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自主夜間中学「えんぴつの会」における 高齢中国帰国者への日本語教育実践報告

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Academic year: 2021

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<報告>

自主夜間中学「えんぴつの会」における

高齢中国帰国者への日本語教育実践報告

奥元さえ美(自主夜間中学「えんぴつの会」スタッフ)

Ⅰ.はじめに  筆者が、自主夜間中学「えんぴつの会」においてNさんに出会ったのは、

2018

1

月の ことである。Nさんは、

80

代の女性で中国からの帰国者である。当時筆者は、大学院の日 本語教育研究科修士課程に在籍し、夜間中学及び自主夜間中学で行われる日本語教育につ いての研究をしていた。その研究の一環として「えんぴつの会」の門を叩き、Nさんに出 会った。  筆者は日本語教師として

20

年活動してきたが、教育対象は、ほとんどが日本語学校や大 学などで学ぶ留学生であったため、高齢者への日本語教育は未経験であった。しかも、N さんは中国において義務教育等の教育を一切受けたことのない非識字者であった。筆者は、 Nさんの日本語教育の担当となり、週に

1

度、ともに勉強するようになったが、当初は何 をどのように教えるのがNさんのためになるのかわからず、Nさんの学習方法を模索した。 その結果、「日記を書く」ことがNさんに適した日本語の学習方法であると結論付け、こ れを実践してきた。筆者は、この方法がNさんの変容につながったのではないかと考えて いる。  本稿は、Nさんへの日本語教育実践を報告し、高齢日本語学習者への日本語教育のあり 方および、高齢日本語学習者が、自主夜間中学において日本語を学ぶ意義について考察す る。   Ⅱ.自主夜間中学「えんぴつの会」  Nさんが学ぶ「えんぴつの会」は、東京都墨田区において活動する自主夜間中学である。 自主夜間中学とは、ボランティアなどが運営する民間の夜間中学である。自主夜間中学に は、公立夜間中学を卒業した後も学びを継続したい、居住地域に夜間中学がない、公立夜 間中学への入学条件が満たされない、週

5

日の通学は無理だが、

1

週間に数日ならば学習を 続けたい、日本語を学びたい、という人々が通っている。様々な理由で義務教育を受けら れなかった人々のために、自主的なかたちで義務教育保障の場を提供しているのが自主夜

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間中学である。  「えんぴつの会」は、

1990

年に活動を開始した「多門寺学習会」(のちに「さざんかの会」) とその他の教室が合流し、

2003

年に名称を「えんぴつの会」として発足した。現在は、公 立夜間中学卒業生が多く学んでいるが、日本語学習の場としての役割も果たしている。  基本の活動は、毎週月曜日と木曜日、午後

2

時から

3

35

分まで(間に

15

分程度の休憩あり) で、

2020

1

月現在、学習者約

15

名が、スタッフ約

15

名とともに国語・数学・社会・日本 語などを学んでいる。また、学習者も運営に携わるスタッフとなり、年間行事を実行して いる。「えんぴつの会」の年間行事には、

1

年間の学習のまとめでもある「自由発表会」や、 学習者の意見を反映した「特別授業」、「ハイキング」などがある。   Ⅲ.高齢中国帰国女性Nさんの背景  Nさんは、現在

80

代前半の中国帰国(元中国残留孤児)女性である。

7

歳の時に中国の 養父母に預けられた。その家には、Nさんよりも小さい「義理の弟」が二人いた。養母が 病弱だったため、預けられた当初からNさんは養母と共に家事を行っており、小学校には 通わせてもらえなかった。Nさんが

10

歳の時に養母が亡くなると、Nさんは一人で家事を 担わなければならなくなり、ますます学校へ通う機会が遠のいた。こうしてNさんは、中 国において義務教育等をまったく受けていない非識字者となった。  Nさんが日本に帰国したのは今から約

30

年前である。ご主人・

2

人の娘さん(Nさんの 三女と四女)とともに帰国し、当時埼玉県所沢市にあった「中国帰国者定着促進センタ ー」(

2016

3

月閉所)に入所した。そこで行われていた日本語教育プログラムを受講する 予定だったが、入所後間もなくご主人が病気で倒れて、その看病に追われたため、Nさん は日本語教育プログラムをほとんど受講できなかったという。そして、入所から

4

か月後に、 現在の居住地である東京都墨田区に引っ越した。(ご主人は入院中だったため、その

3

か月 後に合流した。)  その後は、あとから中国から呼び寄せた娘さん

2

人(長女と次女)と計

6

人で生活をして いた。ご主人の日本語力は定かではないが、

4

人の娘さんは生活に困らない日本語を短期 間で習得したという。Nさん自身が日本語を理解しなくても、生活にそれほど不便を感じ なかったと思われる。  今から

15

年ほど前にご主人を亡くし、

4

人の娘さんはそれぞれ家庭を持ったため、Nさ んは現在一人暮らしである。しかし、居住しているアパートには日本人の友人が複数おり、 自治体が主催する中国帰国者の懇親会で知り合った中国人の知人もいるという。その中国 人の紹介で、Nさんは

2017

年に「えんぴつの会」に入会した。

(3)

Ⅳ.「日記を書く」学習方法を取り入れる前のNさんの日本語力と日本語の学習内容 1.入会当初(2017年)  Nさんは、「えんぴつの会」に入会してはじめて、日本語教育を受けることとなった。  Nさんが「えんぴつの会」に入会したころ、筆者はまだ「えんぴつの会」のスタッフと なっていなかったため、これは前任者の話であるが、Nさんは、入会後まずひらがな・カ タカナの読み書きの習得に取り組んだ。それまでにも多少自学していたと思われるNさん は、短期間でひらがな・カタカナを習得し、漢字と日本語初級文型の学習を開始したとい うことである。 2.入会1年後(2018年前半)  Nさんが「えんぴつの会」に入会してから

1

年ほどたった

2018

1

月、筆者は「えんぴつ の会」のスタッフとなり、Nさんの日本語教育の担当となった。筆者は月曜日の担当をし、 木曜日は他のスタッフが担当した。本節では、

2018

年前半ころのNさんの日本語力と、N さんの日本語学習の詳細について述べる。 ①Nさんの日本語力  まず、Nさんの日本語力について述べる。Nさんの日本語は「片言」であった。前任者 は中国語が堪能だったため、必要な時は中国語で話していたということだが、筆者は中国 語がまったく分からない。加えて、Nさんはほとんど漢字を理解しないので、筆談も不可 能である。それでも、Nさんは知っている単語を並べて意思を伝えようとし、筆者もそれ を理解しようと努めた。当時のNさんの日本語力の詳細については、次の通りである。  Nさんが運用できた名詞は、年月日や曜日、家族の名称、体の部位、調理用具や調味料、 食材など、ごく身近な語彙である。また、暑い・寒い、痛いなどの感覚、甘い・辛いなど の味覚、大きい・重い・高い・安いなどの身近な形容詞を理解・運用していた。動詞の運用も、 ごく身近なもの─食べる・飲む・買う・見る・聞く・作る・行く・歩く・乗る・降りるな ど─に限られていた。  しかし、これらの語彙のほかに、Nさんは自分の身に起きたことや特別伝えたいことな どについての語彙を知っていた。例えば、子どものころ中国の養父母に預けられたことを 話したとき、「お母さん、私達邪魔、邪魔」と、「邪魔」という語彙を使った。「所沢のセン ター」に入所したこと、ご主人が「脳 塞で倒れた」こと、「娘、花粉症です」「友だち、がん、 亡くなりました」などである。Ⅲで記述したNさんの背景は、通訳などを通して語られた ことではなく、Nさんが日本語学習の合間に、直接筆者に日本語で話してくれたことである。 ②Nさんの学習内容

2018

年前半のNさんの学習内容について述べる。そのころNさんは、名詞述語文、形容

(4)

詞述語文、動詞述語文の学習を終えて、動詞の活用形を用いた文型の学習をしていた。  Nさんと筆者の日本語学習は次のような順序で行った。授業開始後、前回の授業からそ の日までの

1

週間に起こったことについて、Nさんに話してもらう。そして、その内容か ら、筆者が話題を広げてさらにNさんから発話を引き出す。次に、「えんぴつの会」が使 用していた夜間中学のオリジナル教材である「初級日本語ドリル」を用いて、初級文型の 学習を行う。筆者が文型の意味・使い方・形を説明したあと、Nさんは教材の指示に従って、 学習文型を含んだ文を書く。そしてその後、学習した文型を用いて、Nさんの生活を表現 する会話練習をする。  文型の学習は、どうしても「書く」活動が中心となった。Nさんが書くことが好きだった ことと、Nさんが実はほとんど文型の意味を理解していなかったため、例文を書き写すしか なかったことが理由だ。動詞の活用のルールも

1

グループ(五段活用)の動詞に関してはほ とんど覚えられず、授業時間内に少し覚えても、次の週にはきれいに忘れていた。  漢字学習は、筆者の担当ではない木曜日に、日本人の小学校低学年向けの漢字ドリルを 使用して行った。書くことが好きなNさんは、漢字学習にも大変熱心に取り組んでいたと いう。   Ⅴ.Nさんの学習方法の変更 ─「日記を書く」学習方法へ─  Nさんとの日本語学習を始めて半年ほど経ったころ、筆者は、今までの学習方法がNさ んに適しているとはいえないのではないか、学習方法を見直すべきではないかと考え始め た。上述の通り、Nさんが文型の意味をほとんど理解していないと思われたこと、動詞の 活用など、文型の形のルールを覚えられないこと、使用教材の場面や語彙がNさんに合っ ていないと考えられること、さらに学習が自己表現につながっていないことからである。  このころ、他の学習方法を試してみた。例えば、初級の学習者向けの多読教材を用いた 学習や、学習した文型を使った会話タスクなどである。Nさんは、とても真面目で熱心な 学習者であるから、筆者が示す学習方法を受け入れ、大変熱心に取り組んでくれた。しかし、 どれもNさんの生活に役立つとは思えず、Nさんの自己表現につながっていないという思 いが筆者の中に常にあった。  最終的に、筆者は「日記を書く」ことがNさんに合った日本語学習の方法なのではない かという結論を出した。以下に、その理由を述べる。  

1

つ目に、上述の通り、Nさんが「書く」という活動を好んでいたからである。Nさん が書くことが好きなのは、Nさんが中国語の「非識字者」であることが大きく影響してい ると思われる。Nさんが初めて読み書きができるようになったのは、日本語の「ひらがな・ カタカナ」である。そして、母語である中国語では読み書きできなかった「漢字」を多少 なりとも運用できるようになり、「漢字仮名交じり文」を書くことができるようになった。

(5)

ここにNさんの喜びがあったと思われる。また、Nさんは、「書くことが勉強である」とい う学習観を持っていると思われた。これらのことから、「漢字仮名交じり文」を「書く」こ とがNさんの喜びとなり、勉強したという達成感につながることなのではないかと考えた。  

2

つ目に、Nさんには、今後新しいことばや文型を覚えてもらうことを目標とするので はなく、今持っている日本語力で表現してほしいと考えたからである。牲川(

2011

)は、 日本語教育の目標を日本語能力の育成であることを前提としながらも、日本語が「できる ようになりたいという思いを育むことをめざす」(

p.74

)ことを提案している。また、日本 語能力育成をめざす日本語教育は、「今ある力で自信を持って表現し合おうとする意欲を 奪ってきた。」(

p.75

)とも述べる。筆者も、Nさんに今ある力で自信を持って表現しても らいたい、できるようになりたいという思いを育て、サポートしたいと考えた。  

3

つ目に、Nさんに自分自身について表現してほしいと考えたからである。細川(

2012

)は、 日本語教育実践において「バーチャル・リアリティ(仮想現実)を排する」(

p.212

)こと が重要であると述べる。Nさんにも、日本語教材にある架空の誰かが体験したことでなく、 Nさん自身の体験を書くことが必要であり、意味があると考えた。  以上のような理由でNさんの学習方法を「日記を書く」ことと決定し、

2019

3

月から この学習方法を実践した。   Ⅵ.「日記を書く」学習方法の実践とNさんの変容  「日記を書く」学習は、まず、Nさんが自宅で日記を書き、それを「えんぴつの会」に 持参する。そして、筆者とともにその日記を読み、日本語を直しながら、Nさんが情報を 補足したり、筆者が質問したり話題を発展させたりする。また、適宜関連した日本語の語 彙や表現などを学ぶという内容で行われた。  この活動を続けていくうちに、Nさんに変容が見られた。Nさんの変容を①日記の形式、 ②日記の内容、③漢字への意識、④Nさん自身の変容、の

4

つに分けて報告する。   1.日記の形式  日記を書き始めた当初は、筆圧が弱いのか文字が薄く、ひらがなが多い文章で、文字の バランスも悪く、全体的に弱々しい印象だった。日記としての形式も整っていなかった(資 料

1

)。しかし数か月後には、これが大きく変化した。筆圧の強いしっかりした文字で、漢 字も多く、文字のバランスも日記の形式も整い、力強さを感じるようになった(資料

2

)。  このことから、Nさんの中に、日本語を書くことに対する自信が芽生えたことがうかが える。Nさんは、もともととても丁寧に文字を書いていたが、毎日のように文章を書くこ とで、形式にも配慮しながら、しっかりとした文字を書くことに対して自覚的になったと 思われる。        

(6)

            2.日記の内容  活動開始初期は、「∼に行きました」「∼を買いました」という文の羅列であった。また、 日記に登場するのはNさんのみだった(資料

3

)。しかし、しばらく経つと「買う」だけだ った文が、「∼を作りました」「おいしかったです」と発展した(資料

4

)。人物も、Nさん だけでなく、Nさんの娘さんや病院の医師(資料

5

)、筆者をはじめとする「えんぴつの会」 のスタッフが登場するようになった(資料

2

)。  これらのことから、日本語の文章について意識的になったことがわかる。色々なことば を使おうとする意欲も見られる。また、日記を書くことで視野が広がったことがうかがえ る。日記に書く場面が多様化し、Nさんの意識が外へ向かうようになったと考えられる。                             3.漢字への意識  Nさんは、「えんぴつの会」で日本語を学び始めたころから既に漢字学習意欲が高かっ たが、日記を書き始めたころはひらがなが目立つ(資料

6

)。しかし、数か月後には意識的 に漢字を書くようになったことがわかる(資料

7

)。特に、商品名が増えた。スーパーなど で買ってきたもののラベルを見て漢字を書いているのである。また、地名や地域のセンタ 資料3 資料5 資料4 資料1 資料2

(7)

ーなどの固有名詞を書くようになったので、何を見て書いているのか聞いたところ、外出 する際に筆記用具を持参し、街の中で目に付いた漢字を書いているという。この積極的な 姿勢には驚かされた。外出時の出来事を日記に記す回数も増えた。日記を書くことが、日々 の気持ちに張りを与えたのではないだろうか。 4.Nさん自身の変容  「日記を書く」学習を進めるうちに、日記の形式や内容だけでなくNさん自身にも変化 が見られた。この学習を始めたころ、Nさんと筆者の学習歴は

1

年以上となっていたので、 既に信頼関係ができていたと筆者は考えているが、Nさんから筆者への質問などは少なく、 筆者からの一方的な働きかけによる学習だったと認識している。しかし、日記を書き始め てから、徐々にNさんに変化が現れてきた。まず、よく笑い、大きい声で話すようになった。 そして、自ら話題を提供して自分自身について積極的に話し、さらに「先生はどうですか」 と筆者に質問を投げかけるようになった。日記に記した内容に関するもの、例えば家族の 写真や友だちからもらったものなどを「えんぴつの会」に持参し、それらを筆者と共有し ようとする行動も増えた(資料

8-1

8-2

)。筆者が日記に登場する回数も増え、その日に学 習した語彙を使って日記を書くこともあった(資料

9

)。  日記を書くことで、日本語を使うことに自信を持ち、筆者にも積極的に働きかけを行う ようになった。また、視野が広がり、他者への関心が生まれたと思われる。                       資料6 資料7 資料8-1 資料8-2 資料9

(8)

Ⅶ.結論  Nさんは、今ある日本語力で自らの日々について書き記した。新しいことばや表現を使 うことはほとんどなかったが、ほぼ毎日日記を書き、その文章や内容は進化した。このこ とは、Nさんの、日本語での自己表現が「できるようになりたいという思いを育む」(牲川、

2011

)ことができたことを示しているのではないか。  また、細川(

2012

)は、バーチャル・リアリティー(仮想現実)を排し「『私』の体験」 (

p.212

)によって学習することが、言語活動能力を育成すると述べている。Nさんが自ら の経験を日記に書いたことが、Nさんの言語活動能力を育成したと言えるであろう。  Nさんの日記は、温かさと一生懸命さにあふれている。これは、Nさんの人柄そのもの である。細川(

2012

)は、「『私のことば』とは、具体的な顔を持った個性あるものとして 表れる。その具体的な顔や個性とは、人それぞれの人格であり、人柄である。」(

p.208

)と 述べている。Nさんは、「Nさんのことば」で表現することができたのではないかと思われる。  この「日記を書く」学習においては、読み手の存在が重要であると考える。Nさんは日 記の読み手である筆者を意識して日記を書いている。細川(

2012

)は、「私のことば」で 表現できたと実感できる条件の一つとして、相手に伝えたことが反応として自分に戻って くることを挙げている。読み手である筆者が日記に対して反応することで、Nさんは自己 表現できたと実感し、それが、さらに書くことへのモチベーションとなったのではないだ ろうか。  以上のことから、Nさんのような高齢日本語学習者に対しては、日本語能力を育成する ことを目指すのではなく、まずは、日本語による自己表現が「できるようになりたいとい う思いを育む」ことを目標とし、自らのことを他者へ向かって発信する機会を与えたい。 高齢日本語学習者は、自主夜間中学において日本語を学び、日本語で自己表現することに より、新たな生きがいを見つけたり、視野を広げたりできるのではないだろうか。自主夜 間中学は、そのような学習者に対して、学習者に合った活動を提案し、自己表現のサポー トをする場、他者へ発信する場としての役割を果たすことが期待される。    引用文献 牲川波都季、「表現することへの希望を育てる─日本語能力と表現観教育─」、『早稲田日本語教育学』、 2011年、8-9:73-78 細川英雄、『「ことばの市民」になる─言語文化教育学の思想と実践』、ココ出版、2012年  

参照

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