Henry Esmond の方法
―その歴史小説としての性格
皆 見 昭
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「歴史小説」,あるいは「歴史比較」と云う言葉にも,さまざまな規定の仕方が考えられる。
先ず「歴史」とはどのようなものであり,またどのよう にして動くものかと云うことでも意見 が分れるだろう。次に「歴史」をどのように表現したら「歴史小説」と云えるか,その問題に ついてもいろ更、・うな立場が考えられる。歴史と人間,あるいは事件と人物との関係をどのよう に取り扱うかによって,その作品の性格は微妙に変化するように思われる。
大和資雄博士は「歴史文学」を規定して, 「一般には戦争や反乱その他過去の著名な歴史上 (1)
の事実を主要な題材とし,史実を背景として人間の普遍性を表現する丈学である。」 とされて いる。私も常識的に,歴史小説を,単に過去の時代を取り扱ったと云うだけではなくて,歴史 的に重要な事件,あるいは重要な変革の動きを中心的な題材としだ小説,と考えておきたい。
たとえばこれから考察を試みようとするThackerayのHenry Eslnondは, Hanover王朝 成立までの歴史的事件を描いているし,Tolstoyの「戦争と平和」などはもとより過去の著名 な史実を中心としている点で,歴史小説の規定にあてはまることに疑いはない。しかしたとえ
ばSholohofの「開かれた処女地」や,開高健の「鷲ビγソγの末席」なども歴史小説と云う ことができないかどうか。何れも地方における地味な労働と努力を題材としているが,その時 代の歴史の動きと切り放すことのできない性格の文学であり,私はこのような作品も歴史小説 の中に加えてこの小論を進めて行きたいと思う。
皿
ThackerayはQueen Anne時代の史実をもとにして,彼の代表作の一つであるHenry
:Esmondを書いた。イギリス史上の動乱期を題材としたこの作品は,しばしば壮大な歴史の絵 巻物としての讃辞を受けて来た。しかし,同じく歴史的事件を取り扱ったと云いながら,この 作品には,Tolstoyの「戦争と平和」などとはきわめて異質のものが見出される。それがどの ようなものであるか,歴史小説の方法と云う観点から考察して行きたい。
Henry Esmondは一見した所代表的な歴史小説としての条件に不足しないように見える。作 者がその少年時代から蓄積したQlleen Anneの時代の豊富な知識,作者が愛読したSco七tの
作品にならったと云われる廃帝擁i立のromanticな設定,更に歴史家の態度に似たnarration など,批評家たちによって指摘されているいくつかの特長は,歴史小説として恥じないものの ように思われる。しかし実はEsmondにおけるこのような条件は何れも皮相的なものであって
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Henry Esmondの方法決して過去の歴史を生き生きと再現させる助けとなってはいない。
第一にThackerayは過去の時代を描こうとしながらも,その中にその時代にふさわしい人 間像を生きた形で活動させようとはしなかった。即ちEsmondの中の人物の多くは, Rayが指
(2)
止しているように,作者の熟知している人間の影像であって,その人物の思想はVictoria朝の 市民生活の思想を移植したのにすぎないことが多い。このようにEsmondは過去の史実を背景
としていながら,登場人物はその背景から遊離した存在となるに至っている。
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第二にThackerayはSco七七の例にならって,主人公EsmondをJacobiteとし,亡命して いるThe Pretenderの支持者としている。この設定はromanticではあるが,こ・の作品にお いては実はぎわめて不徹底な効果しか上げていない。ここでは主人公の政治的冒険においてそ の試みを妨げてEsmondを危地におとし入れるような,積極的な政治的敵手が一人として現わ れて来ない。このことは,廃帝擁i立と云うようなこのような設定にとって致命的な弱点である
と思われる。
(4)
第三にTillo七sonが批評しているように, Thackerayの小説はpanoramicなcommentary を伴って,云わばhistorianの眼で書かれていると云われるが,それが果して,自然で効果的 なrealismの手法となっているかどうか疑問がある。 Esmondにおいて用いられた自伝小説の (5)
形式とその随所に見られる回想的手法とは,この物語の世界を主人公ひとりの思想と体験と云 う,狭い世界にとじこめる傾向を持っている。それは個人の世界の深い沈潜の気分を生むことは (6>
できても,変革期の歴史の多様な脈動と葛藤とを表現するには不適当と思われる。P・:Lubbock
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やMario PrazはThackerayにおけるscenic expressionの欠除,劇的効果の不足を指摘し ているが,このような特長は,歴史をdynamicに表現するにはいちじるしく不利であると云 わねばならない。
このように,ThackerayがEsmondにおいて意図しナこ中心的な課題は,当時の歴史的な脈 動を描くことよりも,むしろ誠実な主人公の愛の悩みと幸福の追求とを描くことであったと考 えられる。 lus七as:Lady Castlewood gives Eslnond its center as a domes七ic nove1.
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Beatrix supPlies its focus as a romance. とRayが評しているように, Esmondの物語は この二人の女性をめぐって展開されることになる。少年時代から一一貫するHenryのLady Castlewoodに対する思慕の感情は, Book皿における主人公の政治的冒険の終結と共に幸福な:
家庭的愛情へと発展するものであるが,このHenryの気持には, Jane Brookfieldに対する (9)
Thackeray自身の慕情が投入されていると云われる。もとより如何なるfictionにおいても,
作者の体験がある程度移植されるものであることには疑いがないが,Esmondにおいて問題に なるのは,このような作者の個人的感情が作品の中で無反省に中心的な問題としての位置を与 えられ,しばしばそれが時代的背景から遊離する印象を生ずる程度まで,その歴史的典型性を 失っていると云うことである。 Esmondには特にBook Iにおいて,愛情や結婚の問題につ いての小市民的な見解が挿入されているが,これはWilliam Brookfieldに対する作者の憤り qO)
が:Lord Castlewoodに向って投入されたものだと考えられている。 Rache1とBeatrixに対.
する愛情の問題は,この作品において歴史的事業に優先するものと考えられていることは注目 にあたいする。
次にEsmondにおける歴史観及び作品の中での歴史の表現の仕方について,もう少し検討
してみたい。
III
先ずThackerayが歴史の動きをどのように見ているか考えてみよう。
Esmondの冒頭で作者はH:enryに次のように云わせている。
She〔The]M:use of History〕七〇〇, in our age, busies herself with the affairs only of
kings;……and had nothing七〇do with the registering of the affairs of七he commonpeOPle.
この直後でLouis XIVやQueen Anneのような美化された国王たちが,実は little,
wrinkled old man, あるいは ahot, red−faced wom&n にすぎないことを述べて,従来 の宮廷中心の歴史のあり方に反読を示している。そしてまたEsmondの本文の内容も,一見こ のような英雄,貴族の否定に貫かれているように見える。しかしこの場合もThackerayの主張 は必ずしも徹底していると云うことはできない。Esmondは常に民主的な近代精神を抱いてい るわけではない。EslnondのBook IではViscount Castlewoodが, Book IIではDuke of Marlboroughが,そしてBook IIIではThe Pre七enderが主人公の批評や非難を受けること になるが,その中でCastlewoodはRachelに対する冷遇のために,The PretenderはBeatrixの 誘惑のために非難を受けるものであり,王侯貴族の否定とは全く無関係であって,事実Henry はThe Pretenderの後悔を見るとすぐに忠誠を誓い直すことになっている。
ここで興味深いのはMarlborough公についての記述である。当時のこの指導的な政治家を.
ちょうどTolst;oyがNapo1和nを利口な小人として描いたのと同様に, Thackerayは狡猶で 卑劣な武人として登場させて居り,敵方からわいろを贈られて攻撃を延期していると云うまこ.
としゃかな風評を伝えている。更に念入りなことに,Esmondの仮室の子孫の口を通して,主.
人公がその個人的経験から,Marlborough公に敵意を抱くに至った事情を側面から説明させる・
と云う技巧を用いている。
And our grandmother used七〇tell us children, that on his firs七presen七ation to my一
:Lord Duke, the Duke turned his back upon my grandfather;and said to七he Duchess.
who told my:Lady Dowager at Chelsey, who afterwards told Colonel Esmond: Tom
Esmond s bastard has been to my levξe:he has the hang−dog look of his rogue of a αり
fa七her!
しかしRayは,このようなThackerayの態度は,彼の誤れる血縁想定から生じたもので あって,必ずしも作者の公平な歴史観によるものとは考えられないことを指摘している。
A七the七ime his novel was writ七en, he conceived himself to be七he lineal descendant
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Henry Esmondの方法q2)
of General Webb.
以上見て来たように,Thackerayの英雄否定の主張は, Esmondの冒頭における言明にもか かわらず,それほど徹底したものとはなっていない。
それでもThackerayは,一応宮廷中心の歴史からは脱却して, Esmond家のbas七ardであ
・るHenryに中心的な地位を与えている。そしてBo・k IIIでの冒険の結果, Henryの活動のお 蔭で英国史の一部がまさに書きかえられようとする。虚栄にみちたBeatrixが, Eikon Basilike の本の間に,The Pretenderを誘う手紙をはさむ機会さえなかったら, George I¢)即位は失敗
し,Esmondたちが擁立したThe Pretenderが英国の統治者となるはずであっナこことを,そ してその企てが失敗したのは,まったく偶然のようにQueen Anneの崩御の日にBea七rixの 誘惑がかさなったためであることを,作者は示しているように見える。このようにEsmondに
.おいては,無名の人物の活動に高い地位と大きな可能性が与えられている。それが如何に誠実 で有能な人物であっても,個人の活動にはおのずから限界があると考えられるが,Thackeray はここではきわめて楽天的に,個人の意志がそのま、歴史の動きを規制し得るとしている。
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E.M. W. Tillyardはchoric qualityを持つ文学をepicであると規定しているが, Thack一
£rayの歴史小説はこの意味でepica1であると云うことはできない。 Esmondは個人の活動を
・中心とする歴史小説であって,歴史の胎動,民衆の中に秘められたenergyなどとは完全にゆ 8かりのないものとなっている。
次にEsmondにおいて,作品の中で歴史がどのように表現されているかと云う問題を考え
よう。
歴史は本来,潮流のような,あるいは火山のようなenergyを持った, dialecticな性格のも のと考えられるが,丈学作品の中で歴史を描こうとする場合,やはり代表的な少数の人物の生 活と視点とを通じて表現されることになるだろう。この際に問題となるのは,そのような歴史 の表現のにない手をどのような人物とするか,またその人物たちと歴史との間に,あるいは人 物相互の間に,どのような交渉と矛盾が展開されるか,と云うことである。
aの Esmondの場含,主人公は,母親の名も知らぬ,寄るべもないみなし児として紹介される。こ の設定にはThackerayが愛読したTom Jonesの影響が大きいと考えられるが,このような 境遇の中で育ったHenryには,社会に対する一種のoutsiderとなる可能性がひそんでいる。
その主人公が,熱烈なJacobi七eとなり,The Pre七enderを故国へ招くと云う歴史的なはなれ 業を企てるようになったのは,時代の思潮や民衆の要望を汲み取ったわけではなく,もっぱら Beatrixへの愛情から生れナこ功名心によるものとなっている。ここでは政治的信念ではなくて
一・乱ォへの愛情が,主人公を歴史的事件の渦のさ中へと飛躍させた最大の動機となっている。
個人的な愛情と云う,歴史にとって附随的な動機によって歴史の動きが転換させられようとす ること,そして主人公の歴史との交渉は,それが甘美な夢のように消失した后は,主人公の実 人生に殆んど変化の爪跡を残すことがないと云うこと,これはEsmondの大きな特長となつ
ている。
次にこの物語の中で見られる人物相互の間の葛藤について考えてみよう。
ESInondにおいて,主人公に対して多少なりとも敵対的な位置に立つ人物をあげてみると,
その中の有力なものは殆んど女性をめぐっての対立であることが認められる。Lord CasUewood とThe Pretenderについては上に述べたが,そのほかLord MohunやDuke of Hamilton もそれぞれRache1及びBeatrixをめぐってH:enryの敵手となるものである。このように Henryの愛情をめぐっての敵手には不足はないが,その一方,歴史的な事業であるべき主人公 の政治的冒険に関しては強力な敵手はまったく現れて来ない。このような事情のために,ここ で必要と思われる葛藤が鮮明に表現されるに至っていないのであろう。Whig党の有力な指導 者であるMarlborough公は間接的に描かれるだけで,一二の場面を除いては、その姿は殆んど主 人公の前に現れないし,AddisonやSteeleはH:enryと交渉はあっても行動性に乏しい文:人 にすぎない。その政治的見解において主人公に対立する唯一の武人は,Henryが少年時代に 出会ったCaptain Westburyなどに限られると云ってもいいだろう。このようにEsmondの 政治的行動には,直接の鮮明な敵手の存在が見当らないナこめに,その表現に立体的な効果が不:
足することになっている。これはThackerayの作品の性質として当然のこととも云えようが 歴史的な脈動を描くためには比較的無力であると思われる。
IV
Esmondにおける作者の歴史観と歴史の表現の特長は以上の通りであるが,一般に歴史小説,
には,その表現の仕方から見て四通りの方法が考えられる。
第一に,歴史上著名な人物,即ち歴代の国王や指導的な政治家など,過去の歴史的事件に登 場する人物を,そのまま作品の主人公にえらぶ方法がある。 もちろんこの場合も史実の裏づけ があって始めて成立するものであるが,例えばQueen Elizabe七h, Julius caesar,あるいは.
Napo160nなど,歴史の上に支配的な影響を与えた人物を作品の主人公とするものであって,そ れによって作家:はその人物の生活を描きながら,同時に歴史の動きを表現して行くことができ る。しかしこの方法には,Esmondにおいても作者が否定しているような,宮廷中心,英雄崇 拝と云った偏向が生れて,作品の芸術的普遍性を破壊する可能性が存在する。
第二に,無名の人物を作品の主人公にえらんで,その人物の生活を描いて行く過程において,
何か偶然のきっかけから歴史上著名な人物と交渉を持つようにさせる方法がある。云わば主人 公にobserverの役割をさせて,その著名な人物の姿を側面から描き出させるものである。
Sco七七の作品の多くのものや, Pushkinの「大尉の娘」などは,この方法に属すると考えられ・
る。もちろんこれはWuthering H:eightsなどに用いられたものと同様の小説技法であるが,
ここでは特に歴史小説の場合に適用されたものだけを考えておきたい。
第三に,同じく無名の人物を作品の主人公に仕立てておいて,その主人公にある程度の超人 的な活動をさせて,歴史的な舞台へ飛躍させてやる方法が考えられる。この際主人公はあくま
:28 Henry Esmondの方法
でfictionの人物であるので,歴史的な舞台で活動した後も,報いられて有名になることはな く,歴史の内幕においてその人生を終えることになる。云うまでもなく:Esmondはこの方法に 属するものである。不遇の庶子HenryがCastleWoodの家族の間で生活しているうちに,
Bea七rixへの愛情を契機としてにわかに政治的葛藤の中へとびこみ, Queen Anneの後継者を めぐる紛争に有力な役割を演ずることになる。また,砂漠の中の異国的な風物,経巻の保存と云
う地味な業績を企てたと云う違いはあるが,井上靖氏の「敦煙」なども,この方法の中に加え ていいだろう。ういぐるの女性に対する愛惜を契機に,行徳が経巻保存と云う歴史的事業を企 ててそれを個人の努力でなしとげ・ると云う過程には,Esmondにおける歴史観と方法とに似通
ったものが認められる。 しかし何れの場合・においても同様であるが,この方法には英雄否定の 主張が反映されている代りに,一個人の活動能力を過大評価する室想的なoptimismが存在し
て,しばしばその作品の歴史小説としての追真性をそこなうことがあると思われる。
最後に,やはり無名の人物を主人公としながらも,第三の方法のように,その人物を歴史の 前面へ導き出して特にすぐれた行動をとちせるのではなくて,主人公の比較的地味な生活の中 に歴史の脈動を表現させようと試みる方法がある。代表的な歴史小説である「戦争と平和」な どはこの方法によると考えられる。Tolstoyもまたnovelistの常として,彼が実際に見聞した 05)
人物のimageを作品の中にとり入れていると云われているが,その中で中心人物となるAndrey とPi6reの二人は殆んど完全なfictionの産物であり,しかも同時に作者の精神的な苦しみと
希望とを託されたものとなっている。そのためにこの二人,懐疑的な青年貴族罫Andreyと楽天 的で庶民的な青年Pi6reとは,十九世紀初頭のロシア社会の中に胎動しつ〜あった思想と行動 とを,鮮明に表現することに成功している。この事情はEsmondの場合と比較すると興味深い
と思われる。
lEsmondの歴史小説としての性格は以上のようなものであり,作品に現れだ作者の歴史観に おいても,その歴史の表現の仕方においても,きわめて個人中心の色彩が強いものである。そ こには家庭的な愛情のテーマと激動にみちた冒険とには些かも不足するものはないが,歴史を 真にepica1なものに描くために不可欠と考えられる,民i衆の間に胎動する思想と感情,云わ ばpotential energyとしての歴史が,まったく見失われている感がある。結局Esmondも 圃
Vic七〇ria朝特有の小市民的感情に色どられたものにほかならないのであろう。その虚構的な外 観にもかかわらず,この作品が歴史小説として必ずしも完成したものと云えないのは,このよ
うな個人中心の歴史めとらえ方によるものであると考えられる。
Esmondの最後の一節を見てみよう。
In our Transatlanltic country we have a season, the calmest and most deligh七ful of
the year, which we call the Indian sum血er. Ioften say七he autumn of our lifeTesemlbles that happy aid serene weather, and am thankful for its res七and its swee七
sunshine. Heaven ha,s blessed us with a child, which each parent loves for her resem一
一blance to the other, Our diamonds包re turned into ploughs and axes for our plan七ations;
α7)
唱nd in七〇negroes, the happiest and merries七, I think, in a11七his coun七ry;・…・・
ここには上に述べたようなEsmondの歴史小説としての限界と,その家庭小説としての特長 がにじみ出ているように思われる。
ThackerayはEsmondの冒頭において, Iwould have history familiar rather than τheroic・ と云わせているが, Esmondにおける歴史は,あまりに卑近なものになりすぎ.て,そ
の最も貴重な部分も共に失ってしまったと云えるのであろう。
,註q)
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(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
く8)
く9)
⑩
(11)
(12)
(13)
ω ㈲
・任6)
勤
(この小論は日本英文学会第十四回九州大会において発表したものをもとにしで書いた。)
平凡社世界大百科辞典,1958.
G・N.Ray, The Buried:Life, PP.86−92.
G.N. Ray, The Age of Wisdom, pp.178−179,
G・Tillo七son, Thackeray七he Novelist, P.78 f.
Cf・長崎大学学芸学部人文科学研究報告, No.11.
P.:Lubbock, The Craf七〇f Fic七ion, pp.101−102.
Mario Praz, The Hero in Echpse in Vic七〇rian Fic七ion, p.253.
The Age of Wisdom, p.190.
The Buried Life, P.86.
Ibid. p.87.
The Ristory of Henry Esmond, Book II, chap. XV.
The Age of Wisdoln, p。 i79.
E・M・W・Tillyard, The Epic S七rain in七he English Novel, P・15・
Henry Esmond, Book I, chap I.
米川正夫訳「戦争と平和」岩波書店,解題p・7.