金沢大学 十 全 医学 会 雑 誌 第89巻 第3 号 3 6 9 ‑3 8 1 (1 9 8 0) 36 9
実 験 的 胃潰瘍 の 治癒経 過 と情動性と の関連 性 に つ い て
金沢大学 医学 部内科学 第三講座 ( 主任: 服 部純 一教授)
横 田 哲 夫
( 昭和5 5年5 月2 2日受 付)
消 化性 潰 瘍の発 生や経過に対して, 情動 的 因 子が密 接に関係す ること は, 臨 床 的,
. あ るい は実験 的 研究に
よ り次第に明ら か と なってき た. ヒ ト におい ては, 並
太らⅠ旭 ,急 性 潰 瘍の発 生と そ れに関 与す る情 動ス ト レ
ス の存 在と を, ファイバ ー スコ ー プ と面 接によ り明ら かにし た. 奥 瀬ら2 )は, 最 近, 胃潰 瘍の治 癒 経 過に お よ ぽ す精 神 神 経 要 因の影 響を調べ, 比 較 的 大きい横 癖の 場合には発症に先 向す る精神 的ス ト レスや自 律 神 経 機 能失 調が治癒 遷延因 子と して大き く影 響して いる と報 告し た・ 以 上のよ う な臨 刺 勺研 究に対し, 動 物を使用
し た実験 値 瘍に関す る研 究は近 年 活 発に行な わ れ る よ うになってき た が, ヒトの潰 瘍との間には ま だ大き な
へだ た り が あ る.
疾 患モ デ ルと して実 験 潰 瘍を応用 し, その日 的を果 たす た めには, 第1 に憤 瘍の生成 法がヒ ト の場 合の発 生経過 と類 似 性をもっ こと, 第2 に生 成さ れ た潰瘍の 局所所 見がと 卜 のそ れに近 似して いること が必 要と な る. ところ が, こ の両 者を同 時に満 足 する実 験 潰 瘍は ま だ開 発さ れて いない. そのた め動 物によ る実 験 潰 瘍
の研究は, 潰瘍の発生に関す る実 験と, いっ た ん生 成 さ れ た潰瘍の治癒経 過を み る実 験の 2 っ に分けて行な
わ れて いるのが卿 犬であ る. 前 者の モ デ ルと して は.
拘 軋 水浸な どによ る急 性 潰 瘍, 後 者のそ れ は, 酢 酸 潰瘍, Cla mping ‑ C O rtis o n e 潰 瘍な どの慢 性 潰 瘍が 用いら れて いる.
これ まで に情 動 因 子と消 化 性 潰瘍との関 連性に つ い ておこな わ れ た研 究は, 先に述べた急 性 潰 瘍を剛、た 場合が ほ と ん どであ る. 例え ば,Bo nfils ら3 }はラッ ト の探索 行 動を調べ , そ れに固定 法によ る潰 療 生 成を お こなっ た ところ. 探 索 行 動の低い群は高い群に比べて 損壊の発 生 率が高かった と報告して いる.S in e s は,選 択的交配に よって拘 束 潰瘍を発 生し や すい系, つ ま り
r e str ain ed ulc e r ‑ S u S C ep ti b le r at という特 殊な系
の作成に成 功し4 },その よ う な遺伝 的 背 景を もつ ラッ ト
の Ope n fiel d te st で の行動 上の特 徴と して . n o v el
Situ atio n( 新 奇 状 態) で のdefe c ation( 脱 糞行 動) お よ びambulatio n ( 歩 行 行動) の冗 進を報 告し た51 ま た.上 野は6 一,拘 束 潰 瘍の発 生と,Ope n fiel d te st によ る 一般 宿 動 性との関 連 性に つい て の実 験を おこないt
墳 瘍 発 生を み たラッ トは そ うでな かっ たラッ ト に比べ
て, defe c atio n が高くa mbulatio n が低いという結 果 を得∴潰瘍の発 生し や すい ラッ トは fr e e zing ( 絶 対に 静 止し沈 黙す る7りという個 体の基 本 的な情 動 性の特 徴
を有す る と報 告して いる.
これに対して慢 性 潰瘍の治 癒 経 過との関連 性を検 討 し た報 告ははと ん ど見ら れ ない.わ ず かに,O kabe ら削 が, 酢 酸 潰 瘍の治癒 過 程に水 浸 拘 束によ る負 荷を加え て も潰 瘍の治 癒 経 過には影 響し ないと報 告して いるの みであ る. 著者ら9 Iもこれ まで, 酢 酸 潰瘍を 用い,心 理 的 拘 束 法, 反 復 固 定法, シャト ル ボッ クス によ る回 避 条 件づけ な どの種々 の情 動ス ト レッ サ ー によ る負 荷を 試み た ところ, これ らの ス ト レッサ ー によって潰 瘍の 治癒日数が左 右さ れ る という成 績は得ら れ な かっ た.
そこ で, 今 回は, 以上のよ う な外 的な刺 激の負 荷か らの分析では な く, む し ろ そ れ ぞ れの個 体が もって い る内 的な情 動の特 異 性に着 目し, 潰瘍の治 癒日数の長 短とこ の個 体 特 性との間に何ら かの関連 性が み ら れ る か を知る目 的で, 以下の実 験を おこなっ た. ま ず実 験 l では, 潰 瘍 作 成 前 後に測定し た 一般 活 動 性か ら推 測 す る情 動 性が, 潰 瘍 治 癒の早い ラッ トと遷延 す るラッ
トとの間にどのよ う な差異を もつか を検 討し,つ い で,
実 験Ⅲで は t 実 験 的に情 動過多を惹 起し, そ れの潰 瘍 治 癒 経過へ の影 響につい て調べること と し た.
対 象お よ び方 法 1. 実験対 象
E m otio n al effe cts o n the he al in g pr o c e s s of ga stric ulc e rin r ats・ T ets u o Yok ota, D epa r・ tm e nt of Inte r n al M edicin e(III) (D ir e cto r : Pr of ∴K. H atto ri),Scho ol of M edicin e
,K a n a z a w a
Univ e r si t y.
実験 対 象と してI 実 験Ⅰ では体 重2 0 0 〜 2 50g の W ista r 系ラッ ト1 0 4頭( 雄5 2, 雌5 2),実 験Ⅱでは生 後 約5 0 日体重1 5 0g 前 後の W ista r 系雄 性 ラッ ト7 0 頭を用いた. これ ら は離 乳 直 後よ り群 居飼 育で育てら れ た もの であ る.
2. 飼 育 条 件
実 験Ⅰでは.35 ×30 ×18c mの不透 明な プラ ス チ ッ
クケ ー ジ(日本ク レア製エ コ ン ケ ー ジ) を用い,1 ケ ー ジ4 〜 5 頑づっ の群 居 飼 育を行なった.
実 験Ⅲでは, 隔 離 飼 育には,1 区 画1 4 ×2 1 ×1 5 c m の 5連ケ ー ジ( 隣室との隔 壁はス テ ン レ ス製の板で隣 室が み え ないよ うになって いる) を使用 し,1 区画のな かに1 頭づっ入れ た. 群 居 飼 育は実 験Ⅰ と同様におこ なっ た.
食 餌は オ リエ ンタル固形 飼 料を使 用し, 食 餌お よ び 水はad li b. で与え た. 動 物 飼育 室は常に 2 2 ℃前 後に 保た れ. 照 明は午 前 6 時点 灯し, 午 後 6 時に消 灯す る よ うに日内の明 暗 周 期が自動 調 節さ れて いる.
3. 実 験 方 法 1) 情 動 性の測 定
情動 性の測 定は, Ha11川 の Ope n fiel d te st に よ る
一 般 活動 性. お よ ぴ Br adyl l ) らの採 点 法を 一部 改 良し た 五味田川の方 法によ る披 刺 激 性の2 方 法でおこな っ た. 実 験Ⅰでは,
一 般活 動 性を指 標と し,実 験Ⅱでは, 一 般 活 動 性と と もに, 被 刺 激 性も と り あげた.
i) ope n fiel d te st
これ は金 属 性の円筒 形の装 置でt 床 面の直径6 0c m ,
上 縁の直 径 80 c m, 垂 直 高47 c mで, その内面は灰 白 色
に塗 装さ れて,床 面は赤ペ ンキで19 区 画に分け ら れて いる.さ らに床 面の中JL、か ら80 c mの高さに1 0 0 ワ ット の白熱 電 灯を設 置し, 装 置の内 面が均 等に頗 明さ れ る よ うにし た.
Ope n field te st の施 行にあ た っ ては, ラ ッ トを
ho m e c age よ り静かにと り だ し, 床の 一定の部 位に 静かにお き.その時か ら3 分 間に示す行動を観 察し た.
一般 活 動 性の 測 定のた めの観 察 項 目と L ては,
a mbulatio n,defe c atio n, r e a rin g( 立 上り行動) お よ
ぴpr e e ning ( 洗 顔行 動) の4 項 目を と り あ げ た.
a mbulatio n は, ラッ ト の体の半 分以上が床に画か れ
た区 画を横 切っ た回 数を その 値と して 表わ し,
defe c atio n は糞の数で . r e a rin g お よ びpr e e ning は 行 動の出 現 回 数で表わ し た.
ii) 披 刺 激 性
披刺 激 性の観 察は, 次の よ う な項 目につ い ておこな
っ た. ① 棒を鼻 先にさ し出し た時の反 応 (at ta ck) ②マ ウ ス に対す る反 応 (m u rici de) ③ 尾を相 子では さ ん だ
時の反 応 (Sta rtle)
採 点は, 以下の通 りにおこなった.①の at ta ck につ い ては,0: 無反 応.1: 棒か らの逃避 的 行 動.2: 棒への
防 禦 的 行 動,3: 棒へ の中 等 度の攻 撃 的 行 動.4: 棒への
激しい攻 撃 的 行 動. ②の m u rici de につ い ては,0: 無 反 応.1: わ ず かに関JL、を示す.2: 中 等 度の関 心,3: 攻 撃 的 行動, 4: 激し く噛み殺す, ③の Sta rtle につ い て
は,0: 無反応,1: わ ず か な関心,2: 中等 度の関心,3: 驚 情, 4: 激し く驚 愕, という基 準で採 点し た.
2) 潰 瘍 作 成 法
潰 瘍 作 成 法は, 高 木ら1 3切開 発し た酢 酸 潰 瘍を用い た. これ は Ne mbuta1 3 0 mg /kgをラッ ト腹 腔 内に注 入 麻 酔し開 腹, 胃を と り だ し, 胃前 壁 郎の胃 休部と幽 門 部の境 界 部 位に1 5 % 酢 酸 液0 .01 5 山 をマ イ クロ シ リング を 用い て奨 腹 下に注 入す る方 法である.
3 ) 胃の剖 検
胃の剖検は, 所 定の期日にエ ー テル麻 酔 下に断頭,
充 分に鴻血右施し た後 開 腹し, 胃を と り出し た. 潰瘍
の治癒 状 態を 正 確に観 察し数 値 化す る た めに. 胃に1
% ホル マ リンを注 入し,1 0分 間 胃 壁を軽く固 定し たの ち, 大 攣に沿っ て切 開し た. 潰 瘍の大き さ は, こ こ で は潰 瘍の縦と横の積で潰 瘍 係 数 (ulc e r inde x1 4 })と し て あ ら わ し た.
4 実験 手 続き 1) 実 験Ⅰ
潰 瘍 作 成前3 日間に1 日 1 回の Ope n fiel d te st を 連 続 施 行し, 手 術の影響が もっ と も少な く なっ て いる 時 期. す な わ ち手 術 後 第1 7,18, お よ び 19 日目にそ れ ぞ れ ope n fiel d te st を 1 日 1 試 行おこなっ た. ope n
fiel d te st は, 午 後1時よ り午 後4暗まで の間におこ なっ た. 胃の剖 検は潰 瘍 作 成 後 20 日日と し, 前日午後 6 時以後は絶 食と し た.
2) 実 験Ⅱ
群居飼 育 群 (以下Gr ラッ トと略す る) 36 頭隔 離飼 育 群 (以下Is ラッ トと略す る) 3 4 頭の2 群に分け た.
ope n fiel d te st は, 隔 離 飼 育 開始 前3 日間 連 続. 隔離 飼 育 開 始 後 第3 7.38 ,39 .5 7,5 8 お よ び 59 日目にそ れ ぞ れ 1 日 1 回午 後1 時よ り 5時まで の間におこなった.
披刺 激 性は. 隔 離 飼 育 開 始 前. 開 始 後 第3 7 お よ び 5 7 日目に ,午 前 9 時よ り 1 1 時まで の間に観 察し た. 潰瘍 作成は, 隔 離 飼 育 開 始 後 第4 0 日目に, 胃の剖 検は その 2 0 日後におこなっ た.
5. 実験成 績の統 計 学 的処 理
分 散 分 析1 5 ), Ma n n ‑ W h itn ey U te st1 6 ),M ed ia n te st1 7 ),Spe a r m a n r a nk c o r relatio n c o efficie ntI 8 ) を 用いた.
実験的 胃 潰 瘍の治 癒 経過と情動 性との関連 性
成 績
1 . 胃 剖 検 所見 ( 図1)
肉眼所見では, 図1a,b の様に,胃 潰 瘍は胃 休 部 前 壁
の体 郡と幽 門 部の境 界 部 位に存 在し, 明 白な円 形 潰 瘍 を認め る もの( 図1a) か ら 退色 域を残して治癒 して い る もの( 図1 b) までさ ま ざ まに分 布し た.
2. 潰 瘍係数の性 差 ( 図2)
図2 のよ うに ,潰瘍 係 数は,経では 5.4 6 ±6■6 3 (M
±S D ), 雌で は 1 0.7 8 ±1 1 .1 8 (M ±S D) であった.
b
F ig.1. Gr o s s ap pe a r a n c eof a c etic a cid ulc e r sin r ats20 days afte rtheinje ctio n of15 % a c etic a cid (0・015ml) into sto ma ch w all. a. La rge ulc e r c a n be s e e nin the gla ndula r po rtio n・of the sto m a ch・ b・ T he ulc e r w a s c o m pletely he aled.
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両者を M ed ia n te st で検 定してみ る と, 雌の潰 瘍 係 数 は雄に比べて有意 に大き か っ た (ra = 13 .8 8 p <
0.0 01) .
3. 一般 活 動 性の性 差 ( 国3. 表1 上 段) 1) a mbulatio n
表1 に示し た よ うに. 雄 性ラッ ト の a mbulatio n は 雌 性ラッ ト に比べて, 有 意に低い値を示し た. (F =
1 7.5 8 d f l 。 1 0 2 p く 0.01) . ま た 両 群 の
a mbulatio n の反 復 試 行によ る経 時 的な減 少パタ ー ン にも有 意 差を認め た (F = 19 .1 2 d f l 。1 0 2 p <
0.0 1 ). さ らに各 試 行ご との差を比 較す る と, 図3 に
示し た よ うに, 雄 性ラッ トは雌 性ラッ ト に比べて, 潰 瘍 作成 前の試 行では差は 認 め ら れ ないが, 作 成 後の試 行であ る第4 , 第5, お よ び第6試 行におい て , 有 意に 低い値を示し た ( 第4試 行方2 = 2 4 .0 4 p < 0.0 0 1, 第 5 試行ズ2 = 1 8.6 4 pく 0.0 01 , 第6 試行 ズ2 = 1 6.9 6 p く0.0 0 1).
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M A L E S F E M A I E S
(N≡5 2) (N三5 2j
Fig.2. D istri butio n of ulc e rinde x of m ale a nd fe m ale r ats.