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ホリスティック教育の検討 : 日本の教育実践への適用の視点から

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(1)平成14年度 学位論文. 論文題目. ホリスティック教育の検討 ∼日本の教育実践への適用の視点から∼. 兵庫教育大学大学院. 学校教育研究科. 学校教育専攻. 教育基礎コース. MO1007F. 林. 功.

(2) 論文題目. ホリスティック教育の検討 ∼日本の教育実践への適用の視点から∼ 功. MO1007:F林 《目. 次》. 学校教育が抱える諸問題とその背景. 序章 第. 1節 学校教育が抱える諸問題と“心の荒れ”・・・・・・・…. 1. 畑. 2節 “心の荒れ”と学校教育・・・・・・・・・・・・・…. 3. 鼠. 3節 「知育」と「心の教育」の二項対立・・・・・・・・…. 5. 第1章. 近代教育が前提とした思考方法. 第. 1節 近代科学の思考方法・・の・・・・・・・・・・・・…. 8. 第. 2節 近代科学が軽視した思考方法・・・・・・・・・・・…. 9. 第2章 ホリスティック教育 第. 1節 ホリスティック(holistic)の語源・・・・・・・・…. 11. 第. 2節 ホリスティック教育の成立と広がり・・・・・・・…. 12. 第. 3節 ホリスティック教育の定義・・・・・・・・・・・…. 12. 第. 4節 ホリスティック教育の三つの原理・・・・・・・・…. 14. 第. 5節 ホリスティック教育の思想的背景一ホーリズムー・…. 19. 第. 6節 ホリスティック教育の核心・・・・・・・・・・・…. 21. 第. 7節 直観による「つながり」 ・・・・・・・・・・・・…. 21. 第. 8節 心と身体の「つながり」 ・・・・・・・・・・・・…. 25. 第. 9節 教科の「つながり」 ・・・・・・・・・・・・・・…. 27. 第10節コミュニティとの「つながり」 ・・・・・・・・… 30 第11節 地球との「つながり」 ・・・・・・・・・・・・… 第12:節 自己との「つながり」 ・・・・・・・・・・・・…. 31 32.

(3) 第3章. トランスパーソナル心理学一ホリスティック教育の心理学的背景一. 第. 1節 トランスパーソナル心理学とは何か・・・・・・・…. 35. 第. 2節 トランスパーソナル心理学と教育・・・・・・・・…. 36. 第. 3節 マスローのホリスティックな人間観・・・・・・・…. 37. 第. 4節 アサジョーリのサイコシンセシス(精神統合) ・・…. 第. 5節 ウィルバーのトランスパーソナル(超個)のレヴェル・・44. 第4章. 40. ホリスティック教育と東洋. 第. 1節 東洋におけるホリスティックな思想・・・・・・・…. 46. 第. 2節 東洋におけるホリスティックな教育・・・・・・・…. 51. 第5章. 日本におけるホリスティック教育の実践. 第. 1節 学校の森・・・・・・・・・・…. 第. 2節 日本のシュタイナー教育・・・・・・・・・・・・…. 60. 第. 3節 日本の教育実践におけるホリスティック教育の意義…. 62. 第. 4節 日本の教育実践への適用における問題点・・・・・…. 63. 終章 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…. 65. 参考文献 謝辞. ’・ ’.●●’53.

(4) 【序章】学校教育が抱える諸問題とその背景 第1節 学校教育が抱える諸問題と“心の荒れ” 今日、学校現場においては、いじめ・不登校・校内暴力・高校中退など、さ まざまな深刻な問題が生じている。. 文部科学省の『平成13年度の生徒指導上の諸問題の現状について』正によれ ば、いじめ・不登校・校内暴力・高校中退に関しては、以下のような現状にあ る。. 〈いじめ〉 公立小・中・高等学校及び特殊教育諸学校における発生件数は、. 平成7年度をピークに6年連続で減少してはいるが、平成13年度も25,076件 (前年比18.9%減)発生している。しかも、全体の児童・生徒数の減少2やいじ. めの質的な面を考慮すれば、件数の減少をもってそのまま解消に向かっている と楽観視できる状況ではない。. いじめの態様(平成11年度文部科学省調べ)3を見ると、「持ち物隠し」・「仲 間はずれ」・「集団による無視」など、教師からは見えにくいいわゆる陰湿ない じめが全体の28.1%を占めている。最も多い「冷やかし・からかい」(29.1%)も、. 見えにくいいじめといえる。例えば、教師の目には親しい仲間同士でのふざけ (遊び)と見える場合でも、その中には「いじめられている」という被害感情. をもつ子どもが隠れている場合が多いからである。これについて屋久孝夫は、 「最近のいじめは陰湿で、しかも表に現れにくい方法、手段で行われるように. なってきているようですので、いじめと言われる行為は、実際には、公表され た数字より多いのでしょう。」4と指摘しているように、もともと見えにくかった いじめが陰湿化し、さらに見えにくくなっているといえる。. さらに、「国際いじめ問題研究会」5の平成9年の調査によれば、いじめの被害. 1「平成13年度の生徒指導上の諸問題の現状について(速報)」2002108123 文部科学省 2 「文部省科学省 各種統計情報等 2統計データ i国内データ ・平成3∼14年版 文部科学統計要覧・文部統計要覧」 3内閣府編『青少年白書 平成13年版』財務省印刷局(2001)p.166 4屋久孝夫『家裁調査官から見た「いじめj問題』黎明書房(1996)p.20 5「国際いじめ問題研究会」199711実施(対象小5∼中3)『読売新聞』(199814124) 1.

(5) 期間は学年が上がるほど長くなり、中学3年生では「2学期中」「約1年」「1 年以上」の回答を合わせると40%を越えている。. また、平成12年に警察が取り扱ったいじめに起因する事件の件数6は170件、 検挙・補導した少年は450人で、平成10年に比べ件数で72件(73.5%増)、検 挙・補導人員で182人(67.9%)増加している。. これらのことを考え合わせると、いじめは陰湿化・長期化・深刻化しており、 依然として大きな問題であるといえる。. <不登校> 30日以上欠席した国公私立の小・中学校における不登校児童・ 生徒数は、138,696人(前年比3.3%増)であり、平成3年度以降増加傾向にあ る。. 〈校内暴力〉 公立小・中・高等学校の児童・生徒が起こした暴力行為の発生 件数は、学校内において33,129件(前年比4.2%減)であるが、平成9年度から. 平成12年度までは増加傾向が続いていた。. 〈高校中退〉公・私立高等学校における中途退学者数は104,904人(前年比 3.9%増)であるが、中退率2.6%は平成12年度とならび過去最高となっている。. 公立小・中学校における〈不登校〉の理由については、「複合」(どの理由が 主か決め難い)を除けば、「不安など情緒的混乱」(身体の不調や漠然とした不 安を訴え登校しない)が26.1%、「無気力」(無気力でなんとなく登校しない)が 20.5%と多くの割合を占めている。. 公・私立高等学校におけるく中退〉の理由については、「学校生活・学業不適 応まが38.2%、「進路変更」が36.3%と多くの割合を占めている。. 〈校内暴力〉の背景について、総務庁(現内閣府)「低年齢少年の価値観等に 関する調査」(平成11年目7(小中学生対象)を見てみると、「小さなことでイ ライラすることが多い」という項目に対し、「あてはまる」「まああてはまる」 と答えた者は35.5%、さらに「腹が立つとつい手を出してしまう」という項目に 対し、「あてはまる」「まああてはまる」と答えた者は、29.5%となっている。こ. の結果からも、情緒的混乱を生じやすく、それをコントロールできない青少年 が少なからずいることをうかがい知ることができる。. このような問題に直接関わる児童・生徒は、全体から見ればまだ少数ではあ. 6内閣府編(2001)前掲書p.168資料:警察庁調べ 7同上書 pp.25−26 2.

(6) る。しかし、筆者が危惧するのは、表面的には大きな問題を抱えていないよう に見えて、上記の統計の数字に表れていない児童・生徒にも、「不安など情緒的 混乱」「無気力」「学校生活・学業不適応」が広がりつつあることである。. 文部省「国民の健康・スポーツに関する調査」(平成10年度)8によると、「自 分がいらいら・むしゃくしゃする頻度」の問いに「日常的によくある」「ときど. きある」と答えた小学6年忌は78%、中学3年生は81%、高校3年生は82%、「自 分が不安を感じる頻度」の問いに、「日常的によくある」「ときどきある」と答. えた小学6年忌は56%、中学3年生は69%、高校3年生は78%という高い割合を 示している。. さらに、前掲の総務庁(現内閣府)(平成11年)9の調査でも、「過去の失敗 をくよくよ考えることがある」という項目に対し、「いつもある」「ときどきあ る」と回答した者は51.4%、「ものごとに集中できない」という項目に対し、「い つもある」「ときどきある」と回答した者は、49.2%となっている。. これらの結果も、青少年全体に「不安など情緒的混乱」が広がっていること を裏づけているといえる。. 最近の青少年非行の特徴についても、「表面上,おとなしく見える子ども、普 段問題を起こさないと大人から思われていた子どもなどが,『いきなり』対教師 暴力や強盗などといった非行に走る例が少なくない」10と指摘されている。いわ ゆる「普通の子ども」の「いきなり型」非行が目立ってきているのである。. 以上のように、目に見える“学校の荒れ”はいわば氷山の一角であり、その 背後では表面的には普通の児童・生徒の内面的な“心の荒れ”が進行している と思われる。. 第2節“心の荒れ”と学校教育 このような“心の荒れ”は、広くとらえれば近代以降の日本が置かれてきた 歴史的背景、特に戦後の社会状況の“ひずみ”として現われているといえる。. 8文部省『我が国の文教施策(平成10年度)』大蔵省印刷局(1998)pp.60・61 大蔵省印刷局 9内閣府編(2001)前掲書pp.26・27. 10中央教育審議会「幼児期からの心の教育の在り方について(平成10年目」答 申 山本政男編『教職研修総合特集・中教審「心の教育」答申読本・』教育開発 研究所(1998)p.140. 3.

(7) つまり、目標とされ重視されてきた高度経済成長、科学技術の発達を支えたも のが合理性や実証性であったがために、それらを十分に有していないものに対 して、軽視し、排除してきたことと関連があるのではないだろうか。例えば、. 生活の物質的な豊かさの追求に対して、心の豊かさは後回しにされたと言われ るように、目に見える物質的なものの重視に対する、目に見えない精神的なも のの軽視は、戦後社会全体の“ひずみ”の表れであった。その意味では“心の 荒れ”は何も学校だけの問題ではないといえる。. しかし、“心の荒れ”に対して何らかの歯止めをかけるなり、修正を加えると. すれば、やはり学校というものを中心にして、それに対応していかなければな らないのではないだろうか。なぜなら、今や学校は、教育において全体的・長 期的な計画性を持つ唯一の存在ともいえるからである。. 今日、テレビやインターネットなど情報メディアの飛躍的な発達により、正 に無修正で、不用意な大量の情報が24時間無計画に送り出されてきている。 これは、何も性や暴力など明らかに有害な情報に限った話ではない。他の情報 も、何の統制もないままに大量に氾濫し、その中で子どもたちだけでなく大人 も翻弄されているのが現状である。氾濫する情報に一定の秩序を与えたり、そ れを批判的に受け取り、理解し、生かしていくための枠組みを子どもたちに与 える。そういう計画性をもった働きかけをするためには、どうしても学校が中 心にならなければならない。. それでは、日本の学校教育は上記のような“心の荒れ”についてどのように 対応してきたかというと、少なくとも教育の理念や目標の上では“心”は決し て軽視されてきたわけではない。. 日本に公教育制度が敷かれたのは約130年前であるが、当時すでに「『全人』. 教育が提唱され、どの学校でも『知・情・意・徳・体』の教育が統合的、かつ 調和的に実施されることが期待され」11ていたと指摘する者もいる。. さらに「わが国の近代学校の成立以降、とりわけ教育改革の必要が強調され る時には、表現上の若干の相違はあるものの、学校の現状を批判して、『知育偏. 重であり、徳育が軽視されている』との主張が繰り返しなされてきた。」12ので. 11伊藤隆二『人間形成の臨床教育心理学研究』風間書房(1999)p.78. 12田中耕治「学校教育における知育と徳育」日本教育方法学会編 『【教育方法19】知育・徳育の構…想と生活科の指導』明治図書(1990)p.16. 4.

(8) ある。. 戦後に限っても、「知育偏重」が問題視され、それに対するものとして「道徳 教育」(1958)13、「人間性」「徳性」(1966)14、「人間性豊かな児童・生徒」「知・ 徳・体の調和のとれた発達」(1976)15、「徳育」「豊かな心」(1987)16、「豊かな人 間性」(1998)17が説かれてきた。. しかし、理念や目標の上でこれだけ繰り返し唱えられてきたということは、. 裏を返せば、学校教育の現場ではやはり「知育」に比べ“心”が軽視されてき たことを表わしているともいえる。それでは今後「道徳」や「心の教育」をさ らに充実し、実施を徹底すれば“心の荒れ”の現状が改善されるのであろうか。. 第3節. 「知育」と「心の教育」の二項対立. 日本の近代教育においては、「陶冶」と「訓育」、「知育」と「徳育」、「学力」. と「人間性」など表現は様々だが、そのどちらも重要であると言われてきた。. しかし、そもそもそのような「二項対立」的とらえ方そのものを問題としなけ ればならないのではないだろうか。. 一方で、学力伸長が唱えられたかと思うと、それが行き過ぎたということで、 今度は、「道徳」「人間性」ド心の教育」などが唱えられる。両者は正に振り子が. 左右に揺れるように交互に唱えられてきたのである。. しかし、そこに何が欠けていたかというと、人格を構成する最恵」「感情」 「精神」「身体」といったものが、それぞれ独立した別個のものしてとらえられ、. それらの「つながり」というものが意識されてこなかった事である。それらが、 どのようにつながっているのか明確にされていないにも関わらず、「知育」なの. か「心の教育」なのかという「二項対立」的なとらえ方をされてきた所に問題 があるといえる。. 例えば我々が「知育」と言った場合の「知」とは、教科書に書いてあり、科 13『小学校学習指導要領』大蔵省印刷局(1958)p.5. 14文部省中央教育審議会年答申(昭和41年)「期待される人間像」教育事情研 究会館『中央教育審議会答申総覧[増補版}』ぎょうせい(1992)p.146. 15教育課程審議会答申(昭和51年)『小学校学習指導要領』明治図書出版 (1980)p.116. 16臨時教育審議会「教育に関する第四次答申」『季刊・臨教審のすべて 下人号』 (1987). pp.123・124. 17文部省『小学校学習指導要領解説総則編』東京書i籍(1999)p.1 5.

(9) 学的に実証された、客観的な事実というように、狭くとらえていないだろうか。 一方、「心の教育」と言った場合の「心」とは、科学的に実証することが難しい、. 主観的なものととらえていないだろうか。. 筆者は高校で主として世界史の授業を担当しているが、歴史教科書は科学的 に実証された客観的な事実(いわゆる定説)によって記述されており、それを 教えるのが歴史授業の「知」の中心となっている。一方、歴史上の出来事や人 物に対して、生徒の「心」に湧き起る共感や反発などの様々な感情は、主観的 なものであって、知的な理解や判断にとって大して重要ではないと見なされて しまっている。しかし、生徒の「心」に湧き起る様々な感情が、歴史への興味・. 関心を生み、それが科学的な歴史認識を支えていく場合も多いわけである。歴 史的事実は「世界史」の授業で、歴史や伝記を読んでの感想文は「国語」の授 業で、と分けて考えるのではなく。「知」と「心」の「つながり」を意識しなけ ればならないのではないだろうか。. また、「心」に“優しざ’を育てるにしても、それはある一定レベル以上の知. 識、情報、判断力などの「知」と切り離された所で育つ物ではない。正しい知 識、情報、判断力に裏打ちされた“優しざ’こそが、現代のような情報化社会 の中で、氾濫する情報に左右されずに、自分の視点をしっかり持ち、真の“優 しさ”というのを示していけるはずである。そういう能力を身につける教育を 行わずして、単に「知育偏重は良くないから、“優しさ”を育てよう」という議 論では少しも前進が無いといえる。. 現在、確かに学力低下が問題になってはいるが、だからといって、もう一度 学力に比重を置きさえずればよいというのでは、今まで犯してきた過ちをただ 繰り返すことにならないだろうか。. 少し時代はさかのぼるが、1968年の学習指導要領改訂18では、科学技術の急 速な発展に対応するため、高度な知識を教育課程に盛り込み、教育の「現代化」. がはかられた。しかし、児童・生徒に過重な学習負担をかける結果となり、後 には「落ちこぼれ」という新語すら登場することになった。そのため、次の1977 年の学習指導要領改訂19では、「人間性豊かな児童・生徒の育成」や「ゆとりと. 18武村重和 編『小学校学習指導要領はどう変わったか一新旧比較』国土社 (1989)pp.309・311. 19同上書pp.311−312. 6.

(10) 充実」が盛り込まれることになったという経緯もある。 よって、現代の学力低下という批判に対応するためには、「知育」と「心の教 育」、「学力」と「人間性」の「つながり」を意識しながら教育を再構築してい くということをしなければ、問題解決にはならないであろう。. このように学校教育が抱える諸問題の背景には“心め荒れ”があり、その現 状がなかなか改善されない原因としては、「つながり」を意識しない「二項対立」. 的なとらえ方があることを見てきた。つまり、「知育」に偏らない「全人的な教. 育」を目指すことにはほとんどの人が同意してきたにも関わらず、やはり「知 性」は主要5教科で、「感情jr精神」は芸術や道徳で、「身体」は体育で、とい うふうにばらばらにとらえられてきたのである。. よって、問題解決のためには、「人間や教育を諸要素に分解し、それらの『つ. ながり』や『全体性』は軽視する」という従来の思考方法自体を問題にしなけ ればならないであろう。では、このような思考方法はどのようにして我々に根 づいたのであろうか。. 7.

(11) 【第1章】近代教育が前提とした思考方法 第1節 近代科学の思考方法 近代以降、特に戦後の日本人の思考方法は、近代科学から大きな影響を受け て来た。科学技術が飛躍的に発展し、それが我々の生活の物質的豊かさ・便利 さ・快適さに大いに貢献してきたのは確かである。そのため、科学は大きな権 威を持つようになり、我々は科学に対して揺るぎ無い信頼を寄せるようになっ た。. もちろん20世紀後半頃から、科学への盲信に対する批判も起こってはきた ものの、やはり大勢としては「科学的」であることの重要性に大きな揺らぎは 見られない。今や我々は、「科学的」という言葉が付されただけで、あたかもそ れが動かし難い真実であるかのように思い込んでしまうまでに至っている。 しかし、科学に信頼を寄せるあまりに、我々の日常の思考:方法までもが知ら ず知らずのうちに、「近代科学の思考方法」に取り込まれていったことも見逃せ ない。. その一つが、「分析的思考方法」である。科学ではある課題に直面した場合、 その対象をできるだけ細かい要素に分けてその正体を明らかにし、しかるのち、. それに対処する方法を、また細かい要素に分けて考える。この「分析的思考方 法」はある限定された対象を理解したり、限定された問題を解決するのには極 めて即効性を発揮してきた。今日、この思考方法は我々が最もよく用いる方法 となっている。. 例えば我々は、より正確な理解を必要とする時には、より細かい分析をしょ うとする。このことは学問研究の場においても、ある学問分野の研究が深まる ということは、同時にその学問分野の細分化を進めることにつながっている。. それに合わせて学校教育においても、教科・科目の細分化や、知識の細分化が 進んできた。このことは、教師の授業実践や子どもの学習の効率性を向上させ てきた。. もう一つ、近代科学が重視してきたのが、「科学的実証性の重視」ということ である。. これは我々を迷信・偏見への囚われから解放するという大きな貢献を成し遂 げた。今日でも、自然科学であれ、社会科学であれ、実験、観察、調査などの 8.

(12) データ収集によって、仮説を検証し、真実に迫って行くという方法は、多くの 人々から認められ、その結果には信頼が置かれている。これによって、我々は、. 誤った先入観を一つ一つ修正しながら、客観性のある事実を積み重ねていける ことになった。今や多くの学問分野において、データを収集し約束に従って数 量化してあれば、それだけで「科学的」「客観的」と信用される傾向も見られる。. 今日の学校教育においても、科学的に実証された事実・法則・考え方は、学 習内容の中心を占めている。. 第2節 近代科学が軽視した思考方法 上述のように、我々の日常の思考方法や学校教育は、「近代科学の思考方法」. を前提としてきた。このことは、裏を返せばこの思考の枠組みに入らないもの は、軽視されるか無視されることになったといえる。. 「分析的思考方法」は、学校教育において、教科・科目を細分化させ、知識 の細分化を進めたが、そのために知識と知識、教科と教科の「つながり」や子 どもが教育によって学ぶべき「全体」が何であるかは見えにくくなったといえ る。. 例えば知識のレベルに限って見ても、小学生に昆虫の写真を見せると、これ が眼でこれが触覚だという一つひとつの部分についての知識を持ってはいる、. しかし何も見ずに昆虫全体の絵を描かせると8本足のものを描いたりする。ま た高校生ともなれば、日本の地理を何度も詳しく学んでいるはずであるが、い ざ日本地図を描かせてみると略図ですら大きくゆがんだものしか描けない。な どという状況が生じている。 また、「分析的思考方法」は、児童・生徒の「知性」「感情」「精神」「身体」. といった人格構造をばらばらに分解し、それぞれの「つながり」やそれら「全 体」への働きかけを意識した教育の実践を、難しくしているといえる。. 「科学的実証性の重視」は、教育においても自然科学系、社会科学系の科目 の大原則となっている。しかし、科学的に実証されていない事実や法則や考え 方は、客観性が無い、信頼できないという理由で、軽視してよいのであろうか。. 数量化できないもの、客観的記述ができないもの、特に人間の持つ曖昧さや 揺らぎの部分を軽視し、科学的実証性の枠組みの中だけで思考することは、「つ ながり」「全体性」を極めて見えにくくしているのではないだろうか。. 例えば、入学試験を公平に実施するためには、出題内容や選i抜基準を、客観 9.

(13) 的に評価でき、数量化して比較可能なものに限定する必要がある。そして、そ のような入学試験を意識するために、平素の授業内容も同様に限定されたもの になってきている。また、入学試験を前提にしていないにしても、学校のアカ ウンタビリティというものを考えた時には、教育の効果を、数量化した客観的. なデータとして保護者に示す必要がある。となれば、どうしても客観的に効果 を示しやすい「陶冶」に重点が置かれ、「訓育」は軽視されてしまう。. このように、人間や教育を近代科学の思考の枠組みだけでとらえていたので は、教育が抱える諸問題の根本的な解決は難しいのではないだろうか。それら を従来の枠組みにとらわれず、ギつながり」「全体性」においてとらえ直す必要. があるといえる。その考え方の基礎を提供してくれるのが「ホリスティック教 育」である。. 10.

(14) 【第2章】ホリスティック教育 第1節 ホリスティック(hohstic)の語源 ホリスティック(holistic)という言葉は、「全体論の」1という意味であり、 「ホーリズム(holism/全体論)の派生語」2である。. ホーリズムはr岩波哲学思想事典』によると次のように説明されている。「部. 分と全体の関係において、部分に対する全体の優越性を主張し、全体は部分の 算術的総和以上のものであるとする考え。『全体論』と訳され、有機体論やシス テム論と親和性をもち、逆に要素論(原子論)、機械論、還元主義などと対立す る。(中略)南アフリカの哲学者J.C.スマッツ(Smuts)が『全体論と進化』(Holism. and Evolution)[1926]において初めて用いた。」3. 手塚郁恵は、このホーリズムを、「全体は部分に分割することはできないし、. もし分割したとしても何かが失われてしまうのです。その何かとは、その全体 をまさにその全体としていたような、重要な何かです。ですから分析的な方法 ではその全体を理解することができないのです。」4と解説している。 ホーリズムという言葉の語源は、「ギリシア語のホロス(holos/全体)」5であ. り、同じホロスから派生した言葉には、「全体(whole)、健康(health)、癒す (heal)、神聖な(holy)」6などがある。手塚は、これらの言葉の関係について. 「『健康』は生命の全体的な調和の状態であり、『癒し』はそのような状態に戻 ることであり、それはまさに『神聖』なものということになる」7と述べている。. 「ホリスティック」という言葉は、1954年、AH.マスロー(A.H..Maslow) が、彼の著書『Moもivation and Personality』の中で、「Holistic・Dynamic Theory」. 8という使い方をしている。しかし、一般に「『ホリスティック』という言葉が盛. 1小稲義男編『研究社新島和大辞典 第5版』研究社(1980)p.1005 2日本ホリスティック教育’協会編『ホリスティック教育入門』柏樹社(1995)p.15 3廣松渉編『岩波哲学思想事典』岩波書店(1998)p.1501 4日頃ホリスティック教育協会(1995)前掲書p.15 5同上書p.16 6同上書p.16 7同上書p.16 8A.H.Maslow 『Motivation and Personality』Harper&Row, Publishers,Inc(1954)p.22. 11.

(15) んに用いられるようになったのは、ここ二、三十年のこと」9であり、「アメリカ. で近代医学の将来に危機を感じた人たちがその代案として『ホリスティックヘ ルス』『ホリスティック医学』という言葉を使い始め」10たことに端を発してい る。「心も身体も別々のものではないから、分けて考えることはできない、生命 の全体性に立ち返ろう」11と考えたわけであるが、その後「ホリスティック」と いう言葉は、「生活にも、教育にも、企業にも用いられる」12ようになっている。. 第2節 ホリスティック教育の成立と広がり 前節で触れた『ホリスティック教育入門』13によると、ホリスティック教育の 成立と広がりの過程は、以下のように概観できる。. 1988年、アメリカ合衆国で、季刊雑誌『H:01istic Education Review』が ロン・ミラー(Ron.Miller)によって創刊され、また、ジョン・P・ミラー(John :RMiller)の著書『The Holistic Curriculum』が出版された。ホリスティック教. 育というコンセプトが公に広まったのはこれ以後である。. 1990年、シカゴ会議(第一回ホリスティック教育国際会議)が開催され、 ホリスティック教育に関する「シカゴ宣言」が発表された。この宣言を契機に、 ゲ. イ. ト. ホリスティック教育の推進団体であるGATE(Global AIIiance fbr Transfbrming Education)が発足した。. 1991年、コロラドで第二回ホリスティック教育国際会議が開催され、「シ カゴ宣言」をさらに深めた、『:EDUCATION 2000ホリスティック教育ビジョン 宣言』というパンフレットが発行された。. 日本においては、1991年に、ホリスティック教育研究会が発足して以後、. 研究・実践が広がり始め、1997年には、それを母体に日本ホリスティック 教育協会が設立されている。. 第3節ホリスティック教育の定義 ジョン・P・ミラー(John P Miller)は、ホリスティック教育を次のように定. 9日前ホリスティック教育協会(1995)前掲書p.16 10同上書p.16 11同上書p.16 12同上書p.16 13同上書pp.164・171. 12.

(16) 回している。 リレ ションシップ. 「ホリスティック教育は、〈かかわり〉に焦点を当てた教育である。すなわち、. 論理的思考と直観とのくかかわり〉、心と身体との〈かかわり〉、知のさまざ まな分野の〈かかわり〉、個人とコミュニティとのくかかわり〉、そして自我 と〈自己〉とのくかかわり〉など。ホリスティック教育においては、学習者は これらの〈かかわり〉を深く追求し、この〈かかわり〉に目覚めるとともに、. その〈かかわり〉をより適切なものに変容していくために必要な力を得る。こ コネクショ ン. の定義の核心は〈つながり〉にある。」14「ホリスティック教育とは、子どもの. 知的な側面だけではなく、身体的側面や感情的、倫理的、精神的側面など、子 どもの全的な存在にかかわろうとする教育です。(中略)ホリスティック教育を. 支えている世界観は、この世に存在するすべてのものは何らかの仕方でつなが りあい、支え合っているというものです。」15. 以上を要約すると、ホリスティック教育とは、F全体」との「つながり」によ り「変容」を目指す教育であるといえる。つまり、個人のレベルでは「知性」「感 情」「精神」「身体」といった人格構造「全体」との「つながり」、さらに個人を. 越えた外的世界「全体」との「つながり」、これらの「つながり」により、個人 や外的世界の「変容」を目指すのである。. この考え方は、「二項対立的」「分析的」思考方法に偏りがちな我々に「つな. がり」に焦点を当て「全体」を視野入れた新たな思考方法をもたらしてくれる ことが期待できる。. 特に注目すべきは、ホリスティック教育が視野に入れる「全体」とは、従来 の教育が扱ってきた範囲をはるかに越えるものであるということである。詳細 は後述するが、定義中の〈自己〉とは精神の深層部分に関わるし、「この世に存. 在するすべてのもの」とは、宇宙までも視野に入れることになる。そしてそれ ら「全体」が、「何らかの仕方でつながりあい、支え合っている」とは、単に目. に見える物質的レベルだけのつながりではなく、目に見えない精神的(スピリ. 14ジョン・P・ミラー著 吉田敦彦、中川吉晴、手塚郁恵訳『ホリスティック 教育一いのちのつながりを求めて』春秋社(1994)p.8. 15ジョン・P・ミラー「カナダで広がるホリスティック教育」日本ホリスティ ック教育協会編(1995)前掲書p.85. 13.

(17) チュアル)16なレベルでの「つながり」も視野に入れることになるのである。. 第4節 ホリスティック教育の三つの原理 ジョン・P・ミラーが、ホリスティック教育の三つの原理としているのが、「包 括性(inclusion)、バランス(balance)、つながり(connectioB)」17である。. (1)包括性. ジョン・P・ミラーは、ホリスティック教育の「包括性」を説明するために、. 教育の様々な形式の中から代表的な三つの基本的形式「トランスミッション」 (Transmission:伝達)、「トランスアクション」(Transaction:交流)、「トラ. ンスフォーメーション」(Transfbrmation:変容)を取り上げている。そして、. ホリスティック教育においては、それらがどのような関係にあるのかを説明し ている。. ①「トランスミッション」(伝達)p17図1A参照 トランスミッション型の教育の特徴については、「知識や技能が生徒や学生に. 伝達され、それが記憶され蓄積されていくという点に特徴があります。こうし た学習は、教科書を読んだり、教師の説明を聞いたりすることで進められます。. このような場合、知識は、変化していくプロセスとしてではなく、すでに確定 されたものとして、とらえられています。また、生徒や学生が教材を習得しや すいように、知識はふつう(まさに原子論的に)小さな断片にまで分割されて います。」18と述べている。関連する語句としては、「教育内容に焦点、教科中心. 系統的カリキュラム、講義形式、プログラム学習、練習、ドリル、反復、完全 習得学習。」19などがあげられる。. つまり、今日でも最も一般的に行われている、教師から基本的に一方通行の 流れによって、教育内容が学習者に伝達される形式の教育である。. ②「トランスアクション」(交流)p17図1B参照 16spiritua1精神の,精神的な,霊的な,魂の。 『小学館ランダムハウス英和大辞典』(1984)P2495 17吉田敦彦「既存の教育諸学説へのホリスティック研究の寄与一ジョン・ミラ 一理論の創造的継承のために一」日本ホリスティック教育協会『ホリスティ ック教育研究』第1号(1998)p.44 18ジョン・P・ミラー著 中川吉晴、吉田敦彦、桜井みどり訳『ホリスティッ クな教師たち一いかにして真の人間を育てるか?』学習研究社(1997)P.20 19吉田敦彦(1998)前掲書p.44. 14.

(18) トランスアクション型の教育の特徴については、「トランスミッションのよう. に一方通行ではなく、双方向からなる相互作用を含んでいます。しかし、そこ. では主に認知レベルの相互作用が重視されています。したがって、トランスア クション型の学習は、問題解決学習や、探究型の学習というかたちをとります。. この場合、知識は、断片的な単位に分割された固定的なものではなく、生成変 化しうるものとなり、実際の問題に適用されて役立てられます。トランスアク ション型の学習を代表するものが、ジョン・デューイの提唱した科学的方法で す。」20と述べている。関連する語句としては、「問題解決プロセスに焦点、経験. 中心カリキュラム、探究学習、発見学習、グループ調査研究、個別学習」など があげられる。21. これらは、主に「総合学習」において盛んに用いられている形式である。外 的世界との相互作用(「かかわり」「つながり」)を取り入れた点は、ホリスティ ック教育と共通するが、主に認知レベルの相互作用が重視され、「感情」「精神」 への働きかけまではなされていない場合が多い。. ③「トランスフォーメーション」(変容)p17図1C参照 トランスフォーメーション型の教育の特徴については、「トランスフォーメー ションの立場は、一人ひとりの人間と社会との同時変容:に関心を注ぐ。この立. 場では、ホリスティックなものの見方が強調される。たとえば、学習者を単に スピリチュアル 知的な側面だけでなく、美的、道徳的、身体的、そして精神的な側面をも含ん. だ全体として理解する。したがって、学習者と学習課題との関係を、認知レベ ルにおける相互作用で理解するのではなく、すべてのレベルにおけるホリステ ィックなくかかわり〉として理解する。」22と述べている。関連する語句として は、「意志=感情=思考=精神の関係深化、意味や価値の自覚、多層的関係性に. 焦点、創造性開発思考法、つながりを深める教授、協同的学習、イメージワー ク、ホール・ランゲージ学習、ムーブメント」23などがあげられる。. 三つの形式の中で、最も直接的にホリスティック教育の立場に立つのが、こ の「トランスフォーメーション」(変容)である。つまり、学習者の精神的(ス. 20ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.21−22 21吉田敦彦(1998)前掲書p.44. 22ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.13 23吉田敦彦(1998)前掲書p.44. 15.

(19) ピリチュアル)な側面をも含んだ「全体」への働きかけや、学習者と学習課題 のすべてのレベルにおける「かかわり」により、人間と社会の同時変容を目指 すものである。. 以上三っの形式の関係について、ジョン・P・ミラーはどのように考えたので あろうか、吉田敦:彦は、「トランスミッションよりもトランスアクションが、ト. ランスアクションよりもトランスフォーメーションが、よりベターであるとい う議論ではない。トランスフォーメーションのためトランスアクションが必要 な場合があり、トランスアクションのためにトランスミッションが必要な場合 もある。その逆も言える。だから、三つのうちのどれかだけに還元して教育を 理解することが問題であり、三つを包括的にとらえて三つの問を目的や状況に 応じて自在に移行できるのが、ホリスティックなスタンス(である)。」24と解説. している。(p17図2A. B参照). このように、縞目の教育で主流の「トランスミッション」(伝達)や「トラン スアクション」(交流)を、「トランスフォーメーション」(変容)と対立的にで. はなく、包括的にとらえるのがホリスティック教育の立場である。. つまり、従来型の教育形式である「トランスミッション」(伝達)や「トラン スアクション」(交流)を否定するわけではなく、「トランスフォーメーション」. (変容)の具体的な実践を取り入れていくことにより、3つの形式を統合して いくことがこれからの課題とされるのではないだろうか。. 「トランスフォーメーション」(変容)の具体的な実践については、本章第7 節以下で論じる。. 24吉田敦彦(1998)前掲書P.45. 16.

(20) 図1 三つの教育形式(ジョン・P・ミラーによる)25 A トランスミッション:伝達. 教育内容. 一一一一→ 学習者. (教師). B トランスアクション:交流. 教育内容. 学習者. (教師). C トランスフォーメーション:変容. 教育内容. 学習者. (教師). 図2 三つの教育形式の関係(ジョン・P・ミラーによる). A26. B27. トランスミッション. トランスミッション. トランスアクション.. ノ. ノ. トランスアクション. / トランスフォーメーシ…ヨン. トランスフォーメ.一ション. 25ジョン・P・ミラー(1994)前掲書pp.10・14. 26同上書p.16 27Mille葛J.P、,Cassie,」.RB.,&Drake,S.M.『Holistc Leaming』. OISE press(1990)P.5 (なお訳は吉田敦彦『ホリスティック教育一日本の動 向と思想の地平一』日本評論社(1999)P.198によった). 17.

(21) (2)バランス. ジョン・P・ミラーは、ホリスティック教育が「バランス」を重視する教育 であることを以下のように説明している。. 「ホリスティック教育においては、さまざまな特質や力が適切な関係をつく りだすことがもとめられます。(中略)一合理性/直観、外向/内向、量/質、. 自律独立/相互依存というような一両極間の適切なバランスを探ってゆくこと にもなります。またバランスという点からみると、本来こどもの知性は、感情、. 身体、感性、精神と適切な関係を保ちつつ、発達してゆくものです。子どもの 成長のある段階において、どれかひとつの面が中心にくるとしても、全体が見 落とされてはなりません。(中略)バランスを指向するホリスティック教育にと. って、全体と部分のバランスを保つことは大切なことです。ふつう、学校のカ リキュラムは、教科や単元や授業に分解されるので、部分のほうに焦点があて られています。そのため教師や生徒をみちびく包括的なヴィジョンが見失われ がちです。これにたいし、ホリスティック教育のなかでは、個々の単元や授業 が包括的ヴィジョンと結びつけられてゆきます。こうしたヴィジョンは、決し て固定したものである必要はありません。ものごとのくつながり〉と人間の全 体性を包括するようなものであればよいのです。このようにホリスティック教 育とは、さまざまな要素をバランスのとれた状態に保つことで『適切な関係』 をつくりだしていく営みだと言えるでしょう。」28 これは先述した、「知育」と「心の教育」、「学力」と「人間性」といった「二 項対立」的なとらえ方や「知性」「感情」「精神」「身体」をそれぞれ独立した別. 個のものとするとらえ方を乗り越えようとする考え方といえる。. ホリスティック教育は、上でも述べたように「精神的(スピリチュアル)」な. 側面を確かに重視しているのではあるが、しかし、決してその側面だけを重視 しているのではなく、あくまで「知性」「感情」「身体」などを含めた人格構造 「全体」のバランスを指向しているという点を指摘しておくことは重要である。. 例えば、従来の教育では、知性による論理的・分析的思考に重きが置かれて きたが、ホリスティック教育では、論理的・分析的思考と直観とのバランスを 重視する。特に創造的思考が機能するためには、両者のバランスが不可欠であ ると考える。この点の詳細については本章第7節以下で論じる。. 28ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.18−19. 18.

(22) (3)つながり. ジョン・P・ミラーは、ホリスティック教育が「つながり」を重視する教育 であることを以下のように述べている。「ホリスティック教育は、〈つながり〉. を探究し、深めていくためのものです。それは分断や分割から離れ、〈つなが り〉へと向かっていく試みです。ホリスティック教育は〈つながり〉に焦点を あてています。それは、論理的思考と直観のつながり、心とからだのつながり、. さまざまな知識領域のつながり、個人とコミュニティのつながり、地球とのつ ながり、そして自我と〈自己〉のつながり、などです。ホリスティック教育を とおして、学習者はこれらの〈つながり〉を深く探究し、〈つながり〉に目覚 めるとともに、〈つながり〉をより適切なものに変容していくために必要な力 を身につけます。」29. この「つながり」は、三大原理の中でも最も重要なキーワードといえる。し かも、定義のところでも触れたように、この「つながり」とは「全体」とのつ ながりなのであって、従来の教育があまり扱ってこなかった精神の深層にある. 噛己」とのつながりや、その「自己」が生存の基盤を置く「地球」といった ようなものとのつながりをも視野に入れることになるのである。. 第5節 ホリスティック教育の思想的背景 一ホーリズムー 上記のような、ホリスティック教育の定義や原理の背景となる人間観、世界 観、宇宙観を提供しているのが「ホーリズム(全体論)」である。. ジョン・P・ミラーは、「ホーリズムは、あらゆるものが目に見えない統一性 ないし全体性によってっながり合っていると考える『永遠の哲学』30に根ざして. いる。」31と述べ、ホーリズムと永遠の哲学の基本的な考え方を以下のように要 約している。. 1.宇宙は根源的に一つのもの(一如)であり、あるものが他のすべてのもの. 29ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.25−26 30philosophia peren.nisあらゆる時代・民族に通ずる根本真理の意味(粟田賢. 三・古在由重編『岩波哲学小辞典』p20)であるが、ジョン・P・ミラーは、 オルダス・バクスレー(A・Huxley)が、その著The Perennial Philosophy;New Ybrk:且arper and Row,1970の中で「永遠の哲学」の総称を与えた一連の哲 学・思想・宗教の意味で用いている。 31ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.36. 19.

(23) とつながり合っているのがリアリティ(実在の実相)である。. 2.その宇宙の統一性と、一人ひとりの内なる真の自己ないし高次の自己は、 深く結びつき合っている。. 3.そのくつながり〉は、心静かに魂と対話する黙想や瞑想によって直観的に 洞察できる。. 4.価値や意味は、このリアリティに目覚め、そのくつながり〉を自覚すると ころから生じてくる。. 5.社会の不正や困難に立ち向かう不屈の行動は、この〈つながり〉が人間に おいて自覚されるときに生まれる。32 吉田は、「ホーリズム(全体論)」の定義として辞典的な定説になっている「部. 分に対する全体の優越性を主張し、全体は部分の算術的総和以上のものである」 というような理解では、ホーリズムの語を初めて用いた「J.C.スマッツ自身によ るホーリズムの原義のポイントを外して(いる)」33と述べている。そして、『全 体論と進化』(Holism and Evolution)の中の「ホーリズムという語は、この宇. 宙の中で数々の全体を生み出し形成していく際にはたらいている根本的な動因 を指し示す言葉として、ここで(ギリシャ語のholOSから)造り出したものであ る」34という記述に原義が含まれていると指摘している。. 高橋史朗は、「ホーリズムは、創造的統合を作り出す過程であるので、その結. 果としてできあがった統合体は静的なものではなく、ダイナミックであり、進 化し創造的なものである。それゆえに、進化は内面に向かって深みを増す精神 的な、全体をつつむ特質をもっている。」35という点に注目している。. 三氏の解釈を総合すると、ホーリズムとは、宇宙全体は「つながり」合って おり、しかもダイナミックに「変容」していくという宇宙観、世界観と言える。 よって、ホリスティック教育においても、「全体」との「つながり」にとどまら ず、「変容」という点が重要な要因となっていることを指摘しておきたい。. 32ジョン・P・ミラー(1994)前掲書P.36 33吉田敦彦(1999)前掲書p.240 34Smuts, Jan Christian, Holism and Evolution,The Viking Press(1961)p.98. (なお訳は吉田敦彦同上書p.240によった) 35高橋史朗「『ホーリズム(全体論)』とは何か一スマッツ著『ホーリズムと進 化』より一」『現代教育科学』明治図書出版(1998年2,月号)p.98. 20.

(24) 第6節 ホリスティック教育の核心 ここまで繰り返し用いられたキーワードに注目すると、「ホリスティック教育 とは、自己と『全体』との『つながり』を自覚し、自己と『全体』の『変容』 を目指す教育」とまとめることができる。. そして、特に重視されるのが自己と「全体」の精神的(スピリチュアル)な レベルでの「つながり」である。この精神的(スピリチュアル)な面について ゲ イ ト. は、GATEが発表した、『EDUCATION 2000ホリスティック教育ビジョン宣 言』の「第10原則 精神性と教育」においても、「すべての人は、人間の形を とった聖なる精神的存在であり、その個性を天賦の才や能力、直観や知性を通 スピリチュアリティ. して表現している。この聖なる精神性は、肉体や感情や知性が成長するように それ自身育っていく。」36と強調されている。. よって、ホリスティック教育の核心は、自己の内面の探究により、自己が精 神的(スピリチュアル)な存在であること、自己と宇宙があらゆるレベルでつ ながっていること、特に目に見えない精神的(スピリチュアル)なレベルでつ ながっていることを自覚し、自己と宇宙の同時変容を目指していくことにある といえる。. このように説明すると、ホリスティック教育が目指しているものと、日常の 教育実践とが極めて距離を持ったものに思われるかもしれない。しかし、後に も述べるように、現今の複雑な教育問題を根底からとらえ直すためには、この ような正に全体的な視野で教育を見ていく必要がある。さらに、その全体的な 視野の中で、日常の教育実践をいかにとらえていくべきかについては、「つなが. り」という視点で、精神や宇宙といったような内容と日常とが結びつけられる ことになるのである。次節からはその実態を見ていくことにする。. 第7節 直観による「つながり」 ホリスティック教育では、従来の教育において二項対立的にとらえられてき た、「論理的思考」と「直観」のつながりに焦点をあてた教育を実践しようとす る。. 「論理的思考」は、我々が正常的によく用いる思考方法である。論理とは「①. 36栗生喜夫他訳「ホリスティック教育ビジョン宣言」(GATE),目本ホリスティ ック教育’協会(1995)前掲書p.108. 21.

(25) 議論・思考・推理などを進めていく筋道。②思考の法則・形式。論証の仕方。」 37論理的とは「①論理の法則にかなっているさま。」38である。つまり「論理的. 思考」とは、筋道(法則・形式)にしたがって順序よく進めていく思考という. ことになる。そのためにはまず対象を細かく分析して理解し、それを筋道にし たがって順序よく並べ替えるという作業が必要となる。よって「論理的思考」. は、第1章で指摘した「分析的思考」が前提となっているといえる。特にトラ ンスミッション(伝達)型の教育においては、教師の側の論理的思考による教 材理解、授業における論理的な説明、そして生徒の側の論理的思考による理解 が中心となっている。. 一方「直観」とは、「言語や記号による論理的思考によらないで成立する直接 の了解。」39「ある対象の非分析的,無媒介的把握・理解の方法」40である。. ジョン・P・ミラーは、直観には様々なレベルがあることを、フランシス・ ヴォーン(:Frances. vaughn)の「直観の4つのレベルー生理的直観、感情的直. 観、知的直観、スピリチュアルな直観一」41を用いて次のように説明している。. 「まず生理的直観があります。つまり、さまざまな状況を身体で感じとると いうことです。たとえば危険や脅威を察知すると、筋肉が緊張します。つぎは 感情的直観です。このレベルでは、たとえば他人の『波長』を感じとる、とい うようなことが起こります。その感じ方がいつも正しいとはかぎりませんが、. 他者の第一印象はよくそれで決まってしまいます。つぎは知的直観です。ここ では『ひらめき』のようなものがあり、それによって問題を解く鍵や、状況に スピリチュアル. たいする知的な洞察が得られます。最後に精神的な直観があります。このレベ リアリテイ. ルでは、真の現実にたいする根本的な洞察が得られます。精神的な直観には、 知覚や理解を深いレベルで変容する力があります。」42. そして、このような直観が教育に必要とされる理由として、「直観は創造力の. 37小学館国語辞典編集部編『日本国増大辞典 第二版 第13巻』小学館 (2002)p.1220. 38小学館国語辞典編集部前掲書p.1221 39『日本国語大辞典 第二版 第9巻』小学館(2002)p.136 40中島義明 他編『心理学辞典』有斐閣(1999)p.595 41ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.156 42ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.42・43. 22.

(26) 不可欠の要因である」43ことを挙げている。さらに、創造的思考のプロセスには、 「第一段階『準備』、第二段階『熟成』、第三段階『閃き』、第4段階『検証』」44. があり、「このうち第二と第三の段階が直観的段階であり、第一と第四の段階が 分析的段階である。」45と説明している。さらに詳しく見れば、第一段階の「準. 備」においても、良い問いを立てるためには、暗黙のうちに答えへの予感・直 観が必要である。また、試行錯誤や論理的・分析的思考が何度も繰り返されて こそ、第二、第三段階へと進むことが可能になるといえる。. 例えば「アインシュタインが相対性理論を『発見』したのは、物理学的知識 の連続的な積み上げの果てではなく、十六歳のときに試みたまさに『イメージ・ ワーク』、つまり光速の宇宙船に乗って光線を追いかけたら何を観るだろうか、 というイメージの中で、『直観的に明らかなもの』として発見したのだった。」46. そして、そのようにして得たイメージや予感や直観を論理的・分析的思考と結 びつけて、科学的に実証していったわけである。. このような大発見とまではいかないが、子どものアイディア工作にしても同 様である。もちろん今までに学んだ論理的・分析的な知識を総動員する必要は ある。しかし最も重要なのは、直観を働かせて次から次へとできるだけ多く、. できるだけ自由にアイディアを出す段階である。そしてその後で、どれが人ま ねでない独創的なものか、どれがより役に立つアイディアか、実現は可能か不 可能か、可能ならばどうやって作っていくのかと、論理的・分析的に思考しな がら具体的な形となっていくのである。. つまり、論理的・分析的思考に偏っても、直観に偏っても創造的思考はうま く機能しないわけであり、両者のバランス(適切な関係)が生み出されなけれ ばならないのである。. とはいえ、従来の学校教育においては、論理的・分析的思考に偏ってきたこ とは確かである。それでは、直観を授業の中に取り入れる方法にはどのような ものがあるのであろうか。ジョン・P・ミラーは、イメージワークとメタファ ーという2っの方法を取り上げている。. 43ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.162 44同上書pp.162−163 45ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.163 46吉田敦彦(1999)前掲書P.35. 23.

(27) (1)イメージワーク(image work)47. ①リラクゼーション(relaxation). (例)身体の各部分を、緊張させてはゆるめることを繰り返して、全身をリラ ックスさせる。. 芝生に横になり、光が身体のなかに広がっていく様子などをイメージし、. 自分がリラックスし、エネルギーに満ちているのを感じる. ②教科内容への動機づけ (例)エンジンの燃焼の仕方を理解するために、自分がエンジンのヒ.ストンに. なった様子をイメージする。 ③クリエイティブ・ライティング(creative writing). (例)音楽を聴きながら、イメージや気分や、感情や感覚を喚起するままにし. ておく、どんなものがわき起こってこようと、それを受け入れる。聴き 終わった後、その経験について話したり、散文か詩の形で書きあらわす。 (2)メタファー(metaphor)48. メタファーによる思考法は、普通は互いに関連していないが、実際には何ら かの共通性をもっているような二つの言葉や考えの間に、つながりを作り出す ものである。. (例)人間の腎臓と燃料フィルターの似ている点と違っている点について議論 していくと、双方ともより深く理解されてくる。. 以上のように、「直観」を授業の中に取り入れることは、児童・生徒の創造的. 思考力を高めるだけでなく、論理的・分析的思考力も高め、理解を助けること になるのである。. 実際の授業でイメージワークやメタファーを用いるとなると、小学校段階で は比較的容易であろうが、中学校、高校と学年が進むにつれて論理的・分析的 思考中心の授業に慣らされていることもあり、違和感を持つ生徒も少なくない と思われる。よって導入として、イメージワークやメタファーが、結果として 思考力を高め、学習の手助けになるということを、それこそ論理的・分析的に 説明し、納得させておくことが効果を高めることにつながると思われる。. 47ジョン・P・ミラー(1994)前掲書pp。170・175 48ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.176. 24.

(28) 第8節心と身体の「つながり」 先述したように現代の学校教育においては、「知性」は主要5教科で扱い、「感 情」「精神」など「心」に関することは芸術や道徳で扱い、「身体」は体育で扱 うというように、分けてとらえられてきた。. ホリスティック教育では、心と身体についても二項対立的ではなく、「つなが. り」に焦点を当てた教育を実践しようとする。ジョン・P・ミラーは、心と身 体をつなぐ技法の例として、マインドフルネス(心の覚醒)、ムーブメントとダ ンスをあげている。. (1)マインドフルネス(mindfUhess:心の覚醒) マインドフルネスとは、ぜいま自分のなかに何が起こっているのか、に気づこ うとする意識状態であり、(中略)はっきりと現実にめざめることである。」49ま. たは、「リラックスして目を閉じて、自分の内面に心を向けることです。考える. のではなく、何かをしょうとするのでもなく、ただ『自分のなかで、いま、何 が起こっているのだろうか?』『これから、何が起こるのだろうか?』と観察し ようとする心の姿勢。」50と説明されている。つまり、自分の内面に注意を向け、. 今、自分の心と身体は何を感じているのかを自覚するということである。. 手塚は、「私たちは、日常生活の中で、まわりのものに目を向け、あわただし く次から次へと動いています。たいていは、いま自分が何を感じているのか、. 自分のなかで何が起こっているのか、気づくことさえありません。疲れやから だの痛みすら、もうどうしようもなくなるまで気づかないことがあります。か すかなむなしさとか、心の痛みとか、ふとわいてくる感覚などには、ほとんど 気づかずに過ぎてしまうことが多いのです。私たちは『よく考えてごらん』と は言われても、『ちゃんと感じてごらん』とは言われてこなかったのです。何か. を感じたとしても、その感覚はすぐに流れ去って、次のものに移ってしまいま す。感じたのはほんの一瞬だけで、その感覚にとどまることはまったくしませ んから、その感覚に気づくこともありません。」51と述べ、我々が日常生活や教 育現場において、いかに自分の心や身体と切り離されているかを指摘している。. 確かに、今日の我々の生活は、テレビを観ながら食事をし、歩きながら携帯 49手塚郁恵『こどもの心のとびらを開くホリスティックワーク入門』学事出版 (2000)p.29. 50同上書 p.28 51同上書 pp.26−27. 25.

(29) 電話で話すなど、様々な動作を一度にしている場面が多く見られるようになっ ている。これでは、心と身体(動作)は切り離されてしまい、自分は今ここで 何をして、本当は何を感じているのか、ということに気づくことが難しくなっ ている。このことは、自己とじっくり向き合う機会を失わせ、自己喪失の状況 にもつながりかねないといえる。. ジョン・P・ミラーも、「心の覚醒を別の言葉で言えば、それは『こころをこ める』(wholeheartedness)ということです。つまり何かをするとき、それを、. こころをこめて完全になしとげる、ということです。戸2と述べ、日常我々がい かに心をこめて動作することが少ないかを指摘している。そして、「歩行、食事、. 水泳、書く、お茶を入れる、食器を洗う」53など目常のあらゆる動作が、その一. つの動作に集中することによって、マインドフルネス(心の覚醒)のエクササ イズに適用できると述べている。. (2) ムーブメント(movement)とダンス(dance). ジョン・P・ミラーは、「運動感覚への気づきとは、子どもが自分の動きをコ. ントロールでき、同時にその動きを感じとれる能力を意味している。身振りに よって、子どもは内面の思考に形を与えることになる。」54と述べ、ムーブメン トやダンスが、心と身体をつなぐはたらきを持つことに注目している。 ① ムーブメント. (例)動物(ヘビ、ばった、ネコ、ライオンなど)やモノ(弓、樹木、スポン ジなど)になったつもりで、姿勢、動作、鳴き声などを真似る。55. ②ダンス ダンスの三段階56 ・「探索」さまざまな動きをためす。基本的な動きをやってみることで、自 分の体を探っていく。 ・「即興」動きが感情とつながりはじめる。. ・「ダンス」内面の感情に対する理解は一段と深まる。体の動きを通して内. 52ジョン・P・ミラー(1997)前掲書p.155 53ジョン・P・ミラー(1994)前掲書pp.199・201 54同上書 P.204 55ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.191−192 56同上書pp.193・194. 26.

(30) 面の感情に形が与えられる。動きの中に形があり、一つひとつの考えや 主題が表現される。. 学校教育における体操やダンスといえば、従来は周囲に合わせてあらかじめ 決められた通りに動くという性格が強かったといえる。勿論それでも、表現力 を育み、楽しさ、心地良さを味わい、チームワークを培うという長所はある。 しかし、すでに取り入れられつつある創作ダンスのように、自分の感情を自由. に体の動きに表現する方法、つまり、心と身体をつなぐ方法という側面も今後 は強調されるべきだと思われる。. 第9節 教科の「つながり」 第1章でも述べたように、教科・科目や知識の細分化は、学習の効率性を向 上させてきたが、そのために知識と知識、教科と教科の「つながり」や学ぶべ き「全体」が何であるかは見えにくくしてきた。よってホリスティック教育で は、教科・科目間の「つながり」を探ろうとしている。 (1)教科統合の三段階57. ジョン・P・ミラーは、アメリカやカナダで推進されている教科の間に「つ ながり」をつくろうとする動きを次の三段階で説明している。. ①「マルチ教科」独立した教科を持ち、内容に応じてつながりが生まれる。 教育形式としてはトランスミッション(伝達)が中心となる。 (例)歴史の授業である時代について説明する時、その時代の文学や芸術をと りあげる。. ②「インター教科」特定の問題やテーマを軸に、二、三の教科が統合され る。教育形式としてはトランスアクション(交流)が中心となる。 (例)都市の交通問題や、都市計画のような問題にとりくむときには、経済学、. 政治学、都市工学、数理統計学のような分野が結びあわされ、統合され る。. ③「トランス教科」 広範なテーマのもとに、ほぼすべての教科が統合され. る。教育形式としてはトランスフォーメーション(変容)が中心となる。 (例)社会の貧困や暴力のような大きな問題をとりあげれば、教科を幅広く統 合していくことになる。. 57ジョン・P・ミラー(1997)前掲書pp.196・197. 27.

(31) このような教科の統合は、「総合的な学習の時間」が目指すものと重なる部分. も多いといえる。ただし、「経験主義教育が大幅に取り入れられた昭和20年代 を知る人の中には,今回の『総合的な学習の時間』の創設を,かつての時代と 重ね合わせ,当時の二の舞になることを心配する人もいる。」58つまり、系統性、. 教科教育、基礎・基本、科学的認識などを重視する立場からの、学力低下への 危惧である。しかし、第4節(1)包括性でも述べたように、「総合的な学習の 時間」であるからといって常に②「インター教科」や③「トランス教科」のよ うな授業である必要は無く、①「マルチ教科」も含めた3つの問を目的や状況 に応じて移行するという現実的な対応も可能なのではないだろうか。. (2)芸術による統合 ジョン・P・ミラーは、「芸術活動は、それが総合的に試みられるとき、カリ キュラムを統合していく軸になります。」59と述べ、例としてシュタイナー教育 の芸術活動をあげている。. (例)「植物界の学習の導入として、私は、種子が眠りから目覚めて、自分自身. でこの生命力の誕生を創造的に表現するという劇的なお話をしました。一人ひ とりの子どもが一つの和音を出し、みんなはそれに合わせて、手をまるくして 種子になりました。それからメロディーが演奏されると、みんなは両手を使っ て身体で表現しました。種子が開き、最初の根っこが伸び、種子の中に入って いた小さな葉が伸び、光と暖かさの中に出ていき、葉が広がり、茎が上に伸び. ようとする。そして最初の本葉が出てくる… これらは全て、ほんのわずか の旋律で作られたのです!続いて詩的な表現が生まれました。」60 ここでは、生物(理科)、物語(国語)、音楽、ムーブメント(体育)、詩(国 語)が結びつけられている。. (3)合流教育(Con血uent Education). ジョン・P・ミラーは、1960年にアメリカのジョージ・1・ブラウンを 中心として始まった合流教育を、「自己と教科、教科と教科、教科と地域の問の. 58天笠茂他『教育技術MOOK総合的な学習3年年間学習計画と実践 資料』小学館(1999)p.21. 59ジョン・P・ミラー(1997)前掲書p.204 60ジョン・P・ミラー(1994)前掲書pp.219−220. 28.

(32) つながりを育てるために、多くの方法を生み出してきた。」61と評価している。. そして「最初は、認知的領域と情緒的領域を結びつけるものであった。しかし. 1970年代に合流教育は、焦点がもっと広がり、自己内、対人的、自己外、 トランスパヘソナル. 超自己の領域を扱うものとなった。」62と指摘し、それら4つの次元について. 次のように解説している。. ①「自己内の次元」 内的感情、感覚や自己認識を扱う。. ②「対人関係の次元」 生徒が他者をどのように認識するか、他者とどのよ うにコミュニケートするかといった他者との関係を扱う。 ③「自己外の次元」 生徒の体験を取り巻く学校や地域や社会構造を扱う。. ④「トランスパーソナルな次元」 先の3つの次元を包含し、宇宙的でスピ リチュアルな次元に関わる。これは至高の意味やスピリチュアリティの問 題を考えるための宇宙的な背景となる。63 (例)「太陽系の会話」64(筆者要約). ・太陽になってみる。太陽になったつもりで話してみる。 ・次に地球になってみる。地球になったつもりで話してみる。 ・一人が太陽になり、もう一人が地球になる。太陽と地球で対話をしてみる。. ・たとえ生徒がまちがったことを言っても、訂正しない。「劇」が終わってか. ら、問題のポイントをはっきりさせ、さらに情報を与え、読み物を指定す る。. ・地球になつたっもりで、ぐるぐると踊ってみる。一日を表わすように部屋 を一周忌てみる。. ・パートナーを選んで、一人が地球になり、もう一人が月になる。地球ど月 は一緒に踊り、そのうちお互いに向かい合う。. ・その二つに別のパートナーが加わり、二人で太陽になる。月も地球も、み んなが一緒に踊る。. ・太陽系の他の星を表わす生徒たちを次々に加えていき、太陽系の踊りを創 造する。. 61ジョン・P・ミラー(1994)前掲書p.236 62同上書P.236 63同上書 PP.236−237 64同上書 pp.239・240. 29.

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