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【学位論文審査の要旨】

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Academic year: 2021

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【学位論文審査の要旨】

1 研究の目的

ベンゼンのような芳香族化合物において、その結合(=辺)を共有するように分子を 連続させる手法を縮環とよび、得られる化合物は多環芳香族炭化水素(PAH)と呼ばれる。

ベンゼンを二つ縮環させた分子はナフタレンであり、これらを無限につなげたものはグラ フェンであると考えられる。従って、縮環を拡張させた一連の分子を合成することが出来 れば、有機化学と無機化学の橋渡しができるばかりか、中間領域の分子サイズを有する科 学の基礎研究としても興味深い。

このような研究を遂行するための先行研究では、文字通り、ベンゼン環を一つずつ増 やしていく手法が採択されていた。このような手法で得られる分子は、構造が明確である 一方で、合成には多大な労力が要求される。そこで、本学位論文では、市販のPAHを構成 単位として、これらを構成単位に用いて連結させることにより、効率的に巨大、かつ構造 が明確なPAHを合成することが計画された。得られた新規なPAHについて、様々な分光 学的手法によって評価が行われた。さらに、合成の途上に得られた中間体を用いることに より、記録材料として利用可能な新しい機能性材料が得られたことが議論されている。

2 研究の方法と結果

本学位論文では、おおむね 3 つの部から構成されており、各章において特徴的なPAH 類が議論されている。

まず、研究の端緒を拓くために、次のような戦略が立てられた。二つのピレンを、そ

れらの2-位を用いて芳香族化合物のビシナルな位置に導入し、1,2-ビス(ピレニル)アリー

ルの合成を行う。導入された二つのピレンの 1-位は空間的に近接しており、かつ、ピレン

の 1-位は酸化的二量化反応に対して活性であるため、例えば、塩化鉄のような酸化剤で処

理することにより、容易に C-C 結合を形成する。このようにすれば、多環芳香族化合物を 構成するベンゼンの数を一挙に増やすことができる。そこで、ピレンの 2-位にボロン酸エ ステルを導入した化合物を開発し、1,2-ジヨードベンゼンとの鈴木カップリング反応を行い、

1,2-ビス(ピレニル)ベンゼンの合成を行った。得られた化合物に塩化鉄を作用させたとこ ろ、10個のベンゼンが縮環した新規PAHを容易に得ることができた。さらに、1,2,4,5-トリ ブロモベンゼンとピレンのボロン酸エステルを作用させたところ、テトラキス(ピレニル)

ベンゼンが得られ、これの酸化反応では19個のベンゼンが縮環したPAHが得られた。さら に、1,2,3-トリス(ピレニル)ベンゼンからも、同様のPAHが得られた。

これらのPAHの性質を評価するために様々なスペクトル測定が行われた。その結果、

縮環の度合いが増すに従って分子内HOMO-LUMOギャップが減少し、顕著な深色シフトを 示した。又、電気化学的手法により酸化還元挙動を評価したところ、酸化電位の低電位側

(2)

のシフト(=HOMO の上昇)とともに、可逆な明瞭な還元電位を示すことが明らかとなっ た。

以上の手法の適用範囲を拡張するために、1,2-ビス(ピレニル)アリールのアリール部 分をヘテロ芳香環、具体的には、チオフェンに変換させて評価が行われた。2,3-ジブロモチ オフェン、3,4-ジブロモチオフェンに対してピレンのボロン酸を作用させたところ、対応す るビス(ピレニル)チオフェンが収率良く得られた。これらの化合物に対して、塩化鉄を 作用させた結果、縮環反応が進行することが分かった。3,4-ビス(ピレニル)チオフェンに ついては、得られる目的化合物がオルトキノイド構造を有しており、このような電子系を 有する化合物が得られたことは画期的であると言える。目的化合物の単離を行い、スペク トル測定、電気化学による評価が行われた。ところで、ここで得られた生成物は、[5]ヘリ センの部分構造を有するキラルな物質である。2,3-体については単結晶が得られ、この結晶 はキラルな空間群に属しており、分子構造もキラル(P-体)であることが明らかになった。

結晶化に用いた試料はラセミ体であったことから、(可能性1)結晶化に際し分別結晶化が 起こり、一方の光学活性体のみが得られた、(可能性2)結晶化は一方の光学活性体だけで 生じるが、両異性体がそれぞれ析出し、実験に用いた結晶が、たまたま P-体であった、が 考えられる。そこで、同一の結晶化溶液から得られた単結晶すべてを取り出し、円二色性 スペクトルの測定を行った。その結果、すべての結晶は光学活性であったものの、その立 体化学はP-体とM-体を両方含むことから、(可能性2)であることが明らかとなった。

さて、以上の研究を遂行していく過程で、フェノールの 2-位と 6-位にピレンを導入し た化合物を合成された。この化合物は、もともとはPAHの合成のための中間体として用い ることを計画したものであるが、この化合物を用いた合成は進行しなかった。類似の物質 の性質を調査した結果、この化合物に酸化鉛を作用させることにより、ビフェノキノンと ベンゾキノンを与えるのではないかとの予想がなされた。実際に、酢酸中、過剰量の二酸 化鉛を作用させたところ、濃い色を有したテトラキス(ピレニル)ビフェノキノンとビス

(ピレニル)ベンゾキノンが得られた。これらの化合物はキノン特有の性質、即ち、可視 光領域での光吸収と二段階の可逆な還元過程を示した。新物質の構造決定のための様々な スペクトル測定等を行った結果、ビフェノキノンの融点の測定において興味深い挙動が観 察された。対応するベンゾキノン体は狭い温度領域で融解したのに対し、ビフェノキノン では、温度を加えていくと、おおよそ200℃でキノン特有の濃い色が消失した。このことは、

ビフェノキノンに熱を印加させると固体状態に於ける化学反応が誘起され、無色の化合物 へと変換されたことを示す。そこで、熱を加えた後の物質について分析を行ったところ、

無色の三つの化合物に変化していることが分かった。種々のスペクトルを測定した結果、

対応するヒドロキノン、ヒドロキノンの酸素原子が隣接するピレンと共有結合してフラン によって縮環した化合物、フラン縮環が二か所で生じた化合物の三つであることが明らか

(3)

となった。この反応の化学量論を考察すると、この反応は還元的な不均化反応であると結 論付けられる。この反応はビフェノキノンの熱励起三重項を経、生じた酸素ラジカルが隣 接するピレンの炭素を攻撃して進行するのではないかと考えた。この反応を集約すると、

濃い色を有した物質が熱によって無色に変化した、と言うことができる。このことは、本 化合物が記録材料として使用が可能であることを示しており、今後、機能性材料としての 展開が期待される。

以上、本学位論文ではピレンを用いた多環芳香族化合物の新しい合成手法が提案され、

それに基づいた新規物質の合成と性質の評価、さらにはこれらの合成途上に得られた物質 を利用した新しい機能性材料の開発について議論がなされている。

3 審査の結果

本学位論文は、ピレンを用いた多環芳香族化合物の新しい合成方法の確立とそれを用 いた合成と性質の評価、さらに波及的に得られた新しいスイッチング機能を有する拡張キ ノン類についての正確な実験結果の記述、それに基づいた議論がなされており、学位論文 として十分な内容を有していると判断する。

4 最終試験の結果

最終試験に先立ち、2016年6月10日に主査(杉浦)対して提出された学位論文を副 査にも配布し、かつ、2016年7月21日、主査と副査(波田、西長、除・西川)対して予 備審査会が行われた。ここでは、一時間程度の口頭発表、口頭発表と学位論文の内容に対 する質疑応答が行われた。この結果を参考にして学位論文の修正と最終試験に臨むように 伝えた。

2016 年8月19日、主査、全副査同席のもと、公開で最終試験が行われた。学位論文 の内容について40分間の口頭発表を行ったのち、20分間の質疑応答が行われた。口頭発表、

および質疑応答の内容は、最終試験に出席した教授会メンバー全員から合格の判定を受け た。

以上を鑑み、主査、および副査はモハマット・アウラット・ホサイン君から申請され た学位申請論文が学位授与にふさわしいと判断した。

参照

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