前章において、「かわいい」が多様化していく中で、「かわいい」の具体的内容が失われ ていくということを指摘した。しかし、「かわいい」は完全に消費化されてしまったわけで はない。この章では、多様化された「かわいい」の中から、本来の少女趣味のあり方を取 り戻そうとする動きについて分析していくことにする(第一節)。そしてこれまで見てきた
「かわいい」の変遷を概略的に述べ、現在の「かわいい」はどのような状況にあるのかを 明らかにする(第二節)。
第1節 今なお残る「かわいい」
第1項大人「かわいい」
2006年『an・an』の「かわいいの新定義」の特集は、「大人がわいい」という言葉を取 り上げている。いつくかの有名人を取材し、「かわいい」について語らせている。例えば、
女優大竹しのぶは「いろんなことに興味を持ちたい、鈍感になりたくない」とし、「ニュー スを見て真剣に考えたり、ささいなことに感動したり。(中略)真筆に生きる姿勢。それが あるから、ただ甘ったるいだけではない、大人の女の、深みのあるかわいさが身について くるのだ」と述べている78。年を取って、成熟して大人になっていく。しかし、少女の繊細 さを失わないでいることが大人がわいいであると主張している。真筆に生きるということ は、周りに流れされず、自分の意識をもって、物事を考えることである。鈍感になりたく ないというのは、小さな事にも何かを感じ、どこかに少女心のような未成熟な部分を保持 しているということである。大人になりすぎで、冷静で、当たり前のように毎日を過ごす ことは鈍感ということであろう。大竹しのぶが言った大人がわいは世間が言った大人に少 女的な感触を入れることである。
また林家正蔵は、「女性もね、キレイでみんなにちやほやされている人は、かわいいと思 いません。それよりふとした瞬間に脇かったり健気さが見えたり、正直に生きている人に かわいさを感じます。(中略)強さの中にあるほのかな弱さというか…。後ろからぎゅっと 抱きしめたくなります74。」完壁な女性よりも、どこかズレ感を感じ、欠落している女の子 のほうが「かわいい」というのである。隙がある女、でも一生懸命頑張っている姿がかわ いく見える。大人に成長したけど、まだ成熟していない部分を持つ人こそかわいいという
ことになる。
大竹しのぶと林家正蔵が言った「大人がわいい」はいずれも未成熟を強調するものであ る。大人になっても、少女らしさを追求すること、女の子はそのまま大人になって、キュ ートなセンスを忘れないことである。親しさや、可憐さなどを感じられる女性は「大人か
73『an・an』 2006年4月号」P29.
74前掲書P38。
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わいい」である。年齢に関係なく、自分と向き合って、少女であったこと、女であること を楽しんで生きる姿勢は「大人がわいい」であるとされる。
「かわいい」はもともと未成熟な少女や子どもに使う言葉であり、本来は「大人」と対 立する概念である。しかし、この異なる二つの言葉がくっっき、「大人がわいい」という概 念が誕生した。「大人がわいい」は、「かわいい」の拡散化により、大人社会にまで浸透し た。少女にしか認められなかった物、未成熟な部分を大人たちが追求するようになってい る。今まで少女にしか現れない「かわいい」は、今や大人の女性が追求する価値観となっ ているのである。
大人1.こなることではなく、自分自身に残っている純粋と未成熟、素のままの自分をポジ ティブに受け入れることを価値と見なし、それを「かわいい」と呼ぶようになっている。
ここでは未完成の状態は否定されるのではなく、肯定的に評価されている。成熟した大人 になって、社会の中で何かをやりたいという願望がもちろん存在する。しかし同時に、成 熟を先送りし、永遠に若いままであろうとするモラトリアム的な傾向も一般化しており、
それがr大人がわいい一と表現されるようになっている。
以上において見てきたように「大人がわいい」は「大人」という価値観と「かわいい」
という価値観という本来なら相対立する価値観を結びつけたものであり、その意味ではも ともとの「かわいい」とは異なるものである。しかし、成熟すべき「大人」が未成熟であ る「かわいい」という価値観を求めることになっている事情を考慮に入れるとき、「大人が わいい」が生み出された状況の中に、本来の「かわいい」を生み出した状況と同様な一事情 を読み取ることができる。
ここでは、成熟すべきr大人」が未成熟であるrかわいい」という価値観を求めること になっている事情を『STORY』から分析することにする。『story』は2002年11月に光文 社によって創刊された。『JJ』より年齢層の高い、40歳前後の主婦たちをターゲットにした 雑誌である。創刊号には、雑誌のコンセプトについて以下のように述べている75。
StOry世代ってなに?(中略)結婚、出産、子育て、(ときには離婚も)と突っ走 ってきた30代を経て、これからが本当にやりたいことに挑戦できる年。協調性ばか
りじゃなくて主体性を持って毎日を過ごしたい!と思っているあなたがStory世代
です。
20代に『JJ』を読んでいた人たちが、今のstory世代である。赤文字系と言われる雑誌
『JJ』はよい配偶者をみづけることで、自らの人生を成立させることをコンセプトとして いた。『JJ』の読者にとって「幸せ」とは、自分磨きをし、よい男性に巡り合って、結婚す ることを意味した。やがて、彼女たちは、結婚し、自分の目標を達成することになる。た だし、結婚という目標を達成し、人生の頂点に立つとき、彼女たちは妻としての責任を果 75『STORY』2002年11月号。
たさなけれぱならなくなる。つまり、夫を支え、子育てをしなくてはならなくなる。しか しながら、それは周りの人と変わらない主婦になってしまうということを意味する。ここ において、これは自分たらが描いていた人生なのかという間いが生まれることになる。も
う少女には戻れないが、このまま平凡な生活を送って、老けていくのも嫌である。このよ うな悩みを抱えている女性たちに方向性を提示しようとしたのが、『StOry』であった。
2010年5月、『story』の特集r本物の大人カワイイを魅せてやれ」は、r大人がわいい」
を具体的に分析している。「大人がわいい」の具体的な内容は「ちょこかわいい」と「隠れ かわいい」に現れている。「ちょこかわいい」は、大人の女性に似合う黒いアイテムに部分 的にレースやシフォン、デコラ袖などといったちょっとした工夫を加えることで、大人女 性から大人がわいい女性に変身できるアイテムを紹介している。「隠れかわいい」は、大人 の服の中に、さりげなく、カワイイ要素を取り込むことを主張している。具体的には、「後 ろカワイイ」rキャラTカワイイ」rポイントカワイイ」rちょこキラカワイイ」rフロント カワイイ」「裏地カワイイ」などである。
萬田久子によれば「女はいくつになっても 少女 が心の中に潜んでいる」76。フリル、
レース、キャラクター、アクセサリー、花柄といったrかわいい」アイテムは、30代、40 代になっても好き。『StOry』はこのような少女時代に身に付けていたもの、かわいいの先祖 であるものを大人らしくアレンジし、40代の女性たちの前に持ち出した。
専属モデル富岡佳子による記事r40代になって素直に カワイイ を着られるようにな りました」は「大人がわいい」の思想を述べている77。
30代はカワイイスタイルをあまり積極的に楽しんでいませんでした。子供が小さ かったから、靴はローヒールが必須だったし、動きやすさや母親らしさを優先して、
スポ」ティやコンサバ系が多かった。そして 子育てファッション締り から解放 され、自分の好きなスタイルが楽しめるようになった今、ようやくカワイイを謳歌 しているんです。
20代から好きだったカワイイが、子育てに縛られなかなかできなくなった。女性として の自分よりも、母親である自分を優先して、カワイイを手放した。30代に子育てが落ち着 き、再びカワイイ服に手を伸ばすことができるようになった。40代になって、自分を取り 戻すかのように、本当に自分が欲しいもの、チャンレジしてみたいものを見つける。それ が40代の「大人がわいい」である。
『JJ』の読者であるとすれば、20代のときに求めたカワイイは、この論文で考察してき たカワイイとは内容的には異なる要素も含まれている。だが、ここでは、自分の感性が求 めるものがカワイイとして表現されているのだと理解することができる。このように考え
76『story』 2010年5月号。
77同上。
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