• 検索結果がありません。

「ロシアに対する日本の対外宣伝」 学位論文内容の要旨

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「ロシアに対する日本の対外宣伝」 学位論文内容の要旨"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

博士(法学)ラズモフスキー・イーゴリー

学 位 論 文 題 名

「ロシアに対する日本の対外宣伝」

学位論文内容の要旨

  本論文はこれまでの日本外交の研究で殆ど触れられ ることのなかった宣伝外交の問題を、

対 ロ シ ア に限 定し て、 明治 以降 現代 まで を通 観し 、政 治学 的 分析 を試 みた もの であ る。

  始 めに 構成 につ いて 一言 述べ ると 、本 論文 は二部構成で、第一部が戦前の宣伝外交を、

第二 部が 戦後 、特 に現 代の 対ロ シア 宣伝 外交 を扱っている。それぞれ、対外宣伝の対象、

対外 宣伝 の目 標、 宣伝 担当 機関 、宣 伝の 方法 と内容、宣伝の効果、と言う風に章別に分け て分 析が なさ れて おり 、分 析視 角は 戦前 、戦 後共通だが、取扱う素材は、戦前にっいては これ まで の研 究、 特に 歴史 研究 に依 拠し つつ 分析を進めているのに対し、現代に付いては 担当者とのインタヴューを中心素材としている。

  次 に、 内容 を簡 単に 紹介 する /序 章で は論 文の狙いと構成について述べた後、「綏撫」

「心 理工 作」 「宣 伝事 業」 とい った 実際 に使 われた用語の吟味を行い、中立的、操作的に

「 宣 伝 外 交 」 の 概 念 を 定 義 し 、 更 に 基 本 資 料 に つ い て 触 れ て い る 。   第 一部 、戦 前編 では これ を6期 に分 けて 対ロ (ソ )外 交と 宣伝 の目 標や方法の変遷を論 じて いる 。戦 前は 対ロ シア (ソ 連) に対 する 宣伝の対象は軍人から始まって、ロシア(ソ 連)本国の国民のほか、中国、旧満州に住むロシア人 まで範囲が広かった。戦前期は、、日 露戦 争、 干渉 戦争 等の 武力 衝突 の時 期を 含ん でいるため、対外宣伝においても外務省や国 際ラ ジオ 放送 など に比 ベ、 特務 機関 をふ くむ 軍部の占める比重が高かったこと、従って宣 伝の 方法 にお いて も筆 者の 言う 「開 かれ た宣 伝」対して「閉じた」、「謀略的」宣伝の比 重が 高か った こと が指 摘さ れて いる 。又 、そ の効果に付いて見ると、わずかに日露戦の捕 虜 に 対 す る 例 を 除 い て 、 戦 前 の 対 ロ ( ソ ) 宣 伝 外 交 は 成 功 に は 程遠 いも ので あっ た。

  戦 後に 付い て言 えぱ 、日 本は 対外 膨張 の道 を放棄し、日米軍事同盟の下、長い間経済活 動 に 専 念 し て い た 。 そ う し て 漸 く1970年 代 末 か ら 「 広 報 外 交 」 を総 合安 全保 障の 重要 な手 段と して 位置 付け るよ うに なる 。ソ 連に 対してもその頃から平和条約、北方領土問題 をめ ぐる 対立 を「 広報 活動 」や 「文 化事 業」 の展開によって有利に導こうとする姿勢が現 わ れ た 。 当 初 は 一 般 大 衆 向 け の 文 化 事 業 が 主 体 で あ っ た が 、1980年 代後 半か らエ リー トや知識人向けの活動にカが入れられるようになった 。

  現 代の 対ソ 宣伝 の中 心は 外務 省と 国際 交流 基金であって、本論文の叙述のカ点もそこに ある が、 その ほか にNHKと北海道庁 にっいても調査している。外務省内部では国際報道課、

海外 広報 課、 文化 交流 部が 分掌 して いる こと になっているけれども、役割分担は必ずしも 明確 でな いと され る。 同様 なこ とは 、外 務省 と国際交流基金との役割分担に付いても言え

(2)

る。とりわけ、予算措置の際と、出先機関での実際の事業の実施にあたっての両者の役割 分担は外部からは分かりにくいものになっている。

  文化事業等の宣伝外交の対象国の中では、ソ連の優先順位は、この間多少の変化はある ものの、全般的に低い。その中で広報活動や文化事業を発展させる契機は個々の担当者の イニシアティヴにあり、対ソ連(ロシア)宣伝外交として政策的に一本化されているとは 言えないのが実情である。

  こうした宣伝外交の効果については、まず第一に、外務省を含め、当事者がこれまでそ の評価に余リ熱心ではなかった、と言う点が指摘される。ついで、この間の各種の活動を 通じた効果を見るとロシアの一般大衆には殆ど影響カはないこと、しかし、エリート、知 識人、とり・わけ専門家に対しては一定の効果を上げていることが述べられている。

  最後に、戦前戦後を通じた日本の対口(ソ)宣伝外交の特色として、中央集権的性格、

公 平 と は 言 え ぬ 情 報 提 供 、 効 果 の 評 価 基 準 の 欠 如 の3点 が 指 摘 さ れ て い る 。

‑ 2 ‑

(3)

学位論文審査の要旨 主 査    教 授    田 口    晃 副 査    教 授    山 口 二 郎 副査   助教授   松浦正孝

学 位 論 文 題 名

「ロシアに対する日本の対外宣伝」

  本論文は 、従来の日本外交研究では殆んど触れられることのなか った宣伝外交の問題を、

対 ロ シ ア に 絞 っ て 、 明 治 以 降 現 代 ま で 通 観 し 、 政 治 学 的 分 析 を 試 み た も の で あ る 。   二部 構成 にな って お り、 第一 部が 戦前 の対ロ ・対ソ宣伝外交と、又第二部が戦後、とり わけ現代の 活動を扱っている。

  分析 視角 は二 部共 通 であ るが 、取 リ扱 う資料 ・素材の面から見ると、戦前については既 存 の諸 研究 、特 に歴 史 研究 の成 果に 依拠 して分 析が行われているのに対し、現代について は 各 界 の 担 当 者 と の イ ン タ ヴ ュ ー を 重 要 な 素 材 と し て お り 違 い が 見 ら れ る 。   論文 はま ず、 序章 に おい て、 中心 概念 である 「宣伝」にっいての理論的吟味がなされ、

一 般大 衆を 対象 にし 、 方法 も一 般に 理解 可能な 「開かれた宣伝」と、謀略宣伝のような体 制 転 覆 を め ざ し 、 秘 密 裡 に 進 め ら れ る 「 閉 じ た 宣 伝 」 と が 類 型 的 に 区 別 さ れ る 。   次い で、 第一 部で 明 治以 降第 二次 大戦 終了ま での対ロ゜対ソ宣伝外交が扱われる。戦前 期 は、 日露 戦争 、干 渉 戦争 等の 武力 衝突 の時期 を含んでいた為、対外宣伝においても外務 省 や国 際ラ ジオ 放送 に比べ、特務機関をJふくむ 軍部の比重が高かったこと、そこでは謀略 な どの 「閉 じた 宣伝 」 が主 流で あっ たこ と、さ らに効果の点から見ると、成功には程遠い ものであっ たことが指摘されている。

  第二 部、 戦後 にっ い て言 えぱ 、日 本は 対外膨 張の道を放棄し、日米軍事同盟の下、長い 間 経 済 活 動 に 専 念 し て い た た め 、 宣 伝 外 交 も 行 わ れ て い な か っ た 。漸 く1970年 代末 か ら 「広 報外 交」 を「 総 合安 全保 障」 の重 要な手 段として位置づける形ではじめられたので あ る。 ソ連 に対 して も その 頃か ら平 和条 約、北 方領土問題をめぐる問題を、広報活動や文 化事業とい った「開かれた」宣伝外交の展開によって有利に導こう とする姿勢が現われた。

  宣伝 外交 の対 象国 の 中で はソ 連・ ロシ アの優 先順位は高いとは言えない。しかし、外務 省 の担 当部 局等 担当 機 関の 取リ 組み には 見るべ きものがあるし、成果にっいても、当初の 一 般 大 衆 向 け 活 動 が 余 リ 芳 し く な か っ た の に 比 ペ 、1980年 代 後 半 以後 のエ リー ト・ 知 識 人 を 対 象 と し た 活 動 で は 相 当 の 効 果 が あ が っ て い る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。   本論文の 評価すべき点としては以下の4っがあげられよう。

  第一 に、 日本 外交 の 研究 上欠 落し てい た、対 ソ・対ロ宣伝外交という分野に関する最初     ‑3―

(4)

のまとまった仕事である、という点である。軍、

報活動・宣伝外交を、対象、目的、主体、方法、

いる労作である。

外務 省、NHK等が 行ってきた様々な広 評価に分けて丹念に調べ、整理分析して

  第二に、従来余リ評価されて来なかった宣伝外交の重要性を、特に最近の対ロ関係を中 心に改めて認識させている点である。冷戦の終了で広報活動や宣伝外交の意味が変わって きているのである。

  第三に、中でも、現代を扱った第二部は、公刊された資料のほかに、外務省、国際交流 基金、NHK、北海道庁等の担当者や政治家、民間人に対して著者が積極的に行った豊富 なインタヴューに依拠して、ソ連・ロシア向け宣伝外交の実態を個別具体的に明らかにし ている点でも、さらに、又外務省のキャリア・パターンの抱える問題や外務省と国際交流 基金の関係の特殊な性質など政治学・行政学から見て興味深い問題点を抉っている点でも、

優れた仕事になっている。

  第四に、論文の内容そのものではないが、非漢字圏出身の留学生として、相当量(20 0字 詰原稿用 紙600枚)の論文を、しっかりとした日本語で仕上げた点も、それとして 評価できよう。

  勿論、しかし、難点はある。しっかりしているとは言え、日本語にまだ改善の余地はあ るし、構成、概念の取リ扱いや注の付し方に粗さが目立つ、と言った技術的な問題に加え 内容上からは第一部がやや不十分である点が指摘できる。興味深い史料や史実が散見され はするものの、歴史記述としては物足りず、他方政治学の分析としてはやや中途半端であ ると言わざるを得ない。従って、活字公刊の際には、技術的にも、構成の上からも若干の 手直しが必要となるであろう。

  ともあれ、全体としては博士論文として評価するに足る業績であると審査委員会は全員 一致で判断した。

4一

参照

関連したドキュメント

腫瘍内の血管密度が治療開始後 1 日より有意に減少し、それに続いて、治療開 始後 2 日目よ

     べーリング海への北太平洋水の流入量は、アリューシヤン列島南側に形成される    高気圧性の巨大渦の影響を受ける。この渦の形成・伝搬はEl Nifio 年/La Nifia

河道湾曲部では河道断面方向に 2 次流が形成され

終戦直後における中国人留学生の動向の分析を通じて、 留学生個人と留学生団体の政治姿勢に変 化があり、当時日本内外の情勢が著しく変化する中で、彼らが

学位論文内容の要旨 本研究の課題は,野菜販売にかかわる生産者,JA

   第1

した。従来は、海洋表層の熱収支を行うに際しては、乱流熟フラックスは微小