「写仏」における制作とその可能性 : 仏教図像を描くことについて
145
0
0
全文
(2) 仏」という言葉の提唱者でもある難波は、「一. 節で、アンケート調査によって、一般の人々が. 般写仏」の「お手本」を大衆向けに作ったもの. 「写仏」を体験することで精神の高揚や精神的. で、図像には細部描写も多く、また「懸仏」の. 集中の効果が得られたことがわかった。. 実践において、筆の勢いがあっても構わないと. 第3節では、第1章、第2章を取りまとめて、. いう見解を示した。. 「写仏」の意義を再考察した。これら全ての「写. 次に、②松尾の「観想写仏」の「お手本」は、. 仏」は、仏を描くことがひとつの喜びで、「写. 仏教儀軌に基づいて、仏の姿全体を包む正円、. 仏」を行う人々に与えることを共通の意義とし. 月輪を伴う。また、筆使いについては出来る限. ている。「一般写仏」と「観想写影」ともに仏. り同じ太さの線描で描くことを求める。③西村. 画図像への関心を求めている。特に、「観想写. の「真の写仏」は先行の仏画像を凝視すること. 仏」は、仏画図像を「写仏」することが布教活. によって脳裏に描かれた仏を描くという高度な. 動のひとつであるという意味合いを含んでいる。. 「写仏」を提唱するものである。筆者が探求す. とりわけ「一般写仏」や「観想写仏」から派生. る④「可能性の画面」は、「観想写仏」の下絵. した填の写仏」は自己の御仏を描くという深. 図像を「お手本」としつつ、線の太さにはこだ. い部分の「心仏」を求めている。そこに筆者は、. わらず、また画材を紙と墨以外の世界に求めて、. 「可能性の肉感」を見出し、さらに、新しい支. 独自の境地に入り込むような新しい造形性を求 めるものとして位置づけられる。. 持材に仏画図像を表現することを試みた。. 第3章では、試作(予備実験)を行った。第. 第2節では、「写経」と「立仏」の共通点と. 1節では、支持材と描画材の関係について、予. 相違点を考察する。いずれも、一般の人々に仏. 備実験(1)では単純な描画を40通り試作し. 教知識を理解させるために普及した側面があり、. た。その結果からより優れた描画材を選出し、. 「写す」という行為の中に、ひとつの仏教的な. 予備実験(2)で細密な描画を20通り試作し. 「行」の世界がうかがえる。次に両者の相違点. た。その結果、各支持材と各描画材の効果や特. は、「写経」は文宇、そして「写仏」は図像を. 徴を生かして新たな「写仏」の可能性の描画制. 写すことである。文字と図像の相違を巡る深い. 作した。. 考察は控えたが、図像のほうがより新しくわか. 仏画図像を描く支持材としては、自然を喚起. りやすいものであり、それ故に近年「写仏」が. する自然素材の支持材に仏画図像を描画する方. 普及していると説明する。. が大衆に受け入れられやすい。その理由として、. 第3節では、「写仏」で用いられた「お手本」. 大衆が仏画図像に求めるもののひとつに「やす. の特性を述べた。「一般写仏」の場合、下絵図. らぎ」があると考えられる。また大衆は自然界. 像「お手本」は仏画美術作品を引用した簡便な. にも「やすらぎ」を求めることがある。仏画図. 制作が可能だ。だが、観想写仏では仏教儀軌に. 像と自然界に共通しているこの「やすらぎ」が. 関する専門的知識が多分に要求されるため、一. 相乗効果をもたらし、仏画図像を描画する際に. 般の人々が下絵図像を制作することは難しい。. 自然素材に近い支持材がふさわしいとされるも. 第4節では、臨本と揚本の2種類に大別され. のである。. る模写の分類に基づき、「必定」を考察した。. この「やすらぎ」を踏まえ、今後、新たな「虚. 臨本とは原作を傍らに臨みながら行う模写、揚. 位」の可能性を追求していくことが必要である. 本とは原作を紙や絹の下に敷き、写す行為の模. と考えた。. 写である。「一般写仏」と「観想写仏」は揚本. (敬称略). の一種でもある。. 第2章では、第1節に「写仏」の実践例とし て「挿毛写仏の会」での体験を記述した。第2. 主任指導教官 森岡茂勝 指導教官 喜多村輪軸.
(3) 平成12年度 学位論文. 「写仏」における制作とその可能性 一仏教図像を描くことについて一. 兵庫教育大学大学院修士課程学校教育研究科 教科・領域教育専攻 芸術系(美術)コース. M997041 大仁一男.
(4) 目. 次. 序_.__・.__..._._____._____.._._____.._._.1. 第1章 第1節 第2節 第3節 第4:節. 「写仏」について 「写仏」とは何か._____._.__.____.。._.3. 「写経」と「野仏」.______.______..12 「写仏」の下絵図像_____.._.______.15 模;写と「写仏」_____._..___._.__。_.22. 第2章 「写仏」の実践例について :第1節 実体験(田島写仏の会) ______...____28. 第2節 調査による分析と考察______.______31 第3節. 「写仏」の意義.______..___.___.._.41. 第3章 「写仏」の可能性 第1節 試作(予備実験)______.___.__._._44. 1予備実験(1)___.__.______..___._52 2予備実験(2)______,..______.._.__61 第2節 制作__..____.__..____.._____._91 1制作手順__.___.___._.__...______...g2. 2結果及び考察____.__..__.____..__.__g5. 結び.______..___.__._.______∴.._.__.109 図版リスト____.__..___..___.____._._....111. 主な参考文献・引用文献____.__..___._.__._.115. 資料編 予備実験(1).
(5) 序. 「写仏」とは文字通り仏を写すことである。. 僧侶あるいは仏に深く興味を抱いた人が、仏の白描画など仏 画図像を参考にして、下絵図像「お手本」を制作、一般の人々. が、その上に和紙を重ねて、墨を用いて筆でゆっくり丁寧に写 し取っていく。これが「写仏」の基本的なやり方である。. 一方「写経」の歴史は古く、その文献記録では6世紀にさか のぼり、現在でも各地の寺院で「般若心経」の経典を文字に写 すことが、一般の仏教信徒を対象に広く行われている。. だが「二仏」という言葉は広辞苑第5版(1998年)にも 記載されていない。. 「写仏」が一般仏教信徒にも知れ渡るようになったのはせい. ぜいここ20年ほどのことと思われる。 なぜ、筆者が「写仏」に興味・関心を抱くようになったか? 私的ではあるが、筆者が仏画を鑑賞する中で、仏画の図像を 借りて一般の人々に何かを伝えられるような制作活動が出来な いか?そんな興味・関心を抱くようになったきっかけは、大学. 4年(1977)の時に生死をさまよう大きな交通事故に遭遇 し、当時は卒業制作が遅々として進まず樋愛とした日々を送 っていた。. 当時、仏画図像を鑑賞する中で筆者は、『原色日本の美術 第. 7巻 仏画』(参考文献一覧参照)の中で、10世紀前半に描 かれた蕪平門うカき眺}響薩(五大王菩薩のひとつ)の顔をモデルに. して、蕪婁午うカき硫讐薩の表情が少しづっ変化していく過程を表. 現した。この少しつつ変化していく過程は、蕪翼午うカき眺讐薩の. 表情を借りて、この地球が人々によって、少しつつ自然破壊が 繰り返されることに対する「警告」と題した作品を制作した。 1.
(6) この作品が仏画図像との最初の出会いであった。. 仏画図像を描くことで、生きている命・生かされている命・. 滅び行く命・滅んだ命の尊さを知る興味・関心を抱くきっかけ になった。. それから12年後(1993)に、『あなただけの般若心経』 一写経・写仏のお手本つき一(参考文献一覧参照)という本に 出会った時。その著書に載っている複製画の図像「般若菩薩像」. を描くのに、支持材を畳表に求め、「般若菩薩像」の図像を複 写して制作して以来、仏画図像を描くことに深く興味・関心を 抱くようになった。. 仏画図像をもっと身近なものに感じるために、独自の制作の 可能性を発掘したいがために、紙でなく使い古した畳表を支持 材として、その上に「般若菩薩像」を描くという点で、筆者が 制作する仏画図像は、人々に趣の違った仏画図像に写る可能性 を秘めているのではないだろうか。. 仏画図像の「お手本」を和紙に写し取る「写仏」をするのみ ではなく、また、仏画図像に宗教的な意味合いを求めるのみで もない。「四仏」の基本的知識や技術をふまえた上で、あくま でも、仏画図像の持つ絵画性の可能性を、ひとつのモチーフと して捉え「命」一生きている命・生かされている命・滅び行く. 命・滅んだ命一の尊さに気づくための新たな野仏表現の可能性 を探っていきたい。. 今回の研究のテーマは、「写仏」の経緯をほり探り、「写仏」. の基本的な知識を研究することを第一の目的とする。そして第 二の目的として、筆者が独自に表現したいと考えた支持材と描 画材の関係において実験的な試作を行い、仏画図像に基づく独 自の新たな「二仏」表現の可能性を発掘したいと考える。. 2.
(7) 第1章 「四仏」について. 第1節 「骨仏」とは何か 「弓弩」は文字通り仏を写すことである。. ただし「丁丁」という言葉は、広辞苑第5版(1998年 1.月11日第5二丁1刷発行)にも載っていない。「写仏」に ついてはまだそれほど広く世間に知られていないようである。 一般の人々が「お手本」に和紙を重ね置き、透き写し取る「写. 仏」の経緯は浅くせいぜいここ20年ほどのことなのだ。 では、広辞苑にも記載されていない「写仏」の文字は、どの ようにして、この世にして出現したのだろうか?. 筆者が調べた限りでは、「写仏」に関して以下4通りの種別 があるように思われる。 (1) 「一般写仏」提唱者 難波淳郎氏 (2) 「観想写仏」提唱者 松尾光明. 氏. (3) 「真の写仏」提唱者 西村公朝. 氏. (4) 「可能性の二仏」提唱者 筆者. 筆者が調べたところによると、「写仏」という言葉を最初に 用いたのは、難波淳郎氏(なんぱあっろう)という人物である。. 彼は、大正15年(1926)東京八王子市に生まれ、太平洋 戦争終結後、明治大学文学部専門部(夜間部)に学びながら小 学校の代用教員を務めていたが、昭和26年肺結核を患い退職。 長期にわたる病気療養生活の間に油絵を制作し、国画会展・二 科会展に応募出品してともに入選していた。退院後は、画家と して油絵や水墨画の個展を毎年のように開くほか、単行本や雑 誌の表紙デザイン・挿し絵・イラスト・レタリング等も手がけ た。その間、自律神経失調症等による闘病生活の中で、仏縁を 得て、不動明王を繰り返し透き写す「写仏」の行為を重ねてい 3.
(8) つた。. 自身の体験から、難波氏は、「写仏」は誰にでもできる一つ. の「行」であると確信し、月刊『大法輪』(昭和54年(19 79)8月号)で初めて「写仏」の普及を提唱したのである。. そして、2年後に『写仏のすすめ』(昭和56年(1981) 10月1日大法輪閣出版)を刊行した。 以降、「写仏の会」や「写仏」の通信講座の講師として多忙 を極め、充実した日々を送った。. 平成4年(1992)4月10目、肝臓ガンのため逝去。享 年66才であった。. 仏画図像を透き写す「四仏」という言葉はまさに昭和54年 頃から普及し始めたと考えられる。. 先に、「写仏」を大分して4通りの種別を挙げた。 では、これらについて順に簡単に述べておこう。 (1)「一般写仏」. 難波氏が提唱した「写仏」とは、「絵心のあるなしに関わら ず、ただ仏画図像を描きたい気持ちから描くもの」である。. 「お手本」の上に和紙の一種である薄美濃紙を重ねて時間を かけてゆっくり透き写す行為である。. 難波氏によれば、透き写す順序は、比較的気軽に写せそうな 部分から始めてよく、慣れるにしたがって細かい部分に進んで いく、という具合で、極めて気軽な手順をとる。. また、「写仏」するとき筆の勢いの強弱は問われない。丹念 に写すことが大切であり、筆の勢いは自然についてくるもので ある、と難波氏は説いた。. 難波氏の線の解釈によれば、一見たどたどしく見える線も、 4.
(9) 丹念に描いた線は速く描いた線よりも秘めた力を感じさせる。. 一番難しい顔は、心を鎮め、念じながら写すことが大切であっ て、何よりも大事なのは、途中で線が乱れても最後まで完成さ せること、完成させると細かい部分の失敗は殆ど気にならない ものである、と難波氏は言っている。. 難波氏の「二仏」とは、絵を描くことでもなく、単に正確に 下絵図像「お手本」をトレースすることでもない。仏を写し、 仏に接近することであるから、絵としての巧拙は問題ではない。. 「二仏」を続けていくと技術的な事柄は勿論、精神面でも新た な発見や様々な体験がある、と彼は考える。. ただし、基本的にここにおける「写仏」の一般の実践者は、 与えられた下絵図像「お手本」を写すだけであって、多くの人々 は下絵図像「お手本」を制作することはない。無論、難波氏は、. 「写仏」の経験を重ねて自分自身でも下絵図像「お手本」を制. 作してみることをも勧めていたのであるが、それを以下に述べ る「観想写仏」と比べるならば、仏教儀軌に基づいた正当な図 像から離れていく可能性もあろう。そういう意味で、一般信徒 向きであることは明白だ。難波氏自身は、「一般二仏」という 名称は用いないで、ごくおおまかに「二仏」ということばをも たらしたにすぎないが、それは一般市民・信徒による「写仏」 という意味で、「一般写仏」と呼びうるものだろう。 (2)「観想雪仏」. 「観想写仏」とは、大阪府池田市常福寺の住職松尾光明氏(昭. 和30年(1955年)大阪府池田市生まれ、高野山大学密教 学科卒業「観智写仏の会」主宰)が、難波氏の「一般丁丁」の 取り組みに興味を抱き、僧職にある自分ならば仏の教えについ て少しは学んでいるので、仏の教えをもっと世間一般の人々に 5.
(10) より分かりやすく、より見やすい仏画図像を通じて、説くこと ができるのではないか、と考えて提唱し始めたものが「観想二. 仏」である。松尾氏は、昭和57年(1982)に大阪市北区 太融寺において、「三智写仏の会」を設立する。同会は、現在 もなお活動を続けており、その会場も、池田市の常福寺、宝塚 市の中山寺と広がっている。. 松尾氏によれば、「観智」とは、智恵を観じることで、仏の 教えを実践する総ての総称であり、「観想」は、その中の瞑想・. 心の鎮めを通して自身の内を見つめることだという。. 言い換えれば、仏の教えを習得して実践する態度・行動の総 てを「即智」と言う。仏の教えは自身の心を清らかにして仏と の対話の精神を想う心の在り方だと考える「観想」がある。. 「下智二仏の会」で用いられる下絵図像「お手本」は、松尾 氏自身が制作したものである。この下絵図像「お手本」を会員 が受け取って透き写しをする。つまり、一般の人々が下絵図像 「お手本」を制作することはないし、そのような勧めも同会で. は行われない。この点では、難波氏の「一般写仏」とやや異な っているが、しかしながら注意すべき点は、松尾氏自身が自ら 制作した下絵図像「お手本」について、その仏画図像の姿が、. 儀軌(仏教儀礼、仏具に関する規定で仏教画像に関する約束事 を含む)に忠実に従っていることを強調している点である。つ まり、松尾氏のことばによれば、その下絵図像においては、真 理を表現するための工夫が細部にあって、いかに小さな部分で も無意味なものはない。どの線一本とってみても、全てが仏の 教えに結びつくものだと松尾氏は、説くのである。. 「観想写仏」は、その仏の教えを導く重要な線を丹念に透き 写しながら、そこに込められた教えを通じて自らの心の中に、 6.
(11) 仏の教えを写し取っていく行為を密教的な「浄行」の世界であ ると、説明している。つまり、できあがった「観想写仏」の仏 画図像は、美術的評価を受けるものではなく、信仰の対象とし て自分がどれだけ集中して「写仏」することができたかが問わ れるものである。. また、「下智四仏の会」で配られる松尾氏の下絵図像「お手 がちりん. 本」には、月輪と呼ばれる線描の正円が伴う。第1章第3節 に後述するが、この正円は、仏画図像に描かれている光背など とは、違った要素を持っている。. この月輪のついた「お手本」は、「観想四仏」をする前後に 観想を行って、仏画図像の認識を深め、仏をよりいっそう強く 自身の心に浮かび上がらせようという目的があるのだ。また、. 制作の手順及び技法については、月輪から描き始め、しかも出 来るだけ同じ太さの線で描くことが要求される。 なお、「観想写仏」の画材は、「一般写仏」と同様に下絵図像 「お手本」、墨、筆、和紙(薄口楮紙)、試し書き用紙、それと. 皿である。月輪から書き始めると定められている以外はどこか ら描いてもよい。下絵図像「お手本」以外はごく身近にあるも のばかりである。誰でも簡単に透き写しの「写仏」できる。そ れが「観想写仏」の主眼なのである。. また、松尾氏によれば「観想写仏」について、これが4段階 で仏に接する喜びを目的とするものだと説く。. ①仏画図像の「お手本」を写せる喜び ②仏画図像の「お手本」の教えに触れる喜び ③仏画図像の「お手本」と一体化になる喜び ④仏のことを己自身が自然に施せる喜び. このような説明がなされるのは、「二仏」を介して瞑想観想 の誘導を図るためであろうと考えられる。また実際、「四仏」 7.
(12) の制作技法面でも出来るだけ同じ太さの線で描く事を求める点 にも注意されたい。. これらは、精神的な集中力と瞑想を極めることを求めるもの だろう。. f観想写仏」の実体験については第2章 第1節で後述する ずこう が、実際の「観想写仏」は、開始前に身を清める「塗香」の行 為があり、始まりは般若心経の朗唱そして合掌をもって終了す るなど極めて宗教的色彩の強い行為である。. だが、一般の人々が絵を描くという点においては、絵画制作 の一種であることも否定はできないであろう。 (3)「真の写仏」. 難波氏の「一般写仏」、松尾氏の「観想写仏」より、さらに 自己の世界を追求する「真の写仏」がある。 この「真の写仏」を提唱したのが西村氏である。. 西村公朝(にしむら こうちょう)は、大正4年(1925). 大阪府に生まれ、昭和15年(1940)東京美術学校彫刻科 卒業している。また、昭和62年(1985)に天台大仏師印 号を授かる。同年8月に著書『やさしい仏画の描き方』を刊行 している。同書の中で、西村氏は、最近「写仏」・「写経」とい. うのが寺だけでなく、方々のカルチャーセンターでも盛んに行 われていることを指摘し、以下のような批判と問いかけを投げ かけている。. 『宗教活動的観点からはありがたい傾向ではあるのだが、そ の行いに意味はあるだろうか?』(註1). また、『真の写仏・写経という点では、どこか不本意なやり 方のように感じることが多い。』(註2). この2点の指摘は、筆者が推測するにおいて、宗教活動的観 8.
(13) 点からその行いに意味はあるだろうか?. この点については、本来見返りを期待しない宗教活動がカル チャーセンターなどを利用して、営利目的の要素などがどこか にうかがえる。また、写す行為がマニュアル化しているのでは ないか、教材と称して色々なものを与えているのでないだろう か。. そのような点が西村氏にとって、どこか不本意な事に感じら れたのだろう。. ここで行われている「写仏」は、仏画図像「お手本」の上に 薄紙の和紙を置いて透き写しで描いていく行為である。いわば なぞっているわけである。. 西村氏の「真の写仏」とは、仏画図像に凝視して、脳裏に現 れた新たな仏画図像を描く「写仏」である。. もう少し具体的に言えば、自分の身体全体のエネルギーを使 って、その仏画図像と対話しようとする懸命な精神力から脳裏 に現れた仏画図像を表現する。その時に支持材である白紙の紙 を目の前にして、空間と時間に縛られることなく、しばらくの 時間を集中している間に、少しつつ脳裏に闇の中で光明を照ら すような仏の姿・形が脳裏に焼き付いてくる。それが「自身だ けの御仏」である、と西村氏はいう。その御仏を描く際に、う っすらとみえた姿・形を、自分の指先に粉をつけ、全体像の姿・ 形を、支持材である紙に表現する。そして、筆先に集中して脳 裏に現れた御仏の命ずるままに筆を走らせる。紙面に現れた仏 は、凝視した仏画図像と同一ではない。例えば、自分が描いた 仏画図像の姿がやや卵形の顔や四角張った身体に表現されたと しても、それは自身の心と筆先から出現した自分だけの御仏で ある。. そのように考えると、それこそが、自力でこの世に生み出し 9.
(14) た仏の姿・形であるかのような気持ちになる。しかも、不思議 なことに自分の心と体をくぐり抜けたものは、なぜか自分が写 された鏡のように自分のどこか似た姿・形になっているのであ る。このようにして、自分の内面に秘めている潜在的な能力が 「写仏」という行為をもとに表現されたものである。. これこそが「真の野仏」との触れ合いであり、自身の御仏を 求める姿である。上記のことを考案した西村氏にとっては、「真 の二仏」としての真の目的であるといえる。 (4)「可能性の写仏」(独自の写仏). 難i波氏の「一般写仏」、松尾氏の「観想写仏」などは、一般. の人々が「写仏」するにおいて仏画図像「お手本」を利用して 和紙に透き写し、仏画図像への親しみを身近に感じさせる。そ して、難波氏の「一般二仏」、松尾氏の「観想野仏」は、仏の 世界と己の世界に、新たな境地や無心の心で、仏画図像の「お 手本」を透き写す行為のみを求めていくものではないだろうか。. 全神経を集中して完成した「写仏」作品は、一般大衆の人々の 目に触れることが少なく、多くの場合は、寺院などに奉納する という一見美しいことばに飾られている。. 他方、西村氏の「真の写仏」は、仏画図像の「お手本」とな る仏画図像をじっと眺めて、脳裏に描かれた御仏を表現すると いう高度な「写仏」である。一般の人々が、それほどの能力を 発揮する事は、やや難しい事ではないだろうかと推測する。. そこで、仏画図像「お手本」を利用しながらも、その宗教的 な信仰性の度合いを深く問わない「写仏」、もっと一般の人々 でも気軽に親しみを感じる「可能性の写仏」があるのではない だろうか、と筆者は考えるに至った。. 今の時点では、仏画図像「お手本」を利用するものの、宗教. 10.
(15) 的な信仰の対象ではなく、あくまでも新たな仏画図像の下絵と して、仏の姿・形を新たな支持材に描写する「写仏」の研究を 進めていく。そんな新たな世界が、仏画図像を写す「写仏」の 行為の世界に広がりと膨らみをもたすことが出来るのではない だろうか、そんな新たな「写仏」の世界を切り開いていくこと を、目的とする。. 振り返って考えるならば、(1)から(3)の「丁丁」は宗 教的な行の世界がうかがえてならない。それらは、いずれも行 の世界の産物といえよう。. ゆえに「可能性の写仏」は、宗教的な信仰を離れ、絵画制作 の一環として受け止める。. その求め方のひとつとして、筆者は、土台である支持材(素 地)に焦点を絞って試作、習作をして研究をすることで「可能 性の二仏」に広がりと膨らみをもたらす試みを考えた。. その試作、習作の支持材には、畳表、白壁、板材、アルミホ. イール、アクリルミラーの5種類を用いて、おもむきの違った 「骨仏」作品の研究を進めることとする。. この「可能性の写仏」については、第3章で作例と共に詳し く論じたいと考える。. (註1)西村公朝『やさしい仏画の描き方』昭和62年法藏館 (註2)西村公朝『やさしい仏画の描き方』昭和62年法二丁. 11.
(16) 第2節. 「写経」と『写仏」. 本節では、「写仏」に傾く心の有りようについて、「写経」と 比較しながら論じておこう。. 現在一般化している「写経」は、「般若心経」の262文字 に凝縮された仏の教えを書き写すものである。しかもしばしば、. 薄いインクで印刷された文字を、そのまま直接なぞるとか、透 き写すことが現在ではなされている。「写仏」においては、仏 画図像の「お手本」を透き写すことが「写仏」である。両者共 に、一般の仏教信徒にとっては、文字なり図像を透き写すこと によって、仏の教えを理解してより身近に感じ取ろうという主 旨で行っている。. 一般の「写経」は、人それぞれに思いは違っても、仏に近づ くことによって己の心がより浄化され新たな自己発見につなが ることへの期待が込められているのではないだろうか。故にこ そ、「写経」は特に一般仏教信徒の問で古くから行われている のである。. 「写仏」の一般仏教信徒への広がりが、わずかここ20数年 のことにすぎないにもかかわらず、少しずつ親しみをもたれ始 めてきているのは、なぜか。. 一般信徒が「写経」を通じて仏の教えを学びとる能力は、自 己の仏教知識によって異なる。なぜなら、「般若心経」の文字 を写すだけではその意味を理解し得ないし、文字に託された深 い意味をどれだけ理解して、目常生活の中に生かしていけるか は、本人の持っている能力や感性により、また文字の捉え方に よ?ても多彩に異なるからである。. しかし、「写仏」に興味を持つ一般仏教信徒は、透き写す対 象を仏画図像「お手本」という姿・形に変えることによって、. 12.
(17) 文字では理解し得なかったところを、徐々に、少しでもよりょ く理解し、さらには、なお一層理解を深めたいという動機を深 め得ることだろう。. 現代における「二仏」の世界とは、己の心を浄化し、「写経」. では得られなかった心の拠り所を見出し、空虚感を埋めること ができるひとつの方法であるということができるだろう。. しかし、図像から受けるイメージが固定観念を植え付ける事 も考えられる。. また、文字を透き写す「写経」を行う一般の仏教信徒のすべ てが、図像を透き写す「写仏」をも行うのかというと、必ずし もそうではない。「写経」だけで満足する一般仏教信徒が数多 いのが現実であろう。「写経」の物足りなさを「写仏」で埋め るというのはまた別の問題なのである。. また一方で、面白い現象として、同じ画面に「写経」と「野 仏」を組み合わせて、新たな「写仏」の世界を生み出す一般仏 教信徒も現れている。. 「写経」での「お手本」は文字であり、「写仏」での「お手 本」は図像である。ともに「お手本」というものが存在し、用 いる道具類も和紙、筆、墨と同じである。これら以外にも両者 にはいくつかの精神面で共通が見受けられる。. まず、「写経」なり「写仏」を行う「空間」である。喧喋を 排除した落ち着きのある空間が要求される。何故か。仏教信徒 が目指す究極の「無」の境地に到達するためには、己の精神を 仏と向き合わせることが必要である。仏の教えあるいは仏の図 像と個とが向き合うことから相互交流が始まるからである。. 「写経」あるいは「写仏」を行う仏教信徒の多くが、己の行 為に精神を傾け集中している。眼前の文字なり図像に対して、. 個人は雑念を没却した心理状態で向き合う。その時間の長さは. 13.
(18) 問題ではなく、精神の目指す極地までの道程という観点に立て ば、己の内なる声に突き動かされることによって精神の純度が 高められた非常に密度の濃いものだといえよう。 技法的には、ともに、面相筆のような穂先の細い筆を用いる。. 「写経」も「写仏」も、それを行う一般の仏教信徒に、充足 感といったものを与える。その充足感は各人それぞれ異なって いよう。しかし、根底に流れているものは、同じではないだろ うか。生きている自分、否、仏の前でより謙虚な姿勢で臨むの であれば「生かされている」自分というものを見出し、「写経」. あるいは「写仏」を通じて対面するのである。各々が抱えてい る喜怒哀楽全てが眼前にさらけ出されている。「写経」なり「二. 仏」は、いわば、真の己の有りようを写し出す「鏡」のような ものであり、その実践行為者は「鏡」を自ら作り磨く行為に近 いといえよう。. なお、信仰性を問わないとすれば、文字を写す「写経」は書 道の一環、絵を写す「写仏」は、絵画という芸術ジャンルに位 置づけられる。そこで、「写経」と「写仏」の相違点は、透き 写す対象がそれぞれ「文字」と「図像」であることだ。文字を 写す行為は「書」、また「図像」を写す行為は「絵画」の世界 であるが、「写経」および「写仏」は必ずしも「書」や「絵画」 であるとは言い切れない部分がある。 自己肯定したり向上させるための行為は、文字を透き写す「写. 経」と図像を透き写す「写仏」では一見全く異なるようである が、その根底に流れている精神性は、人が人でありたいと願う ことを目的とする共通性の部分を秘めていると言えよう。. 14.
(19) 第3節 r写仏」の下絵図像 「牛仏」の下絵図像「お手本」は、おおむね2種類に分ける ことができる。すなわち、先に述べた難波氏の「一般四仏」と. 松尾氏の「観想写仏」における下絵は、一般用の下絵図像「お 手本」と観想用の下絵図像「お手本」とに大別されるだろう。. 難波町の「一般写仏」は、「四仏」の行為に興味を持ち、深 い関心と多くの経験を重ねているならば、一般の人々にも一般 用の下絵図像「お手本」制作が可能である、とする。難波氏自 身が、一般大衆に対し、下絵図像「お手本」の制作をも勧めて いるのである。. どのようにすれば、一般の人々でも一般用の下絵図像のFお 手本」制作ができるか、その方法と手順を、難波氏は以下のよ うに説明している。一般用の下絵図像「お手本」制作では、大 型の仏教美術の出版物や展覧会等で販売しているカタログなど の仏像の印刷物を用意して参考にする。参考となる仏画図像は、. 白描画、仏画、仏像彫刻写真、などの3種類に大別される。 白描画は、和紙に墨で描いてあるので、複写コピーを通して も鮮明な線が現れ、その原稿がそのまま下絵図像「お手本」と なりうる。複雑な線及び細かな装飾品などは、独自の判断で省 略することも許され、また不鮮明な細部の部分については、参 考にした原図と照合しながら独自の判断のもとで修正を施した り、加筆したほうがより本来の仏の姿・形に近づくと判断した ときは、加筆を:施したりしてよい。. 仏画の場合も同様に、仏画図像の写真などを用意して複写コ ピーから下絵図像「お手本」制作をする事が出来る。多くの場 合、極彩色の仏画は、細密画の要素を多分に兼ね備えているの で、筆でなぞりながらその輪郭線を見つけ出すことが、一般の. 15.
(20) 人々にとって可能かどうかがやや問題となる。だが、今目では コンピューターを採用することも可能だろう。その後コンビュ ターで作成した輪郭線の仏画図像に、その後、筆で修正や加筆 を施すことも可能になる。. 仏像彫刻写真の場合、複写コピーして下絵図像「お手本」を 制作する上では、仏像彫刻の輪郭線を筆で拾い出さなければな らない点がやや難しい。しかし、これについても仏画と同様に、 コンピューター処理の可能性があることを付言しておく。. したがって、一般用の下絵図像「お手本」制作は、仏につい て、深い興味や関心と専門的な知識や技能、そして意欲さえあ れば、制作する事が可能になってくるのである。. しかし、松尾氏が提唱している「観想写仏」については、観 想のための下絵図像「お手本」として、仏画図像が本来兼ね備 ぎき えている儀軌(仏の姿形などについての約束事)に関する専門 的な知識が多分に要求される。. 一般の人々が、観想用の下絵図像「お手本」を制作すること は、非常に困難を伴うものだろう。. 何故なら、実際に下絵図像「お手本」を制作する際、仏教の 儀i軌の専門的な知識がない多くの一般人は、重要な部分と省略. することが可能な部分との区別について、専門的な判断を下せ ないからである。たとえば、松尾氏の「観想写仏」によれば、 がちりん 『観想用の「写仏」のお手本には、月輪のなかに仏様が描か れており、密教の観法阿字観の阿字のかわりに仏様がおられる. という、金剛曼陀羅の諸尊の描き方です』(註1)と言ってい る。. つまり、観想用の下絵図像「お手本」には、月輪が入ってい ることが不可欠なのだ。なぜなら、月輪が持っているひとつの 意味から考えると、正円をなす月輪は、自身の学的な要素を兼. 16.
(21) ね備えているからである。. 部分の省略・加筆については、密教に関する専門的な知識が 豊富でなければ、省略・加筆して観想用の下絵図像「お手本」 を制作することは出来ない。. 観想用の下絵図像「お手本」は、仏画図像が秘め備えている 意味なり由縁なりを明確に自身として理解していなければ制作 不可能である、といってよいだろう。. 故に、観想用の下絵図像「お手本」を制作することは、一般 の人々にとって大変困難を要する制作であることが、上記の内 容より少しは説明が付くと考えられる。. それでは実際に、一般用の下絵図像「お手本」(図1)と観 想用の下絵図像「お手本」(図2)について、一例として大日 如来の「お手本」を取り上げて考察してみよう。. 17.
(22) 図1一般用 大目如来 (図版リスト参照). 『大日如来はその名の如く、光明の遍く照らす如来という意 味である。仏陀の精神は宇宙の真理であるが、大日如来は全宇 宙そのもので、諸仏は大日如来を中心にして構成されるという、. 完全無欠の理想像であり、諸仏・諸に君臨するものと考えられ ている如来である。』(註2). このように、大日如来の精神は宇宙の真理であり、完全無欠 の理想像の如来である。大日如来の図像上の特徴は、左手の人 ちけんいん 差し指を右手の指で覆う印相、智拳印を結ぶことで、左手の人 差し指が、希望や向上していこうとする私達自身を示し、優し. く包み込む右手カミ、仏の力を示すのである。. ではここで、大日如来を例として、「一般写仏」(図1)と「観. 想写仏」(図2)それぞれの下絵図像「お手本」の特徴を考察. 18.
(23) してみよう。. 難波氏が提唱した一般用の下絵図像「お手本」(図1)では、. 光背周囲の火焔が勢いよく燃える炎の自由さが表現されている。 また、世俗性を考えて豪華な装飾を施した大きな宝冠を被り、 身体全体に非常な細部まで豪華絢燗な装飾が施されている。 次に、松尾氏が提唱した観想用の下絵図像「お手本」(図2). と、難波氏が提唱した一般用の下絵図像「お手本」(図1)を 参考にして両者の下絵図像「お手本」で比較して考察してみよ うと考える。. 0. ミ. 図2観想用 大日如来 (図版リスト参照) がちりん 大きな外側の円が月輪と呼ばれる正円をなすものである。 この正円をなす月輪の中に、松尾氏が提唱した観想用の下絵図. 像「お手本」(図2)大目如来が描かれているのである。. 19.
(24) 観想用の下絵図像「お手本」(図2)では、この月輪こそが、. 先行の仏教画像つまり曼陀羅図において常にあらゆる釈尊像に 伴うものであると考えられる。. 「観想写仏」用の下絵図像が、先に述べた「一般二仏」の下. 絵図像「お手本」(図1)とはかなり異なったものであること は明白である。そこでは、あらゆる面で密教の儀軌に基づいて れんぺん れんにく 細部の装飾品をより簡略化し、衣紋の数、蓮弁の蓮肉の線を. 減らし、そして装飾品に関しても一定の簡略化がなされている。. 密教の儀軌に基づいた観想用の下絵図像「お手本」(図2) は、光背・姿・飾りもの・どれをとっても簡略してあるが、密. 教の儀軌に基づいた観想用の下絵図像「お手本」(図2)と言 える。. 観想用の下絵図像「お手本」(図2)である大日如来の下絵 図像「お手本」の宝冠についは、五智宝冠といって頭に五人の 如来が明確に描かれている。密教の儀軌に基づいた宝冠意味は、. 仏の智恵すべてを持っていることを証していることを、下智宝 冠を明確に描くことで一般の人々に五智宝冠を分かりやすく説 明しているなど、やはり、観想用の下絵図像「お手本」(図2) には、布教活動の要素がみられる。. では、ここで見方を美術的な絵画性に絞って、難波氏が提唱. した一般用の下絵図像「お手本」(図1)と松尾氏が提唱した 観想用の下絵図像「お手本」(図2)の両者を比較してみよう。. 筆の勢いについては、一般用の下絵図像「お手本」(図1) では、勢いよく表現されているが、観想用の下絵図像「お手本」. (図2)では、筆の勢いはあまり表されていない。また、線の. 太さについても、一般用の下絵図像「お手本」(図1)では強 弱が見られるが、観想用の下絵図像「お手本」(図2)では、 線の太さについては、ほぼ一定の太さで表現されている。. 20.
(25) 全体の表現は、一般用の下絵図像「お手本」(図1)では細 部まで豪華絢燗な装飾が細かく表現されている。しかし、観想. 用の下絵図像「お手本」(図2)では、装飾品に関しても一定 の簡略化がなされて表現されている。. では、一般の人々が描く立場に立ってみれば、絵画として描 きやすいのは、簡略化してある観想用の下絵図像「お手本」(図. 2)の方が描きやすいと感じるであろう。しかし、少し絵心の ある人々にとっては、一般用の下絵図像「お手本」(図1)の ように細部まで細かく表現された一般用の下絵図像「お手本」. (図1)に、ある部分、絵画としての共感を覚えるかも知れな い。. 両者の下絵図像「お手本」の目的から考えると、難波氏が提. 唱した一般用の下絵図像「お手本」(図1)と松尾氏が提唱し た観想用の下絵図像「お手本」(図2)では、下絵図像「お手 本」の目的が異なることが分かる。難波氏が提唱した一般用の. 下絵図像「お手本」(図1)は、仏画図像を描くことが好きだ から描く 「一般平野」であり、宗教的活動の要素はあまり見受 けられない。. しかし、松尾氏が提唱した観想用の下絵図像「お手本」(図 2)は、宗教的活動の要素である布教の精神が根底に流れる「観 想二仏」であると考えられる。. (註1)松尾光明『写仏』. 平成元年 (株)青山社. (註2)難波淳郎『写仏のすすめ』 平成11年 大法輪閣. 21.
(26) 第4節 模写と「生仏」 模写とは何かを探る際に、模;写の基本的な要素を記載した文. 章が、『模写の魅力巨匠が学ぶ目本の名画』から模写の基本的 な要素の手がかりが見出せる文章が記載してある。この模写の 基本的な要素を参考にして、模写とは、何かについて少し述べ たいと考える。. 『「模写」といえば書画の原作を写す行為をさす他、模写し たもの自体をさす野合にも使われる。………〈省略〉………写 したものは模本と呼ばれるのが普通で、それも模写の方法によ りんほん. とうほん. って臨本と揚本に区別される。臨本とは原作を傍らに臨みな がら画を写す臨写の方法で写されたものをさし、珍本とは原作 を紙や絹の下に敷き、透き写す揚写の方法で写されたものをさ す。従って日本ではこの揚写のことを「透き写し」とも「敷き 写し」とも呼んでいる。』(註1) りんほん. とうほん. このことから模写の方法は、臨本と搦本の二種類に分ける りんほん. ことが出来る。臨本とは、原作を傍らに臨みながら画を写す とうほん. 行為を示し、揚本とは、原作を紙や絹の下に敷き、透き写す 行為である。. この文章にあてはめるならば、「一般写仏」と「観想写仏」. は、模写の一技法である揚写の「透き写し」を基本とする行為 に当てはまるのである。しかし、「真の写仏」は、模写のもう ひとつの技法である臨写の方法に接する部分も多少見られる。. しかし、臨写の方法とは、原作を傍らに臨みながら画を写す行 為ある。「真の写仏」では、仏画図像を凝視して心に浮かぶ仏 を描くという点を鑑みれば、現実の仏画図像から遠く離れた想 像の仏を描くことになるのではないだろうか。. 「一般写仏」と「観想写仏」は、下絵図像「お手本」制作の. 22.
(27) 翼果には、模写の要素が見受けられる。. 難波氏、松尾氏の両氏とも、下絵図像「お手本」制作は、ひ とつの仏画図像だけをもとにしているのではない。その仏が描 かれているたくさんの資料を集め、各々の資料の持つ特徴的な 部分ばかりを寄せ集めて仕上げた、一種合成写真のようなもの なのである。下絵図像「お手本」制作は、仏画図像の構図や細 部への簡略化や誇張をしてし重う点がある。. 一般の仏教信徒が写仏を行う時点では、その仏画図像の構図 や細部へのこだわりといったものは既に薄れるように下絵図像 「お手本」は作られている。. 何故なら、「写仏」の下絵図像「お手本」とは、美術模写と は違う意図で準備され、違う意図で透き写すものだからである。. そこで「写仏」の目的や動機には、どんな精神的な要素が潜 んでいるか考察してみよう。. 筆者が実際に「写仏」を行って感じたことは、仏画図像の「お. 手本」を「肩馬」している間の時間や空間は、めまぐるしく時 間と空間に追われている現実の生活状況の中で、自己と向き合 っている時間と空間になりうる可能性がある。. 「雪仏」の行為の中に潜んでいるものは、安らぎや自己確認 を体験できる精神面的な要素が挙げられる。. また、「写仏」の行為は、自己のためだけでなく、苦しみを 抱いた人のために行われることがある。例えば、亡き母のこと を思って「写仏」する人などは、自身も喜びを感じ、他人をも 喜ばせたいと思う感情が「写仏」には秘められている 次に、模;写の動機あるいは目的について、広い観点に立って. 考察してみるならば、ふたつの側面が考えられる。. 模写の動機あるいは目的は、ひとつの側面として精神的側面 が挙げられる。もうひとつの側面としては、技術的側面が挙げ. 23.
(28) られるのではなかろうか。. 模写の動機あるいは目的である精神面では、模写する作品に なぜ興味・関心を抱いたかという事柄を分析・考察をしてみた いと考える。. 模;写をする作品の作家の精神やその時代を生き抜いた作家の. 時代背景など、様々な方向性から多方面に渡って考察すること ができる。. その精神面の探求心は、自身にとって何が必要な要素となり うるかを探求できる。そこに秘めた必要な要素は、自己発見・. 自己選択によって、自己を拡大させる精神面的な要素のひとつ の石杖となりうる。自己拡大の精神面的な要素のひとつの礎は、. 今後の制作活動において、新たな精神面での栄養素になる可能 性を多分に秘めていると考えられる。 次に、模;写の技術的な要素と「写仏」の技術的な要素につい て考察してみよう。. まず、模;写の技術的な要素は、自己の技能力で、俗に名作と. いわれている作品や興味を抱いた作品を模写することが多いと 思われる。それらの作品が秘めている要素は、独特の構図や技 法、筆使いなどを、細部まで神経をとがらせて観察する態度に よって、模;写した作品から様々な技術的な要素を学ぶ新たな体. 験があり、自己には存在しなかった新しい技能を習得する。. 模写の技術的な要素の目的は、自己を高めるために多くのもの を吸収しようとする姿勢が、根底に流れており、精神的側面と 技術的側面から考察できる。. 例えば、ある作品を画家が模;写する際は、模写する画家がど. んな時代を生き抜いたか、その画家がどんな考えでその作品を 描いていたのか、なぜこのような技法が生まれたのか、なぜこ のような配色になったのかなど、その画家の精神性を加味して. 24.
(29) 試行錯誤していく模写の魅力がある。その魅力は、今後の自身 の作品制作や思考面で新たな波紋をつくりだす模写であると考 えられる。. 改めて、美術の世界における模写の目的を考えてみよう。. 模写は、その目的によって3つのタイプに分類される。 『古画の精神を学ぶため、古画の構図・筆法を学ぶため、そ して古画を記録継承するため、である。』(註2). つまり、古画の精神を学ぶ模写、構図・筆法など技術的なこ とを理解するための模写、そして、保存用の代用品としての模 写である。. これを「写仏」に当てはめた場合どうなるのか? 過去の精神を学ぶ「写仏」は、「写仏」の行為を重ねること によって優れた仏の精神を発見し、自身の中で消化、吸収しな がら自身の精神力を向上していく。その精神力の向上は、〈1) 「一般静岡」、(2)「観想写仏」、(3)「真の写仏」、(4)「可. 能性の写仏」の全てに共通する。. 構図・筆法など技術的な事柄を理解するための「写仏」につ いても同様iのことがいえる。. そして、保存用の代用品としての「写仏」だが、おそらく古 画を記録継承するような性格はないものと考えられる。下絵図 像「お手本」は、合成改造版であって、記録継承するものでは なく、個人的な動機のためになされたものである。. 模写と「輝輝」を論じてきたが、そもそも「写す」とは何で あろうか。. さらに、写すという事に関連づけて、次に、現代社会のもの を写す様々な機器、写真機やコピー機といった機器についても 考察してみる。. 同じものを複数作るとき、「写す」という行為がなされる。. 25.
(30) それはカメラやコピー機などの機器を使って行う場合と、人間 が目と手を使って行う場合の2つに大別されるだろう。 機器を使えば、原画を写すことはいとも簡単にできる。たと えば、カメラで図版を接写する方法やコピー機で図版を複写す る方法などが考えられる。しかし、人間の身体を使って作られ る場合は、写す側の立場によって、内実は似ても非なるものが 出来上がる場合もある。. 同じ「写す」行為で得られた結果でも、それぞれの本質は根 本的に異なっているのである。. 利便性や簡便性が追求される現代社会において、今なお人体 を介する「写す」行為が行われているのは何故であろうか。人 間の感情が原動力となり、その集約である作品に人々が引きつ けられるのは何故か。. 「写す」という行為は、「まねる」ことで誰にでも簡単に出来. ることである。その中には、観察力と集中力が身に付くもので ある。ややもすれば、今の教育に欠けている点ではなかろうか ここで少し学校教育の現場に目を向けてみるが、以前、授業 の中で、児童生徒にトレーシングペーパーで動物図鑑に載って いる様々な動物を写させたことがある。それまで、自分で描く のは難しいと思いこんでいたゾウやキリンが本物そっくりに出 来上がったと喜んだ。絵を描くのに自信がついたという児童生 徒もいた。. 彼らの喜びや満足感と、写仏を行うものが得ている感情には 共通点がある。その喜びとは、「写す」ことによってそれなり に形が浮かび上がってきたことにある。. 「透写」行為によって得られたものは邪道だと正当に評価さ れない向きもあるようだが、先の児童生徒のように自己の能力 や世界の広がりを確認することも少なくないのが現実である。. 26.
(31) 「透写」は決して悪いことではなく、「透写」という分野を 体験しておくことは、今後の新たな能力開発のために必要であ ると考える。. 註 (註1)『模写の魅力巨匠が学ぶ日本の名画』滋賀県立美術館、. 朝日新聞社、1990、p.6 (註2)『模写の魅力巨匠が学ぶ目本の名画』滋賀県立美術館、. 朝目新聞社、1990、p.7. 27.
(32) 第2章 「写仏」の実践例について 第雪節 実体験. (多智写仏の会). 「観智写仏の会」は、昭和57年(1982)に住職松尾光 明氏が大阪市の太融寺において設立した。その後、会場も宝塚 市の中山寺、池田市の常福寺と広がり、太融寺においては、毎. ,月1回開かれ(8月は休み)、平成12年(2000)9月を もって通算200回になった。設立以来、約諾万の人々が「観 智写仏の会」に参加し写仏体験をしている。なお、インターネ ット上でも「観智写仏の会」のホームページが開設されており、. 筆者がこの会の存在を知り、実際に体験出来ることが分かった のもこのホームページを通してのことであった。. 平成11年(1999)11月5日に、大阪府池田市の高野 山真言宗の系列寺である冥福寺において初参加した。. 先ず受付で、和紙に印刷された如意輸観世音菩薩の仏画図像 「お手本」(図3)とその仏画図像の説明文を受け取った。 これが「お手本」(図3)と説明文である。 毫. 昏 昏. / /. {. \. \. 図3 如意輪観世音菩薩の仏画図像「お手本」. 28.
(33) 《如意輪観世音菩薩の説明文》. 『如意宝珠と法輪を持っているところがらこの名前がついた。. 如意宝珠→能く一切の願いを満たす珠。世間には福、出世間に は智の徳をもって、衆生の求めに応じる。 法輪. →輪が転じて、広がり、進んでいくように法が広まつ. て行く。いかなる魔も降伏させ、隅々まで転々と してやむ時がないことを表す。これは、実行・事業 の徳を表し、求めに応じて動く事を表す。 思惟. →頬に手を当てて思いめぐらせている。衆生の苦悩を どうずれば救って楽を与えることが出来るかと思惟 する心を表す。. 数珠. →数珠の珠を一つずつ、つまぐる功徳によって愚痴無 明を転じて光明の世界に至る徳を表す。. 光明山. →左手で奥の光明山をおす。動揺や争いの方向に傾く 心を、傾けずに不動の心を成就する徳を表す。. 蓮華. →蓮華は泥の中にあっても泥に染まらず清浄なものな ので、この徳を持って人間界の悲法を浄化し安楽を 与える徳を表す。』(註1). 野仏用の筆も求めたが、その筆は、普通の面相筆よりやや穂 先が長く、素材はイタチの毛であった。持ち手の部分に金字で 「観智 常福寺」と刻まれており、いかにも写仏専用の筆であ った。 ずこう. ずこう. お堂に入ると、身を清める塗香と言う行為がある。塗香とは、. 茶褐色の細かい粉を少しつまみ、手のひらでこすり合わせ身体 の中心で手を組み、ゆっくりと身体の外側に広げていく行為で ある。この時ほのかな香りが漂い、自身の身が清められるとさ れている。. 29.
(34) お堂の正面中央には、千手観音菩薩が、そして、その菩薩の 左右には不動明王と弘法大師が祀ってあった。静まり返ったお 堂の中で多少緊張しながら待機していると、松尾住職が現れ、 りん 先ず黙礼があり、続いて鈴を鳴らして般若心経を唱え始めた。. そして、本日の「お手本」(図3)の内容について説明をされ た。. 松尾氏の言葉によれば、「この仏は、如意輪観世音菩薩で いちめんろっぴ. 一面六腎(一つの顔と六本の手)を持っている仏であり、こ の仏が持っている如意宝珠は、<意の思うが如くに福智を与え てくれる珠〉という意味だが、何でももらえる訳ではない。あ くまで分相応に差配して下さるにすぎないのだ。」と話された。. その他、前掲の説明文の内容を分かりやすく解説された。. 初心者の筆者に、松尾住職は「まずはじめに、外側の大きな 円から描いて下さい。最初は、ただ線を追っていくのが精一杯 なので、疲れた時は休憩をして、出来るだけ気持ちを集中させ て、ゆっくりと丁寧に同じ太さの線で描いて下さい。」と指導 された。筆者は、紙面を汚さないように仏の上部から描きはじ めたが、まだ乾かない墨に指が触れて多少紙面を汚してしまっ た。. 約1時間半かけて透き写しによる「野仏」を終えて、南無如 意輪観世音菩薩をなぞり、左下の謹写もなぞり、その後に自分 の名前を書き添えた。完成した「写仏」作品を眺めたときに、 お礼の意味を兼ねて合掌しまった。. 以上が、筆者が体験した「写仏」体験の概略である。. (註1) 松尾光明 平成11年11月5日の配布資料より. 30.
(35) 第2節 調査による分析と考察 筆者は、「写仏」が一般の人々にどのような影響を及ぼした か、また、人々が「写仏」をすることによってどのような精神 の高まりを得られたか、調査・分析するためのひとつの手段と して、アンケート調査を実施した。. このアンケート調査は、大阪市北区太融寺で現在も活動して. いる「観智写仏の会」の創設者松尾光明氏と会員46名の協力. を得て、平成12年(2000)7月14日に行った。 アンケートの内容は以下のとおりである。. 31.
(36) 「三智写仏の会」ご参加の皆様へ. アンケートのお願い ○をつけるか、またはご記入下さい. ①性別 ② 年齢. 男 女 (. )才. ③ 何年ほど写仏の実体験をしていますか(. )年. ④ 十三仏のなかでどの仏様が一番気に入っていますか (複数回答可). 不動明王 釈迦如来 文殊菩薩 普賢菩薩 地蔵菩薩 弥勒菩薩 薬師如来 観世音菩薩 勢至菩薩 阿弥陀如来 阿閤如来 大日如来 虚空蔵菩薩 これ以外に気に入っている仏様があれば、お書き下さい. (. ). ⑤ ご自分の生まれ年の仏様を知っていますか (○を付けて下さい). はい. 千手観音菩薩 虚空蔵菩薩 文殊菩薩 普賢菩薩 勢至菩薩 大目如来 不動明王 阿弥陀如来. いいえ. ⑥ 写仏をして、実生活の中で人間的に丸みがでてきたり、悟 りが開かれてきたように感じますか. よくできた 少しできた できたように思う まだできていない. ⑦ 二仏をしている最中の感想をお書き下さい (少しでも結構ですのでお書き下さい). ご’協力ありがとうございました. 32.
(37) このアンケートに協力してくれた46名の調査内容及び集計 結果は以下のようなものであった。. ①性別 男9名 女37名 計46名. ②年齢 30代一3名. 60代一10名. 40代一3名. 70代一16名. 50代一12名. 80代一2名. ③写仏の実体験. 1年未満一1名 1年目一9名 2年目一7名 3年目一4名 4年目一2名 5年目一5名 6年目一2名 7年目一5名 8年目一3名. 10年目一3名 13年目一3名 16年目一1名 17年目一1名 ④気に入っている十三仏. 不動明王一16名 釈迦如来一7名 文殊菩薩i−8名 普賢菩薩一8名 地蔵菩薩一9名 弥勒菩薩一8名. 薬師如来一10名 観世音菩薩一17名 勢至菩薩一5名 阿弥陀如来一15名 阿閤如来一3名 大日如来一21名 虚空蔵菩薩一8名 これ以外の仏様として. 十一面観音、如意輪観音、弁天、毘沙門天王、曼陀羅等 ⑤自分の生まれ年の仏様. 知っている一43名. 知らない一3名. ⑥四仏をして、実生活の中で人間的に丸みがでてきたり、. 33.
(38) 悟りが開かれてきたように感じますか よくできた一〇名 少しできた一8名. できたように思う一17名 まだできていない一21名 ⑦写仏をしている最中の感想をお書き下さい. ・気分が集中し、書き上げた後、少し落ち着いた気分になる ・落ち着いて冷静を心がけている. ・最後まで仕上げることを目標にマイペースで野仏している と何となくストレスが解消できる. ・日常生活の中で落ち着いて何かをすることがなかなかでき ないので、ゆっくりした時間を過ごすようにしたいと思っ ている. ・やり始めた当初はとても疲れたが、このごろは写仏をして いると気持ちよく感じるようになってきた ・仏様の役割が理解できるように多少慣れたと思う この会に縁があり、良かったと毎回思う ・集中することができ、心が澄んでくるように思う また心が乱れていると上手に描けない。つくづく心で描く ものだと思う. ・他のことを考えない時間 ・心力弐落ち着いて、無心に筆でなぞっている時が自分にとつ. て一番幸せな時間 ・仏様に守られて安心していられるように思う. ・最後に目の中の瞳を描き入れた瞬間、自分の仏様だと身近 に感じる. 34.
(39) ・集中する心、これに尽きる. ・今は、線描きの「お手本」の仏様に対面できるのを楽しみ ながら描いている. ・目々を思い出し反省し、自分を見つめ直すこと ・これから何が出来、何をさせていただけるか考える毎日が 幸せ. ・写すことに一生懸命になって、その時は他のことは何も考 えていない. ・最初は、同じ調子の線で描きたいという思いだが、集中力. が長続きせず、いつも満足できずにいる。いつになったら 出来るかなという思い ・写仏の最中に他のことを考えることがある。そんなとき、. 線が太くなったり歪んだりしている ・無心. ・無になることができる. ・何年やっていても線が上手に描けず、次回こそはと思いっ. つやっているがまだ満足にできたことはない。しかし、で きあがった仏様は自分だけのものだと思うととても嬉しく なる. ・身が清められる、この時を大切にしたい ・終わりに描く顔に自分のその日の心が出るようで、楽しい やら恐ろしいような気持ちである ・気持ちが落ち着く ・一. uでも無心になっている時を感じるので嬉しい。線の伸. びがその日によって違う. ・体調がすぐれず、気持ちが重いときでも、写仏をしている. うちに気持ちがだんだんおおらかになってくる. 35.
(40) ・まだ慣れておらず、仏様を写すということで精一杯である ・仏様の役割を少しわからせていただいた ・無の状態で何も考えずに写仏させてもらっている ・何も考えずにただ顔の美しい仏様や不動明王のような仏様. を描いているときが一番ほっとし、安らぎを感じる ・無になること、心が落ち着く. ・四国四十人カ所の仏様を見た。その後もう一度お参りした. 呼野にある各お寺の仏様を知った。今は勉強中です ・野仏の問は、妄念なく集中出来、実にすがすがしく楽しい ・写仏の目が待ち遠しい。仏様とお会い出来る日と思ってい る. ・心がゆったりして気持ちがよく楽しい ・気持ちが静かになり、仏様の穏やかな眼差しに、亡くなつ. た母を思い出しありがたい気持ちになる ・気持ちが落ち着いてスカッとしてくる. ・広く静かな所で、気持ちも落ち着き幸福を感じありがたく 思っている. ・写仏をさせて頂いている今の自分の健康と幸せを思う. ・写陣している問だけでもよい、ひとつの事に集中出来れば と思っている. ・何も考えていない、終わったとき、ああよかったなと感じ る心です ・何も他のことを考えずに集中できる貴重な時間を持つこと. の幸せを感じる。仏様を身近に感じるようになったと思う ・仏様になつたっもりで、少しでも近づける様に写仏してい る. 36.
(41) ・写仏の前に座禅をして精神が集中出来るようにしている ・心がしずまる。いっでも忙しくて時間に追いまくられてい るので落ち着いた時間が持てる喜びです 以上の集計結果から、特徴な事項は次のとおりである。. ①性別では、女性の参加者が多いのは、外で働く男性に比べ て時間的制約が少ないことにが挙げられる。時間的制約が 少ない分このような会に参加しやすいのではなかろうか。. また、多くの場合女性が毎日仏壇の水を換えたり、先祖に ご飯を供えたりするようだ。日頃から仏に接する時間が多 いため、女性の方がごく自然に仏に親しみを感じるように なっているのではないか、と推測される。. ②年齢については、50代から70代が全体の約8割を占め ている。この年代になると、子育ても終わり、自分自身の 生き方、老後あるいは死というものを真正面から考えなけ ればならない時期にさしかかっている。故に何の疑いもな く仏に対する関心が自然と湧いてくるのかも知れない。. ③「写仏」の実体験年数になると、1年目2年目の経験者が 17名と全体の三分の一を占めている。写仏とはどんなも のか一度経験してみよう、と半ば興味本位に写仏の世界に 入るのではないだろうか。そして、「四仏」によってもた. らされる精神的な安定が3年から8年という継続力のもと になっているのであろう。10年以上にもなると、「写仏」 を通して御仏を求める境地に到達しているのではないだ ろうか。. ③十三仏については、一番票が多かったのは大日如来だが、. ひとつの理由として、一般の人々にとって最もよく知られ る仏のひとつだからであろう。大目如来は全宇宙の象徴で. 37.
(42) あり、完全無欠の理想像とされているからである。それ以 外の仏についても、「四仏」の実践者は「お手本」を通し. て知ることになるから、最終的には全ての「十三仏」に少 なからず関心を持っているといえよう。. ④自分の守り本尊については、知っている人がさすがに多か つたが、知らなくても別にはずかしい事でもない。. ⑤悟りについては、大半の人が「まだできていない」と答え ている。だからこそ「二仏」に興味を持って自分自身を磨 いているのであろう。. ⑦写仏の感想では、「集中」の文字が多く見られた。. 人は無心になった時、集中できた事に喜びを感じる。 この:喜びを味わうことが出来る方法が、「写仏」の行為の. 中に含まれている。無心に仏の線をなぞっていくことで、 自分だけの仏様に出会えると感じる人がいる。このことは、. 自身を見つめ、自力で少しつつ描くことで幸せを感じてい る。この集中は、何も他のことは考えずに、ただ目の前に ある仏画図像を透き写す事によって、現実生活では得られ ない満足感が「二仏」にはある。この満足感は、「四仏」. を経験した者だけが理解できうる時の流れの中で、己の気 持ちに正直になり、ひたすら自己の世界にのめり込んで行 く自分の姿を知ったとき、集中する心の中に新たなる自己 を築いているのである。. 「二仏」は、自己をつくる修行の揚であり修行の時間かも 知れない。したがって、「四仏」をする行為は集中の中で. 描いた仏に対し自分だけの御仏を描いた気持ちにさせるの ではなかろうか、そして、自身の内面の状態を目に見える 姿に現すことのできる「写仏」が広がっている。「写仏の. 世界」は、自己開発の世界かも知れないし、まだ気づか. 38.
Outline
関連したドキュメント
検査に用いた標本は手術直:後に病巣の反対側で噴門
(4)以上の如き現状に鑑み,これらの関係 を明らかにする目的を以て,私は雌雄において
また、チベット仏教系統のものとしては、フランスのド ルド ーニュにニン マ派の Dilgo Khyentse Rinpoche
弥陀 は︑今 に相 ひ別 るる説 の如くは︑七 々日泰山王 の本地︑阿弥.. の讃 嘆を致す者なり︒
◆ 県民意識の傾向 ・地域間の差が大きな将来像として挙げられるのが、「10 住環境」「12 国際」「4
青面金剛種子庚申待供養塔 有形文化財 歴史資料 平成3年7月4日 石造青面金剛立像 有形文化財 歴史資料 平成3年7月4日
[r]
第1章 生物多様性とは 第2章 東京における生物多様性の現状と課題 第3章 東京の将来像 ( 案 ) 資料編第4章 将来像の実現に向けた