Brain Death & Resuscitation
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Cerebral Resuscitation & Brain Death Printed in JapanVol. 32 No. 2
Two cases of unsuccessful organ donation
Shuichi Oki, Osamu Araki, Hayato Araki, Tetsuji Inagawa, Katsuya Emoto, Masaaki Shibukawa, Yukari Kanou, Ryou Nosaka, Yuichiro Ohta
荒木脳神経外科病院脳神経外科 著者連絡先: 〒 733-0821 広島県広島市西区庚午北 2 丁 目 8-7 荒木脳神経外科病院脳神経外科 抄 録:【目的】家族の臓器提供承諾にもかかわらず,臓器提供に至らなかった 2 例を報告 する。【症例 1】41 歳,男性。現病歴:右被殻出血,脳室穿破により意識消失し,救急搬 送された。経過:意識は JCS(Japan Coma Scale)200 であり,瞳孔は 3mm 正円同大で, 直接対光反射は消失していた。同日両側脳室ドレナージ後に急激な血圧低下,両側瞳孔散 大を認めた。入院翌日に家族より臓器提供の申し出があった。提供拒否の意思表示確認が できなかった。心停止下臓器提供を行う方針とし,入院後 2 日目に臨床的脳死判定を行った。 大腿動脈カニュレーション準備中に,会社から臓器提供を行わないと記載した健康保険証 が届けられた。【症例 2】66 歳,男性。現病歴:前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血に て入院した。意識清明であった。経過:入院翌日にコイル塞栓術を試みたが成功しなかった。 入院後 2 日目に腰髄ドレナージを施行した。入院後 3 日目にクリッピングを行った。術中 破裂をきたし,すでに脳血管攣縮をきたしていた親血管を一時遮断した。術後に両側前大 脳動脈領域を中心とした脳梗塞をきたし,入院後 5 日目に JCS300 となり外減圧術を施行 した。入院後 15 日目に脳死とされ得る状態を確認した。家族に脳死下臓器提供の選択肢提 示を行い,了解された。コーディネーターに連絡後,各種委員会を開催した。脳死判定, 臓器摘出の同意書を取得後,感染症検査を提出した。その後 HTL-V1 抗体陽性が判明した。 【まとめ】①意思表示記載可能な書類すべてを,時間をかけても可能なかぎり確認すること が重要である。②臓器提供のための感染症検査をコーディネーター到着後に提出したこと は適正であった。 キーワード:臓器提供,脳死,意思表示,感染症
Key words: organ donation, brain death, living will, infection
◆◆◆
症例報告
◆◆◆臓器提供に至らなかった 2 例
沖 修一 荒木 攻 荒木 勇人 鮄川 哲二 江本 克也
渋川 正顕 加納由香利 野坂 亮 太田雄一郎
はじめに
臓器提供が年間 100 例前後で頭打ちのわが国で は,臓器提供の承諾を得ることは終末期医療のなか で重要である。今回,終末期を迎えた患者に対し, 臓器提供に関し家族の承諾が得られ,臓器提供に向 けて準備を行っていたが,諸般の理由で提供が中止 となった 2 例を経験したので詳細を報告する。症 例
1.症例 1 41 歳,男性。現病歴は午前 9:00 前に喫茶店で 軽い頭痛を訴えた。喫茶店を出る際に意識を消失し 荒木脳神経外科病院(以下,当院)へ救急搬送され た。来院時意識は JCS(Japan Coma Scale)200, 収縮期血圧 110mmHg,脈拍 65 回 / 分,酸素飽和 度はルームエアで 98%,瞳孔は 3mm 正円同大,直沖 修一,他 接対光反射は消失していた。頭部 CT にて右被殻出 血,脳室穿破が認められた。入院後,舌根沈下気味 で鼾様呼吸であったことから気管挿管を行った。同 日救命目的で行った両側脳室ドレナージ後,収縮期 血圧は 170 〜 180mmHg に上昇したため,少量のジ ルチアゼム塩酸塩で降圧した。15:30 には血圧が 170/96mmHg から 91/50mmHg へと急激な低下を 示し,両側瞳孔散大を認めた。その後血圧は再度上 昇し 180mmHg を超えたため降圧薬を増量したが, 血圧のコントロールは困難であった。19:30 には 39.4℃の発熱をみた。 入院翌日,1:00 に除脳硬直を観察し,5:20 に 血圧が 100/50mmHg に低下し,呼吸停止をきたし たために人工呼吸器に接続した。9:00 に両側瞳孔 が 4mm に散大し,直接対抗反射消失,各種刺激に 対する反応がみられないことを確認した。10:15 に家族に現状を説明したところ,姉より,以前患者 本人が臓器提供を希望していたとの話があり,母親 からはこんなに苦しくて死ぬのなら誰かの中で生き ていてほしいという話があった。この時点で臓器提 供意思表示カードの所持は確認しておらず,運転免 許証には拒否の意思表示は記載されていなかった。 家族から患者本人の意思を尊重したいとして臓器提 供の申し出があった。この時には健康保険証の確認 はできておらず,提供拒否の最終的な意思表示確認 はできなかった。当時は当院が日本脳神経外科学会 の専門医訓練施設(C 項)であり1),脳死下臓器提 供病院でなかったことから,家族には心停止下の臓 器提供になることを説明し了解を得た。収縮期血圧 が 50 〜 60mmHg と低下してきたことから,10:35 に広島県コーディネーターに家族の心停止下臓器提 供の意志を連絡した。16:00 に日本臓器移植ネッ トワーク(JOT)コーディネーターより家族に説明 と臓器提供の意思確認が行われた。18:30 に摘出 チームにより腹部エコーによる腎臓の三次評価が行 われた。 入院後 2 日目,9:53 に主治医より再度家族に患 者の状態,臨床的脳死の診断,カニュレーションに ついて説明を行い,家族の同意を得た。13:10 に 法的脳死判定に基づく臨床的脳死判定を行った後, 大腿動脈カニュレーション準備中に,患者の勤務先 から裏にシールを貼った健康保険証が届けられた。 家族と一緒にシールを剝がしてみると,私は臓器を 提供しませんに〇が入っていた。カニュレーション を行う一歩手前で臓器提供は中止された。患者は入 院後 5 日目に死亡した(図 1)。 図 1 症例 1 の経過
臓器提供に至らなかった 2 例 2.症例 2 66 歳,男性。 現病歴:前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血に て入院し,意識清明であった。 経過:入院翌日コイル塞栓術を試みたが成功しな かった。入院翌々日腰髄ドレナージを施行し,入院 後 3 日目に大脳半球間裂接近法による,クリッピン グを行った。術中破裂をきたし,すでに脳血管攣 縮をきたしていた両側 A1 を一時遮断せざるを得な かった。術直後より意識は JCS 100 となり,術後 に両側前大脳動脈領域を中心とした脳梗塞をきたし た。入院後 5 日目 16:50 に気管挿管を行い,意識 は JCS 300,瞳孔は両側 4.5mm に散大し対光反射 のないことを確認した。この後,脳浮腫が強いこと から外減圧術を施行した。術後も JCS 300,人工呼 吸器管理であった。昇圧薬を持続投与していたが, 入院後 9 日目午前 0:00 に心拍が 60 回 / 分から 46 回 / 分に低下し,入院後 10 日目 13:43 には血圧が 73/53mmHg から 54/35mmHg へ低下した。昇圧薬 で血圧は 104/68mmHg と回復したが,患者の状態 に変化はみられなかった。その後も患者の状態に変 化のないことから,脳死状態であるのかどうかを診 断する目的で家族の同意の下,入院後 15 日目に脳 死とされ得る状態を確認した。脳死とされ得る状態 を家族へ説明すると同時に,当院が日本脳神経外科 学会の研修施設として脳死下臓器提供が可能となっ ていたことから1),家族に脳死下臓器提供の選択肢 提示を行った。患者家族と相談した結果,患者の妻 より入院後 16 日目午前に同意が得られた。広島県 コーディネーターに連絡後,院内の倫理委員会,臓 器移植委員会,臓器提供者判定委員会を開催した。 JOT コーディネーター到着後,臓器提供のための 感染症検査提出が行われ,コーディネーターにより 脳死判定承諾書,臓器摘出承諾書が家族より得られ た。法的脳死判定の準備を行ったが,HTL-V1(ヒ ト T 細胞白血病ウイルスⅠ型)抗体陽性が判明し た。家族に事情を説明し提供は中止となり,患者は 入院後 20 日目に死亡した(図 2)。 図 2 症例 2 の経過
沖 修一,他
考 察
わが国の臓器提供は,心停止下,脳死下を合わせ ても 2018 年は 97 例であり,毎年 100 例前後であ る2)。この提供数は諸外国に比較すると極端に少な い3)。患者が脳疾患により終末期に至った際に,治 療選択の一つとして臓器提供を考慮することは重要 である。 1 例目は本人の意思として,家族から臓器提供の 申し出があった。申し出のあった時点で患者の運転 免許証には提供に関する記載がなく,拒否の意思 表示を示していなかった。しかし臓器提供意思表示 カード,健康保険証とも確認ができていなかった。 日本臓器移植ネットワークのデータによれば,改正 臓器移植法施行後の 2010 年 7 月 17 日〜 2018 年 12 月 31 日の 8 年 5 カ月間で 479 件の脳死下臓器提供 者本人の意思表示についてまとめられている。その 中で、提供者本人の意思表示なし(家族承認)が 372 件(78%),非公表が 1 件であり,提供者本人 の意思表示を確認できたのは 106 件(22%)であっ た4)。意思表示を確認した媒体は,重複を含め、健 康保険証 61 件(58%),臓器提供意思表示カード 36 件(34%),運転免許証 25 件(24%),アイバンク・ 腎バンク登録 2 件(2%)であった(図 3)4)。臓器 提供に関する意思表示を行う媒体でもっとも可能性 の高いのは健康保険証であることがわかる。現在, 意思表示は健康保険証,運転免許証,臓器提供意思 表示カード,マイナンバーカード,日本臓器移植ネッ トワークへの登録などの方法があるが,医療機関で 確認可能な前の 4 つは必ず確認が必要である。1 例 目は,健康保険証,臓器提供意思表示カードを家族 に探してもらったが,どうしても発見できなかった こと,また家族の提供への申し出が真摯であったこ となどから,本人の意思を十分確認できないまま臓 器提供の手続きを進めることに踏み切った。しかし, カニュレーションの寸前で職場より臓器提供を行わ ない意思を示した健康保険証が届けられ,臓器提供 を回避することができ,患者本人の意思を全うする ことができた。 2 例目は脳死下臓器提供の選択肢提示を行い家族 から承諾の得られたケースである。しかし,臓器提 供のための感染症検査で HTLV-1 抗体陽性が判明 し,提供が中止となった。HTLV-1 抗体は HIV 抗体, HBs 抗原,クロイツフェルト・ヤコブ病,狂犬病, ウェストナイル熱などと同様に臓器提供が禁忌に相 当する感染症である5)(図 4)6)。HTLV-1 感染者は 西日本に多いとされていたが,最近では東京,神奈 川,愛知,大阪,兵庫等の大都市圏では増加してい る感染症である7)。わが国では全国民の 1%にキャ リアが存在するとされ,感染経路はキャリアの母親 からの母乳による母子感染,性交渉,輸血である。 母子感染は人工乳保育で 18 〜 20%の感染率が 3% まで低下し,輸血による感染は近年では献血時のス 図 3 脳死下臓器提供者本人の意思表示 (文献 4)より作成)臓器提供に至らなかった 2 例 クリーニング検査で抗体陽性の血液は輸血から除外 されているので,ほぼ感染は起こらないとされて いる8-10)。厚生労働省の「臓器提供手続に係る質疑 応答集」によれば,「臓器提供を行うことが禁忌と なっている感染症(HIV,HTLV-1 等)に感染して いることが法的脳死判定前に判明した場合には,臓 器提供はできないため,法的脳死判定も行われな い」11)と記載されている。一般には,保険診療で は入院時に感染症検査として梅毒,C 型肝炎,B 型 肝炎をスクリーニングするのみであり,HTLV-1 ま では行っていない。臓器提供を考慮する場合にいつ の時点で臓器提供に関連する感染症検査を行うかに 関しては,提供を考慮した時点,家族に説明する時 点など,家族が承諾した時点などいろいろな意見が あると考えられる。前述の質疑応答集に「法的脳死 判定の前に各種感染症検査の結果等,ドナー適応基 準を満たしているかどうかを臓器提供施設において 全て検査・確認する必要はなく,既に臓器提供施設 で行っている検査に加えて追加的に必要な検査が ある場合には,コーディネーターが家族から脳死 判定承諾書及び臓器提供承諾書を得た段階で採血 し,HLA 検査センター等において必要な検査を行 う」11)と記載されている。2 例目では院内の諸手続 き(倫理委員会等)終了後,コーディネーターによ り脳死判定承諾書,臓器摘出承諾書の取得が行われ た後に臓器提供用の感染症検査を提出した。すべて の手続きが終了し,法的脳死判定の準備に入った段 階で HTLV-1 陽性の連絡が入り,法的脳死判定そ のものが中止された。2 例目の中止は法的脳死判定 の手順に沿った措置であり,適正であったと考えら れる12)。
まとめ
今回,家族の同意が得られながらも臓器提供に至 らなかった 2 例を報告した。これらの経験を通して, 多少時間を必要としても,意思表示可能な書類すべ ての確認が重要であることが痛感された。臓器提供 に係る感染症検査はコーディネーターにより脳死判 定承諾書,臓器摘出承諾書取得後に行われることか ら,感染症結果判明前に脳死判定に入り,途中で脳 死判定を中止するより,感染症結果判明後に脳死判 定の可否を決定したほうがよいと考えられた。わが 国では臓器提供に関しては法律で規定されている。 図 4 感染症に係る臓器提供者(ドナー)適応基準 文献 6)より改変沖 修一,他 臓器提供に際しては,臓器の移植に関する法律(法 律),臓器の移植に関する法律施行規則(厚生労働 省令),「臓器の移植に関する法律」の運用に関する 指針(ガイドライン)の理解が重要である。 筆頭著者は日本脳神経外科学会へ過去 3 年間の COI 自己申告を完了しています。本論文の発表に 際して開示すべき COI はありません。本論文の発 表に関しては当院の倫理委員会の許可を得ています (許可番号 2019-006)。 文 献 1) 「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガ イドライン).平成 24 年 5 月 1 日一部改正.2014. URL:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/ zouki_ishoku/dl/hourei_01.pdf 2) 日本臓器移植ネットワーク:臓器提供件数の年次 推移. URL:https://www.jotnw.or.jp/assets/docs/data/ brain-death-data/analyze2018.pdf
3) IRODaT:International Registry in Organ Donation and Transplantation. 2018.
URL:http://www.irodat.org/img/database/pdf/ NEWSLETTER2018_June.pdf 4) 日本臓器移植ネットワーク:脳死下臓器提供者の 本人の意思表示(改正臓器移植法施行前後の比較). URL:https://www.jotnw.or.jp/assets/docs/data/ brain-death-data/analyze2018.pdf 5) 日本臓器移植ネットワーク:臓器提供者(ドナー) 適応基準.2011. URL:https://www.jotnw.or.jp/files/page/ medical/manual/doc/donor_adjustment_standard. pdf 6) 日本臓器移植ネットワーク臓器提供施設委員会監: 臓器提供施設の手順書(第 2 版).2014,p18. URL:https://www.jotnw.or.jp/files/page/ medical/manual/doc/plant.pdf 7) 山口一成:HTLV-1 キャリア指導の手引き.2010. URL:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/ kekkaku-kansenshou19/dl/htlv-1_d.pdf 8) 岩永正子,渡邉俊樹,宇都宮與,他:無症候性 HTLV-1 キャリアにおける HTLV-1 プロウイルス 量と病状進行─日本における全国規模コホート研 究.Blood 116(8):1211-1219,2010 9) 内丸薫:HTLV-1 関連疾患の疫学.日内会誌 106 (7):1370-1375,2017 10) 増崎英明:HTLV-1 母指感染防止の実績と将来展 望.医の歩み 253(13):1221-1225,2015. 11)厚生労働省健康局疾病対策課移植医療対策推進室: 臓器提供手続に係る質疑応答集(平成 27 年 6 月改 訂版).2015,p25. URL:https://www.jotnw.or.jp/files/page/ medical/manual/doc/situgi.pdf 12)日本臓器移植ネットワーク臓器提供施設委員会監: 前掲書,p22.