といった歴史的背景が含まれて いた。. 18.
(21) 第2章 「かわいい」の寛生 第1章においては、少女が置かれた社会的位置の変遷を分析したが、このような傾向は 戦後になっても続いていた。そのような背景があったからこそ、「少女趣味」は「かわいい」. として継承された。70年代になると、雑誌の投稿欄や、手紙以外に、新しい表現手段「少 女漫画」が出現する。この章においては、まず第一に、「少女漫画」の変遷の中から、「少 女」たちが社会に対する不満や、反抗を読み取り、「かわいい」が誕生するまでの経緯と社 会的背景を明らかにする(第一節)。そして第二に、ファッション領域で姿を現す「かわい い」を分析し、「かわいい」ファッションとして定着するそれぞれのファッションスタイル の意味を明らかにする(第二節)。. 第1節 戦後少女漫画の変遷 r少女趣味」は、戦前の雑誌の投稿欄、手紙、エス関係を経て、戦後になると、新しい 領域で、再登場する。それは「少女漫画」である。70年代に大流行した少女漫画から、当 時の少女たちの思想を読み取ることができる。「かわいい」の誕生を分析するには、「少女 漫画」は重要で、不可欠な要素である。. 第1項戦後少女漫画の類型 宮台真司は『サブカルチャー神話解体一少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケ 」ションの現在』で、70年代以後の少女漫画を、大衆小説的なもの(代理体験的漫画)、私 小説・中間小説的なもの(現実解釈的漫画)、西欧純文学的なもの(純文字的漫画)の三種 類に分けている。. ①代理体験的漫画 まず、70年代初期のr代理体験」を提供する少女漫画は、代理体験的漫画である。例え ば、里中満智子や、池田理代子などの漫画は波欄万丈な物語を描き出し、自分の境遇に満 足していない少女たちによって、「代理体験」として受容された。. その典型的な例を、1972年から1973年まで『週刊、マーガレット』に掲載された池田 理代子の『ベルサイユのばら』に求めることができる。『ベルサイユのばら』はフランス革 命を題材とする1コマンチィックな物語である。主人公は、フランス王国の武人貴族の家に. 生まれた女性だが、オスカル・フランソワという男性の名前を付けられ、後継者として厳 しく育てられた。アントワネットの恋人であったスウェーデンの貴族フェルセンに恋心を 持っていたが、叶わない恋であると知って身を引く。やがて幼馴染であるアンドレに心惹 かれていく。二人の愛はフランス革命と同時に進行して、革命の動乱の中、オスカルは一 人の人問として意志を持って、時代に関わっていく。もう一人の主人公は、オーストリア 女王の娘として生まれたマリー・アントワネットである。後にフランスの王妃になるが、. 異国の宮廷に馴染めない寂しさなどから、税金を浪費するようになる。そして、王太妃時 19.
(22) 代に知り合ったフェルセンとの間に愛が生まれるが、フランス革命が起こり、アントワネ ットは処刑されてしまう。. 『ベルサイユのばら』は恋愛ドラマであると同時に、歴史に翻弄される主人公を描く歴 史ドラマでもある。少女でありながら、軍人になり、フランス革命の中に闘うオスカルや、 オーストリアの皇族に生まれ、宮廷生活をし、王妃になるアントワネットといった存在は、. 現実的には実現できない夢の世界のものである。また、王国の貴族、お姫様、フランス革 命、波欄万丈な人生といったものは、読者にとっては非現実的なものであった。『ベルサイ ユのばら』はありそうもない経験を漫画を通して、少女たちに提供するものであった。. このように、代理体験的漫画は、夢の世界を描くものである。夢の世界は、少女たちの 心を惹き、漫画に描かれたような、夢の世界を夢想させた。当時の少女漫画は、こういっ た夢を見る少女たちを対象に、物語を描き、現実には体験できないことを漫画を通して体 験させた。このような「代理体験」漫画は、戦前の少女趣味を受け継ぐ物であり、幻想す る少女たちに共感を呼び、大衆的人気を博した。 夢を描く代理体験的少女漫画について、米沢嘉博は以下のようにまとめている30。. 物語やドラマの中の少女たちを通して、読者たる少女は夢の冒険に、1コマンの美. しさに、悲しみに、一喜一憂する。少女漫画の少女とは、読者をドラマ、物語へ誘 うものであり、少女の代わりに冒険ロマン、悲劇を味わってくれる存在だったので ある。. 代理体験的漫画は、非現実的なものであったが、それだけではない。非現実的な描写の 中に、現実問題や、社会状況を反映する事柄を含んでいた。例えば、『ベルサイユのばら』. の、ヒロイン的な存在であるオスカルは、女性であるが、男装することで社会参加を果た す。家族に押しつけられた男という性によって、恋愛に失敗するが、やがて本当の愛に気 づき、アンドレと結ばれる。女でありながら、社会に参加し、フランス革命の中、自分の 意志を持ち闘っていく。このように考えるならば、オスカルは男性中心の社会に抵抗する 存在であり、少女たちによる受容は社会に対する反抗の現れとして解釈することができる。. また、オスカルの主体的に運命に立ち向かう姿と対照的に、アントワネットは、運命に振 り回された女性である。皇族に生まれながらも政略結婚をさせられ、異国に行かされる。. 王妃になるが、本当に愛している人との関係は世間に許されない。処刑に終わる彼女の人 生は悲劇である。アントワネットという人物は、社会に抑圧される少女の姿を強調したも のとして読み解くことが出来る。. 代理体験的漫画は、少女たちの夢を描き、漫画の主人公は、少女たちの代わりにいろい ろな経験をする。一見現実逃避に見えるが、社会に対する消極的な反抗として読み取るこ ともできる。その背景には、少女と社会との関係性がある。自分が現実に置かれている位 30米沢嘉博. 『戦後少女マンガ史』 P326。. 20.
(23) 置や、状況に対して、少女たちは違和感と不満を抱えている。漫画には、反社会的な人物 が登場し、現実に許されないことが起こる。これらの描写は、少女たちの現実に対する失 望感を受け止める役割を果たしている。. ② 現実解釈的漫画 次に、代理体験的漫画が定型化され、流行している中、73年頃から「乙女チック」漫画 が登場する。代表的な漫画作家は、陸奥A子や、当時『りぼん』に登場した新しい漫画家 たちが挙げられる。「乙女チック」漫画は、「代理体験」と異なり、「私」のおかれた状況を. 解釈する際にモデルとして機能するような漫画である。宮台真司は「乙女チック」漫画の 中にも、二つの流れがあると分析し、一っ目をハイパーポジティブもの、もうひとつをコ ンプレックスものと呼んでいる。ハイパーポジティブものとは、現実的に存在している物 事をポジティブに受け入れる様式のことである。例えば、宮台真司は「ポストが赤いのも、. 電信柱が高いのも、この世界の優しさだよ」というふうにまとめている。現実に隠されて いる意味を見づけようというメッセージを少女たちに送っている。ポジティブに現実と関 わっていけば、無意味に見えることも、現実の優しさとして解釈出来る。これに対して、 コンプレックスものとは、現実に生きる私は不細工でドジであるが、「そのままの君が好き だ」という男性に出会うことで、それが逆転される可能性があることを示す物語である。 宮台真司は以下のように分析している81。. 双方とも、ありそうもない経験一の代理体験ではなく、現実の<私>やその周りの <世界>を、どう解釈するかが問題になっています。. 例えば、陸奥A子の作品『たそがれ時に見つけたもの』では、主人公の少女松実はおば ちゃんを救った亀淵に一目惚れした。ところが、亀淵の友人本田に告白される。松実は本 日ヨに気がないと伝える内に、友人サイコは本田に恋を持っていることに気付いたが、結局 二組ともハッピーエンドに終わるという話である。. 当時の「乙女チック」漫画に登場する人物は、お姫様でもなく、王国の貴族でもない。. いわゆる普通の<私>である。その<私>に学校生活や、家庭で何が起こるか、それに対 してどういった行動をとるかが漫画の主題である。現実世界には夢のような奇は起こらな いけれども、その中から素敵なものを見つけられるというメッセージを少女たちに送って いる。さらに「乙女チック」漫画においては、主人公の気持ちをモノローグによって描写 することが非常に多い。モノローグによって、少女の「内面的」想いを表現し、今まで封 印された「内的少女」を外に対して開き着地させている。幻想をただ思うだけではなく、. それを表現して実現させる。少女漫画の波欄万丈なものから、日常の物語への変容は、少 女の幻想を現実に近づけたことを表している。日常を変えて、自分たちの夢を実現しよう としている。「乙女チック」漫画は、少女たちに理想と異なる現実社会で、どう生きれぱい 31官舎真司 石原英樹 大塚明子 『サブカルチャー神話解体』 P15。. 21.
(24) いか、夢をどうやって実現出来るかという現実社会の解釈方法を教えるものであった。. これまで、代理体験的漫画と「乙女チック」漫画を分析してきた。ここでは、両者の違 いと類似点を明らかにする。代理体験的な漫画は、夢のような物語ばかりを描いていた。 その背景には、戦前からの少女趣味の流れがあった。「非少年」の女の子たちは近代の工業 社会にとって、不要不急の存在である。実用性と無縁の彼女たちは、「少女」という名を付. けられ、成人社会の中に組み込まれるまで漂う存在であった。社会に馴染めないまま生き ていかざるをえない少女は、夢を見て、その現実と折り合いをつけるしかなかった。代理 体験的漫画は、そのような少女たちに夢を語る場を与えるものであった。. しかし、漫画の中に描かれた事は、あくまでも物語であった。少女たちは大きくなるに つれ、現実社会に直面せざるを得ない日を迎える事になる。少女趣味はその目までの物で あったとすると、代理体験的漫画のように、夢を語るだけではいられなくなる。そこで「乙 女チック」漫画が登場する。「乙女チック」漫画は、日常的なことを物語にする。日常の描. 写によって、複雑の社会や、人間関係に対して、どう対応するのかのモデルを提供し、夢 や理想を現実の中でどのように実現するのかを提案している。. 代理体験的漫画に表現されている現実に対する不満と現実解釈的漫画の現実対応は、両 者とも現実への否定と批判を表現しており、少女たちの社会に対する反抗と解釈すること ができる。代理体験的漫画は、波欄万丈な非現実を描いている。. このように、少女漫画は、画家たちによる、社会に対する違和感や、批判を表現するも のであった。それは世の中の少女たちの共感を呼び、新しい表現様式として定着していっ た。しかし、それは、少女漫画が商品化され、パターン化されるということでもあった。 このことについて飯沢耕太郎は『戦後民主主義と少女漫画』中で以下のように述べている32。. 内発的な動機で出来上がってきたそれまでにはない純粋少女漫画と、それを商品 化しようという出版社の思惑とが、消費社会の急激な進展を背景にあの頃に見事に 合体したというわけでしょう。(中略)版元の消費社会の論理と、少女たちの表現意 欲が幸福な形で結びついた時代が、70年代だと思います。. ちょうどその時期、消費社会が形成され始め、少女漫画、あるいは少女たちの社会に対 する批判もまた商品として提供され、消費化されていく。このように、少女たちの批判と、. 発展していく消費社会とのせめぎ合いの中での相互作用によって、少女漫画は流行し、や がて現実社会の中に取り込まれていく。70年代半ばの「乙女チック」漫画の中に含まれて いた社会に対する違和感や批判さえ、商品化され消費されてしまう。女の子は、夢を見る 者であり、社会に不満を抱えつつも夢を見る存在だと片づけられてしまう。漫画を読む少 女たちも、漫画を社会に対する違和感を表現したものとはとらえなくなる。少女漫画がも ともと表現しようとしたものは、「乙女チック」という記号の中に押し込められ、社会的な 32飯沢耕太郎 『戦後民主主義と少女漫画』 P50,51。. 22.
(25) 意味を奪われていくことになる。. 「乙女チック」漫画が商品として流通していく中で、「かわいい」文化が広まっていくこ とになる。それを先取りしたのは、当時の少女漫画誌『りぼん』である。『りぼん』は14,. 15歳あたりの少女をタ」ケットする、ふろくのついた雑誌であった。『りぼん』のふろくは. 紙袋や、ノート、ポスターなど、実用性が低いものだった。しかし、そのふろくが、中学 校や高校の女子学生の間に人気を博した。そして、『りぽん』とほぼ同じ時期に「サンリオ 奇跡」33が起り、日本はrファンシーグッズ」時代へ突入する。. 消費社会とは、物がその使用価値ではなく、記号として消費されていく社会のことであ る。『りぼん』のふろくとサンリオのファンシーグッズは、商品の使用価値より、「かわい. さ」を重視した。こうやって、少女漫画の中の物語に出てくる幻想や、夢、憧れは、現実 の商品として提供され、消費されていく。当時の「乙女チック」漫画と同様に、少女たち の存在や抵抗は社会に受け止められるように見える一方、少女文化はどんどん消費社会に 組み込まれていて、少女たちの「かわいい」も、ひとつのアイテムとして消費されていく。. ③ 純文字的漫画 少女漫画の表現力が弱くなる一方で社会に対するより高次な批判を現す漫画が登場する。 それが純文字的漫画である。純文字的漫画家は、rかわいい」の世界だけでは、満足できな. い人たちとも言えよう。消費社会は少女たちに夢を実現する場所を提供したが、それでも やはり少女と社会との間の葛藤は消えない。乗り越えない違和感を表現しようとする人た ちは、純文字的漫画を作り出した。代表的な画家としては大島弓子や荻尾望都などが挙げ られる。. 例えば、大島弓子の『バナナブレッドのプディング』の主人公三浦衣食は、転校生であ る。彼女は「今日はあしたの前日だから、だからこわくてしかたないんですわ」と考えて おり、転校先の学校で「わたしは三浦衣食 イライラの衣食と申せましょう」と自己紹介 している。さらに趣味とか今一等ひかれているものとかを聞かれると、彼女は「バナナブ レッドのプディングを食べたいと思っています」と言って、クラスのみんなに笑われる。. 周囲に違和感を感じている少女である。衣食は薔薇の声をずっと聞いていたり、1O時過ぎ まで起きていると男か女かわからないお面をかむった人に食べられてしまうと信じている。. 両親もこれらの異質な行動を理解できず、ひそかに精神鑑定をしようと言っている。唯一 の味方の姉は、もうすぐ結婚してしまう。こんなピンチに陥っている衣食は、転校先で、. 幼い時友達だった御茶屋さえ子と出会う。衣食は男色家が好きと聞いたさえ子は、自分の 兄峠を衣食に紹介する。その後衣食は峠と偽装結婚をするが、男色家のふりをした峠の実 態を知って、ショックを受け、その後本物の男色家の新潟教授と暮らすことになる。でも、. すでに峠に惹かれていた衣食はいろいろなパニックを起こす。最後に疲れて眠っている衣 33サンリオは、1960年山梨に設立した会社。62年にキャラクターのイラストを起用してファンシービジ ネスを始めた。物に付加価値として「かわいさ」を加え、「記号」を商品にする最初の企業である。物を記 号化という消費社会の波に乗って、様々な商品、キャラクターを開発し、急成長した。このことをサンリ オ奇跡と呼ばれている。. 23.
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